3.実家を追放されました
四時間前――
「王都へはいつも通り、俺とクロエで行くから。皆は留守番頼むよ」
「すまんな、ジーク。本当ならオレとリガルドが護衛するべきなんだが……」
「申し訳ございません。我らが亜人故、主殿にはご迷惑をおかけしてしまう」
「何を今さら言うか。そんなことわかった上で、俺はお前たちを雇っているんだ。気にしなくていい」
王都へ入れるのは純粋な人間のみ。
そういうルールが現代では当たり前になっていた。
煩わしい限りだが、許可なく入れば罪人扱いされてしまう。
だから、王都へ行くときはクロエと二人だけだ。
「それじゃ行ってくるよ」
「ジーク様、気を付けてね」
「何かあれば連絡してくれ。すぐに駆け付ける」
「大丈夫だって。お前たち兄妹は心配性だな~」
そういうやさしい所が気に入っているんだけどな。
恥ずかしいから直接言えないけど。
「クロエ、頼む」
「はい」
クロエが馬の手綱を引く。
貴族らしい馬車に乗って、俺たちは屋敷を後にした。
クラリオン王国。
それが俺たちの所属する国であり、現代では世界三大大国と呼ばれている国の一つ。
王都ロゼレムは、王城を中心に造られた街。
数万を超える人々が暮らしており、国に属する貴族の大半も、王都の貴族街に居を構えている。
エイルワース家の本宅があるのも、貴族街の一角だ。
俺たちが暮らしている別荘は、王都敷地外にある。
馬車で三時間程度だから、それほど遠いというわけでもない。
「ジーク様」
「何だ?」
「わかっていると思いますが、くれぐれも態度にはお気を付けください」
道中、唐突にクロエが俺に言った。
さらに続ける。
「あまり言いたくありませんが、バルムス様はジーク様を……」
「ああ、わかってるよ」
クロエは言葉を濁したが、言いたいことは伝わった。
俺は父上に、快く思われていない。
「ちゃんとするさ。これ以上資金を減らされると、皆も生活が苦しくなるからな」
「いえ、私たちのことよりご自分を」
「俺は良いんだよ。好き勝手やってるんだから、怒られても仕方がない。でも、皆は真面目に働いてくれるから、相応の報酬は払わないとな」
俺がそう言うと、なぜだかクロエは小さく微笑んだ。
「ジーク様らしいですね」
「そうか?」
馬車に揺られること三時間。
道が広くなり、目の前に大きな壁が見えてくる。
あの白い壁の向こうに王都の街がある。
ぐるりと一周王都の街を囲む壁には、東西二か所に巨大な門がある。
基本的にそこから以外、王都へは入れない。
また、門には兵士が控えていて、身分証明書を提示しなくてはならない。
俺たちの馬車は東の門から入った。
門を抜けると、王都の街並みが広がっている。
白を基調とした建物は、清潔感と神秘性を感じさせる。
行きかう人々も、奇麗に着飾った人が多い。
「相変わらず賑やかだな~」
「そうですね。人口も日々増加していると聞きます」
「まだ増えてるのか? 昔とは大違いだ」
「そうでしょうか? あまり変わらないと思いますが」
「変わってるよ。俺には特にな」
千年前のことを思い出す。
俺が生まれた街も、最初はたくさんの人がいた。
でも、戦いが激化して、徐々に人口は減ってしまった。
この街を見ていると、あの頃が嘘のように思えてしまう。
馬車をさらに走らせ、貴族街へと入る。
貴族街は、王城の囲うように指定されたエリアで、許可なく入ることは出来ない。
俺は一応貴族の人間だから、自由に出入りできる。
さっきまでと違い行きかう人の数は減るが、建物は大きく豪華になる。
正直に言うと、雰囲気はあまり好きになれない。
「到着しました」
「ああ、運転ありがとな」
本宅に到着した。
いつ見ても、でっかくて視界が騒がしい屋敷だ。
エイルワース家は、この国でも有数の大貴族として知られている。
その当主が住まう家も、それなりの大きさになるのは必然か。
貴族は見栄っ張りが多いから、他より大きくしたがるんだよな~
こんなに広い家なんて住みにくいだけだろ。
そう心の中では思いながら、俺とクロエは屋敷の中へと入った。
玄関を抜け、階段をのぼり、三階の一番奥の部屋に向かう。
仰々しい扉で閉ざされた部屋が、俺の父であるバルムスの部屋だ。
「私はここで待ちます」
「ああ」
クロエは中に入れない。
呼ばれているのは、次男である俺一人だから。
三回ノックをする。
「入れ」
「失礼します」
扉を開け中に入る。
国の旗が飾られ、よくわからない絵が並んだ壁。
ソファーと机の奥に、偉そうに座る髭を生やした男性がバルムス・エイルワースだ。
「お久しぶりです、父上」
「ああ、一年ぶりか。元気そうで何よりだ」
「はい。父上もお変わりない様子で」
淡々と会話を進める。
この場はただの近況報告だ。
次に聞かれるのは、最近はどうだというセリフ――のはずだった。
「ジーク。今日はお前に大切な話がある」
「話……ですか?」
「きわめて重要な話だ……いいや、命令と言うべきだな」
「命令?」
この時点で俺の頭には、嫌な予感が過った。
「突然だがジーク、お前をエイルワース家から追放する」
「……は?」
本当に突然だった。
突然すぎて、思わず敬語を忘れてしまうほど。
「父上……それは一体どういう意味でしょうか?」
「言葉通りに決まってるだろ?」
「……兄上」
父への質問に横から答えたのは、彼の横に立っていた兄のミゲルだった。
ミゲルはニヤリと笑いながら、俺に向けて言う。
「お前みたいな貴族の面汚しは、エイルワース家の恥になるからなぁ。僕は父上の意見に賛同するよ」
「ジーク、これまで何度も言ったと思うが、我々は国を代表する貴族だ。皆の手本とならねばならない。それなのに……お前は何をしている?」
「何とは?」
「貴族らしからぬ数々の行動、何度も注意してきたはずだ。だが、お前はまったく改めなかった」
「それはまぁ……」
言い返せないほど正論だった。
俺は黙ったまま話を聞く。
「お前も十八歳だ。成人になるまでは大目に見たが、これ以上は看過できない」
「それで追放……ですか」
「そうだ。お前は今日から、エイルワース家の一員ではなくなる」
「決定事項みたいですね。その言い方だと」
父上は無言で頷いた。
追放……か。
正直言うと、いつかこうなる気はしていた。
だから、あまり驚いてはいない。
ようやく貴族っていう堅苦しい肩書から解放されると思うと、ちょっとスッキリするかも。
「わかりました。では、屋敷の使用人たちは?」
「好きにすればいい。あれはお前の所有物だ」
「……ありがとうございます」
所有物という言葉に苛立ちを感じる。
これをきっかけに、俺の心もまとまった。
「今までありがとうございました」
「ああ」
「精々死ぬなよ~ 愚弟とは言え、簡単に死なれるとこっちまで非難されそうだ」
「心配いらない。俺はあんたより強いからさ」
「はぁ? ジークお前――」
「じゃあね。馬鹿兄貴」
バタンッ!
俺は勢いよく扉を閉めて、うっとうしい兄の声を遮った。
最後の最後に目いっぱいの悪態をついて、心が少しスッキリしたよ。
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