25.新しい家族
もう一人の転生者との死闘を終え、俺とルーリアはアクトスの街に帰還した。
まる二日間レッドドラゴンの背に乗って移動するのは、馬車と違った疲れを身体に残す。
それ以前に、ルーリアの心はひどく傷ついているだろう。
「お帰りなさい」
到着したのは深夜の遅い時間。
出迎えてくれたのはクロエ一人だけだった。
「ただいま。他のみんなは?」
「もう眠っています」
「そうか」
クロエの視線が俺の背中に向けられる。
スヤスヤ眠っているルーリアを、俺は背負っていた。
「色々あってな」
「そうみたいですね」
「わかるのか?」
「何となくです。ジーク様もお疲れのようだったので」
さすがクロエ。
俺のことは一目見て何でもわかるらしい。
実際、かなり疲れている。
ルーリアとの戦闘以上に本気を出したのは、二度目の生では初めてだったからな。
加えて、良くないことが一気に起こり過ぎた。
頭の整理も足りていないし、考える時間がほしい。
「今日はお休みになられてください」
「ああ、そうする。明日は一日起きないかも」
「それは困りますので、程よい時間に起こします」
やれやれ。
疲れていても、寝過ごすというのは難しそうだな。
翌日の朝。
普段より少し遅い時間に、クロエが起こしにやってきた。
「ジーク様、起きてください」
「ぅ……ああ」
遅めの時間に起こしてくれたのは、クロエなりの優しさだと思う。
食堂へ行くと、朝食が二人分だけ用意されていた。
「ジーク様とルーリアの分です」
「他は?」
「ミアリスは買い物に行っています。他の皆さんはクエストに行かれました」
「そうか。で、ルーリアはまだ?」
「はい。お部屋で眠っております」
何となくわかっていたけど、落ち込んでいるのだろう。
仕方がない。
いつもは逆の立場だが、偶には良いだろう。
「俺が行くよ」
「そうですね。お願いします」
俺は一人で階段を戻り、ルーリアが眠っている部屋へ向かう。
ノックはあえてしない。
断られた時に面倒だし、起こすことは決定事項だから。
「ルーリア、入るぞ」
ガチャリと扉を開ける。
お姫様みたいなベッドに、ルーリアは布団にくるまって眠っていた。
いや、もう起きてはいるみたいだ。
俺の声と音に反応して、布団が動いたからな。
「起きてるなら来いよ。朝飯があるぞ」
「……いらないのじゃ」
「ダメだ。せっかくクロエが作ってくれたんだぞ。それにちゃんと食べないと大きくなれない」
「食欲が湧かないのじゃ」
「はぁ~ それはわかってるよ」
死体の山。
知人が動かず、血を流して積まれた山だった。
そんなものを見て数日。
忘れることは出来ないし、食欲が湧かないのも理解できる。
何より彼女は、まだ子供だからな。
「だが飯は食え。お前は生きているんだからな」
「っ……妾は」
「無理に言葉にしようとするな。悲しさも後悔も、簡単に割り切れるものじゃない」
俺は彼女のベッドにポンと腰をおとす。
布団の上から、彼女の頭を見つけて撫でてあげた。
「ジーク……」
「一つ言えることは、お前の所為じゃないってことだ」
「でも……」
「責任を感じるか? それはお前が優しいからだよ」
一度はルーリアを見捨てた連中だ。
もしも俺だったら、そんな連中が死のうと何も感じない。
彼女、そんな彼らの死に悲しんでいる。
そこにあるのは優しさ以外にあり得ないだろう。
「ほら、朝飯を食うぞ。みんな仕事に行っちゃったからな。俺も一人で食べるより、お前と一緒のほうがありがたい」
「……うん」
まだ落ち込んでいるが、ルーリアはベッドから起きてくれた。
一先ずはこれで良しとする。
食堂に降りて、温めなおされた朝食と、クロエが待っていた。
「いただきます」
手を合わせて、朝食をとる。
大した会話もなく、淡々と食べ終わって、片付けも手伝った。
その後は俺と二人で屋根の上にのぼり、ぼーっと空を眺める。
「こうしてると落ち着くな」
「……うん」
良い風が吹く。
眠くなってしまいそうだが、俺一人で寝ても駄目だ。
眠気と密かに戦っていると、ルーリアがぼそりと呟く。
「優しくしてくれた人も……いたのじゃ」
「ん?」
「みんな……いなくなっちゃったけど、妾には家族もいなくて、ずっと一人で……」
ぼそぼそと零れる言葉は、どれも悲しみを宿していた。
まとまっていない話だ。
でも、言いたいことはわかる。
彼女が何を求めているのかも、俺にはわかった。
「ルーリア、お前が欲してるものは、もうあるよ」
「え?」
「下、見てみろ」
徐に視線を下げる。
家の前、玄関と接した道を歩く五人の影。
クエストに出ていたグレンたちが丁度戻って来て、俺たちに気付く。
「おっ」
「主殿とルーリア殿であるな」
「え? あー! 二人ともサボってるな~」
「お兄ちゃんと一緒にいる……ずるい」
「ルーリアちゃん元気になったんだ!」
ワイワイガヤガヤ、所々聞き取れないが、俺たちに何かを言っている。
微笑ましい光景を見つめながら、俺は立ち上がる。
「お前はずっと、孤独を紛らわすものを探してたんだろ? 一人じゃないと思えれば、何でも良かったのかもな」
「……」
「だったらうってつけじゃないか。俺たちの家は」
手を伸ばし、彼女が手を取る。
ぐっと引き起こして、俺は彼女に言う。
たぶん、心から言ってほしいと願っている言葉は、これだと思うから。
「俺たちはもう、家族だ」
「……うん!」




