24.終わらない悪意
聖剣グラニカの一閃は、切断という結果だけが残る。
この世の万物でなくとも、形を保つことは出来はしない。
影の鎧ごとタクトの左腕は切断され、夜叉丸の刀身が折れている。
「ぐほっ!」
黒影の上に流れる鮮血。
血の赤が残り、影の黒は消失していく。
「勝負ありだな」
「くそがっ! こんな……」
タクトは折れた夜叉丸を俺に突き付けてくる。
威嚇しているつもりだろうが、覇気を全く感じない。
誰がどう見ても限界で、勝敗はついている。
「止めておけよ。その傷でまともに動くのは無理だ」
「ふざ……けるな! こんな所で僕がっ、世界に選ばれた僕が負けるわけない!」
「いいや、お前の負けだよ」
何とか影の力で出血を抑えている様子だが、その力も徐々に失われつつある。
妖刀を破壊した影響だろう。
影の力が消えれば、傷口を抑えておくことも叶わない。
力を消失した時こそ、彼の命が尽きるときだろう。
「お前はむやみに殺し過ぎたんだ。今お前が感じている痛みが、その報いだよ」
「報いだと? 僕は世界に選ばれてここに来たんだ! 僕が……僕が終わるなんてない。待ってろ……いずれ必ず君を殺す」
タクトはそう言って、懐から黒い球を投げつけた。
灰色の煙と一緒に、魔力が走ったのを感じる。
何かしらの魔道具だろう。
煙が晴れた時には、彼の姿はなくなっていた。
「転移の魔道具か?」
どこかへ逃げたか。
まさかそんな道具まで所持しているとは予想外だったよ。
とは言え、あの傷では長くもたない。
逃げた所で、彼の死の運命は決まっている。
「――ふぅ」
聖剣を戻し、一息ついてから空を見上げる。
下を見れば地獄だけど、空はいつも通りに広がっていて、見ると少しだけ落ち着く。
久しぶりに本気を出したから、思った以上に疲れているようだ。
俺はしばらく空を見上げてから、振り返って彼女を見る。
「終わったぞ、ルーリア」
「ジーク……ジーク!」
「うおっと、いきなり抱き着いてくるなよ」
彼女は全速力で駆け寄ってきて、俺の胸に飛び込んできた。
慌てて抱きかかえるように腕を回す。
ルーリアは半泣きのまま顔を摺り寄せ、俺の無事を喜んでいる。
「良かった……勝ったんじゃな」
「ああ、ちゃんと見てたか?」
「当たり前なのじゃ!」
「そうか。どうだった? 俺は格好良かったか?」
「うん! 世界一じゃ!」
俺は大きな声で笑った。
こんな状況で、本当なら笑うのは失礼かもしれない。
それでも笑わずにはいられなかったのは、ルーリアが笑顔でいてくれたから。
後になれば現実が押し寄せてくると思う。
だけど――
「帰ろう。俺たちの家に」
「うん!」
こうして今が笑えているのなら、きっと大丈夫だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
転移の魔道具は、アジトに帰る用に持っていた物だった。
タクトはそれを使い、ジークから逃走。
息を切らし、切断された左腕から血を流しつつ、とある場所に向っていた。
「まだだ……まだ終わらない」
彼には野望がある。
この世界の人類を滅ぼし、自分だけの楽園に変える。
その野望を達成するまでは、絶対に死なないという執念が、消えゆく力を保っていた。
しかし、それも限界が来ている。
夜叉丸は原型を失い、影も剥がれつつあった。
それでも彼は歩く。
僅かな……いいや、確かにある希望を掴むため。
向かったのは――
王都。
エイルワース家の本宅。
そこにはタクトを打ちのめした男の兄、ミゲルの姿があった。
「くそっ! あいつ…ジークの奴ぅ……」
魔王を倒した英雄として祭り上げられ、さぞ上機嫌かと思われたが、実際の彼は非常に荒れていた。
その理由は、王都では彼だけが知る事実にある。
意気揚々と戦場をかけ、余裕ぶって戦った挙句に惨敗し、あろうことか愚弟と罵っていた相手に助けられた。
そして、偽物の手柄をかぶって数々の賞賛を浴びている。
全ては自分ではなく、ジークの力であり成果。
プライドの高い彼にとって、それは耐え難いことだった。
腹が立つ。
きっと今頃、偽りの栄光に浸っているのだと、自分をあざ笑っているはずだ。
何ていう妄想を膨らませ、家の中の物に当たる。
その憎悪、その憎しみこそが、タクトにとっての希望。
彼には夜叉丸以外にもう一つ、世界から授かったスキルがある。
「力がほしいか?」
「誰だっ!?」
「問いに答えろ。君は……憎き相手を殺せる力を欲しているのだろう?」
「……なぜそれを? お前は一体……」
「僕に任せてくれれば、君は誰より強くなれる。さぁ……この手を握ってくれ」
暗闇の中、タクトは手を差し出す。
明らかに怪しい誘い。
普通の人間であれば、応えることはないだろう。
だが、彼の中にある恨みは、底知れぬほど深く大きかった。
だから……彼はその手をとった。
「ありがとう。君の身体は、僕がありがたく使わせてもらうよ」
「なっ、うぅ……ぐおああああああああああああ」
ミゲルが悲鳴を上げる。
タクトの身体が泥になって消滅し、ミゲルの中へと入ってく。
スキル名――【浸食】
互いの同意を得たことを条件に、肉体を移し替えることが出来る。
こうして彼は、何度でも挑む。
「次こそ必ず……君を殺す」
世界から人類を消し去るまで。
その脅威は終わらない。
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