15.そんな聖剣で大丈夫か?
「どけ雑兵ども! 僕の道を阻むなぁ!」
ミゲルが聖剣を振り回し、モンスターの群れをかき分けていく。
俺はその後ろについていく。
こっそり群れに隠れながら進むつもりだったが、ミゲルは興奮していて注意が散漫だ。
あれなら目の前に出なければ、バレることもないだろう。
「本当に変わってないな……」
小さい頃のことを思い出す。
こうと決めれば突き進み、後ろなど振り返らない。
己が絶対的に正しくて、自分に意見する者はすべて敵。
自尊心の塊であるミゲルには、勇者なんて務まらないと思う。
俺が知っている勇者は、自分を顧みず他人のために命をかけられるような、ある意味頭のネジが飛んでいる人だから。
「だからお前は――」
呟く直前、まがまがしいオーラを感じる。
オーラは群れの奥から漂ってきて、地を這いドロドロの汚染物のような不快感が全身を抜ける。
ミゲルも思わず身体を震わせ、一瞬立ち止まった。
「そこにいるのだな魔王!」
が、ミゲルはすぐに動き出し、オーラを感じる方向へ駆けていく。
あの勇敢さというか、無鉄砲さは素直に凄いと思うよ。
俺は彼に続き、オーラへと向かう。
そして――
モンスターの群れを抜けた。
崖と崖の狭間に、広いスペースが出来た場所。
そこに彼女は立っていた。
「ほう……遂にここまでたどり着く者が現れたか? 実に愉快じゃ」
「お前が魔王か?」
「いかにも! 妾こそ魔を統べる者――魔王ルーリア様じゃ!」
赤黒くウェーブのかかった長い髪。
瞳と色はルビーのように赤く、肌は透き通るように白い。
グラマー体系な肉体を見せびらかすような薄着で、武器は何も持っていない。
身長は俺より少し低いくらいか。
背中に生える羽と、腰から伸びる黒い尻尾が、悪魔であることを示している。
「僕は勇者ミゲル! 魔王ルーリア、貴様を倒す者だ!」
「勇者か。なるほどのう……じゃから妾の軍勢を抜けられたのか」
俺は少し離れた場所から様子を観察する。
会話が聞こえるギリギリの距離だ。
感知に優れているのなら、バレてしまうのだが……
「じゃが、一人で来るとは愚かなことじゃのう」
どうやら気付いていないようだ。
それより気になるのは、彼女の足元に広がる黒い影。
最初は影かと思ったけど、明らかに形が異なり、表面が波打っているように見える。
黒い水、あるいは沼か?
彼女の能力で生み出したものだとは思うが……
黒い沼がさらに波打つ。
トプンと音を立てて、沼から何かの腕が伸びる。
腕は地を掴み、身体を這い上がらせる。
「あれは……」
「モンスターか?」
魔王はニヤリと笑みを浮かべる。
「その通りじゃ! お前たちが戦っていたモンスターの中にもいたじゃろう? あれは妾の力で生み出したものじゃ」
皆と一緒に戦っていたとき、異形のモンスターがいたことを思い出す。
見かけない種類だと思っていたが、それもそのはずだ。
魔王は黒い沼からモンスターを次々に生み出していく。
これで納得がいった。
どうして倒しても結晶を落とさなかったのか。
倒しても倒しても、一向に減らなかったのも、彼女がモンスターを生み出し続けていたから。
そして、改めて魔王の恐ろしさを実感する。
モンスターが減らなかったということはつまり……
俺たちがモンスターを倒すペースより、彼女が生み出すスピードが上回っていたということだろう?
それにモンスターを生み出すとき、少なからず魔力は消耗するはずだ。
だが、彼女からはまだ、溢れんばかりの魔力を感じる。
「どうやら、貴様を倒しにきた判断は正しかったようだな」
珍しくミゲルと意見が一緒だ。
彼女を放置していては、いつか俺たちが負けていた。
無尽蔵に近い魔力と、次々に生み出されるモンスターの群れ。
戦いが長引けば、どんどんこちらが不利になる。
「悪いがここで倒させてもらうぞ!」
ミゲルが聖剣を振る。
光を纏い、白い斬撃が放たれる。
召喚されたモンスターを蹴散らしながら、魔王へとどく。
「ふっ」
魔王は笑い、魔法陣を展開して防御した。
「ふむふむ、中々に良い攻撃じゃったぞ?」
「馬鹿な! 我が聖剣の一撃を防いだだと!?」
「ほう、それが聖剣というものか。妾も初めて見るのうー、どれ、もっと見せるのじゃ」
「くっ、悪魔風情が!」
ミゲルは連続で斬撃を浴びせる。
魔王は余裕の表情で防御し、何事もなかったように前へ進む。
攻撃をしかけ、それを防御されるたびに、ミゲルは一歩ずつ後退していく。
「どうしたのじゃ? はよー向かって来ぬか」
「……くそっ!」
ミゲルを挑発する魔王。
両腕を広げて、かかって来いとジェスチャーしている。
ミゲルは悔しそうな表情を浮かべ、唇をかみしめて前に出る。
「うおおおおおおおおおおおお」
雄たけびは立派だが、ミゲルの剣はかすりもしない。
優雅に、華麗に回避されている。
勇者に選ばれたからといって、剣術が急に上達するわけではない。
ここにきて彼の平凡さが現れてしまっていた。
「ふむ、もう良いかのう」
魔王が動きを止める。
ミゲルはチャンスと考えたのか、大ぶりの一撃を振り下ろす。
だが――
「なっ!」
「所詮はこの程度かのう」
魔王はミゲルの一撃を、素手で受け止めていた。
驚愕するミゲルに、魔王はあきれ顔で言う。
「曲芸としては良い出来じゃったよ。が、妾と戦うには役者不足じゃ」
「き、貴様!」
「すまぬがもう飽きた」
魔王が力を込める。
受け止めていた手を、ほんの少し握っただけ。
たったそれだけで、聖剣の刃が砕け散った。
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