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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その4 ヤバい男

作者: 天城冴

ダガシはついさっき買い物にいったコンビニでの暴行事件について、犯人と推測した男や店名をSNSに書き込み事件を拡散しようとしていた。そこに一本の電話がかかってきて…

「ああ、まったく物騒な世の中だぜ」

部屋に帰るなり、ダガシは言った。

“何かあったのか”

誰もいないはずの部屋から聞こえる何か。きっといつもの空耳だ。独りで長くいるからだろう。独り言の延長みたいなものだ、気にせずつぶやき続ける。

「夜とはいえ、コンビニで見知らぬ人を襲う奴がいるとはな」

帰ったばかりのダガシは明かりもつけずにパソコンのスィッチをいれる。

“そいつはヤバい、善良なニホン人に警告しなきゃな”

「そうだ、早速、ツィッターに書き込んで注意しなきゃ。危ない奴がいるって、きっとザイの奴等だ。あいつら昔からロクなことをしないんだよ。毒を井戸に放り込むわ、ニホンに言いがかりつけるわ」

彼女にちょっかいだしてくるわ、というのだけは低い声になる。

“それよりあのヤバい男だ”

 そうだ、あの黒い服の男、本当にヤバそうな奴だった。どっかで見た顔だったが思い出せない。ネットかどっかであんな恰好の男をみたのか。

“きっとアイツだろう”

そうだ、そうにちがいない。アイツでなくてもアイツらの仲間だ。

「本当にヤバい奴等だからな、ネットでも注意を呼びかけないと。コンビニの店名、いれといたほうがいいかな。俺ん家の近くだってバレるかな、いや、やっぱり警告の意味をこめるなら実名と写真入りで」

と、件のコンビニエンスストアの写真を撮ったスマートフォンを手にした途端、着信音が響いた。

「はい、もしもし」

「ちょっと、何をやったのよ!」

彼女の怒った声は久しぶりに聞いた。ダガシは面食らってぶっきらぼうに答えた。

「イソラか、何だよ、いきなり」

「私のとこまで…が来たわよ、一体どういうことなの」

「って、何のことだか、さっぱり」

「とぼけないでよ。接近禁止の申し立てをしてたのはこっちだし、本当は電話なんてしたくもないんだけど、あんまり驚いたから」

接近禁止?何のことだろう、だって俺たちは…

「ごめん、まったく状況がわからないんだけど」

ダガシは笑いをこらえながらいう。

「本当にわかってないんだ。ダガシ、やっぱり変よ、そこに住んでから」

彼女は脱力したように言う。

「だって、俺たち付き合ってるし、接近禁止ってストーカーとかにやる奴だろう、なんで俺に?」

「だから、アンタがストーカーなんだってば」

別の声が聞こえた。あのお節介女だ。

「なんだよ、お前かよ」

「ザクライさんだっけか。そう、イソラの友人のシオリよ。まったく人の名前も覚えてないんじゃ、自分のやったことも覚えてないはずね」

「なんだよ、一体、さっきから、人を」

「本当に覚えてないの?」

シオリの口調が変わった。

「ザクライさん、イソラやイソラの彼氏に何したかも、覚えてないの?今日のことも」

「イソラの彼氏ってなんだよ」

俺だよ、と言えばいいだけなのに、なぜかダガシは言えなかった。

 シオリの低い声が聞こえる。

「忘れたの?アンタがイソラに振られたのに、何回も電話したり、待ち伏せしたりしたから、イソラが警察に相談にいって接近禁止を申し立てて、アンタも警察に呼ばれたのも?イソラの彼氏が隣国の留学生だからって、さんざん差別的なこと言ってヘイトだって弁護士通じて訴えられたのも?」

ああ、そうだった。イソラがあの留学生に騙されたから、説得しようとしただけなのに。あいつらはヤバいから殴ってでも、閉じ込めても引き離さなきゃいけないのに、お節介女と警察が止めやがったんだ、弁護士まで出てきて。ダガシはぼんやりと思い出した。

 スマートフォンからはシオリの声が一方的に流れる。何かを叩く音が幽かに聞こえる。

「イソラは引っ越ししたけど、アンタがやらかしたことのせいで怯えてるわよ、本当に何をしたか、わかってないの?」

「何をだよ」

イソラの新しい部屋をつきとめようと前のアパートの大家に詰め寄ったことか、それともイソラの彼氏を名乗るアイツをなぐろうとして逆に突き出されたことか。全部イソラのためなんだ、お前に何がわかるんだ。みんな、みんな、わかってない、余計なお節介やきやがって、つまらない用事で訪ねてきやがって、だからチャイムも外したんだ。

“思い出せたのか、お前がやったこと全部?”

ダガシの問いにシオリはさらに声を低めてゆっくりと答えた。

「さっき、アンタは自分の家の近くのコンビニエンスストアで男の人を殴ったのよ。“ザイの奴等は隣国の奴等は死ね”って言って。外国人旅行者が外国語で店員さんに何か聞いてたところをアンタが来て殴ったって。ひょっとしたら、イソラのとこにも来るんじゃないかって警察の人が」

そんな馬鹿な、俺がそんなことをするはずはない、はずは。

「な、なにをいってんだよ、俺のはずないだろ、イソラの彼氏とかいうアイツじゃないのか」

「彼氏は今、一時帰国してるわよ。それで心配だから私と弟がイソラのとこに来てるの、アンタがかなりヤバい奴だってわかったから、マンションの警備の人にも連絡しといたけど」

そんな、そんな、じゃあ、俺が見たのは

「イソラが逆にアンタのことを心配しだして。止しとけって言ったのに電話するから、その」

シオリは気味悪そうに

「ねえ、本当に覚えてないの?」

確かに殴ったのをみたんだ、だけど

 なんで、俺は客が殴られるのを止めようとしなかったんだ?

 なんで、俺は警察に通報しなかったんだ?

 なんで、俺は殴られた人を助けもせず、救急車も呼ばなかったんだ?

なんで、俺は警察に協力もせず、そのまま部屋に帰ってきたんだ?

“どうしてお前は何もしなかったんだ?”

まさか、まさか

俺が、俺が、やったから、なのか。

俺が、あのヤバい男、なのか。隣国のアイツじゃなく、俺なのか。

“確かめてみろよ”

 ダガシは液晶画面に映る自分の顔をみた。

 目はくぼみ、髪はボサボサ、黒いフード付きのジャンパーを着た怪しげな男がそこにいた。

コンビニエンスストアのガラスに映っていた、ヤバい男だ。そうだ、俺だ、俺だったんだ。

手をみると痣がついていた。

そして、血痕。怪我はしていない

“そいつは誰の血だ?”

俺じゃない、他人の、殴った相手の…血だ

 俺は、俺が、人を殴って、それをアイツのせいにしようとしたのか。自分の犯罪を他人になすりつけてネットで拡散しようとしたのか。

 そんな、そんな、はずは。

「まだ暑いのにフード付きのジャンパーを着てよく店に来てたって。殴ったところも防犯カメラに写ってたって。殴られた人は救急車で運ばれたらしいけど、店員さんが警察にいろいろ話してくれたって」

ああ、そうだ、店員が何か言ってた、“警察をとか”、“救急車”とか。耳障りな隣国の言葉なんか喋るからいけないんだ、店員もそれでも応対するからいけないんだ。だから黙らせようとしただけなんだ。

 だけど、それは…やってはいけないこと、暴力犯罪…。

イソラと彼氏にやったことも…そうだ、犯罪だ。

“お前なんだよ、お前が犯罪者なんだよ”

「店員さん、アンタのこと知ってたのよ。この間から良く来るようになった客で、使用カードとかで名前も住所もわかるって。イソラがだした届け出でもあってすぐに警察も来たんだけど」

 俺は、俺が犯罪者なのか、ヤバい奴だったんだ

 他人に罪をなすりつけるデマ吐き男だったんだ。

 元カノとその彼氏を脅かすストーカーだったんだ。

“そうだよ、デマを流して人を傷つけるヤバい男なんだよ、お前は”

ドアを叩く音が次第に大きくなっていた。

『ザクライさん警察です、開けてください』

警官の声がいっそう強く響く。

ダガシはゆっくりと立ち上がり、玄関とは逆のベランダのほうに歩いて行った。

窓に映った男は乾いた笑いを浮かべている。

 ヤバい男だ、酷い奴だ。

このヤバいデマ吐きストーカー男を何とかしなければ

この世から消さなければ

“どうすればいいのか、わかるよな”

窓を開け、ベランダの柵を越えて、ダガシは地面に落下していった。



ダガシが地面に叩きつけられる音を聞いて、警官は飛び出した。しかしすでに遅く、だがダガシはこと切れていた。

 鑑識や応援をよぶ間、二人はダガシの死体の側にたっていた。一人が死体を見ながらつぶやく。

「また、ここかよ」

「あのコンビニエンスストアだって、そうだろ。“嫌なことに慣れちゃいましたよ”って天頂が言ってたよ。フードのヤバい奴が毎回何かヤラかすなんて、俺たちも嫌になるよ」

「黒いフード付きパーカーを着た日本人男性お断り、なんて貼り紙はできないからな」

「確かに、俺たちも事件は選べるわけじゃないし。だけど仕事とはいえ、こうも毎回、なんでここなんだろ」

「ついに自殺者まで出るとはな。事情聴取した後で引っ越して死んだって話も聞くし」

警官たちはダガシの死体を見下ろしている。

ふと、一人がつぶやく。

「昔、なんかあったんじゃないか」

「そういえば戦前、ヤバい奴がデマ飛ばして沢山の人が虐殺されたっていうの、ここの近くだったんじゃ」

「そうだったな。確か慰霊の碑があった。それに関する行事も。まさかデマ男がいたのがここなんじゃ」

「いやフードは着てないだろ。第一、大正時代だろ、あの事件は。ここに赴任した時、確か資料読んだわ、俺。あ、そういえば」

「なんだよ」

「似てるんだよな、なんかさ顔つきが。デマ飛ばしたとかいう噂のあった男の似顔絵にさ」

その言葉をもう一人の警官が遮った。

「って、しゃべってる暇はないだろう、仕事仕事、もう、この話は終わりだ」

刑事や鑑識たちが来たのだろう、車の音が近づいてきた。

警官の一人がダガシのいた部屋を見上げた。一瞬、人影のようなものが見えたが再び目をやるとベランダも部屋も真っ暗でもう何も見えなかった。


9月は秋という感覚もありますが、昔から暑かったようですね。そんな人々の精神状態が不安定な時期に災害が起きるとトンデモないデマも流れてしまうのは今も昔も変わらないようです。

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