第84話 スピードガン
5回戦である準々決勝と、その次の準決勝までは期間が空く。準々決勝の相手は山南高校で、準決勝の相手は横浜高校か和泉大川越になる。準決勝の相手になりそうな2校はどちらも夏の大会で因縁のある相手だし、どちらが勝ち上がっても苦戦は強いられると思う。
だから優紀ちゃんを準々決勝には投げさせず、準決勝まで温存させておきたい。準決勝まではかなりの期間があるので、その間に何らかの形で優紀ちゃんを成長をさせてから、準決勝で投げさせたい。だから5回戦は、久美ちゃんと智賀ちゃんと私の継投になる。
久美ちゃんの調子が良かったら、智賀ちゃんが投げる機会は無いかな。4回戦でのパワーカーブは、ぶっちゃけ出来過ぎだった。あの時は曇天で湿気も高かったから、ボールが指に引っかかりやすかったのだと思う。
だから久美ちゃんに任せたいのだけど、4回戦での6失点は久美ちゃんの実力が出し切れていない証拠だ。というか、前よりも変化球のキレが無くなっているような気もする。本格的なトレーニングを始めたせいで、さらに久美ちゃんのフォームは記憶にあるフォームと、乖離が激しくなったのかな。
出来ればもう完全に新しいフォームに切り替えて欲しいけど、それが簡単にできれば苦労はしない。世の中には、自分のフォームを忘れてしまって引退したプロ野球選手すらいるからだ。
「久美!ブルペン行って、ちょっとフォームを弄らせて貰うで」
「……わかりました」
準々決勝に向けて、練習は続く。大会中にはあまり投球フォームを変えたくないと御影監督は言っていたけど、昨日の試合を見て何か思うところはあったようだ。久美ちゃんは御影監督と矢城コーチに連れられて、3人でブルペンの方へ行った。
私もグラウンドのマウンドから、習得したばかりの縦スラを投げ続ける。打席には、真凡ちゃんに立って貰った。
……うん、真凡ちゃんが打席に立つと、本当にストライクゾーンが小さく感じる。真凡ちゃんにとっても打席に多く立つことは良い練習になるから、低めをしっかり意識して腕を振り抜こう。
軽く投げ込んだ後は、優紀ちゃんにマウンドを譲ってある物を持ち出す。この前買って貰ったばかりの、スピードガンだ。良いものだから、わりとお値段は高め。
「それが、買って貰ったって言ってたスピードガン?
何か、値段のわりには安っぽいわね」
「小さいからそう感じるだけだよ。まあ、せっかくだし球速を測ってみようか」
「あ、あの!私に使い方を教えて下さい。偵察の時とか、凄く役立つと思うので」
「あ、そうか。じゃあ相馬さんと、水澤さんには使い方を教えておくよ」
真凡ちゃんは安っぽいと言ったけど、数万円はする小型のスピードガンだ。相馬さんに使い方を教えて欲しいと言われたので、相馬さんと水澤さんに使い方を教えた後、いざ実測。まずは優紀ちゃんから。
ストレート:116キロ
スライダー:105キロ
カーブ:96キロ
フォーク:101キロ
チェンジアップ:89キロ
シュート:108キロ
こうして測定すると、意外と優紀ちゃんの球速も成長していることも分かる。入学当初は110キロも出ていなかったけど、夏合宿が終わるころには115キロぐらい出ていた。最速は、117キロってところかな。
次に智賀ちゃんをマウンドから投げさせてみる。持ち球はストレートとパワーカーブだけだけど、どのぐらいの球速差なのかは見ておきたかった。
ストレート:115キロ
パワーカーブ:106キロ
測定結果は、ストレートとパワーカーブの差が10キロ程度となった。まあ、それなりの変化量でキレの良いパワーカーブだから、一巡目を抑えるのには最適な投手として成長して来た感じかな。
中継ぎとしては、少しスピードがもの足りない。冬場にしっかりと身体を鍛え上げれば、120キロには手が届くと思うけど。
最後に、私が投げる。持ち球はストレートと強ストレートに、ツーシームと縦スライダーだ。
ストレート:132キロ
強ストレート:129キロ
ツーシーム:126キロ
縦スライダー:121キロ
こうして測定しなくても球場で球速が分かったりするけど、練習中でも気軽に速度が見えるというのはモチベーションのアップに繋がる。何より、偵察用として相手投手の球速が正確に分かるというのはありがたい。今まで無かったのが、不思議なぐらいだし。
「智賀ちゃん、本当に速くなったよね。私なんか、もう抜かれそうだよ」
「優紀ちゃんは優紀ちゃんの武器があるでしょ。何球種も持っていて、それが全て全く同じフォームなのは凄いことだと思うよ。それに、まだ練習中の変化球もあるんでしょ?それを準決勝までに、物にしようよ」
球速は才能の面も大きいけど、変化球は努力の面も大きい。幾ら手先が器用でも、練習し続けないと物にするのは難しいからだ。もしも今練習しているシンカーとツーシームを物に出来たら、この子は7球種持ちの投手だよ。そっちの方が凄いのに、球速のコンプレックスを抱いているのは、無いもの強請りなのかな。
ブルペンで個別レッスンが終わった久美ちゃんの球速も測定してみようとすると、明らかに今までのフォームとは違う。何かフォームが豪快になったというか、力を抜いて投げているように見えるのに、身体全体の動きが速い。
手元のスピードガンに視線を落とすと、ストレートの速度は125キロと表示されていた。4回戦で投げた時の最速は122キロだし、すごく速くなっている。たった一時間で、球速が+3キロは素直に御影監督が凄い。
……いや、フォームが変わったというよりかは元に戻ったと言うべきなのかな。元に戻った上で、進化している。元々、125キロを出す下地はあったんだ。後はメンタル面だけど、それは準々決勝のお楽しみかな。
既に5回戦の相手、山南高校の投手は全員、向中高校の千野さんや統光学園の友理さんよりも打ちやすそうなことが分かっている。秋の県大会は一箇所に強い高校が固まることもあれば、一箇所に弱い高校が集まることもある。
接戦を勝ち上がって来た高校だから勢いはあるだろうけど、油断しなければ勝てる相手だ。問題は、その次かな。ここまで横浜高校も和泉大川越も、大差勝ちばかりだ。どちらが勝ち上がっても、不思議じゃない。




