第326話 戦力差
5回表、ワンナウトランナー1塁で私の打席。初球、縦のスライダーを見送ってワンストライク。流石に、二度も後逸することはなかったね。打ちに行っても単打だっただろうし、素直に打てる球を待とう。
ここで友理さんが、1塁へ牽制球を送る。もしも友理さんが縦スライダーを投げている時に盗塁すれば、ひじりんの足ならセーフになるかもしれないしね。しかし牽制球を投げられても、大きなリードを止めないひじりんのお蔭で、統光学園のバッテリーと私で読み合いが発生する。
カウント0-1から2球目、高めに投げられたボール球を打ちにいく。私の予想通りなら、私を過小評価していないなら、これは高速スライダーだ。
まるでカットボールのように、ベースの手前付近でひゅっと外へ逃げる球を私は打ち、右中間に飛ばす。ひじりんはスタートを切り、ライトの池田さんは腕を伸ばすも打球を捕れなかった。
転々とボールは転がり、フェンス際まで転がる。ひじりんと私は快足を活かし、ひじりんはホームへ。私は3塁へ。タイムリースリーベースヒットとなり、1点を返して同点にし、なおもワンナウトランナー3塁という状況に持ち込んだ。ここで打席には、智賀ちゃんが立つ。
気持ち的には、まだ切れてはいなかったと思う。それでも僅かに真ん中に入った高速スライダーに智賀ちゃんはバットを追い付け、センター方向へのフライにした。タッチアップには十分な飛距離で、私がホームに還って2点目。ようやく湘東学園が逆転をし、2対1と1点のリードをする側になった。
5回表の攻撃が終わって、真凡ちゃんはなかやんと交代をする。代打でなかやんを使ってなくて良かったけど、なかやんを代打で使っていたら使っていたで私が外野に行ったり智賀ちゃんが外野に行くだけだから大した問題ではない。
この5回裏に、統光学園はワンナウトからヒットを打ってワンナウトランナー1塁にするも後続が続かず無得点。そして6回裏のマウンドには、私が立つ。今大会、ここまであまり投げてなかったけど、調子は良いというか絶好調だ。
「あとアウト6つ、しっかり頼むよ」
「詩野ちゃんも、ここに来て公式戦初後逸とかは止めてね?」
「……ここまで来て、そんなポカはやらかさないよ」
投球練習の時点で140キロが表示されるけど、140キロではそれほどざわつかなくなってきた。私が公式戦で出した最高球速は、144キロ。今日はそれを、更新出来るかな。
6回裏の統光学園の攻撃は、4番の池田さんから。地味に彼女には1年生の秋大会の頃から、勝負をしているんだよね。直球に強くて、何度もストレートをファールにされたっけ。
それでも初球、ストレートを思いっきり投げる。ど真ん中に行ってしまったストレートは、それでも池田さんのバットに空を切らせ、詩野ちゃんのミットに収まった。
球速表示には、145キロが表示される。日本人の最高球速が146キロだから、あと1キロだね。その1キロが遠いけど、甲子園の決勝まで勝ち進めるなら、あと一月半以上も時間がある。タイ記録ぐらいは、出せてしまいそうだ。
2球目、ツーシームを投げるとそれにバットを合わされてファール。……140キロ近い、大きく動くツーシームでもカットできるんだから、池田さんの打撃力は今世代でトップクラスだと思う。私ですら私の球を打てるかは微妙だからね。そして3球目、外に外すカーブを打たれてセンター前へのヒットを許してしまった。
統光学園に、ノーアウトのランナーが出た。池田さんの足は速くはないから盗塁は警戒しなくて良いけど、遅くはないから2塁へ行かれると単打でホームに還って来る。
続くバッターは送りバントを決め、ワンナウトランナー2塁。この場面で6番に代打を出す統光学園は、ここが勝負所だと判断したのだろう。確かあの子は、代打成績2打数2安打の子だったかな。ひじりんや真凡ちゃんと比べることが出来そうな小柄で、左打席に立つ。
パワーは無さそうな外見だし、当然外野前進シフトだ。レフトのなかやん、センターの光月ちゃん、ライトの高谷さん。……一つ下の世代だけで構成されている外野陣だけど、安心して背中を預けられる子達だ。
勝負は、初球で決まった。真ん中低めに制球された144キロのストレートを代打で出て来た子は上手く流して、レフト前へと運んだ。別に144キロのストレートをヒットにするのに、パワーはいらない。金属バットなら芯付近に当てるだけで、結構飛ぶ。
セカンドランナーの池田さんは良いスタートを切っていて、3塁を回る。一方でなかやんも、守備は良いし肩も良い。なかやんは捕球後、即座にバックホームをして、詩野ちゃんは捕球後即池田さんをタッチしに行った。
本塁でのクロスプレーとなり砂煙が上がり、アウトとセーフのコールまでの一瞬が、とても長く感じられる。そしてその一瞬の後、審判はアウトを宣告した。まあタイミング的には完全にアウトだったし、池田さんが暴走しただけだね。ツーアウトならともかく、ワンナウトだから3塁で止まってもよかったのに。
ツーアウトランナー1塁になって、続くバッターは三振に打ち取る。試合は2対1のまま、最終回の7回を迎えた。7回表、友理さんは若干疲労していたけど、私は敬遠され智賀ちゃんも打てずで追加点を上げることは出来ずに7回裏。
8番からの打順で統光学園は代打攻勢をかけるけど、代打の切り札を使った以上、もう手札はそんなに残ってないようで、8番9番を連続三振に打ち取る。ラストバッターは、1番の門川さん。俊足の持ち主だけど、バットに当たらないなら関係ない。
ラストのラスト、彼女ならセーフティバントに賭けて来ると私は読んで、投球直後に前へと詰める。予想通り門川さんはバントを仕掛けに来たけど、前に詰めて来た私を抜こうとしてプッシュバントを行った。そして上手く私の脇は抜けたんだけど、私の後ろにはひじりんがいる。
バントの構えを見て、ひじりんは前に詰めて来ていた。智賀ちゃんは打球の飛んだ方向を見て、即座に1塁へと戻る。結果、ひじりんが打球を処理して智賀ちゃんに送球し、智賀ちゃんはしっかりキャッチしてスリーアウト。
湘東学園対統光学園の試合は、2対1で湘東学園が勝利した。