第308話 暴れ球
春の県大会を順調に勝ち進み、次週の5回戦、準々決勝では平塚高校との対戦になる。準決勝はたぶん横浜高校で、決勝は統光学園か東洋大相模だろうね。
「来週には優紀ちゃん、智賀ちゃん、ひじりんが帰って来るし、ベストメンバーで挑むよ」
「……ショートはどうするの?北条さんと水江さん、どちらか1人しか選べないけど」
「センターに私が入って、ショート北条さん、サード水江さんにするよ」
「勝本を外すの?正気?」
「正気。そもそも、推薦組だからってレギュラーで使わないといけない理由はないからね。昨日と今日の試合しか見ていない人からすると、光月ちゃんより高谷さんの方がレギュラーとして相応しいだろうし」
詩野ちゃんと会話をして、来週の試合は水江さんにサードを任せることを言う。レフトの真凡ちゃんが外れるわけないから、外野から1人外れるのは光月ちゃんだね。今日の試合、光月ちゃんの第4打席は三振だった。ファウルチップで掠ってはいたけど、三振は三振。スランプが重症化している。
光月ちゃんをどうスランプから脱出させようかと悩んでいると、屋内の投球練習場で番匠さんの投球練習が始まり、130キロを超える速球が原田さんのミットに収まる。原田さんが顔を歪めているけど、あれちゃんと捕れてないね。微妙にブレているから、捕球し辛いのだと思う。
「番匠さん、どうボールを握ってるの?」
「え?普通に、ストレートの握り方です。本に書いてありました」
「……あー、これで投げることが出来るのか。才能としか言いようがないなあ」
本人は暴れ球を投げている自覚は無かったそうだけど、中学時代の捕手はポロポロ零していたらしく、そのせいで4回戦負けをしたと憤っていた模様。うん、これはこの球を投げられる番匠さんが異常だ。
番匠さんの握りは、確かにストレートのものだった。ただし正しいのはストレートとしての掴み方だけで、人差し指と中指の先には、縫い目が一切引っかかっていなかった。握力は強いようだし、この掴み方でリリース時に力を込めているなら、簡単にブレ球になりそうだね。私も今度やってみようかな。
「……番匠さんは、後でツーシームとストレートの握りを教えるよ。それさえ覚えて投げ分けられるようになったら、2軍の子達は完封出来るかな」
「マジっすか。ありがとうございます!」
「いや1軍になるのは入れ替え戦で活躍してからだけどね?でもブレ球でその球速と、最低限のコントロールさえあれば、ある程度は通用するよ」
番匠さんのコントロールが悪い理由も、同時にわかったね。縫い目に指が引っかかってないから、コントロールし辛いんだと思う。リリース時に番匠の指先をじっくりと見ると、普通の投手に比べてかなり押し出しているような感じで投げているから、ストレートがこれだけ動くのかな。
「その入れ替え戦っていつあるんですか?」
「春合宿の後だから、GWの最終日かな。それまでに、番匠さんは2軍の昇格候補の面子に入りなよ。
と、そうだ。光月ちゃんと勝負してくれないかな」
「美月?みつき……」
「勝本さんのこと。背番号8番、勝本光月」
番匠さんは、レギュラー陣をまだ覚えきっていないから興味のないことはとことん覚えないタイプらしい。光月ちゃんを呼んで、番匠さんと勝負をさせる。一応、デッドボールの警戒はするように言うけど、今日の番匠さんはコントロール良さそうだからデッドボールはないかな。
「勝負は1打席勝負ですか?」
「いや、3打席勝負で2安打以上なら光月ちゃんの勝ち。1安打なら引き分け、ノーヒットで光月ちゃんの負けだよ。四球は安打とみなすからね」
呼ばれた光月ちゃんは、1打席勝負か聞いてくるけど3打席勝負をさせる。スイングを一度破壊して再構築している光月ちゃんは、一時期は上手く行っていたのにまた苦しんでいる。この勝負で、快方に向かうとは思わないけど、きっかけになれば良いかな。
「聖がいたなら、今のカノンの提案は止めていたと思うよ」
「ひじりんは何だかんだ言って優しいからね。でも、光月ちゃんの問題は光月ちゃん自身が解決するべきだよ」
様子を見に来た詩野ちゃんと一緒に、番匠さんと光月ちゃんの勝負を見守る。審判は、久美ちゃんに任せたから公正に判断してくれそうだね。
初球、番匠さんは教えたばかりのストレートを投げたようだけど、低めに外れて1-0。続けてツーシームを投げて、外に外れて2-0。……四球が多いこのコントロールは、改善しないとスタミナが向上しても一緒だね。
3球目、暴れ球が内角低めの良いところに決まってストライクでカウントは2-1。うん、1打席目でこのシチュエーションになってくれたのは嬉しいかな。
バッティングカウントになって4球目。番匠さんの暴れ球が、ど真ん中に決まる。光月ちゃんは見送ったため、ストライクでカウントは2-2。一見すると番匠さんの速球に驚いているように見えるけど、光月ちゃんはこの程度の球速のストレートなら甲子園で見慣れている。それなのに見送った理由なんて、1つしかない。
光月ちゃんは、フォアボールを期待してスイングをしなかった。5球目と6球目が外角に外れたので、結局フォアボールになったから光月ちゃんの判断は正しかったけど、5球目と6球目は少しでも内を通っていたらストライクだったことを考えると、光月ちゃんの辛勝だ。
2打席目、光月ちゃんはど真ん中に来たスローボールを弾いてセンター前へのヒットを打つ。これで2安打のため、光月ちゃんの勝ちだけど番匠さんはまだ続けたいと言ったので勝負を続けさせた。
そして3打席目。番匠さんは5球暴れ球を続け、光月ちゃんはカウント2-2から高めのストレートを打ち上げてしまい、キャッチャーフライに倒れた。




