第264話 出合い頭
6回裏の湘東学園の攻撃は、9番の優紀ちゃんからだけどここで代打を出す。向こうも友理さんを下げて左の新開さんを出して来たので、こちらは右の牛山さんだ。
「優紀ちゃんはお疲れ。友理さんとの対戦結果はまあ……スライダーが真ん中へ行ったなら仕方ないね」
「……カノンが6回から投げなかったのは、疲れ?」
「私自身の調子が良くないのもあるけど、準々決勝も準決勝も温存されたエースが5回で降りて欲しくは無かったって感じかな。島谷さんが離脱したから、優紀ちゃんや久美ちゃんは今日みたいに引っ張ることが多くなるし」
優紀ちゃんに6回まで投げさせた意図は話しておくけど、今日の試合は最悪負けて良い試合だから先発を引っ張るということを試しておきたかった。結果的には失敗だったから考え直さないといけないけど、島谷さんが抜けた穴は大きい。先発もロングリリーフもこなせる速球派左腕が大浴場で転んで離脱するのは、流石に予想してなかった。
さて。牛山さんを代打で送り込んだわけだけど、相手は牛山さんのことを少し警戒している感じかな?代打の1番手になった牛山さんは、今大会でも代打で1本のヒットを打っている。1年生とは思えないパワーもあるし、ぽっちゃりとした体格は変わって無いけど、身体は少しずつ筋肉質になっている。
牛山さんがヒットを打って上位に回れば、この回で同点には追い付けるかなと思いつつ、声を出しながら応援していると、快音が鳴り響いた。
「えっ」
「入りました、ね……?」
「同点ホームランだ!敗戦投手回避!」
思わず声が漏れて、打球の行方を確認した智賀ちゃんがフェンスの向こう側に入ったことを告げる。これで3対3の同点になって、湘東学園の打順は上位に回った。
私はもうU-18W杯の時の疲労は残ってないけど、新開さんはまだ残っていたのかな。準決勝では新開さんが先発だったし、牛山さんがホームランにしたのは131キロの制球に注力したストレートだった。いやでも、それを捉えてホームランにした牛山さんは凄い。
「ナイスホームラン。私も続くよ」
そして同じ1年生が打ったホームランを見て、触発されたのか聖ちゃんもセンター前へのヒットを打ち、2塁への盗塁を決める。水江さんが送りバントを決めて、ワンナウトランナー3塁で真凡ちゃんの打席。
その打席で、湘東学園はヒットエンドランを仕掛ける。真凡ちゃんの打球はセカンドゴロになったけど、ホームは余裕でセーフになった。湘東学園は逆転に成功して、ツーアウトランナー無し。
そして私の第3打席は、勝負という形になった。最終回での逆転は難しいかもだけど、ここで私と勝負するってことは私達と一緒で新開さんを試したいってことだと思う。
新開さんの今の持ち球は、スライダーとカーブとチェンジアップ。それと僅かに変化するシュートも投げているみたいで、今日の最速は133キロ。来年のドラフト候補に名前は挙がっているし、U-18W杯でも活躍していた。
私が打席に入って初球。何かがすっぽ抜けたのか私の顔の位置に速い球が来る。思わずバットでその球をカットしたら、打球はフェアゾーン内に飛んでしまった。そのまま打球は伸びて行って、ポールの内側に入る。今日2本目のホームランとなり、試合は3対5となった。
2点差を付けて最終回のマウンドには、私が登る。打線は下位に差し掛かったところで、1年生の代打攻勢が始まったので統光学園に勝つ気は無くなったように見える。
しかし1年生にとっては、絶好のアピール機会だ。私への代打ということは速球に強い人を選んでいるだろうし、まだ油断は出来ない。門川さんや池田さんが待つ上位に回す前に、決着は付けないと。
「……単純に国際球を使っていたせいで、コントロール落ちた?」
「可能性としてはあり得るけど、大分戻って来ているよ。
相手は速球に強いだろうし、変化球中心で行こうか」
「代打攻勢は、レギュラーと比べてデータ少ないから嫌だよね。……ネクストに入ってるのも、1年生だったかな」
7回表、統光学園の先頭バッターは代打の宮川さん。1年生だけど、智賀ちゃん並みに大きい子だね。縦のスライダーから入ると、バットを凄い勢いで振って空振り。……当たったら凄そうだけど、落ちる変化球だとまずバットに当たらないかな。
2球目のシュートで引っ掛けさせ、フライになったので安心したら、レフトの真凡ちゃんが大きくバックしてフェンス際で捕球する。思っていたよりも打球が伸びたせいで、少しヒヤッとした。続くバッターも、1年生の代打で名前は安達さん。彼女も大きいけど、統光学園は大砲の量産でもしてるのかな。
初球、ツーシームから入ると見送り。次の外へ外すストレートも見て、カウントは1-1。ここで安達さんが足場を均してくれたので、次は振って来ると詩野ちゃんも読んでシュートを要求して来た。1年生は、分かりやすい子だと本当に分かりやすいね。
そのシュートを打ち上げて、安達さんはサードフライ。最終回だけ守備に就く熊川さんがしっかりと捕球し、ツーアウトランナー無し。最後の代打で出て来たバッターは、明らかに緊張していたのでストレートも交えて三振に打ち取った。