第250話 こだわり
私は追い込まれてから、決め球をシュート系の変化球だと読んだ。それでも、初見で130キロ台後半であろうシュートをジャストミートさせる自信は無い。ましてや相手はアメリカ代表が切り札として温存していたピッチャーで、そのピッチャーが1番自信のある決め球だ。
だから私は、バットを振らなかった。スッとバントの構えに移行し、読み通りだった変化量の大きいシュートを、三塁方向に転がす。スリーバントで不意を突かれたサードは、それでも素晴らしい反応速度で私の打球を処理するけど、1塁は間一髪セーフになる。
打率10割には、こだわるしかない。未だに表示される「打率1.00」はもはや呪いの装備だ。でも、せっかくならそれを活かす方向で行きたい。
今のバントは、かなり三塁線ギリギリだった。もしも三塁線を割っていれば、スリーバント失敗で私はアウトになっている。前の打席と続けて、2打席連続で幸運が舞い込んだようにも見えるはずだ。
「持っている人」だと思わせることも、野球では重要になる。特にお互い、相手のことをよく知らない状況だと、脅かした方が勝つなんてよくあることだと思う。精神状態は、確実にプレイに影響するからね。
さっきのセーフティバントでの出塁を見て、私が大したことないと思って貰えればそれで良いし、絶対にアウトに出来ないんじゃないかという不気味なイメージを持たれても良い。とにかく、アウトになることだけは避けたかった。
「今まで10割だったカノンがアウトになるほどの投手」と、味方に警戒するようなイメージを持って欲しくない。ついでに言うと、絶対に日本の観客席から落胆の声や失望の声が飛んでくるだろうからね。バントヒットと凡退とで、その差は比べ物にならないはず。
さて。ノーアウトランナー1塁でバッターボックスには大村さんの代打に真凡ちゃんが出る。この代打は、大村さんの打撃成績が悪いとか真凡ちゃんが期待されているとかそういう訳じゃない。前の回の守備で、大村さんは足の怪我をしていると岡沢監督が確信したからだ。
2回裏に大村さんがプッシュバントをした時、岡沢監督は1塁でセーフになると思ったようで、それがアウトになったことから大村さんの怪我を疑い始めている。そして4回表の守備で、足を痛めていると思われるようなプレーを大村さんがしたので、ここで交代となった。
……大村さんの怪我に関しては、最初のバントの時に私は大村さんを見て無かったから違和感に気付かなかったんだよね。幸い、大村さんの足に関しては軽症のようでそこまで痛くもないそうだけど、大村さん自身が自白もしたので当然交代だ。
真凡ちゃんが左バッターボックスに立ち、2番手投手はやたらと牽制球を投げて来る。そりゃ、私の足は警戒の対象になるよね。初球は例のカットボールを投げて、真凡ちゃんはそれをファールにする。
私がランナーにいるから、落ちる球は使い辛いかもしれない。盗塁されたら、1点は覚悟しないといけない場面だしね。そう思っていたら、岡沢監督からヒットエンドランのサインが出る。
……攻め過ぎだけど、このヒットエンドランが決まればリターンは大きい。私は再度リードを大きく取り、牽制球を誘った。
(代打で、ヒットエンドランを任されるとは思わなかったわよ。
今のアメリカなら、ショートがベースカバーに入るでしょうね。流し打ちすれば、ほぼヒットが確約される。けど……)
バッターである伊藤は、1球目のカットボールを思い描きながら何回か素振りをして打席に入り直す。ヒットエンドランのサインが来た以上、伊藤はバットにボールを当てなければならない。奏音の足は速いが、それ以上にアメリカの捕手は強肩でコントロールが良い。
バットに当てなければ、2塁で奏音がアウトになる可能性は高い。カウント0-1で、奏音が盗塁の意思を見せていることから次はボール球の可能性も高い。そこに思考が至った時、伊藤は岡沢監督と奏音の意図を汲み取ることが出来た。
(……まさか、私にボール球を打てって言ってるの!?確かにこの場面、ほぼ確実に外へボール球の速球が来るけど、絶対に140キロ以上は出るじゃない。しかも、投球練習を見る限り沈む感じだし……)
伊藤に対して、アメリカ代表の2番手投手は2球目を投げ始める。奏音は好スタートを切り、ショートはベースカバーに入る。伊藤は思考が纏まらないまま、外の速球にバットを当てるため、スイングを始めた。
(バットの先端に当てて、三遊間に流すしか無い!)
鈍い音が鳴って、打球はショートの方向へ転がる。バットの先端、それもバットの下半分に当たったボールは、完全に勢いを失ったゴロになった。
ショートは慌てて戻るも、打球には届かない。レフトが打球を処理した時には、奏音は3塁へ進もうとしていた。レフトからサードへ送球されるも、奏音は滑り込んでセーフとなる。ノーアウトランナー1塁3塁となり、打席には本城を迎えた。




