第182話 流れ
2回表に横須賀港高校は2点を返し、3対3の同点になる。ここまでの横須賀港高校の攻撃で春谷のスクリューは打たれていないものの、カットされ逃げられているような感覚を梅村は覚えた。
(チーム全体としてスクリューが苦手だから、一丸となってスクリューのカットだけを練習したって感じかな?高松さんが1打席目に打ったのはフォーク。初球のストレートにも反応していたから、スクリュー以外は打ちに来ると思って良い)
横須賀港高校の攻撃は、湘東学園のことをよく分かっていると梅村は感じた。打球がほとんどセンター方向へ飛んでおらず、センター方向に飛んだ時は無理して進塁していない。守備がお世辞にも上手いとは言えない、伊藤や江渕の守備位置であるレフトやライトへの打球が多い。
(ツーアウトランナー1塁で、勝ち越しの点はあげられないよ。スクリューはカットすると分かっているなら、追い込むまではスクリュー中心だね)
好打者である高松に対して梅村は、スクリューを2球使って追い込む。追い込まれてから3球目、大きく縦に落ちるドロップカーブに高松は手を出し、ボール球を掬い上げて打球を飛ばす。
しかし、飛んだ方向は奏音が守るセンターだった。浅く、センター前へ落ちそうなフライを奏音は滑り込むようにして捕り、スリーアウトになる。
「ナイスピッチ。点を取られたのは私のミスだし、落ち込まないで」
「……いえ、落ち込んでいるのではないです。スクリューの連投後にドロップカーブは、少し肘に負担が大きいかもですね」
ベンチへ戻る途中に梅村は春谷に声をかけると、春谷はスクリューの連投がキツイと正直に言う。どちらかと言うとストレートを中心に組み立てていた中学時代とは違い、変化球も多く投げるようになった春谷は、投球時の肘への負担が大きくなっていた。
2回表終了後、久美ちゃんが肘への負担を口にしていたから痛いのか聞いてみたら、痛くはないと答える。こういう所で嘘を言う子じゃないのは知っているから、この後も投げさせはするけど、早めに交代することになるかな。
同じようなスクリューを習得している島谷さんは肘に負担を感じないそうだから、投げ方が関係しているのかな。変化球は、直球よりも確実に肘や肩への負担がかかる。変化球を連投するのは、選手寿命を縮める行為に等しい。
最も、変化球を投げ続ければ絶対に怪我へ繋がるわけでもない。もしそうなら、優紀ちゃんの肩や肘の寿命はとっくに尽きているし、ぶっ壊れていてもおかしくないから選手の体質にもよる。3回表はストレートを中心に投げるようだから、大丈夫だとは思うけど、不安は残るね。
2回裏の攻撃は、8番の詩野ちゃんから。四球を選んで出塁すると、久美ちゃんが送りバントを決めてワンナウトランナー2塁。ここで真凡ちゃんがバッターボックスに入るけど、相手の外野は超前進シフトを敷いた。1打席目もかなり前進守備だったけど、完全に対真凡ちゃん用のシフトを敷いてきたね。
ここまで極端なシフトを採用する高校は少なかったし、これだとセンター前へ抜ける打球とライト前へ抜ける打球は、1塁でアウトになりそうだ。だけど真凡ちゃんはレフト方向へ流し、3塁で詩野ちゃんがセーフになったので、内野安打となった。
「ワンナウトランナー1塁3塁で、本城先輩なら何でも出来ますね」
「うん。まずは、1塁ランナーの真凡ちゃんが走って併殺を無くすかな」
ベンチの前方で応援しながら智賀ちゃんと話していると、真凡ちゃんがスタートを切る。ワンナウトランナー1塁3塁の場面なら、1塁ランナーが走るのは常套手段だけど、真凡ちゃんは1番バッターとしてはそれほど足が速くない。
同点の場面で2塁へ投げることは無いだろうと思っていたら、横須賀港高校の捕手は2塁へと投げる。それを見て詩野ちゃんはホームを目指したけど、真凡ちゃんはそのまま2塁へ滑り込んだ。
そして、横須賀港高校のショートの武藤さんは逸れた送球を捕ろうとし、滑り込む真凡ちゃんの上へ倒れ込んだ。
「真凡ちゃん!」
「ぃ、いぃ……!」
詩野ちゃんはホームに還り、湘東学園は勝ち越しの4点目を取ったけど、真凡ちゃんが起き上がらない。プレイは中断され、駆け寄ると脚から血を流していた。
「……ん、っく、だ、大丈夫よ!」
「立とうとしないで!智賀ちゃん、ベンチまで運ぶよ」
ジャンプした武藤さんのスパイクが真凡ちゃんの脚を掠るように踏んだようで、その後に倒れ込まれたから出血に加えて捻っている可能性も高い。少なくとも、試合に出続けられる状態じゃないね。
「高谷さん、行けるよね?」
「はい。いつでも」
「何でよ!出れるって言って、いっつ……」
「真凡ちゃんは、病院に行って診て貰って。出来れば、今すぐ行って欲しいぐらいだよ」
ベンチに戻った真凡ちゃんは意地になってでも試合に出ようとしているけど、痛みで声も出ない感じだ。代走として高谷さんを試合に出すけど、そのまま守備に就いて貰うことになるかな。
個人的にも心配だし、チームの事情的にも正直に言うと、真凡ちゃんが怪我をして離脱したのは痛すぎる。光月ちゃんや高谷さんが外野の控えとしては居るけど、真凡ちゃんほどの1番バッターかと問われれば疑問が残る。
……色んな感情が湧き上がるけど、今はただ、試合に勝つことだけを考えよう。状況はワンナウトランナー2塁に変わって、バッターは引き続き本城さんだ。