第155話 スカウト
6回表。宮守さんへの代打で出た私は、2番手で出て来た日本理文の投手からソロホームランを打つ。6対6の同点になって、湘東学園は上位打線を迎えるもこの回無得点。6回裏と7回裏は私が投げ切ったので、試合は6対6の同点で終わった。
「カノン先輩、今日は申し訳ありませんでした」
「え?何で?」
「え?えっと、首を振らせ過ぎたので……リード面も、梅村先輩からまだまだだと言われました」
「今日、そんなに多く振ってた?」
「投手始めたての時と同じぐらいだよ。あの頃のカノンは、普通に首振りが多かったよ?」
試合後、坂上さんが謝って来たから何事かと思えば、私の首振りが多かったから申し訳無さを感じたらしい。私って、そんなに首を振るタイプなのかと思ったけど、そう言えば詩野ちゃんからのサインも最初の頃は結構振ってたっけ?
「今となっては、カノンが1番操縦しやすいけど」
「あ、そうなの?」
「うん?んー……やっぱり優紀ちゃんが1番楽かな。責任は重くなるけど、ほとんどリードに文句言わないし」
面と向かって操縦しやすいとか言っちゃう詩野ちゃんは、坂上さんを引き連れて今日の配球の反省会を本格的に始めた。次の試合は日本理文対三島東だから別に良いけど、次の試合は詩野ちゃんがスタメンだから早めに帰って来るよう言っておく。
「2軍戦も終わったわね。5対3で、高谷が3安打3打点?」
「高谷さんは初回に先制アーチ、安打に盗塁と大活躍だったよ。でも多分、1軍には上がって来ないだろうね」
「……試合に出続けたいから、2軍に留まるというのは本末転倒な気がするんだけど」
「1軍だとまだ真凡ちゃんや智賀ちゃんには敵わない。それどころか、光月ちゃんやなかやん、他の1年生とも争わないといけない。それなら2軍で活躍を続けるというのは、個人的には理解の出来る行動だよ」
今日は2試合とも出る予定の真凡ちゃんが、同室の後輩である高谷さんの活躍をチェックする。1番面倒を見ている子だし、ライバルにもなるから気になっていると思うんだけど、たぶん高谷さんは自分が勝てると思える時まで2軍で自分を鍛え続けるんじゃないかな。
試合に出ることで得られる経験値というのは、非常に大きいものだと私は思う。真凡ちゃんや智賀ちゃんの成長が早かったのは、1年生の最初の時期から強豪校を相手に練習試合をしまくったからだ。それと同じルートを歩むつもりなのだろうから、高谷さんは信念を持って野球をしている。
「まあ、夏の大会直前になったら強制的に上げるけどね。既に2軍戦で打率5割超えだし、このまま勘違いされても困るし」
「あの子は勘違いなんかしないわよ。自己評価は、正しくしてるんじゃない?」
「お?真凡ちゃんも、自信はついて来たね。この前は、スカウトに話しかけられてたじゃん」
「その話は別に良いでしょ!あのスカウト、本城先輩とカノンを見に来ただけじゃない……というか、本城先輩にスカウトが来たってこと、広まっているけど大丈夫なの?」
真凡ちゃんはこの前、本城さんに横浜ベイスタアズのスカウトが接触した時、ついでにとチェックされていた上、話しかけられていた。珍しい木製バットの使い手だし、非力とはいえ安打製造機が欲しくない球団なんてない。
今年の夏の大会でも活躍出来れば、真凡ちゃんの知名度は本城さんを抜くんじゃないかな。そうなれば地元の球団のスカウトだけじゃなくて、多くの球団のスカウトが見に来る。
まあ、どんな弱小校にもスカウトは来るんだけどね。弱小校に眠っている素質のある子を発掘するのが彼らの仕事だし、むしろ有名になってから来るスカウトの存在は……。
「本城さんに指名の話が来たことが広まっているのは、七條さんが主導となって拡散しているからだよ。こういう話は広まった方が、上位で指名されやすいからね」
「それって、工作をしてるってこと?あまり、良い思いはしないわね」
「でも本城さんが上位で指名されればされるほど、湘東学園の知名度は上がるし、本城さんのこの先の人生にも指名順位は大きく関わる。プロで力量不足だとは思えないし、少しぐらいは補佐したくなるんだよ。別に、プロのスカウトが来たことを言うのはいけないことじゃ無いしね」
本城さん自身が発信しているからいずれ話題にはなったかもしれないけど、本城さんにスカウトが接触したこと自体はそれなりに話題になった。どこも似たような話題が持ち上がるから効果は薄かったかもしれないけど、本城さんのスカウトからの評価は悪い方だから、手助けしたいんだよね。
どうしても、怪我持ちは悪く見られる。今では短い距離の送球ぐらい出来るし、野手として見れば申し分ないぐらいだとは思うけど、前科があるだけで不当に実力が低く見られるのはなんとかしたい。
2試合目は1軍の方で三島東が日本理文に4対3で勝利し、2軍の方は日本理文が三島東に6対2で勝利していた。3試合目は、1軍が三島東対湘東学園で、2軍が湘東学園対日本理文だね。