第99話 猛追
湘東学園と山梨学園の試合は、2回裏、山梨学園の攻撃を迎える。初回に1点を失った優紀ちゃんは、この回もピンチを迎えた。
流石に甲子園に何度も出た強豪校だけあって、打線がよく繋がる。1回裏は先頭バッターの赤石さんにスリーベースヒットを打たれたから1失点は仕方なかったけど、この回は連打で迎えたツーアウト満塁のピンチだ。ここでバッターボックスに立つのは、1番の赤石さん。
そして詩野ちゃんは、無理な勝負をせずにフォアボール覚悟のボール気味な球で勝負をした。結果は押し出しの四球になったけど、ヒットを打たれたら2点は取られていただろうし、勢いを削ぎたかったのかな。
向こうは1打席目に私と勝負をしてくれたから申し訳ない気持ちにもなるけど、勝負は勝負。続く2番をサードゴロに打ち取り、試合は3対2で3回表に移る。
サードの守備からベンチに戻ろうとすると、三塁側の応援席から聞き覚えのある声が聞こえた。
「カノン先輩ー!頑張って下さいー!」
「応援に来ましたよー!」
来年度から湘東学園に入学する、木南聖ちゃんと勝本光月ちゃんだ。私の所属していたガールズの後輩2人で、特に可愛がっていたので応援しに来てくれるのは素直に嬉しいのだけど、そう何度も神戸から応援に来られると金銭や時間の都合は大丈夫なのかと不安になる。
「あの2人、来年から湘東学園に来るんですよね?」
「そうだよ。久美ちゃんは、聖ちゃんと同じリトルだったんだよね?」
「はい。チームで1番小さい子なのに、守備が上手くて明るい子でしたよ。中学に上がってからも、連絡はとっていましたし」
久美ちゃんが来年のことを聞いて来たので、既に彼女達の湘東学園への進学は決まっていることを言う。すると真凡ちゃんが、聖ちゃんと光月ちゃんについて聞いて来た。
「その2人って、どのぐらい凄いの?」
「聖ちゃんは今年のガールズの全国大会でMVPを獲得したし、光月ちゃんはキャプテンとして神戸ガールズを4連覇に導いてるよ」
「……中学硬式で、トップだったってこと?」
「まあ、間違いなくトップクラスだね。聖ちゃんは内外どこでも守れるし、光月ちゃんは外野手としてトップクラスの俊足と、長打力、安打力を兼ね備えた選手だね。私が卒業してから、さらに成長しているみたいだし、素直に楽しみだよ」
なので、現中学生ではトップクラスの実力を持っていることを告げると途端に優紀ちゃんや智賀ちゃん、そして真凡ちゃんが不安そうな顔をする。きっと、スタメンを奪われる可能性が頭を過ぎったからだろうな。そして優紀ちゃんが、そのことを口にした。
「……カノンは、その2人をスタメンで使うつもりなの?」
「いや、中学でトップクラスだったと言っても高校野球の1年の差は大きいから、基本的には穴埋めだね。優紀ちゃんと久美ちゃんが投手に専念出来るようになれば、それだけで総合力も上がるでしょ」
「それに関してやけどな、カノンが登板する時なんかは優紀と久美が内野と外野に就く分、守備が危ういやろ?そういう時に、あの2人は使いたいんや。それと、カノンはさっさとネクスト行かんかい」
本当であれば、スタメンは固定しない方が良い。競争相手は、居た方が絶対に良いからだ。お互いに良い刺激になるし、だからエース番号は競わせるために優紀ちゃんと久美ちゃんを交互に先発で投げさせている。
だけど、聖ちゃんも光月ちゃんもいきなり今のスタメンに割り込めるかと聞かれれば少し怪しい。だから、守備の上手さを活かしての守備固めが基本的な使い方になるかな。2人とも守備範囲は広いし、特に聖ちゃんはどこでも守備範囲が広いから使い勝手が良い。
そんな将来像に思いを馳せながら、バッターボックスへと向かう。この回の先頭バッターである詩野ちゃんがツーベースヒットを打ったので、当然ながら敬遠されたけど。ノーアウト1塁2塁となって、打席には本城さん。
……今日の本城さんはあまり、ぶんぶんと振り回していない。脇腹を若干、痛めているからだ。しかしそれでも1打席目は外野にまで飛ばしている。軽く振っても飛距離が出る辺りは、才能と今までの努力のお陰だと思う。
本城さんは上手く力を抜いて、槙野さんのストレートを流し打ちした。詩野ちゃんはホームに帰り、私は3塁へ向かう。
1点を加え、4対2になった次の瞬間、智賀ちゃんが犠牲フライを打って5対2と突き放した。この回は2点止まりだったけど、槙野さんのピッチングは思っていたより荒れて無いし、思っていたより打てている。
やっぱり、大槻さんに抑えられて悔しい想いをしたからなのかな。速球について行けるよう、練習を重ねた成果は着実に出て来ている。一方で山梨学園の打線も止まらず、3回裏に優紀ちゃんは2点を吐き出して降板となった。次の回からは、久美ちゃんが投げることに。
「向こうも、4回からは槙野さんに代わって左の小島さんが投げそうですね」
「4回から6回までは久美に投げさすが、智賀もカノンも準備はしといた方がええか。2人とも、肩を作っとけ。総力戦や」
試合は、5対4と1点差で4回表に入る。互いに左投げをマウンドに上げるけど、相手の小島さんはスライダーとチェンジアップが武器。一方で久美ちゃんは、ドロップカーブとフォークが武器だからタイプは違う。この4回の攻防が、この試合のターニングポイントになりそうかな。