2-3 接触
中部領・高山市某所 裏市場
「ありましたー!」
中部領の中枢である高山市に潜入した月城たちは、一年以上前に破棄された地下施設を利用して行われている裏市場を訪れていた。
「白衣?」
「そうですよー、白衣です!・・・どうですか?似合いますかねー?」
何件かの店を回ってやっと見つけた目的の代物を羽織り、真壁に感想を求める月城。
「そんな物を買ってどうするつもりだ?」
「・・・・・・つーん」
求めたいた答えを貰えなかった月城はそっぽを向いて態とらしい擬音を口にする。
「何だ?」
「フーンだ!」
呆れ気味に真壁が呟くと今度は完全に背中を向ける月城。
「・・・はぁー、似合ってはいるが、中に着るのは最も控えめな服装にしたほうが良いだろう。バランスが悪すぎる」
真壁が諦めて感想を述べると、月城は上機嫌に振り返り、胸を強調するような形で自分の体を抱きしめた。
「あはっ!もー、雅人さんったらドコ見てるんですかぁ?視線がエッチぃですよー」
「もう頼むから話を進めてくれ。これ以上、目立っても困るだろ」
真壁たちの容姿は周りの目を惹きつけるには十分なレベルであり、特に月城は男性の目を引く格好をしているため、そんな二人が騒げば当然注目の的になる。
「しょうが無いですねー、、、おじさーんコレくださーい!」
「・・・ねーちゃん、あんまり見ねぇ顔だな?他所もんか??」
「(!、、マズイな。人を呼ばれたら厄介だぞ)」
真壁をからかうのをヤメた月城がカウンターに座る店長らしき男性に話しかけると、彼は白衣を受け取りながら怪しそうに尋ねる。
「そーですよー。松本に住んでるんですけどー、昨日街に選抜戦委員の人が来ちゃってー」
「ッ!!おい、まさか追われてるんじゃねぇだろうな!?」
「えっ?」
「委員会だって?」
「マジかよ??」
月城たちが委員会に追われていると勘違いした店長が慌てて大声を出したため、周りの客たちの視線が更に集まってしまう。
「違いますよー、でも私たち軍の試験は受けたことないんでー、念の為に旅行も兼ねて彼とこっちに出てきたんですー」
しかし月城は落ち着いた様子で、あえて他の客たちにも聞こえるように少し声のボリュームを上げて事情を説明する。
「んだよ、驚かせんな。たまに居るんだよ、選抜委員から逃げてここまで来るやつが」
裏市場は高山市唯一のブラックスポットであり、中部五官たちも市民の不満の吐出し口として黙認している。
だからこそ稀に、市外から追われた者が隠れ蓑にする為にやって来ることがある。
月城の話を聞き、安心したのか店長は愚痴を言いながら会計を進めだした。
「(なるほど、アレはその為の防止策か)」
店長同様に月城の話を信じた他の客が散って行く様子を見ながら真壁は、高山市に入る際の出来事を思い出していた。
(二時間前)高山市 城壁ゲート前
「はーい、これ雅人さんの分ですよー」
中部領の中枢である高山市の周辺は高さ15メートルほどの巨大な城壁に囲われているため、市内に入る際にはゲートを通らなければならない。
関東領からの潜入者であるはずの真壁たちだが、律儀に入場待ちの列に並んでいた。
「これは?」
「能力証明ですー。これが無いと中に入れないですからねー」
真壁は月城から受け取ったカードを確認する。
そこには真壁の顔写真と名前、偽の住所などの簡単な個人情報と能力の詳細が記されていた。
「発行、松本市異能管理支部?」
「中部領は云わば能力階級なんですよー。一般人でも能力レベルによって行動が制限されてるんですー」
「つまりは身分証明か、中部領民全員がこれを持ってるのか?」
「どーですかねー?発行しないで田舎でひっそり暮らしたり、逆に能力を詐称する人とかもいるって話ですけどー」
「?なぜそんなことを、、」
真壁は松本市で立ち寄った居酒屋で、従業員の女性が能力に関する内容で咎められていたことを思い出す。
「本当の能力がバレたら普通の生活ができないからじゃないですかー?」
「・・・一応聞くが、これは何処で手に入れたんだ?」
話を聞く限り、中部領において能力証明はかなりシビアな代物であることを理解した真壁は、手に持つ偽装書類を月城に向けて確認する。
「えー?そこは企業秘密、ですよー」
「・・・」
「もぉー、そんな怖い顔しないでくださいよー。ほら!私たちの番みたいですー」
誤魔化そうとする月城を無言で睨みつける真壁だったが、彼女は自分たちの前に並んでいた男性が受付を終えたのを見ると、そのまま進んで行ってしまった。
「おい!待て、月城!」
「!、おっと!どうかされましたか?」
真壁が月城を追いかけ、小走りで受付に向かう途中、タイミング悪く職員用出入口から出て来たメガネを掛けたスーツ姿の男性とぶつかりそうになってしまう。
「すみません、連れが先に行ってしまい追っていたところでして」
真壁は受付カウンターにいる月城を指さしながら、職員らしき男性に手早く謝罪を済ませる。
「そうでしたか私も突然ドアを開けてしまい、すみませんでした。・・・・」
謝罪を返しながらも男性は、真壁の顔から足の先まで、何かを確かめるように視線を流す。
「?何か?」
「・・いえ、本当に申し訳ありませんでした。それでは私はこれで」
少し考える間を挟んだあと男性は再び謝罪を述べ、そのまま市外へと去っていった。
「何だったんだ??」
「雅人さーん!遅いですよー、何してるんですかー!!」
真壁が去っていく男性の背中を眺めていると、受付が済んだのか月城が右腕を振りながら大声で呼びかけてくる。
「あぁ、すまない。もう済んだのか?」
「はい、私は終わったので雅人さんも早く済ませちゃって下さいねー」
先ほどの会話など忘れたかのような月城に急かされ、真壁はカウンターを挟んだ向かいの女性と向かい合う。
「お連れ様ですね?能力証明のご提示をお願いします」
真壁は受付員の女性に月城から受け取った証明カードを手渡す。
「松本市での発行ですね、少々お待ちください」
真壁から受け取ったカードを確認すると彼女は手元のタブレットを操作し、情報の照合を始めた。
「・・・はい、ありがとうございます。ご滞在はお連れ様と同じ期間でよろしいですか?」
「え、えぇ。それでお願いします」
真壁は一瞬、月城に視線を投げてから受付員に答え、返却された証明カードを受け取ったのだった。
(現在)高山市 裏市場
会計を済ませた月城と真壁は、注目を浴びてしまったこともあり別のフロアに移動していた。
「いやー、案外面白いですねー。おいしい物も多いですし!」
「食い歩くのもいいが、そろそろ教えてくれないか?」
みたらし団子を片手に満足そうな月城に真壁が話しかける。
「あんのこおでうか?」
「・・口に物を入れながら話すな」
団子を頬張ったまま振り向く月城の顔はリスのように頬がパンパンに膨れていた。
「・・・(ゴックン!)なんの事ですかー?」
真壁に注意された月城は、そのまま何度か口をモゴつかせると団子を飲み込んだのか、話を再開する。
「わざわざ危険を犯してまで高山市に入った目的だ。誰かの能力が目的なんだろ?」
「そーですよー。雅人さんには大役を担っていただきますから頑張って下さいねー」
「は?」
真壁の口から漏れた声は聞こえなかったのか、聞かなかったのか、月城はそそくさと更に下の階へと続く階段に向って進んで行った。
「雅人さーん!置いてっちゃいますよー」
「おい待て!どういう事だ!」
高山市 裏市場・最下層
階段を降りる途中、立入禁止と書かれた立て札も素通りで最下層までやって来た月城と真壁。
「月城、どこまで行くつもりだ」
最下層は階段で降りると、そのまま一本の細い通路が何処かに続いているだけで、明らかに別のフロアとは雰囲気が違っていた。
「もうすぐですよー、念の為に塞がれてないか見ておきましょーう」
人一人通れる程度の通路をしばらく進むと突き当りに一枚の扉が見えてきた。
「ここが目的地か?」
「そーですよー。今夜、雅人さんにはこの扉から高山城跡地の真下にある、研究施設に潜入してもらいまーす」
「・・・なん、だと?」
今後の行動について何度も月城に尋ねていた真壁だが、突如告げられた無茶苦茶なミッションに動揺が走る。
「ホントは私もここから行きたいんですけどー、気になることがあるんで別々に侵入しましょーう」
「いや、待て。一体何をするつもりだ?まさか中部領代表の暗殺なんて言い出すんじゃないだろうな?」
本来の目的であるはずの関西領調査の途中に立ち寄った中部領。
高山市に入ることすら、かなりの危険を侵しているにも関わらず月城はあろう事か敵の最重要拠点に忍び込むと言っている。
真壁が不安になるのも無理はないはずだが月城は彼の言葉を聞くと、一瞬意外そうな顔を見せると声を上げて笑いだした。
「・・っぷ!あっははは!何言ってるんですか雅人さんっ!」
「ッ!!おい!そんな大声出したらっ!」
既に立入禁止のフロアに忍び込んでいるにも関わらず、大声で笑う月城に真壁は慌てる。
「はぁー、ふぅー、、、大丈夫ですよー、此処ってもう使われてませんから誰も来ませんよー」
「だとしてもだな」
「だって、雅人さんが悪いんですよー。急にとんでもないこと言い出すからー」
まだあとを引いているのか、笑いを堪えながら文句を言う月城。
「いや、お前ならやりかねないだろ」
「もぅー、私を何だと思ってるんですかぁー。そんなことしたら慌てた五官たちが何をしでかすか分かったもんじゃないですよー」
ヤレヤレといった風に両手を上げて、呆れたような仕草をする月城に真壁は少しだけ苛つきを覚える。
「だったら、敵の本拠地なんかで何をするつもりだ?」
「私が狙ってるのはー、中部五官の異能官、福田玄治さんの能力ですよー」
「・・・」
どうだ!とばかりに高らかに宣言する月城の言葉を聞いて真壁は、ついさっきまで感じていた苛つきなど忘れて呆気に取られてしまった。
「(・・・・それ、対して変わらなくないか???)」
口にすると面倒そうなので、真壁は心の中で決して表情に出さないように呟くのだった。
高山市 城壁外
「これは!伊藤様直々に出迎えて頂けるとは、お待たせしてしまい申し訳ございません!!」
松本市から選抜戦候補者を連行して来た坂木は、政府関係者用の出入口に見えた人影が近衛官の伊藤であることを確認すると、慌てて駆け寄り頭を下げた。
「いえいえ、闘技場の工事や当日の準備は安倍さん達に任せっきりなので、少々暇を持て余していたんですよ」
「・・・??」
爽やかに返す伊藤の言葉を聞き、頭を上げた坂木は不思議そうに少しだけ首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「すみません!その、伊藤様が嬉しそうな表情をされていらしたので」
伊藤が問いかけると坂木は慌てて、姿勢を正して非礼を詫びたうえで訳を説明する。
「おや、そうでしたか。それは失礼しました、先ほど面白い方にお会いしたものですから」
「面白い、ですか?」
「えぇ、中部領にまだあのような方が居たかと思うと、とても嬉しくなってしまいまして」
伊藤は城壁の外へ出る前に立ち寄った一般向けのゲートで出会った人物のことを思い出す。
「よろしければ、どのような方だったかお聞かせいただけますか?」
伊藤がそこまで言う人物が気になってしまった坂木は質問を口にする。
「そうですね一言で言うならば、戦士でしょうか」
「戦士??」
伊藤から告げられた意外な言葉をそのまま返してしまう坂木。
「彼の中には何か強い信念を感じました。そして、それを実行するだけの強さも」
「伊藤様がそこまで評価される方。その方は軍に所属されているのでしょうか?」
「ゲートで手続きをされていたので、お仕事か旅行でいらっしゃったのでしょう。できる事なら、もう一度お会いしたいものです」
伊藤は基本、兒玉以外の人間に対して平等な態度で接している。
それは近衛官としての立場を考えての行動ではなく単に興味を持てないからだ。
今の中部領は絶対君主の兒玉に付き従う強者と、彼女に怯えて過ごす弱者しか存在しない。
そんな、同じような者ばかりと接してきた伊藤の心は既に冷めきってしまっていた。
しかし、たった今彼が出会った男性は兒玉に対しての忠誠心や恐怖心ではない別の強い意思を宿していた。
本来、近衛官である伊藤からすれば見過ごせない存在ではあるが、それ以上に彼は久々に出会った人間に惹かれてしまった。
彼との再開が中部領にとって、思いもよらない事態を招くことになるとは知らずに。
→第二章・四話【無能と呼ばれた者達】




