1-2 幼き逃亡者
関東領 旧桜木町駅周辺
街灯もなく、瓦礫などで足場の悪い深夜の街を新田真司は走っていた。
「(もうすぐだ、すぐに助けてやるからな)」
内戦時、当時二十歳だった新田はまだ革命軍に所属しておらず、一人で戦闘に巻き込まれた一般人の救助活動を行っていた。
しかしある日、テログループとの戦闘中に新田は能力を暴走させてしまい、一人の少女を殺害してしまう。
その後、暴走していた新田は真壁たちに保護され行動を共にすることになるが、暫くは食事も睡眠も取れない状況が続いた。
だからこそ、酒井たちと合流した新田が廃ビルの位置を確認してすぐに、一人で救出に向かうと言い出したときは酒井と草野は彼を止めようとした。
しかし真壁からの「行かせてやれ」との連絡を受け、心配しながらも二人は新田を送り出した。
実際問題、少女を追っている軍人二名と戦闘になった場合、応戦出来るのは第一潜入班では新田だけなのも事実だった。
「此処か」
廃ビル前に辿り着いた新田は瓦礫に身を隠して辺りを見渡す。
「(大丈夫そうだな)」
周辺に軍人の姿が見当たらないことを確認すると無線機を取り出し、真壁に連絡を取る。
「・・・・真壁さん、目的地に到着しました」
「“周囲の状況は?”」
「追手の軍人も一般人も見当たりません」
「“よし、突入後は酒井たちに周辺を警戒させる。可能な限り早く済ませろ”」
「了解です」
「“それとな、新田”」
通信を終えようとした新田に、真壁は先程よりも穏やかな声色で話しかけた。
「はい」
「“追われている少女はおそらく後天性の異能者だ。突然の変化に混乱しているはずだ、お前が助けてやれ”」
「・・・分かりました。俺、絶対に助けて見せます!真壁さん、その、ありがとうございます」
その言葉で二人は通信を終えた。
「よし!」
新田は両手で頬を叩き、気合を入れると廃ビルに突入する。
廃ビル内
「ここにも居ないか」
勢いよく突入した新田だが少女を探し初めて15分以上、未だに発見できていなかった。
「あとは6階だけか」
廃ビルは6階建てで各フロアもそこまで広くないことが幸いし、残るは最上階のみとなっていた。
「早く見つけて離れないとな」
5分ほど前、酒井からの連絡で軍人2人が
2kmほど離れた別のビル内に入って行ったと連絡が入った。
干渉能力で捜索している以上、一定の距離に近づけば発見されていまうかも知れない、そう考えた新田は急いで6階に続く階段を登ろうとした、その時。
「!!!」
視界の隅に映った窓から激しい光が漏れ出した。
「おいおいマジかよ」
新田のいる廃ビルを囲うように10本の火柱が地面から立ち上っていた。
警戒する新田に酒井から連絡が入る。
「“新田くん、聞こえますか?”」
「酒井さん!どういう事ですか?奴らとはまだ距離があるんじゃ?」
「“はい。彼らは先程までは、例のビル屋上にいました。恐らく、女性軍人の能力で見つかってしまったのでしょう”」
「だから逃げれないように火柱でビルを囲んだってことですか、無茶苦茶だろ」
「“現在彼らは1kmほど離れた位置を移動中、.5分ほどで到着するでしょう。少女はまだ?”」
「あと探してないのは最上階だけです。すぐに見つけます!」
そう言うと新田は、そのまま階段を駆け上がった。
「“分かりました。ただし発見出来なかった時は一人でも脱出して下さい”」
「大丈夫です、ちゃんと見つけて、、」
6階に辿り着き、一部屋目のドアを開けると新田の言葉が途切れた。
「“新田くん?どうしました?”」
「見つけました、今から保護します」
通信を切って室内に入る新田へ、一人の少女が話しかける。
「お兄さん、誰?」
「・・・」
相手から話しかけられるとは思っていなかった新田は一瞬言葉を失う。
「??」
照明の壊れた部屋で倒れた机の陰から顔を半分だけ出している、少女の表情は読み取れない。
しかし子首を傾げるような動作をした少女を見て、新田は彼女に警戒心が無いことを感じ取り、慌てて少女に話しかける。
「えっと、俺は君を助けに来たんだよ」
口にしてから新田は追われている少女からしてみれば怪しすぎるセリフだと後悔した。
「ホントに!助けてくれるの?」
だが、よほど嬉しかったのか少女は立ち上がり新田に駆け寄る。
姿を現した少女は10歳前後と思われる容姿で、ボロボロのワンピースを身に纏い、腰まで伸びている髪もボサボサで、今まで無能者として生きてきたことを物語っていた。
「あ、あぁ本当だよ。でも怖くないの?俺と君は初めて会うのに」
「お兄さんはさっきの人たちみたいに怖い色じゃないから」
「色?」
「うん!お兄さんは優しい色してる!だから大丈夫!」
少女が何を言っているのか、新田は直感的に理解していた。
「それが君の能力なんだね」
「能力?」
「詳しい話は後だ。先ずは此処を離れよう、俺は新田真司だ、君の名前は?」
「ヨミ!月城ヨミだよ!」
「よし、ヨミちゃん、しっかり捕まってるんだよ」
「わっ!」
そう言うと新田はヨミと名乗る少女を抱き上げ、部屋を飛び出した。
廃ビル玄関ホール
廃ビルを囲う火柱は間を通れないほどに大きく、決して逃さないという異能者の意思を感じさせた。
しかし、一箇所だけ容易に通り抜けることの出来る場所が存在した。
「こりゃ、また」
ヨミを抱えながら1階に辿り着いた新田は出入口正面だけに火柱が存在しないことに声を漏らす。
「真司さん?」
「うん。ヨミちゃんちょっと、そこに隠れててくれるか?」
しれっと下の名前を呼ぶヨミの将来に不安と期待を感じながら新田は彼女を降ろすと、外からは死角になる場所を指差す。
「隠れるの?真司さんは?」
置いて行かれると思ったのか、不安そうな表情を見せるヨミに新田は頭を優しく撫でながら笑顔で答える。
「大丈夫、ちょっと怖い人たちを追っ払って来るだけだから」
「・・・うん」
少しだけヨミの表情が柔らかくなったのを見ると新田は外へと出ていった。
廃ビル前
「はぁ?誰だテメー?」
廃ビルから出てきた新田を見て、ガラの悪いセリフを口にする色黒の男性軍人。
「うーんと、あの子はまだ中に居いるみたいですよー」
その隣には軽い口調で話す二十歳を越えているかという見た目の女性軍人。
「(情報通り赤服か)」
新田は二人が着用している軍服の色が事前情報と間違いが無いか確認する。
関東領の内政は3つの庁で構成されており、軍人は配属ごとに軍服の色が変わる。
新田の前に立ちはだかる二人が身に着けている赤服は軍事庁所属の証。
軍事庁には全体の約6割ほどの軍人が配属されているため、色だけでは実力が計れないというのが今の新田にとっては面倒であった。
「あのー?貴方はどちら様ですかー?ここ今は立入禁止なんですけどー??」
両手を口の左右に添え、わざとらしい無邪気な声を出す女性軍人。
彼女の軍服は谷間を強調させるように胸元に大きな切れ込みが入っていて、本来は踝まであるスカートも際どいラインまで短くするなどの改造が施されていた。
「(実にけしからん!特に黒タイツに包まれた太ももが、、、って!違う違う、あっちの子も警戒しなくちゃな)」
軍の規律を守る上で身嗜みも重要な要因であり、彼女のように軍服を好きに改造しても咎められないというのは、それなりの地位や権限を与えられてた人物だろうと新田は判断した。
「ありゃー、だんまりですかー?おぉーい!聞こえてま、、、キャ!!」
「ウダウダとうっせーんだよ!」
女性軍人が話している最中、新田の足元から炎が拭き上げ、彼の体を飲み込んだ。
「もー、何してるんですか。あの人見た感じ無能者じゃ無かったですよー」
新田の身なりが整っていたことから無能者ではないと考えていた女性軍人が抗議の声を上げる。
「あぁ?こんな場所に居るなんざ、無能者共にしか活きれないザコ位だろうが。だったら殺っちまっても構わねぇだろ」
軍に所属せずに自身の自己欲求を満たすために無能者を襲う者が稀にいる。
死体の処理などもせずに放置することがほとんどなので無能者区域の管理を担当している軍事庁でも度々問題に上がっている。
「その意見には俺も賛成だけどな」
「「!!」」
お互いの顔を見ながら話していた軍人たちは予期せぬ語りかけに驚き、声の発信源と思われる場所に慌てて視線を送る。
そこに在るのは未だに地面から立ち上る火柱だけだった。
「俺をそんなクズ共と一緒にされちゃ困るぜ!」
新田の言葉と共に火柱が弾け飛び、彼の姿が顕になる。
「テメェ何だ、そりゃ!何で俺の炎喰らって生きてやがる!!」
炎の中から現れた新田は鎧の様な物を身に纏っていた。
それもかなり歪な、まるで全身を真っ赤な鱗で覆っているかのような姿であり、腰には剣らしきモノを携えていた。
「これか?そうだな、【火竜の鎧】ってとこか?」
「ありゃりゃーあの炎に耐えるなんて、もしかして他領のスパイさんとかですかねー?」
「ざけんな!!耐えたダァ?だったらコイツも耐えて見せろや!」
男性軍人が右手を振りあげると自身の目の前に三本の炎が噴き出し、火柱自体が意思を持っているかのようにウネウネと動きだし、新田へ勢いよく向かって行った。
「おぉマジか!だったら!」
『変更承認︰ブーストアーマー』
機械的な音声と共に新田の纏う鎧が形を変化させる。
先程の野生的な形状から洗練された機械的な、しかし余計な装備が一切ない機動性のみを限界まで高めたような姿となる。
それと同時に新田は軍人たちの視界から消えた。
「なにっ!」
標的を失った火柱たちはお互いに衝突し爆散する。
「ありゃ、外れちゃいましたね」
「もう少し、コントロール出来るようになった方がいいな」
『追加承認︰巨人の拳』
「がぁっ!!!」
二人の間に突如現れた新田は右腕のみを巨大な鉄の拳に変化させ、そのまま男性軍人を殴り飛ばす。
そして、そのまま飛ばされた先にあった瓦礫に背中を打ち付け気を失う。
「さて次は君の、あれ?」
新田が振り返ると女性軍人は姿が見え無くなっていた。
ヨミが襲われないよう常に出入口には気を配っていた新田は、別方向から女性軍人が不意打ちを狙っていると考え攻撃に備える。
しかし、訪れたのは攻撃ではなく無線機に届く連絡だった。
「“新田聞こえるか?”」
「真壁さん、すいません。今軍人の一人を見失ってしまって」
「“いや、酒井から連絡が入った。お前が男性軍人を倒したのと同時にもう一人はその場を離脱している”」
「本当ですか!?全く気づかなかったんですけど?」
「“酒井たちも一瞬見失ったようだが、彼女が消えたことに気づき辺りを捜索したところ逃走中の彼女を発見し、今は偵察員数名で追跡中だ”」
「どうやって離脱したんでしょうか?」
「“それを考えるは後だ、応援を呼ばれたら厄介だからな。一刻も早く保護した少女を連れて戻ってこい”」
「真司さーん!」
新田が了解を伝えよとすると、廃ビルからヨミが笑顔で現れる。
どうやら戦闘音が止んだので出てきたようだ。
「ヨミちゃん!真壁さん、すみません急いで戻ります!」
言うが早いか新田は通信を切るとヨミの元へ駆け寄った。
→第一章・三話【吸血】




