あなたの部活はなんですか?
新入生のバーゲンセールだろうか。
入学式の初日、桜舞い散る学校の敷地のあちこちで上級生が新入生に群がる様子を見て、心の中で呟いた。
この学校――穂弦学園の評判は聞いていた。
先生の数より部活の数が多い、部活対抗リレーに予選があって体育大会当日に行うのはごく一部である、学生寮と並ぶ部室、などなど。
誇張はあるが、その大半は部活が多いということに終始していた。寮制だとか、生徒の多いマンモス校だとかそうした特徴が霞むほどに。
当然覚悟はしていたが、いざ熱気に当てられたような人の群れを目の前にすると足がすくむ。
どこかの部活に所属しようと思ってはいたのだが、このような状況で落ち着いて見学などできるのだろうか。少なくとも私には無理。
そんな私の様子に気づいたのか、後ろから話しかけられた。
「新入生だよね? お困りかい?」
振り向くとそこには眼鏡をかけた男子がいた。服装から察するに上級生だ。できれば同性が良かったけどまあいっか。やさしそうだし。まさか私にナンパ目的ということもないはず。
「は、はい。部活見学してみたかったんですけど……」
そう言って、入学生が出ていっては捕まえられる体育館の出口をちらりと見る。
「人が多いからね……落ち着いて見られないよね」
「察していただけたようでなによりです」
なので抜け道を教えてもらうか、落ち着いて見学できる部活の一つでも教えていただければ嬉しいんだけど――
「もしよかったら僕が案内してあげようか?」
期待以上の申し出だった。
さすがにそれはどうかと思い、やんわりと断る。
「いや、そこまでしていただくわけには……それに、この学校って部活多いですし難しくないですか……?」
そう言うと先輩は薄く目を細めて笑った。
「大丈夫大丈夫。これでも詳しいからね」
「能力的な心配がなくなった代わりに怪しさが増したんですが」
怪しい……じろりと睨んでいると、気まずそうに目をそらされた。
悪い人、ではなさそうか。
ひょっとすると、自分の部活動に勧誘したくて声をかけたのでは。
「先輩は何部ですか?」
この質問に喜んで答えるようであればクロだ。優しい先輩の印象を利用して誘うつもりに違いない。
「僕はね――いや、今はやめておこう。お楽しみが減ってしまう。そうだ、ひとつゲームをしない?」
「ゲームですか?」
「うん、ゲーム。この賭けにのってくれるなら、君への勧誘は一度だけにしよう。誘って、断られたらそれで終わり。部員にもそう言っておく」
「ゲーム内容がわかりませんが」
「そうだね、僕の入っている部活動をあてる、とかどうかな。制限時間は今日の案内が終わったら聞くっていうので」
「随分と私が不利に見えます」
嘘だ。
不利なはずがない。この人は私が疑っていることを見抜いた上でゲームにのっかるメリットを提示した。そして目的が勧誘であることを否定していない。
つまり、先輩はたった一度の勧誘で私に入りたいと思わせたいわけだ。普通に考えて、活動内容もわからないのに入るとは言わない。ならば先輩は私に自分の部活をどこかで紹介しなければならない。
先に先輩が部員に話を通しているにしても、どこかで部員の態度に変化が出るはずだ。私はそれを見抜けば良い。
「じゃあこうしよう。解答権は三回で」
「……いや、いいです。このままで」
もともと別に手加減してと頼みたかったわけじゃない。
「先輩はこの勝負、勝ち負けどうでも良さそうですね」
そう言うと、先輩は嬉しそうに目を細めた。
「今のやりとりを見て是非にも勧誘したくなったよ。君への勧誘はこれにしよう。ゲームで僕が勝ったらうちの部活に入ってほしい。答えは後で聞く、それを勧誘にするよ。それまでは入れとは言わない」
「私が勝った時のご褒美は何でしょう」
勧誘が一回というのはゲームに参加する条件だ。
「何がいいかなぁ……そうだね、今日と言わず部活に関することで君の頼み事を何でも聞いてあげる、ってのはどうかな?」
限定的なお願いもあったもんだ。
とはいえ、たいしたリスクもないゲームのご褒美なんてそんなものだろう。
先輩は徒明章介と名乗った。おそらく私が名乗れば、受けざるを得ないだろう。
「いいでしょう。私は大西灯です。先輩の部活動を当ててみましょう」
笑うように宣戦布告した。
◇
なるほど、詳しいというのは嘘ではなかった。
案内の前に、学校内での位置づけについて説明されたのだが、学校の教師などが使う建前などが取り払われており非常にわかりやすい。生徒視点で見てきた生の声ってやつかな。
「――と、そんなわけで。うちでは去年から部活に入ることが義務付けられた。まぁ抜け道はないでもないんだけど。それを選ぶ生徒はすごく少ないんだよね」
なんだろう。活動しない部活でもあるんだろうか。私それに入るって言っちゃダメかな。
「部活動は沢山あるけど、活動場所は特殊な部活を除いて大きくわけて五つだね。部室、グラウンド、武道場、コート、体育館。文化系は活動拠点を基本部室って呼ぶからそうなるんだけど。興味のあるジャンルがあるなら、そこを重点的に紹介するよ」
「いえ、それで先輩とのゲームに影響しても良くないですし、私自身特に決めてないので自由に紹介お願いします」
「じゃあここから一番近いのは武道場かな」
そう言って武道場に行く間、やはりあちこちで勧誘合戦が起きている。
向こうでは気の弱そうな男の子が五人のお姉様方に囲まれていた。時間の問題か。いや、五人はどうやら別の部活らしい。半分に分かれて男の子を取り合っている。モテモテだね。
しかし何故か、先輩に連れられる私に声をかけてくる者は一人としていない。つまり私はモテない。
「ああいうのもあるんですね」
「ああ、勧誘のこと? そうだね。数が多い分、やっぱり積極的に勧誘しないと名前すら覚えてもらえないから。新入部員が入らないと部活も残らないしね」
ある程度形として出来ていれば部員なんて勝手に入ってくるものだと、そう思っていた。
だから部活を残したいだとか、部員を増やしたいという感覚は少し想像ができない。
着くと、道場ではいくつもの部活が公開練習をしていた。最も近くの柔道部の男子がこちらを見るとかけよってきた。心なしか嬉しそうだ。
「紹介するよ、柔道部の神田くん」
徒明先輩がそういうと、神田くんと呼ばれた男子生徒が衝撃的なことを言った。
「おっ、部長! 連れてきてくれたのか! ありがとうよ!」
部長。確かにそういった。
「先輩……部長なんですか?」
今の私はおそらく不審者を見る目をしている。
だってうさんくさいんだもん。
「あはは。実はそうなんだよ、意外?」
「意外です」
先輩の方を向かずに即答する。
「はっきり言うね」
「正直さは美徳ですが、時として人を傷つけます」
「それ僕のセリフじゃない?? 傷つけようとしたの???」
「まさか」
まさか、これでゲームクリアってことはないよね。
混乱している私に気づかない様子で、先輩は柔道部を紹介する。そして続けてこの道場で活動している部活について語り始めた。剣道部、空手部などなど。隣では弓道場や相撲部の活動場所もあるらしい。薙刀部は面白そうだと思った自分が憎い。
そんな私の混乱を加速させる爆弾発言が続けて投げ込まれた。
「あ! 部長。部長が連れてきたってことは新入生?」
爽やかなノリで少し離れたところから剣道部の部員からもそんなことを言われた。
「部長?」
「うん、部長だよ」
「柔道部のではなく?」
「柔道部のだなんて言った覚えはないよ?」
「じゃあ剣道部の?」
「それを当てるのがゲームでしょ」
「ですよね」
それはそうだった。クイズを出してきた人に正解を求めるなんて何を馬鹿なことを。
◇
その後、運動場にも案内された。
好みのところはなかったけど、ここでもやはり同じことが起きた。
「部長じゃねーか! またよろしく頼むよ!」
「部長ー。助っ人の件、頼みますよ〜」
「この間はありがとうね、部長」
サッカー部、陸上部、そして珍しくも気球部にもそんなことを言われている。助っ人って何、頼まれたの??
部室棟に向かった時も同じだった。
クイズ部、マジック部、史跡研究部に漫研、文芸部、その全てで先輩は部長と呼ばれている。というかみんな先輩の顔を知っているってどういうこと。どれだけ有名なんだろう。
部活間の関係性についても詳しい。新聞部は写真部からスクープ写真を受け取るから親しいとか、パソコン部とアプリ部、気球部と航空研究部は元は同じ部だったのに方向性の違いから分かれたため近い場所で活動しているのに複雑な間柄だとか。この学校においてよくもそれだけ知っているものだ。
「かるた部や演劇部なんかもあってね。あそこはもう運動部だよ、運動部。当たり前のようにランニングとか筋トレしてるし」
茶道部ではお茶も飲ませてもらった。あまりに上品な先輩方に終始気後れしていた。多分ここには入れない。目が焼ける。
「大西さんは中学の時、何部に入ってたの?」
「部活ではなく生徒会でした。とはいってもそんな大したものではありませんが」
「生徒会かー。じゃあ部活経験はないんだ。高校から始める人も多いから大丈夫だよ」
「先輩は――」
「あ、そっちが特殊な教室の多い校舎。だから料理部とか美術部みたいな教室そのまま部室にするような部活が多いね」
ここで先輩の中学時代についても聞き出せればよかったが、切り出す前に話を変えられてしまった。
もっと強引に話を持っていけるだけのパワーが私にあればなー。
中学時代はメガネで、今は少しでも明るく見えるようにコンタクトにしたけど、地味な中身の方は変わらないらしい。
部活に入れば変わるだろうか。変われば良いのに。というか変われ。それが目当てで来たんじゃないのか私よ。
◇
先輩と回っているともう少し冷やかされたりするものかと予想していた。けれども、そういうからかいの類はまるでなく、むしろ当然のように何処に行っても歓迎されていた。
「先輩の部活についてヒントはないんですか?」
「そうだな……僕の部活ってさ、一昨年ぐらいまではすっごく部員の多い部活だったんだよね」
人気、ね。単純に部員が多かったということに。
「でもさ、本来の目的とかとは違った意味で捉えた生徒達がいて、彼らがいたことで部活に支障をきたしていたんだ。で、去年僕が部長になると同時に、ちょっと大きく変えちゃってさ。そいつら全員別のところにいっちゃったんだ」
後悔、しているのだろうか。
悲しげなその顔に、栗色の瞳に思わず聞きそうになった。
少しばかり行き場を失った指で、肩まで届かないほどの髪先をくるくるといじる。
「あはは、まだ部活も紹介してないのに話すことじゃなかったかもね」
どこか張り付いたような嘘くさい笑顔が、先輩の精一杯の配慮だと気づいてしまう。
その言葉を聞いてからはゲームのことも忘れ、普通に部活の見学をしていた。
不覚、この借りはゲームで返さなければならない。
◇
「ありがとうございました」
「いいえ、これでも部長。部活動には熱心なんだよ」
先輩の案内は素直に面白かったし、ためにもなった。
それについては心からお礼を言える。軽くお辞儀をした私に「いいよいいよ」と別の意味で軽い先輩。
先輩は花びらまみれの頭のくせに、私の髪から花弁を一つ指先でつまみとって風にのせる。そのキザな動作は素でしているのかと小一時間問い詰めたい。
「で、大西さんは僕の部活動についてはわかった?」
「分かりませんでした――と言いたいところですが、解答権の放棄はゲームを受けたプライドにかけてしません」
「何かな。ゲーム部とかクイズ部とか?」
考えなかったわけではない。
しかしそれでは部長と呼ばれる理由がわからない。
「この部活動の多い学校において部長と呼ばれる特殊な立ち位置、それでいて部活を当てられないだろうという自負、多分私が知らない部活だと思うんです」
これでもまだ半々だ。
生徒会長、部活総会の会長など部活外での役職持ちという可能性も考えられた。しかし先輩が部活を当てろといった以上は、それが正解であれば不公正というつもりだ。
残るは単純に「紹介しなかった」ということもあるが、その場合は当初の予定通り断ろう。
「ふむ」
「でも先輩はおそらく私を部活に勧誘したいんですよね。だったら先輩は私に部活動を見せてくれているはずなんですよね。つまり、先輩の部活動は私を案内したことそのもの……ですか?」
名前が当てられていないからアウトだと言われればそれまでだ。
「正解」
「流石に名前まではわかりませんが」
「だよね。だってこんな部活があるとは思ってないだろうし」
あっけらかんと。
名前すらわからない部活とはまた卑怯な。
ルールはルール、そこについては仕方ない。
「で、先輩は結局何部なんですか?」
「あっはっは。僕はね――」
先輩は人差し指を立ててウインクしながらその名を告げた。
「部活勧誘部」
「部活……勧誘、部?」
「うん。活動内容が部活勧誘。つまり全部の部活動の情報を把握し、新入生によりあった部活を紹介していく部活」
だから、勧誘されなかった。
部活勧誘部であれば、自分たちの部活に興味がありそうなら連れてきてくれる。わざわざ不興を買って今後連れてきてもらえなくなるぐらいなら待っておいた方が良い。
そして部長と呼ばれていたのも。ほかの部活の人からもこの人は「部活勧誘部の部長」だったわけだ。顔が広いのも納得がいく。
概ね、予想通りだ。
「ナンパ目的で入ってきた生徒が多くてね。勧誘そっちのけでナンパしてたからさ……」
「そりゃ辞めさせて正解ですよ先輩」
恥ずかしげに頬を指でかきながら目をそらして語るものだから、食い気味に答える。
もしそのままの勧誘部だったら私は話を聞いた時点で断っていた。
「部員の多さだけが部活の価値ではないでしょう」
「二つの立場から、そういってもらえると嬉しいよ」
先輩も私の意見に賛成らしい。
それは一見、名前と矛盾している。けれど多分逆で、勧誘する側だからこその価値観なのだろう。
「さて。当てた君に、最後の勧誘だ。僕がわざわざゲームを仕掛けた理由でもある」
「仕掛けた理由……?」
「うん。本来なら君に最も似合う部活を紹介するべきところを、ゲームといって片っ端から紹介し、そうすることで部活勧誘部の活動内容を見せた理由だね」
なんだ、最初の予感は間違ってなかったわけだ。
「是が非でも欲しくなった。うちにこない? 君みたいな子が必要なんだ。観察力、決断力、初対面にも気後れしない社交性、なによりその冷めきった目が良い」
「口説いてるんですか」
「そうさ。勧誘はいつだって口説くようなものだ。あいにくさっき言ったようにうちは最大の人気要因にして欠点を排除した結果部員が少なくてね。曲者揃いなんだよ。他の部の勧誘は簡単なのに我が事となると難しいものだね」
ペラペラと用意していたように語ってみせる。この軽薄にさえとれる雰囲気も、私を警戒させて自分を観察させるためのやり口なのかもしれない。先輩にとって部活勧誘部は適性によくあっていたということか。
「私は先輩のように愛想よく、積極的に勧誘なんてできませんが」
「いいんだよ、それで」
そのままでいい。
そう言われた気がして、そしてそれが悪くないと思っている自分がいて。
「先輩、私の勝ったときのご褒美、ズルくないですかね」
「ああ、部長は部員のお願いぐらい聞くしね。部員じゃなくても僕は部活勧誘部。部活のことなら何でも相談してね」
してやられた。ゲームに勝って勝負に負けたというやつだ。最初から最後まで掌の上、勝ち負けがどうでも良いとはこういうことか。
いつかリベンジしよう。これから長い付き合いになるし、機会はきっとある。
そしたら「先輩」の意味も少しは変わるかな。