第5章 軍服の青年
矜持…プライドのこと。
アラリスが部屋を出たのはもう1時を過ぎていた。リバとエラトと別れて、女王の部屋をノックした。返事があったのでドアを開ける。
「よう」
そう言ったのは女王ではなかった。軍服の青年である。いつからここに、というアラリスに11時半ぐらいから、と答えた。それに合わせて男の肩にとまっていた白い鳩が鳴いた。
「だったら。受け取ったらすぐに、鳩返してくれてたらよかったのに!!」
城の中では電話は使ってはいけない、という法律が最近出来た。エレノアが、伝書鳩だとどうしても内容を秘密にしづらいので、城の中で企みごとを張り巡らされるを避けることができるだろう、と考えたのだ。実際、反対意見もかなり多かったが、ある高官が女王に恩を売っておくために無理やり言って可決させた法案だった。―いわゆるゴマすりの産物である。
そのため伝書鳩を使うルールとして、鳩が来たら返事を書いて元の送り主の所へ戻さなくてはいけない。例え返事の要らない内容の手紙だったとしても、鳩が戻ってこないと、手紙が伝わってないかあるいは鳩になにかあった、と持ち主に心配をかけてしまうからだ。
「済まん済まん。…忘れてたわー」
言葉とは裏腹に青年は、歯を出してにかっと笑う。アラリスは溜め息をついた。彼らを見てエレノアは笑う。いつもこの二人はこんな感じだ。青年のこの娘を見るときの暖かい眼差しは、他人に対するのとはなんだか違ってみえたし、また常に礼儀正しいこの娘もこの青年にだけはわりかし感情表現が豊かになる。彼女にとって二人の会話を黙って聞いていることはとても安らぐことであった。
いつもこの男は彼女に叱られる時、こんな笑い方をする。国軍の指揮をとるほどの実力者だが、まだまだ少年の部分が抜け切れていないようである。名前は上田司という。彼は十年くらい前からこの国に現れ、2〜3年前くらいからこの職に就いている。この国の下で働く、初の外国人であった。やはり最初は多くの批判的な声があがっていたが、彼の温厚な人柄で徐々に認められてきているらしい。上田が思いのほか魔術に長け社会に貢献しているのを見て、国民は外国人がこの国に滞在することを黙認するようになった。上田がきてからというもの、国には急激に外国人が増えた。とうとうやせ我慢さえ出来なくなったのだ。近年の傾向では、地元出身の優秀な人材が少なくなり、代わって他国出身の人間が国を動かしているのがよく見られる。自分達だけではどうにもできないほど、他人に頼らなければいけないほど、ここまで国が弱体化している。だったらその何だか分からないちっぽけな矜持を完全に拭い去って、共に手をとりあって国事に奮闘すればいくらかマシになるのでは、とエレノアは思うのだが、それは無理な話だろう。
「なんの話してたの?」
「そりゃあ勿論、見つかったっちゅう、水の戦士のことに決まってとるやろ。非魔法界の子なんやて?」
「上田と同じ“日本”出身だそうよ。」
「へー、そりゃ初耳や。」
確か、上田は“関西”という地方の出身らしい。訛りはきついが、最近彼とよく話すようになって、ようやく言語が理解できるようになった。この国では国土自体に術がかかっており、この国にいれば、どんな言語で話しても他人に言葉が通じるようになっているが、訛りだけはどうにもしてくれないらしい。意外と不便である。確か、彼のような訛りはあの少女には無かった気がする。都会人なのかもしれない。
「あの子の出身は確かねぇ〜…、とー、とうー、とおきょ?」
「東京か?東京は日本の首都やで。」
エレノアが口を開いた。
「ところで、上田。あなたを呼び出した理由なんだけど…、あなたにその子の先生になってもらいたいの。非魔法界の子だし出身地も同じだから、魔術のほかにもこの国の風習とか礼儀作法とか、いろいろ教えてあげられるでしょ?」
「分かりました。謹んで拝命いたします。」
「お願いね。」
「…すみません、陛下。まだその少女の名前を聞いていないのですが…。」
「あら、そうだったかしら?その子はね、 嶂南誓っていうのよ。」
そろそろ例の人物出てきます…笑
ちょっとまたおそくなります。
期末終わったら…。