表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

4.依頼人登場


 男は右に左にふらふらと移動し、最終的に公園の中に入っていった。

 

 階段をゆっくりと上り、有名な銅像の前で立ち止まる。


「コーヒーでも飲む?」


 銅像を見上げたまま男が言った。


「いいね。俺、甘さ控えめで」


 男が右手を上げて俺を指差した。

 けれど、その目は俺を見ているようでそうではない。

 

 振り返ると、古びたレストランがある。

 そして、男の指先から伸びる延長線上には、


「あそこに自販機あるから、好きなの買ってくれば」


 なんか、ぶっ飛ばしたくなってきた。

 

 怒りの衝動をなんとか押さえ込み、辺りを見回してみる。

 

 ここが依頼人との待ち合わせ場所なのだろうか? 

 

 だとしたら……それらしき人物を探してみるが、まだ来ていないのだろう。

 

 諦めて男を見た。

 先程と変わらず、黙って銅像を見上げている。

 

 もしかして、何代か前のご先祖様がこの人だったりして。

 

 この仏頂面。

 見比べてみると似ているかもしれない。

 

 一人そんな想像を楽しんでいると、大事なことを思い出したのでそれを口にした。


「そういえばまだ、名前聞いてなかった」


 男はしばらく俺の顔を見て、ふっと笑いながらこう言った。


「ボクに名乗る名前はないよ」


 どこかで聞いたセリフだ。

 けれど、どこかがおかしい。


「それって『お前などに名乗る名前はない』の間違いだろ? よく時代劇なんかで、悪者に向かって言うやつ」


「それでもいいよ」


 自分は間違えていないとでも言うように、男が開き直った。


「まあ、いいけどさ」


 ため息まじりに俺は呟く。


「で、俺はあんたのこと、なんて呼べばいいんだ?」


「そーだね……先生、とか?」


 満面の笑顔で言われてしまった。

 

 すごく嫌だ。

 何を好き好んで、こんな奴を先生なんて呼ばなければならないんだ。

 

 思わず表情に出てしまったようだ。

 男がますます笑顔になった。


「決まり、君はボクのことを先生って呼んで。そしたらボクは君の事を、弟子一号って呼んであげるから」


「待ってくれ。弟子一号って、二号もいるのかよ?」


「いないけど?」


「なら変だろ。そのネーミングセンス」


「だって、君がボクに名前を教えてくれないから」


 さも、自分にはまったく非がない。

 悪いのは全て俺だ。

 そんな空気をかもし出してくれる。

 

 これ以上状況が悪化しないうちに、俺は早口で自分の名前を告げた。


「一生。一に生きるで一生(かずき)だよ」

「ふーん。一番生きるで一生なんだ。おもしろい名前だね。長生きしそうで。でも、一番生きないでも一生だね。どっちだろ」


「そんなこと俺が知るか! こんな名前をつけた両親に聞いてくれよ」


 一美とまったく同じことを言いやがった。

 

 あいつは今頃、大学で講義を受けているだろう。

 こんな風に誰かのことを思い出していると、ひょっこり目の前に現れたりする。

 

 人生なんて、よくわからないけれどそんなもんだったりするのだ。

 

 ポン、と背中越しに肩に手を置かれた。

 

 まさか、頭に浮かんだ三文字が点滅を起こし、俺はゆっくりと振り返った。

 

 そこには、針金のような細い銀のフレーム眼鏡をかけた男が立っていた。


「先約かな?」

 

 神経質そうに指で眼鏡の縁を押さえ、男が言った。

 その目は、俺を見て探偵を見た。

 

 残念、見ず知らずの相手だ。


「依頼人か?」


 探偵に尋ねると、


「さぁー?」


 首を傾げた。


「さぁーってことはないだろ? あんたの客じゃねーのかよ?」


「そうなの?」


「知らねーよ!」


 探偵に向かって怒鳴ると、


「依頼人だ」


 眼鏡の男が自ら名乗った。


「だってさ」


 探偵が呟く。

 

 俺はイライラを隠しきれず、探偵を睨みつけたが、探偵は無表情に俺を見つめ返す。


「で」と口を開いた眼鏡の男が、「探偵はどっちなの?」と言った。


 なんだか、話がゴチャゴチャしている。

 俺はこの場を整理しようと、片手を上げて宣言した。


「ちょっと待て」と。


「依頼人はあんた」


 眼鏡男を指差すと男が頷く。


「探偵はあいつ」


 へらっと笑う探偵を指差す。


「なんでお前らは、お互いに顔を知らないんだ? 仮にも探偵と依頼人だろ?」


 二人に向けて問い質した。


「その答えは」


 探偵が言った。

 

 その答えは……眼鏡男と俺はその続きを待った。

 けれど、探偵はそれで終わりとばかりに口を閉じたまま。


 俺が眼鏡男に視線を向けると、仕方なさそうに男がその後を引き継いだ。


「電話で話しただけだから」と。


 おお、納得。


「続けて」


 俺が言うと探偵が頷いた。


 それを見て、


「その前に」


 眼鏡男が言った。


「それで、君は誰なんだ?」


 確かに。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ