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17.グミの呪い再び

一応、最終話となります。

 

 マンションに着き、ただいまと部屋のドアを開けリビングに入る。


 一美は……部屋の中央でうつ伏せに倒れていた。

 三段式キャスターのケースは全て開かれ、一美の周りを彩るようにグミの袋が散らばっていた。

 

 俺はグミを踏んづけないように一美に近づき、よいしょと身体を持ち上げひっくり返した。

 

 一美は……泣いていた。

 いや、泣いたあとがあった。

 

 涙はもう乾いている。

 黙って見下ろす俺に、擦れた声で一美が言った。


「いったいグミに何の恨みがあるのよ。グミが一生に何をしたって言うの!」

 

 俺の恨みはグミにではなく、お前になんだけどな。

 その言葉は口には出さず心の中だけに留めておいた。

 それに俺の財布の恨みはどうなるのだろう。


「もう、終わりよ」

 

 泣き笑いのような表情で一美が続ける。


「これだけのことをグミにしてしまったら……グミの呪いはもう止められない。きっと一生はグミの呪いで死んでしまうんだわ」


 うつ伏せに突っ伏し、両腕に顔を埋めて泣き声をあげた。

 グミの呪いって、いったいどこまですごいんだ。

 

 突っ込みたいのを我慢し、目の前でうつ伏せに転がる一美の悲しみと、昼間見た佐々木の悲しみを数値にして比べたくなった。

 

 ただそんなことできるはずもなく、俺は再び一美を引っくり返した。

 

 バタバタと暴れる一美を押さえつけ、「聞いてくれ」と真面目な表情で告げた。

 一美が下からじっと見上げてくる。


「昼間のことだ。俺が寝ていると急に窓が開いて、全身つるつるの宇宙人二人組みが入ってきた。そいつらは、お前のグミを見つけると全て持ち去ろうとしたから、俺はグミを守ろうと必死の思いで戦ったんだ」


 一美の目が、まん丸になった。 


「ただ一対二だったし、一人と戦っている間に、何故かもう一人がグミの封を開け出して……奴らが逃げていったあとは全てのグミが……」

 

 俺はわざと言葉を切り、持てる限りの演技力で悔しそうな演技をした。


「俺の力不足だ、すまん。グミを守りきれなかった」


 フローリングの床に膝をつき、拳で床を殴った。

 その拳を、一美の手の平がそっと包み込む。


「そう、そうだったの。なら、グミの呪いはその宇宙人二人に向けられるのね。一生は無事なのね」

 

 安心したように微笑む一美。

 こいつの頭の中は、どこまで本気なのだろう。

 怖いので、あえて聞くことはせず、後ろ手に持っていたビニール袋を突き出した。


「これ、買ってきたんだ。こいつらの代わりにはならないかもしれないけど」

 

 床一面に散らばるグミを手に取り、ぐにゅるんと握る。

 

 一美はものすごい早さでビニール袋をひったくると、顔の半分を袋の中に突っ込んだ。

 そして、


「あっ、これ、新商品のやつだ。食べたかったんだよねー」

 

 封を切り、一粒口に入れた。

 数秒舌の上で転がすように味わい、


「ん、まぁまぁかな」


 封を閉じ、ぽいっと投げた。


 ビニール袋の中へ、ピンク色のマニキュアで塗られた指が伸びていく。


 俺は、一美の後頭部を引っぱたき、ビニール袋を持って立ち上がった。


「お前、それ、全部食えよな」


「ぎゃあーー!」

 

 一美がグミの中に倒れこむ。


「グミがー、あたしのグミがー」


「食わないんなら、お前の夕飯だけグミ入りだからな」


「やだー。食べるよー。食べるからー」


 よっぽどグミ入りカレーが嫌だったのだろう。

 唇を尖らせながらも、近くにあるグミの袋を手繰り寄せ、ケースの中に片付け始めた。

 

 そんな一美の姿をしばらく眺め、


「探偵の仕事、今日一件完了したよ。結構いいかもしれないな、探偵ってやつも」

 

 何気なく報告した。

 すると、


「おめでとー」


 心のこもらないお祝いの言葉と共に、グミの袋が一つ飛んできた。

 右手でキャッチしたそれは、俺がスーパーで買ってきたばかりのもの。


 いつのまに取ったのだろう。

 まだ封が切られていない、新品のやつだ。


「グミはね、鮮度が大事なんだよ。お祝いに一番いいやつ、あげるから。いい? 封を開けたら5秒以内に口の中に入れるんだよ」


 ウィンクを飛ばしてきた。

 こいつもウィンクが下手だ。

 

 へらへら笑う探偵のことを思い浮かべ、次の依頼のことを考えた。


 封を開けて口の中に放りこんだ檸檬のグミの香りが、ツンと鼻の奥を刺激した。

 

 今度は俺も髪の毛を切ってもらおう。

 あの寡黙な床屋のマスターに。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


ご意見ご感想、評価等頂けると嬉しいです。


レビューを書いていただける方、大募集です。


続編の構想はありますが、現時点では更新未定です。


長編連載、『女神様の美容師』も良ければ読んでみてください。


ありがとうございました。



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