16.五千円ぽっきりは安い
銅像の前まで走って戻ると、佐々木はまだベンチに座っていた。
いてよかったという思いと、いなければよかったのに、という逆の思いが、俺の内側で戦っていた。
答えの出ないまま、「佐々木さん」と声をかけると、
「ああ、君か」
赤い目を開き、俺を見た。
「その写真のことなんですけど」
どう伝えていいかわからず、言葉を濁したが、
「これか……これ、合成写真だろ?」
三枚の写真を指先で持ち、ぺらぺらと宙を仰いだ。
「知っていたんですか?」
「ついさっき気がついた。何か変だなって」
ほらここ、一枚目の写真を指差し、佐々木が言う。
「よく見て。恵子の着ている服。君達に渡した写真と同じ服だ。これも、こっちも。
この服なんて、ずいぶん前に汚して捨てたはずのものなんだ。だから、この写真はおかしい。三日前に依頼を受けたばかりの君達が撮れるはずない。季節的にも肩を出すには寒いしね、ここ最近は」
二枚目、三枚目の写真の中の彼女を指差した。
本当だ。
床屋のマスターに渡した写真をそのまま使ったんだな。
だから自然と同じ服になるのか。
いや、待てよ。
CGで作るくらいだから、服装なんていくらだって変えられるはず。
だとしたら、あえて変えなかったのか……。
「君達がいなくなったあと、恵子との思い出を振り返っていてね」
膝の上には、二冊のアルバムがあった。
佐々木がページを捲り手を止める。
三日前、書類の束と一緒に渡された写真が、きちんと同じように収まっていた。
「プリンターでね、印刷したんだ。データーはパソコンの中にあるし、抜けたままになっていると気持ち悪いから」
なるほど。
「それでアルバムを捲っていたら気がついた。君達から渡された証拠の写真。どれも同じ服装をしているって。ああ、これは合成写真なんじゃないかって。
自分に都合がいいように考えたいだけなんじゃないか。ちょっとそんな不安もあったけど、君が戻ってきて写真のことを口にした。だから確信した。これは合成写真なんだろ?」
佐々木の目には、力強さがあった。
初めて会った時の卑屈さや神経質さなんかよりも、瞳に力がこもっていた。
俺は佐々木の問いかけに答える代わりに、こんな言葉を口にした。
「信じてあげればいいと思う。信じることができないんなら、一生添い遂げることなんてできないと思うから」
佐々木はしばらく俺の目をじっと見つめ返し、二度、三度と頷いた。
「ありがとう」
立ち去ろうとする俺の背中に、そんな声がかけられた。
そして、
「五千円ぽっきり。確かに安いよな」
そんな小さな呟きも。
階段を下り、探偵の携帯に電話したら、まだファミレスにいるとのこと。
「今戻る」と告げると、「もう出ちゃうからまた今度ね」と断られた。
なんだか肩透かしを食らった気分だ。
これだけは言おうと、電話を切られる直前に、佐々木が合成写真のことに気づいていたことを報告した。
探偵の答えは、「ああ、そう」
たったこれだけ。
喜ぶでもなく、悔しがるでもない。
ただ、探偵は佐々木が合成写真に気づくことがわかっていたのではないか。
電話を切る直前にそう思った。
一美のマンションに戻る前に、スーパーとコンビニに寄ってグミを買い込んだ。
財布のお返しとはいえ、ちょっとやりすぎたかもしれない。
そんな後悔があったから。
佐々木の姿を見て思うところもあったことだし。
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