15.依頼人の気持ち
「飲み物取りに行こうよ。飲み放題だよ」
探偵が席を立って、ドリンクバーが設置されている所へ向かった。
喉が渇いている。
俺もそれに気がつき、無性にコーラが飲みたくなった。
探偵と入れ替わるように席を立ち、グラスいっぱいにコーラを入れた。テーブルに戻り、
「説明してくれよ、ちゃんと」
ストローで遊ぶ探偵をきつく見据えた。
「説明ねぇ」
とんでもなく面倒そうだ。
もしくは説明することなどなく、必死に言い訳を探しているのかもしれない。
けれど予想に反し、探偵はスラスラとしゃべり始めた。
「カズ君さぁ、初めて会った時、何か変だと思わなかった。佐々木さんの態度」
「変って? 確かに几帳面そうだし、変わった人なんだろうな、とは思ったけど」
「違う違う、そうじゃなくて」
苦笑交じりに一蹴された。
「気づかなかったかな。あの人言ってたよね。
『浮気の証拠を見つけてください』って。何かおかしいよね。自分の彼女の浮気を見つけてくださいって。見つけてほしいと期待しているみたいじゃなかった? もしくは、探せるものなら探してみろ、みたいな」
「それは……」
「それにさ、揃いすぎているんだよ、全てが。まだあの書類持ってる?」
俺はバックの中から一応必要になるかもと持ってきておいた書類の束を取り出した。
「ここに写真があるでしょ。ほら、ここにも、ここも」
探偵がページを捲りながら、カラープリントされた写真を指差していく。
「これだけ鮮明な横沢恵子の写真があるのに、あの人は他にもたくさん写真を持ってきた。アルバム2冊分も」
「それは、あれだよ。情報は少しでも多い方がいいと思ったんじゃないか?」
自分でも、苦しい言い訳のように思えた。
「ん、いいよ。そういうことでもね。たださ、ボクだって伊達に探偵を職業にしてないよ。ちょっと調べたらすぐにわかったことがあったんだ」
探偵が薄っすらと笑みを浮かべる。
「佐々木さんはね、毎週探偵を雇っている。それも全部違う探偵。どういう意味かわかるかい?」
店員が来て、テーブルの上に料理を並べていった。
「浮気調査か?」
「正解」
左手に持ったナイフで俺を指す。
「ずいぶん前からだね。あの人は毎週違う探偵を雇って、自分の彼女の浮気調査をさせている。だからね、本当はわかっているんだよ。
自分の彼女が浮気をしていないことなんて」
「なら、どうして浮気を疑ってるんだ? そんなに何度も調べているなら、わかるだろ? 浮気をしていないことくらい」
「きっとね」
探偵はナイフでエビフライを小さく切り分ける。
「信じていないんだよ。自分の彼女のことを」
「信じていない?」
「うん。例えばね、先週は違う探偵に依頼していた。それでもちろん浮気の証拠は出てこなかった。けどね、今週浮気をしないとは限らない。
毎週、毎日、一時間、一分ごとに、佐々木さんは自分の彼女、横澤恵子さんのことを疑っているんだよ。今、この瞬間に、浮気をしているんじゃないかって」
「そんなの……病気じゃないか」
「そうだね、一種の脅迫観念のようなものかもしれないね」
探偵はため息混じりにエビフライを噛み砕いた。
「だからって、あんなことしなくても」
「あんなこと? 合成写真のことかい?」
「ああ、どうせ調べても何も出てこないからって、早く仕事を終わらせる為にやったんだろ?」
「それはね」
俺のハンバーグに手を伸ばし、フォークで一切れ指しながら探偵が言った。
「半分正解で、半分不正解」
「なら、その半分は?」
お返しに、エビフライを一つ取ってやった。
探偵が名残惜しそうに、俺のフォークに刺さったエビフライを見送った。
「一度ね、きちんと正面からぶつかってみればいいんだ。きっとさ、佐々木さんは彼女には何ひとつ聞いてないんだと思うよ。
もしかして本当に疑わしいことがあったのかもしれない。過去にね。その時きっと、怖かったんだろうね。彼女に尋ねるのが。だから、こんなに回りくどいことをしている。
お金を払って人を雇って、何ヶ月もずっと見張らせている。何も出てこないから一安心して、またすぐに不安になる。その繰り返しだよ。それならね、本人に直接聞くのが一番手っ取り早い。お金もかからないことだしね」
「そういうことだったのか」
やっと納得した。
あの合成写真の意味もわかった。
けれど、やっぱり佐々木を騙すことに心が痛んだ。
佐々木が間接的にではあるが、俺達探偵を騙していたのだとしても。
佐々木はあの時、どう思ったのだろう。
やっぱり、と長い間ため続けた不安が消え、どこかで安堵したのだろうか。
そしてその分、深い悲しみと絶望に打ちのめされたのか。
佐々木の背中を思い出した。
何だか遣る瀬無い。
冷め始めたハンバーグをすばやく片付け、コーラで飲み干した。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
席を立ち、探偵に断りを入れた。
「どこに?」
「佐々木んとこ。まだいるかもしれないし」
「カズ君は優しいね」
探偵が目を細めて俺を見上げる。
「そんなんじゃねーよ。そんなんじゃねーけど」
口ごもる俺に、
「いいよ。いってらっしゃい」
探偵がタルタルソースで汚れたフォークを振り、送り出してくれた。
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残すところあと二話の予定です。
明日、更新予定です。




