11.コンビニが潰れた
昼過ぎに起きると、左手に違和感があった。
顔の前まで持ち上げ、その正体を知る。
それはセロハンテープでとめられた小さな紙。
『寝過ぎ!』
たったこれだけ。
わざわざ手に貼り付けなくてもいいだろうに。
寝起きから俺は苦笑する。
勢いをつけて身体を起こし、フローリングの床に降りた。
確かに寝過ぎなくらい寝たので身体の節々に痛みを感じ、腕や足を伸ばしながら歩いた。
そろそろ冬が近いせいか、足の裏から寒さが浸透してくる。
幸い、この家には床暖房という優れた暖房器具があった。
使わなければもったいないので、キッチンの横にある照明ボタンの隣のスイッチを押した。
歯を磨いて顔を洗い、まだ新しいコーヒーサイフォンでコーヒーを入れた。
あいつ自身はコーヒーを飲まないのに、コーヒー好きな俺の為に、いつの間にか一美が買ってきてくれたものだ。
こんな小さな気づかいで、愛されているんだと実感したりする。
普段は我儘大王なくせに。
ソファーに座ってテレビニュースをぼんやりと眺め、タバコを吹かしながらコーヒーを飲んだ。
着替えを終え、部屋を出る頃には午後四時。
早く出かけて帰ってこないと、一美が帰ってくる時間になってしまう。
今日の料理当番は俺なので、スーパーに行って食材を買い込まなければいけない。
ついでにコンビニに寄ってみよう。
店長に会って、何故昨日お店を閉めていたのか聞いてみなくては。
俺は冬に追いつかれないように駆け足で、エレベーターに乗り込んだ。
驚きのあまり手に持っていた荷物を落とす、そんなことが実際にあるなんて思わなかった。
テレビや漫画で見る度に、嘘だろ、そう思っていたのを改めなければいけない。
俺の大切なバイト先であるコンビニの前に、俺は立ち尽くしていた。
ビニール袋からこぼれたジャガイモが、アスファルトの上を転がっていくのを拾うことさえ考えられない。
昨日と同じように真っ暗な店内。
電源が切れて開かない自動ドア。
そこには一枚の紙が貼られていた。
『突然ですが、閉店させていただきます』
「聞いてないし」
知らず知らずのうちに呟きが漏れていた。
『言わなくてごめん』
自動ドアが話せたらこう言ってくれるだろうか。
俺も突然のことに驚いているんだよと。
落ちていたジャガイモを拾い、数歩下がってガードレールに腰掛けた。
店長の連絡先は知らないので、唯一知っているバイト仲間の吉田に電話した。
「はいはい」
数コールで吉田が電話に出た。
「俺、一生だけど」
「ああ、カズさん。お疲れ様です」
吉田があくび交じりに言った。
眠そうな声だ。
寝ていたのかもしれない。
「吉田、知ってるか? コンビニ閉店するらしいぞ」
「知ってますよ。カズさん、知らなかったんすか?」
「知らねーよ! いつ? いつだ? なんでだよ、急に」
「ちょ、落ち着いてくださいよ。俺もよくわかんないんすけど」
吉田は俺の勢いに押され、完全に目が覚めたようだ。
俺がバイトを休んでいる間の出来事を、知っている限り順序立てて教えてくれた。
ただ吉田の、『よくわかんない』という言葉を裏切ることなく、全ての話を聞き終えてもよくわからなかったが。
吉田の説明からわかったことは、急にオーナーが行方をくらまし、多額の借金が店長の肩に背負わされ、コンビニを閉めることになったらしい、ということ。
まったくもって意味不明だが、吉田の言葉を信じるしかない。
他に情報源は皆無なわけだし。
とにかく、
『明日からもう来なくていい』
吉田を含め、バイトメンバーは店長からそう告げられたという。
働いた分の給料は、すでに振り込まれたみたいだ。
それで急に無職になった吉田は、こんな時間まで不貞寝をしていた。
そんな感じ。
「わかった。サンキューな」
吉田に別れを告げて携帯を切った。
近くにある銀行のATMで貯金残高を確認すると、確かに給料が振り込まれていた。
今月はまだ三日しか働いていなかったので、日給七千円×三日。合計二万千円が。
右手からぶら下がるカレーの材料が詰まったビニール袋が、ずっしりと重さを増した気がした。
俺はリストラされたサラリーマンのように、とぼとぼと家路に着いたのだった。




