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第2話 魔法使いさんはなんかズレてる

「ヘラぁ、もう、寝かせて…。さすがの私も連日徹夜は大変だわ」


「もう少しだ、頑張ってくれ。後は総長に昨夜書いた報告書を出すだけだ。出したら幾らでも寝ていいぞ」


 朝。既に多くの人が働き始める頃に、帝都の王城の廊下を女性と少女の二人が、肩を並べて仲良く歩いていた。

 最初に言葉を発した背の高い女性――エリス・ハーティは、目の隈とおぼつかない足取りのせいで、普段の高嶺の花といった雰囲気とはまた違った近寄り難い雰囲気を放っていた。

 そしてエリスの隣を歩いている小柄な少女――ヘラ・アドラスはエリスを激励するも、目尻を下げて眠たそうである。心なしかいつもの凛々しい覇気も弱々しかった。


 二人は昨日一緒に徹夜で書き上げた報告書を、二人の上司である男――アレス・フーカス総長に提出しに行く途中である。提出していないのはエリスだけでヘラは行く必要はないのだが、エリスが怒られないかと心配して付き添っていた。


 長い廊下を歩き続け、特別に豪華な扉の前に到着した。ここがアレスの執務室である。

 エリスは報告書の提出が遅れた後ろめたさを落ち着けるため、一度大きく深呼吸をして扉をノックした。


「エリス・ハーティ魔法局長官、定期報告書を提出しにきましたわ」


「ヘラ・アドラス軍務局長官、エリスの付き添いで来た」


 二人の呼び掛けに執務室の中から通りの良い声が返ってくる。二人はそれを聞き、静かに扉を開けて執務室の中へ入った。


 アレスの執務室はそれほど広くない。見栄えのための調度品とコーヒーメーカー以外は、全て書類が入った棚などの仕事に使う物しか置かれていない。

 だが、コーヒーメーカーは非常に高級そうで、今も部屋一面にコーヒーの香りが漂っていることからアレスがコーヒーに拘りを持っていることがわかる。

 そして埃一つ無く、綺麗に整頓された部屋からは、この部屋の主であるアレスが几帳面な性格であることが窺えた。

 そんな執務室の真ん中に置かれた椅子に、爽やかそうな男性が今も仕事をしながら背筋良く腰かけていた。


「二人ともよく来たね。色々と話したい事はたくさんあるけど、早速だけどエリス君、報告書を見せてくれるかな」


 エリスが怒られるのではないかというヘラの予想は大きく外れて、アレスは普段と変わらない声音、いや少し期待するような声音で報告書の提出を催促する。

 エリスもヘラも、おちゃらけながらも提出期限などに厳しいアレスの普段と違う対応に少し困惑しながら、何故だという目線をお互いに向け合った。

 アレスはそんな二人の様子に気付きながらも、何も言わずにエリスから報告書を受け取り、頷いたり、呻いたりしながら報告書を読む。

 アレスは一通り読み終わったのか、顔を上げてエリスに視線を合わせる。


「……うん、良い報告を聞けて良かったよ。……二人とも不思議そうな顔をしているから、先に言っておこうかな」


 アレスは報告書を置いて、机の上にあるコーヒーを一口飲んだ。


「ヘラ君は今回のエリス君の仕事の内容を知っているかい?」


「いや、聞いていない。昨日報告書を書くのを手伝いはしたが、私は魔法に詳しくなくてな。召喚魔法だということはわかっていたが、それ以外は知らない」


 ヘラはよくエリスに新魔法を披露されるが、その内容は同じ魔法使いでも理解できない程に高度な物ばかりなため、ヘラの魔法知識は思ったよりも少ない。むしろ、幼少期よりエリスという魔法の天才を前にしてしまい、魔法使いになることを諦めてしまっているので魔法についての専門的知識はほとんど無かった。

 そのおかげで、今の職業である軍務局長官になれるほどの、剣という天性の才能が見つかったのでヘラはそれほど気にしていない。


「そうなのかい? ヘラ君は、エリス君のことは全部知っているものだと思ってたよ」


「……そんなことはない。……貴様が私の事をどう思っているのか気になるが、今はいい。それよりエリスの仕事は何だったんだ?」


 ヘラは今のアレスの言葉に、エリスがどう思っているのかを気にしながらアレスを睨みつけた。ヘラの睨みは軍務局長官というだけあって、並の人間では怖気づく程の鋭さだが、エリスのことを気にしているからか普段の鋭さは無い。そのことにアレスは目敏く気づいて、話を進めようとするヘラを煽った。


「んん? いつもより殺気が弱いよ? んんー、僕が思うに君の愛しのエリス君は――」


「おい」


 愛や恋といった直球な表現が苦手なヘラは僅かに赤くなった顔を、エリスに見られない様にするために一歩前に出た。そして、一度大きく咳払いして、さっきとは段違いな程の殺気をアレスに送った。だが、アレスは気にも留めずにヘラをおちょくる。


「怖い怖い。でもエリス君は満更でもなさそうだけど?」


 こちらを揶揄う言葉とわかりながらもさらに顔が赤くするヘラと、ヘラの後ろでモジモジしているエリスの顔を、アレスはニヤニヤしながら交互に見た。


「えぇと、ヘラ。貴女の気持ちは嬉しいですわ。でも、まだ早いといいますか……上手く言葉にできませんが……」


「おい……おい。なんだこれは!? なぜ私が振られたみたいになってるんだ!?」


 エリスに見つめられて耳まで真っ赤にするヘラ。


「あっははは、いや、すまないね。君たちを揶揄うのはいつも楽しくてね」


「……もういい。貴様、月のない夜道には注意しておけよ。……で、そろそろ本題に戻ってくれ」


 未だにニヤニヤしているアレスを、ヘラは再度睨み付けた。しかし、赤くなっている顔のせいで先ほどまでの鋭さは無い。むしろ、見た目相応の子供っぽさしか残っておらず、可愛らしい。

 アレスは笑いを堪えるような声を出した後、真面目な調子で話始めた。


「……さて、エリス君に出していた仕事は城の地下から出てきた魔導書の解読だよ」


「……ふん、なるほど。報告書はその魔導書についてだな。だがエリスがするほどの内容なのか?」


 帝国において各局の長官に日常的な仕事以外で特別な仕事を任せるのは、有事の時を除けばほとんどない。


「そうだね。魔導書の詳しい内容は後でエリス君に聞くといい。僕が説明するより詳しく説明してくれるよ。いやはや、あんなモノを召喚できる魔法があるなんて思わなかったよ。」


 ヘラはアレスのいつもの揶揄いなのか、本当に説明するのが大変なのかはわからなかったが、アレスが内容をすぐはに教えてくれないことを察した。

 そしてヘラは自分で考えてみることにした。


「……何を召喚するか、だな」


「ヘラ君も驚くと思うよ? 僕も最初聞いた時は何かの間違いだと思ったからね」


 アレスは真面目な顔で考えるヘラに、親が子供を見守るような視線を送る。


「……おい、なんだその眼は。不愉快だ。こっちを見るな」


 アレスの視線にヘラは心底嫌だというような顔をしていた。アレスはよくヘラを子供扱いしては嫌がれるを繰り返していた。

 アレスは部下であるヘラの辛辣な言葉に困った風に苦笑いした。


「あはは。まぁ後日になるけどその魔法の取り扱いについて、会議するために五大長官に招集かけるよ。えーと後は、エリス君。召喚魔法のための道具整備もしといてね」


「わかりましたわ」


「うーん、と。以上かな? 他に何か用事はあるかな?」


 エリスもヘラも首を横に振り、用事が無いことを示す。そして幾つかの確認をし合った後、エリスとヘラの二人はアレスの執務室を後にした。


 アレスの執務室を後にした二人はいつものように昼食を一緒にとった。そして夜にまた会うことを約束してエリスは自室に睡眠をしに、ヘラは部下を扱きに向かった。


・・・

・・


 報告書を提出した夜、エリスは十分な睡眠をとり終え自室でヘラが来るのを待っていた。ソファに座って、帝都の夜景は見ながらコーヒーを飲む。まだそれほど夜更けという訳ではない。なので、未だ活気のある帝都の夜景は、魔法による明かりで地上の星空とでも言うべき綺麗さがあり、朝方とは違う趣があった。

 エリスは自室でコーヒーを飲みながら帝都の風景を見るのが趣味、いや日課と言っていいほど好きであった。


 それ程時間も経たずに、エリスの自室にヘラが無音で入って来た。別にヘラにはエリスを驚かそうという気持ちがある訳ではなく、もし寝ていたら起こさないように、というヘラの気遣いだった。そしてヘラはエリスの部屋の合鍵を持っているので、そういった問題も無い。


「起きてたのか」


「……寝起きですけれどもね」


 エリスは一度大きく欠伸をして、机に置いてあったヘラ用のカップにコーヒーを注いだ。


「あぁ、ありがとう」


 ヘラはエリスに礼を言いつつエリスの隣に座って、コーヒーを飲む。そして、一息ついた。


「……やっぱりエリスの淹れるコーヒーが一番美味いな」


「そうですの? 私は貴女の淹れる奴の方が好きですけれど」


 二人は適当な世間話を数十分ほど続ける。エリスとヘラはこうした夜のお茶会を、週に数回はしていた。

 しばらく話した後、話が昼間の召喚魔法のことになる。


「そうだ、お昼に言っていた召喚魔法というのは何を召喚する物なんだ?」


「あー、そんな話もありましたわね。あれは勇者を召喚する魔法ですわ」


 エリスの言葉にヘラの動きが止まる。それに気づかずエリスは疲れた様に、しかし自慢気にしていた。


「使われている言語がほとんど失伝しておりましてね。解読は最早、私ぐらいしか「勇者!? 勇者って何だ!? お伽噺のあれか!?」」


 ヘラはエリスの言葉に割って入って、エリスの肩を激しく揺さぶった。常時なら激しく揺れるエリスの胸を色々な意味で凝視するヘラだが、今回はそんなこともせずに興奮しながらエリスに詰め寄る。

 エリスは目を回しながらも、ヘラを落ち着かせようとした。


「ちょ、ちょっと! 落ち着いてくださいまし!」


 しかし、エリスの言葉でもヘラの興奮は抑えられなかった。ヘラは剣士としての血が騒ぐのか、唯の子供っぽい好奇心からか、あるいはその両方か、とにかくヘラは普段の冷静さは何処かへと投げ捨てていた。


「勇者に会えるのか!? いつぐらいに!?」


「何をそんなに驚いてますのぉ!」


 勇者と言えば、それが実際にあった話かは置いといて、お伽噺にもなるほどに世間では人気がある。だが、エリスにはいまいち勇者に興味がない――というかエリスは魔法以外にほとんど興味がない――ために、エリスとヘラには大いに認識に違いがあった。


・・・

・・


「んんっ! すまん、取り乱した」


 ヘラは若干顔を赤くしながら咳払いをして、いつものように自分の失態を流した。

 エリスはジト目になってヘラを見ながら、手櫛で自分の乱れた髪を整える。ヘラがバツが悪そうにそっと目を逸らすのを見て、エリスは軽く溜息をついた。


「で、なんでそんなにも興奮しておりましたの?」


「いや、勇者だぞ? むしろなんでそんなにエリスは落ち着いてるんだ」


「だって興味ないんですもの」


「……バッサリだな」


 ヘラはエリスのいつも通りの答えに、なんとも言えなくなった。

 ヘラはカップに残ったコーヒーを飲み干し、新たに注ぐことで気を取り直す。そして、さらに詳細を聞こうとした。


「それで?」


「はい?」


「その魔法は、ん、言葉にしづらいがどんな感じなんだ?」


「どんな感じと言われましてもねぇ。私でも言語自体が失伝された魔導書の解読は、容易ではありませんわ。大まかな概要と魔法の基盤しか解読できませんでしたので、それを基に私が作り直しましたの」


「ふむ。よくわからんが勇者は召喚できるのか?」


「えぇ、それは大丈夫ですわ。多少の準備はこれから必要ですけど、充分実現可能ですわ!」


「……勇者かぁ、強いんだろうか」


 胸を張るエリスを余所に、ヘラは今一番気にしていることを呟いた。

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