異変の姿
次回からシゼル達に戻ります
「では、私が王城で会議をしてる間に起った事を説明してもらおうか?ゴルベス」
静かな会議室で最初に口を開いたのはギルド長でもあるミレイナであった、その口調は静かなものではあったが、それゆえに今の状態が深刻な問題になりかけている事を語っていた
「わかりました、ミレイナ様」
ミレイナの言葉を聞いて会議室に集まっている者に説明をするのはギルドの副長であるゴルベスである、このゴルベス実は最近、ギルドの受付嬢の猫人族の女性といい感じになっており、まわりの者達からはさっさと付き合ってしまえと、やきもきされている事を本人は知らない
当の本人たちは付き合うのか付き合わないのか、そんな微妙な距離感を楽しんでいる節もあるが、正直まわりの者達からすると、ミレイナにばれる前にくっつかないと邪魔されるのでは?という不安もある
冒険者のままでは結婚出来ないと冒険者を引退したはずのミレイナ、だが気付けばギルド長になり、仕事の忙しさで結局結婚できていない今年32になる女性、それがウィンシア冒険者ギルドのギルド長、ミレイナ・バラウェル――別名爆炎の魔女――である
「まず最初に、前回の会議の時点で私は事前に斥候として調査に特化した冒険者をすでに始まりの森に派遣しておりました、そして戻ってきた冒険者から、森に通常の体の色とは違う、インプとホブゴブリン2体を確認したと報告を受けました」
「ミレイナ様は3人の冒険者がマザー・バットに手を出したのでは?と考えておられましたが、私はこの3匹が3人の冒険者が行方不明になった原因なのではと考ました、そのため私が3匹の討伐のために派遣したのはAランク冒険者PTの、カインとアベル、そしてフィリスの3人です、この3人の実力はみなさんも知っていると思います」
「カインとアベルの2人は条件さえそろえば上級クラスの魔物も単独で討伐できる熟練の剣士、そしてフィリスはガレオス教ウィンシア支部の次期聖女候補、いや、筆頭候補でありほぼ聖女に選ばれることが内々に決まっていたほどの者だったな?」
そう確かめるようにミレイナはゴルベスに向けて話を続ける
「その3人であれば、体の色が違うだけのインプやホブゴブリン2対に後れをとるわけがないし、その3人は堅実な仕事をする事でも有名だ、おそらくはフィリスの結界でインプを閉じ込めている間にホブゴブリンをカインとアベルが討伐し、万全をもってインプを始末する、その程度は簡単に実行できる3人だ、失敗する要素はないはずだ、そうだろ?ゴルベス」
通常であれば失敗するはずもない仕事、インプといえど初級~高くても中級クラス、ホブゴブリンに至ってはゴブリンとそう大差ない初級クラスの魔物という位置づけ、Aランクに到達した冒険者が負ける要素はないと言っても過言ではない、相手が通常のインプとホブゴブリンだったならば
「私も、もちろん失敗するなど思ってもいませんでしたよ、ですが結果は失敗です、戻ってきたのはアベル1人でそのアベルも最早冒険者に復帰するのは不可能でしょう・・・・・・」
ゴルベスがそう発言すると今まで静かだった会議室もさすがに騒がしくなる、なにせ、Aランク冒険者が初級クラスの魔物に返り討ちにされるという前代未聞の出来事なのだから
「ゴルベス、復帰は不可能とはそれほどケガがひどいのか?」
「いえ、ケガはほぼないと言っていいでしょう、問題なのは精神の方です、あれではまともに生活すら出来ないでしょう」
「ゴルベス、それも含めて、アベルから聞いた事を説明してくれ」
「わかりました」
それは会議室の者達が一番気になっている事でもある、どうすればAランク冒険者が初級クラスの魔物に負けるのか、そして、日常生活すら難しくなるほどの精神ダメージとはなんなのか、皆が気になると同時に知りたくはないとも思っていた
「まず、理解していただきたいのは当のアベルが話す事が支離滅裂で理解するのが困難であった事、辛抱強く彼の言葉を聞いて、私なりに話を纏めたので、間違っている場合がある事、これを了承していただく」
「最初に、インプに関してはアベルは直接相手をしていないようなので、詳しいことはわかちません、アベルが直接相手をしたのは2体のホブゴブリンです、1体は黒いホブゴブリン、こいつは体程の大きさの大鉈を振り回すほどの力を持ってカインと同等に戦ったそうです」
「次にもう1体ですが正確にはホブゴブリンではなく、朱いゴブリナですね、こいつは火の魔法を使うだけではなく魔法剣まで使用した可能性があります、アベルからの話では確信が持てなかったので可能性としています、なにせ魔法剣を使うゴブリナは聞いた事がない」
聞いた事がないと言ってしまえばもはや今の状況こそ聞いた事がない状況なのだが、誰もそこには突っ込まなかった、正直これ以上の非常識は受け入れられないというのが全員の気持ちだ
「カインとアベルはこの2対を相手にしていたようです、2対2では互角、若干技術と経験で2人が勝っていて、1対1に持ち込んだ時には勝利を確信したと言っていました、ですが突如負けを確信したのか、2対は逃走、インプを結界で閉じ込めているフィリスが何か焦っていたのでフィリスと合流」
「ここからは私も正直信じていいのかはわからないのですが、フィリスと合流した途端、アベルの視界は闇に覆われたそうです、目の前に手をかざしても形すら認識できない闇の空間だったそうです、その空間で先ず、カインが何かに喰われた、らしいです、ここの話になるとうわ言のようにインプが大魔法、フィリスが全力で結界を使っていたのにと繰り返すばかりです」
「そして、気付けばアベルは闇の空間の外にいて、インプに森から出ていけと言われて、森の外へ走っていたそうです、少しでも違う道へ進もうとすれば自分の影からインプが這寄って来ては森の外へ誘導し、森の魔物が襲って来ればまた自分の影からインプが出てきて代わりに魔物を殺していた、そして森の外へ出たらインプから、俺たちは森から出ていく、と告げられたそうです」
「それで、アベルの様子ですが、壁を背にしていないとまともに話せません、壁を背にしていても常に左右を確かめている状態ですし、自分の影を見ようものなら狂ったように影に攻撃をし始めます、他にも暗闇を極端に怖がるようになり、眠るときも明るくなければ眠れない状態です、影を見るたびにあいつが這寄ってくる、影の中に黄金の瞳が、等と言い続ける様です」
「黄金の瞳だと・・・・・・?」
「ミレイナ様?」
「いや、すまん、気にしないでくれ、それよりもインプも色が違うのだろう?どんな色なんだ?」
「それなのですが、アベルもインプの事は思い出したくない、というか思い出すと酷い状態になるのでインプに関しては大したことはわかっていません」
「そうか・・・・・・わかった、それで、インプ達は森から出ていくとの事だが、確認は?」
「はい、確認はまだとれてはいませんが、今の所目撃情報はありません」
「ならば、本当に出て行ったと考えるべきか・・・・・・、問題はどこへ行ったかだが」
「聖王国はまずないでしょう、あそこは悪魔にとっては最悪の国ですから、可能性としては竜帝国か皇国では?」
「わざわざ、聖女のいる聖王国に低級悪魔が向かうはずがない、か」
「ホブゴブリン達も一緒なら猶更、聖王国には行けないでしょう、あそこは亜人すら入国を許しませんし、隣の亜人領とは小規模ながらも小競り合いが絶えない状態ですよ?」
「聖王国、いやガレオス教ではホブゴブリンは亜人ではなく、魔物扱いだぞ、そもそもゴブリン自体が本来は亜人の一種だというのにガレオス教はゴブリン達を亜人とは認めないからな」
「しかし、ミレイナ様、どうしてガレオス教はそこまでしてゴブリンを亜人と認めないのですか?」
「知らんよ、それこそ主神ガレオスに聞いてみるしかなかろう?まぁ、私はどうも主神ガレオスは好きになれんが、というかフィリスが死んだ事でガレオス教が何か言ってくるのではないか?あれは聖女候補だろう?」
「それについては、冒険者である以上、危険はつきものなのですから、文句を言われてもそれこそ仕方ないでしょう?返せと言われて返せるものではないですし」
「まぁ、そこらへんはゴルベス、貴様にまかせる、そういうのは得意だろう?」
「えぇ、まかされましょう」
そう言って悪い顔になるギルド長と副長に2人、しかし彼らは知らない、問題のインプ達が向かったのは聖王国である事、そして聖王国でもまた聖女がいなくなる事になるのだが、彼らがそれを知るのはまだ少し先の事である
ちなみにこの会議の数日後、件の受付嬢とゴルベスがデートをしている姿をミレイアに見られてその場で爆発させられるのだが、それもまだ先の話である
カイン「おれたちAランクだよな」
アベル「あぁ、間違いなくな」
フィリス「だけど駆け出し冒険者扱いされてた件」
ア・カ・フィ「俺(私)たちが弱いんじゃない、あいつらがおかしいんだ」