祭事
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「帝国軍が撤退してからというもの、来殿者数は日に日に増加しています」
クルシス神殿の会議室に、エンハンス助祭の声が響く。
「あんなことがあったばかりですから、カナメ神殿長代理の転職部門が賑わうのは当然でしょうが、その他の部門についても戦争前の比ではありません」
「助祭の言う通りですな。寄付の金額も増えておりますし、クルシス神殿への入信や改宗を申し出る人々も見受けられます」
「消耗品のなくなる速度も上がったわ。護石なんて、もうすぐ品切れになっちゃうわよ」
さらに、オーギュスト副神殿長とセレーネが助祭の言葉を後押しする。
「……セレーネ侍祭、護石を『品切れ』と表現するのはよろしくないな。まるで商店の売り物のように聞こえてしまう」
「はぁい、ごめんなさい」
「……」
「それもこれも、カナメ神殿長代理が活躍したおかげですね!」
肝が冷えそうなやり取りを完全に無視して、シュレッドが元気に発言した。……よし、よくやったぞシュレッド。なんだが……。
「特に活躍をした覚えはないな……」
今回の戦争で活躍したのは、主にラウルスさんとかクリストフとか、あの辺だ。リカルドも地味に頑張ってたかもしれないな。
もちろん、俺もマクシミリアンの爺さんを『村人』にするための潜入作戦に従事したりはしたけど、それは秘密の話だ。というか、バレてたらかなり困ったことになる。
「この神殿が様々な備えをして、いざという時に人々が逃げこんで来られるようにしていたことや、私たちが逃げ出さなかったことなど、辺境の人々と共にあろうとする姿勢が評価されたのでしょう」
エンハンス助祭は、どこか誇らしげにそう答える。どちらかと言うと、歌を作り上げることが生きがいのように見える彼だが、神官としての心もしっかり持ち合わせているようだった。
「私たちの誠意が伝わったのであれば、非常に喜ばしいことです」
そう言いながらも、俺は助祭の言葉を素直に受け入れたわけではなかった。もちろん、彼が言ったことは事実なのだろうが、それがすべてだとは思っていない。
「ただ、神殿が賑やかな原因はそれだけではないと思います」
「と、言いますと?」
オーギュスト副神殿長が興味深そうに尋ねてくる。
「辺境の人々は、戦いに勝利し、苦難を乗り越えたことによって気分が昂揚しています。ですが、そのエネルギーには行き場がありません」
知人同士で祝杯をあげるくらいはしたかもしれないが、それ以上の規模のイベント――例えばパレードなど――があったわけではない。
「……つまり、そのエネルギーの発散先としてクルシス神殿に詣でていると、神殿長代理はそう仰るのですかな」
「それも理由の一つではないかと思った次第です」
ふむ、と副神殿長は考え込みはじめた。その間に、今度はセレーネが口を開く。
「けれど、別にいいんじゃないかしら? 彼らもその『エネルギー』を発散できるのだし、神殿も賑わっているのよね? 誰も困らないじゃない」
そうなんだよな。セレーネの言葉は正しい。だが、俺には一つ腹案があった。
「それなんだが、せっかくの勢いを、それだけで消滅させるのはもったいない気がするんだ」
「それじゃ、どうする気なのかしら?」
楽しそうに問いかけるセレーネから視線を外すと、俺はみんなに向き直る。
「……お祭りをしませんか?」
みんなが不思議そうに首を傾げる。その中で、最初に質問してきたのはシュレッドだった。
「それって、合同神殿祭みたいなものですか?」
「あそこまで大規模なものは難しいだろうけど、そんなイメージかな」
「けれど、みんな参加してくれるかしら?」
「今の流れなら、たぶん大丈夫だと思う。それに、クルシス神殿単独じゃなくて、フォレノさんやリカルドにも手を回して、村のイベントにしてしまうのはどうかな」
「そして、あわよくばクルシス神殿の祭りとして、恒久的なイベントにするつもりですね。……さすがは神殿長代理、欲張りますね」
エンハンス助祭が堪えきれないように、ふふっと笑い声をもらした。……なぜバレた。そして、彼の中の俺のイメージは一体どうなっているんだろうか。
「しかし、帝国軍を撃退した直後に祭りを行うとなれば、いささか政治的な色彩を帯びてきませんかな。下手をすれば、戦勝会をクルシス神殿が開催すると取られかねませんぞ」
オーギュスト副神殿長が釘を刺してくる。辺境の祭りをいちいち見咎める人は少ないだろうけど、たしかにその心配はあるんだよね。地方や時代によっては、政と祭りは一体的になっているわけだし。
「そのことなのですが……。副神殿長、今の時期って、クルシス本神殿では何が行われていますか?」
「何を……」
突然の質問に副神殿長は戸惑った様子だった。だが、クルシス神殿のベテランだけあって、すぐに答えを導き出す。
「そういえば、技芸祭の時期ですな」
「なるほど、技芸祭はクルシス神殿の代表的なお祭りですしね。さすがにそれにとやかく言う輩は少なそうですね」
技芸祭とは、技芸神とも言われているクルシス神の祭りに相応しく、様々な芸事について競い合うことを主眼に置いており、色々な大会が開かれる。その大会そのものがクルシス神への奉納であるとの認識だ。
王都では歌や舞踊の大会が盛り上がっていたけど、辺境だとどうだろうな。王都では下火だった武芸部門が人気だったりしそうだな。……まあ、ラウルスさんが出場しちゃったらそれで終わるけどね。
「それに、クルネに聞いたところでは、辺境でもこの時期に小さなお祭りが行われることがあるそうです。それと混ぜてしまうような形であれば、辺境の人々も受け入れやすいのではないかと」
まあ、それは本当に小さなお祭りで、都合がつく人間が任意に参加する酒宴のようなものらしく、別にこの時期に限ったことではないらしいんだけど、ここは利用させてもらおう。
「神殿長代理がそこまで仰るのでしたら、反対する理由はありませんな。……とは言え、神官の人数が少ない現状では、あまり多くの大会を行うわけにもいかないでしょうが……」
「そこは、村の人たちに協力を仰いでもいいと思います。本神殿のように多様な部門の大会を開催する必要はないと思いますが、それなりの数は欲しいですからね」
「戦いが終わったばかりだというのに、また忙しくなりますね。……まあ、こういう忙しさなら歓迎ですけれど」
エンハンス助祭が爽やかに笑う。そして、それはここにいるみんなの総意でもあるようだった。
◆◆◆
帝国軍を撃退した辺境は、活気づきながらも日常へとゆっくり戻りつつあった。そしてそれは、フォレノ村長やリカルドといった、ルノール村の統治サイドも同様だ。
「負傷者の治癒師待ちにも筋道はつけたし、遺族補償も基本的な部分では話がまとまった。ようやく一息つけそうだよ」
そう語るリカルドからは、疲労と充実感のようなものが見て取れた。長い間まっとうな職を得られなかったせいか、どこか楽しそうにさえ見える。
「まったくだ。戦時よりも、むしろ戦いが終結してからのほうが忙しかったぞ」
リカルドとは対照的に、フォレノさんは疲れ切った様子だった。戦いで発生した負傷者や遺族への対応はもちろんのこと、脱走して辺境を徘徊する帝国兵への対処や増えていたモンスターの討伐など、問題は山積みだったのだから仕方がない。
しかも、戦争のせいで棚上げになっていたが、辺境を発展させるための施策も再開しなければならない。今、辺境で一番忙しいのは彼らかもしれなかった。
「……ともかく、祭りの件については賛成だよ。僕らで凱旋パレードでもすればいいのかもしれないけど、辺境ではあまりそういう文化はないみたいだからね。
それに、主役たる『辺境の守護者』はそういったことを苦手としているようだし」
「まあ、それはそうだろうなぁ……」
渋面を作って辞退するラウルスさんの姿が目に浮かぶ。
「だから、クルシス神殿が取り仕切ってくれることはありがたいよ」
「表向きはクルシス神殿の祭りだぞ? 辺境の祭りと混ぜてしまうつもりであるが……」
「構わないさ。このタイミングで行われるのであれば、なんだって大歓迎だ。別にクルシス神殿の信徒だけを対象にするわけじゃないんだろう?」
「もちろんだ。そんな排他的なことは考えてない」
それどころか大歓迎なくらいだ。技芸祭では必ず技芸を競う大会が開かれる関係上、参加者は多いほうがいいからね。
「ワシらとしても、協力は惜しまないつもりだ。……まあ、供出できるものには限りがあるが……」
「ありがとうございます。あくまでクルシス神殿のお祭りですから、村に過度の負担をかけるつもりはありません」
「そう言ってもらえると助かる」
フォレノさんはほっとした表情を浮かべた。捕らえている帝国貴族については、しかるべき金額と引き換えに帝国へ送還する予定だが、彼らがすぐにお金に変わるわけじゃないもんなぁ。
「それで、祭りの開催予定はいつだい? 今の辺境の雰囲気を利用したいのなら、早いほうがいいのかな?」
「そうだな。ただ、あまりに突然だと準備もできないし、人も集まらないだろうから、今回は一月後で考えている」
それでも急なことに変わりはないが、その辺りが限界だと思われた。それに、今から祭りの話を広めておけば、多少は今のテンションを維持できるはずだ。
「なるほどね。……技芸祭といえば、色々な芸事を競うお祭りのはずだが、どんな演目にするのかな?」
「さてな……歌と舞踊は定番だろうが、後は未定だ」
「辺境なら、武芸なんかもいいんじゃないかな?」
「上級職のラウルスさんが出ればそれまでだし、出なければあくまでナンバーツー争いにしかならないからな。盛り上がらない気がする」
「そんな純粋な戦いじゃなくても、例えば弓術とか演武とか、色々あるんじゃないかな?」
リカルドが面白そうに提案してくる。どうやら乗り気なようだが、固有職の有無で参加者を分ける必要とかもありそうだし、そう簡単にはいかなさそうだなぁ。
「そうだな、その辺りも考えてみよう。……屋台や露天市場のようなものも考えているし、あまりそれにばかり注力してはいられないが」
「屋台と言うと、食べ物がメインだよね? そんなに食料に余裕があったかな」
俺の言葉に反応して、リカルドが首を傾げた。
「神殿に備蓄していた食糧のうち、そこまで長持ちしない奴を中心に提供するよ」
「いいのかい?」
驚くリカルドに黙って頷く。戦争に備えて蓄えた食糧ではあるが、永久にもつわけではない。それなら、こういう大義名分がある時に使ってしまうほうがいいだろう。
「それに、メンバーを募ってシュルト大森林へ狩りに出ようとも思ってる。せっかく固有職持ちが増えたんだしな」
「そうか、成果を期待しているよ」
リカルドは笑顔を見せる。食糧が余分に供給されると聞いて、嫌がる辺境民はいない。食糧が貴重であることに変わりはないが、たまには贅沢をしてもいいだろう。ガス抜きは必要だし、その免罪符もまた祭りの効能だ。
いくつかの簡単な打ち合わせを終えると、俺は村長邸を後にした。
◆◆◆
村長邸からの帰り道。別件で出かける予定があるということで、俺たちはリカルドと共に村の中を歩いていた。
「それじゃ、リカルドは剣術の部があれば出場するつもりなのか?」
「これでも剣の腕には自信があるんだよ。……もちろん、固有職持ちに勝てるとは思っていないけれどね」
その言葉を聞いて、俺は隣のクルネをちらりと見た。
「下手をすると、固有職の有無が軋轢を生みそうなんだよなぁ。それくらいなら、やらないほうがマシな気さえする」
クルシス本神殿で武芸系の大会が下火だった理由には、その辺りもあったのかもしれないな。俺だって、せっかく生まれた連帯感に水を差したくはない。
「みんな、そこは割り切っていると思うよ? 君の近くにいると感覚が麻痺しがちだけど、本来固有職持ちは雲の上の存在なんだからね」
「そういうものか……?」
「カナメは、もう少し自分の特殊性を自覚したほうがいいと思うわ」
リカルドを擁護するようにクルネが口を挟む。どうにもピンと来ないのは、やっぱり俺がこの世界の出身じゃないからだろう。
そんなことを考えた時だった。
「――帝国兵の残党だ!」
かすかな音量でしかないが、緊迫した声が耳に届いた。常人より身体感覚が優れているクルネの反応からすると、空耳ではなかったらしい。
声が聞こえてきたほうを振り向けば、そこには声を張り上げた男と四人の帝国兵、そして兵士たちに羽交い絞めにされた女性の姿があった。
「まだ残党がいたのか……」
リカルドは険しい表情で呟く。戦争後、帝国軍は約束通り辺境から撤退した。だが、中には途中ではぐれた者や脱走した者もいたようで、たまにこうして騒ぎになっていた。
「ねえ、カナメ。どうする?」
「よくやるパターンでいこう。俺が正面から話しかけて気を引くから、適当に無力化してくれ」
そして、この手の事態に出くわしたのも初めてではない。
「分かったわ」
そう頷き合うなり、俺は彼らへ向かって歩き出す。だが……。
「カナメ、ちょっと待って」
突然、クルネが俺の腕を掴んだ。どうしたんだと言いかけて、俺は彼女の視線を追う。すると、何かが俺の視界を通過した。
「……大の男が四人がかりで女性を羽交い絞めにするとは、感心できない話だ」
その特徴的な声は、帝国兵たちの中心から聞こえてきた。
捕らわれていた女性を片手で支え、兵士の一人に剣を突き付けている女騎士。彼女こそは、王国教会が誇る『聖騎士』メルティナだった。
「いつの間に……!」
「なんだお前は!?」
帝国兵は口々に声を上げる。そのうちの一人が剣を抜こうとしたが、次の瞬間には地面に倒れ伏していた。
驚愕の表情を浮かべた彼らに、彼女は凛とした声で告げる。
「私は王国教会の『聖女』メルティナ。『聖騎士』と呼ばれることも多い」
残る三人の表情が青ざめる。この大陸の上級職の中で最も名前が売れているだけあって、その勇名は帝国にも伝わっていたらしい。彼らの一人が必死の形相で声を上げる。
「そんなわけがあるか! なんで王国教会の『聖女』がこんなところにいるんだ!」
「辺境で起きた此度の戦争については、バルナーク大司教も心を痛めておられる。そのため、戦争被害者を救済するべく私たちが派遣されたのだ」
彼女の言葉に異を唱える者はいなかった。それは言葉の内容云々ではなく、彼女の圧倒的な存在感のせいかもしれない。
しかも、彼女は彼らの目に見えぬ速度で現れ、気付かない間に仲間を昏倒させてのけたのだ。三人からは、もはや戦意の欠片も感じられなかった。
「それで、貴公らは何をしようとしていたのだ? はた目からは、女性を人質にして何かの要求を通そうとしていたように見えたが」
その言葉に兵士たちの身体が震える。それで大体のところを察したのか、メルティナは小さく溜息をついた。
「その装備、メルハイム帝国のものだな? となれば……」
「『聖女』様、ありがとうございました。よろしければ、彼らの捕縛は私たちに任せてもらえませんか?」
と、メルティナに声をかけたのはリカルドだった。
「む……それは構わぬが、貴公は?」
「申し遅れました、ルノール村で村長補佐を務めているリカルドと申します」
そんなやり取りをしている間に、俺とクルネで帝国兵を縛り上げていく。すっかり諦めモードになったのか、彼らに抵抗する様子はなかった。
やがて駆け付けた自警団によって、彼らはあっさり連行されていく。
「『聖女』様、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
そんな四人の後ろ姿を見送った後、リカルドは爽やかな笑顔を浮かべた。人によっては気後れするほどの美貌を持つ『聖騎士』メルティナだが、その辺りはさすがリカルドと言ったところだろうか。
だが、その表情が崩れるまでに時間はかからなかった。
「カナメ君……お久しぶりです……!」
いつの間に近づいていたのか、同伴者がちょこんと顔を覗かせたのだ。ウェーブのかかった金髪が揺れる。
「ミュスカ、久しぶり」
手を上げて挨拶すると、彼女が満面の笑顔を返してくれる。王都では見慣れた顔だけど、辺境で顔を合わせるのは変な気分だな。
そんなことを考えていると、隣から変な音が聞こえてきた。
「みゅ、ミュ、ミュす……」
「……リカルド、大丈夫か?」
さすがに不安になった俺は、隣でわなわなと身体を震わせているリカルドに声をかける。いつも流れるような弁舌なだけに珍しい光景だ。
俺の声につられたのか、ミュスカが小首をかしげながらリカルドを見つめる。リカルドが直立不動になるのがはた目でも分かった。
「ミュ……『聖女』様、覚えておいででしょうか。去年の帝国‐王国間戦争の折に助けて頂いたリカルドと申します。貴女のおかげで、私は生きる意味を見出したのです……!」
だが、リカルドはやっぱりリカルドだった。若干ポンコツになっているような気はするが、土壇場で喋れるようになったらしい。……なんだろう、ほっとしたような残念なような不思議な気分だな。
「あの……ええと……」
残念なことに、ミュスカの記憶には残っていないようだった。まあ、彼女は数えきれないほどの人々に治癒魔法を使ってきたんだろうし、覚えていなくても仕方がない。
それはリカルドも分かっているようで、ショックを受けた様子ながらも、その笑顔を崩すことはなかった。
「分かっています、私は『聖女』様に救済された名もなき一人に過ぎません。……ですが、せっかくの機会ですので、どうか名乗らせてほしい。
私はこのルノール村で村長補佐を務めているリカルド・ゼノ・クローディアと申します。……ミュスカさん、もし私でお役に立てることがあるようなら、なんでも仰ってください!」
「あの、ありがとうございます……?」
だんだん熱がこもってきたリカルドの言葉に、戸惑いながらもミュスカが返事をする。なんだか疑問形になっていたとはいえ、咄嗟に言葉が出てくるようになるなんて、ミュスカも成長したなぁ……。
と、そんなことをほのぼの考えていたのだが、それではすまない人物がいた。
「クローディア……? リカルド殿、失礼を承知でお伺いしたい。貴公は王族、もしくは王族ゆかりの貴族なのか?」
「え……?」
メルティナの問いかけに、ミュスカが目を丸くして驚く。
「ご指摘の通り、王族ではあります。ただ、継承順位はお察しください」
リカルドも今更ごまかすつもりはないようで、正直に答えていた。そんな彼に対して、メルティナはきまり悪そうに頭を下げる。
「……不躾な質問をしてすまなかった」
どうやら、メルティナも継承権が低い王子の不遇ぶりを知っているようだった。だがその一方で、ミュスカのほうはさっぱり事情を知らないらしく、不安そうな表情を浮かべている。そんなミュスカを放置するのも気が引けるし、彼女に安心材料を提供しておこう。
「ミュスカ、大丈夫だ。たしかにリカルドの肩書は第十二王子だけど、変な貴族のように理不尽なことを言う奴じゃないし、そもそもそんな権力もないから」
「……カナメ、身も蓋もないフォローをありがとう」
リカルドが苦笑いを浮かべる。だが、その瞳にまぎれもない感謝の色が浮かんでいるのもまた事実だった。
俺たちのやり取りを耳にして、ミュスカが口を開く。
「カナメ君の、お友達ですか?」
「まあ、そうだな。神学校へ入る前からの付き合いだ」
そう答えると、ミュスカはほっとした表情を浮かべて、次いで笑顔を見せる。
「それなら、安心です……。リカルドさん、よろしくお願いします」
「おぉ……!」
返答にしてはなんだか妙だが、本人が幸せそうだからいいか。複雑な気分でリカルドを観察していると、メルティナが俺に近づいてきた。
「カナメ殿、久しいな。アステリオス枢機卿の告発以来だったか?」
「そうですね。まさか貴女と辺境でお会いする日が来るとは、思ってもみませんでした」
「縁とは不思議なものだ。……しかし、丁度よかった。よければ私たちをクルシス神殿へ連れて行ってもらえないだろうか」
「神殿にですか? もちろん構いませんが……」
なんだろう、喧嘩でも売られるんだろうか。道場破りのような光景を想像していると、メルティナが苦笑をもらした。
「この辺境に存在している宗派施設はクルシス神殿のみだ。ならば、統督教の同志として挨拶くらいはするのが筋というもの。神殿長はおいでだろうか?」
「ええと……私ですが」
「……なに?」
予想外の展開だったのだろう。メルティナが目をぱちくりさせる。
「申し遅れました。クルシス神殿ルノール分神殿にて神殿長代理を務めておりますカナメ・モリモトと申します。
この度は、戦争被害者の救済のためにはるばるこの地までお出でくださったとのこと。この地の統督教の代表として、そして辺境の民の一人として心より感謝申し上げます」
そう口上を述べると、俺は静かに頭を下げる。呆気に取られた『聖騎士』の顔はなかなか見物だった。
「そう言えば、ミュスカがそんなことを言っていた記憶がある。あの時は聞き違いだと思っていたが……これは失礼した」
「いえ、お気になさらず。ところで、辺境へいらっしゃったのはお二人だけですか?」
「まずは私たちだけが先行した。おって数名が到着するはずだが、まだ先の話になるだろう」
その言葉に黙って頷く。……けどそうか、他にも来るのか。彼女たち二人は信用できるからいいんだけど、他の面子はどうだろうな。そんなことを考えながら、俺は気になっていたことを尋ねた。
「……そう言えば、随分と早い到着でしたね。戦争が終結してから、そう経っていないと思うのですが」
「此度の戦で辺境が深刻な被害を被ることは明らかだったため、私たちは事前にリビエールの街で待機していたのだ」
なるほど、それならこの早さにも納得できるか。巨大怪鳥便みたいな特殊な移動手段でもあるのかと思った。
「――私たちはしばらくの間、この村を拠点にして救済活動を行うつもりだ。よろしく頼む」
「わたしも、よろしくお願いします……」
「こちらこそ、よろしくお願いします。できる範囲でご協力させて頂きますよ」
「それは助かる。その言葉に甘えて、まず村の主要な施設の位置を教えてもらいたいのだが――」
こうしてしばらくの間、ルノール村に『聖女』が常駐することになったのだった。