後始末
【転職屋店主 カナメ・モリモト】
環境的な面でいうなら、それは惨状としか表現できないレベルだった。
周囲の木々はなぎ倒され、地竜の頭部目がけて突き立った光柱は、恐ろしく深いクレーターを発生させていた。
地形が変わったといっても言い過ぎではないだろう。
「うわぁ……」
自分のやらかした事とはいえ、声に出さずにはいられなかった。天災と評される上位竜を倒せたのはいいが、ここまで森を破壊してしまうと罪悪感を感じてしまう。
「カナメ兄ちゃんすっげえな! なんだったんだ、あれ!?」
そんな俺の気分など分かるはずもなく、ジークフリートが至って当然の疑問をぶつけてくる。
「それは私も聞きたいな」
ジークフリートの言葉に重ねるように、ラウルスさんもこっちへ寄ってくる。というか、みんなが俺に注目している。
……ひょっとしてあれかな。『最初からあの特技使っとけよボケ!』みたいに思われてるんだろうか。そうだったら嫌だし、ちゃんと説明しておいたほうがいいだろう。
ジークフリートが頑張ってくれたらしく、ラウルスさんの怪我は中傷レベルまで回復していた。そのラウルスさんに向き直って、俺は口を開いた。
「……みんなも知っての通り、俺には人を転職させる力がある」
その言葉にみんなが頷く。
「で、その力を使って、俺自身を転職させたんだ」
そこまでは薄々予想していたのだろう。皆の表情に驚きの色はなかった。
「ただし、転職した状態を保てるのは十秒だけだ。しかも、一度自分を転職させると、そのあと半日くらいは転職の力そのものが使えなくなる」
原理はよく分からないが、転職して他の固有職に切り替わると、そもそも転職を成立させた力の根源がなくなってしまうため、完全に固有職が定着する前に解除されてしまうのではないか、そう俺は考えていた。
「じゃあ、今のカナメ兄ちゃんに頼んでも転職できないのか?」
「そういうことだな」
「……なるほどね。十秒しか固有職を宿していられないんだったら、あんなぎりぎりのタイミングで動いたことにも納得がいくね」
ジークフリートに続いて、エリンが口を開いた。……あぶなかった。やっぱり『なんでもっと早くやらなかったんだ!』って思われてたんだろうな。
「クルネさんはご存じでしたの?」
「はい、私は知っていました。けど、あんな強力な固有職に転職できたなんて……」
「そうそう、それ! カナメ兄ちゃん、いったい何の固有職に変わったんだ!?」
アデリーナとクルネの会話を聞いていたジークフリートが、そのまま俺に疑問をぶつけてくる。
「うーん……。俺はステータスプレートを持っていないからなぁ。感覚的なものしか分からないんだけど、あの地竜とちょっと似た雰囲気を感じた」
「それってどういうこと?」
クルネが小首を傾げる。見れば、他のみんなも似たような表情だ。
「このせか――大陸でどう呼ばれているのか知らないけど、多分あの固有職は竜騎士なんじゃないかな。頭に浮かんだ特技名が竜砕きだったし」
それが俺の結論だった。
実を言えば、俺は他にも結構色々な種類の固有職に転職できる。
ただ、感覚的なものだけではよく分からないため、実際にその固有職が何なのかは、獲得した特技から判断するしかないのだ。
まあ、今回は地竜と対面したことで、竜騎士だって確信できたんだけどね。
「竜騎士!?」
あれ、なんだか皆の反応がおかしい。
「カナメ殿、竜騎士は固有職の中でも上級職に分類される非常に希少な固有職だぞ」
「え……?」
「竜騎士なんて、英雄譚でしか聞いたことないぜ……」
いつもなら目を輝かせそうなジークフリートでさえ、少し引き気味だ。なんでだよ。
「だけど、十秒だけじゃね……」
「たしかに、どれだけ強大な力があったとしても、十秒ではな……」
なんともしらけた空気が漂う。なんせ、不意打ちに対しては何の役にも立たないし、乱戦や長期戦にも使えない。戦闘開始直後に一撃入れるのが精いっぱいだ。
「やっぱり護衛は必要よね」
クルネだけが何故か嬉しそうだ。失業の危機を回避できたから……ということはないか。本来なら引く手数多だし。
「ところでカナメさん、私からも一つお伺いしたいのですけれど……」
「なにを?」
「森に漂っていた変な魔力が消滅していますけれど、これも貴方がやったことですの?」
おいマジか。たしかに一撃を入れる前に世界から力を集めたような覚えがあるけど、それなんだろうか。もしそうなら、期せずしてシュルト大森林の問題を二つとも解決したことになるんだが。
俺がそう説明すると、ラウルスさんは得心した様子で腕組みを解いた。
「あの破壊力だ。いくら上級職とはいえ、その特技一つで天災とも称される上位竜を倒せるとは考えにくい。
たしかに、森に満ちていた膨大な魔力を消費して攻撃を繰り出したと考える方が納得できるな」
その言葉には説得力があった。たしかに、いくら希少固有職とはいえ、個人の一撃で倒せるようなら、天災扱いなんてされるはずがない。
そう考えると、周囲に変な魔力が満ちていたのはむしろ天の助けだったんだな。……なんだか複雑な気分だ。
「なあなあ、カナメ兄ちゃん、もしかして今もその力を集めるやつできるのか?」
複雑な気分に浸っていると、ジークフリートがいつものノリで聞いてきた。ジークフリートは本当に特技の話が好きだな。
「そんな訳ないだろう」
俺は笑いながらそう言うと、試しに世界の力を集めようとしてみる。すると、世界に接続されるような感覚が甦り、前ほどではないが微弱な力が集まり始める――。
「――って、なんでだよ!」
びっくりした。この能力まだ使えるぞ。ということは、これは個人の特技なのか。
ただ、同時に残念なことも分かった。この集めた力、前は竜砕きの威力に変換してたから問題なかったけど、今は使う方法がない。
それどころか、だんだん気持ち悪くなってくる始末だ。この感覚、乗り物酔いしてた頃を思い出すな……。
「あーあ、せっかくの特技なのに勿体ないな」
俺の様子を見て、ジークフリートが心底勿体なさそうな顔をした。ほっといてくれ。
「さて、いつまでもこうしてる訳にもいかないな。みんな、村へ帰るだけの体力は回復したか?」
原因を取り除いたとはいえ、ここが元々危険なモンスターの巣窟であることに変わりはない。俺は、特に重傷だったクルネとラウルスさんを見た。
「うん、私はもう大丈夫」
そう言って、クルネは手足を動かしてみせた。地竜の攻撃を受けた時はラウルスさんより重傷だったらしいが、その分ジークフリートが治癒を連発したため、途中で魔力が尽きて回復が中途半端になったラウルスさんよりも元気になったようだ。
……あの時、俺の能力が十秒しか保たないって知ってたのクルネだけだったからな。もしジークフリートが先にラウルスさんを治療してたら、俺はたぶん墜落死していたはずだ。
そう思うと、今更ながら心臓がきゅっとなる。
「私は完全に回復したとは言えないが、防御に徹すれば充分やっていけるだろう」
もう少し休んでいてもいいのだが、おそらく日が暮れてしまう。そうなると一気に危険が増すのは明らかだった。それを理解しているのだろう、ラウルスさんの声にためらいはなかった。
「カナメ、ちょっといいかい」
みんなが村へ帰るべく準備を始めた時に、エリンが声をかけてきた。他のみんなにも聞こえるようにだろう、普段より大きめの声で話し始める。
「この地竜の死骸をどうするつもりだい?」
「え? ひょっとして、不法投棄になったりする?」
おっと。つい、日本の感覚で返事してしまった。エリンの表情を見れば、こいつは何を言ってるんだといわんばかりだ。
「これだけの竜の素材だ。おそらく、物凄い金額になるはずだよ。……まあ、買い手がつけばの話だけど」
おお、そういうことか。倒しただけで満足して、さっぱりその辺のことを考えていなかった。さすがはエリン、狩人歴が長いだけのことはある。
「こういう時は、モンスターの身体のどこかにタグを埋めておくんだ。行きがけの銀毛狼の素材なんかはできるだけ回収してきたけど、さすがにこんな巨大な竜はね……」
エリンは苦笑を浮かべた。
なるほど。彼女とラウルスさんの背負い袋がどんどん巨大化していたのには、そういう理由があったのか。
「エリン、その辺りは任せてしまっていいかな。正直な話、こういう時にどうすればいいのか、皆目見当がつかない」
「分かった」
言うなり、エリンは地竜の身体に近づいていき、懐から取り出した木の板のようなものを、鱗の隙間へ見えなくなるまで差し込んだ。
ラウルスさんの説明によれば、あの木の板は一種の魔道具であり、使用した瞬間から色が変わり始めるらしい。複数のタグがモンスターについている場合は、その色を見て一番乗りを見つけるという仕組みだ。
と、そんな説明を受けている間にエリンが戻ってきた。さすが本職、仕事が早い。
「よし、村へ帰ろう」
今度こそ、俺たちはルノール村へ帰還した。
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【弓使い エリン・ツェノワ】
エリンは呆れていた。
彼女の眼下に見えるのは、天災とすら呼ばれる地竜の死骸だ。何度か村とこの場所を往復したおかげで、もう素材として使えそうな箇所はほとんど残っていない。
だが、それでも全長三十メートルにわたるモンスターの身体ともなれば、かなりの質量がそこに残されていた。
「どうやったらこんな巨大な怪物を倒せるんだか……」
一人呟くエリンに、狩人仲間が話しかけてくる。
「エリン、残りはどうする? 埋めるのは重労働だし、燃やすか?」
「そうだね、燃やしてしまおうよ。……誰かさんがクレーターを作ってくれたおかげで、延焼する心配もないし」
元々、生木はそう簡単に燃えるものではない。だが、質量と竜という特殊性を考えると、用心するにこしたことはなかった。
「エリン、回収班はもう撤収できるぞ」
「師匠、ありがとうございます。これから残りを燃やしますので、それが終わったらみんなで村へ戻ろうと思います」
エリンの言葉に、師匠と呼ばれた老齢の男は静かに頷いた。エリンとしては、こういった陣頭指揮は師匠に任せてしまいたいところだが、狩人業界の暗黙のルールとして、『とどめをさした狩人が回収の指揮を取る』というものがある。
もちろん大物を仕留めた時だけしか適用されないルールだが、その慣習に従ってエリンは矢継ぎ早に指示を出していた。
実際にとどめをさしたのはカナメだが、狩人でない彼に回収の陣頭指揮をさせるわけにもいかず、不本意ながらエリンが指揮を取ることになったのだ。
少なくとも、同じパーティーで戦っていたエリンの指揮に文句をいうものはいなかった。
「……何度見ても恐ろしい光景よのぅ」
「まったくです」
師の呟きにエリンは心から同意する。そもそも、あそこでカナメがいなかったら、転職のタイミングを間違えたら、森に魔力が満ちていなかったら、どれかが欠けただけで、彼女たちは全滅していたのだ。天災の二つ名は伊達ではなかった。
「だがお主は共に戦い、そして生き残ったのだろう? それだけでも、胸を張って陣頭指揮をとる資格は充分ある」
師の言葉は、エリンの心を読んだかのようだった。
「……しかし、そのカナメという男、もはや平穏な人生は送れんじゃろうな」
「そうですか? ルノール村の人々は、今回の一件以来カナメに好意的だと思いますが」
かつては雑貨屋の娘を誑かした男、などと陰口を叩かれていたが、今やそんな事を表立って口にするものはいなかった。
「問題はルノール村にあるのでもなければ、辺境にあるわけでもない。……その外じゃよ」
遠い目をして語る師の姿に、エリンは漠然とした不安を覚えた。