捜索
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「ラウルスさんが行方不明……!?」
フォレノ村長の言葉は、にわかには信じがたいものだった。ラウルスさんは転職前から数えきれないほど多くの魔物と戦い、村を守り抜いてきた。モンスターとの戦闘回数は、大陸随一と言っても差し支えないはずだ。
そんなラウルスさんが固有職を得たのだ。並大抵のことでは傷一つつけられることはないだろう。……そう思っていた。
「五日前にアリエト村の救援へ向かったきり、家にも帰って来ていないらしい」
五日前と言うと、ちょうどこの神殿を開いた日だな。そうだ、ラウルスさんにも開殿に立ち会ってもらうはずだったのに、救援を求める狼煙が上がってキャンセルになったんだっけ。
辺境の村々が緊急連絡を行う場合には、基本的に狼煙を使っている。そして、その緊急度や危険度に応じて煙の色に違いがあるのだが、その狼煙の中に一つだけ、ラウルスさん専用の狼煙というものが存在する。
辺境の村が救援を求める狼煙を上げた時、ラウルスさんがすぐ駆けつけられる状況であれば、その専用の狼煙を上げる。
その狼煙が確認できれば、救援の必要な村はすぐに『辺境の守護者』が来てくれると戦意を保てるし、近隣の村は貴重な防衛戦力を派遣する必要がなくなる。そうやって、辺境は防衛戦力のやりくりをしていたのだ。
そして、その専用の狼煙が上がっているのをクルネが目撃した以上、ラウルスさんがアリエト村とやらの救援に向かったことはほぼ間違いなかった。
「アリエト村の人たちはどう言ってるんですか?」
「狼煙で会話することはできんからな。あの村は辺境の中央部……つまり、このルノール村の少し北に位置する村だ。もし失踪当日にトールス村から使者を出したとしても、今頃ようやくアリエト村に到着するかどうか、といった頃合いだろう」
しまった、そうだったな。伝書鳩はトールス村とルノール村を往復することしかできないし、他の連絡手段は狼煙を上げるか、実際に人をやるかの二択だ。
つまり、ラウルスさんの足取りを追うためには、アリエト村へ向かうしかない。
「じゃあ、すぐ確認しに行かなきゃ!」
「クルネちゃん、ちょっと待ってもらえるかい?」
そう言って腰を浮かせたクルネを、フォレノさんが制止する。
「その前に、一つ約束してほしいことがある。……この件を無闇に口外しないこと。特に信用できる人間以外には気取られないように。いいかい?」
「どうして? ラウルスさんが危険な状態かもしれないのよ? 村のみんなで探したほうがいいじゃない」
クルネの主張はもっともだった。だが、フォレノさんは首を横に振った。
「行方不明ということは、『辺境の守護者』はシュルト大森林に分け入ったはずだ。そうでなければ、アリエト村の人間が見つけてなんらかの連絡を入れるだろうからな。それこそ、うちに伝書鳩を飛ばすよう依頼しに来てもおかしくない」
「……つまり、村人を捜索にかり出しても犠牲者が増えるだけだと?」
「そういうことだ。それどころか、『辺境の守護者』の人気を考えると、自発的にシュルト大森林に向かう者が大勢現れるだろう。それは避けなければならない。……それに――」
そこで、フォレノ村長が何事かを言いよどんだ。その様子から次の言葉を察した俺は、彼の代わりに口を開くことにした。
「『辺境の守護者』が行方不明という噂が広まれば、辺境全体が混乱しますからね。いや、下手をすると恐慌に陥るかもしれません。そのためにも、ラウルスさんのことは伏せておくべきだと、そういうことですか?」
「……ああ、その通りだよ」
俺の言葉を聞いて、フォレノさんはほっとした表情を浮かべた。言ってしまえば、これは政治的な判断だ。そういったことが好きではない辺境の人にとっては、自分から切り出したい話題ではないのだろう。
「そんな……!」
「ラウルスさんは、モンスターの襲撃という物理的な脅威からみんなを守っているだけじゃない。『辺境の守護者』がいれば大丈夫だという安心感を与えることで、辺境の精神的な支柱になっているんだ」
そのため、ラウルスさんが無事に救出されたとしても、事が公になれば『モンスターに敗れることもある辺境の守護者』となってしまい、人々を精神的な側面で支えることができなくなってしまう。
そうなれば、安全を求めて移住してきた人々の精神状態が不安定になることは間違いないし、治安の悪化にも繋がっていく。非常にまずい話だった。
俺の説明を聞いても、クルネは納得がいかないようだった。それはそうだろう。俺だってその考え方を全面的に支持したいわけじゃない。
そもそも、それでラウルスさんを失ってしまっては本末転倒にも程がある。正直に言えば、俺だって全ての辺境民をかり出して大捜索を行いたいくらいだ。
とは言え、シュルト大森林に一般人が入り込んだところで、死傷者が増える未来しか見えないのもまた事実。となれば固有職持ちで捜索するしかないだろう。
「現時点で、この話を知っているのは誰ですか?」
「君たちだけだ。もちろん、村の主立った数人にも伝えておくつもりだが」
その言葉を聞いて俺は驚いた。自分で言うのもなんだが、辺境のトップシークレットを真っ先に俺に教えてもいいものだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、フォレノさんは手紙のとある箇所を指差して言葉を続ける。
「まずカナメ君にこの話を持ってきたのは、それが彼らの意思だからだよ。どうやら『辺境の守護者』は、自分に何かあった時にはカナメ君を頼るよう、普段から言い残していたらしい」
その事実に再度驚いた俺だが、よく考えれば不思議なことではなかった。ラウルスさんの手に負えないような事態が発生した場合、それに対処できるのはルノール村の戦力だけだろう。
しかも職業柄と言うべきか、俺の周りには固有職持ちが多い。そう考えればラウルスさんの指示は合理的だった。
俺は考えをまとめると口を開く。
「クルネ。しばらく俺の護衛はいいから、アリエト村へ行ってくれ。それから……フォレノさん、ミルティとウォルフにも同行してもらいたいのですが、構いませんよね?」
本当ならジークフリートとエリンも連れて行きたいところだが、ラウルスさんがいない今、全ての固有職持ちをルノール村から引きはがすわけにはいかなかった。
それに、あの二人は辺境全体における有名人だ。迂闊に動くと注目を集める可能性が大きい。
その点、ミルティとウォルフは固有職持ちだが顔が売れていない。特にウォルフは盗賊ということもあり、こういった場面で役に立つ可能性は高かった。
「それと、元カルシャ村の二人にも手伝ってもらう」
剣士のオネスティさんと弓使いのエメローナさんの二人も、動きやすいという意味では同じだ。それにこう言ってしまうのはなんだが、彼らが俺の頼みを断ることはないだろうしな。
「うん、分かった!」
俺が本気でラウルスさんを捜索するつもりだと分かったからか、クルネは嬉しそうに頷くと、再び腰を浮かせた。
「クルネ、今挙げた四人をすぐに集めてもらえるか? それから、必要な装備や道具を揃えておいてほしい」
クルネにそう依頼すると、俺は辺境の地図を取り出した。
地図で見た感じでは、アリエト村までは徒歩で一日といったところだろう。固有職持ちの彼女たちなら、もっと早く到着できるはずだ。
「……カナメ君、まさか君も行くのかね?」
地図を見ている俺に向かって、フォレノさんが問いかけてくる。その問いかけに対して、俺は首を横に振って答える。
「私は固有職持ちじゃありませんからね。私のせいで移動速度が落ちてしまっては本末転倒です」
俺のフォローをしている暇があったら、少しでも捜索範囲を広げたほうがいい。それに、神殿を留守にするのもちょっと厳しい状況だしな。まずは、今ここでできることを考えよう。
そう結論付けると、俺は再び地図に視線を落とした。
◆◆◆
「――以上が、今回の捜索の概要です」
「そんな、『辺境の守護者』が……」
俺の説明を聞いて、真っ先に反応したのは盗賊のウォルフだった。その感想は全員に共通していたようで、誰もが信じられない、といった表情を浮かべていた。
「一体、どんな恐ろしいモンスターが出現したのでしょうね……」
そんな中で口を開いたのは、元カルシャ村のオネスティさんだ。この場にいるメンバーの中では最年長ということもあってか、比較的冷静であるように思える。
「あくまで推測ですが、ラウルスさんはA級モンスターを単独で討伐できる実力があるはずです。もちろん相性もありますし、入念な下準備や鷲獅子の機動力を計算に入れての話ですが。
それが行方不明ということは、A級モンスターが群れで現れたのか、それともS級……竜クラスが出現したのか……。ただ、もしそんなことになっていれば、このルノール村を含め、近隣の村も無事ではすまない気がするんですよね」
もちろん、ラウルスさんと相打ちになった可能性もあるが……あまり考えたくない話だな。そんな説明をすると、四人の表情が真剣なものへと変わった。
「もし危険なモンスターの存在を察知したら、絶対に手を出さないこと。その時はジークフリートやエリン、アデリーナといったメンバーを集めます。情報を持ち帰ることを優先してください」
その言葉に、場にいた全員が頷く。誰も捜索隊から外れると言い出さなかったことに安堵しながら、俺は細かい打ち合わせを始めた。
「まず捜索隊の編成ですが、効率を重視して二組に分けます。クルネとウォルフで一組、ミルティとオネスティさん、エメローナさんでもう一組と考えています」
「異論はないけれど、その組み合わせには何か理由があるの?」
そう尋ねてきたのはミルティだ。気心の知れているクルネと組むものだと思っていたのか、不思議そうな表情を浮かべている。
「まず、ラウルスさんの捜索が目的であることから、固有職補正で探知能力が大幅に引き上げられている盗賊のウォルフと弓使いのエメローナさんは別々の組に入れる必要がある」
もちろん、剣士のクルネやオネスティさんも五感は鋭くなっているが、それでも盗賊や弓使いほどではない。となれば、これは最優先事項だった。
「エメローナさんは元々オネスティさんと組んで戦っていたのだから、そのまま運用するべきだと思う。ただし、二人とも辺境へ移住してきて日が浅いから、あまりシュルト大森林には詳しくない。それに、オネスティさんは半年前、エメローナさんに至っては転職してからまだ数日しか経っていない」
その言葉を聞いて、エメローナさんが深く頷いた。聞きようによっては責められていると取られかねない内容だが、彼女が気分を害した様子はない。それを確認して、俺は言葉を続ける。
「だから、十年ぶりに帰ってきたとは言え、シュルト大森林の知識を持っていて、なおかつ多彩な魔法を使えるミルティと一緒のほうがいいと思うんだ。身体能力強化を使えば、ミルティが道中で後れを取ることもないだろうし」
そう説明すると、ミルティは納得したようだった。
「そしてもう片方のクルネとウォルフのチームだが、たしかに人数的には少ない。だが、クルネもウォルフも気配隠しが使えるし、そうそうモンスターとやり合うことはないと思う」
それに、盗賊のウォルフはもちろんのこと、クルネもスピード重視型の剣士だからな。最悪、全力で逃走すればなんとかなるはずだ。
「そうですか……」
なおも不安そうな表情を見せたのはウォルフだ。他の四人と違って、彼にはあまり戦闘経験がない。そのため不安も大きいのだろう。
「ウォルフ、大丈夫だ。クルネはシュルト大森林をよく知っているし、普通の固有職持ちより遥かに強いからな」
彼を安心させるために、俺は自信満々の口調で言い切った。その言葉につられてウォルフがクルネを見る。彼の不安そうな視線を受けて、彼女は頼もしげに頷いた。
いつもなら「お、おだてても何も出ないわよ!」と照れながらそっぽを向くところだが、俺の意図を理解してくれているのだろう。
そんなクルネの態度を見て、ウォルフは明らかにほっとした様子だった。
「そうですね、神殿騎士様がいれば大丈夫ですよね!」
「……ん?」
と、ウォルフが何気なく口にした言葉を聞いて、俺は首を傾げた。同じように、クルネとミルティが不思議そうな表情を浮かべているのが目に入る。
逆に、オネスティさんとエメローナさんはなんの違和感も抱いていないようだが……。
「ウォルフ、神殿騎士ってなんのことだ?」
「はい?」
それはまったく予期していなかった質問だったのだろう。ウォルフは答える代わりに目をぱちくりさせた。だが、会話の流れと彼の視線からすると、可能性は一つしかなかった。
「わ、私……?」
さすがに、今度はクルネも平静を保てなかったようだ。というかなんだ神殿騎士って。聞きようによっては聖騎士みたいな固有職名に聞こえるけど、そんな固有職に心当たりはないぞ。
「違うんですか? 昔から神子様を支えている、腕の立つ騎士様だと聞きましたけど……」
「間違っているわけじゃないが……」
昔と言ってもここ二、三年の話だし、騎士じゃなくて剣士だからなぁ。それに神殿騎士というからには、クルシス神殿がその役職を認める必要があると思うんだけど、当然ながらそんな事実はない。あくまでクルネは俺の護衛だ。
まあ、腕が立つ、という部分についてはその通りだけどさ。
不思議そうに答えるウォルフに対して、俺はなんと言ったものかと頭を悩ませる。
「私も聞きました。なんでも、『辺境の守護者』と互角の戦いをしたことがあるとか……。最初は尾鰭のついた話だと思いましたけど、赤狼犬と戦った時のクルネさんの動きを思い出せば、あり得ない話じゃないってオネスティと話していました」
すると、ウォルフを擁護するようにエメローナさんが口を開いた。彼女の隣ではオネスティさんも深く頷いている。どうやら移住民を中心に誤解が広まっているみたいだな。
「互角の戦いをしていたって、ひょっとしてラウルスさんとの模擬戦のこと……?」
「あ、それっぽいな。村の誰かが部分的にそんな話をしたんじゃないか?」
クルネの呟きに同意すると、彼女はなんとも言えない表情を浮かべた。
「もう……ラウルスさんの強さは、模擬戦なんかじゃ出てこないのに」
だが、それなら納得がいく話だ。俺が王都へ行く前の辺境では、前衛職の固有職持ちなんてほとんどいなかったから、二人はたまに模擬戦をしていたものだ。
ということは、クルネが辺境を離れてからというもの、ラウルスさんは固有職持ちと切磋琢磨する機会があまりなかっ――。
「……あ」
そこまで考えて、俺はすっかり見落としていた可能性に気が付いた。そうか、ラウルスさんは専らモンスターを相手にしていたわけで……。
「みんな、ちょっと聞いてくれ。ラウルスさんが行方不明になった原因だが……人間を相手にしていたのかもしれない」
「え?」
突然の推論に、数人から驚きの声が上がった。なぜラウルスさんを狙う人間がいるのかと、そう言わんばかりの表情だ。
だが、その可能性は決して低くないと思えた。そう言えば、以前にラウルスさんが言っていた「私に矢を射かけた人間がいる」という言葉も気になるしな。
取り越し苦労かもしれないが、その可能性を念頭に置いておかなければ、万が一の時に咄嗟に対応できないだろう。
「『辺境の守護者』を狙って得をする人と言うと、自分の名を上げたい人かしら……? けど、それじゃ同時に悪名高くなってしまうわね……」
頬に手を当ててミルティが考え込む。それを受けて、今度はオネスティさんが口を開いた。
「たまに破滅願望を持った人間もいますが、そういった人たちはそもそもこの地へ移住してこない気がしますしね……」
「うーん……」
だが、いくら考えても答えが出る気はしなかった。少なくとも辺境に住んでいる人間であれば、自分の安全を脅かすようなことはしないと思いたいのだが……。
そんな思考を頭の片隅に追いやって、クルネが実家の店で揃えたサバイバル用品や、ミルティに特別に貸し出してもらった魔法球の使い方を、それぞれ説明してもらう。
五人がアリエト村へと向かったのは、それから数刻後のことだった。
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【戦士 ラウルス・ゼムニノス】
呼吸をすると、古くて湿気た木の匂いが鼻腔に入ってくる。この小屋は一体いつ建てられたものなのだろうか。そんなことを考えながら、ラウルスは耳を澄ませた。
「――おいエルロイ、あとどれくらいで治りそうだ?」
「あと数日もすれば歩けるようにはなるさ」
「それは身体能力強化を使う前提でか?」
「決まってんだろ。俺は戦闘には出ねえから、モンスターはお前らでなんとかしろよ。……あの野郎、やってくれやがって」
「さすがは『辺境の守護者』ってこった。ま、お前が間抜けだったとも言えるがな」
「うるせえよ。お前らだってやられてたじゃねえか。戦士職だからダメージが少なかっただけだろうが」
それは、扉を隔てた向こう側にいる人物たちの会話だった。聞こえているとは思っていないのか、それとも隠すつもりがないのか。彼ら四人の会話を、ラウルスはただじっと聞いていた。
事の起こりは五日前だ。モンスターに襲われているとの救援信号を受けて、アリエト村近くの森へ向かったラウルスを待ち受けていたのはモンスターの群れだった。
だが、群れと言ってもさほど強力なモンスターは見当たらなかった。一番強い個体でもC級モンスターの棘大蛇であり、対応を誤らなければ余裕を持って対処できるレベルだ。
ただ不審に思ったのは、多種多様なモンスターが同時に姿を現したことだ。同種のモンスターが群れをなして獲物に襲いかかることは珍しくないが、異種族となるとそうはいかない。
とは言え、目の前にモンスターの混成軍がいる以上、それを放っておくわけにはいかなかった。そう判断したラウルスが、数多くのモンスターと戦闘を繰り広げている時だった。
彼の肩に、一本の矢が突き立った。それも、骨に達するほどに深く。
その事実に彼は驚愕した。いくら不意をつかれたとは言え、戦士の彼に矢で深手を負わせるのは非常に難しい。
特にラウルスは金属製の肩当てを装備しており、その守りと彼自身の防御力を貫いたということは、高確率で相手は弓使いの固有職持ちということだ。
しかも丁寧なことに、矢には何かの毒が塗られていたようで、矢傷を受けた肩を中心に妙な痺れが広がっていく。そして、動きが鈍ったラウルスの前に現れたのは四人の男だった。
四人が敵だと悟ったラウルスは、今までの戦闘経験と特技を駆使して彼らに反撃を行い、それなりの被害を与えたが、それでも多勢に無勢だ。
しかも、彼らは対人戦闘に慣れているようで、モンスターとの戦闘で経験を積んできたラウルスにとっては非常にやりにくい相手だった。
その結果、ラウルスと鷲獅子は捕縛され、こうして森の中にある小屋に監禁されていた。
「くそっ……奴を生け捕りにする必要がなけりゃ、今すぐ殺してやるものを」
「分かっているだろうが、やめておけよ? あいつは友誼の品としてお偉いさんに差し出すと仰っていただろう?」
「言われるまでもねえ。……邪魔者を消すどころか手懐けようとは、酔狂な奴がいるもんだぜ」
「酔狂な奴でも、沈んだ船よりはマシってことだろう」
「そんなことより、補給はまだなのか? いい加減酒がなくなっちまうぜ」
「知るかよ。……ちょうどいい、お前は断酒したらどうだ?」
「ふん、こんな不便な森の中に籠ってるんだ。酒くらい飲ませろよ」
身体を貫く痛みに耐えながら、ラウルスは彼らの会話を一字一句頭に刻みつけた。意味は分からないが、覚えておいて損はないはずだ。
だが、とラウルスは考え込んだ。いつまでこの状況が続くかは分からない。彼らとて、いつまでもこの小屋に籠っているわけではないだろう。
ラウルスの反撃によって魔術師は足に深手を負っており、他のメンバーにもそれなりに手傷は負わせている。
しかし、それで稼げる時間はよくてあと数日といったところだ。満身創痍で、両足を縛られている今の状態で、どれほどのことができるだろう。
アリエト村の人々は無事だろうか。トールス村の妻や子供、自警団のメンバーも心配していることだろう。そう考えると、焦燥感がラウルスを苛んだ。
なんとかして脱出しなければ――。そんな思いを胸に、ラウルスは彼らの様子を窺い続けた。