石切り
【クルシス神殿助祭 カナメ・モリモト】
「なあ、カナメ助祭。こっちでの用事はそろそろ終わりそうか?」
アルバート司祭がそう尋ねてきたのは、辺境に到着してから五日目の朝だった。朝食として出された、歯ごたえ抜群のパンをガリッゴリッと咀嚼していた俺は、水でパンを流し込みながら頷く。
「そうですね……。欲を言えばキリがありませんが、最低限するべきことはやったと思います」
ルノール村での対人交渉はすでに終了しており、神殿予定地の近隣の住民に対しても挨拶はすませた。意外にも、みんな俺のことを覚えていてくれたようで、そこまで胡乱な顔をされずにすんだのは幸いだった。
隣で、ルノール村民であるクルネがにこにこ笑っていてくれたのも好材料だったのだろう。
また、近隣の村や、転職希望者が辺境へ入ってきた時に通りそうなルート上にある村なんかにも、一応挨拶はしてきた。
どちらかと言うと、人の行き来が増えることよりも神殿の建立で仕事が増えることを歓迎されている気がしたが、それも現状を考えれば当然のことだった。
「それじゃ、明日出発くらいにしとくか? 里帰りしているクルネの嬢ちゃんたちには悪いが、巨大怪鳥便は一日当たりのレンタル料が凄まじいからな」
「そうでしょうねぇ……」
欲を言えばもっと流通面での根回しをしておきたいし、伐採した木の運搬や安全確保のための土壁の伸長にも手を出したい。宮大工を始めとした、作業員たちの宿舎の確保も万全とは言えない状態だ。
だが、いくら不定期にしたとはいえ、俺は一応王都のクルシス神殿で転職業務を預かる身だ。今の段階で、いつまでも辺境に留まっているわけにはいかなかった。
「あら、もう帰っちゃうのね。……今度カナメ君がこの村に来る時には、神殿もできているでしょうし、もううちに泊まる必要もないわよね。少し寂しいわ」
俺たちの会話を耳に挟んだのか、マルチアさんがそう話しかけてきた。すると、アルバート司祭がその言葉に反応する。
「ん? そういや、お前さんは神殿が出来たらどうするんだ? 神殿に住むのか?」
「あまり職場と家を一緒にしたくはないのですが……当面は神殿暮らしでしょうね」
なんせ辺境、特にこのルノール村では、家が足りなくて他人同士が一つの家に同居しているような状態だ。さすがに俺が家を持つのは反感を買うだろう。
「そんなに嫌そうに言うなよ……まあ、気持ちは分かるが」
「アルバート司祭だから言ったんですよ。例えば、これがオーギュスト司祭相手とかだったら、口が裂けても言いません」
「違えねえ」
そう言ってアルバート司祭は笑い声を上げた。司祭自身も本神殿から離れたところに家を持っているし、似たような考え方なのかもしれない。さすがは神官らしくない神官ランキング(クルネ作)の一位と二位だ。
そして、俺は話が途中になっていたマルチアさんに視線を戻す。
「けど、今後は嫌でも私と顔を合わせることになるんですし、ちょうどいいんじゃありませんか?」
「まあ、そうかもね。カナメ君の転職屋さんが繁盛すれば、必然的にうちも繁盛するわけだし、頑張ってちょうだい」
俺の言葉を聞いて、彼女は楽しそうに笑った。……あの、転職屋じゃなくて神殿なんですが……まあいいか。
「カナメ、アルバートさん、おはよっ!」
そんなやり取りをしていると、宿屋の扉が元気よく開かれた。そちらへ目をやれば、クルネとミルティの姿が目に入る。
「二人ともおはよう」
「カナメさん、おはよう」
挨拶と共に二人が俺たちのテーブルに座る。本来なら、宿泊も食事もしていない彼女たちが場所を取るのは好ましくないのだろうが、そこはさすが顔見知り、ボーザムさんたちは気にしていないようだった。
「カナメ、今日はどうするの?」
「それなんだが……明日、王都に帰ろうと思う」
「あ、そうなんだ」
俺の返事を聞いたクルネは、意外とあっさり答えた。唐突な話だし驚くと思っていたんだが……。そんな感想を口にすると、クルネは軽く笑う。
「だって、巨大怪鳥便ってレンタル料が凄く高いんでしょ? ずっと心配だったもの」
……ああ、クルネも気にしていたのか。具体的なレンタル料金はあえて聞いていないが、俺もずっと頭の片隅……いや、そこそこ中心に引っ掛かってたんだよねぇ。
「それに、また半年くらいで帰って来るんだし」
その言葉に俺は頷く。明日からの王都行きは、向こうを引き払うための残務処理の意味合いが強くなってくる。そのため、あまり辺境を離れるという実感はないかもしれないな。
「ミルティのほうは大丈夫か?」
「ええ、もう話はついたわ」
ミルティが辺境について来たのは、なにも俺の力添えをするためだけではない。彼女自身、王立魔法研究所の辺境支部の設立準備をするという目的を持っていた。
「ねえねえ、どこに支部の建物を作るの? ひょっとして神殿の隣とか?」
「それも考えたのだけれど、お父さ……村長が危険だから駄目だって強固に主張していて……」
ミルティの言葉に俺は納得した。俺が切り開いた場所はあくまでシュルト大森林の一部だ。あの一帯を縄張りにしていたモンスターが現れる可能性は決して低くなかった。
神殿は、それを前提とした堅固な造りで建てることになっているが、王立魔法研究所にそこまでの潤沢な予算はないだろう。
「けれど、今のところ他に空いている土地も少ないのよね。……だから、一時的に実家の離れを借りることにしたわ。あそこなら建物としてはちゃんとしているから」
ミルティの家は村長をしているだけあって、ルノール村の中では比較的大きい家屋と敷地を持っている。半ば公的な行事に使われることもあるし、当然と言えば当然か。
「そう言えば、敷地の境界線に小屋があったわよね。あれ、ミルティのとこの建物だったんだ。……けど、あの小屋って凄く小さかったような……」
さすが幼馴染だけあって、クルネはその建物に心当たりがあるらしい。
「人が生活するには狭すぎるから、住居としては使えないんだけど、仕事場だけが必要な私には問題ないもの。もし将来、支部を大きくするようなことがあれば、またその時に考えるわ」
ミルティも辺境の住宅事情には配慮しているようだった。やっぱり、周囲の反感を買わないことは大切だからなぁ。
まして、彼女の父親は村長なわけだし、人一倍配慮が求められるはずだ。……フォレノさんは愛娘のためにそれを度外視しかねないが、当事者のミルティがそれを許さないだろう。
「それじゃ、明日王都へ帰還しよう。みんな、それでいいか?」
俺の言葉に、残る三人が一斉に頷く。それを確認すると、クルネが口を開いた。
「……ところでカナメ、今日はどうするの?」
「辺境の北のほう……ラウルスさんのいるトールス村や、その一帯に挨拶に行きたいな。神殿に使う石材は、あの辺りで切り出したものを使う予定だしね」
辺境北部はゼニエル山脈に繋がっており、石の産地としては申し分ない。ラウルスさんの紹介を疑うつもりはないが、やっぱりこういうのは一度顔を出しておくべきだろう。
今日は巨大怪鳥を出動させなきゃな。最近暇そうにしていた巨大怪鳥の姿を思い出しながら、俺は身支度のために部屋へと戻った。
◆◆◆
「神殿用の石材は、この辺りから石を切り出す予定だぜ」
俺、クルネ、アルバート司祭、それにキャロ。用事があって来れなかったミルティを除く俺たち三人と一匹は、トールス村で一番の石大工だというサラエドさんから説明を受けていた。
彼が案内してくれた石切り場は、至る所に石材を切り出した跡が見られる、とても壮観なものだった。
俺たちがその様子に見入っていると、サラエドさんが誇らしげに微笑む。
「見事なものですな。そして美しい石だ」
そう答えたのはアルバート司祭だ。彼は手近なところにある石切り跡を眺めると、その切り口を手で触って確かめる。たしかに、普通の石よりもつるっとしていて、色も綺麗な白色だ。うっすらマーブル模様が見えるが、ひょっとして大理石ってやつだろうか。
けど、大理石ってそこまで硬くなかったような気がするんだけど、モンスターの襲撃時に砦になってくれるだろうか。たしかに見た目も重要ではあるけど……。
「見た目が美しい上に、やたら硬い。言い伝えでは魔力が作用しているそうでね。ま、その分切り出すのは非常に難しいんだが」
「他の石切り場の石と比べても硬いんですか?」
「もちろんだ」
なるほど、そんな凄い石があるのか。辺境に建てる神殿の石材としては申し分ないな。だが、そうなると……。
「値段も高いんですよね? 大量発注による作業の効率化を踏まえて、多少安くしてくださると嬉しいのですが……」
俺がストレートにそう持ちかけると、サラエドさんは口元を押さえてくっくっくっ、と笑い始めた。……なんだろう、図々しすぎて笑われたのかな。
「いやね、宗教関係者にしては直接的な交渉だと思ってよ。『我等が神を祀るために、ここの石を供することを許可する。光栄に思うがよい』とか言って、タダで手に入れようとするやつなんかもいたからな」
サラエドさんはそう言って遠い目をする。ここは辺境とはいえ、すぐ北にあるゼニエル山脈を越えればリビエールの街まではそう遠くない。かの街は王国南部でも有数の規模を誇っているため、様々な宗派が集まっているはずだし、そこのやつらだろうか。
「……ま、あんたはラウルス団長が信頼している人間だからな。そんなやつと一緒にしちゃ失礼ってもんか」
そう言って彼は豪快に笑った。ラウルスさんと比べても見劣りしない太い腕で、勢いよく俺の背中を叩く。肺の空気が一気に抜けて、俺はげほげほと咳き込んだ。
「ま、値段に関しても考えておくぜ。そうそう、ここ以外の普通の石材だって必要なんだろ? 熟練の石大工はこっち、それ以外は普通の石を切り出すほうに回せばいいな。……なんせ、人手は有り余ってるからよ。
石を運ぶ人夫はこっちで決めていいんだな?」
「ええ、他の村にも配慮した公平な決め方であれば構いません。ただし、輸送費としてお支払いするお金の総額は今のうちに決めておきましょう」
ないとは思うけど、後で法外な金額を請求されても困るからな。とはいえ、いちいちお伺いを立てられていては効率が悪いし。大枠は決めておいて、割り振りは任せるくらいで丁度いいだろう。
「……あんた、本当に神官らしくねえな。気に入ったぜ」
何が気に入ったのかよく分からないが、どうもサラエドさんの好感度が上昇したらしい。彼はもう一度俺を咳き込ませると、何かを思案し始めた様子だった。おそらく仕事の割り振りを考えているのだろう。
そうして考えこむサラエドさんを横目に、俺はアルバート司祭に話しかけた。
「ところで、アルバート司祭。もしよかったらここで採石していってはいかがですか? 破砕者の資質が発現するかも」
「は?」
突然の提案に驚いた司祭は俺を見て、そしてサラエドさんを見た。……さすがアルバート司祭、付き合いが長いだけあって察しがいいなぁ。
「まあ、たしかにそれっぽいわな……」
それが破砕者と石切り場のイメージの合致を指しているのか、それともサラエドさんの固有職資質を指しているのかは分からないが、司祭は納得したように呟いた。
「けど、今日はトールス村にもう一度寄って、明日には王都に帰るんだろ? 時間もねえし、またの機会にしておくぜ」
「なんなら、私たちだけでトールス村に行きますから、司祭はここで採石作業に没頭して頂いても結構ですよ。ルノール村へ帰る直前に迎えに来ますから」
「忘れ去られる気しかしねえ……」
そう言いながらも、アルバート司祭は少し心が揺れているようだった。なんせ、辺境でいかつい戦棍を購入してみたりと、意外とノリノリなアルバート司祭だ。元冒険者ということもあって、転職に乗り気なのだろう。
戦槌を選ばなかったのは神官としてのイメージを気にした結果なのだろうが、あれだけ凶悪な戦棍を持っていてはあまり意味がない、というのが俺やクルネの見解だった。
「それじゃ、石切り場の案内はこれくらいにして、トールス村に戻りましょうや。団長も待っていることだろうしな」
そんなサラエドさんの声に促されて、俺たちはトールス村へと戻った。
……アルバート司祭、そんなに名残惜しげな顔をするくらいなら本当に残ればいいのに。
◆◆◆
辺境北部に属しており、今ではそのまとめ役となっている村。それが、ラウルスさんの住むトールス村だ。彼の噂を聞いてトールス村へ移住してくる人の数は非常に多く、その人口の増え方は驚異的だった。
そんな絶大な人気を誇るラウルスさんだが、彼がトールス村に留まっている時間は意外と少ない。鷲獅子を愛騎とした彼は、辺境全体の防衛のために駆け回っているからだ。
辺境で救援を求める狼煙が上がった場合、一番迅速に駆けつけられるのはラウルスさんだ。モンスターの襲撃が珍しくない辺境でそのような役目を持っていれば、大忙しで自分の村に留まっている余裕がないのも当然だろう。
となれば、移住してきた人々としてはアテが外れたように思ってもおかしくないのだが、このトールス村の防衛戦力はそれだけではなかった。
ラウルスさんを長とするトールス村の自警団。彼らは固有職持ちではないにも関わらず、高い戦闘能力を持っていた。
例えば、さっき俺たちを石切り場へと案内してくれたサラエドさんだ。彼は石大工であると同時にトールス村の自警団の幹部でもあった。あの太い腕を見れば、それも納得できるというものだ。
そして今。ラウルスさんの家のリビングまで案内してくれた彼は、狼狽した様子で俺の目の前に立っていた。
「えっと、いや、マジでか? 謝るんなら今のうちだぜ?」
彼に破砕者の固有職資質があることを伝えたところ、返ってきたのはよく分からない言葉だった。
もしラウルスさんがいればサラエドさんを落ち着かせてくれるのだろうが、彼はまだ帰ってきていない。俺たちだけだ。
「……ここでサラエドさんを騙しても、私になんの利益もありませんよ。転職できたかどうかなんてすぐ分かる話ですし」
「おお、そういやそうだな……」
落ち着かないなりに同意を示してくれる彼に対して、俺は荷物から取り出した契約書を提示した。
「まず、契約書の内容ですが――」
転職の説明を聞いているうちに、サラエドさんの様子が元に戻ってきた。どこか浮き立っているように見えるけど、それは彼に限った話ではない。
「これで……団長だけに苦労を押し付けずにすむな……」
ぽつりと呟いたサラエドさんの表情には、万感の思いが溢れていた。
トールス村の自警団は、他の村と比べて遥かにレベルが高い。だが、やはりその戦力の核はラウルスさんだ。
D級以上の危険なモンスターが出現した場合にはラウルスさんを頼るか、いなければ彼が駆けつけてくれるまで専守防衛。結局、ラウルスさんの負担ばかりが増えていたのだ。
だが、今後はサラエドさんだけで対応できるケースも増えることだろう。
契約書を受け取った俺は、サラエドさんの中で輝いている固有職資質の光を、その身体全体へと広げていく。
「……む?」
すると、転職が完了したサラエドさんが目を見開いた。彼はしばらく呆然としながら身体を動かした後、その顔に喜色を浮かべた。
「……こりゃ、マジで半端ねえな……兄ちゃん、ありがとうよ! 俺、ちょっくら石を切り出してくるわ! この話は兄ちゃんから団長に伝えといてくれ!」
「え……?」
俺が声を上げる間もなく、サラエドさんはラウルスさんの家から飛び出していく。本当に石切り場に向かったのだろう。すごい行動力だ。
俺たちがぼけっと彼がいなくなった扉を眺めていると、やがて別の扉がぱたんと開かれた。
「あの、先程どなたかが出て行かれたようですが……?」
そう尋ねてきたのは、ラウルスさんの奥さん、リオーレさんだ。巨体のラウルスさんとは対照的に小柄で穏やかそうな女性だが、今はその顔に不思議そうな表情を浮かべている。
「それが、サラエドさんが飛び出してしまって……」
「あら、どうしたんでしょう?」
「それが……」
俺が今までの経緯を説明すると、リオーレさんはくすくすと笑い始めた。
「サラエドさんらしいですね。けど、彼の転職はとても嬉しいことです。うちの人は、この村に常駐できないことを気にしていましたから」
彼女がそう口にした時だった。ガチャ、という音と共に外に面した扉が開かれる。家に入ってきた人物に対して、俺たちは口々に声をかける。
「あなた、お帰りなさい」
「お邪魔しています」
「今帰った……おお、カナメ殿。よくここまで来てくれた。遅くなって申し訳ない」
ラウルスさんはその場で鎧を外すと、俺たちと同じテーブルに着いた。その腕に、ごく浅いとはいえ新しい傷がついているのを見つけて、俺は思わず声を上げる。
「あれ? ラウルスさん、その腕はどうしたんですか?」
「いや、多少手強い相手がいてな。心配には及ばないさ」
なんでもないように振舞うラウルスさんだったが、クルネの目はごまかせなかった。
「ラウルスさん、それ矢傷ですよね? ……モンスターじゃなくて人が相手だったんですか?」
辺境を出てから冒険者として活動していたクルネは、対人戦闘についてもそれなりに経験を積んでいる。俺には負傷の原因まで分からなかったが、彼女はちゃんと判別できるようだった。
「……さすがだな」
クルネの言葉を受けて、ラウルスさんが声のトーンを落とす。その様子からすると、奥さんに知られたくないのだろう。彼は言葉を続ける。
「緊急の狼煙が上がった村があってな。そこへ急行して、村に襲いかかっていた巨大蜂を撃退していたのだが……それに乗じて私に矢を射かけた人間がいたようだ。
まあ、エリン君レベルの弓の腕前がない限り、私に傷らしい傷を与えることはできないがな」
そう言ってラウルスさんは豪快に笑った。その言葉は虚勢ではなく真実だろう。エリンのような弓使いの放った矢ならともかく、常人の放った矢がラウルスさんの防御を貫くことはない。せいぜいが軽傷止まりのはずだ。
「それに、茂みに向かって衝撃波を数発叩き込んでおいた。さすがに当たってはいないだろうが、警告にはなったはずだ」
「なるほど……」
そう答えながらも、俺は別のことを考えていた。この辺境で、ラウルスさんに危害を加えて得するような人間がいるのだろうか。
辺境の治安が格段に向上したのは、彼が鷲獅子を手に入れ、辺境を縦横無尽に駆け回って村々を救援し続けた成果によるところが大きい。わざわざ、その環境を失うような自殺行為をしたがる人間がいるとは考えにくいのだが……。
だが、今ここで話し合っても仕方がない。俺は頭を切り替えると、サラエドさんが破砕者に転職したことを説明する。
「おお、そうか! カナメ殿、感謝する!」
すると、ラウルスさんは破顔して喜んだ。奥さんが言っていた通り、この村に常駐できないことを気にしていたのだろう。しかもサラエドさんは自警団の幹部だ。立場的にも申し分ない。
喜ぶラウルスさんと別れてルノール村へと帰りついた頃には、もうすっかり夜になっていた。
◆◆◆
「フォレノ村長、お世話になりました。近いうちにクルシス神殿の神官や宮大工が来ると思いますので、その時はよろしくお願いします」
「ああ、もちろんだ。……それでは、次に顔を合わせるのは半年後だね。道中気を付けて」
辺境を出立する日の朝。俺たちはルノール村の人たちと別れの挨拶を交わしていた。
別れと言っても、また半年後に戻ってくることもあって、誰の顔にも悲壮感はない。あえて言うなら、フォレノさんがミルティを見て寂しそうな顔をしていることくらいだろうか。
「カナメ兄ちゃん、神殿ができたらちゃんとアレックスの祝祷してくれよ?」
「当たり前だ。俺は商売の話は忘れないぞ」
「カナメ助祭、商売じゃないと何度言えば……まあいいか」
俺の言葉を聞いて、アルバート司祭が何やら諦めたような声を出したが、まあまあ、とクルネが司祭を慰めてくれている。ナイスフォローだ。
「神官様、本当にありがとうございました! ご帰還をお待ちしています!」
「……いや、そんなに畏まらなくても」
背筋を伸ばして話しかけてきたのは、二、三日前に転職させた盗賊のウォルフだ。今日も、俺たちを見送ったら伐採現場へ行って作業をするらしい。
作業を一緒にするのはいいんだが、ちゃんと哨戒任務もやってくれよ……?
「三人とも、ちゃんと無事に帰ってきなよ。そしたら、あたしがでかい獲物をプレゼントするよ」
「ありがとうエリンちゃん、今度は一緒に狩りに行こうね!」
「私も入れてもらっていいかしら?」
「剣士と魔術師と弓使いって……地方領主の軍隊より強えんじゃねえのか……? 何を狩りに行くんだよ……」
クルネたちの会話を聞いて、アルバート司祭がぼそりと呟く。
「過剰戦力ですよねぇ。三人がかりなら、A級モンスターでも勝てるでしょうし」
俺は笑いながらその言葉に同意する。普通の固有職持ちならいざ知らず、あの三人は場数も踏んでいるし、かなりレベルが高いからなぁ。今さら銀毛狼あたりが出たところで、そう苦戦することはないだろう。
「……それじゃ、そろそろ行きましょうか」
彼女たちが会話を終えたことを確認して、俺はそう声をかけた。
少し離れた場所で待っている巨大怪鳥の下へと向かい、すでに慣れた感のある客室の中へ入ると、窓から見送りの人たちの様子を覗く。エリンが手を挙げたところを見ると、彼女にはこっちの様子が見えているのだろう。さすがは弓使い、驚異的な視力だなぁ。
そんなエリンに手を振り続けているクルネとミルティを横目に見ながら、俺は巨大怪鳥に指示を出す。
巨大怪鳥が王都目がけて飛び立ったのは、それからすぐのことだった。