空の旅・下
【クルシス神殿助祭 カナメ・モリモト】
「アルバート司祭、今日宿泊する予定の宿ってどこでしたっけ?」
俺がそう話しかけたのは、そろそろ夕方に差し掛かろうという時分だった。
巨大怪鳥による空の旅が始まってから、もう三日目になる。巨大怪鳥の速さは大したもので、俺たちは、もう一日も飛べば辺境に辿り着けるだろうという所まで来ていた。
「いや、それなんだがな……。巨大怪鳥の速度が思っていたよりも速いせいで、ちょっと手頃な街や村がないかもしれん」
「え……」
「この辺りは元々、村の数が少ないんだ。山がちで険しい地形な上に、モンスターもちょくちょく出るからな」
そんなアルバート司祭の言葉を聞いて、俺は旅の仲間であるクルネとミルティに視線をやった。このままいけば、おそらく今晩は野宿になるだろう。
まあ、俺たちが今乗っている、この『客室』という名の籠はなかなか高性能で、上に布を張れば立派で頑丈な簡易テントになるのだが……。
そこで、俺と司祭はなんとなく女性陣に視線をやった。こういう時は彼女たちの意見を尊重するべきだろう。俺たちは無言で頷きあった。
「え? 今日は野宿なの? ……懐かしいわね」
「明日には辺境に着くんでしょ? それなら一晩だけのことだし、大丈夫よ」
二人の反応は意外とあっさりしたものだった。ミルティは少し意外だったが、クルネに至っては元々冒険者だったわけだし、野宿を忌避する可能性は低かったか。
「そうと決まれば、どの辺りで夜を過ごすか決めなきゃね。アルバートさん、ちょっと地図を見せてもらってもいいですか?」
「おお、ほいよ」
クルネはアルバート司祭から地図を受け取ると、指で現在地を確認する。
「できれば水場が近いところがいいわよね……あ、でもこっちは森が深すぎて不意打ちを受けやすいかな……この山は飛行型モンスターがいたはずだから避けたいし……」
クルネはそんなことを呟きながら考え込むと、やがてポイントを決めたようだった。彼女は地図を俺たちに見せると、ある一点を指し示す。
「今日はここで野宿しない? 水場も近いし、森もそう深くないわ」
そう言って彼女が示したのは、ここからそう遠くない地点だった。俺は貸与された魔道具で巨大怪鳥に行先を指示すると、眼下の景色に目をやるのだった。
◆◆◆
「クルネ、そろそろ高度を落とそうか?」
「うん、お願い」
俺がそう声をかけたのは、野宿の予定ポイントに差し掛かったからだ。まだ空は茜色に染まり始めたタイミングであり、もう少し無理して飛ぶこともできたのだが、ここから先には一夜を過ごすのに適した場所がなかったのだ。
巨大怪鳥の飛行高度が下がると、クルネは客室の窓から地上の様子を確認する。実際にどの辺りに降りるかを判断するためだ。
初めは興味深そうに窓の外を眺めていた彼女だったが、不意にその表情が険しくなった。
「カナメ、止めて! ……じゃなかった、引き返して!」
「え?」
突然の注文に驚いた俺は、慌てて巨大怪鳥に引き返すよう指示を出した。今の慌てた様子からすると、単にいい場所が見つかっただけ、ということはないだろう。
「嬢ちゃん、どうしたんだ?」
アルバート司祭がクルネに問いかけた。まだ窓から外を覗いたままのクルネは、視線を動かすことなくその問いに答える。
「人がモンスターに襲われてたわ! あの人たちが商隊なのか何なのか分からないけど、二十人はいたと思う」
その言葉を聞いて、俺はクルネが慌てた理由に納得した。このタイミングで高度を下げていなければ気付かなかっただろうな。そんなことを考えながら、俺は巨大怪鳥の速度を緩める。クルネが叫んだのはこの辺りだったはずだ。
「カナメ、高度をもっと下げて! ……ミルティ、落下速度減衰をお願い」
「分かったわ」
どうやら、クルネは一人で突っ込むつもりのようだった。剣を抱えて巨大怪鳥から降下する女剣士。まるで落下傘部隊だ。
「見えた! ……先に行くわ」
クルネはそう言うなり、客室を蹴って巨大怪鳥から飛び降りた。
「落下速度減衰」
そのクルネに向かって、ミルティがパラシュート代わりの魔法をかける。巨大怪鳥から放り出された時に備えて何度か試していた魔法であるため、その信頼性は高かった。
瞬く間に小さくなっていくクルネの後ろ姿を見送りながら、俺は巨大怪鳥に指示を出し続ける。巨大怪鳥はその巨体とスピードゆえに簡単には止まれない。そのため、この辺りを旋回するようにして減速させる必要があった。
俺はともかく、キャロやミルティは大きな戦力になる。できるだけ早くクルネに追いつかなければ。そんな思いを抱いて、俺は巨大怪鳥を操り続けた。
――――――――――――――――――――――
【剣士 クルネ・ロゼスタール】
荒れ狂う風切り音だけが、落下するクルネの耳に入ってくる。だが、落下に対する恐怖はない。クルネは目を凝らして、眼下の光景を把握しようとしていた。
最初の見立て通り、人の数は二十人ほど。大きな荷馬車があるため商人の類かと思ったが、よく見れば老人や子供も混じっている。最近多いと聞く難民だろうか。その事実に彼女は気を引き締めた。
対して、彼らに襲いかかっているモンスターは八体。あの姿は赤狼犬だろう、とクルネは見当をつけた。大きさは一メートル前後とそう巨大なモンスターではないが、そこそこ知能が高いため注意が必要だった。
赤狼犬はまだ襲いかかっておらず、じりじりと間合いを詰めている最中だった。
人のほうにも武器を持っている人間はいるが、それでも五人だけだ。しかもその構えや腰の入れ方から予想するに、ちゃんと戦える人間はうち二人だけだろう。数でも質でも負けていることは明らかだった。
「まだなの……!?」
クルネは思わずそう呟いた。ミルティのかけてくれた魔法、落下速度減衰のおかげで、彼女の落下速度はかなり減速されていた。だが、それは彼らの下へ辿り着くまでの時間が遅くなることを意味する。しかも目測を誤ったのか、クルネは戦場から少し離れた場所に降り立つことになりそうだった。
クルネは焦らないよう自分に言い聞かせながら、眼下の戦況を見つめた。幸いにも、まだ戦闘は始まっていない。お互いに睨み合っているような格好だ。
だが、クルネは知っている。赤狼犬は攻めあぐねているのではない。いかにして武装した男たちの守りを抜き、後ろの無力な人間を襲うか。その隙を窺っているのだ。
赤狼犬たちにしてみれば、目の前の武装した人間の相手をしている間に、無力な餌たちに逃げられることこそが最悪の展開だ。それを避けるべく、慎重に間合いを詰めているのだろう。
と、ついにクルネの靴の先が地面に触れた。そのことを認識した瞬間、クルネは可能な限りの速度で彼らの下へ駆けつけた。
――数は八体。クルネが全力で走れば、ものの十秒ほどで彼らに到達する。だが、それでは不十分だった。赤狼犬が接近するクルネに気付いた場合、今までの緊張の糸が切れ、モンスターたちがてんでばらばらに人間を襲う可能性があった。そうなると、いくらクルネでも対処できない。
そのため、クルネは新しく覚えた特技を駆使して赤狼犬の群れの中心へと、誰にも気づかれずに近づく。それは、彼女のかつての仲間、ノクトが得意としていた特技気配隠しの効果だ。
使用者の激しい動きや精神の乱れで、すぐに解除されてしまうこの特技は、発動状態の維持が非常に困難だ。そんな特技を駆使して長時間活動していたノクトに、クルネは舌を巻く思いだった。
そして、彼女は群れの中心へ辿り着く。
「威嚇!」
クルネは、もう一つの新しい特技を発動させた。突如として群れの中に振り撒かれた強大なプレッシャーに、赤狼犬たちが棒立ちになる。
「ギャウン!?」
突然の事態に硬直した目の前の赤狼犬を、クルネは一太刀で斬り捨てた。そして、次に近い位置にいる赤狼犬の下へ駆け寄ると、その急所に剣を突き立てる。
次いで、モンスターの身体を突き通した剣を素早い動きで引き抜くと、クルネは十メートル近く離れていた赤狼犬に真空波を叩きこんだ。
絶命こそしなかったものの、深く切り裂かれた二本の後脚はもう使い物にならないだろう。クルネは負傷した赤狼犬から、別の敵に標的を切り替えた。
「光剣っ!」
彼女の気合いの声と共に、十メートル近い、長大な光の剣が振るわれる。その光に飲みこまれて、さらに二体の赤狼犬が倒れ伏した。だが。
「少ない……!」
クルネは焦ったように呟いた。彼女の目算では、今の光剣で四体の赤狼犬を倒しているはずだったのだ。気配隠しからの威嚇という奇襲で、もう少し混乱してくれるものと期待していたのだが、赤狼犬たちは意外と冷静だった。おそらく、威嚇の効果も薄くなっているのだろう。
「威嚇!」
クルネは再び特技を使用した。その影響を受けて、二体の赤狼犬がびくっと彼女の方を振り向く。……だが、それだけだった。威嚇の効力は、連続で使用するとどんどん弱まっていく。対象が慣れてしまうのだ。クルネの未熟さも相まって、これ以上の効果は見込めないだろう。
そう考えていたクルネに、赤い影が迫った。咄嗟に構えた剣が彼女に向けられた牙と激突し、硬質な音を立てる。その直後に振るわれた強靭な前脚を身をひねって避けると、クルネは眼前の赤狼犬から少し距離をとった。
――強い。
クルネは気を引き締めた。今、彼女が対峙している赤狼犬は、他の同族よりも二回り身体が大きかった。そう言えば、二度目の威嚇が全く利かなかったのもこの個体だ。おそらく、この群れのリーダーだろう。
クルネはそう結論付けると、ちらりと横目で残る二匹を見た。すると、武装した男たちがなんとかその攻撃を凌いでいる様子が見て取れる。
と、彼女の視界で何かが動いた。
「――っ!」
クルネは勘に従って横へ跳んだ。すると、今まで彼女がいた空間を赤狼犬の爪が抉る。その前脚へ向かって剣を振り下ろすが、その剣筋は赤狼犬の体毛を散らすにとどまっていた。
だが、その隙を逃さず、クルネは赤狼犬を連撃で追いつめる。そして、反撃するべく赤狼犬が彼女に飛びかかろうとした瞬間だった。
不意に、クルネの気配が薄くなる。
「グルァ!?」
それは一瞬の逡巡だっただろう。勘に優れた野生の魔物であるからこそ、まさに襲いかかろうとしていた獲物の気配が突如薄れたことに戸惑いを覚えたのだ。
そして、その隙を逃すクルネではない。
彼女は赤狼犬の首筋目がけて剣を振るう。その軌道は、狙い通りモンスターの頸動脈をかき切った。傷口から凄まじい勢いで血を噴き出しながら、リーダー格の赤狼犬はどうっと倒れ伏した。
「後の二体は……!?」
そう呟きながら、クルネは残る二体の赤狼犬を探す。すると、彼女の視界に入ってきたのは、氷漬けにされた二体の赤狼犬だった。ミルティの魔法だろう。クルネはそう確信した。
これで、旅人たちに襲いかかった赤狼犬は全て倒したことになる。犠牲者を出さずにすんだのは幸いだったが、新しい特技の使い方については、もう少しよく考える必要があるかもしれない。
クルネはそんなことを考えながら、いつの間にか近くに来ていたカナメたちに手を振るのだった。
―――――――――――――――――――――
【クルシス神殿助祭 カナメ・モリモト】
「クルネ、大丈夫だったか?」
「うん、平気よ。……特技の使い方については、もう少し改善の余地がありそうだけどね」
そう答えながらも、クルネの表情に翳りはなかった。
巨大怪鳥をどうにかして着陸させ、俺たちがクルネに追いついた時には、すでに大勢は決していた。そして、その戦闘で彼女の新しい特技が活躍したことを、俺はほぼ確信していた。
遠すぎてよく見えなかったが、おそらくクルネは盗賊の固有職から得た特技『気配隠し』と、騎士から得た特技『威嚇』を使用して、不意打ちを仕掛けたのだろう。
彼女が攻撃を仕掛ける直前、赤狼犬たちが棒立ちになっていたのは、それが理由だとしか思えなかった。
それに、最後に見せたリーダー格の赤狼犬との戦い。クルネは偵察用の特技『気配隠し』を戦闘中に使用することで、相手の動揺を誘い隙を作り出すことに成功した。
ちなみにこの技、気配に敏感な魔物や達人級の人間には有効だが、力押しの脳筋タイプにはあんまり役立たない技でもある。とはいえ、こうやってモンスターの群れのリーダー格を仕留められたのだから、有用な技であることは間違いなかった。
「それでも、戦い方の幅が広がったことは間違いないと思うわ」
「それはよかった。どうせなら、もっといろいろ覚えられたらいいんだけどな」
「うん、もっといろんな固有職資質が発現するといいんだけど……」
俺の言葉を聞いて、クルネは真面目な表情で頷いた。傍から聞けば物凄く贅沢な悩みなのだが、彼女にとっては重大な問題だ。
現時点でクルネが新しく習得した特技は気配隠しと威嚇の二つだけだ。この二つの特技はそれぞれ、彼女が転職すると同時に習得していたものだ。
ただし、転職後すぐに元の剣士に戻してみたところ、それらの特技は使えなくなっていた。そのことに意気消沈したクルネだったが、「何度も特技を使えば、本当の意味で『習得』できるんじゃないか」という俺の仮説を実行してみたところ、これが当たりだったのだ。
ちなみに、それらの修行をどこでしていたのかと言えば、当然のことながら巨大怪鳥がぶら下げた客室の中だったのだが、気配隠しのほうはともかく、威嚇のほうはちょっと大変だった。
なんせ、クルネが威嚇を使うたびに、俺たちが警戒の視線を向けるのだ。特技の効果とはいえ、仲のいい人間から本気で警戒されたことは結構ショックだったらしく、クルネがちょっと涙目になっていたことは内緒だ。
「それにしても、特技の組み合わせ次第で色々できるんだね」
クルネは自分の戦いを振り返っていたのか、そんな感想を呟いた。その感想に合わせて、俺も考えていたことを口にする。
「ああ。他にも、例えばクルネが薬師の『即効』を覚えられたら、面白い使い方ができそうなんだけどな」
「面白い使い方って?」
俺の言葉に反応して、クルネが興味深そうな表情を浮かべる。
「ほら、毒草なんかを敵に即効で吸収させることができたら、魔法みたいな使い方ができるだろ?」
「あ、ほんとだ」
クルネは驚きながらも頷いた。非戦闘職である薬師がそんなことを試みようものなら、モンスターに触れる前に致命傷を負わされる可能性が高いが、もし戦士職がその特技を扱うなら実現可能だろう。
「今度マイセンに会ったら、薬草の調合を教えてもらおうかな。固有職資質が備わるかもしれないし」
そう話すクルネは楽しそうだった。辺境の森によく足を運んでいたクルネは、小遣い稼ぎに薬草を摘むこともあり、意外と薬草に詳しい。ただ、薬草を調合するには専門知識が必要になるため、そのまま使うか、売ってしまうかしていたのだという。
と、俺たちがそんな話で盛り上がっていた時だった。
「おーい、カナメ助祭、それにクルネの嬢ちゃんよ。盛り上がるのはいいんだが、ちょっとこっちに来てくれねえか?」
「あ、すみません」
アルバート司祭の言葉を聞いて、俺は我に返った。そして司祭のほうを振り向くと、そこには彼やミルティだけではなく、大勢の人が集まっていた。もしかしなくても、さっき襲われていた人たちだろう。……しまった、つい特技話に夢中になって忘れてた。
俺はそんな焦りを見せないよう、笑顔を浮かべながら小走りで彼らに近付く。すると、二十人ほどいる彼らの中でも、最年長と思われる女性が進み出る。おそらく七十歳前後であろう彼女は、恭しく頭を下げた。
「わたくしたちを助けてくださって、本当にありがとうございます。わたくしはベルニア地方にあるカルシャ村のトルナエと申しますじゃ。こちらの司祭様に伺ったところでは、あなた様はクルシスの神子様とのこと。これもクルシス神のお導きでしょう、わたくしども一同、決してこのご恩は忘れませぬ」
「いえ、そのようなことは……」
……えーと。とりあえず、なんで俺が感謝されているんだろうか。戦ったのはクルネとミルティだけ……というか、今回に関して言えばほぼクルネだよな。だが、クルネに不満そうな様子は見受けられなかった。それどころか、嬉しそうな雰囲気すら漂っている。なんでだ。
「カナ……ごほん、神子様。彼らはモンスターに故郷を追われ、安住の地を求めて辺境へ向かっている最中であったようです」
俺が内心で首を傾げていると、アルバート司祭がそんなことを説明してくれる。その言葉を聞いて、俺は司祭の意図するところを理解した。
俺たちは、これから辺境に神殿を建立しようという立場だ。当然ながら、現地における支持者の数は成否に直結する。彼らが辺境に辿り着くのはもう少し先の話だろうが、せっかくなのでクルシス神殿として恩を売っておこうと、そういうことだろう。
まあ、転職の神子の名前を使われるとは思ってなかったけどね。たしかに上級司祭よりも神子のほうがインパクトはあるだろうけどさ……。しかも、クルシスの神子て。伝言ゲーム的な間違い感が半端ない。転職どこ行った。
そんな俺の心の声が聞こえるはずもなく、トルナエさんは真摯な顔で俺を見つめていた。となれば、ここは期待に応えて、神子っぽく振る舞うしかないか。
「……そうでしたか、それは大変でしたね。ベルニア地方から辺境へ移住するとなれば、かなりの長旅でしょう。よく決断なさいましたね」
「もちろん、近くの村に身を寄せることも考えました。ですが、防衛戦力を失ったベルニア地方には、もう安住できる地はありませぬ。それならば、『辺境の守護者』様を始めとした、名高い方々が守りについている辺境のほうが、道程は困難でもその後は安心だと、わたくしどもはそう判断したのです。ですが……」
そう言うと、トルナエさんは声を落とした。
「あやうく、わたくしどもはあのモンスターたちに襲われ、無残に食い殺されてしまうところでした。この婆はもう長く生きた身です。わたくしが犠牲になってすむのなら、この身など喜んで投げ出しましょう。
ですが、ここには年端もいかぬ子供たちもおります。せめてこの子たちだけでも逃がしたい、けれども子供だけでこの地を踏み越えてゆけるはずがない。そう苦悩していたところに、クルシス様がお出でになったのです……!」
あ、ついに神子ですらなくなっちゃった。ちらっと横目で見ると、ついにクルシス神と一緒くたにされ始めた俺を見て、さすがのアルバート司祭も変な表情を浮かべていた。
とはいえ、トルナエさんにとっては、本当に奇跡のようなタイミングだったんだろうからなぁ。それをわざわざ訂正する気にはなれなかった。
「本当に、本当にありがとうございました……!」
そしてもちろん、感謝の言葉の重みが減るわけでもない。俺は黙って微笑むと、彼女たちの言葉を受け止め続けたのだった。
◆◆◆
「うう、神官らしいことをやったら肩が凝った……」
客室という名の籠の中で、俺はそう呟くと首や肩をぐるぐると回した。
「神官とは思えない発言ね……。けれど、お疲れさま」
「カナメ、本当に神子様みたいだったよ」
そんな俺を見て、ミルティとクルネが口々にそうねぎらってくれる。すると、アルバート司祭が苦笑を浮かべながら口を開く。
「嬢ちゃん、これでもカナメ助祭は本物の神子なんだが……」
あ、そう言えばそうだったっけ。でも、転職の神子という呼称は、実は曖昧なものなんだよね。
「本物の神子と言っても、別にクルシス神殿から認定されたわけじゃありませんからね。いつの間にかそう呼ばれるようになっただけですし、私はあだ名だとしか思ってませんよ」
そう言うと、司祭はちっちっ、とでも言うように指を動かした。
「ほれ、ベリオット伯爵を失脚させた時のうちの公式声明、『転職の神子』の名前で署名してたろ? あの時点で、転職の神子の称号が認定されたようなもんだ」
「そんな話、初めて聞きました……」
「市井から広まった呼び名を、神殿が正式な称号として認定するのはイマイチだからな。そういう場合は、そういったやり方で既成事実にするのさ。フェリネ本神殿の当代神殿長なんかも、そんな感じで呼称を定着させたはずだ」
分からない話じゃないけど、面倒くさそうだなぁ。俺がそんなことを思っていると、ミルティが話題を変えた。
「ところで、カルシャ村の人たちはどうするの?」
「どうする、と言うと?」
「今日はこの辺りで野宿する予定だったのよね? それなら、彼らも一緒のほうが効率がいいんじゃないかしら」
俺の疑問に対して、ミルティはそう答えた。たしかにそうだな。ずっと旅の連続だったんだろうし、たまには安心して眠れる時もないと、精神がもたないだろう。もうだいぶ辺境に近づいているとはいえ、彼らは徒歩だし、到着するのはまだまだ先だ。
「それじゃ、あの人たちに話して来るね!」
「嬢ちゃん、ちょっと待ってくれ」
そう言って腰を浮かしたクルネを、アルバート司祭は押し止めた。不思議そうな顔をする彼女に、司祭は呼び止めた理由を説明する。
「厳しい言い方だが、彼らを守っていられるのは今晩だけだ。俺たちにもそう時間があるわけじゃないからな。その辺りを期待させないように、話し方には気を配ってくれな」
つまり、護衛として辺境までついて来てほしい、という願いは聞けないということだ。こうやって助けることになったのは一つの縁だが、だからと言って旅の行程を大幅に変更するわけにはいかない。それができるくらいなら、そもそも巨大怪鳥便を調達するはずがなかった。
「うん、大丈夫。分かってるわ」
「クーちゃん、私も行くわ」
そう言って、クルネとミルティが客室から出て行く。それを見送ってから、アルバート司祭は俺に話しかけた。
「カナメ助祭、お前さんはどう思う? こういう時、彼らを護って辺境まで行くべきだと思うか?」
「程度によりますね。もしこれが、一日程度の旅程の遅れですむのであれば、同行することも考えますが、彼らが辺境に辿り着くのは早くて一月。……さすがに厳しいと思います」
俺がそう答えると、アルバート司祭はほっとした様子だった。なんだかんだ言って優しい司祭のことだ、簡単に割り切れはしないのだろう。
そんなことを考えながら、俺はいくつかの方策を考え始めるのだった。
◆◆◆
夕食は、干し肉や日持ちのする野菜を入れたごった煮だった。いくつかの鍋で作ったそれは、二十人前以上あった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
俺の目の前で、クルネやミルティ、アルバート司祭が、並んでいるカルシャ村の人たちに食事を提供する。
そう、この夕食はカルシャ村の人たちの分でもあった。俺たちはどうせ明日中に辺境に着くため、念のためにと持って来た食料品を大盤振る舞いすることにしたのだ。
ちなみに俺は、神子様として三人の後ろで絶えず微笑みを浮かべる係だった。あまりに落ち着かないが、「せっかくだから最後まで神子っぽくしてくれよ」とアルバート司祭に押し切られた格好だ。
やがて、全員に食事が行き届いたのを確認すると、俺たちはめいめい食事をとり始めた。特に騒いでいる人間はいないのだが、それでも二十数人が一斉に食事をするとなると、それなりの喧騒が生じる。
そんな中、一組の男女が俺の下を訪ねてきた。三十代半ばであろう男性と、二十代前半に見える女性の組み合わせだ。
彼らは俺の前で立ち止まると、真面目な顔で口を開いた。
「我々の危難を救うばかりか、食事まで提供して頂けるとは、神子様、本当にありがとうございました」
「本当に感謝しています。あのままでは、最低でも半数がモンスターの犠牲になっていたことでしょう」
二人はそう言うと頭を下げた。他のカルシャ村の人たちに比べて、しっかりした装備を身に付けている。そう言えば、クルネが「ちゃんと戦えそうな人が二人いた」って言ってたな。おそらく、この二人のことなのだろう。
隣のクルネに視線を向けると、俺の思っていることが分かったのか、彼女は黙って頷いた。
「いえ、これもクルシス神のお導きでしょう」
二人に対して、俺はにこやかにそう答えた。本当なら、「たまたまですし、気にしないでください」とでも言うところなんだけど、なにやら『神子様』扱いされている現状では猫を被るしかない。まさか、こんなところで布教活動をする羽目になろうとは……。
「はい、神子様を遣わしてくださったクルシス様には、いくら感謝してもしきれません」
俺の言葉に対して、彼らは真摯な表情でそう答えた。そこまでは、先に話していたトルナエさんと同じような展開だ。だが、彼らは感謝の言葉を告げるためだけに、ここを訪れたわけではないようだった。
「あの、ところで一つお伺いしたいのですが……」
そう切り出した彼らの視線は、俺ではなく隣のクルネに向けられていた。
「あなた様は、固有職をお持ちなのでしょうか?」
「え、私ですか? ……たしかに、私は剣士の固有職を授かっています。それが何か?」
クルネがそう答えると、二人は納得した様子だった。
「やはりそうでしたか……。単身であれだけの赤狼犬を瞬く間に全滅させたそのお手並み、お見事でした」
「私たちがこう申し上げるのもなんですが、おそらく並の固有職持ちとは比べものにならない技量をお持ちなのでしょう」
「えっと、その……ありがとうございます」
二人から口々に褒めそやされ、クルネは照れた様子だった。そんな彼女に、二人は本題を切り出す。
「そこで、お願いがあるのです。もしよろしければ、私たちに稽古をつけて頂けないでしょうか?」
「え?」
彼らの言葉にクルネが驚いた声を上げた。……あれ? この流れ、昔もあったような……。
「もうお気付きのことと思いますが、カルシャ村を出た我々二十名のうち、日頃から戦いを生業にしていた者は私たちだけなのです。ですが、今の私たちの技量では、この人数は守りきれません」
「……私の戦い方は、特技がなければ成り立ちませんから、あまりお役に立てないかも……」
「やはりそうですよね……」
クルネがそう答えると、彼ら二人はがっくりと肩を落とす。そんな彼らを見たクルネが、俺に視線を向けてきた。もちろん、彼女が言いたいことは分かっている。
俺は一歩踏み出すと、目の前の男性に向かって話しかける。
「貴方は、ええと――」
「おお、申し遅れました。私はオネスティ、こっちはエメローナと申します」
そう言って、二人は改めて一礼した。俺は彼らに名乗り返す。
「クルシス神殿で特別司祭を務めておりますカナメ・モリモトと申します。……さて、早速ですが、お二人はクルシス神殿で行っている転職事業をご存知でしょうか?」
「もちろんです」
「いつか王都へ行く機会があれば、必ずクルシス神殿へ行こうと思っていましたもの」
おお、自分で言うのもなんだけど、転職事業の話って結構広まってるんだな。そんな不思議な感慨を抱きながら、俺は言葉を続ける。
「それなら話が早いですね。……オネスティさん、転職の儀式を行った場合、三万セレルをお布施として頂くということになりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、そうなんですか……え!?」
「そ、それって……!」
驚く二人に対して、俺は頷いてみせた。
「オネスティさんには、クル……彼女と同じ剣士の資質があります」
俺はそう言って隣のクルネを差し示すと、彼らの目が驚きに見開かれた。
「神子様とは聞いていましたが、それではあなたが転職の神子様だったのですか……!?」
「ええ」
……というか、俺以外に『神子』なんて恥ずかしい呼び名が付いているクルシス神官はいないけどね。だが、彼らはそこまで知らないようだった。
しばらく呆然とした様子を見せた後、オネスティさんががばっと俺に近寄ってきた。……ええと、顔が近い。
「ぜひ転職させ――」
勢いよく返事をしようとしたオネスティさんは、ふと途中で言葉を切った。その顔に浮かんでいるのは苦悩の表情だ。その原因がなんとなく予想できた俺は、彼を促すために口を開く。
「ちなみに、お布施の代金は今すぐでなくても構いません」
「え?」
俺の言葉を聞いて、彼は再び驚いたようだった。
「今は辺境への移住中ですし、それどころではないでしょう。私としても、この場で三万セレルもの大金を渡されるのは辛いところです。
例えば、これから十年にわたって、毎年三千セレルを支払っていく、というような方式ではいかがですか?」
「しかし、先程神子様が仰った通り、私たちはこれから辺境へ向かう身です。毎年、王都へお支払いに行くことは……」
「大丈夫です。私はたまに故郷である辺境へ顔を出しますから、その時にでもお支払いください」
正確には、たまに顔を出すどころではなくて、本拠地になる予定だが……。あくまで計画段階だし、そこまで言う必要はないだろう。
俺が説明をしている間に、オネスティさんは決心を固めたようだった。
「……分かりました。転職の儀式をお願いします」
その言葉に俺は頷いた。巨大怪鳥の籠に置いてある契約書を持ってこなきゃな。辺境で何人か転職させるかも、と思って持ってきたものだけど、まさかこんなところで使うことになるとは思わなかった。
「承りました。それでは、契約書を持ってきますので、少々お待ち頂いても――」
「カナメ、これ」
と、俺の前に一枚の紙が差し出される。いつの間にか、クルネが契約書を持ってきてくれていたのだ。さすがは転職屋の元店員だなぁ。彼女から契約書とペンを受け取ると、それをオネスティさんに差し出す。
そして、書き上げられた契約書を確認すると、俺は彼に転職能力を行使した。
「む……!?」
突如として自分を作り変えられる感覚に驚いたのか、オネスティさんが戸惑った声を上げた。彼は自分の両拳を顔の高さに持ち上げて、握ったり開いたりしている。
「オネスティ?」
「……大丈夫だ、エメローナ。溢れてくる力に驚いただけだ」
心配するエメローナさんにそう答えると、オネスティさんは俺に向き直った。
「神子様、ありがとうございました! 頂いた力、決して無駄にはしません!」
そう言うと、彼はさっそく身を翻した。固有職の力を試してみたいのだろう。その気持ちはよく分かった。
「あの……」
だが、話はそれだけでは終わらなかった。なぜなら、エメローナさんがまだ残っていたからだ。エメローナさんに向き直ると、彼女は意を決したように口を開いた。
「私には固有職資質はないのですか……?」
彼女は覗き込むように俺を見上げると、言葉を続ける。
「いくらオネスティが固有職を得たとは言え、それでも二十人もの人を守りきるには戦力不足です。お金ならなんとかしますから……」
やっぱりか。……けど当然ながら、彼女の資質はすでにチェック済だ。けどまあ、念のために、もう一回資質を確認しておこうかな。
そんな軽い気持ちでエメローナさんの資質をチェックした俺は、その結果に戸惑った。
「……あれ?」
「カナメ、どうしたの?」
俺の様子に気が付いたクルネが、不思議そうに寄ってきた。そんな彼女に対しても、俺は能力を行使して、その固有職資質を確認する。……うん、やっぱり三つだけだよな。
そこで、もう一度エメローナさんを視る。……あ、今度は消えている。もう一度視てみよう。あ、また点いた。
……おかしいな、なんだこれ。中途半端すぎるだろ。
「エメローナさん、不躾で申し訳ありませんが、ちょっと失礼します」
疑問を抱いた俺は、彼女を転職させるべく力を行使した。だが、彼女に固有職が宿ることはなかった。
……ということは、つまりそういうことか。やがて、俺は一つの結論に達した。
「エメローナさんの得物は剣なのですか?」
「へ?」
予想外の質問だったのだろう、彼女は可愛らしい声を上げて聞き返してきた。そこで、俺はもう少し詳しい話をする。
「たとえば、弓を使ったりすることはありませんか?」
「え? ……たしかに弓を使うこともありますが、剣ほどの頻度ではありません。それが何か……」
エメローナさんは不思議そうな表情を浮かべてそう答えた。……うーん、やっぱりそうなのか。彼女はちょうど辺境に行くわけだし、ちょっと試してもらおうかな。
「今から申し上げることは、あくまで推論の段階なのですが」
そう前置きをして、俺は言葉を続ける。
「エメローナさんは、剣よりも弓に適性があるのかもしれません。もし固有職を問わず転職したいということでしたら、弓の使用頻度を上げてみることをお薦めします」
「そ、それは……」
最初は戸惑っていた彼女の瞳に、ゆっくりと理解の色が灯る。
「私から申し上げられることは、ここまでです」
「……そうですか、分かりました。神子様、私の我儘に付き合ってくださってありがとうございました」
彼女はそう言って頭を下げると、くるりと踵を返した。オネスティさんの後を追うつもりなのだろう。……あ、二人とも見料とるの忘れてたな。まあ、非常事態だしいいか。
「ねえカナメ、今のって……」
そんなことを考えていると、クルネが目をぱちくりさせてこちらを見ている。そんな彼女に、俺は自分の推論を説明する。
「……どうやら、固有職資質を発現しそうな人が、分かるようになったみたいだ」
理由は不明だし、エメローナさんを視ても固有職資質の光が視えたり視えなかったりと、非常に揺らぎが大きいみたいだけど、どうやらそういう話のようだった。
転職可能な人の資質の光と比べると、その輝きは非常に小さい。ただ、感じる雰囲気は各固有職のそれと同じであるため、どんな固有職が宿りそうか、ということは判別できそうだった。
……これ、新しい商売の匂いがするな。相変わらず神官らしくないことを考えながら、俺は思いを巡らせるのだった。
◆◆◆
「なんだと! ……ってことは、お前さんのアドバイス通りの修業を積めば、固有職資質が宿る可能性が……」
「高いですね」
「そりゃまた……」
夕食後、みんなが客室に集まったタイミングで、俺は新しい転職能力のことを伝えていた。どうせなら、もっと俺を強くするような能力に目覚めてくれればよかったのだが、そううまくはいかないようだった。
「……というわけで、アルバート司祭。実験にご協力願えませんか?」
「あ? 実験ってお前――」
そこまで言って、アルバート司祭は固まった。そんな彼の様子を気にせず、俺は言葉を続ける。
「司祭って、冒険者時代は大剣を使っていらしたんですよね? 戦棍や戦槌はお好きですか?」
「……マジで言ってんのか」
「マジです。もしアルバート司祭が実証してくれたら、クルシス神殿の防衛戦力も上がって一石二鳥ですしね」
俺が王都のクルシス神殿を抜けてしまうと、必然的に護衛戦力であるクルネやキャロもいなくなってしまう。ミレニア司祭の細工師の能力は非常に強力だが、それでも一人だけ、というのは心配なだけに、アルバート司祭の固有職資質の兆しは朗報だった。
……それにしても、司祭の固有職資質だって昔チェックしたんだけどなぁ。
「ねえカナメ、アルバート司祭にどんな固有職資質があったの?」
それを聞いて、クルネが楽しそうに聞いてくる。とは言え一応個人情報だし、今公表しちゃってもいいんだろうか。
「ああ、この面子なら言っちまっても構わねえぜ」
そんな俺の内心に気付いたのか、アルバート司祭は陽気な声で許可を出してくれた。その声に頷くと、司祭の固有職を発表する。
「……司祭の固有職は破砕者だ」
破砕者。一般戦士職の一つで、その名の通り破壊活動に特化した固有職だ。武器もその名に相応しく、戦棍や戦槌などの重量打撃武器を使用する。
あまりスピードはないが、こと力技においてはスペシャリストと言っていいだろう。だが――。
「アルバート司祭、破砕者なの? 神官なのに?」
そう言いながらクルネが噴き出した。彼女の笑い声が客室に響く。たしかに、神官と破砕者では、イメージが百八十度違うからなぁ。見れば、ミルティの表情も心なしか緩んでいる。
「文句ならカナメ助祭に言ってくれ」
アルバート司祭は憮然とした表情で口を開いた。だが、地位と固有職のギャップは本人にとっても面白い話だったようで、その目は明らかに笑っていた。
「ところで、あの人たちのことですが……」
ひとしきり笑った後で、俺は話を切り出した。あの人たちとは、もちろんカルシャ村の人たちのことだ。
「うん?」
「彼らを護衛しながら、一月もの期間をかけて辺境へ辿り着くことはできませんが、多少は手助けしてもいいと思うんです。
例えば、巨大怪鳥便の定員は八名。言い方は悪いですが、彼らのうち旅の足手まといになりそうな人を四人、この巨大怪鳥便に乗せて連れて行くとか」
彼らを見た感じでは、長老のトルナエさんや、幼い子供あたりが候補だろうか。彼らが持っている大きな荷馬車には、家財道具が山のように積んであるため、さらに人を載せるような余裕は空間的にも重量的にもなさそうだった。となれば、それだけでも少しは楽になるだろう。
「ただ、先に四人だけを辺境に連れて行ったとして、他の人たちが追いつく一月の間、どこに身を寄せるか、という話はありますが……」
「それについては心当たりがあるわ。辺境の外から移住希望の人がよく来るようになったから、そういう人たちが落ち着き先を決めるまで住める簡易宿泊施設を作ったって、お父さんに聞いたわ」
俺の懸念を解決してくれたのはミルティだった。……へえ、意外だなぁ。そんな公共的な施設を作るなんて、自助努力を是とする辺境ではなかなか考えにくいイメージがあるんだけど、フォレノ村長頑張ったなぁ。
「それって、ミルティがフォレノさんに提案したアイデアよね?」
それを聞いて、クルネが話に参加してくる。
「辺境の外から来た人が、危険なところに住みついたり行き倒れたりしていて、一時はかなり混乱していたみたいだから……」
ミルティの言葉を聞いて俺は納得した。なるほど、彼女なら王都暮らしも長いし、その辺りの発想だって出てくるか。
「それじゃ、決まりだな。……もちろん、向こうが断るならそれまでだが」
「ええ、無理強いするつもりはありません」
アルバート司祭の言葉に同意すると、俺は立ち上がった。今なら、カルシャ村の人たちも眠りについてはいないだろう。明日の朝一番でいきなり言われても困るだろうしね。
結局、最長老のトルナエさんと幼い子供二人、それに辺境での居場所を確保するための先発隊として成人男性一人が、俺たちと一緒に巨大怪鳥に乗り込むことになったのだった。
◆◆◆
「神子様、このたびは本当に何から何まで……」
「いえいえ、あくまで私たちの旅の目的を損ねない程度でしかありません。ここにいる皆さんを全員連れて行くことができればいいのですが……」
翌日。俺たちは一緒に巨大怪鳥便に乗り込む四名と共に、カルシャ村の人たちと別れの挨拶を交わしていた。
「そのようなことはありませぬ! この老いぼれとあの二人の幼子に合わせて、旅程がずれこんでいたのは間違いのない事実。とてもありがたいことですじゃ……!」
「神子様、このご恩は忘れません!」
そんな、なんだかむず痒い視線と言葉の嵐の中、俺は昨晩転職させたオネスティさんの下へと近づいた。
「これは神子様、どうかなさいましたか? ……あ、ひょっとして一回目のお支払でしょうか!?」
「いえ、そうじゃなくてですね……」
慌てて自分の荷物からお金を取り出そうとするオネスティさんに対して、俺はとある小箱を差し出した。大人の握りこぶし二つ分ほどの大きさのそれは、金属と木材を組み合わせたもので、よく見れば上品な細工が施されていた。
「あの……これは?」
「魔物避けの結界を発生させる魔道具です。ここの突起を押せば効力が発生して、こっちを押せば止まります。……ただ、ずっと起動させていると五、六日で効力が切れてしまいますから、危険そうな場所で使ってください」
戸惑う彼の手にその小箱を乗せて、俺は口を開く。
これは、辺境へ旅立つ俺たちにミレニア司祭がくれた魔道具だ。半ば実験的に作ったという彼女の作品ではあるが、その細工師としての腕は疑っていない。
魔道具だと聞いて、小箱を持つオネスティさんの身体に緊張がはしるのが分かった。身近に細工師がいると感覚が麻痺しそうになるが、本来、結界の魔道具は希少で高価なものだ。彼の反応も無理はなかった。
「そのように貴重なものを……よろしいのですか!?」
「辺境で返して頂ければ結構ですよ。こう申し上げてはなんですが、私たちはモンスターに襲われてもなんとかなりますからね」
俺はそう言うと、視線をクルネやミルティに向ける。彼女たちが剣士と魔術師であることを知っているオネスティさんは、納得したように頷いた。
「それに、そもそも巨大怪鳥で移動している私たちを襲うモンスターなんていませんからね」
「たしかに……。それでは、神子様のご厚意をありがたく頂戴します」
オネスティさんは、まるで捧げ物でも持つかのように小箱を掲げてみせた。……いや、そこまでしなくても。
事情を説明したのか、カルシャ村の人たちからわっと歓声が上がるのを背中で聞きながら、俺は巨大怪鳥へと歩みを向ける。
俺たち八人と一匹が辺境へ辿り着いたのは、その翌日のことだった。