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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
転職の神殿を開きました
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跋扈

【クルシス神殿助祭 カナメ・モリモト】




 突如として一帯を覆った魔力に気付いたのは、俺だけではなかった。


「何これ!?」


「これは……?」


「いったい何事でしょう……」


 俺と同じタイミングで、『聖騎士』を除く『聖女』三人が動揺を見せる。その様子を見て、俺はいま起きている事態について確信を深めた。


「皆、どうした……?」


 突然動揺し始めた『聖女』三人に、メルティナが声をかける。魔力の話を伝えたのだろう、メヌエットが彼女に耳打ちすると、メルティナが驚いた表情を浮かべた。


 俺がふと隣を見れば、クルネとアルミードも、何が起こっているかまるで分かっていない様子だった。

 『村人』になって魔力感覚が喪失したメルティナや、純粋な戦士職であり、魔力感覚が備わっていない二人からすれば、それは当然のことだった。


「キュゥゥゥ……」


 ただ、野生の勘なのか、それとも妖精兎フェアリーラビットの種族特性なのかは分からないが、キャロはこの事態を知覚しているらしく、耳をしきりに動かして周囲を警戒していた。


「カナメ、どうしたの!?」


 俺たちのただごとではない様子に驚いたのか、クルネが真剣な顔で訊いてくる。彼女だけでなく、その場にいるアルミードやノクトたち、魔力感覚のない全員に聞こえるように、俺は努めて大きな声で事態を説明した。


「今、異常な魔力がこの一帯に広がっている。おそらく、この公園だけ、なんてレベルじゃない」


「……そいつの言う通りだよ。少なくとも、この貴族街はすっぽり覆われてる。」


 俺の言葉を補足したのは、魔術師マジシャンメヌエットだった。俺が意外感を持って彼女を見ていると、それに気付いたメヌエットが、不機嫌そうにそっぽを向いた。


「カナメ殿。あくまで念のために確認しておきたいのだが、これは貴公の企みではないのだな?」


 そんなメヌエットに代わって、メルティナが口を開く。


「クルシス神に誓って、俺たちの仕業じゃない」


「そしてもちろん、私たちでもない」


 その言葉を肯定してみせると、メルティナは重ねるように『聖女』たちが関与していないことを主張する。たしかに、さっきまで戦闘に会話にと大忙しだったのだ。こんな大規模な魔力を発生させるような余裕があったとは思えない。


 それに、意識を凝らして魔力の濃さを確認すると、発生源はもっと中央――上級貴族の館が密集しているエリアであるように思えた。


 俺たちと『聖女』は無言で睨み合う。だが、そこに先程までの険悪さはなく、お互い困惑している様子が見て取れた。


「では、いったい何が……?」


 思考を巡らせていたメルティナが、ぽつりと呟く。だが、それに答えられる者は誰もいなかった。その代わりに、俺は一つの提案をする。


「まあ、考えこんでいても始まらないだろう。公園の外の様子を探るべきだ」


 俺たちは、小規模な森といっても過言ではない、木々の多い公園の中央部にいる。そのため、現在の貴族街がどんな状況にあるのかを窺い知るのは、非常に困難だった。


「む、そうだな。……それでは――」


 俺の言葉を受けて、メルティナが口を開けた瞬間だった。がさり、という音がして、一人の男が姿を現す。すると、その姿を認めたクルネが声を上げた。


「ノクト、お疲れさま! どうだった?」


……どうやら、いつの間にかノクトは偵察に出ていたらしい。俺は『聖女』たちに集中していて気が付かなかったが、さすがは元パーティーメンバー、クルネは彼が姿を消したことに気付いていたようだった。


 クルネのねぎらいの言葉に手を上げて応えると、ノクトはその面に緊迫した表情を浮かべる。その顔を見た俺は、なんだか嫌な予感を覚えた。

 ノクトは、いつものお気楽な口調とはかけ離れた声で、外の様子を説明する。


「……ありゃヤベぇぞ。貴族街で、モンスターが暴れ回っていやがった」




 ◆◆◆




「なんだと! いったいどんなモンスターだったのだ!?」


 ノクトの言葉に対して、最初に反応したのは『聖騎士』だった。彼女はノクトにその詳細を問いかける。


「どんな、って言われてもな。巨大鼠ギガントラットみたいなE級モンスターから、巨大怪鳥ロックのようなB級モンスターまで、よりどりみどりだったぜ。ぱっと見ただけでも複数体いたからな、この王都全体でどれくらいの数がいるのか想像もつかねえ」


 その返事にメルティナは目を見開いた。もちろんそれは彼女だけの話ではなく、その場にいた誰もが、似たような表情を浮かべているのが窺える。


「くっ……! 皆、民を守りに行くぞ!」


 メルティナの決断は早かった。彼女の状態を考えれば、それは簡単に出せる結論ではなかったはずなのだが、その瞳に迷いはなかった。そんな『聖騎士』に向かって、俺は話しかける。


「メルティナ、どうするつもりだ?」


「決まっているだろう! モンスターを倒し、傷ついている者があれば癒す!」


「王都にいるのは、教会の信徒ばかりではないだろう?」


「馬鹿にするな! この非常事態に、信徒でなければ守らぬなどという、そんな外道な真似ができるものか!」


 俺の言葉を聞いた彼女は、怒気をはらんだ声でそう叫んだ。その言葉を聞いた俺は感心した。


 メルティナは、まだ『村人』に転職ジョブチェンジさせられたままだ。生まれた時から聖騎士パラディン固有職ジョブを持っていた彼女からすれば、突然の能力低下によって、立っているのもやっとだろう。


 彼女が身に着けている鎧は全身鎧フルプレートではないが、要所の防御力に重点を置いた作りなのか、それでもかなりの重さが窺えるものだった。

 その状態で、ここまで言えれば大したものだった。彼女の高潔な人間性については、短い付き合いながらも、それなりに分かったつもりだ。俺はそう結論付けると、彼女に軽く頭を下げる。


「……悪かった。念のために聞いただけだ。気を悪くしないでほしい」


 その行動に面食らったのか、メルティナがなんとも言えない面白い表情を浮かべていた。


「俺たちも放っておく気はないしな。王都が荒れてしまっては商売が上がったりだ」


「……それは心強い」


 メルティナはその物言いに僅かに眉を顰めていたが、特に何も言うつもりはないようだった。そんな彼女に対して、俺は一つの提案をする。


「ところで、一つ頼みがあるんだが……」


「む?」


 不思議そうな顔をするメルティナから視線を外すと、俺は彼女の後ろにいる二人の治癒師ヒーラーを見やる。


「そっちにしても、俺たちにしても、やることは同じだ。王都に出現したモンスターを倒し、負傷した人がいれば治療する。そして、もし元凶があれば、それを突き止め対処する」


「その通りだ」


 俺の言葉にメルティナが頷く。


「そこでだ。図々しい願いだと分かっているが、治癒師ヒーラーのどちらか一人は、俺たちに同行してもらえないか?

 見ての通り、こっちは戦士職しかいない。負傷している人たちを見つけたとしても、治療する術がないんだ。同じパーティーに治癒師ヒーラーが二人いるよりは、多くの人々を助けられると思うんだが……」


「は!? 本気で言ってんの?」


 俺の言葉に反発したのは、魔術師マジシャンメヌエットだった。


「さっきまで戦ってた奴のところに、一人で仲間として加われ? そんなの無理に決まってるじゃん。いつあんたたちに襲われるか分からないのに」


「メヌエット」


 さすがに言い過ぎだと判断したのか、メルティナが少し咎めるような声を出した。だが、彼女自身、あまり乗り気ではないようだった。


「カナメ殿、貴公の申し出は非常に合理的だと思う。だが、メヌエットの言葉にも一理ある。私やメヌエットならともかく、治癒師ヒーラーは単独での戦闘能力が低い。そんな人間が、単身で君のパーティーに合流するというのは、精神的な負担が大きすぎるだろう」


 メルティナはどこか申し訳なさそうに、だがはっきりとそう言った。


「つまり、治癒師ヒーラーの心次第というわけだな?」


「脅迫はさせぬぞ」


 間髪を入れずそう答えた『聖騎士』に苦笑いを返すと、俺は治癒師ヒーラーの一人と視線を合わせた。今はマスクを着けていてよく見えないが、その下にある素顔はよく知っている。俺は、真面目な顔で彼女に声をかける。


「一緒に来てくれないか?」


 そんな俺を馬鹿にするように、メヌエットが乾いた笑い声を上げた。だが、その笑い声はすぐに驚きへと変わる。


「あの……わたしでよければ……」


「……え?」


 そんな治癒師ヒーラーの返事によほど驚いたのか、メヌエットは素っ頓狂な声を上げた。


「ミュスカ、本気で言ってるの? アイツに弱みを握られてるとかだったら、ボクたちに相談しなよ」


 なんとも散々な言われようだ。だが、彼女は身に着けていたマスクを外すと、にっこりと微笑んだ。


「カナメ君のことは、よく知っていますから……」


 神学校の同期生は、そう言うと俺のほうへ近づいてくる。その一方で、メヌエットが唖然とした表情を浮かべているのが面白かったが、ここでからかうとこじれそうなので、自制心を総動員して沈黙しておこう。


「久しぶりだな、ミュスカ。合同神殿祭以来か」


「はい……! まさか、こんなところでカナメ君に会うなんて、思っていませんでした。……転職ジョブチェンジの神子の正体を聞いた時には驚きました……」


 そう言うミュスカの顔には、少しだけ寂しそうな色が浮かんでいた。そんな彼女に、俺は素直に謝ることにした。


「あー、その……隠してて悪かった」


 俺がそう口にすると、彼女は驚いた様子で、ぶんぶんと首を横に振る。


「そんな……カナメ君が謝ることないです……」


 と、そんな会話をしていたところ、横から呆れたような声が聞こえてきた。


「――なんだ、本気で知り合いなわけ?……もう、心配して損したよ」


「あの……ごめんなさい、メヌエット」


「謝らなくてもいいよ。あいつと直接戦ったメルがどう思うかは知らないけど、ボクは特に恨みもないし」


 そう言って、メヌエットはあっさり引き下がった。すると、次いでメルティナが口を開く。


「私だって、恨みに思ってなどいない。……ミュスカがそれでいいのなら、私たちは三人でモンスター討伐に出るとしよう。カナメ殿、ミュスカをよろしく頼む」


「分かりました。こちらこそ、無理なお願いを聞き入れてくださって、ありがとうございます」


 メルティナの言葉に応えて、俺はそう言うと頭を深々と下げた。そして顔を上げると、メルティナが不思議そうな表情を浮かべているのが目に入る。見れば、隣のメヌエットも毒気を抜かれた顔だ。


「……アンタ、なんで今さら丁寧な話し方になるのよ」


「はぁ……。戦う相手に対してならともかく、共闘する関係にあるのなら、礼儀があって当然かと思いますが……」


「……まあ、いいけどさ」


 そんな、どこか呆れた様子のメヌエットに対して、今まで口を開いていなかった、もう一人の治癒師ヒーラーが声をかける。


「メルティナさん、メヌエットさん、そろそろ外へ出ませんか? あまりのんびりしていると、人々への被害が広がってしまいます」


 いつの間にかマスクを外していたもう一人の治癒師ヒーラーは、心から王都の人々を心配しているような口ぶりで、二人を急かした。


 ミュスカが以前に『ファメラさん』と呼んでいた、治癒師ヒーラーの先輩というのは、彼女のことなのだろう。目立つ美人というわけではないが、いかにも優しげな顔立ちが、薄緑色の髪とよく合っていた。


 先ほどの発言からしても、慈愛に満ちた性格のように思えるし、正直に言えば、ここにいる『聖女』の中で一番『聖女』のイメージにハマっているのは彼女だった。……なんせ、『聖女』のイメージから程遠い子もいるし――。


「……なんかアイツが失礼なことを考えてる気がする」


 そんな俺の心を読んだかのように、メヌエットがこちらを睨んでくる。……なんでバレた。とりあえず、なんのことだか分かりません、という表情を浮かべてごまかそう。


「メヌエット、行くぞ! ファメラが言った通り、事態は一刻を争う」


「あ! ちょっと、待ってよ!」


 メルティナはそう言うと、現れた時と同じような唐突さで姿を消した。……といっても、固有職ジョブが『村人』のままなので、普通に目で追えるレベルではあるんだけどね。


 おっと、そうそう、彼女に固有職ジョブを返しておかなきゃな。王都にモンスターが跋扈している状況では、彼女の力は必要不可欠だ。今さら、彼女が俺たちに襲いかかってくることもないだろうしね。


 俺はそう結論付けると、彼女を再び聖騎士パラディン転職ジョブチェンジさせた。またもや、俺の中からごっそり力が持っていかれる。


 どうやら、上級職は一般の固有職ジョブとは比べものにならないほど、何かのエネルギーを消耗するようだった。感覚的なものではっきりしないが、上級職の転職ジョブチェンジはあと一回できるかどうか、といったところだろう。


 その直後、メルティナの動きが格段に良くなった。自分の手の平を見つめて驚いている様子だったが、すぐに頭を切り替えたのか、彼女は両隣を走っていたメヌエットとファメラを両脇に抱えると、凄まじい速度で公園の外へ飛び出した。


……うわー、無茶するなぁ。俺はそんな感想を抱きながら、彼女たちの姿が見えなくなるのを見送った。メルティナが『村人』転職の事実に気付いた様子はなさそうなので、後を引くようなこともないだろう。……そう願いたい。


「カナメ、私たちも行くんだよね?」


 そんなことを考えていると、クルネから声がかけられた。正直なところ、この国の貴族にはあまりいい思い出がないので、ちょっとくらい被害を被ってもらったほうがスカッとするような気もするが……いや、やめておくか。他に善良な貴族だってたくさんいるはずだし、彼らのために頑張ろう。


 俺はそんな逡巡などおくびにも出さず、クルネの言葉に頷いた。


「行こう」


 その言葉に皆が頷くのを確認すると、俺は貴族街へと駆け出した。




 ◆◆◆




 貴族街は大混乱に陥っていた。悲鳴を上げて逃げ惑う人々や、決死の表情で魔物に向かう者たち。そして、そんな彼らに襲いかかる多種多様なモンスター。


 公園の外は、思っていたよりも深刻な事態になっていた。公園で時間を取りすぎたことを反省しながら、俺は目の前の巨大鼠ギガントラットに向かって、キャロをけしかける。


「キュッ!」


 キャロの蹴りを受けて、全長二メートル以上ある巨大鼠ギガントラットが吹き飛ぶ。その光景を見て、襲われていた人々が目を丸くするが、構っている暇はなかった。


「っ!」


 クルネが近くの塀を足場にして跳躍する。彼女が狙っているのは、空から奇襲を繰り返している蝙蝠型のモンスターだ。敵が滞空している高さまでは届かないものの、クルネは跳躍が最高高度に達した瞬間、長剣を振りぬいて衝撃波ソニックブームを放つ。


 まさか遠距離攻撃が飛んでくるとは思っていなかったのか、衝撃波ソニックブームの直撃を受けた大蝙蝠は、そのまま地面へ叩きつけられて動かなくなった。


「クルネっ!」


 着地して体勢の崩れたクルネに向かって、犬型の魔物が飛びかかった。だが、それを読んでいたのか、アルミードはその軌道上に身体を滑り込ませると、持っている盾を犬の顔面に叩きつける。


 その直後、アルミードの盾の表面で、何かが破砕する音が響いた。おそらくは頭蓋が砕けたのだろう。そうしてのけぞったモンスターの隙を逃さず、アルミードは剣を一閃させる。致命傷を受けた魔物は、血の華を咲かせてどうっ、と地に崩れ落ちた。


「分かってはいたけど、数が多いな……」


「ええ、まったくです。D・E級モンスターが多いのが救いですね……っと!」


 俺の独り言に反応したのは、薬師ケミストのマイセンだった。直接戦闘には向かないと聞いていたのだが、彼が懐から取り出す劇薬は、かなりの破壊力を持っていた。


 今も、マイセンが撒いた謎の粉末によって、石蜥蜴ストーンリザードが突然昏倒したところだった。そして、無防備になった魔物目がけて、グラムが金属棒を叩きつける。

 特技スキル衝撃強化グレートインパクトによって強化された一撃は、石蜥蜴ストーンリザードの強固な鱗を抜けて、その内部を破壊してのけた。


「しかも、密集している様子もない」


 そう言いながら、俺は空から襲ってきた巨大な羽虫の攻撃を避ける。方向転換をしようと動きの止まった一瞬の隙をついて、キャロが光弾をモンスターに撃ちこんだ。光弾が直撃し、羽虫が爆散する。


「では、二手に別れますか?」


 どうやら、マイセンは俺と同じことを考えていたようだった。たしかにD・E級のモンスターは、固有職ジョブ持ちにとっては驚異ではない。だが、一般の人々にとっては、悪夢としか言いようのない存在であることに変わりはなかった。ならば、今のメンバーを分割して事に当たったほうがいい。


 元々、薬師ケミストのマイセンがいるのにミュスカを借りた理由は、今のパーティーを分割する可能性を考えていたからだ。ビビりな俺としては、パーティーに回復役がいないなんて事態はできるだけ避けたかったのだ。


 あっちの『聖女』に関して言えば、治癒師ヒーラーのファメラもいるし、『聖騎士』だってそれなりの回復魔法は使えるはずだ。それに、そもそも上級職持ちがいる時点で、致命的な事態に陥る可能性は非常に低いと考えられた。


「あの、大丈夫ですか……!?」


 モンスターを立て続けに倒したおかげで、この場には少しモンスターの空白地帯ができていた。その隙に、ミュスカは倒れていた執事風の男に駆けよると、治癒ヒールをかける。


 彼女は大治癒キュアも使えるはずだが、今は魔力を温存してほしいと頼んでいたため、それなりの治癒魔法にとどめているようだった。だが、そんなことを知らない執事風の中年男性は、感極まったようにミュスカの手を取った。


「ありがとうございます! このまま死んでしまうものと諦めていました……!」


「いえ、その、当然のことをしただけです……」


 ミュスカのそんなやり取りが終わったのを見計らって、俺は大声でみんなを呼び集めると、パーティー分割案を提示した。どうやら、みんな似たようなことを考えていたようで、分割案に驚いた人間は誰もいなかった。


「たしかに、このままじゃ効率が悪いな。ただ、ここにいるメンバーを分割すると、それぞれの危険は増すぜ?」


 そんな中、ノクトが念押しをするように俺に確認を求める。


「多少の危険は仕方ありません。ただし、無茶はしないでください」


 俺の言葉に、その場の全員が頷いた。そんな張りつめた空気の中、ノクトが再び口を開いた。


「ところでよ、これって追加報酬もらえんのか?」


「神殿長には交渉してみますが……。どちらかというと、みなさんが派手に活躍することで、王国政府が褒賞を出さざるを得ない状況に持ち込むことをお薦めします」


「まったく、お前さんは渋るねぇ……」


 俺たちのそんな会話に、周囲から軽い笑いが起きる。


 ノクトのことだ、ひょっとしたらこれを狙っていたのかもしれないな。ずっと緊張で張りつめていると、ふとした拍子に集中の糸が切れてしまうし、それは今の状況下では致命的だからだ。


 そんなことを考えてノクトのほうを見ると、彼は肩をすくめて俺の視線に応えた。


「それで、メンバー構成はどうするんだ?」


「アルミード、マイセン、グラム、ノクト、カーナで一チーム。残る俺、キャロ、クルネ、ミュスカでもう一チーム。そう考えている」


 俺がそう答えると、アルミードの眉がぴくりと動いた。……あ、やっぱりクルネさんと一緒がよかったですかそうですか。


 とはいえ、彼らは元々一つのパーティーだ。下手に分割してしまうよりは、そのまま運用したほうが、より高いパフォーマンスを発揮するだろう。クルネも連携という意味では問題ないだろうが、彼女がいなくなってしまうと、さすがにこっちがヤバいし。


 それはアルミードにも分かっているのだろう。彼の口から反対意見が出ることはなかった。


「カナメよぅ、別嬪を二人とも連れて行くなんて、少し大人げないんじゃねえか?」


 唯一、反対意見を出したノクトも、言いながら目が笑っている。


「カーナさんがいるじゃありませんか」


 そう答えると、ノクトはわざとらしくのけぞってみせた。


「へっ、カーナじゃ力不足ってもん……」


「――ノクト、あんた誤射に気をつけなよ」


 ノクトの軽口に反応して、カーナが弓を構えてみせる。だが、ノクトは両手を上げながらもどこ吹く風だった。


 そんな中、アルミードがすっと進み出る。


「じゃあ、二手に別れよう。クルネ、無事で。『聖女』様もお気を付けて」


 アルミードは優雅に一礼すると、後ろにいたメンバーに出発の号令をかけた。……おお、あいつがリーダーっぽいことをしてるの、初めて見たかもしれない。


「……って、あいつ、俺だけさらっと無視したな」


 俺がそう呟くと、クルネが軽く笑い声を上げた。


「あれは、アルミードなりの茶目っ気だと思うわ。ちょっと顔が笑ってたもん」


「まあ、別にいいけどさ……」


「あの、カナメ君……? 私たちはどこへ行きますか?」


 俺のぼやきに合わせるようにして、ミュスカが問いかけてくる。アルミードたちは、平民が多く住むエリアが気になる、と外周部へと向かっていた。それに同調して、別のルートから外周部を目指すのもありだろう。


 だが、俺は逆側へ進むつもりだった。


「ミュスカ、この変な魔力なんだが、どっちに向かって濃くなっていると思う?」


「あっちです……」


 俺の問いに対して、ミュスカは自信なさげに、王城の方角を指差した。その答えを聞いて、俺は大きく頷く。


「俺もそう思う。もちろん無理をするつもりはないが、原因究明のためにも、王城を目指して進もう」


 ひょっとしたら、辺境で起きた事件の真相にも近づけるかもしれないしな。そんなことを考えながら、俺は王都の中心部を目指して進んで行った。




 ◆◆◆




「クルネ、一つ伝えておきたいことがある」


 王都の貴族街では、相変わらず怒号や悲鳴が飛び交っていた。襲ってくるモンスターを迎撃して進む道すがら、俺はクルネに話しかける。


「どうしたの?」


 クルネはそう聞き返しながら、数メートル先にいる魔物を斬り捨てた。衝撃波ソニックブームではなく、斬撃そのものが飛んでいっているあたりからすると、真空波みたいな特技スキルだろうか。


「戦士職のクルネには分からないだろうが、今この街を覆っている魔力は――」


 そう言いながら、俺は飛びかかってきた蛙型モンスターの突撃を回避しようとする。すると、ガンッ、という音がして、モンスターが俺の一メートル手前で激突音を上げた。ミュスカの魔法障壁だ。


「キュッ!」


 見えない壁に激突して動きの止まった魔物に対して、キャロが容赦のない蹴りを叩きこむ。モンスターは近くの塀に激突して、半ばめり込むような状態で倒れた。


「――この魔力は、シュルト大森林に漂っていた魔力と同じものだと思う」


「えぇっ!?」


 よほど驚いたのか、クルネが少し裏返った声で返事を返してきた。そんな俺たちを、ミュスカが不思議そうな顔で見比べる。


「じゃあ、この事件の犯人が……」


「可能性はあるな。……まあ、たまたま同じ性質の魔力を持っているだけかもしれないが」


 そう答えると、クルネの目に真剣な色が灯った。かつて、シュルト大森林でモンスターが異常発生していた時には、多くの人間が犠牲になった。そのことを思い出しているのだろう。


 と、そんなことを思いながら大通りの角を曲がると、そこにはあまり見たくない光景が広がっていた。あれは……。


「うわぁ……あれ、全部虫系のモンスターよね」


 クルネがさも嫌そうに呟いた。そう、俺たちの目の前に展開されているのは、二十匹近い虫型モンスターが群れている様子だった。虫嫌いの人間であれば、見ただけで卒倒しかねないビジュアルだ。


「……ん?」


 よく見ると、虫たちは何かの光に群がっていた。夜のわりに虫がはっきり見えると思ったら、どうやらそのせいだったようだ。


 その時だった。


 ゴウッ、という音と共に現れた火炎の網が、光に群がっていた巨大虫群を包み込んだ。夜の闇を煌々と照らす紅蓮の檻は、次第にその大きさを狭めていく。その過程で炎の網から押し出された巨大虫が、例外なく黒焦げになって落下していくのが見えた。


「やるなぁ……」


 俺はそう呟くと、辺りを注意深く見回す。すると、炎の網が消滅したのとほぼ同じタイミングで、火炎魔法の術者の姿が目に入った。


「ミルティ!」


 と、俺が声をかけるよりも早く、クルネが術者たる幼馴染に呼びかける。名前を呼ばれたミルティは、こちらの姿を認めると、驚いた様子もなく小走りで駆けてきた。


「クーちゃん、カナメさん、やっぱり来ていたのね。……あら? ミュスカちゃんもいるの?」


「はい、お久しぶりです」


 ミルティの言葉に、ミュスカが微笑みながら挨拶を返した。そうか、そう言えば、この三人は顔見知りなんだな。

 クルネは俺が瀕死の時にミュスカを教会から連れてきてくれたし、ミルティはミュスカに石化防護レジストストーンの魔法の手ほどきをしてたもんな。


「ミルティは一人なのか?」


 いくらミルティが魔術師マジシャンだとは言え、この数のモンスター相手に単独行動するのは危険だった。そんな俺の問いかけに、ミルティははっとした表情を浮かべた。


「ミュスカちゃん、あそこで倒れている衛兵さんの治療をお願いできる?……彼らと一緒にここまで来たのだけれど、突然あの虫の大群に襲われて……」


 彼女の言葉を聞いた俺は、さっきまで巨大虫が密集していた場所に目をやった。すると、倒れている人間が数人目に入った。彼らが衛兵で間違いないだろう。


「はい……! そのために、カナメ君に付いてきたんですから」


 ミュスカはそう答えると、倒れ伏している彼らの下へと向かった。上空から、鳥型の魔物がミュスカに襲いかかるが、それをクルネがすれ違いざまに斬り捨てる。


「クーちゃん、さすがね」


「ありがとう。……さっきの炎の網を見せつけられた後じゃ、なんだか気遅れするけどね」


「その代わり、だいぶ魔力を消耗したのよ。クーちゃんたちと合流できて助かったわ」


 そんな幼馴染たちの会話を背中で聞きながら、俺はミュスカの治療を眺めていた。衛兵たちはなかなか凄惨な状態だったが、幸いなことに致命傷までは受けていないようだった。ミルティが早々に巨大虫を焼き払ったのが功を奏したのだろう。


「あぁ、聖女様……! ありがとうございます!」


 回復した衛兵たちは、拝まんばかりの勢いでミュスカに礼を言うと、彼女の言葉に従って安全そうな方角へと退避する。完全回復まではさせていないが、逃げるだけなら充分だろう。


……ん? なんだか俺たち、『聖女さまとそのご一行』みたいなことになってないか?

 そういえば、元々隠密行動をするつもりだったせいで、俺はクルシス神殿の法服を身に着けていない。それに対して、ミュスカはいつもの『聖女』の服装をしていたため、宣伝効果は明らかだった。


「あの、ちゃんとカナメ君たちの活躍も報告しますから……」


 そんな俺の思考を読み取ったのか、ミュスカがそんなことを言ってくる。あれ、そんなに顔に出てたかな。それはさすがに情けないんだが。


「なんのこと? 誰が活躍したかなんてどうでもいいさ。被害を小さく抑えることができれば、それで充分だ」


 なので、知らないふりをしてみる。……うーん、我ながら嘘くさい台詞だったかな。ちょっと棒読みになった気もするし。


「カナメ君、欲がないんですね……凄いです」


 だが、ミュスカには有効だったらしい。相変わらず素直で心配になるなぁ。いや、それが彼女の長所だと言えばそれまでなんだけどさ。


「そんなことはないが……それより急ごう」


 俺は皆に向かってそう言うと、再び街の中を走り出した。漂っている魔力の中心部は、もうすぐそこだった。


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