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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
転職の神殿を開きました
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討伐遠征

「――諸君らに神のご加護があらんことを!」


 王国北部に位置する村、メルーゼ村を占拠した岩蜥蜴ロックリザードの討伐隊は、遠征を主導したバルナーク大司教の檄を受けて、王都から送り出された。


 教会が討伐隊を派遣するとの触れ込みを受けて、出発当日は多くの王都住民がその様子を見に詰めかけたものだ。娯楽にはあまり事欠かない王都の人間であっても、これだけの一大イベントを見る機会などそうはなかった。


 そんな出発時の様子を思い出しながら、王国教会に所属する神官戦士、パルナスは行軍していた。神官戦士といっても、もちろん神話や英雄譚に出てくるような固有職ジョブ持ちの集団ではない。


 彼らはあくまでモンスター討伐などの荒事を主とする教会の戦闘部隊であり、その戦闘能力は一般的な兵士と大差のないものだった。


 そのため、モンスター討伐のような危険度の高い任務については、彼らのみで行うような事は少なく、誰かしらの固有職ジョブ持ちと行動を共にすることが常となる。だが。


「……まさか教会の『聖女』様があんなに若いとはな」


 考え事をしていたパルナスに話しかけてきたのは、隣を歩いていた同僚だ。その視線は、今回の討伐遠征の要たる『聖女』へと向けられていた。


 厳密に言えば『聖女』認定は受けていなかったはずだが、教会が主導する討伐隊の旗印となっている以上、そのような事はもはや些末事だった。


「まあ、誰にだって若い時期はあるさ」


 そう言いながら、パルナスも彼女に視線を送った。件の『聖女』はまだ十五、六歳といったところだろうか。非常に容姿の美しい少女であり、正式に『聖女』として認定されれば、一番人気を誇る『聖騎士』とまではいかないまでも、その次くらいの人気を得る可能性は充分にあった。


 現に、討伐隊に参加する若い神官戦士の中で彼女は大人気だ。パルナス自身はもう妻子もいるいい年齢の人間であり、今さら少女に熱を上げるような若さはないし、どちらかというと自分の娘のような感覚だ。


 だが、討伐隊の中央で小さくなっている彼女を見ると、なんとなく庇護欲のようなものが湧いてくるのも事実だ。一度近くで見た時に、不安そうに兎を胸に抱いていた姿がパルナスには印象的だった。


 彼女の為にもできるだけ犠牲者を減らしたいものだ。そう考えるパルナスだったが、それが願望でしかないことはよく分かっていた。


 なぜなら、今回の討伐対象は岩蜥蜴ロックリザード石蜥蜴ストーンリザードの群れだ。石化の魔眼を使える岩蜥蜴ロックリザードは二、三体しかいないというのが首脳陣の予測だが、眷属である石蜥蜴ストーンリザードの数は五十体ではきかないという。しかも、その強固な鱗は生半な剣など弾き返してしまうだろう。


 対して、こちらには治癒師ヒーラーたる『聖女』がいるものの、攻撃の要がいない。……いや、正確に言えば討伐指揮官のガライオス特別司教がいるのだが、いくら『村人』として規格外を誇る特別司教とて、同時に数十体のモンスターに対処できるはずはなかった。


 ただ、ガライオス特別司教は見た目こそ武闘派だが、勝ち目のない戦いを行うような蛮勇の徒ではない。きっと何かしらの策があるのだろう、そう考えながら、パルナスは目的地の村へ向かうのだった。




 ◆◆◆




「すみません、ここいいですか?」


 目的地のメルーゼ村まで、あと数日で到着するという頃合い。野営地の隅にあった空き地で食事をとっていたパルナスは、後ろからかけられた声に振り返った。


「ああ、構わないよ」


 彼は多少驚きながらもそう答えた。なぜなら、そこにはフードを被った人物が立っていたからだ。その声と身体つきから女性であることは間違いないが、こんな人物が討伐隊にいただろうか。


 そんな事を考えながら、パルナスは空地の隅まで身体を移動させる。なぜなら、彼女の後ろにはまだ五人ほど、怪しいフードの集団が立っていたのだ。


「ありがとうございます。私たち、食事の時間に遅れてしまったものですから……」


 食事が配られたのはだいぶ前だ。なぜ今頃から食事を始めるのか、という疑問が顔に出ていたのか、女性はそう説明した。すると、彼女の後ろから何やら賑やかな会話が聞こえてくる。


「マイセンのせいだからね!変な薬草見つけたからって、いつの間にかいなくなるのやめてよ!」


「そう言われましても、あの薬草はこの辺りでは滅多にお目にかかれない――」


「カーナ、いいじゃないか。マイセンの調合する薬にはいつも助けられているんだし、食事が遅れるくらいなら構わないさ」


「……まあ、アルミードがそう言うならいいけど……」


 フードだらけで誰が誰やら分からないが、どうやら彼らは皆仲がよさそうだった。少なくとも悪い人物ではなさそうだ、と安心したパルナスは、初めに話しかけてきた女性に向けて口を開いた。


「君たちも討伐隊の参加者だよな?」


「はい、そうです。普段は『聖女』様の近くにいるのですけど、ちょっと色々あって……いただきます」


 女性はそう言いながらフードをとると、夕食に手を伸ばした。その素顔を見てパルナスは軽く驚いた。彼女は、今回の遠征の旗印たる『聖女』に負けず劣らずの美少女だったのだ。

 美しさの方向性が違うため比較はできないが、もし最初からその容姿を明らかにしていたら、若い神官戦士の間で人気を二分していたかもしれなかった。


 だが、彼女はその容姿を気にかけている様子もなく、目の前のシチューをはふはふと食べていた。その姿は、とてもモンスター討伐に赴く類の人間に見えない。


 そういえば、今回の『聖女』はこれが初陣であるため、その心労を和らげるべく、通っている神学校の生徒を幾人か参加させていると聞く。おそらく、彼らがその生徒なのだろう。


 パルナスはそう判断すると、彼らを温かい目で見守るのだった。




―――――――――――――――――




剣士ソードマン クルネ・ロゼスタール】




「こんなにいるの……!?」


 メルーゼ村へ辿り着いた討伐隊が見たものは、彼らの予想を上回る、おびただしい数の岩蜥蜴ロックリザードたちの群れだった。モンスターの数は五十と見積もられていたが、これは下手をすると百近いかもしれなかった。


 その光景に思わず呟きを漏らしたクルネだったが、いつまでも唖然としている訳にはいかなかった。大丈夫、カナメは後詰で前線に出てくることはないし、彼の傍にはキャロちゃんもいる。そう自分に言い聞かせる。


 ただ、キャロは『聖女』のペットという体で連れてきており、カナメ自身も彼女の護衛のつもりでキャロを『聖女』に預けている。そのため、カナメの守りは万全とは言い難かった。


 となれば、一刻も早くモンスターを殲滅することが最善だろう。クルネはそう判断すると、腰の愛剣に手をやった。


「クルネさん、まるで一人で突貫するような顔をしてますよ?」


 と、そんな彼女に話しかける人影があった。その数は五つ。パーティーメンバー達だ。その内の一人、言葉を発した薬師マイセンのいつも通りの声を聞いて、クルネは少し冷静さを取り戻した。


 彼はその性質上、前線に出ることはないが、『聖女』と共に怪我人の治療にあたることになっていた。


「クルネ、君には僕たちという仲間がいるんだ。何も焦ることはないよ」


 次いで声をかけてきたのはリーダーのアルミードだ。相変わらずの性格だが、こういう時にはありがたい存在だった。


「行軍中は、民たちに冒険者が混ざっていると気取られぬよう気を配っていたが、ここに至ってしまえば遠慮する必要はない。皆の奮戦を期待する!」


 アルミードの声に、残りの五人は同時に頷いた。




 ◆◆◆




「戦闘開始である!!」


 開戦の火蓋を切って落としたのは、ガライオス特別司教の天をも揺るがす大音声だった。その声と同時に、クルネは石蜥蜴ストーンリザードが密集している場所へ駆け出した。


 本来ならば、まず遠距離攻撃で敵戦力を削りたいところだが、通常の弓矢で鱗の硬い石蜥蜴ストーンリザードを貫くことなど期待できなかった。


 だが、ドスッという音とともに、クルネに近づこうとした石蜥蜴ストーンリザードの頭部に矢が突き刺さる。仲間の弓使い、カーナだ。彼女の特技スキル貫通ペネトレイト石蜥蜴ストーンリザードの硬い鱗をも穿つことができるのだ。


 さすがに絶命はしなかったようだが、矢を受けてもがいている石蜥蜴ストーンリザードを見逃すクルネではなかった。一瞬で間合いを詰めると、その首を斬り飛ばす。


「やっぱり硬い……!」


 予想通りとはいえ、その硬さにクルネは眉を顰めた。これは戦法を変えたほうがよさそうだ。そう判断したクルネは、飛びかかってきた石蜥蜴ストーンリザードを最小の動きで避けると、着地した隙をついてその瞳に剣を突き入れた。


 狙い違わず突き刺さった剣は、石蜥蜴ストーンリザードの脳をも破壊し、その活動を停止させた。


「……っ!」


 そのクルネから離れて数メートルといったところだろうか、グラムが手に持った金属製の棒を、向かってきた石蜥蜴ストーンリザードの首に叩きつける。


 ボグッという鈍い音が響き、石蜥蜴ストーンリザードの首があり得ない角度に曲がった。


 グラムの衝撃強化グレートインパクトは鱗の内部に多大な衝撃を与える。進化の過程で固い鱗を手に入れた石蜥蜴ストーンリザードだが、その内部器官までは進化していなかったようだった。そういう意味では彼の特技スキルは今回の討伐戦に適したものだと言えた。


光剣ルミナスブレード!」


 そんなグラムとは逆に、パーティーのリーダーであるアルミードは攻めあぐねているようだった。彼はクルネのように固有職ジョブを持っているわけではない。そのため、生半の剣撃など弾いてしまう石蜥蜴ストーンリザードの鱗を一刀両断というわけにはいかなかったのだ。


 そこで、アルミードは特技スキルを発動させた。彼が持つロングソードを起点として、三、四メートルにわたる光の剣を形成すると、そのまま直線状に並んでいた石蜥蜴ストーンリザード二匹に叩きつける。


 破壊音が響き、近くの地面もろとも石蜥蜴ストーンリザードが叩き潰されたのを確認して、アルミードは快哉の声を上げた。


「む!?」


 だが、その声に反応した数体の石蜥蜴ストーンリザードが、アルミードの方へ動き出した。彼はじりじりと距離を詰める石蜥蜴ストーンリザードとの間合いを測る。


 と、そのうちの一匹の鼻先に、飛んできた小さな袋がぶつかる。袋は石蜥蜴ストーンリザードに当たると、その中の粉を吐き出した。


「ったく、俺っちに乱戦なんてさせるなよな……」


 袋を投げたのは、盗賊を自称するノクトだった。彼は再び気配隠し(コンシール)特技スキルを使用して存在を薄くすると、石蜥蜴ストーンリザードの様子を窺った。


 すると、袋が当たった石蜥蜴ストーンリザードが突然その場でのたうち始め、十数秒後には動かなくなった。それを見て、彼は少し嫌そうな顔で呟く。


「やれやれ、おっかねえ……。マイセンのやつ、とんだ劇薬作りやがって」


 そう、ノクトが投げつけた怪しげな粉は、薬師マイセンが対リザード用にと調合したものだった。いくら人体には無害だと言われても、その効果を目にしてしまうとその薬を今すぐ捨ててしまいたくなるくらいだった。


 そんなパーティーメンバーを横目でちらりと見ると、クルネは大丈夫だと判断して群れの深くまで切り込んだ。石蜥蜴ストーンリザードが密集している箇所目がけて、アルミードと同じ特技スキルを叩きこむ。


光剣ルミナスブレード!」


 クルネの握っている光の剣は、その長さが六、七メートルになろうかという長大なものだった。彼女はできるだけ多くの石蜥蜴ストーンリザードが効果圏内に入るよう調整すると、その光剣を横に薙ぎ払う。


 眩い光が通りすぎた後に残されたのは、絶命した六体の石蜥蜴ストーンリザードの姿だった。


「よしっ」


 その戦果に彼女は頷き、周囲に目をやった。すると、今まで倒してきた石蜥蜴ストーンリザードよりも二回り以上大きい個体が近づいてきていることに気付く。間違いない。あれが岩蜥蜴ロックリザードだ。それを確認すると、クルネの全身に緊張がはしった。


 クルネは剣士ソードマン固有職ジョブを得ているが、岩蜥蜴ロックリザードの石化の魔眼に対して魔術師マジシャン治癒師ヒーラーほどの魔法耐性があるわけではない。そのため、石化の魔眼を使う前に倒してしまいたかった。


 石化の魔眼といっても、それは見る者すべてを石に変えるような不便な代物ではない。あくまで魔力を眼から発するだけであるため、魔眼発動の兆候を捉えてすぐにその場を飛び退けば、充分回避は可能なはずだ。


 クルネは直線的にならないようジグザグした動きで岩蜥蜴ロックリザードに接近した。そして、横手から襲ってきた石蜥蜴ストーンリザードを仕留めると、いったん屠った石蜥蜴ストーンリザードの陰に身を沈める。


「……!」


 クルネの予想通り、岩蜥蜴ロックリザードが石化の魔眼を放ったようだった。眷属の石蜥蜴ストーンリザードにこそ変化はないが、周りの草花は石と化していく。


 その様子に軽い恐怖を覚えながらも、クルネは石蜥蜴ストーンリザードの陰から出ると岩蜥蜴ロックリザードへ向かって駆け出した。石化の魔眼は魔法のようなもので、矢継ぎ早に繰り出されるわけではない。今が好機だった。


「はっ!」


 クルネは剣が届く距離まで接近すると、石蜥蜴ストーンリザードの時と同じように、その瞳を狙って剣を突き出した。だが、岩蜥蜴ロックリザードは意外にも俊敏な動きを見せてその刺突を避ける。


 逸れた剣先は、岩蜥蜴ロックリザードの頭部をかすめただけだった。どうやら、石蜥蜴ストーンリザードのようにはいかないらしい。先程の反応からすると、石化の魔眼を持つせいか、瞳への攻撃に敏感なように思われた。


 ならば、とクルネは再び岩蜥蜴ロックリザードとの間合いを詰めて、その首目がけて剣を振るう。それはただの剣撃ではなかった。


 クルネが素早く繰り出した剣の軌跡から、少し遅れて闇色の刃が閃いた。本来の剣筋から少しズレるような軌道を描きながら、その刃は岩蜥蜴ロックリザードの首筋を切り裂く。


 先に斬りつけたクルネの剣と合わせて、首に二つの斬撃を浴びた岩蜥蜴ロックリザードは、大量の血をしぶかせて倒れ伏した。

 クルネが旅の間に習得した特技スキルの一つ、追尾刃チェイサーエッジだ。光剣ルミナスブレードほどの破壊力はないが、その分出が早く、使いやすい特技スキルだった。


「やった!?」


 討伐の目玉とされる岩蜥蜴ロックリザードを仕留めたことで、クルネはつい後ろの本陣に視線を送った。だが、それは失策だった。


「クルネ避けるんだ! 魔眼だ!」


「えっ!?」


 警告の声はアルミードのものだった。再び視線を戻したクルネが見たものは、倒したはずの岩蜥蜴ロックリザードがこちらへ向けた視線だった。


(避けられない……!?)


 クルネにとって不運だったのは、岩蜥蜴ロックリザードが彼女の方を向いたまま、倒れこんでしまったことだろう。もはや自力で動くこともできず、その命が風前の灯であることは明らかだったが、その魔眼はまだ機能していた。


「……!」


 クルネは無意識のうちに手を交差させて頭部を庇った。石化で一番恐ろしいのは、そのまま砕かれてしまうことだ。いくら本陣に治癒師ヒーラーがいるとはいえ、即死してしまってはどうしようもなかった。


「……あれ?石になってない?」


 だが、どうやら石化することは避けられたようだった。おそらく、『聖女』がクルネ達にかけてくれた石化防護レジストストーンが効力を発揮しているのだろう。クルネは心の中で彼女に感謝した。


 いくら抵抗魔法に守られているといっても、術者レベルがかけ離れているとその守りを破られることは珍しくない。そのため、クルネ達はできるだけ魔眼に捉えられないように行動していたのだが、どうやらその必要はなかったようだ。


 もちろんわざわざ魔眼を浴びる気はないが、それでも石化防護レジストストーンの効力を実証した意味は大きい。その証拠に、今までどこか控えめだったパーティーメンバーの動きが、少しずついつものそれに戻ってくる。


 その雰囲気を肌で感じたクルネは、自分たちの勝利を疑わなかった。自分へと向かってくる石蜥蜴ストーンリザードの集団へ向かって、彼女は駆け出した。




――――――――――――――――




【ノルヴィス神学校生 カナメ・モリモト】




 戦局は悪くなかった。ここからでは最前線にいるクルネ達の戦いはよく見えなかったが、それでも誰も倒れず、石蜥蜴ストーンリザードの数を減らしている事ぐらいは分かった。


「ふんぬっ!」


 その時、ボグッという鈍い音を響かせて、また一体の石蜥蜴ストーンリザードが地面に転がった。おそらくこれで五体目だろう。


 最前線から少し離れたところに設置された本陣だったが、そちらを狙ってくる石蜥蜴ストーンリザードも決して少なくはない。だが、本陣にはガライオス先生が詰めており、今のところ、彼の攻撃を潜り抜けるようなモンスターは出ていなかった。


「負傷者の回収を急ぐのである!」


 ガライオス先生の言葉に、回収班の動きが目に見えて早くなった。最前線にいるクルネたちのパーティーはともかく、彼女らにモンスターが一斉に集中しないよう、その一段後ろながらも前線を支えている面々はただの村人だ。さすがに無傷というわけにはいかない。


 そのため、彼らの後ろには幾人かの交代要員が控えており、負傷者が出た場合には迅速に交代、負傷者は複数の回収班によってミュスカの下へと運ばれ、治癒魔法を受けるという仕組みになっている。治癒師ヒーラーの存在を核とした、戦闘継続力重視の陣形だった。


 ミュスカの魔力が持つのか心配していた俺だったが、聞いた話では魔力を回復するポーションや結晶が彼女のために用意されているらしく、現在のところ負傷者が魔力切れで放置されるような事態には陥っていない。


「あ」


 そう思っている間にも、一人の神官戦士が石蜥蜴ストーンリザードの尾の一撃を受けて吹き飛んだ。空いた穴を埋めるべく、即座に交代要員が前に出る。手の空いていた回収班が、即座に彼を担架にのせて運んでいった。


「なあ、このままいけば大丈夫そうだよな」


 俺にそう声をかけてきたのは、戦闘訓練の受講仲間だった。特に親しくしているわけではないが、討伐隊の中では数少ない顔見知りだ。俺たちはミュスカの護衛という名目で一番の安全地帯にいるため、会話をかわす余裕は十分あった。


「ああ、崩れなければいいな」


 俺は自身の緊張を切らさないためにそう答えたものの、実際には彼と同じ気分だった。


 前線に襲いかかってくるモンスターはそう多くない。最前線のクルネたちが派手に動いて引き付けてくれているからだ。おかげで、この陣形が崩れるようなことはないように思えた。


「それにしても、あの冒険者パーティーはすごいな」


「全くだな」


 彼の言葉に、俺は全面的に同意した。距離が遠いせいで詳細はわからないが、それでもクルネらしき姿が石蜥蜴ストーンリザードを圧倒していることくらいは分かった。

 突然巨大な光の剣を呼び出した時には驚いたが、彼女が冒険者として旅をしていた半年間で身に付けた特技スキルなのだろう。


 冒険者といえば、彼女のパーティーメンバーも大したものだった。全員が特技スキル持ちだとは聞いていたが、それにしても固有職ジョブを持たない身であれだけ戦えるとは予想外だった。


 と、そんな事を考えていたときだった。ふと視界の隅で何かが動いた。


「なんだ……?」


 気になった俺がそちらを振り向くと、そこには真剣な顔をしたシュミットの姿があった。しかも、彼はこっそり森へ入ろうとしているところだった。


 俺は少し悩んだ。ここからシュミットに声をかけてしまうのは簡単だ。だが、そうすると彼のなんらかの目的は達成できなくなるおそれがある。それは、この討伐隊への参加動機を考えると本末転倒な話だった。


 やがて、俺は「用を足してくる」と仲間の一人に言い残して、こっそり陣を離れた。どのみち俺たちはミュスカの安定剤代わりであり、戦いそのものにおいてはまったく戦力扱いされていない。多少抜けるくらいは大丈夫だろう。


 ガライオス先生も「諸君らを軍規のようなもので縛る気はない」って言ってくれてたしな、と都合のいいことを思い出す。


 そう自分に言い訳をして、俺はシュミットの追跡を開始した。




 ◆◆◆




 シュミットは何かを探しているようだった。周囲に視線を配りながら森の中を進み、時折立ち止まっては耳をすます。そんな動作を何度繰り返しただろうか、突然シュミットの顔に緊張がはしる。そんな彼の視線を辿ると、一体の石蜥蜴ストーンリザードの姿が俺の目に映った。


 シュミットは慎重にモンスターに近づくと、懐から手のひら大の水晶玉のようなものを取り出した。内部にうねるような光が封じ込められていることからすると、おそらく魔法球マジックオーブの類だろう。

 しばらく様子を窺っていたシュミットは、やがて意を決したように魔法球マジックオーブ石蜥蜴ストーンリザードへ投げつけた。


 突如として、ごうっ、と大気のうねる音が響きわたり、同時に標的の石蜥蜴ストーンリザードを中心として鎌鼬が巻き起こった。石蜥蜴ストーンリザードの強靭な鱗をも切り裂く大気の刃は、周囲の木々をも巻き込んで破壊跡を広げる。だが――。


「生きていやがる……!」


 呆然としたシュミットの呟きが俺の耳に届いた。それも無理はない。いくらシュミットが名家の出だといっても、魔法球マジックオーブはそうそう手に入るものではない。

 それは値段の問題もあるが、そもそもの流通量が少なすぎるのが主因だ。その虎の子を使ってモンスターを仕留めきれなかったとくれば、呆然とするのも無理はなかった。


 おそらく、それは相性の問題だったのだろう。鎌鼬の魔法は、どちらかというと斬撃のような物理現象に近い。それゆえ強靭な鱗を持つ石蜥蜴ストーンリザードはそれに耐えることができたのだろう。

 もしこれが火炎や氷結系の魔法であれば、シュミットの目論見通りに石蜥蜴ストーンリザードを倒すことができたのかもしれないが、今さらそれを言っても仕方がなかった。


「キシャァァァァ!」


 全身を切り刻まれ、激昂した様子の石蜥蜴ストーンリザードは、シュミットを睨みつけると怒りの声を上げた。まずい。怒り狂った手負いの獣なんて、危険の代名詞みたいなものだ。俺はとっさに隠れていた木の陰から飛び出した。


「……!」


 今から駆けつけても間に合わないと判断した俺は、盗賊シーフ転職ジョブチェンジすると教会から支給されたナイフを投擲する。

 固有職ジョブの力を得たナイフは狙いを過たず、シュミットに襲いかかろうとしていた石蜥蜴ストーンリザードの右目に突き刺さった。石蜥蜴ストーンリザードは苦悶の叫び声を上げながら、その場でのたうちまわる。


 次いで、俺は足元に転がっていた鋭角な石を拾い上げると、今度は石蜥蜴ストーンリザードの左目に向かって投げつけた。さっきのナイフほどの深さはないが、石は鋭利な面を向けて石蜥蜴ストーンリザードの左目に突き刺さった。


「き、貴様……!?」


 突然現れた俺に目を白黒させていたシュミットだったが、今はそれどころではなかった。


「先にこいつを倒すぞ!」


 勝手にそう宣言すると、俺は腰の剣を抜いた。ナイフと同じく教会から支給されたものだが、まさか本当に使うことになるとは思っていなかったな。


 そんなことを考えながら、俺は同じく剣を構えたシュミットと二人で、じりじりと石蜥蜴ストーンリザードとの間合いを測った。兵士でも神官戦士でもない俺たちだが、戦闘訓練の授業のおかげで、どうにか最低限の動きくらいはできるようになっていた。


 残念ながら自己転職はすでに時間切れだが、満身創痍で視力も奪われている石蜥蜴ストーンリザードなら、二人がかりで戦えば充分勝ち目はあるはずだった。


 俺は石蜥蜴ストーンリザードと対峙すると、ナイフが突き刺さったままの右側面へ回り込むように移動した。せっかく生まれた死角を活かさないのは勿体ない。俺は石蜥蜴ストーンリザードの頭の動きに細心の注意を払いながら、効果的な攻撃手段を模索していた。


 ベストなのは鱗に覆われていない箇所、つまり目や口腔内を狙うことだろう。あとは、腹部も鱗に覆われていない可能性がある。だが、俺たちの付け焼刃の剣術程度でそこを狙えるとは正直思えなかった。ならば――。


「馬鹿野郎!」


 突然、俺の身体を衝撃が襲った。それとほぼ同時に、ブンッと重く鋭い音を立てて、石蜥蜴ストーンリザードの凶悪な尻尾が俺の目の前を通り過ぎる。どうやら、シュミットが俺を突き飛ばしたようだった。


「マジか……」


 今のはヤバかった。当てずっぽうだか何だか分からないが、石蜥蜴ストーンリザードの攻撃はかなり正確に俺を捉えていた。もしシュミットが俺を突き飛ばさなかったら、よくて重傷、悪ければ死んでいた可能性もあっただろう。その事実に俺はぞっとした。


「目を潰したくらいで調子に乗るな! 蜥蜴系のモンスターは嗅覚だけでも位置関係を把握できる!」


 シュミットの怒声が響きわたった。そうか、蜥蜴ってそんな能力があったのか……。俺は頷くと、再び石蜥蜴ストーンリザードと対峙する。しかし、いったいどこを狙えばいいのか。


 ……その命題を抱いて敵を観察し続けた俺は、やがて、ようやく一つの解答を得た。


 俺は再度、石蜥蜴ストーンリザードの右側面へ回った。もちろん死角を利用するためではない。モンスターの頭から尾まで、その全体の動きを視野に入れながら、俺は間合いを詰めた。そして、石蜥蜴ストーンリザードに対して刃を向けていた剣を九十度ひねり、剣の平を相手に向ける。


 ちょうど逆側ではシュミットが剣を構えており、左右から挟撃しているような恰好だった。シュミットは俺の珍妙な構えを見て訝しんだようだったが、やがてその意図に気付いたのか、大声で石蜥蜴ストーンリザードに斬りかかる。


「うおおおおお!」


 シュミットの派手な接近を受けて、石蜥蜴ストーンリザードの注意が俺から逸れる。俺はそれを認識した瞬間、石蜥蜴ストーンリザードの右目に刺さったナイフ目がけて、構えた剣を振り下した。


「キシャァァァァ!」


 剣の平で限界まで押し込まれたナイフは、石蜥蜴ストーンリザードの脳髄を完全に破壊したようだった。石蜥蜴ストーンリザードはそれでもしばらくピクピクと動いていたものの、生命活動が停止するまでにそう時間はかからなかった。




 ◆◆◆




 石蜥蜴ストーンリザードを倒した後、俺たちは放心したようにその場に座り込んでいた。それは体力の限界というよりは、精神力の問題だった。普段ならすぐどこかへ去ろうとするシュミットも、さすがに今回は動く気力がないらしい。


 そんな疲労困憊の境地だったが、俺は疲れた体に鞭打って、シュミットの傍にどさっと座り込んだ。


「……シュミット、ありがとう。あの時、お前が俺を突き飛ばしてなかったら、今頃俺はあの世行きだった」


 それは、俺の心からの言葉だった。最初にシュミットの危機を救ったのは俺だとか、とどめを刺したのも俺だとかいう気持ちもないわけではなかったが、そこをわざわざ口にするメリットはない。


「……蛮族、気でも狂ったか」


 どうやら、俺の言葉はシュミットにとってあまりにも想定外だったらしい。奴はこの半年間で一番と言っていいほどの驚愕の表情を見せていた。だが、その表情はすぐ不快そうなものに変わった。


「どうせ俺の命を助けただとか、とどめを刺したのは自分だとか思って悦に入ってるんだろう。相変わらず不愉快な奴だ」


 シュミットはそう吐き捨てると、苛立たしげな視線を俺に向けてきた。それは、この半年間浴び続けてきた視線だった。……だが。俺はそんなシュミットの様子を見てひとつ閃いたものがあった。試してみるのも悪くない。そう判断すると口を開く。


「俺だって不愉快だよ。お前に助けられてなきゃ死ぬところだったなんて、腹が立って仕方ない」


 俺はあえて、非友好的な言葉遣いを選んだ。そんな俺の言葉を聞いて、シュミットの瞳の色が変わる。だがそれは、俺に喧嘩を売られた、というような浅い反応ではなかった。


「俺がお前を助けた? とどめを刺した? ああそうだよ、それは事実だ。けどな、あの時俺が死んでいたら、そもそもとどめを刺すなんて無理な話だろうが。お前にそんなでかい借りを作っといて、どうやって悦に入れってんだ」


 俺は立て続けに言葉を浴びせた。だがやはり、その言葉を聞くシュミットの表情は、いつもより晴れやかだった。それを見て、俺は自分の推理が間違っていないことに自信を持った。


 おそらくシュミットは神々の遊戯(カプリス)の一件以来、俺に対して劣等感のようなものを持っていたのだろう。何度か俺から歩み寄ろうとしたことがあったが、それだってプライドの高いシュミットからすれば、非対等な関係を押し付けられるように感じていたのかもしれない。


 しかし、今回の一件で俺に恩を売ったため、シュミットはその非対等な関係である、との呪縛から解放されたのではないだろうか。俺が殊更に命を救われたと大仰に語ったのは、そういう狙いがあってのことだった。その甲斐あってか、シュミットの機嫌は僅かながらいいように見えた。




 ◆◆◆




「そういえばシュミット、なんで一人で石蜥蜴ストーンリザードを追いかけてきたんだ?」


 俺たちの間に沈黙が下りてしばらくした頃。俺は、ずっと気になっていた事を尋ねることにした。素直に答えるかどうかは分からないが、聞くだけなら損はないだろう。


「……あの石蜥蜴ストーンリザードだけ、戦場から逃げ出していた」


 シュミットは、意外と律儀に答えてくれた。それが戦友効果なのか、非対等関係の解消効果なのか、はたまた機嫌がいいだけなのかは分からないが、それは大きな一歩かもしれなかった。


「別にいいんじゃないのか? 敵が減るのは悪い事じゃないだろ?」


 そう言うと、シュミットはむっとしたように反論してきた。


「あの石蜥蜴ストーンリザードが街道を行く者や別の村を襲う可能性がある。そうなれば、教会の大々的な討伐遠征の戦果に傷がつくだろう」


 シュミットの言い分には一理あった。だが、一人で行く必要はなかったのではないだろうか。そう聞くと、シュミットはまたぶすっとした顔で答える。


「正式に報告して、はぐれ石蜥蜴ストーンリザードを討伐したいと申し出たとしても、それが認められる可能性は低い。

 一人や二人でモンスター討伐に行かせるわけにはいかないが、かといって大人数を割けばあの陣形が崩れる。ガライオス特別司教はそう考えて、許可を出さないだろう」


 言い切るシュミットを見て、俺は感心した。単独行動の是非はともかくとして、逃げ出したモンスターを見てとっさにそこまで考えられるのは大したものだった。


 それにしても、シュミットとこんなに話したのは入学初日以来かもしれないな。やっぱり、今日のシュミットはいつもより友好的な気がする。


 だが、だからといってこれで友好的な関係が結べると、そう思うほど俺は楽観的ではなかった。ここで「仲直りしよう!」と言ったところで、唾を吐かれるのがオチだ。そもそも、俺だって心から友誼を結びたいとまでは思っていないわけだしな。


 だから、俺はシュミットに対して一つの提案をすることにした。


「ところでシュミット、改めて一つ言いたいことがある」


 俺がそう口にすると、シュミットの警戒レベルが一気に上昇するのが分かった。まだ何も言ってないんだけどなぁ。そんな事を思いながら、俺は言葉を続ける。


俺と手を組まないか(・・・・・・・・・)


「……あ?」


 あまりにも突然な切り出し方に、シュミットは戸惑っているようだった。


「俺が神学校へ来た目的は、いずれ神殿長になるためだ。お前がどんな未来を見据えてこの神学校にいるのか知らないが、お前にはお前の目的があるだろう」


「当たり前だ」


 戸惑いながらも、シュミットは即座に答えた。いきなり何を言い出すのか、といわんばかりの表情が見て取れる。


「そこでだ。現状、特待生クラスで俺とお前が反目している状態は、非常に好ましくない。俺たちが同じ宗派ならいざ知らず、別宗派でいがみ合っていたとなると、各宗派の協調を是とする統督教が、俺たちにマイナス評価をつける事は明白だ」


「……」


 シュミットは黙っていた。だが、それは会話の放棄というよりは、続きを促しているようだった。


「だからこそ、手を組まないかと言ったんだ。シュミット、お前ほどの人間なら、俺の言ってることが杞憂じゃないと分かるだろうし、ただのクラスメイトのフリをするのもたやすいはずだ」


 ついでに軽く持ち上げておこう。それが効いたのかどうか知らないが、シュミットが僅かに頷くのが見えた。これはあと一押しだな。勢いこんだ俺は言葉を重ねる。


「安心してくれ。『友達になろう』なんて言うつもりはない。あくまで普通のクラスメイトという関係性を『演じよう』という提案だからな。あくまで有益な未来を掴みとるための手段だ」


 俺はそう言うと、口を閉ざした。言うべきことは言った。後はシュミットの価値観次第だろう。このタイプの人間は、真正面からぶつかるよりも斜に構えた感じで理を説く方が説得しやすい。そう判断したのだが、果たしてそれは合っていたのだろうか。


 そんな事を考えていると、やがてシュミットがゆっくりと口を開いた。


「……いいだろう。俺は俺の目的のために、その提案を受けてやろう」


 そう告げると、シュミットはニヤリと笑ったのだった。


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