戦乙女Ⅲ
「――辺境を救った恩人!?」
「ええ。昔から辺境で暮らしていた人なら、誰でも覚えていますわ」
海賊船の制圧を終えたアデリーナは、商船の船長室へ招かれていた。同じ部屋にいるのは、この船の船長や水夫長たちだ。そして、戦闘後に合流したコルネリオと……。
「そう言われると、なんだか面映ゆいわ」
「まったくだな! だが、覚えててくれたのは嬉しいな」
恩人の槍使い――フレイメアというらしい――の言葉を受けて、隣の男性が陽気に笑う。同じく四十歳前後であろう彼もまた、二十年前に辺境を救った冒険者パーティーの一人だった。
「モンスターの異常発生でしたか。あの時は手分けして事に当たりましたからね。パーティーというよりは個人個人で覚えられているのも無理はありません」
「辺境のモンスターは手強かったからねぇ。被害を抑えるには分散するしかなかった」
弓使いの男性がにこやかに呟けば、魔術師の女性が懐かしそうに応じる。
「それにしても……固有職持ちを護衛に付けていたなら、教えておいてくださいませんこと?」
言って、アデリーナはコルネリオを恨めしそうに睨んだ。積み荷はともかく、乗客がいるとは聞いていなかったため、あの時は焦ったものだ。
「すまんかった。こっちとしても隠し玉やったから、海賊たちにバレへんように念を入れてたんや」
コルネリオは拝むように両手を合わせる。その仕草はどこかコミカルで、どうにも怒る気をなくさせた。隠し事が苦手な自分としても、そのほうが楽ではある。
「……まあ、結果は上々でしたから文句はありませんわ」
そう告げて糾弾を終えると、アデリーナは改めて正面に座るフレイメアを見つめた。お互いに名乗り合ったところ、この恩人に「貴女があの『戦乙女』ですのね! お会いしたかったの」と言われて変な気分になったものだ。
「そう見つめられると、照れてしまいそう。それとも血痕が残っているのかしら?」
「いいえ、そんなことは……!」
緊張して声が裏返りそうになる。幼い日に憧れた、そして命を救ってくれた恩人が目の前にいるのだ。少し落ち着いた口調になっているようだが、声質だって昔のままだった。
「フレイメアさんたちがいらっしゃるのは、コルネリオさんに雇われたからですの?」
ごまかすようにアデリーナは話題を変えた。すると、コルネリオは首を横に振る。
「ちゃうちゃう。元々はアルミード絡みや」
「冒険者ギルドの?」
冒険者ギルドのルノール支部長であるアルミードとは、アデリーナも親交がある。シアニスの街に冒険者ギルドの小さな支部が置かれたからだ。
「ああ。辺境のギルド支部長から、俺たちにそれぞれ打診があったんだ。固有職持ちを対象にした講師をしてほしい、ってな」
「まさか、全員が揃うとは思わなかったけれどね」
「皆、あの時の辺境のイメージが残っていますからね。その割に、最近聞こえてくる辺境の話は景気がいいものばかりですから、一度見ておきたいと思っていたんですよ」
聞けば、彼らは冒険者パーティーを解散した後、思い思いの生活をしていたらしい。中には家族がいる者もいて、辺境が気に入れば呼び寄せるつもりだという。
「それじゃ、今回の船に乗っていたのはたまたま……のはずはありませんわね」
「タイミングが合うたのは偶然やけどな。こんなチャンス、逃すわけにはいかへんやろ」
コルネリオが胸を張って頷けば、剣士の男性も陽気に笑う。
「こっちとしても美味しい話だったからな! 船賃と食費が無料と言われちゃ、護衛くらい引き受けるさ」
「人質の役だって、ノリノリでやってたからねぇ」
魔術師の女性がそう言えば、フレイメアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。危険な役回りだったはずだが、楽しんでいたのかもしれない。そう思わせる顔だった。
「フレイメアは元々貴族だからな! 船旅を楽しむ淑女のフリくらい訳ないさ」
「フリではなくて、本当に船旅を楽しんでいたのだけれど」
フレイメアはそう反論して、アデリーナへ視線を向ける。
「邪魔をしてごめんなさいね。どうせなら人質になって、海賊船に潜り込んでから暴れようと思っていたの」
「ああ、それで……」
素直に納得する。彼女なら、あの程度の海賊に後れを取ることはないだろう。と、そんなことを考えていると船長室の扉がノックされた。
「――ボス。失礼しますよ」
返事を待たずに入ってきたのは、捕らえた海賊たちの対応をしていたフェルナンドだ。どうやら片が付いたらしい。
「おお、ご苦労さんやったな。船長はどないや?」
「はっきりは言いませんでしたが、まあ間違いないでしょうね。バックに帝国がいます」
「――え?」
フェルナンドの言葉に場の全員が沈黙した。ここで質問しやすいのは自分だろうと、アデリーナは口を開く。
「フェルナンドさん、それはどういう意味ですの? まさか、帝国が再び侵攻を……!?」
そう心配したアデリーナだったが、コルネリオは明るい声で笑う。
「大丈夫や。帝国にそんな余裕はあらへん。ただ、妨害くらいはしたいんやろうな」
「妨害?」
突然の言葉に戸惑うが、アデリーナもなんとなく彼が言いたいことは分かった。
「帝国にとって、辺境は隣国みたいなもんやからな。シュルト大森林を挟んでいるとは言え、その発展は領土的な脅威にもなり得る」
「まして、かつての敗戦の恨みもあるでしょうしね」
フェルナンドの言葉に頷くと、コルネリオはさらに言葉を続ける。
「そこに来て、この前の調査隊の遠征や。大きい結果はまだ出てへんけど、今後シュルト大森林を辺境の領土にできる可能性すら見えてきた」
調査隊の話はアデリーナも知っている。共に地竜と戦った天穿エリンや、ルノールの聖女と呼ばれる癒聖ミュスカといった錚々たるメンバーが参加していたはずだ。
「それで辺境の足を引っ張りたかった、ということですの?」
「せやな。……おかしいと思ってたんや。いくら海賊を潰してもすぐ別の海賊が湧いて来よるし、不思議と船や装備の質が高い」
「それなら、大型の水棲モンスターを引き連れていたのも?」
「帝国が変な魔法薬を融通しとったみたいやな。魔物を誘き寄せたり、逆に近寄らなくするやつや」
「そうでしたのね……」
自らも帝国との戦いに身を投じた経験があるからか、余計に警戒心をかき立てられる。だが、コルネリオの言葉は悪いことばかりではなかった。
「考えようによっては良かったかもしれませんわね。海賊増加の原因が自然発生だと打つ手が限られますけれど、帝国が発端ならやりようはあるでしょうし」
そう言えば、コルネリオは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「お、さすがやな。実は俺らもそのつもりで動いてる。それで、海賊の親玉からもっと情報を搾り取らなあかんのやけど……」
そして、彼は朗らかに笑いかけてくる。
「――海賊の親分を懐柔する役、『戦乙女』に任せてええか?」
◆◆◆
「疲れましたわ……」
甲板の手すりにもたれかかって、大きな溜息を吐き出す。コルネリオから依頼された『海賊の親分の懐柔』を完遂したアデリーナは、複雑な気分で海を眺めていた。
なんでも、船長は自分を負かしたアデリーナに惚れ込んだらしく、「処刑するなら戦乙女の槍で貫いてほしい」とか言っていたらしい。それを聞いた時には「うげっ」という乙女らしからぬ声を上げてしまったものだが、そのおかげであっさりと情報を引き出すことができたのも事実だ。
これにて一件落着。後はコルネリオに任せておけばいいだろう。聞けば他の評議員やカナメも関与しているそうだから、上手く事を運んでくれるはずだ。
「――隣、いいかしら」
と、アデリーナの隣で、同じく手すりにもたれかかった人物がいた。フレイメアだ。そのことに気付いたアデリーナは、弾かれたように姿勢を正す。
「もう、そんなに畏まらなくてもいいのよ?」
「そうはいきませんわ。フレイメアさんはわたくしの恩人なのですから」
そう答えれば、彼女は上品な微笑みを返してくる。
「アデリーナさんはシアニス村にいらっしゃったのよね?」
「はい。モンスターに襲われて、死を覚悟したところを助けて頂きましたわ」
そう答えれば、フレイメアは思い出そうとするように虚空を見つめる。だが、やがて諦めたように口を開いた。
「……ごめんなさいね。はっきり覚えていないわ」
せっかく接点があったのに、と残念そうに告げる彼女に、アデリーナは首を横に振ってみせた。
「当然ですわ。フレイメアさんは多くの人々を助けてくださったのですもの。……証拠はありませんけれど、わたくしはあの時の記憶に何度も支えられてきた。それで充分ですわ」
「もちろん疑ってはいないのよ。アデリーナさんが槍術の鍛錬を積んできたことは、先ほどの戦いを見れば分かるもの。しかも、それが英雄譚で語られている『戦乙女』だなんて、何度でも仲間たちに自慢できるわ」
「え――」
アデリーナの表情が固まる。それは、フレイメアにとってはなんでもない言葉だったのだろう。アデリーナだって普段は気にしないようにしている。だが、相手が憧れの人となれば話は別だった。
自分の英雄譚があることは知っているが、あらゆる面で実績を出しているカナメたちに比べて、自分は槍を振るうことしか能がない。
英雄譚で彼らと並べられるたびに、アデリーナはそんな思いを抱くようになっていたからだ。
「どうしたの?」
明らかに雰囲気が変わったアデリーナを気遣ったのだろう。フレイメアは心配した様子で顔を覗き込んでくる。
それに対して「なんでもない」と反射的に答えそうになったアデリーナだったが、彼女はふと思い直す。自分が尊敬する人物の意見を聞いてみたい。そう思ったからだ。
「……フレイメアさん。お話を聞いていただけますか?」
「ええ。何かしら」
興味深そうに問い返すフレイメアに、アデリーナは自分の悩みを明かした。為政者や管理者、調整者としての役割を全うできているとは思えない。そう締めくくると、フレイメアは気遣うような口調で口を開いた。
「ありきたりの答えになってしまって悪いけれど、アデリーナさんがどうしたいか。結局はそこに尽きるんじゃないかしら」
「わたくしが……」
「ええ。貴女がとても誠実であることは分かったわ。そして、必死に努力して人の期待に応えようとしていることも」
そう告げて、彼女はアデリーナの肩にポンと手を乗せる。もはや身長はアデリーナのほうが高いが、その動作はあの日を思い出させた。
「だけど、自分の心に素直になることも大切よ。貴女が潰れてしまっては意味がないでしょう?」
「それは……」
アデリーナは言葉を返すことができなかった。自分は固有職を得て、仲間と共に地竜と戦い、モンスターや他国から辺境の人々を守ってきた。
その過程で背負うものが増えて、それでもこれは自分の責務だと言い聞かせて――。
「今、アデリーナさんがするべきことは、物事に優先順位をつけることよ。すべてを完璧にこなすなんて誰にもできないもの」
「……」
恩人の言葉を受けて、アデリーナは思考の淵に沈んでいく。フレイメアは、そんな彼女を静かに見つめていた。
「あれこれ考えた結果がこれだなんて、我ながら単純ですけれど……」
やがて、アデリーナは大きく深呼吸をして背筋を伸ばした。まだ迷いを抱いたまま、それでもはっきりと告げる。
「フレイメアさん。わたくしとお手合わせ願えませんこと?」
◆◆◆
制圧時の戦闘によって、あちこちに戦痕が刻まれた海賊船。その甲板の上で、アデリーナはフレイメアと対峙していた。
「こんな好カード、客入れたら大儲け間違いなしやで! ……はぁ、勿体ない」
「まあまあ。せめて記録用の魔法球でも持ってりゃよかったんですがね」
甲板の縁で悔しがるコルネリオを、フェルナンドが笑いながら宥める。そして、アデリーナたちを挟んだ反対側では、フレイメアの元冒険者仲間たちがこちらを見ていた。
「――それでは槍使いフレイメアと魔槍戦士アデリーナの手合わせを行う」
演技がかった口調でそう告げたのは、判定者である剣士の男性だ。その表情は実に楽しそうだった。
「それでは……」
その言葉をきっかけに、槍を持った両者が身構える。相手の重心や槍の持ち方を探り、自分の構えを少しずつ修正していく。そして――。
「始めっ!」
合図と同時にアデリーナは前方へ跳んだ。相手は歴戦の槍使いだ。戦いの主導権を握られてしまえば、為す術もなく押し切られるかもしれない。そう判断した結果だった。
キン、と鋭い音が響く。アデリーナの突きは弾かれ、回り込んできたフレイメアの穂先が彼女を襲う。身を沈めて槍撃を避けたアデリーナは、下からすくい上げるように自分の槍を叩きつけた。
「――っ!」
相手の体勢を崩しきれないと悟り、アデリーナはとっさに横へ転がった。直後、自分がいた空間をフレイメアの槍が貫いていく。
――やはり、押し負けますわね。
心の内でぼやく。槍使いのほうが身体能力に優れていることは、アニスへの指導を通じて把握していた。それでも自己能力強化を使わず戦いに臨んだのは、自分の槍使いとしての実力が彼女に通じるか知りたかったためだ。
「どうかしら? 槍使いとの戦いは初めてじゃないんでしょう?」
言いながら、フレイメアは無数の槍撃を繰り出す。その槍捌きは達人の域で、虚実や緩急を織り交ぜた穂先が妖幻な軌道を描き出す。
「当然、ですわ!」
それらの攻撃を必死で弾きながら、アデリーナは隙を探す。やはり自己能力強化抜きでどうにかなる相手ではなかった。だが――。
「っ!」
強化魔法を使用するために距離を取ろうとするアデリーナだが、そう簡単にはいかなかった。彼女の狙いを見抜いたのか、どれだけ動いてもぴったり追随してくるのだ。
しかも、相手の槍撃は手数の多さを重視したものに変わっている。少なくとも魔法を使う余裕を与えるつもりはないようだった。
「まだっ!」
ならば、とアデリーナは攻勢に出た。突き、薙ぎ払い、斜め右、左と連続の斬り下ろし。だが、彼女の連続攻撃はことごとくフレイメアに弾き返される。そして――。
「く――っ!?」
余裕をもって槍を操っていたフレイメアが目を見開く。突然速度が上がったアデリーナに反応しきれなかったのだ。穂先がかすめたフレイメアの腕に血液が滲む。
だが、奇襲が通じたのは一度だけだった。フレイメアは続く二撃目、三撃目をしっかり弾き返すと、感心したように微笑んだ。
「攻撃を仕掛けながら自己能力強化を使ったのかしら。器用ね」
「お褒めに与り光栄ですわ」
そう言いながらも、アデリーナは舌を巻く思いだった。特定の連撃を身体に覚え込ませて、並行して自己能力強化を使用する。そんな動きを何百回も繰り返し、条件反射とでも言うべき手法で身に付けたこの技術は、アデリーナの切り札の一つだ。
元は自己能力強化を使用せずに戦闘が始まってしまった場合への備えだったが、攻撃の速度を一気に変える奇襲として使えることに気付いたのだ。
「初見で対応されるなんて久々ですわね」
だからこそ、相手の技量に感じ入る。だが、自己能力強化の補助を受けた以上、身体能力はこちらのほうが上だ。打ち合わせた槍の手応えから、アデリーナはそれを確信していた。と――。
「風纏装」
今度はフレイメアが特技を発動させる。海賊制圧時に見た感じからすると、風を槍に纏わせて射程や威力をブーストさせるものだろう。だが、身体スペックで上回っているのはアデリーナのはずだ。
そう判断すると、アデリーナはフレイメアの攻撃を見極めようと意識を集中させた。強めに相手の槍を弾いてカウンターを入れる。今の身体能力差ならできるはずだ。と――。
「――っ!?」
アデリーナは本能的に槍を振るった。カウンターを狙っていたことも忘れて、次々に襲い来る攻撃を堪え凌ぐ。
「速い――!?」
防御に徹しながら呻く。突如として速度を上げたフレイメアは、縦横無尽に槍を振るっていた。その速さは今のアデリーナとほぼ互角だろう。
「何が……」
そう考えるうちに気付く。風纏装のわずかな輝き。それは槍の穂先だけに宿っているわけではなかった。よく見れば彼女の腕や足にも同じ輝きが宿っている。
「身体能力のブーストまで可能ですの!?」
その正体を察したアデリーナは声を上げた。風の勢いを補助的に使用しているのだろうが、その効果は劇的だった。
「少なくとも、魔法剣士の自己能力強化と張り合う自信はあるわね」
アデリーナの言葉に応えて、フレイメアは槍を繰り出す。身体能力が同レベルとなったことで、二人の戦いは純粋な技術勝負へ切り替わっていった。
突きを繰り出し、引き戻すと見せかけて薙ぐ。大振りの一撃から隙を見せて、石突で不意打ちを狙う。槍を打ち合わせる音だけが響き、二人は目まぐるしい攻防を繰り広げていた。
「っ……」
だが、アデリーナは焦りを覚え始めていた。次第に防御に回ることが多くなってきたのだ。上手く相手のペースに乗せられている。そんな気がした。だが、この状況を覆す手札は多くない。
そんな彼女の葛藤に気付いたのだろうか。攻撃速度を緩めないままに、フレイメアは口を開く。
「貴女の本気を楽しみにしているわ」
「!!」
アデリーナは、その言葉にはっと息を呑む。そして――。
「氷槍!」
自己能力強化と同じく、身体に覚えこませた魔法を使用する。物理的な質量を伴った氷の槍が、至近距離でフレイメアを襲う。
「――っ!?」
それでも、ゼロ距離で氷槍を弾くフレイメアの反応速度は見事の一言だった。だが、氷槍は本命ではない。そのせいで体勢を崩したフレイメアをアデリーナの魔槍が襲う。
さすがに分が悪いと見たのか、フレイメアは後ろへ跳んで追撃をかわす。だが、それこそアデリーナが待っていた隙だった。
「紫電投網」
電撃で編まれた網が広がり、フレイメアを搦め取ろうとする。間一髪で回避したフレイメアだったが、その行く手にはアデリーナが生み出した氷壁が立ちはだかっていた。
「これで――!」
雷の網と氷の壁に囲まれ、動きに制限のかかったフレイメアへ襲い掛かる。技量がほぼ互角である以上、この優位性が勝敗を決するはずだ。そして、アデリーナは狙い澄ました一撃を繰り出した。……その直後。
「――そこまで!」
剣士の張りのある声が響きわたる。言われるまでもなく、アデリーナとフレイメアは動きを止めていた。
アデリーナの槍はフレイメアの喉を。そしてフレイメアの槍はアデリーナの腹部を貫く寸前だったからだ。
「はあ、はぁ……」
肩で息をしながら、アデリーナは槍を引いた。同じタイミングでフレイメアの槍も引かれて、二人は視線を交錯させる。
「さすがは、『戦乙女』ね。噂以上の、技量だったわ」
フレイメアは荒い息の合間に思いを伝えてくる。その言葉にアデリーナの頬が緩んだ。
「フレイメアさんこそお見事でしたわ。まさか、あの状況から反撃がくるなんて」
「風纏装で無理やり腕を動かしたのよ」
せめて相討ちに持ち込まないと立場がないもの。そう言って恩人は愉快そうに笑う。それにつられてアデリーナの顔にも笑みが浮かんだ。
「ところで、どうだったかしら」
「素晴らしい技量でしたわ! どう打ちこんでも的確に防がれて、それどころかカウンターまで返ってくるのですから。そう言えば独特の重心移動をしていらっしゃると思ったのですけれど、あれはひょっとして風纏装の――」
問われたアデリーナは興奮気味に戦いの感想を述べる。延々と言葉を紡ぐ彼女を、フレイメアはにこにこと見つめていた。
「私も同じ気持ちよ。あれだけ攻めあぐねたのは久しぶりだったもの。あの動き、外部魔法が苦手な魔法剣士には真似できないでしょうね」
そうして、二人は槍術や魔法を組み合わせた戦術について熱く議論を交わす。思えば、こうして同じ目線で槍術の話をするのは久しぶりかもしれない。そして……。
「――決めましたわ」
やがて、口から言葉がもれる。フレイメアが不思議そうにこちらを見たことで、アデリーナは自分が言葉を発していたことに気付いた。
「わたくしにとって大切なことは、人々を守ること。そして槍を究めること」
アデリーナは自分に言い聞かせるように呟いた。彼女の瞼の裏にあの日の出会いが蘇る。
「槍も魔法も果てがありませんもの。慣れない権力争いや商売に時間を割いている余裕はありませんわ」
心を定めたことで、燻っていたアデリーナの心が澄み渡っていく。手合わせを挑んた時はそこまで考えていなかったが、フレイメアとの戦いが槍への思いを、そして初心を思い出させてくれたようだった。
「アウトソーシング……でしたかしら」
カナメが言っていたように、苦手なあれこれは得意な人間に任せればいい。不得手で興味もないものを無理に引き受けることだって不誠実だろう。昔ならともかく、今の辺境には多くの人材がいる。そういった人物に任せればいいのだ。
切り分ける内容や、具体的な方策はカナメたちに相談してみよう。そう決めると、アデリーナは自分の悩みを頭から切り離した。
「ところで、フレイメアさんはルノールの街に滞在予定ですのね?」
「ええ。最低でも半年はいたいと思っているわ」
「それなら、その間にまた手合わせをいたしませんこと? できれば一緒に修練も――」
「それは素敵ね! ぜひお願いしたいわ」
アデリーナの誘いをフレイメアは二つ返事で了承する。彼女が庇護する少女へ向けていた眼差しは、好敵手へ向けるそれへ変わっていた。そのことが無性に嬉しかった。
「志を忘れず鍛錬に励む。本当に……本当にその通りでしたわ」
そして、懐かしい言葉を口の中で転がす。その小さな囁きが聞こえたのか、フレイメアは不思議そうに首を傾げた。
「え? 何か言ったかしら?」
「ふふっ、なんでもありませんわ」
共に高みを目指す同志に向けて、アデリーナは心からの笑みを浮かべた。
◆◆◆
モンスターに断崖絶壁へ追い詰められていた少女は、瞳を輝かせて命の恩人を見つめていた。
「――ねえねえ、わたしもお姉さんみたいになれる?」
少女は知らない。転職など夢物語だという、世界の過酷な現実を。
「……ええ。もちろんですわ」
泳ぎそうになる視線を無理やり固定して、彼女は微笑みを浮かべた。厳しい現実を突きつける代わりに、少女の頭にポンと手を置く。
「その志を忘れず鍛錬に励みなさいな。そうすれば、きっと――」
彼女は知らない。目の前の無垢な少女が、いつか最高の槍使いとなることを。




