戦乙女Ⅰ
「――ねえねえ、わたしもお姉さんみたいになれる?」
憧憬と、そして覚悟。年齢にそぐわない少女の眼差しが、彼女をじっと見据える。
「……ええ。もちろんですわ」
泳ぎそうになる視線を無理やり固定して、彼女は微笑みを浮かべた。湧き上がる苦い感情を飲み下し、少女の頭にポンと手を置く。
「その志を忘れず鍛錬に励みなさいな。そうすれば、きっと――」
◆◆◆
【魔槍戦士 アデリーナ・ヒルフェルト】
潮風に吹かれて、肩まで伸びた緋色の髪が舞い上がる。視界を遮ろうとする髪を手で押さえて、アデリーナは新しく拿捕した船を検分していた。
「年季の入った船ですこと。……元は軍船かもしれませんわね」
傷だらけのメインマストを見上げて、彼女は感想を呟く。この船にはつい先ほどまで海賊たちが乗り込んでいた。いわゆる海賊船だ。
だが、シアニス港や定期航路を中心に築かれた警備網に引っ掛かったのが運の尽きだった。『戦乙女』の名で知られるアデリーナの実力の前に、固有職持ちのいない海賊たちはあっさり蹴散らされていた。
「内部の確認が終わりました。潜んでいる敵はなし。悪意のある仕掛けもなさそうです」
「それなら、これで一件落着ですわね」
甲板へ出てきた仲間から報告を受けて、彼女は満足げに頷く。
「こちらの負傷者はどうなりましたの?」
「五人やられましたが、重傷者はゼロでさ。ちっとばかし不自由でしょうが、港の治癒師に治してもらうまでの辛抱です」
その答えを聞いて、アデリーナはほっと息を吐いた。固有職持ちである彼女は滅多に負傷しないが、仲間たちはその限りではない。
「すぐ治療してもらえるように、書類を作成しておきますわ」
言って、彼女は文面を頭に思い浮かべる。今回の戦闘はシアニス港の正式な出動要請に基づくものであり、負傷者は港が雇っている治癒師に治してもらえる。
だが、仕事とは関係のない負傷を治療してもらおうとする輩が続出したため、責任者の出す証明書が必須となったのだ。
「となると、併せて報告書も必要ですわね……」
思わず渋面になりそうな自分の顔を、手でゆっくり揉みほぐす。事務作業はあまり好きではないが、シアニス港の警備責任者がルールを破るわけにはいかない。
そんなことを考えているうちに、甲板に人が集まってくる。海賊船を制圧した仲間たちだ。一仕事を終えた後の朗らかさでもって、彼らは陽気な声を上げる。
「姐さん、今回もお見事でした」
「本当に! あいつら、最初からビビりまくってましたぜ」
「そりゃそうだろ。矢の代わりに、光の槍が山ほど降ってくるなんざ思わねえよな」
彼らは口々にアデリーナの戦功を褒め称える。投槍驟雨は長射程・広範囲を誇る彼女の得意魔法であり、船同士の戦闘において絶大な威力を発揮する。
もし彼女が魔法剣士だったなら、この戦い方はできなかっただろう。以前は遠距離攻撃を主とする魔術師だったこと、かつて倒した地竜の素材を使った魔槍の補助を受けていることもあって、アデリーナは魔法戦士職としては破格の遠距離戦闘力を誇っていた。
「皆さんの奮闘があってこそ、ですわ」
『姐さん』呼びに引っ掛かりながらも、アデリーナは笑顔で答える。その呼ばれ方は不本意だが、彼らが親しみと敬意を込めてそう呼んでいることは分かる。当初は訂正していたものだが、最近ではもはや諦め気味だった。
「姐さん、大丈夫ですかい? ここんとこ連戦でしょう。少しは休まないと」
そんなアデリーナの表情をどう捉えたのか、仲間の一人が心配そうに声をかける。彼が言う通り、シアニス港の警備隊は息をつく暇もないほど忙しい。
辺境が発展すれば、その窓口であるシアニス港もまた発展する。そしてシアニス港の発展は、同時に海賊船や水棲モンスターを呼び込むことにもなっていた。
「そうですよ。この前なんか多頭蛇、海賊、巨大烏賊の三連戦でしたし」
「ああ、港の近くまで来たやつか」
「あれは血の気が引いたな……」
そんな会話をしながら、彼らはアデリーナを乗ってきた巡視船へ誘導する。前もって打ち合わせでもしていたのか、そのチームワークはなかなかのもので、彼女は小さく噴き出した。
「……そうですわね。書類の作成もありますし、ここは皆さんに任せて巡視船に戻りますわ」
彼らの気遣いを受け取って、彼女は事務仕事に励むことにした。
◆◆◆
「あら、また海賊ですの?」
「そうなんです。第二、第三部隊が合同で出撃しました」
「合同で……? 珍しいですわね」
「水棲モンスターを引き連れている可能性があるということで、念を入れたみたいです」
シアニス港の女性スタッフと会話を交わしながら、船室で書き上げた書類を手渡す。受け取った書類に目を通していた彼女は、困ったように眉根を寄せた。
「あら、何か間違いがありましたの?」
「いえ、そうではないんですけど、その……」
スタッフは、言いにくそうに口ごもる。だが、やがて申し訳なさそうな顔で書類を差し出した。
「この報告書なんですけど、少し表現を変えてもらえないでしょうか」
「どの箇所かしら?」
アデリーナは自分で作った報告書に視線を落とした。自分なりに何度か見直したつもりだったが、何か間違っていたのだろうか。
「最後のところです。『警備隊の負傷者は五名。いずれも命に関わるものではない』と書かれていますよね?」
「ええ。上手く被害を抑えられたと思いますわ」
彼女は胸を張って答える。だが、その回答にスタッフは困った顔を見せた。
「その、できれば『いずれも命に関わるものではない』という表現を変えてほしくて」
「……? 理由をお伺いしてもよろしくて?」
首を傾げながら尋ねる。それの何が問題なのだろうか。
「最近、監査で指摘されるんです。『命に関わるものでないのなら、優先的に治癒魔法を使用させる必然性がない』とか言われて」
「なんですって?」
アデリーナはようやく彼女が言いたいことを理解した。シアニス港の治癒師は関係者の負傷を治療するために雇用されているが、それだけでは暇なことも多い。そのため、一般人も対価を支払えば治療が受けられる仕組みだ。
そして、治療しても利益が変わらない港関係者の治療よりも、対応した分だけ収益が得られる一般人の治療を優先したい派閥が存在するのだ。
今回の報告書は、戦いで負傷した警備隊員の治癒魔法の優先利用申請に紐付くものだ。そのため、利用者を押しのけるほどではなかったと難癖をつけてくるのだろう。
「その時は私に言ってくだされば、すぐさま怒鳴り込んで――コホン。話し合いに伺いますわ」
「そうなると、その……よくも告げ口したなって、また怒られるんです」
「それはまた……」
アデリーナは呆れたように溜息をついた。シアニス港の運営が軌道に乗ったのはここ数年の話だが、すでに体制に綻びができているのかもしれない。
「とりあえず、書類は訂正しておきますわ。その文言を抹消するだけでいいのかしら」
「できれば、二枚目の書類を丸ごと作り直していただけると……抹消の痕跡があると、詳しく追及されるんです」
スタッフは気の毒なほど恐縮していた。眼前の彼女に怒りの矛先を向けるわけにもいかず、アデリーナは小さく息を吐いた。
「分かりましたわ。どうせ二枚目は大した文字数じゃありませんもの」
「あ、ありがとうございます!」
差し出された紙とペンを使って、カウンターで報告書をもう一度作る。すでに文言が決まっていることもあって、書類を書き上げるまでにそう時間はかからなかった。
「これでよろしくて?」
「はい! 本当にありがとうございました!」
何度も頭を下げるスタッフに手を振って、アデリーナは退室する。そのまま足を止めずに屋外へ出ると、眩しい太陽が彼女を出迎えた。
「あ、アデリーナさん! お疲れさまです!」
「討伐お疲れさまでした」
声を掛けてくる人々に会釈を返しながら、港エリアを後にする。シアニス港で一番の有名人になってしまったため、顔を覚えていない人々に挨拶されることは日常茶飯事だ。全員が顔見知りである小さな村で育った彼女にとって、それはなんとも不思議な気分だった。
その小さな村が、今では大陸でも有数の港町として発展している。よくもここまで変わったものだと、町並みを眺めては昔の地形を思い出す。
そうして倉庫が立ち並ぶ区画や商業エリアを抜けると、大きな建物が目に入った。看板に『シアニス村 槍道場』と素っ気なく書かれたそれは、アデリーナが道場主を務める稽古場だ。
「アデリーナさん、お疲れさまでした」
「師範! お帰りなさい!」
帰還した道場主の姿を見て、入口付近にいた門下生たちが集まってくる。アデリーナが忙しくなるにつれて、彼らに稽古をつけられる頻度は激減している。それでも慕ってくれる彼らの様子に、最近下がりがちだった彼女の口角が上がった。
「そう言えば、昨日からアニス師範代がいらしてますよ」
「あら、そうでしたの」
その情報に軽く驚く。アデリーナの弟子としてはもはや古参の一人であり、槍道場を開くきっかけともなった槍使い。それがアニスだ。彼女はルノールの街で兄クリストフとマデール商会の経営に励んでいるため、最南端のこの街へ来ることは珍しい。
「はい! おかげで、みんなやる気がみなぎっています」
そんな回答に再び口の端が上がる。元気印という言葉が似合うアニスは、道場にいるだけで空気が明るくなる存在だ。彼女の槍術は固有職の力を抜きにしてもかなりの水準であり、たゆまぬ努力をしていることが窺えた。
「あ! アデリーナさーん!」
稽古場に顔を出すなり、そんなアニスが一際大きな声で呼びかけてくる。その声をきっかけに、稽古をしていた数十人の視線がアデリーナに集まる。
「皆さん、頑張っていますわね。後でわたくしも参加しますわ」
「本当ですか!? やった!」
「今日来てよかった……!」
門下生たちが色めき立つ。普段ならそこまで騒がしくなることはないのだが、アニスの醸し出す空気に影響されたのだろう。
そんな様子を確認したアデリーナは、稽古着に着替えようと自室へ向かう。すると、後ろから足音が追いかけてきた。アニスだ。
「アデリーナさん、いきなり来ちゃってごめんね」
「謝ることはありませんわ。貴女はこの道場のれっきとした師範代なのですから」
アデリーナは心からの笑みを浮かべる。この道場の師範代は他にも二名いるが、アニスは固有職持ちとして何度も死線を共にした仲だ。
「でも、突然どうしましたの? 貴女がクリスト――いえ、ルノールの街を離れるなんて」
そう問いかければ、アニスはなんとも複雑な顔を見せた。
「実は、フィリーネさんの家が壊れちゃって」
「家が?」
フィリーネと言えば、少し前にマデール商会に加わった新しい魔獣使いのことだろう。仕事で何度か話をした記憶がある。
「うん。家で珍しい魔獣の幼体を育ててたんだけど、予想よりも力が強い子だったみだい」
「フィリーネさんにお怪我は?」
「大丈夫。ただ、それで住むところがなくなっちゃったから……しばらく一緒に暮らすことにしたの」
「あらあら」
その内容に思わず顔が緩む。フィリーネがクリストフと親密以上の関係になりつつあることは、アデリーナも知っている。勝負に出たのだろう。
「フィリーネさんはなかなか積極的ですわね」
そう納得していると、なぜかアニスが首を横に振った。
「あ、違うよ? 一緒に暮らすのを勧めたのは私だもん」
「えぇっ――!?」
思わず大きな声を上げる。「お兄ちゃんは渡さない!」とさえ言い出しかねない彼女が、まさか発案者だとは思わなかった。
「一緒に生活すれば、見えなかった部分も分かるだろうし」
「アニスさん、それは……」
つい疑いの眼差しでアニスを見つめてしまう。そうやって、現実を見せて幻滅させてやろうという計画だろうか。すると、彼女は憤慨したように声を上げた。
「違うもん! たしかに、その……そういう可能性だってあるかもだけど、逆に今回のが上手くいけば、安心してお兄ちゃんを任せられるし」
「そういうことでしたの。早とちりしてごめんなさい」
かわいらしい小姑に謝って、そして納得する。彼らを二人きりにするために、アニスは家を空けてこっちへ来たのだろう。
「表向きの理由はシアニス支店の監査だけどね。あと、港独自のニーズも掴んでおきたいし」
「監査……」
その言葉に思わず反応してしまうのは、港で嫌な話を聞いたばかりだからか。それをどう捉えたのか、アニスは苦笑交じりで頷いた。
「シアニス支店って、以前に帳簿を見た時はひどかったの。もう大丈夫だと思いたいけど……」
「大商会の経理責任者ともなれば、苦労が絶えませんわね」
その言葉にアデリーナもまた苦笑を浮かべる。そう言えば、この道場の帳簿もしばらく付けていない気がする。ちゃんと数字が合うだろうか。
「せめてここにいる時くらい、仕事のことは忘れましょう?」
げんなりしそうな思考を振り払って、明るい声で告げる。すると、アニスは嬉しそうに頷きを返してきた。
「うん! あと、できれば練習試合もしたいな。今日こそアデリーナさんから一本取ってみせるから……!」
「ふふ、そうなると治癒師の手配が必要ですわね」
弟子の意気込みを受けて、彼女は楽しそうに微笑んだ。
◆◆◆
「シアニス港を開放してほしい……?」
「はい。ぜひともアデリーナさんのお力添えを頂きたいのです」
アデリーナの本拠である槍道場。その小さな応接室で、彼女は陳情に来た青年と向かい合っていた。ここ数年、辺境南部で勢力を拡大している商会の主だ。
爽やかな弁舌の裏に暗い企みがないか。本人には言えないあれこれを疑いながら、アデリーナは当たり障りのない答えを口にした。
「今でもシアニス港は広く一般利用を認めていますわ。それでは足りませんの?」
「おっしゃる通り、たしかに一般利用は認められています。しかしながら、それは港の一部でしかありません。シアニス港における船舶の出入状況を観測しましたが、港には常に空きがあります」
「非常時に備えて、常に空きを作っていますもの」
「非常時に備えるとしても、数隻分の余裕があれば事足りると思われます。――ああ、申し訳ありません。責めているわけではないのです。ただ、港の効率性を上げることは、シアニス港にとっても益のあることだと確信しています」
少し固くなったアデリーナの表情に気付いたのか、彼は爽やかな弁舌で言葉を続ける。
「……そういった差配については、コルネリオ評議員が取り仕切っていますわ。わたくしを頼るよりも確実ではなくて?」
「それは重々承知していますが……あの方は評議員であると同時に商人でもあります。この件についていい顔をされないでしょう」
「そんなことは……」
言いかけて口ごもる。コルネリオはカナメの友人であり、辺境の発展を支えてきた立役者の一人だ。私財を投じてシアニス港を開発してきた経緯もあり、個人的には信頼もしている。だが、それは自分と彼らとの関係性によるものでしかない。
「先ほどの港の空きについてですが、コルネ商会だけが使用している船着き場が多数あります。独占的に使用されているため、場所が空いていることも多い」
「それがおかしいとお思いですのね?」
ようやく相手の狙いが分かったとばかりに、アデリーナは静かに頷く。だが、眼前の青年は首を横に振った。
「おかしいと言うつもりはありません。コルネリオ評議員が私財を投じてシアニス港を発展させたことは周知の事実ですし、私も商人として尊敬しています。その程度のアドバンテージはあってしかるべきでしょう」
「……それなら何が望みですの?」
「貴女との提携を」
それが本題だったのだろう。彼の瞳に力がこもった。
「アデリーナさんは築港の功労者として使用権をお持ちですよね? ですが、これまでその権利を行使されたことはないと聞いております」
「わたくしには必要ありませんもの」
アデリーナは正直に答える。自分に商才があるとは思えないし、興味もない。コルネリオを始めとしたシアニス港の関係者も、実際に彼女が権利を行使するとは思っていないだろう。
「つまり、貴方はシアニス港の使用権がほしい。そう捉えてもよろしいかしら」
「はい。ですが、それだけではありません。他の部分でも提携できればと考えています」
「他の部分……?」
訝しむアデリーナに、青年は笑顔で頷きを返す。
「たとえばですが……シアニス港を掌握するお手伝いができます」
「せっかくのお申し出ですけれど、権力に興味はありませんわ」
アデリーナは青年の申し出をあっさり断った。評議員への就任を打診された時にも思ったが、自分にはそういった欲が欠けているらしい。彼もそこを見誤ったのだろう。
「存じています。ですが、今のシアニス港の運営体制には思うところがおありでは?」
だが、青年は落ち着いて次のカードを切ってくる。その言葉には心当たりがあった。
「港の最大派閥はコルネ商会ですが、彼らはあまり運営体制に口を出しません。そのため事務総長の一派が幅を利かせているのが現状です」
アデリーナの表情から脈があると判断したのか、青年は少し身を乗り出す。
「私に任せていただければ、この勢力図を塗り替えてみせます。そうなれば警備隊の方々の負担も減ることでしょう」
それに、と彼は言葉を続ける。
「こちらの道場についてもお役に立てます。各種経理や修繕の手配。ご希望であれば運営の補佐やスケジュール管理も可能です。お忙しいアデリーナさんの負担を少しでも減らすことができれば幸いです」
爽やかな笑顔のまま、青年は澱みなく言葉を並べる。そんなセールストークを受けて、アデリーナは少し挑戦的に問いかけた。
「では、この道場の支部を全国に設置したいと言えば?」
「もちろん可能です。貴女の名声をもってすれば、どんな商人でも失敗することはないでしょう。……アデリーナさんが本当にそれをお望みなら、ですが」
その回答にアデリーナの口角が上がる。これまでに話をもちかけてきた商人は、道場の拡大や支部の設置を勧める者ばかりだったからだ。
アデリーナという人物を把握し尊重していれば、そのような提案に意味がないことは分かるはずだった。
「お話は分かりましたわ。ただ、この場でお答えはしかねます。現時点では判断材料も少ないですし、先ほどおっしゃっていた案件が喫緊の課題というわけでもありませんもの」
だが、少し好感を持った程度で承諾していてはキリがない。そう伝えても、青年に負の感情は見られなかった。
「そうですか……残念ですが、おっしゃることはよく分かります。となれば、まずは私が信用に値する人間であるところをお見せしなければなりませんね」
そう言って次のアポイントメントを取ろうとしてくる。その粘り強さに感心しつつ、アデリーナはちらりと窓の外へ視線をやった。
「申し訳ありませんけれど、来客が到着したようですわ」
それは方便ではなく事実だ。道場の入口に姿を見せたのは、この辺境で最も有名な新婚夫婦だった。彼らに対応した門下生が、慌ててこちらへ駆けてくる様子が見える。
「あれは……いえ、あの方々は――」
どうやら、青年も二人の素性に思い当たったらしい。彼はさっと立ち上がると、丁寧に頭を下げた。
「ご友人との再会を邪魔するわけにはいきませんね。今日のところは失礼します」
再来の含みを持たせつつ、あっさりと引き下がる。心からそう思っているのか、それとも彼らの不興を買うことを恐れているのか。どちらにせよ、その引き際は見事なものだった。
「ええ。何か困りごとがあれば、ご相談させていただくかもしれませんわ」
「その時はいつでもお力になりましょう」
そんな言葉を最後に、青年は応接室から退室する。彼女が新しい来客を迎えたのは、そのすぐ後だった。




