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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
外伝・後日譚
169/176

湖の街Ⅲ

「お前は……シュミット!?」


 元『聖女』アムリアが生存していると思しき噂を流していた一行。その黒幕かもしれない男は、かつての学友だった。

 いったいどういうことなのか。俺の頭の中で様々な可能性が渦巻く。


「誰だ!?」


 俺の声を聞いてからの、シュミットらしき男の行動は早かった。彼は立ち上がりざま、机に立て掛けてあった棒を握って一閃したのだ。


「――!」


 金属の質感を持つ一メートルほどの棒が、ほぼ水平に弧を描く。相手の姿が見えないため、牽制もかねた一撃だったのだろう。その動きはこなれたものであり、彼が棒術の修練を修めていることを窺わせた。


 手応えがないと悟った彼は、次撃を振るおうとして――。


「シュミット君! やめてください!」


 そして、ミュスカが上げた制止の声にぎょっとした表情を浮かべる。


「今の声は……ミュスカか?」


 シュミットは油断なく周囲を窺いながらも、振り上げた金属棒をゆっくりと下ろす。


「私もいるわ。ミンよ」


「キュッ!」


 次いでミンも声を上げたことで、シュミットの表情から少し険が取れた。十年近く顔を合わせていなかった俺はともかく、交流のある彼女たちの声はしっかり判別できるようだった。……うん、キャロはもうちょっと待ってほしいかな。


解呪ディスペル


 そんなシュミットの信用を得るために、ミュスカが俺たちの透明化を解除する。四人と一匹が姿を現したことで、部屋が一気に狭くなったように感じられた。


「お、お前は――!」


 そんな中で、シュミットの視線は俺に固定されていた。俺を指差して口をパクパクと動かしているが、驚きのあまりか言葉が出てこないようだった。


「久しぶりだな、シュミット」


「カナメ……!? なぜお前がここにいる」


「アムリアが復活したかもしれないと、そう聞いたからな」


「……そういうことか」


 シュミットは苦虫を嚙み潰したような顔で納得する。だが、こっちは納得できないままだ。


「シュミット君、こっちからも聞かせてもらえる? 元『聖女』アムリアの噂を撒いていたのは貴方なの?」


「それは――」


 シュミットが何事かを言おうとした瞬間だった。その表情が再び険しさに彩られる。その視線の先には、眠らされている女盗賊(シーフ)の姿があった。


「安心しろ、眠っているだけだ。突然襲われたからな」


 そう説明すると、シュミットの雰囲気が少し柔らかくなった。これまでの経緯からして、彼女の雇い主はシュミットで間違いないだろう。


「彼女を尋問するのは忍びない。俺たちに事情を説明してくれるなら解放するぞ」


「……嫌な言い方をする」


 シュミットは苦笑を浮かべると、手にしていた棒を壁に立て掛けた。その表情は昔のような尖ったものではなく、彼が様々な経験を積んだことを窺わせた。


「それで、説明はしてもらえるのかしら」


 ミンが重ねて問いかけると、シュミットはかすかに頷いた。


「ここでは椅子が足りないからな。場所を移すぞ」




◆◆◆




 シュミットに先導されて向かったのは、建物内にある別の部屋だった。会議室なのか、大きな机と椅子が俺たちを出迎える。

 テオが担いでいた女盗賊(シーフ)は、椅子をいくつか並べてその上に寝かせることにしていた。


「それじゃあ、教えてもらうわよ。シュミット君はどうしてあんなことをしたの?」


 全員が席に座るなり、ミンがシュミットを問い質す。すると、彼はあっさりと内情を明かした。


「この街には『名もなき神』の残党が潜んでいる」


「それ本当なの!?」


 シュミットの言葉にミンが詰め寄る。教会派のみならず、統督教全体にとって『名もなき神』を奉じる組織は敵だと認定されている。その残党が潜んでいるとなれば、放置しておくわけにもいかない。


「それで、アムリアさんの噂を囮にしたんですか?」


「そうだ。アムリアの噂が流れれば、何かしらのアクションがあると踏んだ」


 シュミットはミュスカの言葉に頷く。なるほど、そういうことだったのか。なかなか危なっかしいやり方だが、理解はできる。


「それ、誰かに断りを入れた?」


 だが、ミンはそうもいかなかったらしい。彼女は鋭い視線をシュミットへ向ける。


「レナート司教は病床の身だからな。かと言って、お忙しいバルナーク大司教のお耳に入れるほどの話でもない」


「つまり、独断ということ?」


「この街は俺たちの管区だ。自分で対応するのは当然だろう。それに……教会内部に内通者がいる可能性もゼロじゃない」


「だからって、司教補佐一人で進める話かしら?」


「バルナーク様も、若い頃から単独で偉業を成し遂げていらっしゃった。それに比べれば、この程度大したことじゃない」


 シュミットは胸を張って言い切る。相変わらずバルナーク大司教に心酔しているようだな。


「バルナーク様に憧れる気持ちは分かるけど……もう、噂に振り回される身になってほしいわ」


 ミンは疲れたように大きく息を吐いた。そして、なぜか彼女は俺を手で指し示す。


「シュミット君の行動力には感心するけど、そのせいで他宗派の神殿長が動いちゃったのよ? たまたまカナメ君だから大事になっていないけど……ほら、カナメ君も何か言ってやってよ」


 そう言って、ミンは俺に話を振ってくる。


「そうだな……シュミット、司教補佐になったんだな。おめでとう」


「そこなの!?」


「まともに挨拶できてなかったからな」


 ミンのツッコミに言葉を返す。偽の噂に引っ掛かったのは悔しいが、それはクルシス神殿が転職師ジョブコンダクターの噂を重点的に集めていたからだ。

 クルシス神殿だって噂話を利用してあれこれやっているのだから、別に咎めるつもりはなかった。


転職ジョブチェンジの神子にまつわる話は色々聞いている。それがカナメのことだと知った時には仰天したが……」


 シュミットは呟くと、かすかに笑う。


「やっぱり信じられんな。相変わらず、お前はお前のままだ」


 それは賛辞とも批判とも取れる内容だったが、悪い気はしない。シュミットの物言いから毒気を感じなかったからだろう。


「そう言われると嬉しいな」


 それどころか、本心からそう告げる。クルシス神の憑依や融合を警戒している身としては、その言葉は本当に嬉しいものだったからだ。


「それで……囮の成果は上がっているのか?」


「目立った成果はない。今のところはな」


 シュミットは素直に実情を語る。そこで、俺は今日の出来事を伝えることにした。まだ報告を受けていなかったシュミットは、真剣な顔で俺の説明を聞く。


「ちっ、また湖の民か……これまでにも何度か、囮に対して因縁を付けているな」


「それって怪しくない? 興味を持つことはあっても、わざわざ因縁を付けたりするかしら」


「もちろんマークしているが、奴らの街は教会の影響力が弱いからな。そのせいでろくに情報が集まっていない。ただ、湖の民は実直な性質だ。『名もなき神』との相性は悪いはずだ」


「へえ……そう聞くと、なんだか親近感が湧くな」


 辺境のみんなを思い出して、つい和んでしまう。そして、ついでとばかりに根本的な疑問をぶつけることにした。


「というか、湖の民ってなんだ?」


「湖の民は、北ミラムールを拠点にしている人々だ。昔からミリアム湖のほとりに住んでいて、自分たちだけがこの街の正当な住民だと考えているフシがある」


「宗派も特別なのよね?」


「ああ。ミリアム湖そのものを崇拝している。分類上は土地神派だ」


「土地神派か」


 その言葉に納得する。これだけ大きな湖だ。ましてそのほとりで暮らしているとなれば、神格化されてもおかしくはない。


「けど、どうしてあちこちで揉め事を起こしてるんだ? 北ミラムールは孤立しているなんて噂も聞いたぞ」


「湖の民は大きな変化を好まない。特にミリアム湖に関わることにはな」


 そんなシュミットの答えを聞いて、ミンは思い出したように身を乗り出した。


「それって、ひょっとして自治都市の話? ミラムールを自治都市にする動きがあるって聞いたけど」


「それだ。どこぞの辺境が華々しく自治都市デビューしたからな」


 そう言ってシュミットはこっちを見る。


「さらに言えば、自治都市推進派の重鎮はミリアム湖を観光資源にしようとしている。それが湖の民の反発を招いた」


「なるほどなぁ……」


 そう聞くと、なんだか湖の民に同情的になってしまうな。とは言っても、自治都市化の話は政治的なものだ。俺たち統督教が関わるわけにはいかない。


「ともかく、この件は俺が対処している。お前たちは手を出すな」


 そう告げてシュミットは俺を見据えた。俺を警戒しているように思えるが、何があったのだろうか。すると、ミンが勢いよく声を上げた。


「ちょっと、その言い方はひどくない? シュミット君の手柄を取ろうなんて、私たちもカナメ君も考えてないわよ」


「そんなことはどうでもいい。だが、カナメの存在は――」


「……?」


 何かを言いかけたシュミットは、ふと口をつぐんだ。


「いや、なんでもない」


 言ってシュミットは椅子から立ち上がる。その仕草が、会話は終わりだと示していた。




 ◆◆◆




「くそ……なぜこうなった」


「同感だ……」


 南ミラムールの大通りを、シュミットと並んで歩く。おそらく、今の俺は隣のシュミットと同じ顔をしているのだろう。すなわち「不本意」というやつだ。


「神子様、シュミット司教補佐。もう少しで船着き場ですぞ」


 そんな俺たちの前を歩いているのは、身なりのいい五十歳くらいの男性だ。この街ではかなりの影響力を持つ商人だという彼は、くるりと振り返って大仰に笑い声を上げた。


「それにしても、まさかお二人が親友でいらしたとは。今年一番の驚きですな!」


 ……そう。すべての発端はこれだった。どこで嗅ぎつけたのか、この大物商人が「転職ジョブチェンジの神子様にお会いしたい」とクルシス神殿を訪ねてきたのだ。


 統督教は政治不介入を是としているが、それは人付き合いをしないという意味ではない。むしろ、他者との関わりは必須と言える。まして、相手が有力者であればなおのことだ。


 そして、この街のクルシス神殿も、俺が転職師ジョブコンダクターをスカウトしに来ていることは秘密にするべきだと考えたようだが、その代わりの言い訳がまずかった。

 曰く「神子様は教会のシュミット補佐と神学校時代からの大親友であり、彼に会いにわざわざ辺境から来たのだ」と答えたらしい。


「お二人とも統督教の要職にありながら、宗派を超えた親友でいらっしゃるとは……誠に素晴らしいですな! お二人のような方が今後の統督教を担うのであれば安泰というもの」


「ハハハ……それは光栄だ。なぁ、カナメ?」


「ああ。お互い、これからも切磋琢磨していこう」


 俺たちはぎこちない笑みを浮かべる。この場にコルネリオがいたら、腹を抱えて爆笑していそうな気まずさだ。

 初手からこんな褒め殺しを連発されたせいで、シュミットも否定するタイミングを失ったらしい。


「いやいや、シュミット司教補佐もお人が悪い! 神子様の親友でありながら、そんなことは一言も仰っていませんでしたからな。さすが、謙虚でいらっしゃる」


「……当然のことです」


 シュミットは面白い形相で言葉を返す。どう見ても怪しい反応だが、この商人――アウルさんはそれを照れていると解釈しているようだった。


「ですが、このタイミングで神子様をこの地へ呼ばれたということは、やはり我々のことを気にかけてくださったのですな! 感謝いたしますぞ」


「……?」


 そんな言葉に内心で首を傾げる。その意味をシュミットに小声で問いかけようとした俺だったが、すぐにアウルさんが答えをくれた。


「神子様と言えば、辺境の村を自治都市に押し上げた第一人者! 同じく自治都市入りを目指すこの街としては、ぜひともお話をお伺いしたかったのです」


「なるほど、そういうことですか」


「そうなのです! 神子様の華々しいエピソードはこの街でも多々謳われておりますが、自治都市連合に加盟を認めさせたその手腕もまた、それらの英雄譚に引けを取らぬ偉業ですからな!」


 俺が納得を示せば、アウルさんは勢いづいて熱弁を奮う。だが、俺にはいくつかの懸念があった。


「ご期待を頂いているところ恐縮ですが、自治都市連合への加盟はかなりの難題だと思います。ルノールの街もようやく末席に加えられましたが、連合への影響力など微々たるものですしね」


 勝手に話を運ばれる前にと、俺は牽制も兼ねて厳しい見通しを語る。期待させておいて突き放すのは忍びないからな。


「ふむ……神子様としては、どのようなところが問題だと思われますかな?」


「まず気になるのは軍事力です。失礼ながら、この街が際立った軍事力を備えているようには思えませんし、辺境のように地理的に隔離されているわけでもありません」


「なるほど。城塞都市フェイロンの難攻不落ぶりは有名ですからな」


「経済力に優れるセイヴェルンも、かなりの予算を軍事力に費やしていますからね。最低ラインの防衛力がなければ、自治都市連合の応援が来るまで持ちこたえられませんから」


「やはり防衛力は必須ですか。そうでしょうなぁ」


「経済力や、その基となる産業も気になります。自治都市連合は、他の都市にはない特色を持つ街ばかりですから」


「産業的な特色ですか。それは面白そうな話ですな」


 アウルさんは陽気に答えた。俺のネガティブな言葉を受けても、気落ちしていないあたりはさすがと言ったところか。その強さが彼を大商人にしたのかもしれない。


 そんなことを考えていると、アウルさんはとある建物の前で足を止めた。どうやら水運関係の事務所のようだ。俺が建物の内部を窺っていると、アウルさんは楽しそうに笑った。


「実はその特色に心当たりがありましてな。それで、お二人をお招きしたのです」


 彼は船の手配をすると言って、慣れた足取りで建物へ入っていく。ひょっとするとアウルさんが経営している店なのだろうか。


 そうして彼の手続きを待っていると、シュミットが大げさに溜息をついた。


「……まったく。面倒なことになった」


「まったくだ。あの口ぶりだと、もともとお前を連れて行くつもりだったようだが」


 アウルさんは道中でそんなことを言っていたからな。そう返せば、シュミットはニヤリと笑う。


「あの商人は油断できん。どうせならお前も巻き添えにしてやろうと思ってな」


「……お前、ちょっとバルナーク大司教に似てきてないか」


 その表情を見た俺は、ついぼやく。心酔していると、やはり色々と似てくるものなのだろうか。もしくは似せようとしているのか。


「フン。お前に言われたところで、嬉しくもなんともない」


 そう言い切って、シュミットはプイっと顔を背ける。だが、その表情までは隠しきれていなかった。


「その割に顔が緩みまくってないか?」


「うっせぇ! 陽射しが眩しいだけだ!」


 シュミットは声を荒げるが、その顔は明らかににやけていた。本当にバルナーク大司教大好きだな。俺の記憶と喋り方が少し違っているのも、再会時に見せた棒術の冴えも、おそらくそういうことなのだろう。


 と、そんなやり取りをしていると、建物の扉が開いてアウルさんが笑顔で声を掛けてきた。


「お二人ともお待たせしました。船の準備ができましたぞ。ああ、もちろん護衛の方も乗れるサイズです」


 そう言って、彼は俺たちを船着き場まで案内してくれる。ミリアム湖の全景に圧倒されながら、俺たちは湖上船に乗り込むのだった。




 ◆◆◆




「湖を行き交うような定期便はあるのですか?」


「そうですな。天候にもよりますが、毎日何かしらの船を出しています」


「アウルさんの商会が取り仕切っておられるのですか?」


「おっしゃるとおり、南半分は私が取り仕切っているようなものです。ただ、北は……」


「北は?」


「北ミラムールに湖の民という古参の住民がいましてね。もともと、湖の水運は彼らが一手に担っていたのです。ですが、彼らだけが事業を独占するのはおかしいと思いまして」


 穏やかな湖面を眺めながら、アウルさんの解説を聞く。人力の櫂と帆を併用する船は、湖をまっすぐ北上しているようだった。


 ほどなくして、俺たちを乗せた船はちょっとした規模の島に辿り着いた。聞いた話では、湖のほぼ中央に位置する島だという。


「先ほど、神子様は街の特色についてお話をされていましたな? その答えの一つがここにあります」


「この島が……」


 俺は視線を巡らせて島を観察する。取り立てて変わったところのない島だ。それなりの広さはあるようだが、植生に劇的な変化があるわけでもない。


 そんな俺の思いを見抜いたのか、アウルさんはにこりと笑った。


「ああ、この島自体のことではありません。これからそれを証明しましょう」


 彼は迷いのない足取りで島の中心へ向かうと、とある洞窟へ俺たちを導く。洞窟の内部は意外なほど整備されており、人が定期的に行き来していることを窺わせた。


「ここからは下りです。お気を付けて」


「下り……?」


 その言葉に首を傾げつつ、急なスロープを下っていく。その下り坂が階段になった時点で、俺はテオと顔を見合わせた。


「神子様、これは――」


「可能性はあるな」


 ひそひそ声で会話をしながら、延々と長い階段を下り続ける。そうして、ついに地獄の階段が終わりを告げた時だった。突如として現れた光景に、俺は思わず目を奪われた。


「これは……」


 三階建ての屋敷と、それを囲むいくつかの建物群。俺たちの目の前に存在しているのは、現在の技術水準では再現不能な代物だった。おそらく古代遺跡なのだろう。


 だが、古代遺跡に関しては俺もテオも見慣れている。俺たちの目を引いたのは、上空十メートルほどの高さにある()()()()()()だった。


「湖の底に作られた別荘……ということか?」


 よく見れば、湖水は建物をドーム状に取り囲んでいる。この内部では空気が保持されているようだった。

 そして、湖底にあるとは思えないほど遺跡の内部は明るい。何かしらの魔法が使われているのだろうが……ここまでして水中に別荘を作るとは、古代文明の貴族はとんでもないことを考えるな。


「いかがですかな? この幻想的な光景こそ、ミラムールが世界に誇る至宝と言えましょう」


 眼前の光景に目を奪われていた俺たちに向けて、アウルさんは誇らしげに、そして熱っぽく宣言する。


「本当に素晴らしい眺めです。つまり、この湖底遺跡を目玉にした観光産業をお考えなのですか?」


 そう尋ねると、アウルさんは深く頷いた。


「その通りです。規模では辺境の遺跡都市に劣るかもしれませんが、こんな特殊なロケーションはありますまい」


「そうですね。遺跡都市は森の中にありますから」


 そんな俺の答えを聞いて、アウルさんは少しほっとした様子を見せた。調査は進展しているものの、遺跡都市は依然として謎というヴェールに包まれている。

 そんな遺跡都市なら似た光景もあり得るかもしれないと、そう懸念していたのだろう。


「ふむ……」


 まるで立体的な水族館のような景色を眺めながら、俺は軽く考えを巡らせる。

 たしかにここは観光の目玉になるだろう。庶民が気軽に観光旅行に出かけられる世界ではないが、貴族や大商人なら話は別だ。


 彼らの眼鏡に適えば、この地が賑わうことは間違いないだろう。実際に、そういった街や村の例には事欠かない。ただ――。


「自治都市連合への加入という観点で考えると、いくつか不安がありますね。観光都市に舵を取った場合、人の流れを制御することは難しくなりますから、防衛力という面ではさらなる不安を抱えることになります」


 俺は正直な感想を口にした。やはり、辺境とこの街では事情が違い過ぎる。


「それに、地理的に顧客の多くを占めるであろう王国貴族ですが、彼らが自治都市化を快く思うはずがありません。王国の支配から外れるわけですからね」


 もちろん近隣の他国からの流入も見込めるだろうが、他国の貴族同士が鉢合わせるという危険を内包してしまう。下手をすればこの街を舞台とした代理戦争すら起きかねないだろう。


「なるほど……神子様はなかなかシビアですな」


 そんな懸念を伝えられたアウルさんは苦笑いを浮かべた。それでも深刻な顔を見せないのは彼の胆力か、それとも腹の底では実現できないだろうと考えているのか。


 と、その時だった。足元のキャロが「キュッ!」と鳴き、続けてテオが「警戒を!」と呼びかける。

 突然の反応に驚く俺だったが、こういった事態には慣れている。俺はどんな異変も見逃さないように、慎重に周囲を見回した。


「人の気配が近付いています。それもかなりの人数です」


「キュキュッ」


 そんな報告に少し遅れて、大勢の人間が立てる足音が聞こえてきた。おそらく、俺たちも使ったあの長い階段から降りてきているのだろう。というか、あの階段以外に侵入口があるとは思えない。


 そんな俺の予想を裏付けるように、階段の出口からぞろぞろと人が出てくる。今確認できるだけで数十人はいるだろうか。彼らは一様に厳かな表情を浮かべていた。


「ちっ! まさかここは――!」


 彼らの顔を見たシュミットは、焦った様子でこちらを振り返る。


「カナメは隠れていろ! お前は立場上、表に出ないほうが――くそ、遅かったか」


 言いかけて、シュミットは顔を歪める。数十人からなる集団の視線がこちらを向いたからだ。俺たちの存在に気付いたのだろう。


「まずいな……」


 思わず呟く。俺たちに向けられた視線からは、強い怒りと害意が感じられたからだ。そして――。


「ここで何をしている! 我々の聖地を汚す愚か者が!」


 殺意を孕んだ怒声が、湖底の遺跡に響き渡った。



コミカライズとは別の話ですが、今月から4年ぶりに新作を投稿しています!

これは恋愛ジャンルなのかローファンタジーなのか……と今もジャンル分類に悩んでいますが、だいぶ糖度の高い作品になる予定です。

新作タイトルは「現代に生きる錬金術師は、記憶を失ったハニトラ工作員と甘い同棲生活を始める」です。40話くらいの短いお話ですので、よかったらご覧くださいね!

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― 新着の感想 ―
[一言] …新作を投稿なさっているのですか、今度読みに行きますねー(棒 シュミットとの仲の悪そうな(笑 やりとり、なんか懐かしいですなあ。まあカナメが政治向きの会話をするのもかなり前のことになるんでし…
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