付与Ⅰ
【鍛冶師】フェイム・ワイト
大陸有数の集客力を誇る自治都市ルノール。その中でも、戦いを生業とする者が多く足を踏み入れる施設の一つがワイト鍛冶工房だ。
鍛冶師の固有職持ちが作成する魔法の武具は人気が高く、店頭に出回ることは滅多にない。あまりに予約が詰まっているせいで、ここ半年ほどは新しい予約を受けることすらなく、魔法の武具は相変わらず品薄状態が続いていた。
だが、工房の主が不在なのか、その工房はしんと静まり返っている。そして……その代わりとでも言うように、その隣に併設された工房からは規則的に鎚の音が聞こえていた。
「――ふむ、悪くねぇな。……いや、むしろいい出来だ」
隣接した工房で、手渡された長剣を検分していた禿頭の男は、やがて感慨深げに頷いた。ワイト鍛冶工房の主の一人であるロンメルだ。そして、彼はできたばかりの剣を息子に返す。
「そうか? 理想には程遠いと思うが……」
そう言葉を返したのは、もう一人の工房主であり、鍛冶師の固有職持ちでもあるフェイムだ。嬉しそうな父親とは異なり、彼は困惑している様子だった。
「そりゃそうだ。名剣と呼ばれるには、まだ一味も二味も足りねぇよ」
「だったらなぜ――」
「これが、俺が教えられる限界だからだ」
彼の言葉を遮って、師匠でもあるロンメルは断言した。その言葉の意味が理解できず、フェイムは軽く眉根を寄せる。
彼は鍛冶師の固有職持ちだが、常日頃から父親の指導を受けていた。一般的な鍛冶職人に劣るとは思わないが、生粋の職人としては父ロンメルの技量にまだまだ及ばない。そう考えていたからだ。
「言い訳をしたいわけじゃねえが、俺はなんでも作る鍛冶屋だからな。剣も作るが、農具や鍋だって作る。幅広いレパートリーと対応力がウリだ」
フェイムの疑問が分かっていたかのように、ロンメルは口を開いた。
「その分、一つ一つの練度は専門の鍛冶職人には劣る。……ああ、勘違いするなよ? 別に職人として劣っているつもりはねえぜ。方向性の違いってやつだからな」
そして、彼はフェイムが打った剣に視線を落とした。
「お前が考えている理想ってのは、専門の鍛冶屋が生涯に何振り作れるか、ってレベルの名剣だ。そもそもの到達点が違う」
「それで『教えられる限界』か……」
フェイムはまだ困惑していた。たかだか数年で、自分が父の技量に並び立ったとは思えない。だが、こと鍛冶において、父親が嘘をつくとは思えなかった。鍛冶師の固有職を得たことで、鍛冶技術を習得しやすくなっていたのだろうか。
「少なくとも、武具の作成において、お前にこれ以上教えられることはない」
「そう、か……」
技量を認められたにもかかわらず、フェイムは途方に暮れていた。まだまだ名剣を打つには程遠い。だが、もはや導き手はいないのだ。
「……フェイム」
やがて、沈黙していたフェイムにロンメルが声をかける。言おうか言うまいか。そんな逡巡が分かる顔だった。
「自分でも分かってると思うが……お前は剣に対するこだわりが強い。もしこれが槍なら、お前はそれなりに納得していたはずだ」
「……」
その言葉に、フェイムは言葉を返すことができなかった。自分でも心当たりがあるからだ。
「別に、それが悪いとは思わねえ。着実に歩みを進められる人間なら、理想の高さは向上心と一緒だからな」
「向上心……」
フェイムはほそりと呟く。――と、そんな時だった。鍛冶場にするりと人影が潜り込んでくる。妹のキャロルだ。
「お兄ちゃん、予約のお客さんだよ!」
「え? ……ああ、もうそんな時間か。分かった」
その言葉に頷くと、フェイムは父親に視線を向けた。
「こっちは構わねえ。もう話は終わったからな」
「……ああ。ありがとう、親父」
そして、フェイムは鍛冶場を後にする。よりによって、彼女が訪れる今日という日に、父が指導から手を引くとは何の因果だろうか。
そんな暗い気分を振り払うように頭を振ると、フェイムは自分の鍛冶場へ戻った。
◆◆◆
「――ちゃんと手入れされている。研磨する必要もない」
「よかった、修復機能のおかげね。私としては、手入れを怠っている気がして気が引けるけど」
「素材が地竜の角だからな。砥ぎ石がすり減るだけだと思う」
魔剣を検分していたフェイムは、相対する人物と視線を合わせた。――剣姫クルネ。上級職である剣匠の固有職を宿し、大陸最強との呼び声高い女剣士だ。
クルネのために魔剣を作ってから数年が経つが、そのメンテナンスのために、彼女は定期的にフェイムの工房を訪れていた。
「自動修復、硬度強化、魔力付与、それに自動回復。付与した機能も問題なく機能している」
鍛冶師ならではの視点で魔剣を分析した後で、フェイムはそう結論付けた。そして、魔剣を持ち主へと返す。
「よかった。フェイム君、ありがとう」
愛剣を受け取った彼女は、フェイムに笑顔を向けた。だが……その笑顔を直視することができず、フェイムは少し視線を逸らした。
「……ああ」
しかし、それでクルネが気分を害した様子はない。フェイムがそういう性格だと知っているし、そう思っているのだろう。
「今日のメンテナンスはこれで終わりだ。いつも通り、次の予約は三月後でいいか?」
「うん。いつもごめんね。フェイム君、とても忙しいんでしょ?」
「別に構わない。その剣のことは気になるからな。それに、あんただって忙しい身だろう」
彼女は、夫でありクルシス神殿長でもある神子の護衛を主にしている。だが、魔物の襲来も珍しくない土地柄から、しょっちゅう危険種の討伐に駆り出されているのも事実だった。
多忙な二人の予定をすり合わせ、次回の予約日を確定させると、フェイムは彼女を鍛冶場の出入口まで送っていく。
「それじゃ、またね!」
「ああ」
赤みの強い金髪をふわりとなびかせて、彼女は工房を後にする。その後ろ姿を、フェイムは無言で見送っていた。
「――あ。クルネさん、もう帰っちゃったの?」
と、クルネの後ろ姿が見えなくなった頃合いで、背後から声をかけられた。キャロルだ。彼女は隣に立つと、こちらを見上げて口を開く。
「お兄ちゃんって、真面目だよね」
「……何がだ?」
突然の評価に首を傾げていると、妹はにんまりと笑う。
「だって、クルネさんと二人っきりでいられる唯一の機会なのに、すぐに帰しちゃうんだもん」
「……なんのことだ」
訊き返すと、キャロルの笑みがいっそう深まる。
「好きなんでしょ?」
そのストレートな物言いは妹ならではのものだ。思春期真っ只中の彼女にとっては、兄の色恋は大きな娯楽らしい。
「だって、お兄ちゃんが修練の日でも予約を入れるのって、クルネさんだけだもん」
「恩人だからな」
だが、フェイムは即座に首を横に振った。そして、ふと過去を懐かしむ。
――鍛冶師に転職するか、鍛冶職人として修練を積むか。そんな選択を迫られたあの日。
フェイムの決断を後押ししてくれたのは、すでに有名になりつつあった彼女だった。無名の鍛冶見習いのために、彼が打った剣を試し、果ては最高の特技まで使ってくれたのだ。
――正直に言えば、名剣と呼べるほどではありません。けど、ちゃんとした職人が作った立派な剣だと思います。
あの時の言葉は、一言一句覚えている。あれ以来、彼女はフェイムの中で特別な存在になっていた。
「えー、それだけ?」
「ああ」
妹は不服そうに頬を膨らませるが、彼にやましいところはない。もちろん、『剣姫』が一人の女性として非常に魅力的であることは間違いない。
だが、フェイムは知っている。神子に魔剣を贈られた時の、彼女の眩しい笑顔を。あの笑顔を目の当たりにして、それでも彼女に懸想するなどあり得ないことだった。どちらかと言えば、フェイムが気にしているのは……。
「――あの剣」
「え?」
ぼそりと呟いた言葉に、キャロルはきょとんとした顔で訊き返す。
「……いや、なんでもない」
そう誤魔化しながらも、フェイムの思考は地竜の魔剣へと向かう。
数年前、鍛冶師になりたての自分が作り上げた、おそらく世界でも最高峰の性能を誇る魔剣。だが、それは素材の性能によるものだ。
あの時、フェイムは全力を注いで魔剣を作り上げた。それは間違いない事実だ。しかし、今の自分であれば、もっと彼女に相応しい魔剣を作ることができたのではないか。そんな思いが頭から離れないのだ。
とは言え、また剣を作らせてくれなどと言えるはずがない。彼女はあの剣を本当に大切に使ってくれている。それをお払い箱にすることはできないだろう。
それに、あの魔剣を凌ぐためには、同格の素材……地竜の素材を再び使用する必要がある。だが、あれは神子の私的な財産であり、そうそう使えるものではない。
つまるところ、彼女のために新たな魔剣を作る機会はもうないのだ。
「分かってはいるんだけどな……」
妹の不思議そうな表情を気にも留めず、フェイムは小さく溜息をついた。
◆◆◆
辺境の面積の三分の一を占めるシュルト大森林。固有職持ちが増え、警備体制が強化されたとは言うものの、一般人が無防備に立ち入れば死が待っている。
だが……森に慣れた狩人や固有職持ちであれば、奥深くへ進まない限り、そうそう危機に陥ることはない。その程度には、魔の森の危険度は減少していた。
「……悪くないな」
そして、そんな固有職持ちの一人であるフェイムは、二メートル近い体躯を誇る甲虫を相手に、悠然と観察を続けていた。
空へ跳び上がった虫型モンスターが、フェイムを目がけて一目散に突撃してくる。だが、その攻撃がフェイムに届くことはなかった。彼の周囲を漂っていた四枚の盾。そのうちの二枚が、甲虫の突撃を正面から受け止めたのだ。
「ギギィィィッ!」
甲虫は耳障りな鳴声を上げると、もう一度空へ飛び上がろうと翅を広げる。だが、フェイムは慌てることなく腰に吊るしていた杖を手に取った。
「――起動」
直後、杖の先端から火柱が迸る。炎は飛び上がった甲虫を容赦なく焼き焦がし、地面へと叩き落とした。地面へ墜落したモンスターは、もはやピクリとも動かない。
次は、もう少し重量のある魔物で試してみたいところだ。さすがに狂乱猪レベルは無理だろうが……ふよふよと浮かぶ浮遊盾を眺めながら、フェイムはそんなことを考える。と――。
「……ん?」
不自然な魔力の動きを感じて、フェイムは茂みの奥へ目をやった。この辺りのモンスターは、魔法を使うことはない。ということは、本来は森の奥にいる危険種、もしくは人間ということになるが……。
「――ことで……っ!」
「っ!」
かすかに聞こえてきた声は、余裕のないものだった。それを認識したフェイムは、周囲を警戒しつつも音源へと向かう。
彼は戦闘職ではないが、試作品の浮遊盾をはじめ、数種の魔法の武具を身に着けている。魔力が尽きるまでの短期間であれば、その総合的な戦闘力は戦闘系の固有職持ちに匹敵しているはずだった。
「間に合ったか……」
やがてフェイムが目にしたのは、戦闘態勢に入っている双頭蛇と、杖を手にした一人の少女だった。双頭蛇の片方の頭が焦げていることからすると、魔法職なのだろう。
彼女はフェイムに気付いた様子もなく、余裕のない動きで杖を振り上げる。だが……。
「――駄目だ! 暴発するぞ!」
フェイムはとっさに声をかけるが、もう遅かった。少女が振り上げた杖の先端が不自然に膨れ上がり……そして、小規模な爆発を起こす。
「きゃっ!?」
予想外だったのだろう、少女は間近で起きた爆発でバランスを崩し、しりもちをついた。そして、それを逃す双頭蛇ではない。
「彼女を守れ!」
フェイムは咄嗟に浮遊盾に指示を出した。双頭蛇と少女の間に盾が割り込み、その顎を弾き返す。
「え? 何これ――?」
ようやくフェイムに気付いた様子の彼女は、ぽかんとした表情を見せた。だが、そんな場合ではないことを思い出したのだろう。彼女はキッと双頭蛇を睨みつける。
「火炎球!」
そして、彼女の頭上に出現した火球が双頭蛇を襲った。だが……。
「小さいな」
フェイムは思わず呟いた。彼女が放った火炎球はせいぜい拳大であり、一般的なそれの五分の一ほどのサイズだったのだ。しかも、その炎は非常に弱々しく、モンスターに致命傷を与えられるとは思えなかった。
「……やっぱり」
フェイムの予想通り、弱々しい火炎球は双頭蛇の鱗をわずかに焦がしただけだった。ひょっとして魔力切れなのだろうか。少なくとも、彼女が単独でモンスターを倒せるとは思えなかった。
「何をしてるのよ! 早く逃げなさい!」
そんな分析をしていたフェイムに、少女が緊迫した表情で叫んだ。どうやら、さっきの盾がフェイムによるものだとは気付いていないようだった。
窮地にもかかわらず、人の心配をする彼女に好感を覚えるが、その指示に従うつもりはなかった。
「起動」
そして、フェイムは腰から小ぶりの双剣を取り出した。主の命を受けた双剣は生き物のように空中へ舞い上がり、そして双頭蛇を斬り裂く。
「シャァァァァッ!」
双頭蛇が怒りの咆哮を上げるが、怯んでいる暇はない。フェイムは腰の魔杖を取り出すと、少女のほうへ放り投げた。
「使え」
「ちょっと、何を――」
突然投げて寄越された杖を、少女は慌てて受け止めた。その顔に驚きの色が浮かんだのは、その杖に付与魔術が施されていることに気付いたからだろうか。そして――。
「っ!?」
今度はフェイムが驚く番だった。少女に渡した魔杖には『火炎放射』が付与されている。だが、その魔杖から迸った炎は、フェイムの予想を大きく上回る規模だったのだ。
「暴走したか……?」
そう疑って少女の魔杖を見るが、特におかしな様子はない。フェイムが首を傾げていると、視界の隅で何かが崩れ落ちていく。それは、丸焦げになった双頭蛇の亡骸だった。
見事にこんがりと焼き上がっており、どう考えても死んでいる。念のために浮遊盾を展開させているが、おそらく無意味だろう。
と、そんなことを考えていた時だった。魔杖を持った少女が、ずっとこちらを見つめていることに気付く。
「あの……ありがとう。助かったわ」
フェイムと目が合った少女は、戸惑った様子ながらもお礼を口にする。年齢は十六、七歳くらいだろうか。勝気な印象を受ける顔立ちだが、今は神妙な表情を浮かべていた。
ウェーブのかかった白金髪の髪が、風に吹かれてさらりと揺れる。
「いや……」
そう言ったきり、フェイムは黙りこんだ。もともと、面識のない人間と話すのは得意ではない。それが異性となればなおさらだ。
「それから、これも」
そして、フェイムが貸し与えた魔杖を手渡してくる。だが、差し出された魔杖を受け取りながらも、フェイムはもう一つの魔杖を見つめていた。彼女が所持していた魔杖だ。
「……壊れちゃったわね」
その視線に気付いたのだろう。彼女は歪に膨れ上がった杖の先端を指でなぞる。涙こそ浮かんでいないが、その表情は悲しみに満ちたものだった。
「その杖を見せてほしい」
その表情を見たせいだろうか。気が付けば、フェイムは彼女に手を差し出していた。その申し出に驚いた様子の彼女は、やがてためらいながらも破損した魔杖を手渡してくる。
「これは……」
鍛冶師として、魔杖の状態を探ったフェイムは絶句した。杖には火炎球を放つ付与魔術がなされていたが、もはや魔術回路は擦り切れている。
今回の戦いで壊れたというよりも、すでに寿命がきていたものを無理やり動かしていたというほうが正確だろう。鍛冶師のフェイムですら、これが修理できるとは思えなかった。
「一体どうやって、これまで起動させていたんだ……?」
思わず言葉が口をついて出る。鍛冶師の自分ですら動かせそうにないものを、彼女はどうやって扱っていたのか。
「……ありがとう。返す」
「ええ」
そして、フェイムは壊れた魔杖を少女に返却した。彼女は杖を腰に吊るすと……両手で自分の顔をパン、と叩いた。
「……?」
突然の動作に戸惑ったフェイムだが、どうやら彼女は気分を切り替えようとしていたらしい。沈みがちだった彼女の表情が、明るい雰囲気を取り戻す。そして、彼女はずいっとフェイムに近付いた。
「ねえ、それって魔法の杖でしょ? 凄い性能ね」
「……そうかもしれないな」
我ながら妙な回答だが、卑下するつもりはない。この火炎放射の魔杖は扱いやすく、フェイムも気に入っていた。
「そうかもしれない、どころじゃないわよ! びっくりするほど高性能じゃない。投射する炎の威力だけじゃなくて、起動速度や魔力の消費効率も――」
彼女は勢い込んで魔杖の凄さを解説してくれる。製作者であるフェイムとしては、どうにもくすぐったくなるが、自分の作品を褒められて悪い気はしない。しかも、彼女は魔道具に関する造詣が深いようだった。
「その杖ってワイト鍛冶工房の作品でしょ? お店で買ったの?」
「……そんな感じだ」
フェイムは言葉を濁した。鍛冶師に転職してからというもの、彼に取り入ろうとする人間や、言い寄ってくる女性は後を絶たない。
もともとコミュニケーションが苦手な彼としては、自分の素性を明かすことにはデメリットしかなかった。
「やっぱり……!」
そんなフェイムの葛藤に気付いた様子もなく、少女は目を輝かせる。おそらく、こちらが素の性格なのだろう。フェイムには眩しいくらいの明るさだ。
「半信半疑だったけど……辺境では普通に魔法の武具が買えるのね」
「……」
どうやら少女は勘違いをしているようだった。普通の青年にしか見えないフェイムが魔杖を所持していることで、魔法の武具が一般に流通していると考えたのだろう。
「いや、それは……」
魔法の武具は一般にはほぼ出回っていない。そう説明しようとするが、そうなれば、なぜフェイムは所持しているのか、という話になってしまう。
「分かってるわ。かなり高額なんでしょう? でも、お金は貯めてきたから大丈夫よ」
そんなフェイムのためらいを、別の方向で解釈してしまったらしい。少女は自信を覗かせて胸を張った。そして、フェイムの手をさっと両手で握る。
「助けてくれて、本当にありがとう。じゃあね!」
そして、少女はルノールの街を目指して歩き出した。だが……。
「魔杖なしで大丈夫か……?」
どことなく不安を覚えたフェイムは、少女がルノールの街へ辿り着くまで、陰ながら護衛することにしたのだった。
◆◆◆
「これでいいか――いや、これでいいですか?」
「うむ、申し分ない出来だ。フェイム君、感謝する。妻も喜ぶだろう」
「そう……です、か」
「はは、そう畏まらなくてもいいさ」
すぐに素が出るフェイムの言葉遣いに気を悪くした様子もなく、筋骨隆々の偉丈夫はポン、とフェイムの肩を叩いた。
『辺境の守護者』ラウルス。その通り名はあまりに有名であり、『転職の神子』や『剣姫』と同じく、数々の英雄譚が作られている生きた伝説だ。
「本当は、もっと早く銘を付けたかったのだが、妻が恥ずかしがってな」
「ああ……」
フェイムの顔に、なんとも言えない微妙な笑みが浮かぶ。彼が愛用している鎧と盾は、最上級の素材である地竜の素材を使って、フェイムが作り上げたものだ。
そして、魔法の武具でもあるそれらに銘を付けるという話は、それこそ数年前から出ていた。だが、愛妻家のラウルスが妻の名を銘にしようとしたところ、当の本人が固く辞退したのだ。
数年前にその話を聞いて以来、音沙汰がなかったことから、てっきり諦めたものと思っていたが……『辺境の守護者』の粘り強さは、戦いの場でなくとも発揮されるようだった。
「それにしても、見事なものだな。私ではこうはいくまい」
鎧の内側に刻まれた銘を見て、ラウルスは感心したように頷く。細工師のミレニアとは違い、フェイムはそんなに凝った装飾文字は彫れない。だが、もともと実用主義の彼からすると、充分に満足がいく仕上がりのようだった。
「そもそも、普通に彫っても修復されるからな……」
「そうだな。先日受けた鎧の傷も、いつの間にか完全に直っていたよ」
「傷を受けた?」
フェイムは思わず声を上げた。人類最強の防御力を誇ると言われる『辺境の守護者』が傷を受けるとは、珍しいこともあるものだ。
「遺跡都市の地下に上位竜がいてな。どうやら実験台として囚われていたようだが……それが目覚めた上に、遺跡の迎撃装置も起動したせいで、挟み撃ちにあったのだよ」
そう説明すると、ラウルスは豪快に笑う。災害クラスの攻撃力に挟まれて、よく無事でいられたものだ。もはや呆れるしかないが、この人物ならやってのけるだろう、という気持ちもある。
そして、その防御力にフェイムが作った鎧が一役買っているとなれば、悪い気はしなかった。そんなことを考えていると、ふと質問が口をついて出る。
「その……愛用していた剣や鎧を新調するのは、嫌なものなのか?」
「ふむ……?」
その質問にラウルスは目を瞬かせた。思いがけない問いかけだったのだろう。
「人による、としか言えぬな。装備の新調を機能向上、自己の成長と捉えるものは喜ぶだろうし、旧知の友を失ったように感じる戦士もいる」
「あんたもか?」
「いや……私は固有職を得る前から、様々な武器を使って魔物を倒してきた。その過程で、武器を使い捨てにせざるを得ない場面も多かったからな」
ラウルスは昔を懐かしむように遠い目を見せた。『辺境の守護者』が固有職を得る前から、シュルト大森林のモンスターを屠っていた話は有名だ。
「だが……もしこの鎧が失われたなら、私は大きな喪失感を覚えるだろうな。――ふむ、そう言えば」
そして、彼は思い出したように言葉を付け加える。
「クルネ君がそうだったな。かつての愛剣が折れた時には大きく落ち込んでいた。どうしたら励ますことができるかと、カナメ殿に相談されたものだ」
「その時はどうしたんだ?」
クルネの名前が挙がったことで、フェイムは思わず身を乗り出した。
「それは、フェイム君のほうがよく知っているだろう。彼女の二本目の愛剣を作り上げたのは君だからな」
「そういうことか……」
たしかに、あの時のクルネはそんなことを言っていた。新しい剣についても、一番の要望は『折れない剣を』だったくらいだ。そのため、フェイムは硬度強化を最大まで付与した剣を作ったのだ。
「とは言え、フェイム君が打った武具を喜ばぬ者はいるまい。愛着が湧くのは当然だが、武具の性能は生存に直結するからな。たとえ本人が寂しさを覚えたとしても、命がなければ悲しむこともできぬ」
そして、ラウルスはもう一度フェイムの肩を叩く。フェイムが何事かを悩んでいると察したらしい。
「そうか……ありがとう、『辺境の守護者』」
「うむ。何があったかは知らぬが、必要であればいつでも相談してくれ。……では、そろそろお暇するとしよう」
男臭い笑顔を浮かべると、ラウルスは別れを告げる。滅多に鍛冶場から出ないフェイムは、珍しく工房の入口まで『辺境の守護者』を見送るのだった。




