転職師Ⅱ
遺跡都市にある、研究拠点かつ宿泊施設でもある建物。その一室で、ファーニャは千年前の『クルシスの巫女』ルーシャと顔を合わせていた。
「あなたが、新しい転職師なのですね」
「は、はい! クルシス神殿侍祭のファーニャ・ソールズです!」
「うふふ、元気な後輩ね。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
ルーシャは嬉しそうに微笑んだ。幽霊と呼ぶにはあまりに不似合いな雰囲気に、ファーニャの緊張がふっと緩む。
事前に教わった知識では、先輩神官であるジュネの血縁らしいが……あまり似ているとは思えない。二人とも美人の部類に入るが、方向性はだいぶ違う。
「ファーニャ侍祭、もう神気は回復したのね?」
「はい、すっかり元気です」
魔術師の力の源が魔力なら、転職師の力の源は『神気』だ。つい先日学んだばかりの単語だが、さすがにその言葉を忘れることはなかった。
「神気切れは、転職師になりたての神官には珍しくありませんし、命や転職能力に悪影響を及ぼすこともありませんが……そうならないに越したことはありません」
「俺の監督不行き届きです。まさか、転職じゃなくて資質を視ることでも神気を使うとは思いませんでした」
隣のカナメが苦い表情を浮かべて言葉を返す。だが、ルーシャに責める様子はなかった。
「カナメ司祭の神気は総量が桁外れですから……資質を視るだけなら、自然回復量のほうが勝ってしまうのでしょう。気が付かなくても仕方ありません」
「そうなんだ……」
ファーニャはまじまじとカナメを見つめる。さすが神子というべきだろうか。
「それで……転職が上手くいかないということでしたね? まず、ファーニャ侍祭に覚えておいてほしいのですが……転職とは、希望者と転職師が心を合わせて行うものです」
「心を、合わせて……?」
「希望者が心から転職を望んでおり、転職師も相手の心を理解して、共通の意思を持つ。それが大切です。人にもよりますが、相手がどういう生い立ちか、なぜその固有職を宿したいのか、というところまで話を聞く転職師もいましたね」
「そうだったのか……」
声をもらしたのはカナメだった。見れば、本気で驚いている。ということは――。
「カナメ司祭の神気は強力ですから、相手のことを考えずとも転職させられていたのでしょう。そんなことができる転職師は、ほとんどいません」
半ば呆れ気味にルーシャが解説してくれる。そして、彼女は再びファーニャに向き直った。
「あなたが、心の底から相手を転職させたいと願い、相手もそう願うのであれば、転職させることができるでしょう。こういうものは、一度成功すれば自信がついて上手くいくのですが……」
「その分、最初の一回が難しいわけか」
「そういうことです。転職師によっては、一年以上かかった例もあります。転職師が最初に遭遇する『壁』のようなものですから、焦らず気長に取り組むことです」
「焦らず、気長に……」
そう口に出すが、なかなか難しい話だった。転職の神子に見いだされた転職師として、しかるべき筋から注目されていることは、ファーニャも知っている。
また、転職業務のみならず、神殿の運営や辺境全体のことなど、カナメが関わっている案件は多岐にわたっており、彼が働きすぎで倒れるのではないかと心配している関係者は多い。
誰も口には出さないが、カナメの負担を軽くするという意味で、ファーニャの転職師デビューを待ち望んでいる人は多かった。
「――ルーシャさんの言う通りだ。焦らずいこう。考えずにはいられないかもしれないが、周りのプレッシャーなんて気にしないでいい。もし何か言ってくる奴がいたら、俺がなんとかする」
そんなファーニャの胸中が分かったのか、カナメは元気づけるように微笑んだ。
「神殿長ぅ……ありがとうございます」
「――ファーニャ侍祭。悩みがあれば、いつでも聞きますからね」
「はい! ルーシャ様もありがとうございました」
「……カナメ司祭はあんな感じだから、ちゃんとした転職師の卵は千年振りね。なんだか嬉しいわ」
「ひどい言われようだ……」
そんな会話を交わして、ファーニャたちは千年前のクルシスの巫女に別れを告げる。
「――そうそう。ルーシャさん、実は扉のすぐ向こうにエリザ博士が待機しているみたいなのですが……」
その言葉に、笑みを絶やさなかったルーシャの顔が固まった。
「エリザ博士ですか……悪い方でないのは分かるのですが……」
「古代文明のことになると、相変わらず目の色が変わりますからね……」
そして、二人はちらりと扉に視線を向ける。そう言えば、遺跡に入ってすぐに、出迎えに来たよく喋る女性研究者がいたが……彼女のことだろうか。
「知らないことばっかり、だなぁ」
転職師という重要な固有職を授かったにもかかわらず、転職もできなければ、この世界のこともろくに知らない。こんな自分が転職師でよかったのだろうか。
そんな気持ちを抱きながら、ファーニャは遺跡都市を後にした。
◆◆◆
「サイズはどう?」
「ぴったりです! ミレニアさん、ありがとうございます!」
細工師にして、クルシス神殿特別顧問でもあるミレニアが開いた工房。それがノクトフォール工房だ。販売フロアは一般開放されているが、その奥にある工房フロアには関係者しか入ることができない。
だが、彼女が王都にいた頃からの知り合いであり、さらにクルシス神殿の神官となったファーニャにとっては、奥にある工房フロアこそがノクトフォール工房だった。
「まさか、ミレニアさんの魔道具を身に着けられる日が来るなんて……!」
ファーニャは声を弾ませた。王都の頃から憧れの存在だったミレニアに、自分専用の魔道具を作ってもらえる。それは思いも寄らぬ僥倖だった。
ミレニアからもらった魔道具は二つ。魔法障壁を展開することのできるブレスレットと、位置情報を発信する小さなブローチだ。どちらもファーニャが転職師となったことを受けて、自衛手段が必要だろうとクルシス神殿が手配したものだ。
ミレニアの魔道具は装飾品としても非常に人気が高いため、そんな事情でもない限り、ファーニャが手に入れることはできなかっただろう。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいわ。他にはどんな物をもらったの? カナメ君は魔剣や魔法衣も用意したいような口ぶりだったけれど」
「空を飛んで、勝手に相手を攻撃してくれる懐剣と、色んな防御機能を付加した法服ももらいました」
そう言って懐剣を取り出す。法服のほうはすり減ってしまいそうで、実際に転職師として業務を行うようになってから身に着けるつもりだ。
「銘は『踊る護剣』ね……さすがフェイム君、いい仕事をするわね」
ミレニアは差し出された懐剣をしげしげと眺めると、感心したように口を開いた。同じ生産職の固有職持ちだけあって、見た目以上の情報を得ているようだった。
「今後は護衛も付くんでしょう? クルネさんみたいな護衛が見つかるといいわね」
ミレニアの指摘は正しい。いくら魔道具で自己防衛するとはいえ、抑止力の観点からも護衛は必要だからだ。ファーニャの脳裏に、カナメとクルネの姿が浮かんでくる。
「でも、あのお二人は護衛というより……」
「カップルの距離感だったわね。昔からあんな感じよ。……まあ、だからこそ護衛に最適だったわけだけど」
ファーニャのぼやきに、ミレニアが笑いながら応じる。
「できれば、護衛は女の人のほうがいいんですけど……どこまで我儘を言っていいのかな、って」
昔追いかけられたトラウマで、ファーニャは体格のいい男性が少し苦手だ。だが、護衛となればそういった類の人間に当たる可能性もあった。
「そんなの、我儘でもなんでもないわ。ちゃんとカナメ君に伝えておくのよ?」
「はい……!」
話を聞いてもらって、どれほど経っただろうか。そろそろお暇しようと立ち上がったファーニャは、ふと奥の作業台に目が行った。作りかけの指輪らしきものが、二つ置かれている。
「あら、気になる?」
その視線で理解したのか、ミレニアが尋ねてくる。
「ミレニアさんの指輪、とっても素敵ですから」
「ふふ、ありがとう。あの指輪は、これまでで最高の出来にするつもりなのよ。おかげで、なかなか進まないわ」
「そうなんですか……! 出来たら見せてもらえますか?」
ミレニアの思わぬ意気込みに、ファーニャはつい尋ねる。おそらく店頭に出ることのない指輪だろうから、そうでもしないと完成品は見られないだろう。すると、ミレニアはなぜか悪戯っぽく笑った。
「そうね……たぶん、見ることはできると思うわ」
「わぁ、楽しみです!」
その態度に不思議なものを感じながらも、ファーニャは笑顔を返した。
◆◆◆
「ついに転職師になったんだね。おめでとう、ファーニャ」
「……おめでとう。すごい」
「うん。ありがとう」
村の外れにある空き地では、ファーニャと仲のいい友人たちが彼女を祝福してくれていた。クルシス神殿の職員であるフィロンとマリエラ。そして、辺境最高の狩人として名高いエリンを師とするイリスの三人だ。
「でしょー!? なのに、ファーニャったらずっと暗い顔してるんだよ」
「だって、転職させられない転職師だよ? 恥ずかしくて誰にも言えないよぅ……」
「神殿長が焦らなくていいっておっしゃってるんだろ? じゃあ、堂々としていればいいじゃないか」
「出たよ、フィロンくんの神殿長びいき」
「べ、別に贔屓しているわけじゃない! 自らも転職師であり、組織の長でもある神殿長のお考えを重視するのは当然だよ」
マリエラのからかいにムキになりながらも、フィロンは理論的に反論する。クルシス神官を目指している彼だが、その動機がカナメ神殿長への憧れであることは周知の事実だ。
ファーニャが転職師の資質を見いだされ、クルシス神殿の神官見習いになったときは複雑な顔をしていた彼だが、カナメから何かしらの助言を受けたようで、今ではわだかまりは感じられなくなっていた。
「神殿長、けっこう変なことも言うけどねー」
一方、能天気に口を開いたのはマリエラだ。クルシス神殿で働いているものの、神官になるつもりはまったくないらしい。だからと言うわけではないが、マリエラとフィロンでは、カナメに対する温度差がよく感じられた。
「それは、僕らの理解が追い付いていないだけじゃないか?」
「そう? 今日も『こんなにいい天気なんだから、みんなで昼寝しなきゃもったいない。人類の損失だ』とか言って、オーギュスト副神殿長に怒られてたよー?」
「……神殿長は働き詰めだから、お疲れなんだよ……たぶん」
反論するフィロンの勢いが弱まった。そんなやり取りはファーニャにとってもいつものものだが、今日に限ってはいっそう気分が落ち込む。
「ファーニャ……体調、悪い?」
そこへ声をかけてきたのは、会話に参加していなかったイリスだ。相変わらず口数が少ないが、出会った頃に比べれば饒舌になったと言えるだろう。
「ううん、そんなことないよ」
ファーニャはぶんぶんと手を振った。落ち込んだのは事実だが、それはフィロンの「神殿長は働き詰め」という言葉に反応しただけだ。
「……わたしがちゃんと転職させられるようになったら、神殿長も少しは休めるのに」
ぽつりと呟く。すると、フィロンが慌てたように口を開いた。
「いや、僕はそういうつもりで言ったわけじゃ……」
「うん、分かってる」
ファーニャは笑顔を返したつもりだったが、どうやら上手くいかなかったらしい。彼女の顔を見たマリエラが、茶化すように口を開く。
「あーあ、フィロンくんがプレッシャーをかけちゃった。神殿長に報告かなー」
「う……それは」
そんなやり取りに少し笑い声を上げているうちに、少しだけ気が楽になる。そんな中で、ファーニャは友人たちに胸中を告白することにした。
「……あのね、神殿長って英雄みたいなものでしょ? クルネさんや『辺境の守護者』の力があったとは言っても、転職能力一つで世界とわたり合ったわけで」
「神殿長は転職能力だけじゃないぞ。観察力や発想力だって並外れてるし、交渉も――」
「はいはい、今はそこが焦点じゃないからねー」
「ファーニャ、続き」
少女たちの言葉に後押しされて、ファーニャは再び言葉を紡ぐ。
「そんなすごい能力がわたしに宿ったって言われても、ふわふわしていて実感がないの。希望者と心を合わせて転職させるんだ、って言われても、よく分からないよ……」
そう言葉を結ぶ。すると、イリスが彼女の前に進み出た。
「イリス……?」
「資質……視てほしい」
そう告げると、彼女は自分の胸に手を当てる。その意味するところは明らかだった。その言葉に従って視界を切り替えたファーニャは、現れた資質に目を丸くする。
「固有職資質が……ある?」
「ん。弓使いのはず」
イリスは誇らしげに胸を張った。すると、マリエラが不思議そうに口を挟んでくる。
「どうして転職しないの? 弓使いになりたいって、ずっと言ってたよね?」
「……待ってた」
「……?」
その言葉の意味が分からず、ファーニャは首を傾げる。いったい何を待っていたというのか
「ひょっとして……ファーニャが転職師になるのを待ってた、とか?」
「えっ!?」
フィロンの推理は、ファーニャが予想だにしていないものだった。驚きをもってイリスを見つめると、彼女は照れたようにそっぽを向く。その反応は、彼の推理が正解であることを示していた。
「固有職持ち……やりにくい修業、ある」
それは事実なのだろうが、照れ隠しでもあるのだろう。イリスの顔はうっすら赤く染まっていた。
「でも……イリスちゃん、ずっと弓使いになるのが夢だったよね? エリンさんに追いつくんだって」
「だから。……ファーニャは、私の望みを知ってる」
「イリスちゃん……!」
たしかに、ファーニャはイリスの望みを知っている。どれだけ師のエリンに憧れているかも、優れた狩人になるために、どれほど修練を積んでいるかも。
そんな彼女が相手であれば……たしかに、心を合わせることができるかもしれない。
「イリスちゃん、協力してもらっていい?」
「ん。……私のほうこそ」
そして、二人は向かい合う。ファーニャは視界を切り替えると、イリスの中心に輝く固有職資質を見つめた。
「見えない手で、資質の光を全身に広げる……!」
その抽象的な動作をイメージしながらも、彼女の胸中にある思いは一つだ。ずっと自分を待ってくれていたイリスを、自分の手で転職させる。ただそれだけを願い続ける。そして――。
「あ――」
届いた。それが最初の認識だった。見つめていた資質の光が、ファーニャの意思を受けて少しずつイリスの全身に広がっていく。光が完全に身体に行き渡ったと判断したファーニャは、ようやく集中を解いた。
イリスはちゃんと転職できただろうか。そんな不安が彼女の胸に広がる。だが……。
「ファーニャ、これ……!」
その心配は杞憂のようだった。あまり強い感情を表に出さないイリスが、キラキラと目を輝かせている。その場で飛んだり跳ねたりしていた彼女は、やがて巨石に立て掛けていた弓を手に取った。
「イリス……?」
問いかけたのも束の間、イリスは矢をつがえて弓の弦を引き絞った。目標は少し離れた所に生えている木だろう。彼女の弓の腕前を知っているファーニャは、放たれた矢が木の幹に突き刺さることを疑っていなかった。
「加重撃……!」
「え?」
だが、現実は想像を超えていた。イリスの弓から撃ち出された矢は光を纏っており、木の幹に刺さった瞬間に爆発を起こしたのだ。
大した太さではなかった木の幹は完全に破砕され、ザワザワと葉を揺らしながら、支えを失った木の上部が落下する。その様子を見ていた四人は顔を見合わせた。
「これ……まずいんじゃ」
「そう……だよね」
フィロンの言葉に、ファーニャは乾いた声で応答した。そして張本人はと言えば、焦った顔で固まっている。
「反省……やりすぎた」
これはカナメ神殿長か、イリスの師エリンに相談したほうがいいのではないか。そんなことを考えていた時だった。ふっと、またファーニャの視界が暗くなる。
――また、神気切れかな。転職は、資質を視るよりずっと疲れるって神殿長が言ってたもんね。
慣れたもので、今度はそんなことを考える余裕があった。だが、後悔はない。今度はきちんと、友達を転職させることができたのだから。
そんな達成感とともに、ファーニャの意識は沈んでいった。
◆◆◆
「――それで、またこうなったわけか」
「すみません……」
「フィロンが謝るようなことじゃないさ。なんであれ、転職に成功したことはめでたい話だしな」
そんな声で目を覚ます。身を起こしたファーニャは、自分がクルシス神殿の一室に寝かされていることに気付いた。目の前には、フィロンとマリエラ、そしてイリスの三人に加えてカナメが座っている。
「あ! ファーニャちゃんが起きた!」
いち早くその様子に気付いたマリエラが声を上げる。それを契機として、場の全員の視線がファーニャに集まった。
「あの……」
口を開こうとするが、彼女よりも先にカナメが口を開く。
「ファーニャ、話は聞いた。転職に成功したんだな。おめでとう」
「すみません……勝手に力を使ってしまって」
さっきは夢中で失念していたが、転職は軽々しく行っていいものではない。クルシス神の奇跡であり、相応の対価を得て行うものだ。まして、友人を無料で転職させるなどもっての外だろう。
隣を見れば、イリスも珍しく神妙な表情を浮かべている。
「練習のつもりだったんだろう? 目くじらを立てるようなことじゃないさ。転職の感覚を掴めたんなら安いものだ」
だが、カナメに怒った様子はない。そのことにほっとしていると、フィロンがもう一つの懸念事項を口にした。
「ところで、破壊してしまった木の始末は……」
その言葉にイリスの顔が引きつる。そう手入れされた木々には見えなかったが、権利者が誰もいないはずはない。やはり弁償とかの話になるのだろうか。ファーニャがそう怯えていた時だった。
「――そっちはアタシのほうで話をつけたよ」
「師匠!」
開いた扉の向こうから、見知った声が聞こえてくる。イリスの師、天穿のエリンだ。
「まったく……転職したからって、いきなり特技をぶっ放すとはね……」
「……ごめんなさい」
しゅんとして謝るイリスだったが、エリンはその頭にポンと手を置いた。背はイリスのほうが高いせいで変な構図だが、エリンにはそれを変だと思わせない狩人の風格がある。
「なに、イリスが転職したことに比べりゃ、小さなモンさ」
「師匠……」
そんなやり取りをした後、エリンはカナメに向き直った。
「というわけで、うちの子が世話になったね」
「俺は何もしてないさ。転職させたのはファーニャだからな」
「そうだったね」
そして、エリンはファーニャの手を取った。
「イリスを転職させてくれて、ありがとうね。もう資質は充分だったのに、アンタに転職させてもらうんだって譲らなかったんだよ」
「師匠……!」
バラしてほしくなかったのか、イリスが抗議の声を上げる。だが、エリンは楽しそうに笑うだけだった。
「わたしこそ……イリスちゃんが協力してくれなかったら、ずっと転職させられない転職師のままだったかもしれません」
それがファーニャの本音だった。下手をすれば、本当に数年単位でクルシス神殿のお荷物になっていた可能性もある。それはぞっとする話だった。
「そうかい……あははっ」
と、突然笑い声を上げたエリンに、カナメが不思議そうに目を瞬かせた。
「エリン、どうしたんだ?」
「カナメの弟子が、アタシの弟子を転職させる……いい感じに次世代が育ってきたと思ってね」
「ああ、たしかにな。一時は、俺が死んだら辺境はどうなるのかと心配したこともあったが……もう、大丈夫だろう」
エリンの答えに、カナメも大きく頷く。師匠同士が和やかに話す様子を見て、ファーニャはイリスと顔を見合わせた。
「さて……イリス、行くよ。弓使いの固有職を得たってことは、今まではできなかった修練ができるからね」
「師匠……お手柔らかに」
「何言ってるんだい! 今日はめでたい日だからね。とことんやるよ!」
そんな師弟の会話に思わず吹き出す。すると、今度はカナメが口を開いた。
「ファーニャも、道はまだまだ長いからな。焦らず、ゆっくりやろう」
「は、はい……!」
ファーニャは背筋を伸ばして返事をする。その様子を見て、カナメは穏やかに微笑んだ。




