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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
外伝・後日譚
156/176

船旅Ⅳ

「乗客には補給やと説明しといてくれ。俺の動向を聞かれたら、島の有力者に挨拶しに行ったと言えばええ」


「了解でさ。……オーナー、本当に行くんですかい?」


「当然や。小舟を下ろせ」


 コルネリオの指示に従って、俺たちの乗った小舟が海面へ近付いていく。小舟に乗り込んでいるのは、俺、クルネ、キャロ、コルネリオの三人と一匹だ。護衛という意味ではフェルナンデスを連れてくることも考えたが、そうなると船の守りが薄くなるため、彼は『竜の翼』号に残してきたのだ。


「そうは言うたものの……どこまで信用してええんか」


 コルネリオは島を見つめながら呟く。事の発端は、島の砂浜に現れた二つの人影にあった。不審に思ったコルネリオが海賊パイレーツ固有職ジョブを得たフェルナンデスを調査に向かわせたところ、向こうから接触があったのだ。


「自分たちは海魔女セイレーンと共存して暮らしていた。しかし、海賊に島を占拠されてしまい、海魔女セイレーンの呪歌を使って、略奪行為を手伝うよう命じられていた、か……」


 にわかには信じがたい話だ。それでも一笑に付すことができないのは、砂浜に現れた人間と海魔女セイレーンの様子がとても自然だったからだ。

 俺たちは遠目からしか見ていないが、実際に言葉を交わしたフェルナンデスは、彼らはモンスターというよりは亜人に近いのではないかと、そう言っていたくらいだ。


 それぞれの意見を交換しながら、船を漕いで島へ近付いていく。やがて、浅瀬で進めなくなったところで、俺たちは小舟を降りた。足の裏が海面を突き破り、ごつごつした海底の石を踏みしめる。


「流されちゃうと困るし、船も持って行く?」


「そうだな、頼めるか?」


「うん、任せて」


 そんな会話を経て、クルネが小舟を引きずって歩く。やがて、海水が足首ほどの深さになったあたりで、俺たちは足を止めた。俺たちを待ち受けていた人物がいたからだ。


「あの、初めまして。この島の住民で、クラフと言います」


 目が合うなり、二人組の片割れが口を開く。真面目そうな青年で、その顔は緊張でカチコチになっていた。


「コルネ商会のコルネリオ・ミルトンいいます。よろしゅう頼みます」


 対して、名乗りを上げたのはコルネリオだ。コルネ商会の今後に関わる案件であるため、この件はコルネリオが代表して話をすることになっていた。


「――初めまして。私はフィロッテ」


 と、次に口を開いたのは、クラフの隣にいた女性だった。女性と言っても、腕は翼になっているし、下半身はどう見ても魚のそれだ。さすがに魚の尾びれで立つことはできないのだろう。上半身だけを起こしているため、砂浜に座り込んでいるように見えた。これが海魔女セイレーンなのかと、失礼にならない程度にこっそり観察する。


「先に謝らせてほしいの。呪歌で迷惑をかけて、本当にごめんなさい」


「ええと……謝罪を受ける受けないの前にもういっぺん確認したいんやけど、俺らを誘き寄せた呪歌は海魔女セイレーンが発したもので間違いないんやな?」


 コルネリオが問いかけると、クラフは神妙な顔で頷いた。


「はい、その通りです」


「ほんで、この島は海賊団に占拠されてて、海魔女セイレーンは呪歌を使うことを強制されていたと?」


「はい。あなた方が海賊を返り討ちにしたとフィロッテが教えてくれたんです。それで、助けを求めようと……」


「つまり、その海賊を潰してほしいと言うわけやな……」


 その流れは、俺たちも予想していたものだった。予想の中では、だいぶマシなほうだと思っていいだろう。ただし、それは彼が本当のことを言っていた場合だ。


「気い悪うせんといてほしいんやけど、証拠はある?」


「そうですね……村を見てもらえれば、納得してもらえるとは思いますが……」


 その言葉に、俺はクルネと顔を見合わせた。もし罠だった場合、わざわざ敵の本拠地に乗り込むことになる。


「せやな……」


 コルネリオも考え込んでいるようだった。やがて、問いかけるように俺に視線を向ける。


「少なくとも、俺はこの二人が嘘ついてるとは思えへん」


「俺もそう思う」


 そう答えると、コルネリオは目に見えてほっとしていた。そして、クラフに道案内をするよう依頼する。


「分かりました。それでは、ご案内します」


 クラフに先導されて、俺たちは島の内部へ潜入するのだった。




 ◆◆◆




 クラフに案内されるまま歩いていると、やがて住居らしきものが複数見えてくる。どうやら、そこがクラフの村であるようだった。


「あれか……」


「はい。私たちの村です」


 俺の呟きに言葉を返したのは、海魔女セイレーンのフィロッテだ。魚の下半身を持つ彼女がどうやって随行したのかと言うと、俺たちは海に繋がる川沿いを遡ってきたからだ。

 そのため、彼女は川の中、俺たちは川べりという差はあるが、会話ができる程度には近くを進んでいた。


「こら面白いな……」


 コルネリオが呟いたのは、川と村が複雑な形で一体化しているからだろう。川を中心として引かれた水路は村の様々な場所を通っていたし、小さな池が至るところに存在している。

 そして、その池や水路には、フィロッテと同じ海魔女セイレーンの姿がいくつも見られた。


「正直に言えば、人間と海魔女セイレーンが共存しているという説明には半信半疑だったのですが……本当なんですね」


「私たちが一緒に暮らし始めた経緯は分かりませんが、少なくとも今は、いい関係を結んでいると思います。……こちらへ」


 クラフの目がすっと細められる。導かれるまま茂みに隠れていると、やがて荒々しい物音が聞こえてきた。


「くそっ! あんな大物が目の前に停まってるのに、あの男のせいで……!」


「あの船の用心棒だろうが……それにしても強すぎる。一突きで船底に穴を開けるなど、聞いたことがない」


「しかも海中からの攻撃だからな……どんな怪力だよ」


 怒声とともに姿を見せたのは、荒々しい雰囲気を纏った男たちだった。会話の内容と、彼らが一様にずぶ濡れであることを考えると、フェルナンデスが沈めた船に乗っていたのだろう。


 彼らはぶつぶつと文句を言いながら村へ入っていく。その姿を見かけた村人や海魔女セイレーンは、びくりと身を震わせると、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。


「……奴らに目を付けられると、人でも海魔女セイレーンでも根城に連れ込まれてしまいますからね」


「海賊は総勢で何人くらいいるのですか?」


「二十人ほどです」


 なるほど、あの時、船に乗って襲ってきたのが全員というわけではないのか。


「ちなみに、この島の人口はどれくらいですか?」


「そうですね……五百人くらいでしょうか」


 意外と多いな。それが俺の感想だった。そして、たった二十人でその五百人を支配しているということは、なかなか手ごわい相手なのかもしれない。


「……行きましょう」


 と、クラフが慎重に茂みから出る。そして向かった先は、変哲のない家屋だった。


「この家に村長がいます。本来の村長の家はもっと大きいのですが、集会場と一緒に奴らの本拠地にされてしまって……」


 そんな説明をしながら、家の扉を開く。そこにいたのは、年配の男性と海魔女セイレーンの二人だった。屋内にもかかわらず、細い水路が引き込まれている様は実に独特な雰囲気を醸し出していた。


「家の中にも水路が入っとるんか……なるほど、一応仕切りはあって、外と切り離すことはできるんやな」


 コルネリオが興味深そうに家の中を見回す。


「この家は、村の中でも数少ない、人間と海魔女セイレーンがともに暮らすことのできる家なんです」


 クラフがそう説明していると、水路の仕切りがスライドした。どこをどう泳いできたのか、海魔女セイレーンのフィロッテが屋内の水場に現れる。


 それを見届けてから、クラフは村長らしき人物に向き直った。


「村長、あの海賊たちを返り討ちにした人たちを連れてきました」


「……それはつまり、あの海賊たちを追い出すということか?」


「もちろんです」


 彼の言葉を受けて村長は険しい表情を浮かべる。そして、大きくため息をついた。


「クラフ。青臭い正義感もいいが、大局を見ろ」


「大局を見た結果です。このままじゃ、僕たちに未来はない」


「……?」


 二人のやり取りを聞いた俺たちは、無言で顔を見合わせた。描いていたシナリオとズレが生じているからだ。


「クラフ、どういうことや? あの海賊たちを追い出したら解決ちゃうんか?」


 俺たちを代表してコルネリオが口を開くと、村長は苦々しい表情でクラフを睨みつけた。


「この方々にろくに説明もせず、連れてきたのか……」


 そして、村長は姿勢を正す。


「おそらく、あなた方はこの村の窮状を聞いて、駆け付けてくださったのでしょう。そのお心に深く感謝します。ですが……海賊を成敗して終わり、というわけではないのです」


「どういうことですか?」


「ご覧の通り、この村は海魔女セイレーンと共存しています。ですが……海魔女セイレーンは『海洋石マリンジェム』がなければ、島で生きることができないのです」


海洋石マリンジェム?」


 聞き慣れない名前だが、商会の主であるコルネリオなら知っているだろうか。そう思って視線を送るが、彼も心当りはないようで、首を傾げるばかりだった。


「もともと海に棲息していた海魔女セイレーンにとって、陸上生活は身体に負担がかかるのです。息苦しいような感覚が付きまとうようですな。ですが、海洋石マリンジェムがあれば問題はありません」


 そんな事情があったのか。その海洋石マリンジェムとやらがあれば、海の魔力か何かで呼吸が楽になるのだろうか。だが、そうなると別の疑問が湧いてくる。


「どうして、そこまでして陸上で暮らそうとしているのですか?」


「――私たちは非力です。身体能力も大したことはありませんし、呪歌は得意ですが、海中の魔物にはあまり効きません」


 そう答えたのは、村長の傍らにいた海魔女セイレーンだった。


「かつては、中級の魔物程度であれば、私たちでも退けることができたそうですが……私たちが弱くなったのか、魔物が強くなったのか」


「……?」


 その言葉で思い出したのは、古代文明が滅びた終末戦争の話だ。シュルト大森林は高濃度の魔力汚染で変質し、強力な魔物の巣窟になったが……この辺りでも似たようなことがあったのだろうか。


「そうして追い詰められた私たちは、標的を人間に絞りました。人間なら呪歌が効きますから。ですが、そのうち誘き寄せた人間たちと心を通わせる海魔女セイレーンが増えてきて……いつしか、私たちは人間と手を組んで、他の人間を襲うようになったのです」


「――え?」


 俺は思わず身構えた。ということは、島民たちは海魔女セイレーンと手を組んだ海賊だったということになる。そう考えたのは他の面々も同じようで、一様に緊張の色が見て取れた。


「安心してください。それは過去の話ですから。その後に色々あって、今では人を襲うようなことはありません」


「ま、せやろな。そうやなかったら、二十人程度の海賊に島を牛耳られるはずもない」


 コルネリオは真面目な顔で頷く。その言葉は至極もっともだった。


「そうして、ここ五十年ほどは島内と、近くの浅瀬だけでひっそり暮らしていたのですが……一つ、問題が起きました」


「それが海洋石マリンジェムか」


「はい。人を襲っていた頃は、時折船に積まれていたそうですが……人を襲わなくなったことで、新しい海洋石マリンジェムを手に入れることができなくなりました。ですが、先ほどご説明したとおり、今さら海で生きていくこともできません」


 さらに、海洋石マリンジェムは少しずつ魔力が抜けていくらしく、永久に使い続けることはできないという。


「交易で手に入れられなかったのですか?」


「交易と言われても……この島へ立ち寄ったのは皆さんだけです。地形が複雑で座礁しやすいため、近寄りたくないのでしょう。後は、難破した船がたまに流れ着くくらいで……」


「それで海賊が登場するわけか……」


 もはや人間を襲わなくなった島民はともかく、海賊たちにとって襲撃は仕事のようなものだ。その海洋石マリンジェムを手に入れることもできるのだろう。


「それで、海賊を追い出せへんわけか。……ちなみに、その海洋石マリンジェムってどんなものなんや?」


 商人として興味が湧いたのか、コルネリオは少し身を乗り出して尋ねる。


「あ、ちょうど持っています」


 答えを返してきたのはフィロッテだった。どこから取り出したのか、腕代わりの翼を器用に使って、黒っぽい半透明の石を差し出してくる。


「おおきに。ちょっと見せてもらうで」


 彼女から海洋石マリンジェムを受けとったコルネリオは、いろんな角度からまじまじと観察する。そして……。


「――ひょっとして、これのことか?」


 コルネリオは懐から小さな袋を取り出すと、その中から小さな石をつまみ出した。それは黒っぽい半透明の石であり――。


「え……?」


 コルネリオを除く全員が、驚きの声を唱和させる。そんな中、コルネリオから石を受け取ったフィロッテは、何度も瞬きをしていた。


「これ……本当に海洋石マリンジェムです」


「やっぱりな……これ、俺らの間では『地晶石テラクリスタル』って呼ばれとるやつや。山のほうでしか採れへんから、この辺では珍しいかもな」


「山で採れるって……海とは関係ないのか?」


 気になったのはそこだった。海洋石マリンジェム地晶石テラクリスタルでは、イメージが真逆な気さえする。


「まあ、モノの呼び名なんて地域で変わるもんやからな。海魔女セイレーンにとっては、海にいる時みたいに呼吸が楽やから海洋石マリンジェムと名付けた。けど、実際には土の魔力で陸上への適応を補助してたとか、そんなところちゃうか? 魔力の話は専門外やから、ミルティちゃんにでも聞かな分からんけど」


 コルネリオは自分の推理を披露する。その言葉には説得力があった。しかし……なぜコルネリオが都合よくそんなものを持っているのか。


「船乗りに伝わるゲン担ぎの中に、地晶石テラクリスタルが災厄の身代わりをしてくれるっちゅうのがあってな」


 そう言えば、出航前に、コルネリオが『ゲン担ぎグッズ』としてあの小袋を見せてくれたな。そんな記憶が蘇る。


「察するに、昔、海魔女セイレーンに襲われたけど、地晶石テラクリスタルと引き換えに解放された船乗りがおったんちゃうか?」


 なるほど、それが厄除けの伝承として伝わっていた可能性はあるな。納得したところで、俺は次の質問をぶつける。


「それで、地晶石テラクリスタルは貴重なものなのか?」


「いや? 産出地は限られとるけど、そこまで貴重なものやあらへんからな。うちの商会でも用意できるで」


「ほ、本当ですか!?」


 希望が見えたのか、クラフがコルネリオに詰め寄った。次いで、村長のほうを振り返る。


「村長、聞いた通りです。もうあの海賊たちを居座らせる必要はありません」


「そんな日が来るなんて……!」


 クラフの言葉を受けて、フィロッテも瞳を輝かせる。その声は明らかに弾んでいた。だが……。


「……だとしても、我々が海洋石マリンジェムを恒常的に入手する術はない。クラフ、お前はこの方々に行商に来いと言うつもりなのか? 広い海を渡り、わざわざ我々のために海洋石マリンジェムを持ってきてくれと?」


 冷静な村長の声が、興奮に沸く二人を諫める。


「それは……」


「それに、海洋石マリンジェムを得るためには、何かしらの対価が必要だ。だが、この島に対価として差し出せるようなものはない。取引として成立せんのだ」


「……」


 クラフは反論できないようで、悔しそうに視線を落とした。そんなクラフを心配するように、フィロッテが彼に向かって翼を伸ばす。そんな時だった。


「――そんなことないで」


 コルネリオの明るい声が、しんみりした空気をかき消した。


「この島に何もない? たしかに、ここの島民からしたらそうかもしれへん。けどな――」


 そして、コルネリオはニヤリと笑った。


「村長はん、商売の話をせえへんか? そっちが協力してくれるんやったら、コルネ商会は定期的に地晶石テラクリスタル……いや、海洋石マリンジェムを代価として提供する。成果によったら、もっと色をつけられるはずや」


「……一体、何を協力せよとおっしゃるのかな」


 さすがの村長も、コルネリオの言葉に興味を抱いたようだった。そしてコルネリオはと言えば、楽しそうにずいっと身を乗り出す。


「この島を観光ルートに組み込む。海魔女セイレーンと共存してる島なんて、世界中探してもここだけのはずや。それに、川やら水路やらが、町どころか家の中にまで入り込んでる様式もウケるやろ」


「観光……この島を見世物にすると?」


 村長の瞳に警戒の色が宿る。その変化を気にする様子もなく、コルネリオは大きく頷いた。


「もちろん、すべてを公開する必要なんてあらへん。乗客がこの島を歩く許可と、この家みたいなのを一つか二つ開放してもらえればオーケーや。もちろん無法な真似はさせへん。

 後は、できれば海魔女セイレーンの歌を聴く機会がほしいな。あ、船が島に近づいたら、海魔女セイレーンに先導してもらうのもええな」


 どんどんプランが膨らんでいくようで、コルネリオは嬉しそうに思い付きをメモに書き留めていた。


「だが、コルネリオ殿。観光地として人気が出なければいかがする? 突然海洋石マリンジェムの供給を打ち切られてしまえば、我々は今度こそ終わりでしょう」


「今考えとるんは、ここを観光地兼補給地にすることや。そしたら、最低でも補給のために船が定期的に立ち寄るし、補給物資の対価として海洋石マリンジェムを手に入れたらええ」


「ふむ……」


「それに、海賊がこの島に居座っとったら、航路の安全確保上も問題があるからな。今までもこの辺を通ってたのに、襲われへんかったのが不思議なくらいや」


「海賊たちが()()をする時は、少し遠くへ出ることが多いですからな」


「とは言っても、今回みたいなことはあり得るわけやしな。危険は少ないほうがええし、味方は多いほうがええ」


「……」


 コルネリオの言葉を受けて、村長は考え込んでいるようだった。その思索は長く続いたが、やがて、隣にいる海魔女セイレーンと何かを頷き合うと、コルネリオに向かって手を差し出す。


「……元より、海賊にすがって生きるのは苦肉の策。そうでない方法があるのなら、それに賭けてみよう」


「村長……ありがとうございます!」


 堪えきれず、と言った様子でクラフが声を上げる。隣を見れば、フィロッテも嬉しそうに村長たちを見つめていた。


「そしたら、取引は成立っちゅうことでええかな?」


 コルネリオが再度確認すると、村長はゆっくりと、そして深く頷いた。


「ああ。この島の未来を……よろしく頼む」


「もちろんや。お互いに得する取引にしてみせるわ」


 村長が差し出した手を、コルネリオは笑顔で握り返す。その様子を、他の面々が嬉しそうに見守っていた。


「――それじゃ、後は海賊を叩きのめすだけだな」


 一部始終を見届けた俺は、頃合いを見計らって口を開いた。和やかだったムードが、その言葉で霧散する。


「そ、そうでした。あいつらを倒さないと、すべては始まりませんよね……あの、奴らをやっつけた方はどちらに?」


「ん? フェルナンデスやったら、船の護衛に残してきたで?」


 だが、深刻な顔をしているのは彼らだけだ。俺たちは至って平常運転だった。


「それじゃ、こっそり呼びにいかないと……。あ、でも警戒して見張ってるか……?」


 クラフがそう心配しているのをよそに、クルネが口を開く。


「カナメ、固有職ジョブ持ちはいた?」


「俺が見た中にはいなかった。それに、フェルナンデスに対する反応からして、他の面子にも固有職ジョブ持ちはいないと思う」


 仲間に固有職ジョブ持ちがいるなら、フェルナンデスの能力にあんなに驚くはずがない。そう説明すると、クルネは静かに頷いた。


「それなら、後は簡単に片付きそうね。……クラフさん、よければ海賊の根城に案内してもらえますか?」


「え? でも、あの強い人がいないと……」


「クラフ、大丈夫や。クルネちゃんはフェルナンデスより遥かに強いで」


「そう……ですか?」


 コルネリオの言葉を受けても、クラフが安心した様子はなかった。だが、半信半疑ながらも、クラフは海賊の根城までの案内を承諾する。


「それじゃあ、行きましょうか」




 クルネがあっさりと海賊を全滅させたのは、そのすぐ後のことだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  悪人とは言え切ない・・・。<サクッと
[気になる点] 職業としての海賊と賊としての海賊がすこしややこしい? 作品にまったく関係ない私ごと、こちらの世界の大航海時代の船乗りって泳げる人のほうが珍しい位だったと聞いたことがあるのだけれど、どこ…
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