船旅Ⅰ
活動報告にも書きましたが、「転職の神殿を開きました」がコミカライズされました!
……ということで、記念に後日譚を書いてみました。お付き合いいただけると嬉しいです。
エピローグの1年くらい後の話です。
【クルシス神殿長 カナメ・モリモト】
「カナメ! クルネちゃん! 船旅行かへんか!?」
神殿長室に響いたのは、学友にしてコルネ商会の会長でもあるコルネリオの声だった。
「船旅? 突然どうしたんだ?」
俺は唐突な提案に首を傾げると、隣のクルネと顔を見合わせた。コルネリオは貿易用の船を複数所持しており、辺境南端にあるシアニス港と商業都市セイヴェルンの間をひっきりなしに往復させている。
以前は魔獣使いクリストフが率いるマデール商会の巨大怪鳥便がほぼ唯一の交通手段だったのだが、あちらは速度が速いかわりに運搬能力は低い。
そこで、自治都市ルノールの評議員でもあるコルネリオが力を入れたのが、シアニス港の開港だった。
「実はな、旅客船ができあがったんや! めっちゃええ出来やで」
「ああ、そういうことか」
その言葉に納得する。貿易用の船を複数所持するコルネ商会だが、それらはあくまで運搬に特化している。だが、セイヴェルンやその周辺国家の人間から、辺境へ行くために運搬船に乗せてほしいとの要望が相次いだため、旅客船を建造中だという話は以前に聞いていた。
「せやから、ここは処女航海に相応しい賓客をやな……」
「賓客ねぇ……」
自分で言うのもなんだが、転職の神子であり、クルシス神殿長でもある俺と、『剣姫』として高い人気を誇るクルネは、頻繁に賓客として催しに招かれる。そういう意味では、箔付けとして妥当な人選なのだろうが……。
「『転職の神子・剣姫と巡る洋上ツアー』みたいな客寄せに使う気じゃないだろうな」
「お、その謳い文句ええな! 頂きや!」
コルネリオは悪びれもせず手を叩いた。否定しないということは、やはりそのつもりだったのだろう。
「了承してないからな。そもそも、船旅は巨大怪鳥便どころじゃない日数がかかるからな。さすがに、そんな長期間神殿を空けるわけにはいかない」
これまでも何度か神殿を留守にしたことはあるが、そのほとんどは巨大怪鳥便を使って手短にすませている。だが、船旅となればそうもいかないだろう。
「そこをなんとか! 帰りはクリストフの巨大怪鳥に乗って帰る方法もあるし、転職のほうはファーニャちゃんに任せたらええやろ? この前、転職に成功したって聞いたで」
「うーん……」
コルネリオの言葉を受けて、俺は新米の転職師である少女の姿を思い浮かべた。
彼女に転職師の資質があることに気付いたのは、『名もなき神』を滅ぼした頃だったか。やたらとキャロに懐いていた上に、ミレニア司祭とも面識があり、さらにクルシス神殿の職員であるマリエラやフィロンとも友人である彼女は、俺の勧誘に二つ返事で乗ってきたのだ。
「まだ、任せきりにするのは酷じゃないか? 転職に失敗する可能性もあるから、わざわざ遠方から来た希望者に悪い」
「資質は見えるんやろ? 無理やったら、カナメが戻るまで辺境観光でもさせとけばええって。どうしても気が引けるんなら、クルシス神殿に泊めて宿代浮かしたるとかな」
そう提案すると、コルネリオは意味ありげに俺を見た。
「それに、セレーネから聞いとるで。ファーニャちゃんに関しては、カナメがだいぶ過保護やって」
「そんなことはないと思うが……」
同僚の思わぬ裏切りに苦笑する。だが、セレーネはファーニャの教育係として、転職業務以外のすべてを教えているし、元貴族ならではの観察眼は俺も頼りにしている。そのセレーネが言うのであれば、そう……なのかもしれない。
「ほれ見い、クルネちゃんもそんな顔しとるで」
「え?」
言われて隣を振り向くと、クルネは気まずそうに視線を逸らした。
「……カナメは優しいから」
どうやら、クルネも俺が甘いと思っているようだった。
「俺ってそんなに過保護だったのか……」
呆然と呟く。転職師としては、彼女が俺の初弟子になるわけで、どうにも勝手が掴めないのは事実だが、傍からはそう見えていたのか。
「なんかあったら、あの怖い副神殿長出しといたら収まるって。問題あらへん。それに、そんなにファーニャちゃんばっかり構ってたら、クルネちゃんがかわいそうやで」
「え? 私?」
突然話題の中心になったことで、クルネが目を丸くした。
「結婚間近やのに、カナメが他の女の子に構ってばっかりなんて辛いで。ここは一つ、俺が二人に婚前旅行をプロデュースしたるわ。クルネちゃん、船に乗ったことないやろ?」
「うん。シアニス港の開港式で船を見たことはあったけど」
「あれ? 冒険者時代は船に乗らなかったのか?」
思わず尋ねると、クルネは照れたように視線を逸らした。
「……カナメを追いかけて、ルノール村から王都へ北上しただけだもん。船に乗る機会なんてなかったわ」
「……そうか」
なんだかこっちまで照れるな。どう言葉を返すか悩んでいると、コルネリオがポンポン、と手を叩いた。
「はいはい、そこまで! お二人さん、続きは船の上でやったらええで」
そして、コルネリオは照準をクルネに合わせたようだった。
「クルネちゃん、船はええで! 聞こえるのは、波の音や海鳥の鳴き声。ゆったりとした造りの船上で、恋人と二人だけの時間を過ごせる。穏やかな非日常へようこそ!」
だんだん熱が入ってきたようで、コルネリオの口調が演説めいてくる。そして、クルネはと言えば――。
「船も面白そうね……! 巨大怪鳥とは違った経験ができそう」
彼女は目をキラキラさせていた。そう言えば、巨大怪鳥便の時も一人だけテンションが高かったな。意外と好奇心旺盛なクルネは、船そのものに興味を持ったようだった。
「おお、そっちに食いついたか……さすが『剣姫』やな」
コルネリオにとっても意外な展開だったようだが、そこはコルネ商会の長だ。すぐに気を取り直すと、彼はわざとらしく咳ばらいをした。
「そしたら、二人のためにVIPルームを確保しとくわ。毎度おおきに!」
「いや、まだ決めたわけじゃ……」
「もし無理やったら、連絡くれたらええで。希望者はようさんおるからな。……おっと、そろそろ次の商談に行かなあかん。ほな、期待してるで!」
わざとらしく窓の外を見ると、コルネリオは風のような速さで去っていった。閉じられた神殿長室の扉を眺めていた俺とクルネは、同時に顔を見合わせた。
◆◆◆
辺境の最南端にあるシアニス港。磯の香りと、独特の喧騒。揺れる海面に合わせて、停泊している複数の船がゆったりと揺れる。この光景を見て、ここがかつて断崖絶壁だったと気付く人間はいないだろう。
クルネやミルティ、アデリーナにサフィーネといった、強力な固有職持ちの力でゴリ押しして地形を変えた後は、商会が傾きかねないほど資金をつぎ込んだコルネリオによって港として整備された。それがこのシアニス港だ。
「久しぶりだな……」
「開港式以来だもんね」
「キュッ!」
巨大怪鳥から降りた俺とクルネは、物珍しそうに辺りを見回した。キャロも潮の匂いに反応したのか、ひくひくと鼻を動かしている。
なお、巨大怪鳥を使ったのは、直前まで神殿の業務や打ち合わせを片付けていたためだ。
物見遊山を目的とした旅行休みなんて取れるのかと心配していたのだが、意外と神殿のみんなは協力的だった。むしろ、ほとんど休まず働いている俺を心配していたらしく、あのオーギュスト副神殿長すら賛成したくらいだ。
「カナメ、やっぱり神殿が心配?」
ふとルノールの街を振り返ったことに気付いたのか、クルネが声をかけてくる。そんな彼女に向かって、俺は笑顔で首を横に振った。
「いや、そんなことはないさ。対外的にはセイヴェルン訪問ということになっているし、それは今までもあったことだ。それに、ファーニャも頑張ってくれたからな」
それは本音でもあるし、クルネへの気遣いでもある。コルネリオに指摘されたのは情けない話だが、たしかに最近はクルネを放置しがちだった気がする。
そういう意味でも、今はこの船旅のことしか考えないつもりだった。
「そう言えば、カナメは船に乗ったことはあるの?」
「この世界で乗ったことはないが……あっちの世界で乗ったことは何度もある」
「そうなんだ……こっちの船とはだいぶ違うの?」
「どうだろうな……そもそも動力が違うし、科学技術がどの程度乗り心地に影響していたのかも分からない」
「じゃあ、今回の旅で分かるね!」
クルネは楽しそうに笑う。最初は向こうの世界の話に戸惑っていた彼女も、今では当たり前のように反応してくれる。それがなんだか嬉しかった。
「――相変わらず仲がよろしいですわね。まあ、結婚を控えているのですから、そうであってほしいとも思いますけれど」
と、会話をしながら進んでいると、横合いから声をかけられた。振り向けば、そこには緋色の髪が少し伸びたアデリーナの姿があった。その右手には、かつて俺たちが倒した地竜の素材で作った魔槍が握られている。
「アデリーナ? どうしたんだ、こんなところで」
「それはわたくしの台詞ですわ。ここは私の本拠地ですもの。カナメさんたちこそ、なんの御用ですの?」
尋ねながら、アデリーナは俺の肩に乗っていた妖精兎を抱き上げた。キャロも慣れたもので、「キュキュッ!」と挨拶をすると、モフモフされるがままになっている。
「いや、実は――」
そして、コルネリオの旅客船で旅行するつもりだと説明しようとしたところ、アデリーナは一人でクスクスと笑い始めた。
「冗談ですわ。『竜の翼』号でセイヴェルンヘ行くのでしょう? コルネリオさんから聞いていますわ」
「知っていたのか」
「ええ。わたくしも『竜の翼』号の式典に呼ばれていますから、その打ち合わせの時にコルネリオさんが教えてくださいました」
「ひょっとして、アデリーナさんも乗船するの?」
クルネが尋ねると、アデリーナは首を横に振った。
「いいえ、わたくしは進水式に参加するだけですわ」
「そっか、残念。久しぶりに一緒に戦えると思ったのに」
「クルネさん。そう仰ってくださるのは嬉しいのですけれど、今回の旅は観光なのでしょう? 戦う機会はないと思いますわ」
アデリーナは笑うと、それに、と付け加える。
「そもそも、お二人の旅行を邪魔するほど野暮ではありませんわ。……ねえ、カナメさん?」
「ああ、そうだな」
「ちょっと、カナメ!?」
俺の返答を受けて、クルネの顔に赤みが差す。彼女を更にからかうか悩んでいると、ふと港の奥のほうが騒がしくなった。船が停泊している辺りだろうか。
「この警報は……襲撃?」
抱いていたキャロを俺に預けると、アデリーナは海へ向かって駆け出した。そして、それを黙って見送る俺たちではない。
「クルネ、先に行ってくれ」
「うん! カナメも気を付けてね!」
俺が頷くなり、クルネはアデリーナを追って駆け出した。上級職の彼女の速度はかなりのものだが、アデリーナはすでに自己能力強化をかけているだろう。追いつくかどうかは分からないが、援軍にはなるはずだ。
「俺たちも急ぐか」
「キュ!」
俺はキャロを肩に乗せたまま、海へと走り出した。
◆◆◆
「キュァッ!」
キャロの小さな後脚から衝撃波が生み出され、俺目がけて降り注いだモンスターをまとめて吹き飛ばす。
「魚……なのか?」
地面に叩き落とされたのは、上顎が剣のように張り出した、カジキのような魚だった。サイズは五十センチ程度だが、その鋭い口吻は人に致命傷を与えることができるだろう。奴らはトビウオのように海から次々と飛び出しては、あらゆるものに突き刺さろうとしていた。
「雷神演舞」
だが、その凶悪な魚の群れが上陸できたのは、それが最後だった。魔槍戦士であるアデリーナが、長さ二十メートル近い雷の槍を縦横無尽に振り回したのだ。
襲い来る魚はことごとく感電し、海上に落ちて屍をさらす。なんだか美味しそうな匂いがするのは気のせいだろうか。と――。
「あれが本命か!?」
海からぬっと顔を出したのは、海竜らしきモンスターだった。海面から見えているのは頭と首だけだが、そのサイズからすると全長十メートルではすまないだろう。さっきのカジキのような魚は、単にこいつに追われて逃げていただけなのかもしれない。
「うおぉぉっ!?」
「さすがにアレは無理だ! 誰か固有職持ちを呼んでこい!」
大物の出現に、防衛に当たっていた港の警備隊が悲鳴を上げる。だが――。
「次元斬」
海竜の太い首に一条の赤い筋が入った。
「重穿投槍」
そして、一拍遅れて頭部に大穴が空く。
「二人とも、さすがだな」
「キュゥ!」
斬り落とされた海竜の頭部が海面に落下し、ドブンと音を立てる。さらに胴体部分がゆっくり沈んでいくのを見て、警備隊は我に返ったようだった。
「うおおおおっ!? やったのは誰だ!?」
「そりゃアデリーナさんだろ! 海竜の頭にあんな大穴を開けられる人が他にいるわけない」
「さすが『戦乙女』だぜ! 格好いいよなぁ」
「けど、首切れてたよな……?」
警備隊の面々が歓声を上げる。だが、やがて彼らははっと顔を見合わせた。どうしたのかと見ていると、彼らは焦った様子で動き始める。
「回収急げ! ありゃ大物だぞ!」
「完全に沈む前に縄つけちまえ!」
さすがモンスター慣れしているシアニス港の人間だけあって、その動きは素早かった。海竜の遺骸ともなれば、素材としても悪くないだろうし、彼らが目の色を変える理由は理解できる。
「カナメ!」
感心しながらその様子を眺めていると、クルネが駆けてきた。
「怪我はない?」
「ああ、キャロのおかげでな。クルネこそ怪我してないか?」
「ううん、大丈夫。アデリーナさんがいたから、とっても楽だったわ」
クルネは笑顔で頷く。そう言えば、さっきアデリーナと一緒に戦いたいとか言ってたな。期せずして望みが叶ったわけだ。だからと言うわけではないだろうが、クルネはどこか満足そうだった。
「海竜の首を落としたのはクルネだろう? お疲れさま、大活躍だな」
「うん! でも、同時にアデリーナさんが頭部を貫いていたから、今回は引き分けね」
「そうか? クルネのほうが早くなかったか?」
「うーん……そうかな」
そんな会話を交わしていた俺たちだったが、ふとクルネが俺の後ろに視線をやった。その視線を追うと、そこには予想外の人物が立っていた。
「――お二人とも素晴らしい戦いぶりでしたわ。歌にしたいくらいです」
「ティアシェさん? どうしてここにいるんですか?」
そこにいたのは、吟遊詩人のティアシェだった。辺境で行われた第一回技芸祭の歌部門で優勝し、辺境で『歌姫』と言えば彼女、というくらいの有名人だが、なぜここにいるのか。
「コルネリオさんの依頼を受けて、『竜の翼』号の初航海に参加することになったんです。なんでも、旅客船ではムードも大切だとか」
「なるほど……」
コルネリオは旅客船事業にだいぶ本腰を入れるつもりらしい。辺境では吟遊詩人の最高峰と言っても過言ではない彼女であれば、依頼料もそれなりの額になるはずだ。
「神子様も乗船されるのですよね? よろしくお願いします」
「こちらこそ。船上でティアシェさんの歌を聴くことができるとは思いませんでした」
「なんだか得した気分ね。私も楽しみです!」
俺たちの言葉を受けて、ティアシェはにっこりと微笑んだ。どこか神秘的な美貌が、ふわりと人間的な色合いを帯びる。
「お二人にそう言ってもらえるなんて光栄です。どうせなら、この船旅で新たな英雄譚を紡いでくださると、なお嬉しいのですけれど」
「それは……できれば遠慮したいですね」
ティアシェの冗談交じりの言葉に、俺は苦笑を返すのだった。
◆◆◆
「――そしたらアデリーナさん、お願いできますか」
「ええ、お任せくださいな」
いつもより少し丁寧な口調で喋るコルネリオと、いつも通りに答えるアデリーナ。俺たちは今、乗り込む予定の『竜の翼』号の進水式に立ち会っていた。
なお、乗客用の立ち合い席に行こうとした俺たちは、あれよあれよという間に賓客席に連れていかれていた。おかげで、俺とクルネは業務用の笑顔を張り付けて式典を見守っている。
まあ、この進水式はあくまでコルネ商会の会長に招かれたものであって、ルノール評議員のコルネリオに招かれたわけではないから、政治不介入の原則に反したりはしないだろう。
そんなことを考えている間に、アデリーナが船を係留しているロープの前に立つ。そして、手に持った魔槍で勢いよくロープを断ち切った。
「……これは壮観だな」
少しずつ海へ向かって動き出した大きな旅客船を見て、思わず声を出す。
「うん。ちょっと感動しちゃった」
業務用の笑顔を張り付けていたクルネも、この時ばかりは本当の笑みを浮かべている。興奮した様子で目を輝かせている彼女は、楽しそうに船を見つめていた。
「私たち、あの船に乗るのね」
「ああ、楽しみだな」
荘厳な曲に送り出された『竜の翼』号は、とても頼もしく見えた。
◆◆◆
「カナメさんを差し置いて、わたくしが主賓だなんて……なんだか申し訳ないですわ」
「そんなことはないだろう。アデリーナはシアニス港の守護者みたいなものじゃないか。主賓に相応しいって」
進水式が一息ついた頃合いで、俺たちは同じ貴賓席にいるアデリーナと話をしていた。
「さっきだって大活躍だったじゃないか」
「けれど、クルネさんに一歩及びませんでしたわ。海竜の頭に重穿投槍が届くより早く、クルネさんの次元斬が決まりましたもの」
「アデリーナさんは、あの変な魚に対応してくれていたでしょ? ただの役割分担だと思うわ」
「あの海竜が出現した時には、わたくしも一段落していましたもの。瞬発力の差ですわ」
「二人ともストイックだなぁ……」
「キュゥ」
傍から見れば、貴賓席で美人が談笑しているように見えるだろうが、その実態はなかなかアグレッシブなものだった。雪辱を誓うアデリーナに、俺は忘れないうちにと声をかける。
「そうそう。アデリーナ、もうすぐ魔導卿の資質が開花しそうだぞ」
「……え?」
突然のことだったせいか、アデリーナが何度も目を瞬かせる。
「ほら、『名もなき神』との戦いの時に、一時的に転職しただろ? 覚えてないか?」
「覚えていないわけがありませんわ! カナメさん、本当ですの!? わたくしが上級職に!?」
「アデリーナ、ちょっと落ち着こう。周りが驚いているぞ」
詰め寄るアデリーナを諫めるが、彼女の興奮は収まらないようだった。とは言え、それも無理はない。今の辺境にいる上級職は、剣匠のクルネ、賢者のミルティ、癒聖のミュスカ、守護戦士のラウルスさん、天穿のエリン、求道者のキャロの五人と一匹だけだからだ。
ジークフリートやアルミードもかなり成長しているが、アデリーナが一歩先んじることになりそうだな。
「おーい、どないしたんや? 傍から見ると、なんや三角関係で修羅場ってるように見えるで」
「……失礼しましたわ」
コルネリオの言葉を聞いて、俺の両肩を掴まんばかりだったアデリーナが姿勢を正す。さすがに冷静になったらしい。
「三角関係……そりゃアデリーナさんは綺麗だけど……むぅ」
その一方で、今度はクルネが軽く拗ねていた。ちょっと小動物みたいで可愛らしい。……って言ったら怒るかな。
「おーい、クルネちゃん? ちょっとしたジョークやって。怒らんといてーな」
「わ、分かってるわよ」
そう答えながらも、クルネの手は俺の腕を掴んでいる。これは後でフォローしたほうがいいんだろうか。そんなことを考えていると、コルネリオが何かゴソゴソしていることに気付いた。
「ん? これか?」
俺の視線に気付いたコルネリオが、手に持っていたものを見せてくれる。それは、進水式でアデリーナが切ったロープの一部に見えたが……。
「進水式で使ったロープや。港側に繋いでたロープの一部を持っとると、その船は必ず港に帰ってこれるっちゅう言い伝えがあってな。要はゲン担ぎや」
そう説明すると、ロープの破片を小さな袋に入れる。ちらりと見えた袋の中には、他にも色々なものが入っているようだった。
「その中身って、全部そういう類のものなのか?」
「おう、『ゲン担ぎグッズ』や。特に船乗りはこういうのを気にするからな。ちゃんとやっとかな士気に関わる」
「へえ……面白いな」
「ま、非合理的な慣習も多いからな。その辺をどうごまかすかは考えどころや」
「どこもそういうのはあるよな……」
しみじみと頷く。すると、コルネリオはバン、と俺の肩を強く叩いた。
「ま、それを考えるのは俺の仕事や。カナメたちは船旅を楽しんでくれたらええ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
コルネリオの気遣いに、俺は笑顔で頷いた。




