エピソード0-7 固有職持ち
【転職屋店主 カナメ・モリモト】
「カナメ、おはよっ! お客さん来た?」
元気な挨拶とともに、転職屋の扉が開かれた。相手は言うまでもない。
「おはよう、クルネ。ご覧の通りだ」
俺は肩をすくめると、がらんとした待合室を手で示した。
「また、誰かを連れて来る?」
「俺の悪い噂が立っていそうだし、今度は難しいかもな……」
俺は苦笑を浮かべる。開業からの十日間で、転職屋に来たお客はたった一人しかいなかった。
そして、その一人も通りがかった固有職資質持ちを半ば強引に呼び込んだ形だ。だが、新参者の俺に対する不信感や、生活費一年分相当という強気の価格設定のせいか、彼は不信感を露わにして去ってしまった。
狂乱猪の報奨金も底をつき、無一文の恐怖に怯えていたせいで、色々と焦り過ぎたのだろう。
それに、辺境の人は目に見えないものに対してお金を払うという発想があまりピンと来ないようだった。
その翌日からというもの、村の人たちに避けられているような気がするのだが……単に気が弱ってそう思うだけだろうか。
とにかく、何かしら行動を起こすべきだろう。
「いっそ、チラシでも撒いてみるか? ……いや、効果は薄いか」
呟いてから自分で否定する。もともと小さい村だし、わざわざチラシを撒かなくても、転職屋のことは村中に知れ渡っていると見ていい。
しかも、チラシを作るにもお金がかかるし、この村の人はあまり字を読みたがらない傾向にあった。
「お客さん、来ないね……」
「そうだな……」
毎日、何度となく繰り返されるやり取りを交わすと、俺は窓に目を向けた。誰かがいたような気がしたのだ。
それを証明するように、扉がトントンとノックされる。俺とクルネは思わず顔を見合わせた。
「お客さんかな!?」
言うなり、クルネは足早に扉へ向かう。
「あ……」
クルネは店員じゃないんだけどな……まあいいか。俺に出迎えられるより、クルネに出迎えられるほうがお客さんも嬉しいだろう。
接客用の笑顔を浮かべながら、俺は扉が開かれるのを待った。クルネが扉を開けるとともに、中年男性が店に入ってくる。
男性は、クルネの姿を見るなり口を開いた。
「クルネちゃん、探したよ! 実はマラッカ村から使者が来ていてね。なんでも、クルネちゃんに助けてほしいんだと」
転職屋に二人目のお客が訪れるのは、まだまだ先の話になりそうだった。
◆◆◆
自警団の修練場には、十人ほどの団員が集まっていた。団長をはじめ見覚えのある団員たちと、見たことのない二十歳前後の青年が一人。
思い詰めた表情を浮かべている青年は、クルネの姿を見るとぱっと顔を輝かせた。
「あなたが固有職持ちのクルネさんですか!?」
彼はクルネに詰め寄ると、必死の表情で口を開く。
「私はマラッカ村のリンデンと言います。ぜひあなたのお力添えを頂きたいのです……!」
「えっと、どうしたんですか……?」
突然の言葉に、クルネは目を瞬かせていた。そこへ、事情を聞いていた様子の団長が口を挟む。
「マラッカ村に固有職持ちがいるらしい」
「え? 辺境に固有職持ちなんていたっけ?」
クルネの疑問は俺の疑問でもあった。辺境に固有職持ちがいるなら、もっと有名になりそうなものだが……。
「もちろん、辺境の人間じゃねえ。なんかの用事で来たみたいだな」
「そうなんだ……でも、それがどうかしたの?」
「そこからは私がお話しします」
クルネの言葉を受けて、リンデンと名乗った青年が一歩進み出た。そして事の次第を説明していく。
なんでも、彼が住んでいるマラッカ村には、戦士の固有職持ちがいるらしい。
もちろん村の住民ではなく、シュルト大森林に生息するモンスターを捕らえに、はるばる王都から来たのだと言う。
固有職持ちが村に逗留すれば村も安全だと、最初は村も歓迎ムードだったらしいが、それも最初のうちだけだった。
「とても粗暴な男で、大した理由もなく建物が壊されたり、人に暴力を振るったりと散々なんです。今までも理由をつけては酒をせびり、食糧をせびり……」
やっぱりな。それが俺の感想だった。と言っても、彼の説明に対する感想ではない。希少で能力に優れた固有職持ちが、周囲の人間に対してどういった態度に出るのか気になっていたのだが、やはりこうなるのか。
そんなことを考えている間にも、リンデンは拳を握りしめて言葉を続けた。
「そして、ついには村一番の美人に酌をさせろと言い出したんです……! 今はなんとかごまかしていますが、それも時間の問題です!」
激情を押し隠せず、リンデンは声を震わせた。その視線の先にいるクルネは、困ったように俺と団長を見る。
「無理する必要はねえ……と言いてえところだが、行くつもりだな?」
「……うん。マラッカ村には何度か行ったこともあるし、やっぱり放っておけないから」
クルネの返事を聞いて、団長は小さく溜息をもらした。なんせ相手は固有職持ちだ。クルネが勝てる保証はどこにもないのだ。
「カナメ。悪いが……」
「――ちょうど、キャロと美味しい草を探しに行こうと思っていたんですよ」
団長の言葉を遮ると、俺はキャロを抱き上げた。細かい作戦や打ち合わせをするのは難しいが、短期的な戦力としては一級品だ。
「……いい草が見つかるといいな」
「キュウ!」
キャロが元気よく返事をして、神妙な空気を吹き飛ばす。その様子に、誰からともなく笑い声がもれる。
「じゃあ、早く出発しましょ? 用意してくるから、少し待っててね」
そうして、俺たちはマラッカ村へ向かうことになった。
◆◆◆
「カナメ、本当によかったの? 相手は固有職持ちだよ?」
「その言葉はそっくりクルネに返すよ」
固有職持ちがいるというマラッカ村への道中、俺とクルネはのんびりと話をしていた。前を歩いているリンデンは気が気でないだろうが、こういうのは一定のペースが重要だ。
「だって、私は剣士だし……」
「いくらクルネが強いからって、無理に皆の頼みを聞く義務はないと思うが……クルネは剣士だけど、一人の人間でもあるんだからさ」
その答えに、俺はつい本音を口にする。最近、クルネは危険な仕事や依頼ばかりこなしており、兵器として便利使いされている気がしていたからだ。
「大丈夫、無理はしてないから。私がそうしたいと思ってるだけよ。今までは力が足りなくて諦めていたことに、カナメのおかげで手が届くようになったんだもの」
だが、そう語るクルネの表情に嘘はないように思えた。クルネは俺の顔を覗き込んだかと思うと、少し嬉しそうに微笑む。
「……でも、ありがとう。心配してくれたんでしょ?」
「いや、心配というわけじゃなくて……なんとなく、だ」
「ふーん、そうなんだ」
そう言いながらも、クルネの顔はまだ笑っていた。
「ところで、リンデンさん。どうやってクルネのことを知ったんですか?」
なんとなく居心地が悪くなった俺は、話題を切り替えることにした。
「村に来た行商人が、クルネさんのことを話していたんですよ。ルノール村への到着が遅れていたのを心配して、探しに来てくれたって」
「あ、そうだったんだ。あの行商人さん、マラッカ村に行ったのね」
クルネが思い出したように声を上げる。そう言えば、そんな話を聞いた記憶があるな。
「ええ。ただ、あの戦士の話を聞いて、早々に村を立ち去りました」
村の外れに泊めてもらい、翌日の早朝にさっと取引を済ませて次の村へ向かったらしい。さすがは行商人、そういったことには聡いな。
ただ、それでさっさと逃げ出すのも気まずいので、クルネの情報を教えたと言うところだろうか。
「マラッカ村にいる固有職持ちのことを詳しく教えてもらえませんか?」
次いで、俺は相手の情報を集めることにした。
「そうですね……戦士だと言うことはお伝えしましたし……」
「武器は何を使ってるの?」
「斧と小振りの剣です。ただ、斧はモンスターとの戦いで傷んだみたいですね。うちの村には鍛冶師がいませんから、直すこともできませんし……」
なるほど、斧はあまり使い物にならない、と。それは朗報だな。
「そもそもの目的はモンスターの捕獲でしたよね?」
「はい。雇い主の貴族が、モンスターの子を調教してペットにしたいと言い出したそうで、そのために辺境に来たそうです。一頭は捕まえたそうですが、それだけでは足りないようで」
事の発端は貴族の気まぐれなのか。なんだか報われないなぁ。
「それに、本人は詳しく語りませんが、少し前にはモンスターと戦って命からがら逃げ出したようで……それからというもの、余計に荒れているんです」
「逃げ出した……固有職持ちでも歯が立たないモンスターがいたんですか」
それは恐ろしい話だな。クルネがいても油断はできないということか。
「本人は逃げられたと言っていましたが……満身創痍で顔は真っ青、斧もダメになっていましたし、村のみんなは奴のほうが逃げたんだと確信しています」
なるほど。ちょっと希望的観測も混じっていそうだけど、ありそうな話だな。
団長に聞いた話では、森のモンスターに挑んで命を落とした固有職持ちの例はいくらでもあるそうだし。
「相手のモンスターはなんだったの? 銀毛狼とか?」
「話の端々から察するに、家よりも巨大な双頭の竜と戦ったようです」
「竜……」
思いがけないビッグネームに、クルネが呆然と呟く。だが……。
「ん? 双頭?」
「……あ。ひょっとして」
俺の呟きでクルネも気付いたらしい。俺たちは顔を見合わせた。
ただ、前を歩くリンデンは俺たちの様子に気がついていないようで、前を向いたまま話を続ける。
「とは言っても、奴が固有職持ちで強大な力を持っていることは事実です。
理不尽な行動を見るに見かねて、自警団長が制止しようとしたのですが……村で一番強い団長もあっさりやられて、今は重傷を負って絶対安静に……」
「そうなんだ……」
クルネが辛そうに相槌を打つ。やはり、油断してかかるわけにはいかないようだ。俺は腕組みをして考え込んだ。
「何か作戦を考える必要があるかもな……」
「作戦?」
目を瞬かせるクルネに頷く。
「クルネの安全が第一だからな。と言っても、そんな大したことは思い付かないが……やっぱり不意打ち・騙し討ちかなぁ」
「うーん……」
クルネは悩む素振りを見せた。彼女の性格的に気が進まないのだろう。
「もちろん、クルネが嫌なら無理とは言わないが……相手は固有職持ちだし、人間性は聞いての通りだ。まして、今回はマラッカ村の人たちの命運がかかってるしな」
「うん、分かったわ」
クルネはしばらく考え込んだ後、鞘に手を当てて頷いた。
なお、不意打ちという意味では、キャロのほうが相手の油断を誘えるのだろうが、今回は少し気掛かりな部分があった。
キャロの場合、攻撃力には目を見張るものがあるが、バテるのはとても早い。もしキャロの防御力も同様だとするなら、固有職持ちの攻撃は致命的な結果を招く恐れがあった。
もちろん、クルネがキャロを斬ってみれば実証できるのだろうが……クルネが了承するとは思えないし、俺も頼む気にはなれなかった。
と、今度はリンデンが口を開いた。
「けど、不意打ちってどうやるんですか? クルネさんだけどこかに隠れるんですか?」
「どうせ、その戦士は村の人たちの顔なんて覚えてないでしょう? なら、普通の村人のフリをして近づいて、後ろから不意打ちするのはどうですか?」
「なるほど、それなら奴を倒せそうですね……」
リンデンは真剣な表情で頷く。戦士からすれば、有象無象の村人なんてどうでもいい存在だろうからな。
「無事でいてくれよ……」
リンデンの祈るような声をきっかけに、俺たちは歩く速度を速めた。
◆◆◆
到着したマラッカ村は、ルノール村の半分ほどの大きさだった。それでも百人ほどの村人がいる広さであり、件の固有職持ちがどこにいるかは分からない。
「……こっちです」
だが、リンデンには心当たりがあるらしい。壁に穴が開いていたり、柵が粉々になっていたりする家屋を通り過ぎて、彼はまっすぐ村の中心部へ向かっていく。
やがて足を止めたのは、少し大きな建物の前だった。
「宿屋かな?」
クルネが呟くと、リンデンは大きく頷いた。
「ええ、その通りです。そして、奴が根城にしている建物でもあります」
そして、次に宿屋の離れを指差す。
「あっちにはモンスターの子供が捕えられています。恐ろしくて、奴以外は誰も近寄りませんが……」
子供とは言え、モンスターだもんな。その気持ちは分かる。
そうして再び宿屋に視線を戻したところで、俺たちは首を傾げた。宿屋の中から騒々しい物音が聞こえたからだ。
そう思ったのも束の間、宿屋の扉がガラッと開かれて若い女性が飛び出してくる。
「待ちやがれ!」
さらに、それを追いかけるように男が飛び出してきて、女性の腕を掴んだ。そう鍛えているようには見えない中肉中背の男だが、その動きは信じられないほど素早い。
突然の展開に驚いていると、今度はリンデンが大声を上げた。
「パトラ!」
どうやら知り合いらしい。いや、これだけ必死な形相からすると、知り合いどころではないのかもしれないな。
「た、助けて……!」
整った顔立ちを恐怖で歪ませて、腕を掴まれた女性が叫ぶ。
「……なるほど」
突然の展開だが、事態は概ね理解できる。あの男が戦士の固有職持ちで、女性のほうは村一番の美人かつリンデンの知り合いなのだろう。
戦士の所業については、リンデンの被害妄想の線も少し疑っていたが、この状況を見ると本当だったようだ。
「おい! パトラを放せ!」
「……あぁ?」
リンデンの叫びを受けて、戦士は彼を睨みつける。一瞬ビクッと身を震わせたリンデンだったが、彼は一歩も引かず口を開いた。
「お前の悪行もこれまでだ! こっちには固有職持ちの助っ人がいるんだからな!」
「おいっ!?」
俺は思わずリンデンの足を蹴った。道中あれだけ考えていた不意打ちプランが水の泡だ。知り合いが窮地に陥って動揺していたのだろうが、さすがにこれはひどい。
それでも不意打ちプランを継続するべく、俺は一歩前へ進み出た。そして、できるだけ尊大な表情を作り上げる。
「マラッカ村に泊まり込んで、好き放題しているそうですね。同じ固有職持ちとして迷惑極まりない話です」
「固有職持ちだと……? こんな辺境になんの用だ」
「それはこっちの台詞です。この辺りは私の縄張りですからね」
そう、俺は固有職持ちを演じることで、クルネの不意打ちの可能性を残したのだった。
俺まで危険に曝されることになるが、当初の予定と違い向こうには人質がいる。もはや正攻法で戦いを挑むという選択肢はあり得なかった。
ちらりと横に視線をやると、リンデンが青ざめているのが分かった。頭が冷えて、自分がしてしまったことに気付いたのだろう。
そして肝心のクルネは、決意したように人質を見つめている。この様子なら大丈夫だろう。俺がやることは、戦士の注目を集めることだけだ。
「お前の縄張りなんざ知ったこっちゃねえな。……おい、そこの娘!」
だが、俺の目論見は早々に外れた。本当の固有職持ちはクルネのほうだとバレたのだろうか。たしかに彼女は剣を佩いているが……。
「は、はい!?」
クルネは一瞬びくりとした後、慌てて返事をする。そんな彼女を見て戦士はニヤリと笑った。
「悪くねえ器量だ。剣なんざ捨てて、お前も酌をしろ。……かわいがってやるからよ」
そっちかよ! 俺は心の中でツッコミを入れた。たしかに、村一番の美人に酌をさせろなんて言う輩だし、その可能性は考慮しておくべきだったな。
「えっと、それは……」
クルネは困ったようにこっちを見る。このままでは隙をついて女性を助け出すことは難しいだろう。
となれば、もっと奴の気を引く必要があった。
「無視とは傷つきますね。せっかく双頭の大蛇を倒してあげたのですから、もっと感謝してもらいたいものです」
「双頭の大蛇だと!?」
戦士は明らかに動揺していた。やはり、こいつが戦って逃げ帰った相手は双頭蛇だったのだろう。
あのモンスターが村の近くに現れたことを不思議がる声もあったが、こいつのせいだったのかもしれない。
「いやぁ、最初は二頭の巨大な蛇だと思っていたのですが、『倒して』びっくりしましたよ。まさかあの二つの頭が繋がっているとは」
俺が『倒して』の部分を強調すると、戦士は目を見開いた。その目には警戒の色が浮かんでいるが、すぐに手を出す雰囲気ではない。
それはそうだろう、自分が敵わなかった双頭蛇を倒した相手に、わざわざ牙を剝く人間は少ない。
そして、それこそ俺が望んだ反応だった。この膠着状態を維持していれば、すぐ俺に攻撃を仕掛けることはないだろう。なんせ俺は弱いからな。奴が俺を攻撃する気になった時点で俺の負けだ。
「ふん……俺が致命傷を与えてやったからだ。情けをかけて見逃してやったが、お前のような雑魚に狩られたとはな」
どうやら、戦ったこと自体は否定しないつもりのようだった。ならば、と俺は畳みかける。
「ああ、胴体の中央部に治りかけた傷がありましたが……あれは貴方が与えた傷だったんですね」
俺の言葉を聞いて、戦士が再び動揺する。胴体中央部の傷に心当たりがあったのだろう。
「お前……いや、そんなはずは」
ブツブツと呟いたあと、戦士は俺を睨みつける。
「お前の固有職はなんだ? くたばる寸前とは言え、お前程度の人間に倒せるモンスターじゃない」
「私の固有職ですか? それは――」
言葉を止めた俺につられて、戦士が少し身を乗り出す。そして、次の瞬間。
「ぐっ!? 女、お前……!」
体当たりをするようにして、クルネが戦士にぶつかり、緩んだ手から人質状態だったパトラを奪い返した。
「あ、ありがとうございます!」
「今はとにかく逃げて。あなたまで守る余裕はないの」
クルネはパトラに逃げるよう促す。すると、彼女は即座に逃げ出した。
「やりやがったな……! 固有職持ちはお前のほうか!」
呻いた後、戦士はわざとらしく肩をすくめた。
「とは言え、これでせっかくの不意打ちのチャンスを無駄にしたわけだ。唯一の勝機を失ったな」
そう嘲笑うと、戦士は剣の切っ先をクルネに向けた。対して、クルネも相手に剣を向ける。
そして、二人は目にも止まらぬ速さで何度も切り結ぶ。剣を打ち合わせる硬質な音が、信じられない速度で打ち鳴らされていた。
だが――。
「がっ!?」
クルネの剣が戦士の左腕を浅く切り裂いた。対してクルネは無傷だ。
どうやら、剣の腕ではクルネのほうが優れているようだった。
「――力も速度も桁外れだけど……ちゃんとした剣の修業はしてないみたいね」
「うるせえ!」
怒声とともに放たれた剣撃をあっさり弾くと、クルネはカウンター気味に剣を振るう。その剣先は戦士の脇腹を切り裂き、ばっと血が広がった。
「あ……」
すると、予想外のことが起きた。クルネが動揺したのだ。それからと言うもの、クルネの動きがおかしくなる。その理由が分からず、俺は首を捻った。
その一方で、勢いを取り戻したのは戦士だ。クルネの不調をチャンスと思ったのか、ニヤリと笑うと猛攻を仕掛けてくる。
「クルネ……?」
俺は歯がゆい思いでクルネを見守る。さっきまで相手を圧倒していた彼女に何があったのか。疑念とともに戦いを見ていた俺は、戦士の不可解な行動に気が付いた。
クルネの剣の軌道上に、わざと自分の手足や胴体を置いているのだ。それは一見自殺行為にしか見えない。だが……。
「もう……っ!」
胴体を撫で切りにするかと思われたクルネの剣は、その軌道を急激に変えた。結果、彼女の態勢は崩れ、そこへ戦士が連撃を浴びせる。少しずつ、クルネが傷を受け始めた。
「……そういうことか」
俺は一人で納得した。モンスターを相手に見事な立ち回りを見せる彼女だが、人間を相手にすることはあまりないのだろう。
この世界の価値観はよく分からないが、人間を斬ってなんとも思わない、ということはないはずだ。
そして、それを見抜いた戦士が、逆手にとって戦いを優勢に進めていたのだ。
俺は唇を噛み締めた。戦いながらクルネが価値観を切り替えることは難しい。なんとか彼女が心を立て直す余裕が欲しかった。
「キャロは……危険か」
最初に思いついたのはキャロに加勢してもらうことだ。だが、今の二人は高速で斬り合っているうえに、位置も頻繁に入れ替わっている。
いくらキャロとは言え、相手も固有職持ちだ。固有職持ち二人が刃物を全方位に振り回している空間に、武器も持たないキャロが割り込める気がしない。
何かないか。そう思って無意識に周囲を見回した時、ある建物が目に入った。
「……あ、そうだ」
ちょっとしたことを思いついて、俺は近くの建物へ駆け寄った。それは宿屋の離れであり、子モンスターが捕えられている所だ。俺はかんぬきを外すと、慎重に扉を開く。
「いたな……ん?」
俺は驚きの声を上げる。そこにいたのは、全長一メートルほどのうりぼうだったのだ。鉄の檻に入れられているが、しきりに檻を壊そうと暴れている。近くに吊るしてあるのは檻の鍵だろうか。
その姿を見ているうち、いくつかのピースが嵌まっていく。
「とりあえず、利用させてもらうか」
連れて帰るためだろう、鉄の檻の下部には車輪がついていた。キイキイと音を立てるそれを押して、俺は建物の外へ出る。
すると、うりぼうは今までとは比べ物にならない勢いで暴れ始めた。その様子を観察していた俺は、意を決して鉄の檻を開ける。
「ギュォォォォ!」
直後、獰猛な唸り声とともに、うりぼうがまっすぐ突進していく。その先にあるものはクルネたちだ。
「きゃっ、何!?」
「うおお!?」
さすがは固有職持ちの知覚力を備えているだけあって、二人はうりぼうの接近に気付いていた。そして、突進をかわすべくそれぞれ飛び退いていたのだが……。
「畜生! なんで俺のほうにばっかり……!」
狙い通り、巨大なうりぼうは戦士ばかりをつけ狙う。その隙をついて、俺はクルネに近づいた。
「クルネ!」
「カナメ! あのモンスターはカナメが連れて来たの!?」
「いや、あれは奴が捕えていた子モンスターだ。一つ訊きたいんだが、あれは狂乱猪の子で合ってるか?」
「うん、たぶん……」
少し自信なさげに答えた後、クルネははっとした表情を浮かべた。
「そっか、狂乱猪の子だったら、自分を捕まえたあの戦士を永久に追いかけ回すわね」
「ああ。……この前の狂乱猪騒ぎも、こいつのせいだったのかもな」
あの狂乱猪が子を攫われていたのだとすれば、犯人を求めて生息域を離れたことにも頷けるし、出会い頭の狩人に突然襲い掛かった凶暴さにも納得がいく。……こいつ、ロクなことしてないな。
そして、俺たちはまるで闘牛のような動きを見せる戦士を眺める。俺は横目でクルネの様子を窺いながら、ゆっくり口を開いた。
「クルネ、自分でも気付いてると思うが……」
「うん、分かってる。……私、全然覚悟ができてなかった」
クルネは申し訳なさそうに頷く。
「相手がモンスターと人間じゃ、まるで違うのね。今まで、訓練以外で人を相手にしたことがなかったから……」
「気持ちは分かる。……俺の故郷も平和な国でさ。人を殺すことはもちろん、軽い怪我を負わせただけで事件になるようなところだったから、そういうことに対する忌避感は分かるつもりだ」
法律書を読んだ時にも思ったが、この世界では、元の世界ほど人の命が重くない。それがこの世界の価値観だ。だから、俺たちのような倫理観は命取りになりかねない。
「そんな俺が言うのもなんだが、敵を傷つけることを忌避していると、クルネのほうが死んでしまう。俺の我儘かもしれないが、そんなことにはなってほしくない」
どちらがいいと言うつもりはないが、クルネが今の立ち位置を維持する限り、避けては通れない問題だった。
それはクルネにも分かっているのだろう。両手で自分の頬をパチンと叩いた後、彼女は凛とした表情で顔を上げた。
「……もう大丈夫。辺境って、どこにもいられなくなった犯罪者なんかが流れてくることも多いから、ためらってなんかいられないもの」
自分に言い聞かせるように呟くと、クルネは再び剣を構えた。
「カナメ、ありがとう」
そんな声が聞こえた瞬間には、彼女の姿は小さくなっていた。そして、慌てた様子で子モンスターの攻撃を避けている戦士に斬りかかる。
「お前っ、今それどころじゃねえんだよ!」
戦士は焦った様子で叫ぶ。子供とは言え、相手はモンスターだ。倒すならともかく、生け捕りにするのは固有職持ちでも難しいのだろう。
そんな時に、クルネが攻撃を仕掛けてきたのだ。元々、剣の技量はクルネのほうが上のようだし、戦士に勝ち目はなかった。
うりぼうの突撃を回避し、体勢の崩れた戦士に対して、クルネは連撃を繰り出していく。
ならばと左腕を犠牲にして、戦士は意図的に斬られる状況を作りあげた。またクルネが剣を引くことを期待したのだろう。
だが、ニヤついていた笑みはすぐに消えさった。クルネが容赦なく腕を斬ったのだ。しかも、突き出された左腕ではなく、剣を持つ右腕のほうを。
ばっと鮮血が飛び散り、深手を負った右手からガラン、と剣が落ちる。
「がああああっ!」
戦士は動かない右腕を抱えてうずくまった。だが、それだけでは終わらない。凶悪な勢いで突進してきた子モンスターが、横手から彼に激突したのだ。
「ブウォォォォッ!」
激突音こそ地味だったものの、その破壊力は想像を超えていた。突進をまともにくらった戦士は空高く吹き飛ばされ、放物線を描いて地面に激突する。
「あ……忘れてた」
その結末を見ていた俺は、視界の隅に映る子モンスターを見て声を上げた。未だ怒り狂っている様子のうりぼうは、倒れた戦士にさらなる特攻をかけようとしていたのだ。
すでにボロ雑巾のようになっている戦士が気の毒だったわけではないが、うりぼうを放置していれば、どのみち村に被害が出るだろう。
「キャロ、あいつを倒せるか?」
「キュッ!」
キャロは子モンスターと戦士の中間地点へ瞬時に移動すると、身をかがめて相手を待ち受けた。
子モンスターとは言え、全長一メートルもあるうりぼうからすれば、キャロの存在などないに等しいものだろう。その目に戦士しか映っていないことは明白だ。
そして、うりぼうはキャロの真上を通過しようとして――。
「キュァァッ!」
さっきの戦士と同じように、はるか上空に打ち上げられる。ズシンという地響きとともに落ちてきた子モンスターは、あっさり気絶したようだった。
「クルネ、不意打ちに警戒してくれ!」
戦闘は終了したと判断したのだろう。クルネが血を撒き散らして倒れている戦士に近寄っていることに気付いて、俺は大声を上げた。
血だらけだし足も変な方向に曲がっているし、常人なら確実に死んでいるところだ。だが、固有職持ちは耐久力も尋常じゃないらしいからな。死んだふりをして、クルネに奇襲をかけようとしている可能性も捨てきれない。
すると、クルネは分かったとばかりに片手を上げた。そして、剣の鞘で慎重に戦士をつついたり叩いたり、挙句の果てには喉や鳩尾に突き刺してみたりしている。……ちょっとやりすぎな気もするけど、気にしないことにしよう。
クルネにそれだけのことをされても、奴に動く気配は見られなかった。そして、いつの間にか現れていたリンデンとパトラが太い縄と鉄の枷をクルネに手渡すと、彼女はそれを慎重に巻き付けていった。
◆◆◆
「クルネさん、ありがとうございました!」
拘束作業がすんだ後、クルネはマラッカ村の人たちに囲まれていた。皆一様にほっとした表情が浮かんでおり、あの戦士の傍若無人ぶりが窺えた。
ひとしきりお礼がすんだ後も、数人は場を立ち去らず、クルネの健闘を讃える。その中には、救援依頼に来たリンデンや、人質になっていたパトラも含まれていた。
「本当に助かりました。クルネさんがいらっしゃらなければ、私は今頃……」
「パトラ、僕が応援を頼みに行ったんだよ」
「そうね、ありがとう。ところで、クルネさん。もしよかったら私と――」
そんな会話が聞こえてくるが、あくまで主役はクルネだ。俺は一歩引いたところで、照れながら応対するクルネを眺めていた。
「……クルネちゃんから聞いたけれど、あんたに転職させてもらったんだって? それは本当なのかい?」
すると、もう高齢の域に差し掛かっているであろう女性が、興味津々と言った様子で話しかけてきた。
「ええ、本当です」
「そりゃ嬉しい話だねぇ。この辺境が固有職持ちでいっぱいになれば、シュルト大森林だって怖くなくなるってもんさ」
俺の答えを聞いて、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「……十年ほど前だったかねぇ、森のモンスターが増えて困っていた時に、ふらりと立ち寄った冒険者の集団がいたんだよ。
今時冒険者なんて珍しいけど、本当に珍しいのはそっちじゃなくてね。メンバーの四人全員が固有職持ちだったのさ」
「それは珍しいですね……」
固有職持ちは、そのほとんどが王都でいい暮らしをしていると聞いていたが……そんな固有職持ちが四人もいたとは驚きだな。
「あの子たちに助けられた村は多くてねぇ。今でも、あの子たちに影響を受けて、剣や槍なんかの練習をしている若い子は多いはずさ。
村のみんなが、あの子たちみたいに強くなれるなら心強いねぇ」
「ええ、そうなることを願っています」
実際には、固有職資質や費用の問題もあるのだが、彼女の喜びに水を差す気にはなれない。俺は笑顔でそれだけを答えた。
老婆が去っていくのを見送ると、俺はクルネに声をかけた。
「――クルネ、そろそろ帰らないか? みんなが心配しているだろうし」
「うん、私もそう思ってたところ」
クルネは同意すると、まだ残っている人たちにもう一度挨拶をする。感謝の声に送られながら、俺たちはマラッカ村を後にした。
「そう言えば、十年前に固有職持ちの冒険者パーティーが辺境に来たんだって?」
「あれ? 誰から聞いたの? そうよ、十年くらい前にモンスターが急激に増えた時があったの。ルノール村も変な大猿に襲われて、何人も犠牲者が出たわ」
その時のことを思い出したのだろう、クルネの表情が暗くなる。
「そんな時に、あの人たちが助けてくれたの。ちょっと変わった人たちだったけど……剣士、槍使い、弓使い、魔術師の固有職持ちで、一時は四人がバラバラに動いて、色んな村を守ってくれたのよ。
ルノール村を助けてくれたのは、明るくて、自分の信念を持った剣士だったわ」
そう語るクルネの顔は、少し誇らしげだった。ひょっとすると、彼女が剣を得物に選んだ理由の一つなのかもしれない。
「その話、もっと詳しく教えてくれないか? 固有職持ちの話には興味があるし」
「うん、いいわよ。そもそも、あの人たちは――」
クルネが楽しそうに話すのを聞きながら、俺たちはルノール村への帰途に就いた。




