エピソード0-5 妖精兎
【森本 要】
「ふむ……? まさかこの兎は……」
「キュ?」
狂乱猪騒ぎから数日が経った頃。とある初老の男性が、のんびり日向ぼっこをしていたキャロを見て固まっていた。
「あれ? どこかで見たような……」
その顔に見覚えのあった俺は、しばらく自分の記憶を検索して、そしてようやく思い出す。狂乱猪の一件で、最後に出てきた狩人の一人だ。名前はカイさんだったかな。
「あの、どうかなさいましたか?」
何度も目を瞬かせているカイさんに話しかける。今までにも、キャロを眺めて癒されていく人はちょくちょくいたが、この人の反応はそれとは違っていた。
「青年、この兎は君のペットかのぅ?」
「いえ、相棒です」
正直に答えると、カイさんは面食らったような表情の後、納得したように頷く。突然の展開に首を傾げていると、彼は好々爺然とした微笑みを浮かべた。
「参考までに聞きたいのじゃが、この兎とはどこで出会うたのかの?」
「シュルト大森林ですが……」
俺の答えを聞いて、カイさんはしばらく考え込んでいた。そして、ぐっと顔を近付けてくる。
「その兎……十中八九妖精兎じゃな。……お主、知らずに連れておるのか?」
「妖精兎、ですか?」
俺の反応で察したのだろう、カイさんは小さく肩をすくめた。
「まあ、伝説的な存在じゃからのぅ。知らぬのも無理はない。ワシも数十年ぶりに見たわ」
「えーと……ひょっとして、珍しい兎なんですか?」
戦闘力という意味では、すでに珍しいレベルをカンストしているキャロだが、カイさんはそんなことは知らないはずだ。
「まあ、見た目はほぼ兎じゃからな。ワシも人生で一度見たきりじゃが、妖精兎はその名の通り、妖精に近い種族じゃ。
その姿を見た者は幸運に恵まれると言うが……まさか、またお目にかかれるとは思わなんだ」
そう教えてくれた後、カイさんは真剣な表情で付け加える。
「青年、その兎が本当に相棒ならば、気を付けておくのじゃぞ。妖精兎は幸運のシンボルであり、希少な種族でもある。この辺境ではともかく、人の多い街では高値で取引されるじゃろう」
「つまり、誘拐される可能性があると言うことですか?」
「人の欲にはキリがないからのぅ。……まあ、ぱっと見て妖精兎だと気付く人間は少ないじゃろうから、そこまで不安に思う必要はないがの」
気を付けることじゃ、と言い残してカイさんは去っていく。
「妖精兎……って言われてもなぁ」
個人的には、普通の兎で充分なんだけどな。キャロが攫われるなんて、考えたくもない。
「けどまあ、カイさんが勘違いしてるだけかもしれないしな……ちょっと相談してみるか」
俺はキャロを抱き上げると、クルネの家へ向かった。
◆◆◆
「おや、カナメ君。クルネに用事かい?」
俺を出迎えてくれたのは、店番をしていたクラウスさんだった。
「どちらかと言えば、クラウスさんにお伺いしたいことがありまして……」
「ほう?」
俺は足下のキャロを抱き上げる。キャロとの距離が縮まったせいか、親父さんの顔が緩んだ。本人は隠しているつもりなんだろうけど、面白いくらいにバレバレだ。
「実は、キャロのことなんですが……妖精兎という種族をご存知ですか?」
俺はさっきのやり取りを正直に説明した。クラウスさんなら、間違ってもキャロを攫ったり情報を売ったりはしないだろう。
「ううむ……カイさんが言うなら信憑性は高いな」
話を聞いた後、親父さんは腕組みをして考え込んでいた。そして、何かを思い出したように手をポンと叩く。
「そういや、ギルバートが何か言ってたな……。カナメ君、ちょっと上がっていきなさい。心当たりがある」
「え?」
いや、そこまでしてもらうのも申し訳ないし……そう言いかけた矢先に、店の扉が開かれた。
「あれ? カナメ、どうしたの?」
クルネは不思議そうに首を傾げた。
「クルネ、ちょうどいい所に来たな。昔、ギルバートが儲け話に片っ端から飛びついてた頃を覚えているか?」
「覚えてるけど……それがどうかしたの?」
娘の言葉を受けて、クラウスさんは視線をキャロへ向ける。
「……その子がな、妖精兎かもしれないんだと」
そう言われても、クルネはすぐにピンと来ないようだった。だが、やがて目を丸くして声を上げる。
「思い出した! 妖精兎を捕まえたら十万セレルは下らないとか、そんなことを言ってたわね」
「ああ、それだ。……で、たしかその時に、あいつが妖精兎の特徴を書いたメモを持っていた気がするんだが……」
「それなら、兄さんの部屋にあるんじゃない? 探してみるね」
言うなり、クルネは店の奥へと引っ込んだ。
「これのこと?」
やがて、クルネは一枚のメモ用紙を持って姿を現した。クラウスさんはその紙を覗き込むと、真剣な表情でキャロを見つめていた。
「なるほどな……一つ一つの特徴は他の兎にも見られるが、この条件が全部揃ってるのは妖精兎だけってことか……」
親父さんは納得したように頷く。俺もメモを見せてもらったが、毛色や毛並み、耳の形に尻尾の具合など、二十以上のチェック項目が書かれていた。
「じゃあ、キャロちゃんって本当に妖精兎なんだ……カナメ、どうするの?」
「どうするも何も、今までと変わらないさ。……ただ、このことは秘密にしてほしい」
「ああ、もちろんだとも」
「キャロちゃんを攫おうとする奴がいたら困るもんね」
クラウスさんとクルネは同時に頷いた。キャロは強いから、誘拐できるのは固有職持ちくらいのものだろうけど、無駄に危険を増やす必要はないからな。
「キャロちゃん、安心してね。私たちは絶対に正体をばらさないから」
「ああ、任せておけ」
「キュッ?」
盛り上がった二人に話しかけられたキャロは、不思議そうに鳴き声を上げた。
◆◆◆
「おかしいな……」
ルノール村へ来てから十日ほど経ったある日の朝。俺は宿屋の庭に一人立つと、小さく溜息をついた。
なぜなら、朝からキャロの姿が見当たらないのだ。俺より早起きなキャロだが、今まで宿屋の庭より遠くにいたことはない。
「まさか、森に帰ったのか……」
常識的に考えれば、森で暮らしていただろう兎が、今まで一緒にいてくれたほうがおかしいのだ。森を抜けて、ルノール村という安全地帯まで付いて来てくれただけでも僥倖だろう。
とは言え、戦力的にも精神的にも、キャロの存在が支えになっていたことは間違いない。こうなることも覚悟していたつもりだが、俺は思っていた以上に動揺していた。
ひとまず、クルネに心当たりを聞いてみよう。そう考えて一歩踏み出した俺は、続く二歩目で立ち止まった。
そう言えば、クルネは到着が遅れている行商人を迎えに行っているはずだ。家を訪ねても空振りに終わるだろう。
だが、父親のクラウスさんもキャロのことを気にかけているようだし、とりあえず相談してみようか。
そう思った矢先だった。
バタバタと慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、その足音は俺の目の前で止まる。特に見覚えのない青年だったが、彼は俺と目が合うと慌てて口を開いた。
「あんた、大変だ! 連れの兎が怪しい奴に連れていかれたぞ!」
「キャロが……!?」
青年の言葉は、にわかには信じがたいものだった。なんせ、相手はあのキャロだ。この村で誘拐できそうな人間は、固有職持ちのクルネくらいだろう。
そんなことを考えている俺に、彼はぐっと詰め寄ってくる。
「場所は自警団の演習場のあたりだよ。あの辺りから森へ連れていかれたんだ。今ならまだ間に合う!」
「……そうですか、教えてくださってありがとうございます。追いかけてみます」
とりあえずは、それしかないだろう。俺の答えを聞いて、青年はほっとした表情を浮かべた。
「ところで、怪しい奴の人相風体をお伺いしても?」
「え? そうだね、体格のいい大男だったよ。大きなマントを羽織っていて、それ以上は分からなかった」
「分かりました、ありがとうございます」
そう言って身を翻した俺は、もう一度青年を振り返る。
「うわっ!?」
そして、大仰に驚いている彼に構わず、言葉を追加した。
「ところで、どうして兎が私の連れだと分かったんですか?」
キャロは攻撃力抜群の兎だし、妖精兎という特別な種族でもある。だが、見た目は普通の兎だ。この村の付近にも兎は棲息しており、区別がつくとは考えにくい。
しかも、この青年は俺ともキャロとも初対面だ。遠くから見かけたことはあるかもしれないが、俺抜きでキャロだけを見て、「あいつの連れの兎だ」と断定的に結び付けられるものだろうか。
正直に言えば、俺は眼前の青年を疑っていた。「辺境の人間は単純だ」というフォレノ村長の言葉を思い出す。
これが彼の全力の演技だとすれば、その評にも頷けるというものだが……。
俺が黙って視線を当てると、彼は落ち着かない様子で口を開く。
「何度か君たちを見かけたことがあるんだよ! それより、早く行かないと!」
「そうですね、急いで行ってみます」
答えるなり、俺は修練場近くの森へ駆け出した。青年の言葉は信用していないが、そこで何かが待っているのは事実だろう。
それに、万が一ということがある。もしキャロが妖精兎であることがバレていて、そのために誘拐されたなら放っておくわけにはいかない。
やがて、俺の視界に自警団の修練場が映る。そのまま修練場を通り過ぎると、俺は森の手前で足を止めた。
「この辺り……だよな」
注意深く周囲を見回す。すると、すぐにそれらしい足跡が見つかった。キャロを思わせる小さな足跡が点々と森まで続いている。
「……その割に、大男とやらの足跡がないな」
けどまあ、森へ入れと誘っているのは明らかだ。クルネや村の人々から、森に入らないよう忠告されているが、眼前の茂みからは人の気配が漂っていた。
ちょっとした嫌がらせをかねて、俺は人の気配がする茂みへ歩を進めた。
「……!」
進行方向にあった草が不自然に揺れる。風によるものではない。明らかに、根元に何者かがいる動きだ。
俺は顎に手を当てて、わざとらしく訝しんでみせた。そして、手近な石を拾う。
「まさか、モンスターか!?」
大声でそう呟くと、茂みに向かって手のひら大の石を投げつけた。命中はしなかったようだが、茂みが大きく揺れて、人の肩らしきシルエットが一瞬現れる。
やはり、潜んでいるのは人間で間違いなさそうだ。さて……このまま石を投げ続けるのもいいが、後処理が面倒だろうし……どう事を収めたものかな。
俺は困っている表情を維持しつつ、頭の中で色々な考えを巡らせた。だが、相手の目的が不明であるためか、あまりいい手は浮かばない。
目的は俺のようだし、キャロがここにいる可能性は低い。いったん帰ってもいいかもしれない。
そう考えた時だった。突然、茂みから慌てたような叫び声が聞こえてきた。
「うおぉぉぉぉっ!?」
意地なのか、こちら側へ出てこようとはしなかったが、その声に余裕はない。
そして、悲鳴の理由はすぐに知れた。茂みの奥から二頭の蛇が現れたのだ。
もちろん、ただの蛇が二頭いただけで、辺境の男が悲鳴を上げることはないだろう。だが、その蛇の頭のサイズが人間と同サイズであれば話は別だ。
全貌はまだ見えていないが、胴体部分も頭と同じ直径であることは想像に難くない。口からチロチロと覗く二又の舌もまた、異常なサイズを誇っていた。
――逃げよう。
俺は即座に判断すると、踵を返して駆け出した。クルネとキャロがいない以上、自警団に報告するしかない。そう思ったのだが……。
「た、助けてくれぇ……!」
男の悲鳴が耳に響く。その声を聞いて、俺は後ろを振り向いた。腰が抜けたのか、這うように茂みから抜け出そうとしているのはジェスターの姿だった。……なるほど、こいつが犯人だったのか。
だが、助けに行くつもりはない。自警団の集まりで馬鹿にされたことを恨んでいるわけではないが、俺みたいな弱い人間が助けに入ったところで、犠牲者が二人に増えるだけなのは目に見えていた。
ただ、この状態でも俺にできることは一つだけある。俺は複雑な思いで、茂みから這い出ようとしているジェスターの固有職資質を視た。
「……そう上手くはいかないか」
だが、俺の目論見は外れた。ジェスターには固有職資質がなかったのだ。
そうこうしている間にも、巨蛇の片方がジェスターに頭をゆっくり近付ける。
「うわぁぁぁ――」
恐怖で絶叫していたジェスターだったが、その声が不意に途切れた。どうやら気絶してしまったようで、白目をむいて倒れている。
こうなると、もう彼を救う手立てはなかった。と、思ったのだが……。
「あ、そうだ」
俺はもう一人だけ、転職できる可能性を持つ人間がいることに気が付いた。もしこれで駄目なら、なんと言われようが俺は逃げる。そんな強い意思とともに――。
俺は、自分の固有職資質を確認した。
「うわっ!?」
その直後、俺は思わず身体をのけ反らせていた。それは、単に固有職資質を見つけたから、という理由ではない。
「なんでこんなに光が……!?」
俺の身体に意識を集中させた俺は、数十個はありそうな固有職の光に唖然としていた。
光の大きさは、一番大きいものでもサッカーボール程度だが、なんと言っても数が多い。物理的にはあり得ないはずだが、俺の身体にはそれが重なり合って存在していた。
だが、その詳細を分析している余裕はない。あまり好感を持っていないとは言え、眼前で一人の人間が喰われようとしているのだ。
俺はよく分からないままに、光の一つに意識を伸ばした。すると――。
「なんだ……!?」
身体の細胞が一つ一つ作り変えられるような、異様な感覚が全身を駆け巡る。そして、その直後、俺は未知の知覚が備わったことを本能レベルで直感した。
頭に流れ込んできた不思議なイメージに従って、未知の知覚で何かを組み立てる。すると、無意識のうちに言葉が口をついて出た。
「氷尖塔」
その発声の直後。地面から立ち昇った太く鋭い氷柱が、ジェスターに接近していた蛇の頭を貫いた。
「今、俺が組み立てたのって……これか?」
突然現れた高さ三メートルほどの氷柱を目にして、俺は呆然と呟いた。串刺しにされた蛇の頭からおびただしい血液がこぼれ落ち、自らを貫いている氷柱に付着していく。
「シュララララァ!」
そして、反応が顕著だったのはもう一頭の蛇だ。相棒を屠られたことに怒ったのか、その場でジタバタと暴れ始める。
だが、巨蛇は俺を怒りの視線で睨みつけながらも、こちらへ迫る様子はない。
俺へ向かって身体を精一杯伸ばしている蛇だが、その尾には予想外のものが付いていて、奴の動きを阻害していたのだ。
「まさか、双頭の蛇だったとはなぁ……」
そう、尾についていたものは、俺が氷柱で刺し貫いた蛇の頭だった。胴体部分が茂みに隠れていて分からなかったが、多頭蛇の亜種なのだろうか。
本来なら、さすが異世界だと唸るべき光景だ。だが、俺にはそれよりも重要なことがあった。
「なんだ……俺も戦えるじゃないか」
安堵と高揚が入り混じった奇妙な感情に浸りながら、俺はぽつりと呟いた。あの爺さんが言っていたのはこのことかと、今更ながらに納得する。
おそらく、これが魔法というやつだろう。この能力があれば、転職屋以外にも、色々な生計の立て方ができるはずだった。
そんなことを考えていた時だった。巨蛇の動きに変化があった。奴は尾……貫かれたもう一つの頭を盛んに動かして、なんとか自由になろうとしていたのだ。その動きに合わせて、また新たな血が噴き出す。
そして、その試みの甲斐あって、少しずつ巨蛇が俺に近づいてくる。その光景は、気の弱い人間なら卒倒しかねないものだろう。
だが、戦う能力を得て高揚しているためか、今の俺は恐怖をあまり感じなかった。我ながら現金なものだが、今はそれがありがたい。
そして、俺は再び蛇を氷柱で貫こうとして、自分の魔力を――。
「……あれ?」
思わず間抜けな声が漏れる。いったいどうやって先程の氷柱を生み出したのか、まったく分からないのだ。
さっきは当たり前のようにあった魔力の感覚が、根本から消滅していた。魔力切れというやつだろうか。
つぅ、と俺の背筋に汗が流れた。同時に、肉薄する巨蛇の迫力に身がすくむ。まずい。全力で逃げるしかない。
だが、このままルノール村へ逃げ込むと、村に大きな被害が及ぶことは明らかだった。そしてそれは、胡散臭い新参者の俺が村にいられなくなることを意味する。
なんとか森の浅い所を逃げ回って、もう一度氷柱を生み出す可能性に賭けるしかない。
そう結論を下すと、俺は森沿いを逃げ回るべく駆け出す。だが、数歩も行かないうちに、聞き覚えのある声が耳に入った。
「えっ!? どうしてカナメが!?」
その声に少し遅れて、赤みの強い金髪が俺の視界に映った。突然の登場に驚いた俺だが、今はそれどころじゃないと気を取り直す。
「クルネ! 双頭の蛇だ! 片方の頭は潰したがもう無理だ!」
「潰したって……カナメが?」
彼女は目を見開きながらも、いつの間にか抜き放っていた剣を片手に駆け出した。俺を質問攻めにすることなく、弱ったモンスターを倒しに行ったあたり、クルネは意外と冷静に状況判断ができるようだった。
新たな敵に飛び掛かろうとした巨蛇だが、片方の頭を潰されたダメージと、自らを地に縫い付ける氷柱のせいで、その動きは精彩を欠いている。
蛇の攻撃をかいくぐったクルネは、愛剣でその喉元を切り裂いた。さすがに一太刀で両断とはいかなかったが、続けてもう一撃を同じ箇所に見舞うと、おまけとばかりに衝撃波を叩き込む。
ドサッという重量感のある音とともに、斬り飛ばされた巨蛇の頭部が地面に落ちた。
「カナメ、大丈夫だった!? 怪我はない!?」
「ああ、助かったよ。……ありがとう、クルネ」
「村に帰ってきたら、いきなりモンスターが出たって言われたの。びっくりしたわよ」
その言葉を聞いて、俺は周囲を見回した。すると、村の端で自警団員らしき人々が待機している姿が目に入る。
先刻までは焦っていて気付かなかったが、村の近くにモンスターが現われたのだから、誰も気付かないはずはなかった。
「誰かが襲われてるとは聞いたけど……あれ? そう言えばキャロちゃんは?」
クルネはきょろきょろと辺りを見回す。その仕草からすると、やっぱり彼女もキャロの行方を知らないのだろう。
「え? あれってジェスター……?」
そうして周囲を見回していたクルネは、巨蛇の近くで気絶しているジェスターに気付いたようだった。……そう言えば、そんな奴もいたな。
慌ててジェスターを回収しに行ったクルネは、不思議そうに首を傾げた。
「どうしてジェスターがこんな所にいるの? ……まあ、それを言うならカナメもだけど」
「それは俺が知りたいよ」
なんせ、この残念なパーティーの主催者はジェスターだからな。だが、事情を知らないクルネにはなんのことか分からないだろう。
これまでの経緯をクルネに説明すると、彼女は悲しそうに呟いた。
「どうしてそんなこと……。カナメと仲良くなりたかったから……じゃないよね」
「それならいいが……」
俺は肩をすくめた。知り合いであるクルネの手前、あまり酷いことは言えないが、もう一度幼児期の人格形成からやり直してもらいたい、というのが俺の本音だ。
すでに自警団も動いている大事件だが、どうしたものかな。ありのままを話しても、村社会だと俺のほうが悪者になりかねないし、真の理由は秘匿してジェスターに貸しを作るべきだろうか。
そう思案していると、戦闘が終わったことを確認した自警団員たちが近付いてくる。その先頭にいるのはジェイド団長だ。
他の自警団員が遠巻きにする中、一人だけ巨蛇へと近付く。
「なんだこりゃ……」
団長は巨大な氷柱を見上げると、ぽつりと呟いた。そして巨蛇の死体を検分し始める。
「双頭蛇だな。この前の狂乱猪と言い、もっと森の奥にいるもんだろうに……」
そして、不思議そうに眼を瞬かせる。
「傷がうっすら塞がっている……まだ生きているのか? いや……」
団長が眺めているのは、双頭蛇の胴体部分だ。
「団長、どうしたの?」
「胴体に治りかけている傷があってな。まだ新しいようだし、お前が付けた傷かと思ったが……」
「でも、私は頭部を斬っただけだよ?」
「だな。俺もその場面は見ていた。と言うことは、他のモンスターと戦っていたのかもしれん」
そう言って立ち上がると、団長は俺の前に立った。そして、俺の肩にぽんと手を置く。
「お前もよくやった。結果的にはクルネが間に合ったが、お前が村へ戻らず森沿いに逃げようとしたことは分かった」
「ええ、まあ……」
村のためと言うよりは、俺のためなんだが……何も言わないでおこう。曖昧な笑顔を浮かべた俺に、団長は言葉を続ける。
「……それで、この馬鹿でかい氷は何なんだ?」
「それが、私にもよく分かりません……ジェスターさんが何かしたのでしょうか」
俺は咄嗟に嘘をついた。悲しいことに、今も魔法の使い方は分からないままだ。そんな中で「私がやりました!」と言ったところで、ロクなことにならないのは明らかだった。
「そもそも、人間にこんなことができるとは思えんが……」
団長の呟きに、俺は少しだけ罪悪感を覚えるのだった。




