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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
外伝・後日譚
149/176

エピソード0-5 妖精兎

【森本 要】




「ふむ……? まさかこの兎は……」


「キュ?」


 狂乱猪マッドボア騒ぎから数日が経った頃。とある初老の男性が、のんびり日向ぼっこをしていたキャロを見て固まっていた。


「あれ? どこかで見たような……」


 その顔に見覚えのあった俺は、しばらく自分の記憶を検索して、そしてようやく思い出す。狂乱猪マッドボアの一件で、最後に出てきた狩人の一人だ。名前はカイさんだったかな。


「あの、どうかなさいましたか?」


 何度も目を瞬かせているカイさんに話しかける。今までにも、キャロを眺めて癒されていく人はちょくちょくいたが、この人の反応はそれとは違っていた。


「青年、この兎は君のペットかのぅ?」


「いえ、相棒です」


 正直に答えると、カイさんは面食らったような表情の後、納得したように頷く。突然の展開に首を傾げていると、彼は好々爺然とした微笑みを浮かべた。


「参考までに聞きたいのじゃが、この兎とはどこで出会うたのかの?」


「シュルト大森林ですが……」


 俺の答えを聞いて、カイさんはしばらく考え込んでいた。そして、ぐっと顔を近付けてくる。


「その兎……十中八九妖精兎(フェアリーラビット)じゃな。……お主、知らずに連れておるのか?」


妖精兎フェアリーラビット、ですか?」


 俺の反応で察したのだろう、カイさんは小さく肩をすくめた。


「まあ、伝説的な存在じゃからのぅ。知らぬのも無理はない。ワシも数十年ぶりに見たわ」


「えーと……ひょっとして、珍しい兎なんですか?」


 戦闘力という意味では、すでに珍しいレベルをカンストしているキャロだが、カイさんはそんなことは知らないはずだ。


「まあ、見た目はほぼ兎じゃからな。ワシも人生で一度見たきりじゃが、妖精兎フェアリーラビットはその名の通り、妖精に近い種族じゃ。

 その姿を見た者は幸運に恵まれると言うが……まさか、またお目にかかれるとは思わなんだ」


 そう教えてくれた後、カイさんは真剣な表情で付け加える。


「青年、その兎が本当に相棒ならば、気を付けておくのじゃぞ。妖精兎フェアリーラビットは幸運のシンボルであり、希少な種族でもある。この辺境ではともかく、人の多い街では高値で取引されるじゃろう」


「つまり、誘拐される可能性があると言うことですか?」


「人の欲にはキリがないからのぅ。……まあ、ぱっと見て妖精兎フェアリーラビットだと気付く人間は少ないじゃろうから、そこまで不安に思う必要はないがの」


 気を付けることじゃ、と言い残してカイさんは去っていく。


妖精兎フェアリーラビット……って言われてもなぁ」


 個人的には、普通の兎で充分なんだけどな。キャロが攫われるなんて、考えたくもない。


「けどまあ、カイさんが勘違いしてるだけかもしれないしな……ちょっと相談してみるか」


 俺はキャロを抱き上げると、クルネの家へ向かった。




 ◆◆◆




「おや、カナメ君。クルネに用事かい?」


 俺を出迎えてくれたのは、店番をしていたクラウスさんだった。


「どちらかと言えば、クラウスさんにお伺いしたいことがありまして……」


「ほう?」


 俺は足下のキャロを抱き上げる。キャロとの距離が縮まったせいか、親父さんの顔が緩んだ。本人は隠しているつもりなんだろうけど、面白いくらいにバレバレだ。


「実は、キャロのことなんですが……妖精兎フェアリーラビットという種族をご存知ですか?」


 俺はさっきのやり取りを正直に説明した。クラウスさんなら、間違ってもキャロを攫ったり情報を売ったりはしないだろう。


「ううむ……カイさんが言うなら信憑性は高いな」


 話を聞いた後、親父さんは腕組みをして考え込んでいた。そして、何かを思い出したように手をポンと叩く。


「そういや、ギルバートが何か言ってたな……。カナメ君、ちょっと上がっていきなさい。心当たりがある」


「え?」


 いや、そこまでしてもらうのも申し訳ないし……そう言いかけた矢先に、店の扉が開かれた。


「あれ? カナメ、どうしたの?」


 クルネは不思議そうに首を傾げた。


「クルネ、ちょうどいい所に来たな。昔、ギルバートが儲け話に片っ端から飛びついてた頃を覚えているか?」


「覚えてるけど……それがどうかしたの?」


 娘の言葉を受けて、クラウスさんは視線をキャロへ向ける。


「……その子がな、妖精兎フェアリーラビットかもしれないんだと」


 そう言われても、クルネはすぐにピンと来ないようだった。だが、やがて目を丸くして声を上げる。


「思い出した! 妖精兎フェアリーラビットを捕まえたら十万セレルは下らないとか、そんなことを言ってたわね」


「ああ、それだ。……で、たしかその時に、あいつが妖精兎フェアリーラビットの特徴を書いたメモを持っていた気がするんだが……」


「それなら、兄さんの部屋にあるんじゃない? 探してみるね」


 言うなり、クルネは店の奥へと引っ込んだ。


「これのこと?」


 やがて、クルネは一枚のメモ用紙を持って姿を現した。クラウスさんはその紙を覗き込むと、真剣な表情でキャロを見つめていた。


「なるほどな……一つ一つの特徴は他の兎にも見られるが、この条件が全部揃ってるのは妖精兎フェアリーラビットだけってことか……」


 親父さんは納得したように頷く。俺もメモを見せてもらったが、毛色や毛並み、耳の形に尻尾の具合など、二十以上のチェック項目が書かれていた。


「じゃあ、キャロちゃんって本当に妖精兎フェアリーラビットなんだ……カナメ、どうするの?」


「どうするも何も、今までと変わらないさ。……ただ、このことは秘密にしてほしい」


「ああ、もちろんだとも」


「キャロちゃんを攫おうとする奴がいたら困るもんね」


 クラウスさんとクルネは同時に頷いた。キャロは強いから、誘拐できるのは固有職ジョブ持ちくらいのものだろうけど、無駄に危険を増やす必要はないからな。


「キャロちゃん、安心してね。私たちは絶対に正体をばらさないから」


「ああ、任せておけ」


「キュッ?」


 盛り上がった二人に話しかけられたキャロは、不思議そうに鳴き声を上げた。




 ◆◆◆




「おかしいな……」


 ルノール村へ来てから十日ほど経ったある日の朝。俺は宿屋の庭に一人立つと、小さく溜息をついた。

 なぜなら、朝からキャロの姿が見当たらないのだ。俺より早起きなキャロだが、今まで宿屋の庭より遠くにいたことはない。


「まさか、森に帰ったのか……」


 常識的に考えれば、森で暮らしていただろう兎が、今まで一緒にいてくれたほうがおかしいのだ。森を抜けて、ルノール村という安全地帯まで付いて来てくれただけでも僥倖だろう。


 とは言え、戦力的にも精神的にも、キャロの存在が支えになっていたことは間違いない。こうなることも覚悟していたつもりだが、俺は思っていた以上に動揺していた。


 ひとまず、クルネに心当たりを聞いてみよう。そう考えて一歩踏み出した俺は、続く二歩目で立ち止まった。

 そう言えば、クルネは到着が遅れている行商人を迎えに行っているはずだ。家を訪ねても空振りに終わるだろう。


 だが、父親のクラウスさんもキャロのことを気にかけているようだし、とりあえず相談してみようか。


 そう思った矢先だった。


 バタバタと慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、その足音は俺の目の前で止まる。特に見覚えのない青年だったが、彼は俺と目が合うと慌てて口を開いた。


「あんた、大変だ! 連れの兎が怪しい奴に連れていかれたぞ!」


「キャロが……!?」


 青年の言葉は、にわかには信じがたいものだった。なんせ、相手はあのキャロだ。この村で誘拐できそうな人間は、固有職ジョブ持ちのクルネくらいだろう。


 そんなことを考えている俺に、彼はぐっと詰め寄ってくる。


「場所は自警団の演習場のあたりだよ。あの辺りから森へ連れていかれたんだ。今ならまだ間に合う!」


「……そうですか、教えてくださってありがとうございます。追いかけてみます」


 とりあえずは、それしかないだろう。俺の答えを聞いて、青年はほっとした表情を浮かべた。


「ところで、怪しい奴の人相風体をお伺いしても?」


「え? そうだね、体格のいい大男だったよ。大きなマントを羽織っていて、それ以上は分からなかった」


「分かりました、ありがとうございます」


 そう言って身を翻した俺は、もう一度青年を振り返る。


「うわっ!?」


 そして、大仰に驚いている彼に構わず、言葉を追加した。


「ところで、どうして兎が私の連れだと分かったんですか?」


 キャロは攻撃力抜群の兎だし、妖精兎フェアリーラビットという特別な種族でもある。だが、見た目は普通の兎だ。この村の付近にも兎は棲息しており、区別がつくとは考えにくい。


 しかも、この青年は俺ともキャロとも初対面だ。遠くから見かけたことはあるかもしれないが、俺抜きでキャロだけを見て、「あいつの連れの兎だ」と断定的に結び付けられるものだろうか。


 正直に言えば、俺は眼前の青年を疑っていた。「辺境の人間は単純だ」というフォレノ村長の言葉を思い出す。

 これが彼の全力の演技だとすれば、その評にも頷けるというものだが……。


 俺が黙って視線を当てると、彼は落ち着かない様子で口を開く。


「何度か君たちを見かけたことがあるんだよ! それより、早く行かないと!」


「そうですね、急いで行ってみます」


 答えるなり、俺は修練場近くの森へ駆け出した。青年の言葉は信用していないが、そこで何かが待っているのは事実だろう。


 それに、万が一ということがある。もしキャロが妖精兎フェアリーラビットであることがバレていて、そのために誘拐されたなら放っておくわけにはいかない。


 やがて、俺の視界に自警団の修練場が映る。そのまま修練場を通り過ぎると、俺は森の手前で足を止めた。


「この辺り……だよな」


 注意深く周囲を見回す。すると、すぐにそれらしい足跡が見つかった。キャロを思わせる小さな足跡が点々と森まで続いている。


「……その割に、大男とやらの足跡がないな」


 けどまあ、森へ入れと誘っているのは明らかだ。クルネや村の人々から、森に入らないよう忠告されているが、眼前の茂みからは人の気配が漂っていた。


 ちょっとした嫌がらせをかねて、俺は人の気配がする茂みへ歩を進めた。


「……!」


 進行方向にあった草が不自然に揺れる。風によるものではない。明らかに、根元に何者かがいる動きだ。


 俺は顎に手を当てて、わざとらしく訝しんでみせた。そして、手近な石を拾う。


「まさか、モンスターか!?」


 大声でそう呟くと、茂みに向かって手のひら大の石を投げつけた。命中はしなかったようだが、茂みが大きく揺れて、人の肩らしきシルエットが一瞬現れる。


 やはり、潜んでいるのは人間で間違いなさそうだ。さて……このまま石を投げ続けるのもいいが、後処理が面倒だろうし……どう事を収めたものかな。


 俺は困っている表情を維持しつつ、頭の中で色々な考えを巡らせた。だが、相手の目的が不明であるためか、あまりいい手は浮かばない。

 目的は俺のようだし、キャロがここにいる可能性は低い。いったん帰ってもいいかもしれない。


 そう考えた時だった。突然、茂みから慌てたような叫び声が聞こえてきた。


「うおぉぉぉぉっ!?」


 意地なのか、こちら側へ出てこようとはしなかったが、その声に余裕はない。


 そして、悲鳴の理由はすぐに知れた。茂みの奥から二頭の蛇が現れたのだ。


 もちろん、ただの蛇が二頭いただけで、辺境の男が悲鳴を上げることはないだろう。だが、その蛇の頭のサイズが人間と同サイズであれば話は別だ。


 全貌はまだ見えていないが、胴体部分も頭と同じ直径であることは想像に難くない。口からチロチロと覗く二又の舌もまた、異常なサイズを誇っていた。


 ――逃げよう。


 俺は即座に判断すると、踵を返して駆け出した。クルネとキャロがいない以上、自警団に報告するしかない。そう思ったのだが……。


「た、助けてくれぇ……!」


 男の悲鳴が耳に響く。その声を聞いて、俺は後ろを振り向いた。腰が抜けたのか、這うように茂みから抜け出そうとしているのはジェスターの姿だった。……なるほど、こいつが犯人だったのか。


 だが、助けに行くつもりはない。自警団の集まりで馬鹿にされたことを恨んでいるわけではないが、俺みたいな弱い人間が助けに入ったところで、犠牲者が二人に増えるだけなのは目に見えていた。


 ただ、この状態でも俺にできることは一つだけある。俺は複雑な思いで、茂みから這い出ようとしているジェスターの固有職ジョブ資質を視た。


「……そう上手くはいかないか」


 だが、俺の目論見は外れた。ジェスターには固有職ジョブ資質がなかったのだ。


 そうこうしている間にも、巨蛇の片方がジェスターに頭をゆっくり近付ける。


「うわぁぁぁ――」


 恐怖で絶叫していたジェスターだったが、その声が不意に途切れた。どうやら気絶してしまったようで、白目をむいて倒れている。


 こうなると、もう彼を救う手立てはなかった。と、思ったのだが……。


「あ、そうだ」


 俺はもう一人だけ、転職ジョブチェンジできる可能性を持つ人間がいることに気が付いた。もしこれで駄目なら、なんと言われようが俺は逃げる。そんな強い意思とともに――。


 俺は、自分の固有職ジョブ資質を確認した。


「うわっ!?」


 その直後、俺は思わず身体をのけ反らせていた。それは、単に固有職ジョブ資質を見つけたから、という理由ではない。


「なんでこんなに光が……!?」


 俺の身体に意識を集中させた俺は、数十個はありそうな固有職ジョブの光に唖然としていた。

 光の大きさは、一番大きいものでもサッカーボール程度だが、なんと言っても数が多い。物理的にはあり得ないはずだが、俺の身体にはそれが重なり合って存在していた。


 だが、その詳細を分析している余裕はない。あまり好感を持っていないとは言え、眼前で一人の人間が喰われようとしているのだ。

 俺はよく分からないままに、光の一つに意識を伸ばした。すると――。


「なんだ……!?」


 身体の細胞が一つ一つ作り変えられるような、異様な感覚が全身を駆け巡る。そして、その直後、俺は未知の知覚が備わったことを本能レベルで直感した。


 頭に流れ込んできた不思議なイメージに従って、未知の知覚で何かを組み立てる。すると、無意識のうちに言葉が口をついて出た。


氷尖塔フリーズピナクル


 その発声の直後。地面から立ち昇った太く鋭い氷柱が、ジェスターに接近していた蛇の頭を貫いた。


「今、俺が組み立てたのって……これか?」


 突然現れた高さ三メートルほどの氷柱を目にして、俺は呆然と呟いた。串刺しにされた蛇の頭からおびただしい血液がこぼれ落ち、自らを貫いている氷柱に付着していく。


「シュララララァ!」


 そして、反応が顕著だったのはもう一頭の蛇だ。相棒を屠られたことに怒ったのか、その場でジタバタと暴れ始める。


 だが、巨蛇は俺を怒りの視線で睨みつけながらも、こちらへ迫る様子はない。


 俺へ向かって身体を精一杯伸ばしている蛇だが、その尾には予想外のものが付いていて、奴の動きを阻害していたのだ。


「まさか、双頭の蛇だったとはなぁ……」


 そう、尾についていたものは、俺が氷柱で刺し貫いた蛇の頭だった。胴体部分が茂みに隠れていて分からなかったが、多頭蛇ヒュドラの亜種なのだろうか。


 本来なら、さすが異世界だと唸るべき光景だ。だが、俺にはそれよりも重要なことがあった。


「なんだ……俺も戦えるじゃないか」


 安堵と高揚が入り混じった奇妙な感情に浸りながら、俺はぽつりと呟いた。あの爺さんが言っていたのはこのことかと、今更ながらに納得する。


 おそらく、これが魔法というやつだろう。この能力があれば、転職ジョブチェンジ屋以外にも、色々な生計の立て方ができるはずだった。


 そんなことを考えていた時だった。巨蛇の動きに変化があった。奴は尾……貫かれたもう一つの頭を盛んに動かして、なんとか自由になろうとしていたのだ。その動きに合わせて、また新たな血が噴き出す。


 そして、その試みの甲斐あって、少しずつ巨蛇が俺に近づいてくる。その光景は、気の弱い人間なら卒倒しかねないものだろう。


 だが、戦う能力を得て高揚しているためか、今の俺は恐怖をあまり感じなかった。我ながら現金なものだが、今はそれがありがたい。


 そして、俺は再び蛇を氷柱で貫こうとして、自分の魔力を――。


「……あれ?」


 思わず間抜けな声が漏れる。いったいどうやって先程の氷柱を生み出したのか、まったく分からないのだ。

 さっきは当たり前のようにあった魔力の感覚が、根本から消滅していた。魔力切れというやつだろうか。


 つぅ、と俺の背筋に汗が流れた。同時に、肉薄する巨蛇の迫力に身がすくむ。まずい。全力で逃げるしかない。


 だが、このままルノール村へ逃げ込むと、村に大きな被害が及ぶことは明らかだった。そしてそれは、胡散臭い新参者の俺が村にいられなくなることを意味する。

 なんとか森の浅い所を逃げ回って、もう一度氷柱を生み出す可能性に賭けるしかない。


 そう結論を下すと、俺は森沿いを逃げ回るべく駆け出す。だが、数歩も行かないうちに、聞き覚えのある声が耳に入った。


「えっ!? どうしてカナメが!?」


 その声に少し遅れて、赤みの強い金髪が俺の視界に映った。突然の登場に驚いた俺だが、今はそれどころじゃないと気を取り直す。


「クルネ! 双頭の蛇だ! 片方の頭は潰したがもう無理だ!」


「潰したって……カナメが?」


 彼女は目を見開きながらも、いつの間にか抜き放っていた剣を片手に駆け出した。俺を質問攻めにすることなく、弱ったモンスターを倒しに行ったあたり、クルネは意外と冷静に状況判断ができるようだった。


 新たな敵に飛び掛かろうとした巨蛇だが、片方の頭を潰されたダメージと、自らを地に縫い付ける氷柱のせいで、その動きは精彩を欠いている。


 蛇の攻撃をかいくぐったクルネは、愛剣でその喉元を切り裂いた。さすがに一太刀で両断とはいかなかったが、続けてもう一撃を同じ箇所に見舞うと、おまけとばかりに衝撃波ソニックブームを叩き込む。


 ドサッという重量感のある音とともに、斬り飛ばされた巨蛇の頭部が地面に落ちた。


「カナメ、大丈夫だった!? 怪我はない!?」


「ああ、助かったよ。……ありがとう、クルネ」


「村に帰ってきたら、いきなりモンスターが出たって言われたの。びっくりしたわよ」


 その言葉を聞いて、俺は周囲を見回した。すると、村の端で自警団員らしき人々が待機している姿が目に入る。

 先刻までは焦っていて気付かなかったが、村の近くにモンスターが現われたのだから、誰も気付かないはずはなかった。


「誰かが襲われてるとは聞いたけど……あれ? そう言えばキャロちゃんは?」


 クルネはきょろきょろと辺りを見回す。その仕草からすると、やっぱり彼女もキャロの行方を知らないのだろう。


「え? あれってジェスター……?」


 そうして周囲を見回していたクルネは、巨蛇の近くで気絶しているジェスターに気付いたようだった。……そう言えば、そんな奴もいたな。


 慌ててジェスターを回収しに行ったクルネは、不思議そうに首を傾げた。


「どうしてジェスターがこんな所にいるの? ……まあ、それを言うならカナメもだけど」


「それは俺が知りたいよ」


 なんせ、この残念なパーティーの主催者はジェスターだからな。だが、事情を知らないクルネにはなんのことか分からないだろう。


 これまでの経緯をクルネに説明すると、彼女は悲しそうに呟いた。


「どうしてそんなこと……。カナメと仲良くなりたかったから……じゃないよね」


「それならいいが……」


 俺は肩をすくめた。知り合いであるクルネの手前、あまり酷いことは言えないが、もう一度幼児期の人格形成からやり直してもらいたい、というのが俺の本音だ。


 すでに自警団も動いている大事件だが、どうしたものかな。ありのままを話しても、村社会だと俺のほうが悪者になりかねないし、真の理由は秘匿してジェスターに貸しを作るべきだろうか。


 そう思案していると、戦闘が終わったことを確認した自警団員たちが近付いてくる。その先頭にいるのはジェイド団長だ。

 他の自警団員が遠巻きにする中、一人だけ巨蛇へと近付く。


「なんだこりゃ……」


 団長は巨大な氷柱を見上げると、ぽつりと呟いた。そして巨蛇の死体を検分し始める。


双頭蛇ダブルヘッドだな。この前の狂乱猪マッドボアと言い、もっと森の奥にいるもんだろうに……」


 そして、不思議そうに眼を瞬かせる。


「傷がうっすら塞がっている……まだ生きているのか? いや……」


 団長が眺めているのは、双頭蛇ダブルヘッドの胴体部分だ。


「団長、どうしたの?」


「胴体に治りかけている傷があってな。まだ新しいようだし、お前が付けた傷かと思ったが……」


「でも、私は頭部を斬っただけだよ?」


「だな。俺もその場面は見ていた。と言うことは、他のモンスターと戦っていたのかもしれん」


 そう言って立ち上がると、団長は俺の前に立った。そして、俺の肩にぽんと手を置く。


「お前もよくやった。結果的にはクルネが間に合ったが、お前が村へ戻らず森沿いに逃げようとしたことは分かった」


「ええ、まあ……」


 村のためと言うよりは、俺のためなんだが……何も言わないでおこう。曖昧な笑顔を浮かべた俺に、団長は言葉を続ける。


「……それで、この馬鹿でかい氷は何なんだ?」


「それが、私にもよく分かりません……ジェスターさんが何かしたのでしょうか」


 俺は咄嗟に嘘をついた。悲しいことに、今も魔法の使い方は分からないままだ。そんな中で「私がやりました!」と言ったところで、ロクなことにならないのは明らかだった。


「そもそも、人間にこんなことができるとは思えんが……」


 団長の呟きに、俺は少しだけ罪悪感を覚えるのだった。



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