変革・下
【クルシス神殿長 カナメ・モリモト】
「死者が出なかったんだから、ミュスカが自分を責める必要はないと思うぞ」
「そうよ、ミュスカちゃんがいなかったら、調査隊は全滅してたかもしれないわ」
ルノール評議場の一室で、俺とクルネは帰投したミュスカを励ましていた。
予定を切り上げて緊急帰投した調査隊だったが、救援部隊と合流した時には疲労困憊した様子だったらしい。
なんでも、強力な毒性を持つ霧が突如として発生し、多くのメンバーが苦しんでいたところにモンスターの襲撃があり、一時は陣形が崩壊して大きな被害が出たと言う。
だが、広域化させた解毒魔法を数秒ごとに使い続けるというミュスカの機転により、毒霧による死者は出ておらず、襲撃してきたモンスターのほうはエリンが返り討ちにしていた。
なんとか毒霧が立ち込めるエリアから退避した後は、ミュスカによって負傷者の傷も癒され、毒霧の発生しないエリアを選んで遠征を続けようとしたらしいが……。
「はい……でも、わたしがもっと早く気付いていれば……」
ミュスカの表情は暗い。なぜなら、毒霧の中で死にかけた体験がトラウマとなり、精神的な面で戦力外となった人間が四名ほど発生していたのだ。
いくら癒聖でも、心の傷を癒すことは難しい。心を落ち着かせる魔法を使って小康状態を保っていたものの、戦力外の人間を多数抱えながら調査できるほど魔の森は甘くない。
そこで、調査隊は調査を切り上げて帰投する判断を下したのだった。
「ミュスカは毒に対する抵抗力が高いからな。霧が毒性を含んでいることに気付けなかったのも無理はないさ」
「せめて、呼吸器系に作用する毒じゃなければ、誰かがミュスカちゃんに伝えられたのに……」
「それも毒の目的だったのかもな。……となると、毒霧はモンスターによるものという可能性が高くなるか?」
「うーん……あくまで毒霧は自然現象で、耐性を獲得したモンスターが襲ってきた可能性も捨てられないわね」
そんな話をしていると、部屋の扉がノックされた。ガチャリと扉を開けたのは、救援部隊を送り出したリカルドだ。
シアニス港がらみの案件でしばらく辺境南部へ出かけていたはずだが、調査隊帰投の報告を受けて慌てて帰ってきたのだろう。
「ミュスカさん、ご無事でしたか!」
言いながら、リカルドは後ろ手で扉を閉めて――。
「うわっ!?」
小さな驚きの声とともに、つんのめって床に転がった。扉を閉めるタイミングが早すぎて、自分の足を自分で挟んでしまったようだ。
「……器用だな」
「カナメ、真顔で言わないでよ……」
クルネの言葉を受けて、俺は小さく肩をすくめた。儀式やイベント時に使う大きな会場ならともかく、ここは五、六人しか入れないような小さな談話室だ。ミュスカと同席したリカルドが何もやらかさないわけがなかった。
「あの……リカルドさん、大丈夫ですか……?」
そんな俺とは対称的に、ミュスカは心配そうに椅子から腰を浮かせる。だが、リカルドは手でそれを押しとどめた。
「ありがとうございます、ミュスカさん。そのお言葉を頂いただけでも、躓いた甲斐があったというものです……!」
リカルドのズレた返事を聞いて、ミュスカは困ったように首を傾げた。それは、もはや見慣れた光景だ。
俺の隣に座ろうとしたリカルドは、椅子に足を引っかけてまた転びそうになる。それを予測していた俺は、手を伸ばして残念な評議員を支えるとともに、もう片方の手で卓上の地図をリカルドから遠ざけた。今のこいつなら、ほぼ確実に地図を駄目にしてしまうだろう。
そうして仕切り直すと、俺とクルネは調査隊が緊急帰投した理由を説明した。リカルドは評議会におけるシュルト大森林調査事業の責任者だ。簡単な報告は受けているだろうが、それでも詳細な話はほとんど知らないはずだ。
「そうか……たしかに、その状況で調査を強行することはリスクが大きいね」
話を聞き終えたリカルドは、卓上の地図を眺めながら呟いた。
「定かな情報じゃないけれど、帝国も同様に調査隊を編成しようとしているらしい。シュルト大森林を自国の版図にしようと考えているんだろうね。
セイヴェルンも何か計画しているようだし、できれば彼らを大きく引き離しておきたいところだけど……」
「帝国か……」
それは初めて聞く話だった。予想はしていたけど、やっぱり帝国も乗り出してきたか。帝国の南端はシュルト大森林と接しているわけだしな。
ただ、帝国と辺境では人材の質が違う。数では帝国が圧倒的に有利だが、シュルト大森林に量を投入したところで、失うものが大きくなるだけだ。そういう意味では、上級職やシュルト大森林に詳しい人材が豊富なこちらのほうが有利だろう。
「まあ、帝国は一枚岩じゃないからね。政治的な駆け引きもあるし、今までに払ってきた犠牲もある。実現するにはかなりの年月が必要だと思うよ。……こっちからも揺さぶりをかけているしね」
そう語るリカルドは、真っ当な評議員の顔をしていた。
「それにしても、毒霧か……ミュスカさんの解毒魔法を何十、何百回もかけてもらうなんて、なんて羨ましいんだ……」
「は?」
と思っていたら違ったようだ。ポンコツモードは健在らしい。リカルドは信じられない、と言うように首を横に振る。
「なのに、トラウマになるなんてね……」
「はい……わたしの力が及ばないせいで……」
ミュスカは悲しげな表情を浮かべた。そのことに気付いたリカルドは、慌てて口を開く。
「ミュスカさんは悪くありません! 貴女の治癒魔法を受けておきながら、リタイアしてしまった彼らが――」
だが、リカルドは途中で言葉を止めた。失言に気が付いたのだろう。
調査隊メンバーのリタイアに責任を感じているミュスカにとって、彼らへの非難は自分を責められていることと同義だ。
ミュスカ至上主義のリカルドは、彼女を庇うため無意識にリタイア組を生贄にしてしまったのだろうが、それは逆効果と言えた。
「戦えなくなったみなさんも、頑張っていたんです……。なんとか戦おうと武器を持って、それでも立ち上がることができなくて……」
ミュスカの瞳にうっすら涙が浮かんだ。
「あ……」
自分の言葉がミュスカを傷つけたことを悟り、リカルドは愕然としていた。何かを言いたそうに何度も口を開くが、声が出てくることはなかった。
……これは、一度解散したほうがいいな。
「ミュスカ、遠征から帰ったばかりで疲れているだろう。今日はこれくらいにして、ゆっくり休んでくれ。……送ろうか?」
「いえ……大丈夫です。ありがとうございます、カナメ君」
沈み込んだ様子のミュスカは、それでも気丈に笑顔を浮かべた。今後の方針や対応策についてはまた後日。そう決めると、俺たちはめいめいの帰途へ着いた。
―――――――――――――――
【自治都市ルノール評議員 リカルド・ゼノ・クローディア】
「最低だ……僕は何をやっているんだ……」
自責。後悔。懊悩。自宅に戻ったリカルドは、そんな言葉の体現者であるかのように項垂れていた。
その原因はもちろん、ミュスカを傷つけてしまったことだ。
「せめて僕の人選が悪かったと言っていれば……いや、問題はそこじゃないか……」
そもそも、今回の事件は誰かのミスに起因したものではない。シュルト大森林の凶悪な危険性が原因であり、こうなる可能性は認識していたはずだ。
いくらミュスカを前にして頭が空回りしていたとは言え、理不尽な責任転嫁をしてしまったことは、評議員としても非常に情けない話だった。
暗い想念に沈んでいたリカルドは、自室の扉をノックする音で我に返った。
「――リカルド様、失礼いたします。クルシス神殿のカナメ神殿長がお見えですが……」
声の主は、一年ほど前に雇った執事だった。辺境ではあまり執事を雇う習慣がないが、多忙を極めるリカルドが一人で邸宅の管理を行うことは不可能だ。そのため、伝手で信頼できる人間を紹介してもらったのだった。
「カナメが? 応接室へ通してくれ」
リカルドはさっと立ち上がると応接室へ向かう。扉を開けると、そこにはすでに友人の姿があった。
「夜分にすまなかったな」
リカルドの姿を認めると、カナメは片手を上げて挨拶をしてくる。
「自己嫌悪の泥沼に肩まで浸かっていたところだったからね、ちょうど良かったよ。クルネさんは一緒じゃないのかい?」
「今日はキャロと一緒に来たんだ。クルネが一緒だと、話しにくいこともあるだろう?」
その言葉にリカルドの頬が緩む。
「たしかに、レディの前で煩悶するわけにはいかないからね」
二人で軽口を叩いていると、いつの間にか現れた執事が飲み物を淹れてくれる。優雅に一礼して去っていく彼を、カナメは感慨深そうに見ていた。
「あの人が『リビエールのじっちゃん』に紹介してもらった人だっけ? 立派な執事っぷりだなぁ……やっぱり、偉い人間はちゃんとした執事を知ってるもんなんだな」
カナメは心底から感心しているようだった。この自治都市ルノールにおいて、評議員と同等か、それ以上の権勢を持つ彼だが、根っこの部分は相変わらず庶民的だ。
「カナメの財力があれば、執事やメイドなんて何人でも雇えるだろうに」
「地竜の素材は簡単に売れるものじゃないし、自由になる財産は大したことないさ。それに、俺の家はこんなに立派な屋敷じゃないからな。俺とクルネだけで充分だ」
言われて、リカルドはカナメの新居を思い出す。評議員という立場上、ちゃんとした屋敷を建てざるを得なかったリカルドと違い、カナメの家は多少広いものの、一般的な住宅だ。
もっとも、賢者や細工師が本気でセキュリティ対策を施しているため、そちらの方面についてはとても一般的とは言い難い。住人たちの戦闘力を加味すると、ルノールの街でも一、二を争う安全地帯だろう。
みんなそれを理解しているのか、カナメの自宅周辺の地価はどんどん上がっているとの情報もあった。
「二人で充分ね……それは惚気かい? だとしたらご馳走様」
「今のは惚気なのか……?」
そんなやり取りを交わした後、二人はふっと真面目な表情を浮かべた。
「僕を心配して来てくれたのかい?」
「まあ、そんなところだ。ミュスカ至上主義のお前のことだからな。ミュスカを泣かせた自分の罪は万死に値する、とかやられると困る」
「あはは、そこまで思考を進めることすらできていないよ」
リカルドの笑い声が空虚に響く。
「……彼女に会うたびに舞い上がってしまう現状をなんとかしなければ、また同じ轍を踏む可能性は高い」
その言葉を聞いて、カナメは少しだけ目を見開いた。
「意外と冷静だな」
「ミュスカさんと会った後は、毎回反省会をして、そしていつも同じ結論に達しているからね。ただ、今までは彼女に呆れられることはあっても、彼女を傷つけたことはないはずだ」
少しためらった後、リカルドは言葉を続ける。
「君から見て、ミュスカさんと話している時の僕はおかしいだろう? それは僕にも分かっているんだ。……けど、彼女と話せたという嬉しさが先に立って、本気で自分を変えようという決意には至らなかった」
「意中の人間を前にして、普段通りに頭が動かないことは理解できる。ただ……リカルド。本気で悩んでいるようだから、正直なところを言わせてもらうぞ」
「うん、僕から頼みたいくらいだよ」
リカルドは姿勢を正すと、肚に力を入れた。カナメの洞察力には一目置いているだけに、その忠告を聞くには心の準備が必要だった。
「ミュスカは女神じゃない。一人の人間だ。『聖女』の枠を超えてミュスカを女神扱いしている人間は他にもいるが、彼女はそれを喜ぶ性格じゃない。仕事柄慣れてはいるだろうが、ミュスカにとっては負担……いや、迷惑だ」
「……そう、だね」
リカルドは声を絞り出した。自分でも分かっていたつもりだったが、それでもカナメの言葉が突き刺さる。
意図的なものではないにしても、彼女に負担をかけていては本末転倒だ。そのことをはっきりと突きつけられて、思わず天を仰ぐ。
天井に映るのは、何度も目にした彼女の困惑した表情だ。リカルドは歯を食いしばった。
「――変わってみせるよ」
やがて、決意とともにリカルドは宣言した。
「……応援してる。第三者の意見が必要ならいつでも言ってくれ」
「ありがとう。また変なことを口走りそうだったら、容赦なく蹴り飛ばしてほしい」
「分かった、手加減はしないぞ」
カナメの返事に頷きを返すと、リカルドはぬるくなった飲み物に口を付けた。そして、頭を切り替えるべく、軽く気合を入れる。
次に考えるべきは、調査隊の緊急帰投にかかる後処理だ。ミュスカに対する接し方も重大問題だが、そちらの後処理も大きな問題だ。気に病んでいるであろう彼女のためにも、適当に処理するわけにはいかなかった。
「カナメ、今回の件で精神的な不調を負った人たちについてなんだが……」
リカルド邸の灯が消えたのは、夜も更けてからのことだった。
――――――――――――――
【クルシス神殿長 カナメ・モリモト】
「まず、今回の件で精神的な不調を抱えた人たちについてですが……」
調査隊が本拠地として使っている建物の一室で、俺は緊急帰投に関連する対応方針に耳を傾けていた。
込み入った話でもあるため、俺以外の参加者は担当評議員であるリカルドと、調査隊の中心人物であるミュスカとエリンだけだ。
本来なら、俺は調査隊と関係のない身だが、転職絡みの話を中心にクルシス神殿が調査隊を支援していることは周知の事実であるためか、俺を追い出すつもりは誰にもないようだった。……まあ、相手が旧知の二人だから、ということも大きいだろうが。
そして、肝心のリカルドはと言えば、今のところ上手くやっているようだった。いつもとは違う、少し作り物めいた笑顔を貼りつけているが、それが分かるのは付き合いの長い俺やコルネリオくらいだろう。
ミュスカは不思議そうに何度も瞬きをしていたし、調査隊としてミュスカとともに活動することが多かったエリンも驚きを露わにしており、何度も目で俺に説明を求めていた。
「今の状態で、調査隊に籍を置いておくわけにはいきません。そのままにしていると、またシュルト大森林へ入らなければならないという強迫観念に駆られて、彼らの回復が遅くなることが懸念されます」
「……そう言えば聞こえはいいけど、実体は厄介払いに思えるね。いくら固有職持ちでも、あの状態じゃモンスターを倒すことはできないよ。
クルシス神殿への転職料金の支払いだってあるだろうに、どうするつもりだい?」
エリンは鋭い視線で問いかける。見れば、隣のミュスカも真剣な表情を浮かべていた。タイプは違うものの、二人とも共に遠征した仲間をあっさり見捨てられる性格ではない。
「厄介払いのつもりはありません。その代わり、彼らには固有職特性を活かした別の仕事をしてもらいます。戦いとは関係のない仕事ですから、トラウマを刺激することもありません。
そして調子が戻れば、調査隊の一員として再び活躍してもらえばいいと考えています」
「戦いと関係のない仕事?」
「ルノール紡績工房はご存知ですね? あそこのウォルフ副代表は、盗賊の力を活かして常人の数倍の仕事をこなしています。彼にいろいろ教えてもらって、いくつか固有職持ちが活躍できそうなところと話をつけてきました」
「へえ……」
その言葉を聞いて、エリンは感心したようにリカルドを見る。
「もちろん、調査隊と同レベルの給金は出ませんが、生活する分には問題ないでしょう。クルシス神殿への支払いについては、カナメ神殿長の了承をもらいました」
「……今回のケースについては、当面、一回当たりの支払額を引き下げることにした。その分支払期間は長くなるが、生活を圧迫しないレベルに抑えるつもりだ」
三人の視線を受けて、俺は簡単に説明した。あまり多用するわけにはいかないが、今回のような事情なら、大きな批判は出ないはずだ。
俺たちの説明を再確認していたのだろう、しばらく沈黙していたエリンは、小さな笑みを浮かべた。
「なるほどね……リカルド、感謝するよ。まさか、アンタがそこまでやってくれるとは思ってなかった」
「リカルドさん、ありがとうございます……!」
「い――ゴホン、いえ、担当評議員として当然のことをしただけです」
ミュスカに笑顔を向けられて、リカルドの声が裏返った……が、咳払い一つでなんとか立て直すと、リカルドは笑顔を作ってみせた。おお、頑張ったな。
「次に毒霧についてですが、ルノール魔法研究所に対抗魔法の開発を依頼する予定です。最終的には、解毒剤や予防薬の作成を薬師に依頼するつもりですが、まずは毒霧の中で活動できるようにしなければ話が始まりません」
「魔法研究所と言うとミルティのところだね。受けてくれるのかい?」
「ちょうどいい人材がいるそうで、あっさり承諾してくれました。一年はかからないだろう、という話でしたよ」
「そうかい……ま、ミルティが請け合うなら大丈夫だろうさ」
「はい、ミルティさんですから……」
ミルティと親交のある二人は、ほっとした様子で息を吐いた。やはり毒霧の問題は心に重くのしかかっていたのだろう。
「それから、今回の緊急帰投についてですが、下手に事実隠蔽をすることは逆効果と判断し、概ね事実を公表することにしました」
「へえ、今日は意外なことばかりだね。人によっちゃ『自治都市ルノールの威信を賭けた一大事業』とか言うくらいだし、必死で隠蔽すると思ってたよ」
「それも考えましたが、隠し通すことは困難と判断しました。その代わり、公表内容には多少手を加えます」
「ああ、アンタやカナメが得意そうなやつだね」
エリンの言葉に、リカルドは苦笑を浮かべて頷いた。
「――調査隊は強力な毒性を持つ霧に遭遇したが、『ルノールの聖女』の強力な浄化魔法により、犠牲者を出すことなく難を逃れた。
しかしながら、同様の毒霧が辺境で発生する予兆を感じたため、毒霧の調査を行って緊急帰投した。……こんなところで考えています」
その内容は、俺にも相談されたものだ。多少苦しい気もするが、最低限の格好さえつけばいいという判断だ。調査隊の帰投理由なんて報告書次第だしな。
「あの、みなさんを守り切れなかったわたしには、そう言われる資格は……」
「死者という犠牲者が出ていない時点で、ミュスカさんは賞賛されてしかるべきですよ。
『ルノールの聖女』の功績を前面に押し出して、それ以外の部分が目立たないようにしたいという下心は否定しませんが、どうかご了承頂けませんか?」
「おお……」
俺は思わず声を漏らした。あのリカルドが、ミュスカにちゃんと交渉している。下手をすれば「ミュスカさんが気乗りしないなら方針を変更します!」と言いかねないと心配していたんだけど、大丈夫だったか。
「緊急帰投の原因は、精神的な不調で戦えなくなった隊員が複数いたためですが、それを公表するということは、彼らに対する偏見を生むでしょう。
ただでさえ弱っている彼らを、そのような視線に晒すわけにはいきません」
リカルドが付け加えた言葉で、ミュスカは心を決めたようだった。
「分かりました。わたしがみなさんの役に立つなら……」
「ミュスカさん、ありがとうございます。……エリンさんもそれで構いませんか?」
「最終的な報告書を作るのはアンタだからね、好きにすればいいよ。……あの四人が心穏やかに過ごせるなら、それくらい協力するさ」
そう答えた後、エリンは不思議そうに俺に視線を移した。
「ところで、どうしてカナメは同席していたんだい? 議題とあまり関係なさそうだったけど」
む、ここでその質問が来たか。さすがに「リカルドのお目付け役だ」とは言えないな。
「救援部隊を手配したこともあって、いろいろ気になってたんだ。そこへリカルドから相談を受けたから、つい首を突っ込んでしまった」
「……まあ、アンタらしいけどね。救援部隊と合流した時、カナメまで来てないかと焦ったもんさ」
エリンは肩をすくめて笑う。どうやら、俺はだいぶお節介な人間として認識されているらしい。
「自分の戦闘力のなさは自覚してるつもりなんだが……」
「まあ、カナメだからね。もし自分も行くと言い出した場合、どうやって引き止めようかと悩んでいたくらいだよ」
リカルドの言葉で、俺以外の三人が小さく笑う。ふっと場の空気が明るくなった。
「オーギュスト副神殿長が怖いからな。そうそう神殿を空けたりはしないさ」
「そう言えば、この前クルシス神殿を訪ねた時も副神殿長が怒っていたね。あれはなんだったんだい?」
「えーと……たしか、神殿派合同で宝くじを売り出そうって提案した時だな。『神殿がギャンブルの胴元になろうとは何事ですか!』って延々怒られたなぁ……リカルドが来てくれたおかげで、なんとか解放されたんだ」
「なんというか、いろんな意味でカナメらしいよ」
そんな話をしていると、小さな笑い声が聞こえてきた。視線をやれば、ミュスカが口元を押さえて笑っている。
「すみません、カナメ君たちが楽しそうでしたから、つられて……」
俺たちの視線に気付いたミュスカは、決まり悪そうに弁解する。
「謝る必要なんてありませんよ。ミュスカさんが笑ってくれたなら本望です」
リカルドは爽やかに笑う。今もどこか無理をしている感はあるが、今日のところは上出来と言っていいだろう。
「ところで、リカルド。今日はいったいどうしたんだい? まるで別人みたいじゃないか」
と、ずっと気になっていたのだろう、エリンは訝しむような視線をリカルドに向けた。
「……正真正銘、本物の私ですよ」
その笑顔にはまだ苦いものが混じっていたが、エリンは何かを察したようだった。彼女は椅子の背もたれに体重を預ける。
「今のほうがマシだから、とやかく言うつもりはないけどね。……ミュスカもそう思わないかい?」
「え……わたし、ですか?」
エリンから唐突に質問を向けられて、ミュスカは戸惑った様子ながらも考え込んだ。やがて、他の三人が注目する中で顔を上げる。
「あの……わたしは、カナメ君とお話している時みたいに、お話してほしいです」
「っぇえ?」
それは予想外の展開だったのだろう、リカルドは目を白黒させていた。だが、ミュスカが真剣な表情でお願いしているのだ。リカルドに断れるはずがない。
「ええ、分かりまし――じゃなかった」
彼は言葉を一度切ると、小さく深呼吸をする。
「分かったよ、みゅすかサン」
そう言い切ると、リカルドは「やり遂げた!」と言わんばかりの笑顔を俺に見せた。まだ怪しい部分はあるが、それは時間が解決してくれる……だろう。
俺の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。




