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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
外伝・後日譚
141/176

変革・上

エピローグから二、三年後の話です。

【自治都市ルノール評議員 リカルド・ゼノ・クローディア】




 自治都市ルノールを統治するルノール評議会。その構成員であるリカルドは、評議場で議論を交わしていた。


「ルノールの街に工房を持つ生産職の固有職ジョブ持ちは、いずれもお金に拘泥する性格ではありません。税の減免や金銭の交付はあまり効果が出ないでしょう」


 今の議題は『生産職の固有職ジョブ持ちを恒久的にルノールの街に引き止める方法について』だ。

 現在、辺境産の魔道具等は大陸の一般市場をほぼ独占しており、その名は大陸全土に広まっている。そして、それらの工房が存在することで、ルノールの街は様々な恩恵に与っていた。


 しかしながら、彼らがいつまでも辺境に留まっているという保証はない。そのため、彼らを引き留める方策が話し合われていたのだ。


「そうですか? 例えば、縫製師シュナイダーが代表を務めるルノール紡績工房ですが、あそこは金勘定に細かいと聞きます」


「ルノール紡績工房は、魔法衣以外にも一般的な衣服を大量に生産しており、そちらの売り上げもなかなかのものです。

 そして、それらを製作しているのは『村人』の職人。固有職ジョブ持ちのように、作品が一つ売れただけで生計が安定するわけではありません。お金に細かいのは当然でしょう」


 別の評議員が呈した疑問をさっと切り捨てると、リカルドはちらりととある評議員の様子を窺った。


「それに、懇意にしている商会がいろいろ手ほどきをしているようですからね」


「そら当然やろ、取引相手が損するんを黙って放っておけるわけあらへん。あそこが金に細かいんは、魔法衣以外の部分で、ちゃんと従業員を食わせていくべきやと考えとるからや。

 ……ま、セフィラさんは金に頓着せえへんけど、集まった職人を放って別の土地で商売を始める人ちゃうからな。よっぽどのことがないと、出て行くことはないやろ」


 すると、リカルドの意図通りコルネリオが口を挟んでくる。彼が興したコルネ商会が、ルノール紡績工房の魔法衣をほぼ独占的に取り扱っていることは有名な話だ。


「ならば、縫製師シュナイダーはそれでいいとしても、他の三名はどうですかな?」


 その話に納得したのか、別の評議員が質問を投げかける。


「もともと、錬金術師アルケミスト以外の三名は、十年は工房を移転しないとの契約で、初期設備をこちらが揃えたものです。当時は彼らにも蓄えがなく、二つ返事で了承しましたが、今や各人がひと財産を築いています。

 彼らが望みさえすれば、大陸のどこにでも工房を構えることができるでしょう」


「だが、わざわざ辺境に移ってきたのだ。辺境こそが、工房を構えるに相応しい地であると判断した結果ではないか?」


「そもそも、彼らはクルシス神殿長との個人的な繋がりで辺境へ移住してきた身です。そう考えるのは難しいと思います」


 そして、リカルドは他の評議員に強い視線を向ける。


「それに、事は彼らの去就に留まりません。二十年後、五十年後、百年後に目を向けてください。

 固有職ジョブ持ちの割合が増えてきている現状を踏まえると、今後、彼ら以外の生産職が現れる可能性は高いでしょう。その時、新たな固有職ジョブ持ちがこの街を選びたくなる魅力が欲しいところです」


「と、言うと?」


「順当に考えると、金が駄目なら名誉でしょうか。特別な称号を贈り、社会的地位を付与することで、人を呼び込み、また出て行きにくくする。

 また、大陸中の人々に『魔道具の本場は辺境だ』などと認識させることで、その道を志す希望者が自発的に辺境に集まるような仕組みを作りたいところですね」


「なるほど……しかし――」


 リカルドの言葉に、幾人かの評議員が考え込み、幾人かが反対の声を上げる。賛成と反対の人数は五分五分と言ったところだろうか。


 だが、この議題は自分の意見を通すことが目的ではない。最善を模索するためのものであり、優れた意見は誰のものであれ取り入れるべきだ。


 自分にそう言い聞かせると、リカルドは議論に耳を傾けた。




 ◆◆◆




「やれやれ、少し長引きそうだな……おや?」


 評議会が休憩を挟むと同時に、リカルドの下へ駆け寄ってきた人物がいた。秘書として勤めている部下のカルロだ。

 人気ひとけのないスペースへ連れ出されたリカルドは、そこで予想外の報告を受けた。


「調査隊が緊急帰投!?」


「はい。詳細は不明ですが、緊急帰投の合図としている狼煙を確認しました」


「被害状況は……狼煙じゃ分からないか。カルロ、調査隊の遠征予定ルートを記した地図をマデール商会へ。狼煙は今も上がっているね?」


「調査隊の位置把握を依頼するのですね?」


 部下の言葉にリカルドは頷く。


「クリストフ評議員には僕から伝えておくが、先にフィリーネさんに詳しい話をして、準備をしてもらってくれ。偵察用の魔獣の選定にも時間がかかるだろう。

 日程から考えると、調査隊は奥地にいる可能性が高いからね。彼らが使役する魔獣と言えど、無事でいられるかどうか……」


「かしこまりました」


 カルロは軽く一礼すると足早に評議場を出て行く。その背中を見送りながら、リカルドは幾つかの対応策を検討していた。


 今回で四度目になる調査隊の遠征は、辺境の大半を占めるシュルト大森林の開拓に繋がる重要な試みだ。

 経済的な負担は軽くないものの、将来的に得られるであろう利益や、辺境の人々に与える心理的な効果は非常に大きい。

 また、諸国や他の自治都市も注目している事業であり、ルノール評議会では古代遺跡の発掘と並び手厚い予算措置が取られていた。


 そのため、遠征失敗という事実は各方面に悪影響を及ぼす。迅速に対応し、場合によっては情報操作を行う必要もあるだろう。

 非常に危険な地ではあるが、自らのコネを使って非公式に救援隊を向かわせることも考慮するべきだ。


 そこまで考えてから、リカルドは一人で苦笑を浮かべた。


「公私混同をしているつもりはないけど……」


 脳裏に浮かぶのは、調査隊の中心人物として遠征に赴いている女性の姿だ。調査隊の遠征事業が自治都市ルノールにとって、いや、辺境にとって重要であることに間違いはない。

 だが、リカルドが感じている焦りの多くはそれ以外の理由によるものだった。


「ミュスカさん、ご無事で……」


 できることなら、今すぐ評議会を欠席して救援部隊を手配したいところだ。だが、立場上それができないことは分かっているし、どうせ調査隊の位置把握にはだいぶ時間がかかるだろう。


 そう自分に言い聞かせると、リカルドは評議会を早期に終了させる策を練るのだった。




 ―――――――――――――――




【クルシス神殿長 カナメ・モリモト】




「――それで、ここへ来たわけか」


「どんな危険が潜んでいるのか分からない以上、下手に人数を揃えても意味がないからね」


 クルシス神殿の神殿長室は、緊迫した雰囲気に包まれていた。「緊急で内密の話がある」と訪問してきたリカルドの話は、俺たちにとっても驚きの内容だった。


「エリンちゃんとミュスカちゃんでも対応できない事態なんて……」


 クルネの顔も少し青ざめている。詳細が分からないせいで、どうしても悪いほうへ物事を考えてしまうのだろう。


天穿ピアース癒聖セイクリッドヒーラーがいて、他の二十人くらいも全員が固有職ジョブ持ちなんだろう?」


「正確には全員で二十三名だよ。初参加者が六名いることと、回復役が二人しかいないことが多少不安要素だったけど……」


「まあ、そっち系の固有職ジョブ持ちは引っ張りだこだからな」


 治癒師ヒーラー薬師ケミストは街中でも需要が多いため、わざわざ危険なシュルト大森林に挑まなくても困らないし、やり甲斐もある。

 その分、調査隊の回復役は常に不足していた。


「一人はミュスカとして、もう一人の回復役って誰だ?」


薬師ケミストだよ。あの錬金術師アルケミストの弟子らしい。冒険者ギルドを通じて働きかけて、なんとか派遣してもらったんだ」


 ああ、そう言えばマイセンは弟子を取ったんだっけか。辺境に流通する水薬ポーションの量が増えて評議会は喜んでいたが……調査隊に参加するとは、なかなかアクティブな薬師ケミストだな。


「そうか……けど、ミュスカがいれば大抵の事態には対応できるだろうしなぁ……」


「エリンちゃんもいるんだし、火力不足とも考えにくいわね……」


 考え込む俺たちに、リカルドは少し焦った様子で口を開く。


「――ともかく、だ。どんな事態にでも臨機応変に対応できる救援部隊を編成しておきたい。そこで、カナメにも協力を頼みたいんだ。実力のある固有職ジョブ持ちは、僕よりもカナメと縁が深いからね」


「それに、リカルドが表立って動くと、対外的に面倒なことになりそうだしな」


「カナメは察しがよくて助かるよ」


 リカルドはほっと息を吐いた。次いで、俺たちは同時に苦笑を浮かべる。お互いに面倒な立場になったものだ。


「それで、救援部隊のメンバーには誰を考えてるんだ?」


「まず、クルネさんにお願いしたい」


「もちろん参加するわ。……カナメ、いいよね?」


 その言葉にクルネが即答する。


「ああ。俺の護衛は適当に手配しておくよ。見た目の抑止力を気にしないなら、キャロを肩に乗っけておくだけでもいいし」


「また、カナメの後ろにキャロちゃん好きの列ができそうね」


「あれは来殿者からクレームが来てもおかしくないレベルだったな……」


 そんな会話を交わしていると、リカルドの咳払いが聞こえてくる。……そうだった、今は緊急事態だった。


「相変わらず夫婦仲がよくて何よりだよ。ところで、他のメンバーだけど……」


「辺境にいる上級職持ちは……ラウルスさんとミルティ、それにマイセンか」


 ぱっと思いつく人間を挙げてみる。ただし、ラウルスさんとミルティは公人としての立場もある。救援部隊の存在をあまり公にしたくないなら、頼るべきではないだろう。


「癖はあるけど、錬金術師アルケミストのマイセンがいれば変則的な事態にも対応は可能か……?」


 なんだかんだ言って上級魔法職だからな。最近は新薬の開発とやらで忙しいらしく、さっぱり姿を見ないが……地竜アースドラゴンの素材で釣れば動いてくれるはずだ。


 他で言うと、アルミードは守護戦士ガーディアンの資質がだいぶ育っているから、無理やり転職ジョブチェンジさせてもそう負担はないだろう。……クルシス神にまた身体を乗っ取られると嫌だから、これはできるだけ避けたいが。


「となると、チームワークを考えてアルミードたちに依頼を出すか? アルミードはギルド長だけど、今でも自分でも依頼をこなしてるって言うし」


「それなら私も動きやすいわね。……けど、グラムは故郷に帰っちゃったし、ノクトは諜報部門で忙しいんじゃない?」


「ノクトには僕から伝えておくよ。適当な名目の仕事をでっち上げておくさ」


 結局、救援部隊に名を連ねたのは見知ったメンバーばかりだった。クリストフたちが調査隊の位置を掴み次第、すぐに森に入る。その他の諸事を打ち合わせると、俺たちは頷き合って別れたのだった。




 ◆◆◆




「リカルドさん、意外と冷静だったわね」


「ミュスカが目の前にいれば、あんなものじゃすまないだろうが……当の本人が安否不明だからな……」


 依頼をアルミードたちに伝えた帰り道。俺たちはややのんびりと道を歩いていた。遠征の準備をすると言っても、クルネ自身が特別に用意するものは少ない。

 泊まりがけでの救援になるだろうが、物資なんかの準備はアルミードに一任したため、ほとんど普段通りだ。


「調査隊の予算を多めに確保したり、教会のイベントを間接的に支援したり、ミュスカに見えない部分では色々頑張ってるんだけどな」


 そう言うと、クルネは困ったように首を傾げた。


「カナメ、それって放っておいてもいいの?」


「調査隊の余剰予算は、装備品や薬、食糧の品質向上のために使われているからな。彼らの安全に直結する部分だし、問題ないと思ってる。

 教会のイベントは……ルノールの利益を損なう類のことはしてないし、統督教で気付いているのは俺だけだ。まあ大丈夫だろう」


 なんだかんだ言って、クルシス神殿とルノール評議会は持ちつ持たれつだ。他の七大神殿はそのことに気付ける立場にないし、クルシス神殿は教会よりもさらに優遇されているため、特に文句をつけるつもりはなかった。


 まあ、ミュスカの前に出るとポンコツになる仕様には苦労させられるけど。


「リカルドさん、他の女の子の前では爽やかだし、人気もあるのにね……」


 俺の思考を読んだようにクルネが呟く。


「他国の貴族からも縁談が来るらしいからな。権力はあるし、継承権を放棄したとは言え元王族で出自も申し分ない。いい物件なんだろう」


 まあ、リカルドにしてみればいい迷惑だろうけどね。俺自身、何度かリカルドへの取りなしを頼まれたことがあるが、やんわり断ったものだ。


「ま、その辺りに積極的に関わるつもりはないさ。……今は、調査隊の救出が一番だしな」


「そうよね。みんな無事だといいけど……」


 俺たちはシュルト大森林に視線を向ける。遠くに見える鬱蒼とした森は、いつもより禍々しく感じられた。




 ――――――――――――




騎士ナイト アルミード・ノル・ヴェルフェン】




 魔の森と呼ばれるシュルト大森林の奥地。調査隊が足を踏み入れるまで、長らく未踏の地だったそこを、和気藹々と進む六人の姿があった。


「マイセン、その見るからに怪しげな気体はなに……?」


「ああ、クルネは初めてでしたか。これは『つき従う霧(ミストサーヴァント)』という魔法生物ですよ。人体に有害な成分を察知すると、私たちに警告してくれるんです」


「魔法生物って、その灰色の霧は生きてるの?」


「時間制限のある仮初の生命ですけどね。とりあえず、使い魔もどきだとでも思ってください」


錬金術師アルケミストになってから、怪しげなレパートリーがさらに増えたわね……」


 そう言いながらも、クルネはマイセンの言葉に納得した様子だった。だが、それは彼女が元パーティーメンバーであり、マイセンの奇行、奇策に慣れているからだ。

 普通であれば、家一軒がすっぽり入るサイズの灰色の霧が、明らかに意思を持って動いている光景を受け入れることは難しいだろう。


 追加メンバーがクルネでよかったと、アルミードはこっそり感謝した。一瞬の連携不足が死を招く魔の森において、信頼できない人間と組むことは自殺行為だ。


 そういう意味では、二十人以上の人員を率いてこの森を踏破していった調査隊に対して、アルミードは尊敬の念を覚えていた。


「ノクト、植生が変わってきたと思わないかい?」


「俺も同感だ。そろそろ新しいエリアに入りそうだな」


 カーナの言葉にノクトは頷く。弓使い(アーチャー)盗賊シーフの二人は、察知能力に優れている。そんな彼らの会話を聞いて、アルミードは気を引き締めた。


「ええと……地図によると、もう少しで湖があるみたいね。その辺りから攻撃性のある植物が群生しているはずよ」


 地図を広げたサフィーネは周囲を見回す。この地図は調査隊の苦労の結晶であり、値千金とも言われる機密情報の塊であるだけに、それを持つ手つきは慎重だ。


 だが、この地図がなければシュルト大森林の奥地まで、こうも簡単に到達することはできなかっただろう。


 なお、地術師アース・メイジの特性を見込まれて、大規模な土木作業時によく借り出される彼女だが、今回はリカルドが上手く手を回したらしい。

 パーティーの盾役であるアルミードにとっては、彼女の援護は特に有用なだけにありがたい話だった。


「どれどれ……おっ、あれか。半刻もしないうちに辿り着くな」


 いつの間にか樹に上っていたノクトが進行方向を指差す。そして、彼が樹上から飛び降りた時だった。


「どうやら、湖に着くまでもないようですね」


「どうした? マイセン」


 アルミードの問いかけに、マイセンは前方を指し示す。そこに見えるのは、薄黄色に変色したつき従う霧(ミストサーヴァント)だった。


「この色からすると、麻痺毒の類でしょうか。あまり強い毒性はなさそうですが、念のため除去しておきましょう」


 言うなり、マイセンは背嚢の中身を漁る。やがて取り出したのは、濃緑色の粉末の入った小瓶だった。彼は躊躇いなく粉末を手の平にあけると、風を起こして進行方向に振り撒く。


「マイセンよう、かなりヤバイ色に見えるんだが、もちろん毒じゃねえよな?」


 いくらマイセンのすることとは言え、一抹の不安を覚えたのだろう。冗談めかして尋ねるノクトに、マイセンは涼しい顔で答えた。


「いえ、毒ですよ」


「おい!?」


「毒を制する毒、という意味では間違いなく毒です。……まあ、人体には無害ですけどね」


 楽しそうにマイセンは笑う。その様子にノクトは肩をすくめた。


「んなモンがあるなら、調査隊にくれてやってもよかったんじゃねえか?」


「二、三刻しか効きませんし、材料も希少ですからねぇ……」


 答えるマイセンの周囲で銀閃が奔る。その直後、彼に忍び寄っていた無数の蔦がすべて切断された。クルネが斬り払ったのだ。


「マイセン、植物に嫌われちゃったみたいね」


 クルネの言葉にマイセンは笑う。


「そのようですね。それにしても、麻痺毒を無効化する薬品を撒いたことに反応して私を狙ったのなら、この植物には知性があるということでしょうか」


 そんな会話を交わしながら、一行は前へと進む。だが、彼らの行く手を阻む植物はそれだけではなかった。


守護光盾シールドエクステンド!」


 アルミードが掲げた盾を中心にして、巨大な光壁が展開される。直後、物凄い勢いで光壁に激突したのは、矢じりに似た硬質な木の実の数々だった。


「こりゃまた、殺る気満々の種だな。自然は怖いねぇ」


 光壁に激突して落ちていく木の実を見て、ノクトは呑気に呟いた。


「それでは、人間の怖さも見てもらいましょうか。……ノクト、これを」


「ん?」


 木の実が暴風のように降り注ぐ中、マイセンがノクトに手渡したのは陶器製の小瓶だった。数は四個ほどある。この場面で手渡された以上、用途は明白だ。


「これ投げてアルミードの光壁に当たったら、その場で割れるんじゃねえか?」


「ああ、それもそうですね」


 話す二人に向かって、カーナが手を出す。


「あたしがやるよ。ノクト、それ寄越しな」


 カーナは矢に小瓶をくくりつけると、弓の弦を引き絞る。空を射るように上方に放たれた矢は、アルミードの光壁を越えて、木の実を撃ち出してくる木々に直撃した。


「わあ……見事な曲射ね」


 サフィーネが感心した声を上げる間にも、周囲の木々がたちまち枯れ始める。気が付けば、光壁を狙って飛んでくる木の実はなくなっていた。マイセン印の除草剤の面目躍如と言ったところだろう。


「さて……サフィーネ、どれが当たりだと思う?」


 周囲を警戒しながら、アルミードは後方のサフィーネに問いかけた。


「右奥の大樹じゃないかしら。ほら、途中から多頭蛇ヒュドラのように枝分かれしている木よ。魔力が桁違いだわ」


「ああ、そう言えば調査隊の資料でもこのタイプだったな」


 アルミードは頷く。二人が話しているのは、この植物群のリーダーがどこにいるか、ということだ。

 三度目の遠征時、調査隊がこのルートを通った際に判明したことだが、このエリアの植物には一定の範囲ごとにリーダーとなる個体が存在しており、それを倒せば数日間は攻撃性を失うという。


 この情報は調査隊の極秘情報ではあるが、事情が事情なだけに、リカルドがこっそり情報をリークしていたのだ。


「そんじゃま、いきますか」


 言うなり、ノクトはマイセンから追加でもらった除草剤の小瓶を投げつける。ルノール評議会の諜報部門長として現場から少し遠ざかった身ではあるが、その狙いは過たず、正確に目的の大樹へ飛んでいく。だが――。


「うおおっ!?」


 その行方を追っていたノクトが驚きの声を上げた。大樹に絡みついていた木の蔓が、綺麗に小瓶を打ち返してきたのだ。


 小瓶はアルミードたちのすぐ手前に落ち、そして砕け散る。魔性の植物群を一瞬で滅ぼす薬剤が飛び散り、アルミードたちの顔色が変わった。


「みなさん、大丈夫ですよ」


 そんな中で一人平静を保っていたのは、薬の生みの親であるマイセンだ。


「あの程度の効力で人体に悪影響を及ぼすなんて、そんなつまらない除草剤は作りませんよ」


「……は?」


「人体への有害性を考慮しないのであれば、一帯を枯れ地にする薬くらいは作れますから。これでも、希少な素材が採れるこの森の生態系に配慮しているのですよ」


 その言葉にパーティーメンバーはほっと息を吐く。そして、次に口を開いたのはクルネだった。


「マイセン、あの大樹の周りに毒は残ってる?」


「ちょっと待ってくださいね」


 マイセンはつき従う霧(ミストサーヴァント)を大樹の近くへ移動させると、力強く頷いた。


「大丈夫です、周囲に毒はありません」


「じゃあ、私が行くね。サフィーネ、援護をお願い」


 その言葉を受けたクルネは、サフィーネに視線を送った。


「ええ、分かったわ。……土煙クラウド


 サフィーネの魔法によって細かい土が舞い上がり、周囲の木々に付着する。そして、付着した土が一定の厚みになったことを確認すると、次の魔法を放つ。


硬化ハードニング!」


 さらなる魔法により、木々を覆っていた土が一気に硬化し、一切の動きを封じる。木の実であろうと毒であろうと、噴出孔が閉ざされていてはどうしようもない。


威嚇メネス!」


 負けじと、アルミードも特技スキルで植物の注意を引き付けた。剣匠ソードマスターのクルネには必要のない援護だろうが、気を抜くつもりはなかった。


 二人の援護により、まっすぐ距離を詰めたクルネは、大樹の右端の枝を狙う。小さな家ほどもある巨大な直径を誇る枝だったが、相手はクルネの剣気を受けた地竜アースドラゴンの魔剣だ。

 クルネの剣撃は、見事に巨枝を両断していた。


「クルネ、蔓が!」


 クルネが四本目の枝を斬り飛ばしたところで、アルミードは声を上げた。サフィーネが動きを封じていた蔓が動き出したのだ。


真空剣舞ブレードダンス


 クルネは後ろへ飛んで距離を取ると、流れるような動作で特技スキルを繰り出した。彼女が生みだした無数の真空波は嵐となり、大人の腰ほどもある太い蔓の数々をバラバラに切り刻む。

 後に残ったものは、幹と四本の巨枝だけだった。


 守る者のなくなった巨枝を次々と斬り飛ばすと、クルネはもはや切り株となった大樹に目をやった。これも斬り刻むべきだろうかと、そう考えている目だ。


「クルネ、後は私に任せてください。いくら貴女でも、この規模の切り株を粉々にするのは大変でしょう。地中には根もあることですしね。

 私とサフィーネで後始末をしますから、近くで護衛をお願いします」


 それを察したマイセンが声をかける。錬金術師アルケミスト地術師アース・メイジであれば、たしかに効率的な後処理が可能だろう。


「うん、じゃあ後はお願いね」


 クルネは元気に答える。リーダー格の植物を滅ぼしたことで、しばらくこの一帯は安全地帯になるだろう。

 同じルートで帰還するのなら、手間も省けるというものだ。


 そう考えたアルミードは、満足げに頷いた。




 ◆◆◆




「……やれやれ、後始末が大変でしたね」


 魔性植物のリーダー格を処理し終えたマイセンたちは、小休止を取ることにしていた。危険な植物が群れているため、他のモンスターがあまりいないこともあって、格好の休憩場所だったからだ。


「そりゃ、あんたがあの大樹の色んな部位を素材として剥ぎ取ってたからだろ? ……上級職になっても、本当に相変わらずだね」


「私のように、常に素材を消費して研究を進めるタイプの人間にとっては、素材の確保は最重要課題ですからね。弟子にもまずその心得を教え込んだくらいです」


 カーナの言葉に、マイセンは涼しい顔で応じる。


「ああ、薬師ケミストの子だね。……そう言えば、あの子も調査隊のメンバーなんだろ? 滅多に外に出ないあんたが救援部隊に参加するのは、やっぱり弟子が心配なのかい?」


「カーナ、私を実験狂の人でなしだと思っていませんか? もちろん弟子は心配ですからね、実験の手を止めるくらいはしますよ。

 ……まあ、カナメさんが提示した『地竜アースドラゴンの鱗五枚セット』に後押しされたことは認めますが」


「まったく、そういう発言をするから疑われるんだよ」


 そう言いながらも、カーナは朗らかに笑った。


「けど、あの子があんたの水薬ポーションを冒険者ギルドに持って来た時には驚いたもんさ。まさか、あんたが弟子を取るなんてね」


「そんなに驚くことですか?」


「そうさね、グラムの許婚が現れた時と同じくらい驚いたね」


「えっ!? グラムが帰ったのは知ってたけど、許婚ってなに!?」


 二人の会話にクルネが割って入る。冒険者ギルドを職場にしているカーナはともかく、クルネの職場はクルシス神殿だ。知らないのも当然だった。


「グラムが故郷へ帰る一月くらい前に、許婚を名乗る女性が冒険者ギルドへ来てね。本当にびっくりしたよ」


 そこで、アルミードはクルネに簡単な経緯を説明する。その説明を聞いて、クルネは興味深そうに身を乗り出した。


「民族色の強い装いで分かりにくかったけどよ、ありゃ別嬪だったぜ。……ったくグラムの奴、重大な裏切りだぜ。そりゃさっさと帰るわけだ」


 情報を付け加えたのはノクトだ。さすがはルノール評議会で諜報部門を束ねる身だけあって、情報には事欠かないようだった。


「――そうだ、クルネに聞きたいことがあるんだ」


 そんなやり取りを眺めながら、アルミードはクルネに話しかけた。不思議そうに首を傾げた彼女に、彼は少し真面目な表情で問う。


「クルネはこの先、剣術道場を開く予定はあるのかい?」


「えっ? 私が?」


 クルネは目を丸くして驚いているが、普通に考えればおかしな話ではない。彼女は剣匠ソードマスターとして大陸で名の知れた存在であり、剣士としてはほぼ最高峰と言っていいからだ。


 傑出した武人が落ち着く先は、国や貴族に仕官して指南役や剣客となるか、自ら道場を開くかのどちらかが多かった。


 しかも、クルネは生まれつきの固有職ジョブ持ちではなく、また、セイヴェルンの闘技場で『固有職ジョブキラー』の異名を持つミダスに教えを受けていた実績もある。

 そんな彼女なら、『村人』に対しても上手く指導することができると思われた。


「君の力を考えれば、何もおかしなことじゃないと思う」


「うーん……考えたことがなかったわ」


「けどよ、いつまでもカナメの護衛をしてるわけにゃいかねえだろ?」


 二人の会話に入ってきたのはノクトだ。彼に向かって、クルネは不思議そうに尋ねる。


「どうして?」


「どうしてって、子供ガキができたら護衛はできねえだろ。それとも誰かに預けるか?」


「え? あ、えっと、それはもちろん……」


 クルネは赤くなりながらも、納得したように頷く。


「両親はお店をやってるから、預けるのはどうかな……ただ、だからと言って道場を開くつもりはないわ。子供が望むなら、剣は教えるけど。それに……」


 クルネは少し口ごもると、気まずそうに口を開いた。


「これまでに手に入った私たちの資産だけで、充分生活できるから……」


「なるほど、わざわざ道場を開いて日銭を稼ぐ必要はねえか。さすがは神子と剣姫のコンビだぜ」


 ノクトは大いに納得したようだった。なんと言っても、カナメは地竜(アースドラゴン)の素材を多数所持しているのだ。

 売り捌くことは難しいが、もしそれらをすべて金銭に換算した場合、小国程度は買い取ることができる額になるだろう。


 しかも、カナメは膨大な金額を稼ぎ出すクルシス神殿の神殿長であり、クルネは護衛の報酬に加えて、S級モンスターの討伐や素材の売却でかなりの利益を得ている。


 地竜アースドラゴン関連を差し引いたとしても、辺境で彼らより多額の金銭を稼いでいるのは、生産職の固有職持ち四人と、商会単位で利益を上げているコルネリオやクリストフくらいのものだろう。


「……だとよ、アルミード。よかったな」


「よかったって、何が?」


 首を傾げるクルネに、アルミードは真面目な顔で向き直る。


「実は、冒険者ギルドで戦闘訓練の教室を運営する計画が持ち上がっているんだ。

 辺境の安全性は増したけど、近くにシュルト大森林がある事実は変わらないからね。本気で冒険者や兵士を目指す人のコースや、護身術程度のコースまで幅広く扱う見込みだ」


「ああ、それで気にしていたのね。クルネさんが剣術道場を開くようなことがあれば、そっちに人が流れてしまうものね」


 そう口を挟んだのはサフィーネだ。いつの間にか、全員がアルミードたちの会話に注目していた。


「身も蓋もないことを言えば、そうなるな。剣姫のネームバリューは凄いからね。剣術コースだけ設けないことも検討していたよ」


「それは買い被りだと思うけど……」


 戸惑った表情を浮かべるクルネに、アルミードは一歩詰め寄った。


「クルネが自分の名声を気にしていないだけさ。……けど、それなら丁度よかった。クルネ、剣術コースの講師をしてもらえないか? きっと人気が殺到すると思うよ。

 もちろん毎日とは言わない。数日に一度顔を出してくれるだけで充分だから」


「おうおう、アルミード、ここぞとばかりに畳みかけるねぇ」


 そんなノクトの冷やかしにも動じず、アルミードはクルネを見つめる。だが、クルネは決まり悪そうに視線をそらした。


「今後のことも関係してくるし、カナメと相談するね」


「ああ、もちろんだよ。……そうそう、クルシス神殿の護衛報酬と同程度の日当は支払うつもりだ。カナメにもよろしく伝えてほしい」


 すると、その言葉に反応してノクトがニヤリと笑う。


「クルシス神殿と同じ日当ねえ……けどよ、クルネの今の報酬は割引価格だろ? なんせ旦那を護衛してるわけだからな。

 上級職の雇用相場じゃないだろうに、それと同額とは太っ腹に見せかけてせこいねぇ」


「ノクト、あんた鬼だね。そこまで言わなくてもいいだろうに」


「どうせカナメならすぐ気付くだろ。なら、正直に言っといたほうがいいって」


 ノクトとカーナのやり取りにクルネは笑い声を上げた。


「この場で約束はできないけど、数日に一度なら大丈夫だと思うわ」


「そうか、それなら助かるよ。剣技担当としても、冒険者ギルド長としてもね」


 ほっとした様子でアルミードが応じる。すると、今度はノクトが口を開いた。


「……それにしても、何年前だ? 俺っちたちがこの森の端でクルネに助けられて、一緒に行動するようになってよ。

 まさか、あの時のメンバーが剣匠ソードマスターやら冒険者ギルド長やら、錬金術師アルケミストやらになるなんて思ってもみなかったぜ」


「それを言うなら、ノクトが自治都市の諜報部門長になることも、でしょ?」


「違えねえな」


 六人は笑い声を上げる。


 熟練の冒険者である彼らが調査隊と合流を果たしたのは、それから二日後のことだった。


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