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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
外伝・後日譚
136/176

竜騎士の末裔

本編は完結しましたが、本編で書きそびれた話や設定、後日譚等をたまに投稿していきたいと思っています。よろしくお願いします。

【マデール商会長 クリストフ・マデール】




 辺境を本拠地とするマデール商会は、魔獣使い(ビーストマスター)の能力でモンスターを使役し、輸送業から土壌改善まで、様々な事業を手掛けている。


 商会の事業でもっとも有名なものは『巨大怪鳥ロック便』だが、元々マデール商会はクローディア王国の国境近くというやや辺鄙な場所にあったため、その存在は知る人ぞ知る、という面が強かった。


 だが、彼らが本拠を辺境に移した時期と前後して、辺境は、そして自治都市ルノールは非常に有名な存在となった。そしてそのことは、その地で一風変わった事業を行っているマデール商会の名を普及させることにも一役買っていた。


「モルガンの族長が?」


「うん、辺境へ来るらしいよ。まさか、僕たちに会うためだけに来るとは思えないけど……」


 マデール商会の主、クリストフは、読んでいた手紙を妹へと手渡した。その内容に目を通したアニスは、戸惑った様子で兄を見る。


「でも、他に理由なんてある?」


「どちらかと言えば、カナメ君に用事があるのかもしれないよ。……当代の族長はとても優秀な戦士だと聞くし、そっちが上手く行けば困ることもないさ」


「うん……」


 その言葉に頷きながらも、アニスは少し考え込んでいた。


 手紙にはクリストフ、アニスの両名と面会したいと書いてあるが、彼らにとって重要なのはアニスのほうだろう。魔獣使い(ビーストマスター)クリストフの名は、辺境に移る前から多少は知られていたし、その情報を入手できない彼らではない。


 にもかかわららず、今まで接触してこなかったことを考えると、アニスのことが発覚したと見ていい。


「気にすることはないよ。モルガナ地方と辺境は遠く離れているし、当代の族長は人格者だとも聞く。……それに、これでも僕は評議員だからね。向こうにも指導者としての立場があるから、万が一の時でも簡単に手は出せないさ」


 妹から返された手紙を折りたたむと、クリストフは笑顔を浮かべてみせた。




 ――――――――――――――




【クルシス神殿長 カナメ・モリモト】




「カナメお兄ちゃん!」


「カナメさん、お久しぶりです!」


 銀髪のすらりとした美少年と、猫のような耳が生えている少女。訪れる人間の多様さにおいては辺境随一と言っていいこのクルシス神殿でも、彼らの容姿は一際目立っていた。


「ルコルもマリーベルも久しぶりだな。王都からここまでは遠かっただろう?」


「うん、でも楽しかったよ! ディンもナフェルも嬉しそうだったし」


 答えるルコルの背は、しばらく見ないうちにだいぶ伸びていた。幼さの残る声も随分しっかりしたものになっていて、時の流れを感じさせる。

 今では十二、三歳になっているはずだが、それ以上に成長しているように思えた。


「それならよかった……ん? そう言えば、ディンとナフェルはどこにいるんだ?」


 ふと首を傾げる。ルコルの相棒である蒼竜ブルードラゴンのディンと、マリーベルの相棒である黒豹のナフェル。どちらも体長数メートルの巨体であり、神殿に入って来たなら騒ぎになりそうなものだが……。


「あの、神殿の門をくぐったら、キャロちゃんが迎えに来てくれて……それで、そのまま一緒に行っちゃいました。ダメでしたか?」


 少し不安げにマリーベルが答える。二匹の素行の良さは知っているし、キャロがついていれば万が一の事態にも対応はできるだろうが……問題は来殿者の反応だな。知らない人間からすれば、凶悪なモンスターにしか見えないはずだ。下手に警備隊を呼ばれると困る。


「あ! ほら、あそこです」


 マリーベルが指差したのは、窓の外の景色だった。その窓からは、いつもキャロとキャロを囲む会の一行がのんびりしている光景を見ることができるのだが……。


「受け入れられてる……のか……?」


 いつもの光景に加わった、明らかに異質な二つの巨体。だが、誰もそれを恐れている様子はなかった。


「キャロちゃんの周りにいた人は驚いていましたけど、そのうち皆さん受け入れてくれたみたいで……」


「キャロちゃんが連れて来たならいいや、みたいなことを言ってたよ」


「いいのか、それで……」


 どことなく釈然としないものを感じるが、それ以上追及することはやめておこう。あの光景を見れば、誰も恐慌に陥ったりはしないだろうし。


 それよりも、と俺はルコルの斜め後ろに視線を送る。そこにいるのは、大きな存在感を放つ人物。直接の面識はないが、神学校時代に一度姿を見た記憶があった。


「……失礼致しました。ご子息たちと久しぶりに会うことができて、少々浮かれてしまいました」


「いや……押しかけたのはこちらのほうだ。ルコルと親しくしてくれていることに、一人の親として心から感謝している」


 年齢は四十歳くらいだろうか。ラウルスさんに匹敵する逞しい巨体と、ルコルの血縁であることを確信させる端正な顔立ちが、少しアンバランスな印象を作り上げている。

 それが、竜信仰の盛んなモルガナ地方の部族を束ねる族長、ゼノアード・アムス・モルガンの第一印象だった。


「お父さんとカナメお兄ちゃんが話をするのって、なんだか変な気分だね」


 そんなやり取りを見てルコルが笑う。


 神学校時代の友人であるルコルから手紙が届いたのは、一月ほど前のことだ。どこから聞きつけたのか、そこには俺の神殿長昇格へのお祝いの言葉と、一月後にルノールの街を訪れる旨の文言が記されていたのだ。


 主な用件は、ゼノアードさんの固有職ジョブ資質の確認だが、それ以外にも幾つか用事があると言う。

 わざわざ神学校を休ませるくらいなのだから、モルガン家としての重要事なのだろう。


 そして、そのうちの一つに俺は心当たりがあった。


「カナメ神殿長。早速ではあるが、モルガナ地方の族長として言っておきたいことがあるのだ」


「それは、竜を屠ったことについてでしょうか?」


「……その通りだ」


 その答えを聞いて、俺は気を引き締めた。彼らが暮らすモルガナ地方は、竜信仰の聖地として名高い。地竜アースドラゴンを倒した某神子の英雄譚は、あまりいい影響を及ぼすとは思えなかった。


「その件については、正当防衛だとしか言いようがありません。竜を信仰する方々の憤りはごもっともかもしれませんが、あの時の地竜アースドラゴンは――」


 あらかじめ用意しておいた言葉を並べようとすると、ゼノアードさんは制するように首を横に振った。


「そのことではないのだ。カナメ神殿長が無闇に竜を殺戮して回る人間でないことは、ルコルを通じて知っている。この子の蒼竜ブルードラゴンも助けてくれたと聞く」


 あ、違ったのか。ひょっとすると竜信仰の人たちと敵対するんじゃないかと思っていただけに、それは朗報だった。


「竜を絶対視し、その行動はすべて肯定するべきだとの一派もいるが、それは少数派だ。意味もなく竜を殺め、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を得ようとする不埒者はともかく、そうでなければ俺たちがどうこう言うことはできぬ。……そうではなくて、礼を言うためにここへ来たのだ」


「お礼、ですか?」


 その言葉に首を傾げる。


「カナメ神殿長の下に集まった固有職ジョブ持ちたちが、黒竜を倒してくれたと聞いている。そのことにモルガンの族長として礼を言いたかったのだ」


「ええと……繋がりがよく分からないのですが……」


 俺が困惑顔で尋ねると、ゼノアードさんは真剣な表情で口を開く。


「モルガン一族には一つの言い伝えがある。『邪神の眷属となり、進化の道を歪めし竜。それ即ち黒竜なり。子らよ、黒竜を討つべし』……というものだ」


「カナメ、それって……」


 クルネの確認するような視線に、俺は頷いてみせた。『名もなき神』と、奴が率いていた黒竜のことだろう。


「竜の中には、長い時を生きる過程で上位竜へ至る個体がある。だが、黒竜はその摂理を捻じ曲げた存在だと言う。……詳しくは分からぬがな」


 そして、ゼノアードさんは無念そうに首を振った。


「だが、黒竜は強い。祖の言葉に従い、黒竜の討伐隊を組んだこともあったようだが、結果はすべて失敗。そのため、黒竜や黒飛竜の存在を察知しても、手が出せない状態だったのだ」


「なるほど、それをクルネたちが倒したから……」


 ようやく納得がいった。まさか、そんなところに黒竜のヒントがあったなんてなぁ……。見れば、クルネも複雑な顔をしていた。


 一方、ゼノアードさんはお礼を言ってすっきりしたらしい。彼はさっきまでより清々しい顔で口を開いた。


「カナメ神殿長。それでは資質の確認を頼めるだろうか。それによって、今後の予定が少し変わるのだ」


 あ、そうだったな。そっちの用件を忘れるところだった。


「もちろんです。どうぞこちらへ」


 そう言って案内したのは、自分の持ち場でもある転職ジョブチェンジの間だ。俺にとっては神殿長室と同じくらい見慣れた部屋だが、初めて見るルコルたちは物珍しそうにキョロキョロと内装を見回していた。


 普段は一人ずつ通す部屋に三人をまとめて招き入れると、俺は意味ありげに輝く水晶玉に手をかざす。ルコルとマリーベルだけなら、あのまま神殿長室でちゃちゃっと資質を確認してもよかったんだけど、モルガナ地方の領主のような立場にあるゼノアードさんがいる以上、見た目を気にしないわけにはいかなかった。


 しばらく勿体をつけた後、俺は視線をゼノアードさんに向けた。そして、実際には挨拶を交わした時から分かっていた結果を口にする。


「――槍使い(ランサー)、ですね」


「そうか……感謝する」


 張り詰めていた空気が弛緩する。それは、固有職ジョブ資質が彼の希望に沿うものであることを示していた。


 持ち歩いていた巨槍から察してはいたが、元々槍使いとして修練を積んでいたのだろう。ラウルスさんやガライオス先生と同じく、『村人』のままでもかなりの戦闘力を持っていそうだ。


 ただ、その表情は純粋な喜色ではない。喜んでいないわけではないが、何事かを考え込んでいるようだった。


「ならば、早速ですまぬが転職ジョブチェンジを頼みたい。代金は持参している」


 言いながら、ゼノアードさんは金貨の包みを取り出す。それを制するように、俺は首を傾げてみせた。


「……その前にお伺いしたいのですが、その代金はお一人分ですか? それとも二人分ですか?」




 ◆◆◆




「まさか、ルコル君も固有職ジョブ持ちになっちゃうなんて……」


 転職ジョブチェンジの間から出た直後。マリーベルは信じられないというように、ポツリと呟いた。


「その、なんだ。マリーベルだけ除け者になって悪かったな」


「そんなことありません。私は元々オマケで付いてきたんですから、こうして一緒に資質を視てもらえただけでもいい思い出になりました。……森へ帰ったら、何度も思い出しそうです」


 マリーベルは笑顔を浮かべる。その物言いに引っ掛かった俺は、はたとその理由に思い当たった。


「……ひょっとして、マリーベルはもう卒業するのか?」


「ええ、そうなんです。今年いっぱいで卒業なんですけれど、故郷の森へ帰るとなかなか外に出られないから、カナメさんやキャロちゃんに挨拶しておきたかったんです」


「そうか……わざわざありがとう」


 いろんな場所から移住民がやってくる辺境だが、それでも獣人や森妖精エルフ山妖精ドワーフと言った亜人種の数は非常に少ない。

 彼らが自分が生まれ育った森や山を長く離れることは滅多にないからだ。マリーベルが神学校に通って長年王都で暮らしているのは稀有なケースと言えた。


「と言っても、長い間神学校に通って、いろんな宗派の人たちと一緒にいたんです。今後は森の外の人たちとの交渉に駆り出されることもあると思いますし、またお会いできるような気がします。

 カナメさんも、近くに来るようなことがあればぜひ寄ってくださいね?」


「ああ、その時はお邪魔させてもらうよ」


 そんな会話をしていると、ぬっと俺たちの前に巨体が現れる。新しく槍使い(ランサー)となったゼノアードさんだ。

 俺の周りにいる槍系の固有職ジョブ持ちと言えばアデリーナとアニスだが、二人とも筋骨隆々といったタイプではないため、彼女たちとは異なる存在感があった。


「カナメ神殿長、お待たせした。……まさか、このように大きな力を授かるとは思ってもいなかった。本当に感謝する」


「私は転職ジョブチェンジさせただけですよ。ゼノアード族長の資質は、ご自身の修練によって開花していたものですから」


「カナメお兄ちゃん、本当にありがとう!」


 次いで口を開いたのはルコルだ。彼が嬉しそうに握りしめているステータスプレートには、『魔獣使い(ビーストマスター)』の名称が刻まれていた。

 ルコルの中に魔獣使い(ビーストマスター)の資質を見つけた時には驚いたが、よく考えれば幼いころから竜と暮らしているのだ。環境が大きくものを言った可能性が高かった。……まあ、天性の資質もあったんだろうけどね。


「それにしても……」


 俺は改めてモルガン父子を眺める。父親は槍使い(ランサー)で、子は魔獣使い(ビーストマスター)か。固有職ジョブが解放されたとは言え、まだ多くの人間の固有職ジョブ資質は発展途上だ。それを考えると、やはり彼らには適性があったのだろう。エリート一家だな。


「……ん?」


 そう考えた瞬間、俺は妙な既視感を覚えた。前にも、同じ感想を抱いたことがあったような……。考え込んでいた俺は、やがてその答えに辿り着く。


「そうか、クリストフたちと同じ組み合わせなんだ」


 俺は無意識のうちに呟いた。あっちは兄が魔獣使い(ビーストマスター)で妹が槍使い(ランサー)だけど、面白いこともあるものだなぁ。


 そんなことを考えていた俺は、ふとゼノアードさんの真剣な表情に気付いた。さらに言えば、隣のルコルも驚いた顔をしている。そんな二人を不思議そうに眺めているあたり、マリーベルは関係なさそうだが……。


 暫しの沈黙の後、ゼノアードさんは口を開く。


「カナメ神殿長。……貴公はクリストフ評議員と親しいのだろうか」


「え? まあ、親しいと言っていい部類に入ると思いますが……」


 自治都市ルノールの評議員と、その街にある神殿の神殿長。立場的にも関係は深いし、個人的にもかなり親しい部類だろう。なんと言っても、様々な困難を一緒にくぐり抜けた仲だし、同い年だという気安さもある。


「ならば、図々しいことを承知でお願いしたいのだが……クリストフ評議員と、そして妹のアニス殿を紹介してもらえぬだろうか」


「それは……まあ、本人たちの意向次第ですが……」


 ルコルの父親だという点を差し引いても、ゼノアードさんの人格は信用できる気がする。彼からは、ラウルスさんやメルティナといった武人肌の人間の真っすぐさが感じられるのだ。


 だが、それはあくまで俺の私見でしかない。ゼノアードさんの張り詰めた様子からすると、軽い話だとは思えないし、ここは慎重に対応するべきだろう。

 もしクリストフが望むなら、クルネと一緒に立ち会ったほうがいいかもしれないな。


 彼らがマデール商会を訪れることになったのは、その翌日だった。




 ――――――――――――――――




【マデール商会長 クリストフ・マデール】




「あら、お客様がいらっしゃるのですか?」


「そうだよ……と言っても私的な来客だからね。マデール商会とは関係ないから、フィリーネは同席しなくていいよ」


 朝早く。今日の予定を確認しに来た女性に対して、クリストフは静かに頷いた。柔らかそうな茶色の髪と、見る者を安心させる穏やかな微笑みが印象的な彼女は、マデール商会の『事業部門長』だ。

 マデール商会で働き始めてからまだ一年も経っていないが、彼女は出納長であるアニスと同じく、れっきとしたマデール商会の幹部だった。


 新入りの彼女にその大役が与えられている理由。それは実に単純なものだ。彼女――フィリーネは、魔獣使い(ビーストマスター)固有職ジョブ持ちだったのだ。


 マデール商会が、魔獣使い(ビーストマスター)であるクリストフの能力によって成り立っていることは周知の事実だ。だが、評議員としても忙しい身であるクリストフには、これ以上事業を拡大する余裕はない。


 そこへ、クルシス神殿で転職ジョブチェンジしたフィリーネが現れたのだ。初めは、マデール商会を乗っ取るつもりかと勘繰りもしたが、一緒に働いて様子を見るうち、幹部として登用しても大丈夫だと、クリストフはそう判断するようになっていた。


 今までは、クリストフがいなければ進まない案件が多かったが、フィリーネが働き始めてからは、魔獣使い(ビーストマスター)でなければ分からない事柄を彼女に聞くことができるため、業務面でのクリストフの負担は大幅に減っていた。


「そうですか……クリストフさんの様子からすると、重大事なのでしょう? 私でお役に立てることがあれば、いつでも言ってくださいね」


 その言葉にクリストフは笑顔を浮かべた。


「うん、ありがとう。君には助けられてばかりだね」


「クリストフさんは、大きなお仕事をいくつも抱えていますもの。お手伝いするのは当然です」


 答えるフィリーネの表情に嘘はない。そう思えるものの、あまり負担をかけて彼女が忙殺されるようでは意味がない。


「今でも充分すぎるくらいだよ。給料だって、固有職ジョブ持ちの相場からすると安すぎるくらいだし」


 カナメがもたらした固有職ジョブ解放のおかげもあって、固有職ジョブ持ちの数は着実に増えている。だが、全体の人口からすればまだ僅かだ。

 魔獣使い(ビーストマスター)が希少であることにも変わりはなく、もし彼女が望むなら、もっといい待遇で迎えてくれる場所は星の数ほどあるだろう。


 だが、フィリーネは首を横に振った。


「以前にも申し上げましたけれど、私がクリストフさんの下で働いているのは、お給料だけが目的でありません。

 ……初めてマデール商会のことを知った時、私は衝撃を受けました。モンスターの力を戦い以外の目的で使う。その発想力と、それでいて着実な事業経営にはとても驚きましたし、大きな魅力を感じました」


 そして、フィリーネは少しずつクリストフとの距離を詰めた。


「そして、それを実現しているクリストフさんも、その……魅力的です……」


 そう告げる彼女の頬は上気しており、浮かんでいた穏やかな笑顔ははにかんだ笑みに変わる。


「フィリーネ……」


 そして、二人が触れられる距離まで近付いた時。バン、と勢いよく執務室の扉が開かれた。


「――お兄ちゃん、おはよっ! ……あれ? フィリーネさん?」


 予想通り、部屋の扉を開いたのは妹のアニスだった。いつの間にか元の距離に戻っていたフィリーネは、何事もなかったように笑みを浮かべる。


「あら、アニスさん、おはようございます」


「…おはよう、アニス。今日は早いね」


 一拍遅れて、クリストフも挨拶を返す。特に後ろ暗いことはないが、身内に見られるのが気まずいことに変わりはない。


 そんな微妙な空気をものともせず、アニスは口を開いた。


「だって、モルガンの族長が来るんだもん。落ち着いて寝ていられないわよ」


「まあ、その気持ちは分かるよ」


 クリストフ自身も眠りが浅く、普段より早く目が覚めたのは事実だ。妹を笑うことはできない。そんなことを考えていたクリストフに、フィリーネは不思議そうに問いかける。


「クリストフさん、先程仰っていた私的なお客様とは、モルガナ地方の領主様なのですか……?」


 その問いかけを受けて、クリストフははっきりと頷く。


「そうだよ、モルガナ地方の部族を束ねているモルガン一族のゼノアード族長が、今日のお客様だよ。たしか、そのご子息も来る予定だったかな」


 一体なぜ、と言いたそうなフィリーネに対して、クリストフは補足を付け加えた。


「……僕らも、元々はモルガン一族だったんだ」




 ――――――――――――――――




【クルシス神殿長 カナメ・モリモト】




 マデール商会の館で最も格の高い応接室は、独特の緊張感に包まれていた。


「やはり、そのお話でしたか……」


「一族を束ねる者として、慣習を蔑ろにするわけにはいかぬ。……アニス殿を()()()()()()()()()()と考えている」


「そんなの嫌よ。暮らしたこともない土地で、知らない人たちの族長になるなんて」


 訪れたゼノアードさんの言葉に、アニスが反発する。……そう、モルガン族長の用件とは、アニスにモルガナ地方を束ねる族長の座を譲るという話だったのだ。

 あまりにも予想外過ぎる展開に、同席している俺とクルネがぽかんとした表情を浮かべていることに気付いたのか、クリストフが簡単な事情を説明してくれる。


「僕らの祖母は、モルガン一族の族長の血筋でね。ゼノアード族長の父君の妹にあたるんだ」


「……は?」


 予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出る。ええと……クリストフの祖母がルコルの祖父の妹と言うことは、ゼノアードさんとクリストフたちの親が従兄弟なわけで……。


「クリストフとルコルは再従兄弟ということか?」


「そうなるね。……まさか、カナメ君の知り合いだったなんて思ってもみなかったけど」


「それはこっちの台詞だよ」


 ルコルとクリストフたちをこうして見比べても、あまり似ているようには思えない。まあ、再従兄弟ともなればそんなものなのかもしれないけどね。だが、驚いたことに変わりはない。


「本来であれば、二人の祖母であるタニア様こそが、モルガンの族長となるはずだった。だが、彼女は人知れず姿を消し、残された俺の祖父が跡を継いだのだ」


 次いで、ゼノアードさんが残りの部分を説明してくれる。しかし、まだピンと来ない部分があった。


「ええと……妹さんだったんですよね? 女性で、なおかつ下の子が族長を継ぐはずだったというのがピンと来ないのですが……」


 この世界は基本的に男性優位だし、長子相続の考え方も根強い社会だ。そう考えると不思議で仕方がない。


 そんな疑問に答えてくれたのはクリストフだった。


「モルガナ地方の興りは、終末戦争の後、とある竜騎士ドラゴンナイトが棲みついたところから始まるんだ。他にも多くの人々と、そして竜を連れてね。それがモルガン一族の祖先であり、そのせいか、竜騎士ドラゴンナイトこそ例がないものの、時々槍使い(ランサー)が生まれるんだよ。

 だから、もし槍使い(ランサー)が生まれた場合、その子は生まれた瞬間からモルガンの族長となる。祖先の血を引く正当な後継者だということになるんだ」


 なるほど、竜騎士ドラゴンナイトの得物は槍だし、その展開は分かる気がするな。それなら彼らの固有職ジョブ資質にも納得できるというものだ。と言うことは……。


「つまり、クリストフたちのお祖母ちゃんも槍使い(ランサー)だったと? ……けど、族長になるのが嫌で飛び出した?」


 思いついたままを口にすると、クリストフは苦笑と共に頷いた。……本当にそうだったのか。クリストフのお祖母ちゃん、けっこう突っ走る人だったんだな。


「正確に言えば、タニア様は自分には統治能力がないと考え、祖父に跡を託して出奔したのだ」


 そこへ、ゼノアードさんのフォローらしきものが入る。


「それじゃ、アニスちゃんが族長になるのって、槍使い(ランサー)転職ジョブチェンジしたから……?」


 クルネが納得したような、戸惑ったような声色で口を開く。


「私は嫌よ……おばあちゃんだって族長にならなかったんでしょ? 今回もそうすればいいじゃない」


「我々が居場所を見つけた頃には、すでに亡くなられていたのだ。跡目争いの火種にならぬようにと、入念にご自身の足跡を消しておいでだったので、捜索に時間がかかってな」


 なるほど、族長になるならない以前の問題だったのか。ゼノアードさんは真面目な顔で言葉を続ける。


「……モルガン一族の歴史の中で、同じ時代に複数の槍使い(ランサー)が存在していた例はない。まして、転職師ジョブコンダクターが一族の人間を転職ジョブチェンジさせたなどという事態は、初めてのことだ」


 たしかに、今までは同時代に複数の固有職ジョブ持ちが現れる可能性は低かったわけだもんな。俺が固有職ジョブ持ちを量産したせいでお家騒動が起きたわけか。


「俺も槍使い(ランサー)となった以上、俺を族長の座から追放したい勢力も多少は大人しくなるだろうが……少なくとも、次期族長はアニス殿だという意見が力を持つだろう」


「うわぁ……」


 なんだかキナ臭くなってきたぞ。今、族長の座から追放したい勢力って言ったよな。ゼノアードさんは領地持ちの貴族に近い身分だ。その座を狙っての権力闘争もあるのだろう。


「今回、慌ただしく訪問したのにはその辺りの事情もあってな。俺を追い出してアニス殿を傀儡として族長に据え、裏から甘い汁を吸おうとしている者たちもいる。アニス殿が奴らに担ぎ出される前に、こうして話をしておきたかったのだ」


「それなら、アニスは族長になる意思がないことをこうしてお伝えしたわけですし、これで一件落着になりませんか?」


 クリストフの言葉には、これで話を切り上げたいという思いが感じられた。だが、ゼノアードさんは首を横に振る。


「俺がそう証言したところで、対抗勢力は信じるまい。それだけならまだいいが、最悪の場合、アニス殿を無理やりモルガナ地方へ連れてこようとするかもしれぬ。

 それくらいならば、混乱が起きぬようアニス殿を族長に指名し、俺は先代族長として補佐に就いたほうがよいと考えたのだ」


 まさか自分も槍使い(ランサー)固有職ジョブを得るとは思っていなかったがな、とゼノアードさんは付け加える。


「まあ、無理やりアニスを連れていくのは難しいと思いますけどね。本人は槍使い(ランサー)だし、家族を人質に取ろうにも相手はクリストフだからなぁ……」


 むしろ、アニスより大変かもしれない。魔獣使い(ビーストマスター)の手数の多さは尋常じゃないからな。


「とは言っても、拉致される危険性がずっとつき纏うのは勘弁してほしいところだね」


 クリストフの発言はもっともだった。彼に対して、ゼノアードさんは申し訳なさそうに言葉を返す。


「もちろん、敵対勢力には注意を払うつもりでいるが……場所がこの辺境となると、モルガナ地方から睨みを利かせることは正直難しい」


 その言葉を機に、重苦しい沈黙が下りる。モルガナ地方は広く、そこに住まう部族の数も多い。言われるまでもなく、そのすべてに目が届くはずはない。だが……。


「ええと……差し出がましいことを申し上げるようで恐縮ですが、槍使い(ランサー)が族長になるという慣習を廃止するわけにはいかないのですか? 原因である私が言うのもなんですが、今後も固有職ジョブ持ちは増え続けるでしょう。それは槍使い(ランサー)だって例外ではありません。

 クルシス神殿には、固有職ジョブは遺伝するという言い伝えがあります。もちろん生まれつきの固有職ジョブ持ちは稀でしょうが、ゼノアード族長やアニスのように槍使い(ランサー)の資質を持っている方が、今後も一族内に現れる可能性は高いでしょう」


 そうなれば混乱の極みだ。固有職ジョブ持ちだからと、無条件に地位を約束するのはこれからの時代には合わないはずだった。


「それは俺も考えていた。だが、今それを主張したところで、ルコルを次期族長に据えたいがための言葉と取られるだろう。

 もしルコルも槍使い(ランサー)であれば、我が子かわいさではないとの証明にもなるだろうが……」


 ゼノアードさんは渋い表情を浮かべる。その言葉には説得力があった。


 そこで、俺は少しだけ悩んだ後、クルシスの巫女であるルーシャに教わった言い伝えを公開することにした。


「そうそう、もう一つ気になっていたのですが……モルガン一族の祖は竜騎士ドラゴンナイトだったんですよね? だからこそ、同じく槍を得物とする槍使い(ランサー)が特別な存在になったわけで」


「うん、そうだよ」


「いかにも」


 クリストフとゼノアードさんから同時に言葉が返ってくる。場の全員の視線を感じながら、俺は口を開いた。


「――そもそも、竜騎士ドラゴンナイト槍使い(ランサー)魔獣使い(ビーストマスター)の複合型上級職なのですが」


「……え?」


「な……」


 俺の言葉に二人が驚く。それどころか、アニスやルコルまで目を丸くしていた。


「だって、おかしいと思いませんか? いくら槍の修練を積んだからって、竜とはなんの関係もありませんよね? ……魔獣の頂点である竜をよく知り、その相棒となることもあれば、逆に天敵ともなり得る存在。それが竜騎士ドラゴンナイトです」


 ちなみに、俺が竜騎士ドラゴンナイト転職ジョブチェンジした場合は、後者の資質が色濃く出ていた。

 もし、クリストフやルコルが竜騎士ドラゴンナイト転職ジョブチェンジするようなことがあるなら、その場合には竜に騎乗して戦うような、そっち方面の特技スキルが身につくのだろうと予想していた。


 言ってみれば、俺とクルネで剣匠ソードマスター特技スキル構成がかなり異なっているのと同じ理屈だ。


「と言うことは、ルコル君にも族長になる資格があるの?」


 驚きに染まる一同の中で、一番早く復活したのはクルネだった。当事者ではない分驚きも小さかったのだろう。


「それはモルガン一族が決めることだけど、原理的に言えばそうだな」


「もう……カナメ、もっと早く言えばよかったのに」


「そうなんだが、言い出すタイミングがなくてさ」


 そんなやり取りをしていると、やがてゼノアードさんが咳ばらいをした。


「カナメ神殿長……貴殿を疑うわけではないが、それは真実なのか……?」


「あくまで言い伝えです。……ですが、今よりも固有職ジョブ研究が盛んだった千年前から語り継がれている伝承ですからね。

 そして何より、この場にいる皆さんの固有職ジョブこそが、伝承に説得力を与えてくれます」


「ぬ……たしかに」


 なんせ、この場のモルガン一族四人のうち、二人が槍使い(ランサー)で二人が魔獣使い(ビーストマスター)なのだ。ごく一部のサンプルとは言え、関連性を見出すなと言うほうが難しい。


「どうでしょう、少しはお役に立ちそうですか?」


 魔獣使い(ビーストマスター)であるルコルにも族長の資格が生まれる中で、固有職ジョブ持ちを族長にすることは時代にそぐわないと主張する。これなら、ゼノアードさんはルコルの優位性を捨てる形になるわけだ。多少は説得力も増すだろう。


 ゼノアードさんは首を縦に振る。


「それならば、奴らも表立って俺を糾弾できぬだろう。問題は、それを一族の者たちが信じるかどうかだが……」


「たしかに……」


 まあ、都合がよすぎるもんな。そう簡単に信じてはくれないか。そう考えていると、穏やかな笑い声が聞こえてきた。クリストフだ。


「それは心配ないよ。固有職ジョブのことで、転職ジョブチェンジの神子の発言を否定できる人間がこの世界にいると思うかい?」


「あ、そうよね。忘れがちだけど、カナメ君って凄い発言力があるもんね」


「そう言えば、そうだったわね……」


 すると、アニスとクルネが褒めているのか貶しているのか分からない会話を繰り広げる。


「カナメお兄ちゃん、凄いね……!」


 そんな中、ルコルだけがキラキラした視線を向けてくる。……これはこれで落ち着かないな。

 とは言え、クリストフの言葉には一理あるな。真実は分からないが、俺が鴉を白いと言えば、それが定説になるわけだ。下手をすればクリストフまで族長候補になってしまうわけだが……アニスが巻き込まれている時点で今更か。


「ふむ……では、それを軸にして、一族の合意を得られるよう努力しよう」


 確実とまでは言えないが、分は決して悪くない。ゼノアードさんはそう告げると、重々しく頷いた。




 ◆◆◆




「カナメ君、今日はありがとう。君がいてくれて助かったよ」


 諸々の話がまとまり、ゼノアードさんとルコルが退室した応接室には、弛緩した空気が漂っていた。


「困った時はお互い様だからな。見返りは巨大怪鳥ロック便の無料券でいいぞ」


 俺の言葉を聞いて、クリストフは穏やかに頷いた。


「ああ、もちろんだよ」


「いや、冗談のつもりだったんだが……それにしても、クルネじゃなくて俺のほうが役に立つとはな」


 なんと言っても固有職ジョブ持ちが四人だ。万が一にでも、四人の間で戦闘が始まれば大惨事は間違いないとクルネと話し合っていたのだが……杞憂に終わってよかったな。


「そう言えば、カナメ君の言ってたことって本当なの? 竜騎士ドラゴンナイト槍使い(ランサー)魔獣使い(ビーストマスター)の上級職だって」


 やはり上級職には興味があるのか、アニスが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。


「それは本当だ。聖騎士パラディン神官ビショップと戦士系固有職(ジョブ)の複合型上級職なのと同じだな」


 ちなみに、クルネの剣匠ソードマスター剣士ソードマン騎士ナイトなどからの単独型上級職で、ミルティの賢者セイジや時空魔導師は逆に派生型の上級職と言える。

 なお、一般職よりも特殊職や上級職のほうが種類が多いのだが、特に魔法職は専門分化が激しかったのか、特殊職や派生型の上級職が非常に多かった。


「けど……よかったのかい? 上級職への転職ジョブチェンジの条件が分かるようなものだし、千金の価値がある情報だと思うんだけど」


竜騎士ドラゴンナイトに限らず、その辺りの話は本神殿と議論済みだ。短期的に金銭を得ることはできるだろうが、情報の秘匿は難しいからな」


 なんせ、情報を買った誰かが秘密を漏らしてしまえば、それで終わりだ。そうなれば、情報料を支払った他の人間から苦情が殺到するのも目に見えている。

 それくらいなら、情報を開示して転職ジョブチェンジ者を増やすほうが神殿として正しいあり方だろう、という結論になったのだ。


 甘い判断だと思わなくもないが、かつての教会派のように欲をかく気にもなれないし、俺にも特に異存はなかった。


「それならよかったよ。……フィリーネ、ありがとう」


 応接室に入ってきた女性が、人数分の新しいお茶を持って来てくれる。マデール商会の新しい魔獣使い(ビーストマスター)だ。その姿を見て、アニスが首を傾げる。


「あれ? どうしてフィリーネさんが?」


 フィリーネは事業部門長であり、お茶を出してくれる人員は別にいたはずだ。彼女自身はそういった仕事も好きなようだが、立場上そうそう給仕をするわけにもいかない。


 アニスの疑問に、フィリーネはにっこりと微笑む。


「クリストフさんもアニスさんも張り詰めていたご様子でしたから、気になって代わってもらいました」


「フィリーネにも心配をかけたね。……当面は大丈夫だと思うよ」


 クリストフが笑いかけると、フィリーネも笑顔を浮かべる。その様子は、商会主とその幹部というには、少し親密すぎるように見えた。


「……いい感じね」


 同じことを考えていたのだろう、クルネがこそっと耳打ちする。


 なんせ、クリストフは俺と同い年だ。つまり三十路手前であり、この世界の結婚適齢期を大幅に超過している。その点については、兄にべったりのアニスも思うところがあるらしく、クルネも相談を受けたことがあるらしい。


 それでも、今までは俺と言う隠れ蓑があったわけだが、こっちはすでに結婚を間近に控える身だ。余計にクリストフの独身状態は目立つようになっていたが……それも時間の問題かもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺は彼らの様子を眺めるのだった。




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