決戦・中
【魔獣使い クリストフ・マデール】
「まずい……黒いのが出て来てから、どこも討ち漏らしが増えてる」
「そうだね、僕の見立てでも同じだよ」
ルノールの街の外周部。最終防衛ラインとなるその位置で、魔獣使いのクリストフと警備隊長であるジークフリートは焦りを滲ませていた。
クリストフは能力を駆使して偵察用の鳥を大量に操り、辺境全体の戦況を確認している。それによれば、順調に敵を殲滅していた味方の有力部隊は次々に強力な力を持つ黒竜と戦端を開き、多くの戦場で戦況は膠着状態になっていた。
そして、その影響がもっとも濃く現れるのはこのルノールの街だ。結界師のおかげで一般人に被害が出ることは防げているものの、ひっきりなしにモンスターが襲い来るようになり、街を守る防衛部隊には疲労が蓄積していた。
「あっ……また来た! ……ごめん、そっちが一番近い。いける? え? 知らない魔法剣士? 味方ならいいけど、気を付けてくれよ」
ジークフリートは一人呟くと、ぶつぶつと何事かを話し始める。その様子を見て、便利なものだ、とクリストフは心中で呟いた。
ジークフリートが得た新しい固有職。それは、将軍という珍しい固有職だった。
れっきとした上級職であり、防衛者などと同じく回復魔法や支援魔法に長けている上に、戦士としての能力も一般職を大きく上回る。
だが、将軍の特筆するべき点はそこではなかった。将軍の特殊能力。それは、仲間と意思や感覚のやり取りができるところにある。
どうやら相手が否定的な意思を持つと繋がらないようだが、そうでない限り、言葉に加えて視覚情報なども伝わるというのだから尋常ではない。
その特性を活かして、味方がいるエリアの情報については、ジークフリートはクリストフより正確な情報を把握していた。しかも彼に言わせれば、ルノールの街を中心に朧げな全体像も浮かぶのだと言う。
情報を総合的に判断しているのだろうが、破格の情報収集能力だった。
そんなことを言っている間に、彼らの目の前にもモンスターが現れる。
「任せて!」
現れたモンスターは、アニスの槍から迸った光に胸を貫かれ、どさっと崩れ落ちる。クリストフが妹のために発注した特製の魔槍は、何よりも射程伸長を優先した構成であり、離れた敵を突き通す程度は造作もないことだった。
「今のところ、黒竜を倒したのはアルミード君のパーティーだけだね。あそこは熟練のパーティーだし、上級職と特殊職を含む六人構成だ。だが、他はもっと数が少ないからね」
クリストフは渋い表情を浮かべた。今現在、黒竜と戦闘しているのはエリン、メルティナ、アデリーナ、ガライオスの各部隊と、ラウルスの五組だ。
すべて上級職を含む強力なパーティーだが、黒竜との戦闘が始まると、さすがにそれ以外のモンスターまで面倒を見切れないのだろう。ルノールの街に押し寄せるモンスターは、かなりの数になっていた。
また、上級職を含まないパーティーでは黒竜に対抗することは難しく、いくつかのパーティーはすでに連絡が取れなくなっていた。
「メルティナさんのところはバランスもいいし、チームワークもいい。たぶん負けることはないだろうね。ただ、エリンさんの部隊は彼女一人が黒竜と戦っているようなものだし、アデリーナさんも味方を庇いながらの戦いで苦戦しているね。
ガライオス司教は上級職になりたてとは思えない戦闘力だけど、多彩なブレスを吐く黒竜とは相性が悪そうだ」
そしてラウルスに至っては、街の外れで二体の黒竜を相手取っている。上級職であるジークフリートなら援護も可能だろうが、そうすると町全体の守りが疎かになってしまう。
彼の情報能力は並外れているし、その援護魔法はルノールの街の周辺で戦っているすべての部隊に現在も影響を及ぼしているからだ。
ラウルスを助けに行こうとして踏みとどまる彼を、クリストフは何度も見ていた。
「せめて、クルネ姉ちゃんたちが参戦できればなぁ……」
ジークフリートは無念そうに呟く。カナメの聖戦によらない、本当の意味での上級職。それぞれが各方面のエキスパートであるだけに、彼女たちが『名もなき神』に手を取られていることは惜しかった。
「とは言っても、神を相手取っているんだからね。黒竜のほうがマシかもしれないよ」
そもそも、あの黒竜を扇動したのは『名もなき神』だ。人の身体にどの程度の制約を受けているのか分からないが、その底知れない力は不気味の一言だった。
クリストフは、南部のシアニス港付近にいる鳥に意識をやった。なぜなら、そこに『名もなき神』が現れたからだ。しかも、そこは黒竜とアデリーナが戦っているまさにその場所だ。
もしアデリーナが『名もなき神』にやられるようなことがあれば、南部の戦線は崩壊する。
――カナメ君、急いでくれよ。
クリストフは心中でそう呟くと、再び各地の情勢に意識を振り分けた。
――――――――――――――
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「いた! ミュスカ!」
「聖域!」
『名もなき神』を追いかけて空間転移し、目の前に奴がいることを確認した瞬間。ミュスカは転移前から保持していた魔法を解き放った。
もう何度見たか分からない、黒色の靄と光の壁がせめぎ合う光景。突如として発生した光と闇の戦いに、その場にいた人間は息を呑んだ。
「カナメさん、ようこそお出でくださいましたわ」
その中で、唯一平常心を保っていたのはアデリーナだった。だが、その彼女も余裕と言うわけではない。何か所か負傷したと思われる箇所があることに俺は驚いた。
なんと言っても、彼女は上級職たる魔導卿だ。そこらのモンスターに引けはとらないと思うのだが……。
「カナメ、あれ……!」
緊張した声でクルネが声をかけてくる。彼女の視線を辿った俺は、アデリーナの負傷の意味を理解した。
「あれが黒竜か……。実際に見るのは初めてだな」
かつて見た地竜ほどではないが、全長は十五メートルほどだろうか。その巨大さと、それに見合う強烈な存在感に俺は目を見張った。
周りには他の固有職持ちも存在しているが、さすがにこの黒竜には怯んでいる様子だった。
俺たちが現れたことにより、アデリーナは再び黒竜と対峙した。
彼女が槍で突きかかると、黒竜は炎のブレスを吐いて牽制する。それを飛び退いて回避すると、アデリーナは光の槍を投げつけた。
「グゥォォォォ!」
黒竜は光球を生み出して槍と相殺すると、お返しとばかりに鎌鼬を発生させた。不可視の刃を避けきれず、アデリーナの足から血が流れる。
「雷撃!」
さらに畳みかけようとした黒竜に、ミルティは横手から直線状の雷撃を放った。雷は黒竜の肩口を貫き、貫通箇所を焦がす。
それを受けて優先順位を変えたのか、黒竜は複数の石杭を生成してこちらへ飛ばしてくるが、今度はクルネの衝撃波がまとめてそれを粉砕した。
その光景を見て、俺は一つの疑問を抱いた。
「……こいつの属性はなんだ?」
竜の大半には属性があり、その鱗の色で概ね予想はつく。だが、こいつは黒色の鱗で分かりにくい上に、炎、光、風、そして大地と様々な属性を持った攻撃をしている。それは、俺の知っている竜からかけ離れていた。
「……ちっ、場所を移すぞ」
そう悩んでいると、『名もなき神』の呟きが聞こえた。ぶすっとした様子のマクシミリアンが魔法を展開するのに合わせて、ミルティも追跡の準備を始める。
「っ! 次元斬!」
そんな中で、クルネは特技を発動させると、抜き放っていた剣を振り下ろした。彼女がなかなか習得できなかった遠距離攻撃の特技だ。
やはり彼女との相性は今一つのようで、その射程はせいぜい四十メートルといったところだが、眼前の黒竜を捉えるには充分だ。
いつ空間転移するか分からない身では、ミルティの空間転移の効果範囲を飛び出すわけにはいかない。だが、この特技なら動かずに攻撃することが可能だった。
目の前の空間がぼやけたかと思うと、黒竜の腰部から大量の血飛沫が飛び、その左後脚が切り離される。不意打ちに苦悶の叫び声を上げた黒竜だったが、その叫びは途中でぷつりと聞こえなくなった。ミルティが空間転移を発動したのだ。
「……クルネ、どうだった?」
空間転移が終わった瞬間、俺はクルネに話しかけた。
「手応えはあったと思うわ。アデリーナさんの助けになればいいけど……」
「あれだけの重傷ですし、アデリーナさんは大丈夫だと思います……!」
クルネの言葉に対して、ミュスカが励ますように口を開く。一方、ミルティはすぐに消えたマクシミリアンの痕跡を時空間の乱れから探しているようだった。
「見つけたわ!」
そして、その言葉と共に、もはや何度目か分からない空間転移の感覚に襲われ――。
辿り着いた先は、見慣れたルノールの街だった。
◆◆◆
「守護領域!」
俺たちが空間転移した直後。目の前に広がるのは、俺たち目がけて飛んで来た光弾と、それを阻むように発生した青白光の防壁だった。
直後、光弾が防壁に激突し、凄まじい破壊音を響かせる。突然の展開に周囲を見回した俺は、ラウルスさんの広い背中と、そして二体の黒竜の存在を確認した。
どうやら、転移してきた俺たちを黒竜が狙い、それをラウルスさんが咄嗟に庇ってくれたのだろう。
そして同時に、『名もなき神』の呪術とミュスカの聖域がせめぎ合う。
「カナメ殿! どうしてここに!?」
「『名もなき神』を追いかけてきたら、ここに来ました」
そう答えると、ラウルスさんは少しだけ残念そうな表情を浮かべた。それは、彼の戦況があまり芳しくないということだ。
ラウルスさんが苦戦するところは想像できないが、現に二体の黒竜に対して、ラウルスさんは攻めあぐねているようだった。
「ラウルスさん、戦況はどうですか?」
「膠着状態だ」
ラウルスさんの声は苦々しい響きを帯びていた。二体の黒竜を相手にして膠着状態なのだから、本当なら誇っていいレベルだ。
だが、ラウルスさんが見ているのは辺境全体の戦力図だ。このまま彼が動けない状態が続いてしまっては、ギリギリで持ちこたえている部隊の援軍に行けない。それを苦々しく思っているのだろう。
そう答えた直後、ラウルスさんは光弾を放った黒竜の脇をすり抜け、もう一体の黒竜に迫ろうとする。だが、大質量を持つ尾が振るわれて、ラウルスさんをその場に押し留めた。
「うわぁ……あの尻尾を止めるんだ……」
なんといっても、自分の背より太い直径の尻尾だ。そんな凶器と正面衝突して、一歩も引かないラウルスさんの防御力はやはり飛びぬけていた。
「剛撃!」
そして、気合の声とともにラウルスさんは剣を叩きつける。その大剣は堅固な竜鱗を粉砕し、その内側にある筋肉をも切り裂いた。
かなり深くまで切り裂いたのか、おびただしい量の血が噴き出て大地を赤く染める。この分なら、こっちの黒竜は戦闘継続は難しいだろう。そう思った時だった。
「えっ……?」
驚きの声を上げたのはミュスカだ。だが、それも無理はない。無事だったもう一体の黒竜。奴が行った行動は、治癒魔法によく似ていた。
淡い光輝が黒竜の負傷箇所に集まり、その傷をみるみるうちに塞ぐ。それを見て、俺はラウルスさんが攻めあぐねている理由を悟った。それはそうだ。もともと、守護戦士の攻撃力はそう高いものではない。
もちろん一般職とは比べ物にならないし、その力も他の上級戦士職に劣るものではない。だが、クルネの斬れぬものなしやメルティナの神罰のような、絶大な破壊力を持つ特技は非常に乏しい。
そんなラウルスさんにとって、黒竜という異様にタフで、しかも回復役つきという相手は、非常に相性が悪かった。ラウルスさんが負けることもないだろうが、勝つこともできない。そんな組み合わせだった。
「グアァァァァァッ!」
ラウルスさんに傷を負わされた黒竜は、その尾に青白い燐光を纏うと、先程よりも俊敏な動きでラウルスさんを打ち付けた。今度は強烈な攻撃であったらしく、盾を構えたラウルスさんが二メートルほど後ろへ下がる。
「あれ……?」
だが、その光景を見ていた俺は、何かが引っ掛かった。尾に燐光を纏わせて薙ぎ払う。そんな動きを見たのは……。
「そうか、黒飛竜と同じ動きなんだ……けど、他にも見たことがあるような……」
「キュ?」
俺がそう呟いた瞬間、俺の肩に乗っていたキャロが突然飛び出した。そして俺の前の地面に着地すると、キャロは全身に青白い燐光を纏う。
「キュウウウウ!」
そして、その小さな体から放たれたのは、先程俺たちを襲ってきたものと同じ、青白い光弾だった。その規模は黒竜のそれを凌駕しているが、それも無理はない。
キャロもまた、上級職である求道者に転職しているのだから。
キャロが放った巨大な光弾が黒竜に届く直前。光弾を阻むように光の壁が現れ、そして砕けた。だが、その先にいる黒竜もまた燐光を纏っており、その太い前足が光弾を受け止め……そして、弾いた。さすがに、二重の防御を貫いてダメージを与えるまでには至らなかったらしい。
……だが、問題はそこではなかった。
「まさか……キャロと同じ……?」
俺は呆然と呟いた。アデリーナと戦っていた、数種の属性を使いこなす黒竜。治癒魔法を使う黒竜。そして、格闘家の闘気や波動撃と瓜二つな攻撃手段。
その考えに辿り着いた瞬間、俺は即座に黒竜を視た。そして、その推論が正しかったことを知る。
「固有職持ちの竜か……!」
固有職が与える戦闘力は強大だ。それは、言うまでもない話だった。そして、その対象が人間より遥かに強大な存在であればどうなるのか。
その答えが、目の前の黒竜だった。
だが、そうと分かればやることは一つだ。
「ぐっ!?」
しかし、そう上手くはいかなかった。黒竜の固有職資質に手を伸ばした瞬間、まるで電流が走ったかのような衝撃と共に、俺の意識が飛びかける。
「カナメ!?」
俺の様子に気付いたクルネが俺の腕を掴む。その感覚を頼りに、俺は意識を覚醒させた。どうやら、黒竜の固有職に手を出すことは神の領域であるようだった。それならば、と俺は考えを切り替える。
「……クルネ、分かったことがある。クリストフに伝言を伝えてほしい」
「え、でも……!」
クルネの懸念は分かった。クリストフの下へ行っている間に、再び空間転移しないかが心配なのだろう。だが、それでもクルネに頼むしかなかった。
「黒竜の正体が分かった。奴らは、固有職持ちの竜だ」
「え――?」
「と言うことは、このモンスターの群れを誘導しているのは、十中八九――」
「……魔獣使いの固有職を持った竜がいるのね」
俺の言葉をクルネが引き継ぐ。もちろん、竜という生態系の頂点にいる存在であることを利用している側面もあるだろうが、やはりこれだけ多くの魔物を従えている以上、特殊な原因があるはずだった。
「クリストフなら、辺境全域を見ることができる。どこかに、表には出ずに潜んでいる黒竜がいるはずだ。それを倒してほしい」
その言葉を聞いて、クルネの瞳が揺れる。彼女は少し逡巡した後、泣き出しそうな顔で頷いた。
「負担をかけてすまない……クルネ、剣神の固有職を」
そう言うと、クルネは素直に頷いた。
「うん、お願い。……絶対に、すぐ帰って来るから」
彼女の返事を聞いた俺は、一拍遅れてクルネを剣神に転職させた。意識に白い靄がかかり始めるが、まだ耐えられないほどではない。
「カナメ……私が戻るまで、絶対に死なないでよ」
「ああ、約束する」
その次の瞬間には、クルネの姿は見えなくなっていた。クリストフの下へ急いだのだろう。
それを確認すると、俺は『名もなき神』へ向き直った。すると、奴が訝しげにこちらを見るのが分かった。
「ふむ……私に傷を与えられる唯一の人間を手放すとはな」
どうやら、こちらの目的はバレていないようだった。クルネがいないのは不安だが、どのみち、まだ『名もなき神』と対決する予定はない。
『名もなき神』の呪術を妨害しつつ、もし標的をこちらに切り替えた場合には逃げる。性質の悪い付きまといのようだが、これが俺たちの計画だった。
「何を考えているのかは知らぬが……いい加減、神子以外の息の根は止めてやろう」
そして、『名もなき神』は俺達へ向かって一歩踏み出す。奴に触れられてしまえば終わりだ。接触性の呪術の凶悪さは身をもって知っているし、一般人があんなものを受ければ、一瞬でショック死しかねない。
二体の黒竜とともににじり寄る『名もなき神』を、俺は必死で睨み返していた。
―――――――――――――――――
【剣神 クルネ・ロゼスタール】
「クリストフさん! もっと速くても大丈夫だから!」
シュルト大森林のとある区画にクルネの声が響く。その声につられた数体のモンスターが彼女を襲うが、それらはすべて、一瞬のうちに斬り捨てられていた。
「早く……早く戻らなくちゃ……」
クルネはうわごとのように呟きながら、自らを先導する風切鷲の後を追った。
カナメの頼みを受けて、クリストフに事情を説明したのはつい先刻のことだ。クリストフは潜んでいる魔獣使いらしき黒竜を見つけ出すと、一人乗りとしてレンタルしている風切鷲を案内につけてくれたのだ。
その速度は、クルネにとっては中途半端なものだが、ひょっとすると風切鷲の最高速度なのかもしれない。そう考えると、クルネは風切鷲を捕まえて自分で走りたい衝動に駆られた。
――魔獣使いの黒竜を倒す。その目的を胸に刻み込んで、クルネは森を駆けた。あの規模の竜であれば、一撃で絶命させるのは難しい。
まず無力化してから止めをさすか、それとも急所を狙って一点集中するかだ。そんなことを考えているうち、クルネの意識に靄がかかり始める。
「今……危なかったわね……」
頭を振ってそれを押しとどめると、クルネは愛剣を握り直す。カナメが贈ってくれた魔剣を握りしめていると、意識の靄が晴れる気がした。
そして、永遠にも思える時間の後。クルネが辿り着いたのは、一月前にモンスターが大発生したその中心部だった。
「いた……!」
巨大な樹の下に佇む、これまた巨大な体躯。黒竜はクルネの接近を把握していたのか、まっすぐ彼女を見据えていた。
「グオォォォォッ!」
その咆哮を合図として、付近に潜んでいたモンスターが一気に襲い掛かる。見たこともない魔獣たちの無数の牙が、爪が、角が、四方八方からクルネに殺到した。
「螺旋刃」
だが、クルネは黒竜へ向かって走る速度を落とさなかった。彼女は身体を捻りながら跳躍すると、自らを回転させ、身体を中心として円を描くように魔剣を振るう。
その結果生じた剣撃の竜巻は、彼女に近づいたすべてのものを斬り刻んだ。一瞬にして周囲は赤く染まり、輪切りにされた木々と魔物の死骸が積み重なる。
それでも絶命していない個体がクルネへ巨大な火炎弾を放つが、自分の背丈ほどもある巨大な炎塊を、クルネは剣の一振りでかき消した。そして、併せて放たれていた真空波が、炎を吐いた個体を真っ二つに断ち切る。
遮るものがなくなった残りの距離を、クルネは一息に詰めた。そして、一気に勝負を決めようと黒竜の首を狙い……そして、その場を飛び退く。
「竜……けど、下位竜とは思えない力ね……」
先程までクルネがいた場所には、大穴が空いていた。周囲の木々は炭化し、地面は沸騰していた。
さらに、それを観察していた彼女目がけて、無数の真空波が飛んでくる。クルネがダメージを受けることはなかったものの、彼女が先程までいた場所はすべてが粉微塵にされていた。
数は二体。紅竜と翠竜のようだが、明らかに今までの魔物と格が違う。大きさこそ下位竜と同じ三、四メートルだが、おそらく魔獣使いの能力である魔獣強化を受けているのだろう。
立て続けに襲い来る炎をかわし、不可視の真空波や叩き潰すような風圧を察知して回避する。だが、その間にも続々と新手のモンスターが現れて、クルネの動きを阻害していた。
そして、黒竜たちのブレスはそんなモンスターをも巻き込んで、彼女を捉えようと周囲を消し炭にしながら迫る。
――このままじゃ、時間がかかり過ぎる。
クルネの脳裏に、そんな思考が浮かぶ。たとえこの黒竜を倒せても、それで終わりではないのだ。そんな焦りは、竜への殺意に取って代わる。
ふっと、彼女の意識が鋭利になった。彼女の周囲のすべての動きが視える。避ける余裕などないように思える猛攻の中の、ほんの僅かな隙間に身体をねじ込み、そして突破する。
身体をかすめる熱線をミリ単位でかわし、襲い来る鎌鼬に真空波をぶつけて彼女一人分だけの隙間を確保する。
そうして竜に接近すると、クルネは斬れぬものなしを発動させた。剣の長さに変化はないが、その刀身の先二メートルほどまでの空間が、明らかに歪んでいた。
クルネが魔剣を振るうと、信じられないほどあっさりと紅竜が両断される。そして、次の瞬間には翠竜をも屠り、クルネは黒竜に迫った。
同じ魔獣使いのクリストフを見る限り、固有職が身体能力に与える補正は少ない。それを知っているクルネは、迷わず黒竜の懐に潜り込み、そして剣を突き立てる。
「ガアァァァァァッ!」
その有効射程を三メートル近くにまで伸ばしたクルネの斬れぬものなしが黒竜の鱗を突き通し、その体内を切り裂く。そして、その場で彼女は特技を切り替えた。
「次元斬!」
体内にめり込んだ魔剣を起点として発動した特技は、竜の内部を切り裂き、そして、その心臓をも正確に切り裂いた。
内側からの圧力に耐えられなかったのか、黒竜の横腹が鱗ごとバリッと避け、そこから洪水のように血液が溢れ出る。
――これで終わり。次は誰を斬ればいい。
むせかえる血の匂いにも動じず、クルネは周囲を見回した。動く者は誰もいないが、目的は分かっている。
……黒竜を斬ることだ。
彼女は自らの使命に従って、森の中を駆け抜けた。




