計画
「あの司祭様が……?」
「立派な人だったのになぁ。急激に瘦せ細ってそのまま、らしい」
その報せを聞いて、青年は堪えるように唇を噛み締めた。訃報の主は、大地神の司祭として街の人間にも親しまれていた好人物だ。
大柄な身体に似合わぬ穏やかで理知的な物言いには、大地神の信徒ではない青年も好感を持っていた。
「……やっぱり、あいつらなのか」
青年はボソッと呟く。すると、彼と話していた友人は慌てたように周りを窺った。
「馬鹿お前! 声が大きいだろ!」
そう言う相手のほうがよっぽど大きな声を出していると思うが、顔面を蒼白にして焦っている彼に、そんなことを告げる気にはなれなかった。
しかも運の悪いことに、そんな二人に近づく人影があった。
「――もし、どうなさいました?」
「ひぃっ!?」
突然後ろからかけられた声に、友人がびくりと身を震わせる。そこに立っていたのは、普通の格好をした中年の男性だ。変わったところと言えば、首から提げている不思議な意匠のペンダント程度のものだ。
だが、それが問題だった。
「何かお困りであれば、私に話してみませんか? 我が神が聞き届けてくださるかもしれません」
「いえいえいえ! こいつの調子が悪いようなので、家に連れて帰るところなんです!」
すると、友人は慌てて青年を指差す。
「そうですか、助け合うことは素晴らしいことです。お気をつけて」
「そうなんです、ありがとうございます!」
そう答えるなり、友人は肩を無理やり貸してくる。青年が大人しくそれを受け入れていると、中年の男は一礼して立ち去り……そして、くるりとこちらを振り返る。
「……神は貴方たちの行いを常に見ていますよ」
「……っ!」
悲鳴を上げたい気持ちを必死で押さえつけて、青年は肩を借りたまま歩き始める。目的地は青年の家でもなければ友人の家でもない。とにかく、特定されるようなことをするべきではない。
そうしてどれほど歩き続けただろうか。誰も後ろを尾けていないことを確認すると、二人は青年の家に転がり込んだ。
「ヤバかった……死ぬかと思った……」
家に入るなり、床に突っ伏した友人を笑うことはできなかった。青年も同じ気持ちだったからだ。
「もし俺が変死したら、やっぱり神罰が当たったってことになるのかな……」
「やめてくれよ、縁起でもない」
友人の気弱な言葉に顔を顰めると、青年は先程の男の姿を思い出す。
彼らがこの街に姿を見せるようになったのは、ほんの数カ月前だ。初めはマイナーな教団員が活動しているらしい、という程度の認識だったが、その影響力は瞬く間に大きくなっていた。
この街には主だった統督教の宗派施設があるため、ほとんど根付かないだろうと、誰にもそう思われていたのに、だ。
異変の始まりは教会だった。当初、奴らが強引な布教活動をしていたためか、この街の教会を統括する司教が直々に出向いたことがあったが、論戦の最中に相手が「お前のような者を神はお許しにならない」と話を切り上げたのだ。
それだけなら捨て台詞とも取れる内容だったが、問題はその数日後に起きた。司教が急死したのだ。
ただの偶然だと片付ける者が大多数であったし、教会自らが「他殺ではない」と公言している。そのため、その一件はただの偶然と片付けられるはずだった。
だが、事件はそれだけではすまなかった。
その教団員と揉めた者が、次々と急死するようになったのだ。その対象は聖職者に限らず、貴族や商人、はては一般人までもが同じように死んでいった。
ここまでくれば、さすがに偶然だと考える人間はいなくなっていた。手段は不明ながらも、因果関係はもはや明らかだ。自分の身を守るために、自ら教団員となった者もかなりの数にのぼっていた。
「聞いた話じゃ、領主様も教団員を賓客として扱っているらしいからな。この前、久しぶりにお顔を見たが、本当に酷い顔色だったよ」
青年は特に領主を慕っているわけではないが、悪政を敷かれていたわけでもない。あそこまで酷い顔をしていては、まず哀れが先に立つというものだ。
「もし、奴らが本当に宗教組織だとするなら、こんな脅迫まがいの布教で本当にいいのかね? 今のやり方で、心から信仰心を抱く人間なんていないと思うんだが」
彼らの教義はそう珍しいものではない。自らの神こそ唯一の真なる神であり、人々が現在苦しんでいるのは、偽りの神々を祀って人心を集めている統督教のせいであるという主張だ。
排他的な面が非常に強いものの、新興宗教にはちらほら見られる傾向でもあるため、それは特筆するほどではなかった。
「まずは選択肢を一つだけにして、じわじわと教えを広めていくつもりなのかな。もしくは、恐怖もまた信仰のうちだと考えているのか」
「勘弁してくれよ……」
友人の言葉に、青年は同意の溜息をついた。可能ならこの街から逃げ出したい。それくらいに、街には恐怖と諦念が渦巻いている。
「こんな状態がいつまで続くのか……」
その言葉は空しく宙に溶ける。青年の呟きに答える者は誰もいなかった。
―――――――――――――
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
久しぶりに会ったプロメト神殿長は、少しやつれていた。
「プロメト神殿長、ご無沙汰をしておりました」
「カナメ司祭、よく来てくれた。激変の渦中にある辺境から司祭を引き離すのは気が引けたが、いささか余裕がなくてな」
「オーギュスト副神殿長がいらっしゃいますから、当面は大丈夫でしょう。ただ、今回の穴埋めというわけではありませんが、できれば神官の早急な増員をお願いしたく……」
ここぞとばかりに陳情をねじ込むと、プロメト神殿長は苦笑を浮かべた。
「神学校生に拘らないのであれば、カナメ司祭の判断で神官を増やすことは可能だ。無論、最低限の資質は見極めた上で、という形になるが」
「いいのですか?」
「構わんよ。さらに言うなら、ルノール分神殿の経費でやりくりできる範囲であれば、事後承諾でも問題はない。なんと言っても、神殿長代理が責任を持って推薦するのだからな。」
「う……」
突然「責任」の二文字を背負わされて、俺は変な声を上げた。信心のない俺には色々と重たい責任だ。それに、神官を一から育てるのは簡単なことではない。
俺のように仕事と割り切るタイプなら戦力になるのも早いだろうが、そんな人間を神官として採用していいのかという気もするしなぁ。
「……まあ、今の件が片付けば、ある程度の配慮はできるだろう」
悩む俺が不憫だったのか、神殿長の声色が少し優しくなる。だが、今度は俺の声が厳しくなる番だった。
「今の件とは、やはりあの脅迫状を巡る一連のトラブルということでしょうか?」
「その通りだ。司祭を呼んだのもその一環ということになる」
その言葉に俺は頷いた。そして、俺を王都へ呼んだ理由が語られるのを待つ。
「――カナメ司祭には、特定の集団を転職させてもらいたい」
「特定の集団、ですか?」
理由は転職絡みだろうとは思っていたが、特定の集団という表現には引っ掛かるものがあった。
「手短に説明すると、例の脅迫状の犯人が分かった。相手は統督教に属しない宗教団体だ」
その言葉は予想通りのものだった。
「そうでしたか……しかし、クルシス神殿への疑いが晴れてよかったですね」
クルシス神殿だけ脅迫の度合いが弱いと言われていたが、こうなればもはや関係ないだろう。そう思った上での言葉だったが、プロメト神殿長は首を横に振った。
「残念ながら、共犯ではないかと主張している宗派は一定数見られるな」
「その宗派こそが共犯である可能性はありますか?」
「可能性は低いだろう。なんのメリットもないからな。こっそり探らせているが、特に怪しい動きをしている者もおらぬ」
それは残念だな。……しかしこうなると、俺がクルシス本神殿に来ていることも他宗派に筒抜けなんだろうなぁ。別にいいけどさ。
「ともかく、統督教はこの件について一致団結することとし、早期解決を図るため一つの計画を実行することにした」
その瞬間、プロメト神殿長の目が細められた。
「――かの教団を統督教の敵と認定し、武力を伴った制圧を行う」
「それは……」
俺は思わず口籠もった。もちろん表立った動きをするわけではないだろうが、その実体はもはや戦争だ。そう簡単に下せる決定ではない。
現に、俺がクルシス神殿に入ってからの数年で、統督教の敵として認定された組織は一つもない。統督教の威信にも関係するため、その運用は非常に慎重なのだ。
それが全国規模とは言え、脅迫状一つで発動されたのだ。どう考えても普通の反応ではない。そんな俺の思いに答えるように、神殿長は言葉を付け加える。
「此度の騒ぎは脅迫状だけの問題ではない。カナメ司祭も知っているだろうが、ここ一年ほど、この大陸の社会全体が不安定な状態に陥っている」
「えーと……そうなのですか?」
少し決まりが悪いが、俺は正直なところを口にした。視野が狭いと怒られるかもしれないが、ずっと辺境内に意識が集中していたからなぁ。
「公になっている情報は少ないが、その実態は酷いものだ。まず、小国が幾つかその教団に乗っ取られた」
「……はい?」
神殿長の話は、予想を遥かに超えるスケールだった。国を乗っ取るってなんだ。脅迫状の話がかわいく見えるぞ。
「もちろん、表面上は何も変わらぬ。王族が滅ぼされたわけでもなければ、国が新しくなったわけでもない。だが、国の中枢にまで奴らが根を張っているようでな。
そういった小国では、統督教に対して迫害と言えるような法律まで出来上がる始末だ。すでに、一部の神殿は神官を引き上げさせている」
言いながら、神殿長は溜息をついた。
「また、中規模以上の国でも、裏で教団と繋がっていると見られる勢力の台頭が目立っている。この王国にもその手合いがいたが、バルナーク大司教や王国教会の『聖女』、それにアルバート司祭の助力で対処することができた」
「え? ……そのメンバーの名前が出ると言うことは、ただの宗教争いではなく、物理的な暴力を伴った暗躍だったのですか?」
「教団の構成員には固有職持ちが多くてな。その暴力を背景に、無理やり影響力を伸ばしている可能性は高い。……少なくとも王国では、固有職持ちを脅しに懐柔にとフル活用していたようだ」
「それはまた……」
「そのおかげで、クルシス神殿が怪しいとの言い掛かりも絶えないのだよ」
なるほどなぁ。固有職持ちがやたら多いとなれば、まず疑われるのは俺だもんな。脅迫状の優遇と合わせて、クルシス神殿陰謀論を唱えやすい状況だ。
「それどころか、中にはカナメ司祭を喚問すべしとの声もあるくらいだ」
「いい迷惑ですね。……と言うことは、私がここに呼ばれたのはその呼び出しに応じるためでもあるのですか?」
その流れであれば、たしかに俺を呼ばざるを得ないだろう。こうなれば、他宗派の幹部たちに嫌味の一つも言ってやりたいところだ。
そう考えていたのだが、その予想は外れていたようだった。
「そうではない。最初に言った通り、司祭には転職の儀式を頼みたいのだよ。……転職させる相手は、各宗派子飼いの裏組織の構成員だ。
どれくらいの人数が資質を持っているかは分からんが、その道のプロが多いことも考えると、十名以上転職できると予想している」
「裏組織の構成員、ですか……」
なんだろう、そういった組織の人間を転職させるのって、なんだか抵抗があるな。……まあ、神殿にお客さんとして来れば、怪しくないかぎり転職させちゃうんだろうけどさ。
「司祭の気持ちは分かる。だが、事態は深刻だ。統督教の施設に配られた人体だが、あの持ち主は教団を探るため潜入していた統督教の手の者だ。
それが、一斉に連絡が取れなくなった挙句、例の事件だ。統督教として対処する必要はあるが、裏組織も腰が引けているようでな。彼らを転職させて戦力の向上と士気の回復を図った上で、一気に本拠地を落とすべきだという意見が現在の統督教の主流だ」
「やっぱり、あれは関係者の遺体の一部だったんですね」
彼らを送り込んだ宗派からすれば、さぞかし肝が冷えた話だろう。次はお前だと言われているに等しいからなぁ。
「そこで、クルシス神殿の潔白を証明する上でも、教団本拠地を襲撃する裏組織の人間を転職させろと各宗派が言ってきている。
……これを機に、子飼い組織の戦力を増強したいとの思いが見え透いているが、正論は正論だ」
「なるほど、それは分かりました。そしてもう一つお伺いしたのですが、帝国に移籍した『聖女』アムリアはどうなりましたか? ご報告した通り、彼女は危険な存在ですし……そして、その教団のトップである可能性があります」
俺は辺境で目にしたアムリアと、そして『名もなき神』の姿を思い出す。
「うむ……『聖女』アムリアが教団のトップであることは間違いないだろう。だが、マルテウス大司教はまだそれを認めていない。表向きは帝国の教会で謹慎していることになっている」
「それなら、相手に固有職持ちが多い理由にも説明がつきそうなものですが……」
「謹慎している以上それは無理でしょう、と言われたよ。……まあ、実際には誰もが分かっている上で、戦力増強のダシに使っていると考えていいだろう。彼らは強かだ」
本当に面倒な業界だなぁ。ルーシャたちの話だと、千年前も似たようなことをしていたわけだし。
そんな考えが脳裏をかすめた時、俺は今日訪れた用件の一つを果たしていないことに気付いた。
「ところで……プロメト神殿長は奴らを『教団』と仰いましたが、そうであるからには、向こうにも教義があるのですよね? それはどういうものですか?」
そう尋ねると、プロメト神殿長の顔が少しだけ動いた。
「特に目新しいものではない。彼らが奉じる神を信仰しろとは言っているが、特に際立った教義はないな」
なるほど、そこには主張を込めていないのか。ということは……。
俺は神殿長の表情に注視しながら、重要な一言を告げる。
「……そうでしたか。てっきり、現状に対する人々の不満を、統督教の欺瞞のせいにする程度のことはやってくると思っていましたが」
「なに……!?」
次の瞬間、プロメト神殿長から凄まじいプレッシャーが放たれた。まるで特技でも使っているのではないかと思うほどの圧力だ。だが、ここで怯んでいては話が進まない。
「神殿長にもご報告したかと思いますが、辺境の古代遺跡には千年前にクルシスの巫女を務めていた幽霊がいます。そして、ルノール分神殿にはクロシア家の司祭も」
その言葉で、神殿長はすべてを悟ったようだった。
「……知ったのだな」
「神殿長こそ、やはりご存知だったのですね。……ということは、この話を知っているのは各本神殿の副神殿長クラスまで、といったところでしょうか?」
俺は敢えてそう尋ねる。すると、プロメト神殿長は首を横に振った。
「本神殿の神殿長クラスのみだ。教会でも、各国教会の大司教のみしか知るまい。組織の上に立つ者であれば、諸事を考えて真実の暴露には至るまい、という判断だろうな」
あとは、クロシア家くらいのものだろう、と神殿長は肩をすくめた。
「彼らが教団と手を組んでいると?」
「カストル神殿長とも話をしたが、おそらく無関係だ。ベルゼット元副神殿長であれば、どうしたか分からぬがな」
懐かしい名前とともに、神殿長は俺の疑念を否定した。そして、遠い目をして口を開く。
「昔……私が本神殿の神殿長になった時のことだ。前任の神殿長から例の真実を聞かされた時には、大きなショックを受けた。いっそ神殿長にならねばよかったと思ったものだ」
「それは……」
「そして時を同じくして、ベルゼット君が副神殿長に就任した。……カナメ司祭、実を言えば、私は彼の目的に薄々気付いていたのだよ。
もちろん、禁じられた麻薬を売り捌いていたことは知らなかったが、彼がなぜか真実を知っていて、現状を打破するべく活動していることは分かっていた」
「知っていらしたのですか……?」
それは驚きの事実だった。そして、それはつまり――。
「真実をどう捉えるか。その答えが出ないまま、私は神殿長の椅子に座り続けた。恐らく他宗派の神殿長も同じだろう。
だが、ベルゼット元副神殿長だけは違った。そんな彼を応援したいと言う気持ちもまた、たしかにあったのだよ。彼は反逆の徒であると同時に同志だった。そんな思いから、私は彼に神殿の重要事を任せるようになり、前線からは一歩引いていた」
そう語るプロメト神殿長の顔には、珍しいことに表情が浮かんでいた。
「だが、彼は失敗した。私は再び第一線に引き戻され……そして、また千年前の真実と対峙することになったわけだ」
そう語ると、神殿長は小さく笑った。
「すまんな、話し過ぎてしまった。……真実を知っている人間がいるということが、存外嬉しかったようだ」
「こちらこそ、そこまで話してくださってありがとうございます」
そう礼を返すと、神殿長は頷いた後、話題を元に戻す。
「さて、寄り道をしてしまったが……カナメ司祭、転職の件は引き受けてもらえるかね?」
「もちろんです」
俺は即答した。『名もなき神』の打倒は、固有職解放を目指す俺の最終目標だ。そのためにも、憑依先であるアムリアの力を削ぐ必要があった。
「おそらく、二、三日のうちに対象者が神殿へ来ることだろう。会議室の一つを儀式の間として使えるようにしている。準備をしておいてくれ」
「分かりました」
俺は神殿長室を退室すると、仮の儀式の間へと向かうのだった。
◆◆◆
「あ、カナメ! お話は終わったの?」
そう声をかけてきたのはクルネだった。クルシス本神殿にも慣れている彼女は、あまり一般人が使わない通路から姿を現す。さらに、その隣には懐かしい人影があった。
「おお、久しぶりじゃねえか。相変わらず活躍してるみたいだな」
「アルバート司祭、お久しぶりです。司祭こそ、『聖女』と一緒に大活躍したそうですね」
「もう知ってんのかよ……耳が早えな」
そんな会話を交わしながら、俺は司祭の後ろへちらりと目をやる。凶悪な波動を放っている戦棍は依然として健在のようだった。一部に凹みがあるようだが、それがまた生々しさを伝えてきて怖い。この大質量を変形させるなんて何があったのか……。
「ほれ、その時の戦いで酷使しちまってな。けど、こっちじゃあんまり好みの戦棍が売られてなくてよ、結局これを使い続けてるんだ」
俺の視線に気が付いたのか、アルバート司祭が背中の戦棍を渡してくれるが……重い。こんなものを振り回すとかなんの荒行だ。
「こっちじゃ、戦棍に儀式的な意味を持たせる傾向がありますからねぇ。……それにしても、一体何をどうすればこんな凹みができるんですか?」
そう尋ねながら、俺は鉄の塊を司祭へ返す。アルバート司祭は事もなげにそれを受け取り、片手で背中に留めた。
「あっちの騎士の剣を折った時にな。向こうも強化系の特技を使っていたせいで、完全な力技になっちまった」
「あ、武器破壊を使ったの?」
「ああ、騎士自身は防御力がバカ高いから、先に得物をへし折ろうと思ってな。いくらミレニア司祭の魔道具があるとは言え、『聖女』の嬢ちゃんたちは後衛だしよ。なかなか忙しかったぜ」
「あれ? メルティナはいなかったんですか?」
「メル……ああ、『聖騎士』か。あいつは敵の親玉を捕えるために別行動をしていたからな」
そんな彼の苦労話を聞きつつ、俺たちは仮の儀式の間へと歩を進める。
「ところで、王国の様子……に限りませんが、こっちの状況はどうですか? 辺境ではあまり問題になっていませんでしたが、例の教団はだいぶ暗躍しているそうですね」
「あー、それな」
そう尋ねると、アルバート司祭は疲れた様子で溜息をついた。
「王国は奴らをぶっ叩いたおかげで軽傷だが、帝国みてえな大国も手を焼いているみたいだぜ。なんせ、表向きは宗派替えでしかないからな。統督教に所属する宗派じゃないし、弾圧もできないことはないが、奴らもなかなか巧妙でな。トカゲの尻尾しか見つからねえ」
「なるほど……それにしても、そう簡単に影響力を伸ばしたりできるものですかね? 私たちがこれだけ布教に苦労しているというのに」
その言葉に司祭が笑い声を上げる。
「たしかにな。……大きく分けると、奴らがやっていることは二つ。貴族なんかの権力者の取り込みと、一般人への布教だが……特に後者が問題でな。なんせ、『入信しなければ神罰が下る』系の脅し文句が常套手段だ」
「……気に入りませんね」
それは心からの感想だった。ある程度攻撃的な面を持たなければ、すでに市場が形成されている分野への新規参入は難しい。それは分かるが、納得できるかどうかは別の話だ。
ちなみに、統督教ではそういった類の脅し文句を布教に使うことは禁じられている。表現上のテクニックもあるため、完全に根絶されているわけではないが、行き過ぎた勧誘は統督教によって処分されることになっていた。
「さらに厄介なことに、その神罰ってのがえらく精度が高くてな。布教時に『誰それの行いを我が神は良しとしません』と神官が言えば、そいつは数日から十日でだいたい死んでるって寸法だ。死因が不明なことから、本当に神罰だったと考える人間も多い」
「そんな現状を目の当たりにしては、宗派替えしたがる人も多いでしょうね」
「ああ。もちろん強固に宗派替えを拒否した人間も多いが、そういった面々ほど謎の死を遂げることが多くてな。もはやテロだ」
「面倒な話ですね……」
本拠地に暗殺者を差し向けたくなる気持ちもよく分かるな。こうなると――。
「神子よ、久しぶりじゃの」
と、物思いに沈んでいる時だった。後ろからかけられた声に、俺は反射的に振り向く。
そこに立っていたのは、セイヴェルンのクルシス神殿長、カストル・クロシアその人だった。
「カストル神殿長!? どうして……ああ、そう言えば招聘されていたのでしたね」
プロメト神殿長の心の声を思い出して、俺は納得したように呟く。
「どうやら、疑われているようじゃからな。プロメト神殿長はともかくとして、他宗派は儂らに対する疑いを解くまい」
そう言い切る様子には、一切の恨みも怒りもなかった。その精神力に敬意を覚えていると、カストル神殿長が話題を変える。
「……ところで、ジュネは役に立っておるかね?」
その名を口にした時のカストル神殿長は、いつにも増して無表情だった。だが、それが孫娘に対する愛情の裏返しだと直感的に悟った俺は、笑いを堪えるのに必死だった。
「ええ、とても優秀で助かっています。……それに、私の知らないことを色々と教えてくれましたよ」
すると、カストル神殿長の顔がぴくりと動いた。俺のメッセージを正確に受け取ってくれたのだろう。
「ほう、それでも平然としているとは……ふむ、神子は儂が考えていたよりも強靭な精神力を持っているようじゃのぅ。我が一族に迎えたいくらいじゃよ」
「え?」
その言葉に、俺の目が点になった。だが、カストル神殿長はそれに構わずニヤリと笑う。
「神子よ、ジュネはどうかの? 爺馬鹿のつもりはないが、あの子は器量のいい部類に入るじゃろう。神子は見かけによらず高齢と聞いておるし、子を為さずに死なれては色々と困る」
「な……な、何を言ってるんですか!?」
彼の爆弾発言への反応は、俺よりもクルネのほうが早かった。だが、カストル神殿長は淡々と答える。
「固有職には、遺伝的な要素が存在すると言われておる。転職師の遺伝子を取り込むことは、一族として悪い話ではなかろう」
「でも、ジュネちゃんの意思も確認せずに……!」
「ジュネの男の好みは分からぬが、クロシア家は婚姻にあたって遺伝要素を重視する。本来、外の血を入れることはないが、転職師となれば話は別だ」
そんなやり取りを聞きながら、俺はカストル神殿長の言葉を反芻していた。……固有職って遺伝要素があったのか。その割に、マデール兄妹もウォルフたちも固有職がバラバラだが……まあ、遺伝する固有職が一つと決まったわけでもないしなぁ。
ということは、剣士と魔術師の子供が魔法剣士になったりするんだろうか。それとも、そこはあくまで剣士と魔術師が並立するだけなのかな。
気になるけど、下手をしたら人体実験になりそうだな、これ。今までは固有職持ちがレアだったから、固有職持ち同士の子供なんてさらに希少だっただろうし、データも残っていなさそうだ。
そんなことを考えていると、アルバート司祭に肩を叩かれた。
「……カナメ司祭、現実逃避はいいが、そろそろ収拾を図ってくれねえか?」
その言葉に我に返った俺は、まだ二人が言い合いをしていることに気付く。
「ふむ……セイヴェルンに本拠を構える以上、『剣姫』と揉めたくはないのじゃが……致し方あるまい、ならば次の世代で手を打たぬか? 転職師と剣匠の遺伝子であれば、儂らとしても不服はない」
「なななななんの話をしてるのよ!」
俺は、そんなやり取りを続ける二人の間に割り込んだ。
「――ええと……申し訳ありませんが、ジュネ司祭はセイヴェルンのクルシス神殿から預かっている大切な神官です。あまりそういう意識はありませんし、とりあえず……」
「ふむ? 噂と違うて意外と真面目な男じゃな」
「え? ……まさか、セイヴェルンでもその噂が……」
そんなこんなで話は長引き、俺が会議室の内装に手を出すまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
◆◆◆
「カナメ司祭、ご苦労だったな。これで我らとしても面目は果たしたことになる」
「意外と資質持ちが多かったですね。盗賊系は予想通りですが、特殊職が三人いるとは思いませんでした。軽戦士と罠師と――」
「炎術師だったな。彼はクルシス神殿の裏組織の所属だ。思いもよらぬ収穫だった」
そう言うプロメト神殿長は少し上機嫌に見えた。
この二日間、俺は立て続けに来る各宗派の裏組織の構成員を片っ端から転職させていた。彼らは一般人を装っていたものの、各宗派の裏の構成員を確認できる機会など滅多にない。プロメト神殿長はこっそり人物録を作っていたようだが、深くは関与しないでおこう。
「二月後には統督教の幹部会議が開かれるが、その時には肩身の狭い思いをしなくてもすむだろう」
「幹部会議があるのですか?」
「うむ。その頃には、彼らも本拠地の制圧を終えているはずだ。その後始末も一筋縄ではいかぬだろうがな」
教団はすでに全国レベルで広がっているみたいだからな。とは言え、中心人物を押さえることができれば、後は時間の問題だろう。
「そこで、教団幹部の処分が決まるわけですか……まさか、アムリアを再び無罪放免することはありませんよね?」
「教団の本拠地で彼女が発見された場合、さすがのマルテウス大司教も庇いきれんだろう」
「それならいいのですが……」
俺の目的はアムリア本人ではなく、『名もなき神』のほうだ。だが、アムリアが自ら『名もなき神』に協力している可能性がある以上、彼女を放置するわけにはいかなかった。
「……神殿長。一つお願いがあるのですが、私を統督教の幹部会議に参加させてもらえませんか?」
万が一、アムリアの処遇がおかしな方向へ着地するようなら、それを阻止しなければならないからな。
すると、プロメト神殿長は興味深そうに俺を見つめる。
「珍しいな。司祭は統督教の会議などはあまり好きではないと思っていたが」
「好きではありませんが、必要とあれば行くしかありません。会議では例の真実を知っている人間以外には話せない議題が多いのでしょうが、私はすでに真実を知っています」
「私が司祭に漏らしたのだろうと、そう追及される可能性は高いがな」
「あ……」
そりゃそうだよなぁ。俺が他宗派の人間だったら、間違いなくそう糾弾する。
「カナメ司祭、なぜ今回の件にそこまでこだわっている? 辺境は此度の事件による被害をほぼ受けていない。あまり深刻になる理由はないように思うが」
「それは……」
俺は口籠もった。神殿長が言う通り、これは俺のこだわりでしかない。今までのように、襲い来る脅威に対処するのとはわけが違う。
だが、俺は自分でこの世界に固有職を取り戻したいと思っている。世界のためなんて大層なことを言うつもりはないが、『名もなき神』のせいで引き起こされた現状には、不思議なくらい苛立ちを感じていた。
口に出せば引き返せないかもしれない。そんな予感の中、俺は口を動かした。
「――固有職の封印を解放する手段を見つけました」
「……なに?」
プロメト神殿長の目が驚愕に見開かれる。
「クルシスの巫女に確認しました。ただし、そのためには『名もなき神』を消滅させる必要があります」
「む……? だが、『名もなき神』は千年前に滅んだのではなかったか?」
「アムリアに何者かが憑依していたことは以前にご報告したかと思います。あまりに突拍子のない話ですが、クルシスの巫女はアムリアに憑依していたモノを『名もなき神』と呼んでいました」
その言葉に神殿長はさらなる驚きを露わにする……かと思っていたが、平然とした様子で肩をすくめた。
「……驚きすぎて、逆に冷静になってしまったな。正直に言えば、現実味がないというのが本音だ。『名もなき神』と言えばもはや神話の域の存在だ。それがなぜ『聖女』アムリアに憑りつく?」
「推測ですが、『名もなき神』はクルシス神との戦いで滅びる直前に、その身を固有職にして消滅を逃れたようです」
「ふむ……にわかには信じがたい話だな。しかしそれが真実だとして、カナメ司祭が『名もなき神』を滅ぼすつもりでいるのは、その転職能力でなんとかなると思っているからかね?」
「正直に言えば、見当もつきません。……ただ、『名もなき神』が弱り切っているのは事実です。アムリアという人間の器に縛られているせいか、その攻撃にも対処できましたし。
それに、自分で言うのもなんですが、私の転職師としての能力はだいぶ突出しているそうです。私にできなければ、他の誰にできるとも思えません」
なんせ、ルーシャから色々と太鼓判を押されているからな。同意を必要としない転職や資質開花前の転職、神気とかいう怪しげなものも備わっているらしいし、これで次世代に難事を託すというのは、あまりにも後味が悪い。
「なるほどな……。いいだろう、カナメ司祭の会議への参加を打診してみよう」
「ありがとうございます」
「ただし、その代わりと言うわけではないが、一つ了承してもらいたいことがある」
「はい? なんでしょうか」
突然の展開に首を傾げる。裏組織への転職は終わったし、他に何かあったかな。
「実は、例の教団に対抗するための方策の一つとして、世間に名を知られている神官を統督教全体でバックアップするという案がある。……まあ、イメージ戦略だ」
「はぁ……」
「向こうは恐怖政治に近い形を取っているようだからな。高名な聖職者の名を轟かせることで、こちらに光ありと人々に認識してもらう。教団に対抗するための旗印になると思ってもらえばいい」
まあ、それは分からないでもない。どこまで効果があるかは分からないけど、やって損をすることじゃないだろう。
「となれば、クルシス神殿は転職の神子を推すしかあるまい」
「話の途中から、なんとなくそうなる気はしていましたが……それなら、『聖騎士』なんかもいい旗印になるんじゃありませんか?」
旗印は仕方ないにしても、せめて仲間が欲しい。そう思った俺は、咄嗟にメルティナの名前を挙げた。
「無論、『聖騎士』もその一人だ。他で言えば、『ルノールの聖女』や『フェリネの巫女』も確実だろう」
フェリネの巫女というと、今のフェリネ本神殿の神殿長だっけ。六十歳前後だったはずだが、その世代には今も絶大な人気を誇っていると聞く。
「司祭の華々しい経歴は、他宗派のどの神官より劇的だ。最も注目を集める可能性が高いが、覚悟しておいてもらいたい」
「分かりました……」
まるで「デビュー間違いなし!」とでも言っているかのような言葉に、俺はなんとも言えない表情を浮かべるのだった。




