展望
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「――我々はいつでも諸君を待っている」
ルノールの街に威厳のある重厚な声が響く。
その声の主は王国教会のトップであるバルナーク大司教だ。そして、彼の後ろには完成したばかりのルノール教会がそびえ立っていた。
バルナーク大司教や、その傍らに立つミュスカ、メルティナたちを眺めていると、俺は『聖女』アムリアにまつわる一連の事件を思い出す。
辺境を巡って、水面下で争っていた王国教会と帝国教会だったが、結局その綱引きに勝利したのは王国教会だった。
やはり癒聖に転職したミュスカの名前は大きな力を持ち、彼女が辺境にいてくれるなら安心だと、そう思う人間は多かったらしい。
また、バルナーク大司教も意外と辺境では人気が高かったのだが、これは彼自身の気性がどこか辺境民と似ているためではないかと、俺は勝手に分析していた。
それに、地理的な事情から辺境へ移住してきた人間の多くは元王国民だ。王国教会に馴染があったということも有利に働いたのだろう。
一方、帝国教会のマルテウス大司教は、辺境に対しての失策は犯さなかったものの、王国教会から引き抜いたアムリアのことについて、各国教会から追及されて難しい立場に立たされており、辺境での布教活動にも支障が出ていた。
そのためか、いつしか彼を筆頭とする帝国教会の人間を見かけることはなくなっていた。
だが、それも一年前のことだ。バルナーク大司教の後ろに見える教会こそが、時の流れを物語っていた。いつしかルノールの街の人口も膨れ上がっており、自治都市と名乗ってもおかしくないだけの規模に近づきつつあった。
そのせいで、かつてはルノール村の外れに建てたはずのクルシス神殿が、いつの間にかルノールの街の中心部に含まれるほどに、この街の面積は広がっていたのだった。
「ついに教会が建ったわね」
俺と同じことを考えていたのか、クルネは少し遠い目で呟いた。
「ああ……これからは殿様商売じゃいられないかもな」
「もう、またそうやって考える」
「さすがに考えないわけにはいかないさ。……ん? あの衣装って、ミュスカが王都のパレードの時に着ていた奴じゃないのか?」
「あ、そう言えば……カナメ、意外とよく見てるのね」
「いかにも『聖女』って感じで記憶に残ってたからな」
クルネとそんな言葉を交わしながら、俺はバルナーク大司教たちに視線を戻す。教会のお披露目ということもあってか、彼らの服装はいつもより儀式的だった。
かつては敬遠されがちだった宗教色も、移住民が増えるにつれ抵抗がなくなっているようで、教会前を埋め尽くす人々が顔を顰めるようなことはなかった。
二月ほど前にダール神殿が開殿したが、その時も拒絶反応のようなものはほとんど感じられなかったし、それだけ辺境も変わってきたのだろう。それが必ずしもいいことだとは思わないが、今のところ目立った不満は出ていない。
「よお、カナメ! クルネちゃんも! そんな隅っこで何しとんのや?」
そうしてルノール教会の初日を見物していると、後ろから聞き慣れた声をかけられた。
「敵情視察だ」
振り向くことなく答える。すると、声の主は楽しそうに笑い声を上げた。
「クルシス神殿の神殿長代理ともあろうもんが、そないにこっそり覗かんでもええやろうに。第一、ダール神殿が開いた時は賓客として呼ばれてたやろ?」
「ダール神殿は同じ神殿派だからな。同じ神話体系を持つ宗派とは協力だってするさ」
「あれだけ『聖女』らと仲良うしといて、よくもまあ言うわ」
「ミュスカはともかく、他の『聖女』とはほとんど会ってもいないんだが……」
コルネリオの相変わらずな着眼点に肩をすくめてから、俺は言おうと思っていた言葉を告げる。
「ところで……久しぶりだな、コルネリオ。船旅お疲れ様」
「おお、ほんま疲れたわ! 巨大怪鳥便で慣れたつもりやったけど、船の揺れはまた別もんやな」
コルネリオがニッと笑顔を見せる。
……そう、彼は辺境最南端の港、シアニス港が最低限の機能を備えたことを確認すると、自治都市セイヴェルンから船を出したのだ。
何度か実験していたとは言え、あっさりと船を出す行動力には驚いたものだが、なにやらセイヴェルンで暗躍して同志を募ったらしい。
「それで、海路は確立しそうなのか?」
「特に問題なさそうやな。水棲モンスターは多少出よったけど、アズライトの光剣であっさり撃退できたわ」
「そうか、それはよかった……って、アズライト? アズライトって、あのアズライトか?」
その言葉で思い浮かぶのは、闘技場の英雄『五覇』の一人だが……。
「そのアズライトや。ちょいと辺境行きを誘ったらホイホイ乗って来おったで。けど闘技場の五覇だけあって、水面から顔を出したモンスターは一瞬でお陀仏や。……ま、水の中にいる間はやりにくそうやったけどな」
「そのうち海賊の固有職持ちでも見つかるといいな」
「お、それはええな! 転職費用と引き換えに、長期間の雇用契約でも結びたいところやな。……カナメ、頼むで!」
「たまたま、お金に困っている資質持ちがいたらな」
そんな会話を交わしていると、噂の主が姿を現した。
「クルネさん! それに神子様、お久しぶりです」
美形の爽やか剣士は、相変わらずキラキラした笑顔を振り撒いていた。こうやって見ると、やっぱりアルミードと似てるなぁ。一度会わせてみたいものだ。
そんなことを考えている間にも、アズライトは言葉を続ける。
「貴女や神子様という逸材を育んだ辺境には、一度来てみたいと思っていたのですよ。こうして辺境の空気を感じて、そしてクルネさんに会えるなんて、やっぱり来てよかった」
「ええと……お久しぶりです。アズライトさんは、闘技場から離れてもよかったんですか?」
「帰りは巨大怪鳥便を使う予定ですから、月に一度の大会を一度逃すくらいですよ」
クルネの問いかけに、彼は嬉しそうに答える。職場放棄のようにも聞こえるが、五覇クラスがそうそう大会に出るわけもないしなぁ。
「――アズライトさんは、フェイムにも用事があるらしゅうてな」
「フェイム君に? じゃあ、魔剣を作ってもらいに来たんですか?」
「ええ。ただ市場に出回るのを待つだけでは、永久に手に入らないでしょうから」
「……ま、フェイムの剣はセイヴェルンでごっつい人気やからな。評議員クラスならともかく、他ではなかなか手に入らんで」
アズライトの言葉をコルネリオが補足する。……と言うか、セイヴェルンの評議員クラスしか手に入れられないって、あまりにも入手が困難すぎないか。
「なんせ、フェイムは使う人間が想像できんと魔法の武具を作りにくい言うとるからな」
「あー……」
その話なら俺も知っている。実際には、作りにくいというわけではなくて、注文が殺到しないよう一計を案じているのだ。おそらくは、父親にして師匠のロンメルさんの発案だろう。
そのロンメルさん自身も、鍛冶師の固有職こそないものの、やはり腕のいい鍛冶職人であるため、ワイト工房は常に大忙しだった。
なんせ、ルノール評議会が貸し出していた鍛冶工房を買い上げただけでは飽き足らず、工房を建て増して炉まで増やしたのだ。最近では他にも弟子を取ったようで、ワイト工房は非常に賑やかだった。
「それにしても、あのセイヴェルンで、そこまで魔剣が人気になるとは思わなかったな。あそこは尚武の気質でもないだろうに」
そんな感想を口にすると、コルネリオはちっちっ、と指を振ってクルネを見た。突然視線を向けられて、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「え? 私がどうかしたの?」
「すぐセイヴェルンを発ったからピンと来てないやろうけど、クルネちゃんは今もセイヴェルンで大人気なんやで? その『剣姫』が新たに愛剣と定めた魔剣。それを作り上げた鍛冶師がいるとなれば、みんなが欲しがってもおかしないわ。
フェイムがたまに作る懐剣や小刀を売ろうとしたら、みんな目の色を変えよるからな」
「私たちはいつでもクルネさんを待っていますよ。……そう言えば、もしまた闘技大会に出る気があるのなら、どんな大会であっても優先的に出場権を付与すると闘技場のオーナーたちから伝言ですよ」
どうやら、本当にクルネは大人気のままらしいな。あそこは大きな大会になると、出場資格や審査が異常に厳しいと聞いたんだけどな。
「と、彼らの意向も伝えたところで……クルネさん。折角ですから一度手合わせをお願いできませんか?」
「え?」
「シアニス港にいた魔槍戦士も素晴らしい強さでしたが、やはり僕は貴女と剣を交えたいのです」
「おお、それやったら、ついでに『辺境の守護者』とも戦うか?」
アズライトの熱弁に口を挟んだのはコルネリオだった。その言葉を受けて、アズライトは嬉しそうに彼のほうを振り向く。
「コルネリオ君……いいのかい?」
「お膳立ては任しとき。それに、この街には強い固有職持ちがわらわらおるから――」
「……コルネリオ、それを見世物にして一儲けしようとしてるだろう」
もはや疑問ではなく確認でしかない俺の言葉に、コルネリオは勢いよく頷いた。
「もちろんや! それに、ここには癒聖のミュスカちゃんもおるからな。どんな大怪我しても、死にさえせんかったらなんとかなるで」
「教会として引き受けてくれるか……?」
教会もそうだし、ラウルスさんも見世物扱いされるのは嫌いだからなぁ。コルネリオの野望は叶わない気がするな。
そんな会話を交わしていると、俺たちに近づいてくる馬車を見つけた。多頭引きで、なかなか大きい立派な造りをしている。
それに気付いたコルネリオは、その馬車に向けて手を振った。おそらくコルネ商会のものなのだろう。
「おーい、こっちや! ……悪いな、待ってた馬車が来たみたいやし、ちょっくら一仕事してくるわ。……ほな、ちょいと失礼するで。またな!」
コルネリオはそう言うと馬車へと向かった。
「クルネさん、神子様。それではまた」
名残惜しそうな素振りを見せながら、アズライトも彼の後ろへと続く。その行動には驚いたが、辺境行きやフェイムへの口利きをすることと引き換えに、護衛をする約束でもしたのかもしれない。
「……急に現れて、急にいなくなっちゃったね」
「まあ、あいつも忙しいだろうしな。楽しそうだからいいけど」
去っていく彼らを見送りながら、俺はクルネと顔を見合わせるのだった。
◆◆◆
辺境に店を構える細工師にして、クルシス神殿の特別顧問であるミレニア司祭の工房は、開店当初とはうって変わって大繁盛していた。
なんせ、昔は店に入っても何も品物が陳列されていなかったのだ。どれだけ魔道具に興味があろうと、空っぽの棚だけを見て満足できる人は多分いない。
ミレニア司祭は細工を作ること自体が好きな人であり、売る分にはそこまで積極的ではなかったことが原因だった。
だが、周囲の勧めによって店番を雇ってからは、工房と一体化している店の陳列棚にも少しずつ魔道具が並びはじめた。
そこには、「魔道具としては安い部類に入る光の魔道具などの販売を通じて、辺境に細工師ありと知らしめてほしい」というルノール評議会の依頼も関係していたのだが、結果として魔道具が買える、もしくは買えないまでも見物できる店ということで、なかなかの人気スポットになっていたのだ。
「あ、カナメ神殿長代理、いらっしゃいませ」
「……こんにちは」
店に入った俺を出迎えたのは、ミレニア司祭によって新しく雇われた人物だ。接客を主とする女性と、窃盗防止など警備を担当する男性のコンビなのだが、俺が彼らの主と密接な関係にあることは知っているため、奥の工房へ入ろうとしても止められることはなかった。
「あら? カナメ君じゃない、いらっしゃい」
「ご無沙汰しています。……ああ、お客様でしたか」
ミレニア司祭以外の人影に気付いた俺は、その場で立ち止まった。
「――誰かと思えば、クルネとカナメじゃないか」
だが、その先客は見知った顔だった。俺に先んじて、隣のクルネが声を上げる。
「あれ? エリンちゃんじゃない。それにイリスちゃんと……」
「あっ! カナメ神殿長だ!」
「あ……神殿長代理……?」
クルネの声に被せるように、俺の姿を見た二人の子供が声を上げる。驚いたことに、そこにいたのはクルシス神殿の雑用担当である年少コンビだった。
「マリエラもフィロンもどうしたんだ? 何かミレニア司祭あての用事でも頼んだっけな……」
そう悩んでいると、マリエラが元気に首を振る。
「ううん、遊びに来たの」
「ああ、悪いね。あんたの神殿の子たちと、うちのイリスがいつの間にか仲良くなってたみたいでね。イリスの道具を買いに行くって言ったら付いてきたんだ」
マリエラの説明をエリンが補足する。まあ、今は勤務時間じゃないし、特に咎める理由もないんだけどね。
「ミレニア司祭、すみませんでした。二人がお邪魔していたようで……」
とは言え、一応彼らの雇い主として一言謝るくらいはしておこう。すると、工房主でもあるミレニア司祭は笑顔で首を振った。
「いいえ、ちょうどよかったわ。私もこの子たちに会わせたい子がいるのよ」
「そうなんですか?」
「あら……噂をすれば来たわね。ファーニャちゃん、こっちよ」
そう言うと、ミレニア司祭は俺の後ろへ向かって手を振った。
慌てて振り替えると、そこには更なる子供の姿がある。マリエラたちと似たような年齢であろう女の子には、どこか見覚えがあった。
「あれ……?」
そして、それはフィロンも同じようで、俺たちは同時に首をかしげた。
「神殿の庭によく来ているから、カナメ君たちは見たことがあるかもしれないわね。この子はファーニャ。王都のクルシス神殿でも見かけていたけれど、偶然辺境に引っ越してきたのよ」
「ファーニャ・ソールズです、よろしくお願いします! ……あの、ひょっとしてキャロちゃんの飼い主さんですか?」
女の子は元気に挨拶すると、恐る恐るといった様子で訊いてくる。
「え? ……まあ、そういうことになるのかな。主じゃなくて相棒みたいなものだが」
そう答えながら、俺は彼女たちの関係性を理解する。……なんだか、独自のネットワークとかできてそうで恐いな。
「お節介かもしれないけれど、引っ越してきたばかりで同年代の知り合いがいないようだったから……」
ミレニア司祭はそう言うと、ファーニャを子供たちに紹介する。
子供同士とは言え、彼らももう十一歳だ。すぐ馴染めるとは限らないが、これ以上は口出しすべきことではないだろう。
「……ま、知ってる人間が増えるのは、基本的に悪いことじゃないさ」
俺の心を読んだように、エリンが話しかけてくる。
「どこまで深入りするかにもよるが……まあ、その判断力をこれから養っていくわけだな」
答えながら、俺は子供たちを眺める。幸いなことに、露骨な拒絶は見られないようだった。
「……ところでカナメ、イリスの資質だけど――」
「まだかかるだろうな。けどまあ、独り立ちする頃には転職できるんじゃないか?」
突然声を落としたエリンに合わせて、俺も小さな声で答える。すると、エリンが変な顔をした。
「……いや、あたしは今度資質を視てもらいに連れていくよ、って言うつもりだったんだけどね」
しまった、先走ったか。
「……まあ、手間が省けてよかったよ。見料はいくらだい?」
「なんだか押し売りしたみたいで気が引けるんだが……」
「何を言ってるんだい。正当な権利だよ」
そんなやり取りを幾らかした後、エリンは再び弟子たちの様子を眺める。
「……あんたがいてよかったよ。おかげで、あの子が転職できる目処もついてる。あたしが初めて森に入った頃は、本当に余裕がなかったからね。
森へ入る時は死と隣り合わせだったし、下手をすれば自分だけじゃなく村のみんなが窮地に陥る。当時は、なんて割の合わない仕事だと思ったこともあるよ」
彼女は懐かしそうな顔で昔を語る。
「けど、あんたたちのおかげで、森へ入った人間の死亡件数は大幅に減ったからね。食糧も、新しく開墾した畑はちゃんと収穫までできているようだし、困った時は王国やセイヴェルンで調達できる。
変化をよしとしない人間もいるけど、あんたに感謝してる人間は多いんだよ」
「えーと……ありがとう?」
予想外のタイミングで感謝の意を示されて気まずくなった俺は、なんとなくエリンから視線をそらした。
すると、今度はとても上機嫌なクルネの笑顔が視界に入ってくる。俺が目で問いかけるとわざとらしく視線を彷徨わせたが、相変わらず嬉しそうな表情のままだった。
「……まあ、後は後ろから刺されないように気をつけるんだね。あんたがいなくなると辺境としても困る」
その言葉に俺は首をすくめて見せた。たしかに、俺に恨みを持っている人間の一人や二人はいるだろうなぁ。
「まあ、その辺はクルネがいるから大丈夫だろう」
「いや、そのク――まあいいさ。まったく、あんたは本当に……」
そう言ってエリンは苦笑を浮かべた。すると、イリスがそんな師匠に声をかける。
「……師匠。みんなで遊びに行っていい?」
「ん? ああ、行っといで。もう用事はすんだからね」
「うん」
あっさり許可を得た彼らは、連れ立って工房を出て行く。
「……あの子たちの未来が、昔より明るいものならいいね」
その光景を、俺たちは穏やかな表情で見送っていた。
◆◆◆
自治都市ルノールには生産職の固有職持ちが三人いて、それぞれの工房を持っている。それは辺境民なら誰でも知っていることであり、他国においても広く知られるようになっていた。
だが、精度の高い情報網を持っている者であれば、その情報が間違いではないにせよ、不充分な内容であることが分かるだろう。
……なぜなら、辺境には四人目の生産職が存在しているのだから。
「……いやぁ、すみませんね。妖精兎の毛なんて、普通は手に入りませんからね。カナメさんがいて本当によかったですよ」
その四人目の生産職にして、魔法職でもある錬金術師に転職したマイセンは、にこやかに俺を出迎えた。
「言っておきますが、抜け毛だけですよ?」
「もちろんです。キャロさんから毛を毟ろうものなら、翌日にはシュルト大森林で一番高い木に吊り下げられているでしょうからね」
「ありそうで怖いですね……。一応、私もキャロに許可を取って毛を集めましたし」
「それはよかった。……キャロさんは外ですよね? 私も直接お礼を言ってきますよ」
そう告げると、マイセンは工房の外へと出て行く。上級職である錬金術師に転職しても、彼の律義さは失われてはいなかった。
錬金術師は上級魔法職という位置づけだが、実際には魔獣使いのような特殊職に近い。
賢者のミルティや癒聖のミュスカのように、魔法そのものを扱う能力に秀でているわけではなく、その能力の大半は魔法薬等の作成に特化しているのだ。
そのためか、魔法を使ってもせいぜい魔術師並みであり、マイセンに言わせれば「火炎球を撃つくらいなら火炎瓶を投げます」ということらしい。
ただし、物質製造に関してはエキスパートであり、彼が片手間に作った水薬は、売り捌けば凄まじい利益を叩き出すことができそうだった。
「――マイセンは本当に生き生きしているな」
「……薬師の時でも天職だったのに、まさか錬金術師になるなんて、思いもしなかったよ」
口々にそう感想を呟いたのは、彼のパーティーメンバーたちだ。彼ら六人が勢ぞろいしているところは久しぶりに見たが、それも無理はない。
彼らは六人でパーティーを組んでいるが、その半数は辺境で別の役割を見出していたのだ。
マイセンはもちろんのこと、地術師のサフィーネも発展著しい辺境の土木作業員として引っ張りだこだったし、パーティーリーダーのアルミードからして忙しそうに動き回っていたのだ。
「そう言や、アルミードのほうはどうなんだ? 上手くいってんのか?」
そう尋ねたのはノクトだ。その言葉に、アルミードは自信の窺える様子で答える。
「……悪い感触ではないさ。ルノール評議会が味方についている以上、彼らが表立って反対する理由はないだろう」
「考えられるのは、無能な奴を派遣してくるって線だな」
「大丈夫だろう。辺境の特殊性を強調して、モンスター討伐等においては最前線で陣頭指揮を執ってもらうと言っておいた。それだけの覇気がある人物なら歓迎するさ」
「そんな奴がいるかねぇ……? どう考えても、お前さんをギルド長に指名するだろうな」
「……必要とあれば、それも厭わないつもりだ」
彼らが話しているのは、辺境に冒険者ギルドを置くという話だった。冒険者という存在が下火のこの世界では、下手をすれば酒場の軒先を借りているくらいの、細々とした零細経営が冒険者ギルドの実情だったが、ここ辺境については事情が違った。
なんせ固有職持ちが多い上に、討伐するべきモンスターも、探索しきれないほど広大な遺跡都市もあるのだ。
噂を聞いた冒険者が集まるのは当然のことだし、クルシス神殿で転職した者の中には、そのまま冒険者として身を立てようと辺境に居着く者も少なくなかった。
その結果として、そんな彼らを取りまとめる組織が必要になってきたのだ。そして、増える一方の冒険者を束ねる組織として、アルミードは冒険者ギルドルノール支部の設立を提言したのだった。
彼らのパーティーはルノールの街に集まった他の冒険者から一目置かれている。そのリーダーのアルミードが彼らをまとめるとなれば、大きな不満は上がらないだろう、というのが俺たちの予想だった。
「……ところでカナメ、一つ訊きてえんだがいいか?」
と、ここでノクトが話題を変える。
「内容によりますが、質問だけなら受け付けますよ」
「最近の統督教の動き……なんだか引っ掛かるんだが、何か事件でもあったのか?」
「それは辺境内での話ですか?」
「いや、大陸全体での話だ」
その言葉に俺は眉を顰めた。特に心当りはないが、ノクトの情報網は優秀だ。俺が知らない、もしくは見逃しているだけで、何か重大な事件が起きている可能性はあった。
とは言え、俺は地方にあるクルシス神殿の神殿長代理にすぎない。重大事であったとしても、直接ルノール分神殿に関わりがない限り、プロメト神殿長が俺に情報を流すことはないだろう。
「残念ですが心当りはありませんね……」
唯一思い当たるのはアムリアのことだが、帝国教会が徹底的にシャットアウトしているためか、そちらの情報はさっぱり出てこなかった。
「そうか……そりゃ残念だ」
あまり期待していなかったのか、ノクトはあっさり引き下がった。そして、その代わりとでも言うように口を開く。
「ところでよ、クルネにご執心のセイヴェルンの男前が来てるらしいじゃねえか。もう会ったか?」
「ああ、アズライトのことですか。この前会いましたよ」
「なんでえ、面白くねえな。てっきりカナメを亡き者にしに来たと思ったのによ」
「そんな物騒な期待をしないでくださいよ」
そう抗議すると、ノクトはニヤニヤした笑顔を浮かべる。
「もちろん、お前さんに死んでほしいわけじゃないぜ? そんなことになったら、せっかく発展してる辺境が萎んじまうじゃねえか。これでもルノールの街は気に入ってるんだからよ」
そう言いながら、今度はアルミードを振り返る。
「アルミード、相手は光剣使いの剣士様らしいぜ。カナメを倒す前にちょいと捻っちまえよ。準決勝みてえなもんだ」
「な、僕にそんなつもりはない!」
「……ノクトさん、ひょっとしてコルネリオに買収されてませんか?」
「ノクト……」
「というか、神子様を倒しちゃ駄目じゃない」
みんながてんでバラバラに意見を言い合って、そして笑い声を上げる。錬金術師マイセンの工房は、主不在のまま賑やかさを増すのだった。




