願い
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
遺跡に突如として現れた『聖女』アムリア。俺たちが見守る中、彼女はゆっくりと上半身を起こした。長い髪に隠されて、その表情は窺い知れない。
「あれが……『聖女』アムリアなのか……?」
彼女の様子に注視しながら、ミュスカに問いかける。なんだかんだで教会の『聖女』と縁がある俺だが、『転職の聖女』だけは顔を見たことがなかったのだ。
それは他のみんなも同じだったようで、その場にいた全員の視線がミュスカへ向けられる。
「間違いないです……でも……」
今でこそ帝国教会の『聖女』となったアムリアだが、それまでは王国教会の所属であり、ミュスカの同僚だったのだ。彼女の言葉を疑う者は誰もいなかった。
「……ミルティ、俺がいない間に何があったんだ? アレクシスはどこへ行った?」
動揺しているミュスカからこれ以上話を聞き出すのは困難だろう。そう考えた俺は、質問の相手をミルティへ変えた。
「詳しいことは分からないから、見たままを話すわね。……突然、異常な規模のエネルギーがアレクシスを襲ったのよ。そして気が付けば、彼はいなくなっていて、彼女が倒れていた」
「アレクシスは逃げたのか?」
「その可能性は否定できないけど……本人にそんな余裕はなさそうだったわ」
まあ、そうだろうなぁ。あんな凄まじいエネルギーをぶつけられたんだから、あっさり消滅していてもおかしくない。
「誰か、アレクシスが逃げ出したところを見たか?」
念のためにと、俺は大声でみんなに呼びかける。その中には敵だった固有職持ちも含まれていたが、彼らも一様に首を傾げていた。
アレクシスに殺されかけた上に、ミュスカの聖域で命を救われたからか、彼らに戦う気はないようだった。
「それじゃ、彼女が現れたところを見た人は?」
その質問にも全員が無言だった。だが、だからと言ってアムリアを放っておくわけにはいかない。ただし、問題が一つある。俺が彼女を捕えてしまうと、色々な面で角が立つだろう。
そう考えた俺は、評議員であるクリストフに視線を送る。すると、彼は心得ているとばかりに頷いた。
「……『聖女』アムリア。申し訳ありませんが貴女を拘束します。拘束理由は……言うまでもありませんね?」
その言葉を聞いてもアムリアの様子に変化はなかった。クリストフの隣にいたノクトが、器用に彼女の手を縛り上げる。両手ではなく片手だけを縛ったのは『聖女』に対する気遣いだろうか。
「アムリアさん……!」
かつての同僚が拘束される姿にショックを受けたのか、ミュスカがアムリアに近づこうとするのを、俺は慌てて押し留めた。
「待て、ミュスカ。気持ちは分かるが、アムリアは危険だ」
「え……?」
俺の言葉を受けて、ミュスカが問いかけるような視線を向ける。
「ミュスカだって分かっているだろう? あの男と入れ替わりでアムリアが現れたんだ。なんの関係もないとは考えにくい」
「はい……」
意気消沈した様子で、ミュスカは下を向いた。そんな彼女の気を逸らすように、俺はもう一つの懸案事項を口にした。
「ところで、ミュスカ。一つ頼みがあるんだが……クルネとラウルスさんを助けに行ってくれないか?」
「あ……!」
ミュスカの表情がさっと変わる。アレクシスの呪いと正面対決していたのだから無理もないが、戦いはまだ終わっていない。
次いでミルティにも声をかけると、俺は上級職二人と共に破壊音が聞こえるほうへ駆け出したのだった。
◆◆◆
「クルネ! ラウルスさん!」
ミルティの魔法で身体能力を強化された俺たち三人は、クルネたちと上位竜専用魔工巨人が戦っている現場へと駆け付けた。
幸いなことに、二人はまだ無事なようだった。動き回る二つの人影を見て、俺の心を安堵が満たす。
だが、それで満足するわけにはいかなかった。
「大治癒!」
「身体能力強化」
ミュスカが二人の傷を癒し、ミルティが基礎能力を向上させる。さらに防御、精神賦活など数種の魔法を重ね掛けすると、クルネたちの動きは格段によくなっていた。
「ミルティ、魔法攻撃は取っておいてくれるか?」
「ええ、もちろんよ。あの魔工巨人の注意を引きたくはないもの。……それに、カナメさんの空間転移は一度きりでしょう?」
さすがはミルティ、説明するまでもないようだった。
あの魔工巨人は地竜の魔力を最優先攻撃目標に設定しているようだが、攻撃を加えられれば狙いが変わるかもしれないし、流れ弾が飛んでくる可能性も充分あるからなぁ。
「それに、私たちが手を出す必要はなさそうね」
彼らの戦いを見つめて、ミルティは安心したように呟いた。
彼女が言う通り、戦況はこちらに有利だった。俺たちが駆け付けた当初こそ、魔工巨人の攻撃に押されがちに見えたクルネたちだったが、上級魔法職による補助魔法や回復魔法の効果は大きかったらしい。
心配していたような流れ弾もなく、気が付けば、魔工巨人にはかなりのダメージが蓄積されていた。
戦車の砲塔の代わりに人の上半身が生えたような、なんとも言えない形をしている魔工巨人だったが、すでに右腕は失われており、左腕も絶えず火花が散っている状態だった。
また、タンク部分もキャタピラの一部を破壊されたのか、スムーズな動きができなくなっており、クルネやラウルスさんの動きを捉えることは困難だと思われた。
「あっ……!」
ミュスカが歓声を上げる。クルネの剣が、左肩に載っていた砲身を切り落としたのだ。数々の援護魔法によって動きのよくなった二人を前にして、魔工巨人に勝ち目はなかった。
◆◆◆
「カナメ! みんな、ありがとう!」
「救援かたじけない。……そちらも上手くいったようだな」
クルネが斬れぬものなしから光剣へと繋ぎ、魔工巨人の内部を破壊しつくした後。
さすがに動かなくなった魔工巨人を前にして、俺たちは健闘を讃えあっていた。
「それにしても……対上位竜専用ユニットなんて凶悪な魔工巨人をよく倒せましたね」
「相性がよかったのだろうな。あの魔工巨人が想定していたのは、体長数十メートルを誇る上位竜だったのだろう? ちょこまかと逃げ回る小さな人間に攻撃を当てるのは苦手だったようだな」
ラウルスさんがニヤリと笑う。たしかに、専用機というものは思いもよらぬ弱点があるものだが……それにしたって、上位竜の攻撃にもある程度は耐えられる設計だろうに、よくもまあ破壊してのけたものだ。
「クルネ君の斬れぬものなしは、こういう時に威力を発揮するからな。あの魔工巨人にとっては、竜のブレスよりも厄介だったはずだ」
ラウルスさんがそう言うと、クルネが慌てたように手を振った。
「そんな、ラウルスさんが魔工巨人を引き付けてくれたからです。何度か危ないところを庇ってもらったし……」
そんな会話をひとしきりしながら、俺たちは残して来た仲間の下へと向かう。その最中で、クルネが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「ねえ……カナメ、どうしたの? なんだか動きがぎこちないわよ」
そう言いながら、俺の周りを一周する。負傷がないか確認したのだろう。そんな彼女に、俺はこそっと耳打ちする。
「ミュスカを転職させてるんだ」
そう告げると、クルネは納得した様子だった。現状では、ミュスカに何も説明していないこともあるし、どのタイミングで彼女の固有職を元に戻すかは悩むところだった。
「……と言うことは、やっぱりそっちも大変だったの?」
「……ああ。どこから話せばいいか、分からないくらいには大変だった。……遺跡の中心部に入ったりな」
「え!?」
そんな会話をしているうちに、手を振っているクリストフの姿が目に入る。みんなが待っているスペースへ戻って来たのだ。
そして、戻った俺が一番初めに確認したことは、アムリアがまだいるかどうかだった。だがそれは杞憂だったようで、アニスとカーナに見張られている彼女は、どう見ても眠っていた。
「カナメさんの指示通り、よく効く眠り薬を進呈しましたからね。ちょっとやそっとのことでは起きませんよ」
俺の視線に気付いたのか、薬師のマイセンが嬉しそうに説明してくれる。クルネたちの援護に向かう直前、アムリアを逃がさないよう薬を盛ってくれと頼んだのは俺だが、マイセンの笑顔を見ていると、なんだか悪事に加担している気がしてきたな。
「それで、どうしようか? 遺跡の宿泊施設で一度休憩するかい?」
「……アレクシスの配下やアムリアに、あの施設の存在を知られたくないな。それに、今の体力でエリザ博士の質問攻めに耐えられる気がしない」
俺の答えに、クリストフは声を上げて笑う。考えることは同じなのだろう。
「それもそうだね。エリザ博士には申し訳ないけど、ルノールの街へ戻ってから一部始終を報告しようか」
「それに、あいつらの処遇も決める必要があるしな」
そう言って俺が視線を向けたのは、アレクシスの配下たちだ。言動からするとそれなりのシンパだったようだが、今になって思えば恐怖政治だったのかもしれない。
それは、ルーシャから聞いた『名もなき神』の在りようと重なって見えた。
「また面倒な仕事が増えてしまうね……」
クリストフはがっくりと肩を落とす。
俺たちがルノールの街へ帰還したのは、それから数刻後のことだった。
◆◆◆
ルノール評議会の本拠地は、未だにルノール村時代の集会場のままだ。建物はだいぶ年季が入っており、修繕よりは建て替えを、と大工たちに言われる程度には傷んでいる。
そんな集会場で俺と向かい合っているのは、王国教会の『聖女』であるミュスカだった。俺たちは立場上、あまり大っぴらにお互いを訪問することはできない。
だが、この評議会は俺たちのどちらが訪問してもおかしくないし、今の評議員は懇意にしている人間ばかりだ。秘密は守ってくれる。
そんなこともあって、俺たちはちょくちょくこの集会場を利用しているのだった。
ちなみに、現在のミュスカの固有職は治癒師に戻っている。数日前のアレクシスとの戦いの後で、こっそり事情を説明して元に戻ってもらったのだ。
そして、今回の話もそれ絡みなのだろうと予測していた。
「あの、メルティナさんは、明後日には到着するそうです……」
「そうか、早いな。……巨大怪鳥便を使ったんだって?」
マデール商会が誇る巨大怪鳥便は、その速さにおいて他のどんな乗り物をも上回る。そして、巨大怪鳥自身が巨大なB級モンスターであるため、道中の危険も少ない。
そのため、メルティナの呪いを一刻も早く解きたいバルナーク大司教が、クリストフに巨大怪鳥便を利用したい旨の申し出をしたことは知っていたが、まさかもう辺境へ到着するとは驚きだ。どうやらバルナーク大司教の行動力を甘く見ていたようだ。
「それで、カナメ君にお願いがあるんです」
「ああ、メルティナを治す時に、ミュスカを癒聖に転職させる話だよな? バルナーク大司教とメルティナが資質を超えた転職のことを言いふらさないなら、別に構わないさ」
あの二人の性格は分かっているし、そもそも、クルシス神殿の力を借りてようやく『聖騎士』の解呪に成功したなどという話を広めたところで、王国教会にメリットはない。
それに、非公式にであれ、教会に大きな貸しを作ることは間違いないわけで、そう悪い話ではなかった。
だが、ミュスカの表情からすると、その話がしたかったわけではないらしい。彼女は少し躊躇った後、少し緊張した顔で口を開いた。
「カナメ君……わたしは、癒聖になりたいです」
ミュスカはまっすぐ俺を見つめる。その意味するところは明らかだった。
「それは……メルティナを治すための一時的な転職じゃなくて、永続的に固有職を得たい、という意味でいいか?」
「はい」
俺の念押しに、彼女は即座に頷く。今日のミュスカはいつになく積極的だった。
「この前の……カナメ君たちと一緒に戦った時に思ったんです。わたしは思い上がっていたんだって……」
「思い上がっていた?」
俺はオウム返しに呟いた。ミュスカほど、思い上がるという単語が似合わない人間も珍しいと思うんだが……。
「わたしは、自分の治癒師としての能力に満足していました。治癒魔法を使えば、ちゃんと治りきらなくてもみんな喜んでくれたから……」
でも、と彼女は続ける。
「魔法の研究をずっと続けているミルティさんや、充分強いのに、訓練を続けるクルネさんやメルティナさんを見ていて思ったんです。……わたしは、ぜんぜん努力してなかったって……」
「そうか? ミュスカはミュスカで色々と頑張ってただろう?」
それは慰めではなく本心だ。実際、ミュスカは孤立無援の辺境で頑張っているし、かつての帝国‐王国戦争の直後は、戦争被害者の救済のために広大な土地を踏破している。決して安穏としていたわけではないはずだ。
「でも、治癒師のわたしでは、あの男の人の呪術を解けませんでした……。あの時に思ったんです。ちゃんと頑張っておけばよかった、って」
まあ、結果論から言えば、消耗していたとはいえアレクシスは神の部類だったわけで、治癒師が解呪できなかったところで、まったく責められる謂われはない。
もっとも、あまりに情報が乏しく、また俺自身が信じ切れていないこともあって、アレクシスの正体については口外していないが……。
「もちろん、これからは固有職の力を引き出せるように頑張るつもりです。でもそれだけだと、また同じようなことが起こった時に、今度はみんなを助けられないかもしれないから……。
だから、癒聖に転職したいって思ったんです」
ミュスカは心配になるほど饒舌だった。それだけ強い思いを胸に抱いているのだろう。
資質を超えた転職については、「色々とややこしいことになるから秘密にしている」と説明しただけで、俺に負担があることをミュスカは知らない。
数日前にミュスカを転職させた時は、今までのざわめきではなく、身体感覚と意識の乖離が発生していた。
だが、ざわめきに比べると、まだ我慢できるレベルではある。実はざわめきが俺の内部に入ってきていて、それが乖離を生み出しているとかだったら嫌だが……さすがに考え過ぎだろう。
そのため、ミュスカが恒久的に癒聖の固有職を得るための協力については俺も乗り気だった。なんと言っても、強力な治癒魔法の使い手が辺境にいるというのは心強い。……まあ、王国教会が異動させてしまうとそれまでなんだけどさ。
今までの経験で分かっていることは、資質を超えた転職をした状態で経験を積むと、資質の成長が早くなるということだ。
現にミュスカも、癒聖になってから聖域という大魔法を連発していたおかげか、資質がかなり成長していた。
メルティナの到着には間に合わないだろうが、彼女がれっきとした上級職持ちになる日はそう遠くないはずだった。
「カナメ君、ありがとうございます……!」
その話を聞いたミュスカは、顔を輝かせて喜んでいた。かつて神学校で親衛隊を作り上げた笑顔は、彼女の成長に伴って磨きがかかっている。
この笑顔を前面に押し出して布教されると、クルシス神殿としても厄介だな。そんな照れ隠しの思考が脳裏をよぎった。
「わたしも、その……カナメ君に転職させてもらいたかったんです。……だから、嬉しいです」
そう言って、ミュスカはもう一度微笑んだ。
◆◆◆
「カナメ。みゅ……ゴホン、ミュスカさんがやけに嬉しそうだったね」
話を終えてミュスカと別れた俺は、待っていたリカルドに話しかけられていた。ミュスカと同時に集会場を出るわけにはいかないため、ちょうどいい暇つぶしではあるが……。
「なんだ、いたのか。ミュスカがいるのに姿を見せないから、てっきり用事があるんだと思ってたぞ」
この様子だと、柱の陰や窓から覗いていたのだろうか。
「僕だってそうしたかったさ! でも、そんな付きまといのようなことはできないよ」
「えーと……」
今だって似たようなものだと思うが……ここは友人の誼で黙っておこう。
「リカルドは評議員なんだから、ここにいてもおかしくないし、別に付きまといだとは思われなかったんじゃないか?」
「僕が声をかけたら、あの笑顔が曇ってしまうかもしれない。そんな勿体ないことはできないよ」
「分かるような分からないような……」
そんな話をしていると、リカルドが咳ばらいを一つ入れる。
「……ところで、やっぱり教会進出の話をしていたのかい?」
「そう言うわけではないが……それなら、俺よりもリカルドと話をしたほうが効果的だろうに」
「統督教として色々あるだろう? この地域ではクルシス神殿の威光が強いからね。いくら教会としても君を無視するわけにはいかないし……」
それはそうかもしれないけど、今回の話はどちらかと言うとミュスカ個人の話だからな。ただ、完全に個人の話と言いきれないあたりに立場のややこしさがあるが。
「どうしたんだい?」
そんな思考が顔に出ていたのか、リカルドが興味深そうに尋ねる。そうだ、ちょうどいいし、リカルドの考えも聞いてみるか。
「実は、ミュスカが上級職に転職したいと言ってきたんだ」
「素晴らしいじゃないか! ミュスカさんが女神と呼ばれる日も近いね!」
リカルドは予想通りの反応を見せた。……だが、それだけで話が終わるようなら、わざわざ彼に考えを聞く必要はない。たとえミュスカの話題であろうとも、この場に彼女がいない限りはできる男のはずだ。
やがて、リカルドは評議員としての顔を見せる。
「……なるほど、君にしかできないわけか。とは言え、クルシス神殿が王国教会の『聖女』を転職させたとなると、色々と勘繰る輩も出るだろうね。
教会とクルシス神殿が接近したとなれば、ややこしいのは帝国教会よりもむしろダール神殿かな? あそこは神殿派トップとしてのプライドがあるだろうし」
「そうなんだよな……。やはりこっそりと転職させるべきか」
問題はクルシス神殿と教会の関係だけではない。そこがなんとも面倒なところだった。
「そうだね……あの『転職の聖女』が王国教会所属のままなら、カナメが資質を育てて彼女が転職させるという手もあっただろうけど……」
「なんせ、帝国教会に移籍した上にあんなことになってるわけだしな。自分を拘束した一味に協力する気はないだろう」
それに、アムリアとアレクシスの間に関係性がある以上、ミュスカの転職を任せる気にはなれなかった。そして何より、アムリアの固有職資質。あれはどう考えてもおかしかった。
「そう言えば、君のところは大丈夫なのかい?」
「俺のところ?」
と、突然の問いかけに俺は首を傾げた。
「クルシス神殿だよ。クルシス神殿としては、教会の『聖女』を転職させることに問題はないのかい? 上級職への転職は協議がいると聞いた気がするけど」
「あー……」
そう言えばそうだな。ラウルスさんはともかく、クルネとミルティは事後承諾という格好だったけど、上級職への転職は、クルシス本神殿に協議する形をとってるんだよなぁ。
ラウルスさんとクルネに関しては、クルシス神殿の利益に直結するためあっさり受け入れられたが、ミルティの時は少し協議に時間がかかっていたことを思い出す。
まあ、緊急避難的に転職させたと報告していたし、俺が固有職を元に戻せることを知らなければ「仕方がない」としか言いようはないだろうが。
「事によると、教会に対して公式に貸しを作ろうとするかもしれないな。プロメト神殿長はともかく、クルシス神殿にも色々な人がいるからなぁ」
「そうなると、ミュスカさんが責任を感じてしまいそうだね……」
まあ、ミュスカの転職に関しては知らぬ存ぜぬを貫くという手もあるんだけどね。ただ、嘘の苦手なミュスカに負担をかけたくはないが……。
リカルドはしばらく考え込んでいる様子だった。そして、あっ、と小さく声を上げる。
「どうした?」
そう尋ねると、リカルドは笑顔を浮かべた。
「カナメ、もう数年前になるけど、初めて会った日のことを覚えているかい?」
「突然だな……たしか、神学校へ推薦するだとか、その辺りの話をした気がするな」
懐かしいな。出会った当初は胡散臭い奴だと思っていたのに、まさかこうして辺境運命共同体になるとはなぁ。あの時の俺に教えても、絶対に信じないことだろう。
「その時の対価の話を覚えているかな?」
「……あ」
思い出した。「素性を一切問わずに、リカルドが指定した人間を転職させる」だったか。もちろん一度だけだが、神学校への推薦状と引き換えに交わした契約だ。
あの時はリカルドの人となりが分からなかったため、無形の借りを作るよりは、と提案したのだった。たしか、書面も作っていたはずだ。
「実を言えば、半ば忘れていたんだけどね。王子だった頃は、その権利でどこかの大物貴族に恩を売るつもりだったんだけど……今となっては、そこまで拘る必要もないし」
「それなら、昔交わした契約を履行するという言い訳が立つか……」
なんせ、クルシス神殿の門を叩くより前の話だからな。しかも契約の相手は今やルノール評議員だ。文句もつけにくいだろう。プラス材料としては悪くない話だった。
「しかし、いいのか?」
「ミュスカさんのためであると同時に、辺境のためでもあるからね。危険と隣り合わせのこの地に癒聖がいることの意味は大きいよ。……ただ、ミュスカさんを辺境から遠ざけてしまわないように、バルナーク大司教と交渉する必要はあるだろうけど」
リカルドが口にした内容は、俺がさっき考えたものとほぼ同じだった。それが無性におかしくて、思わず笑い声を上げる。
「となると、後はバルナーク大司教に話をするだけだな。……ちょっといやらしいが、メルティナの解呪をする時に話を持ちかけるとしよう」
「そうだね、上手く行くことを祈っているよ」
そうして、俺たちはニヤリと笑い合った。




