巫女・上
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「え……!?」
俺は混乱していた。
見知らぬ女性が突如として現れ、涙を滲ませて飛び込んできただけでも想定外だというのに、彼女は俺の身体をすり抜けていったのだ。それはなんとも言いようのない、不思議な感覚だった。
「幽霊!?」
その直後、俺の背後へ抜け出た女性に対して、クルネが剣を突き付けた。同時に、俺は手を引かれて横へ数歩移動する。見れば、ミュスカが真剣な表情で俺の手を抱え込んでいた。
「対魔法障壁……!」
さらに、俺と女性の間にミュスカが半透明の障壁を展開する。もし相手が幽霊の類であれば、この障壁は通り抜けられないはずだった。
「動かないで! この剣は霊体でも斬ることができるわ」
クルネの警告が効いたのか、女性はぴたりと動きを止める。そして、俺を見てはっとした表情を浮かべた後、悲しげに首を横に振った。
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にすると、彼女の姿はかき消えて――。
「待ってくれ!」
俺は咄嗟に声を上げた。一度は姿を消した彼女が、再び目の前に現れる。その表情に害意はなく、ただ寂しげな眼差しが俺を捉えた。
ミュスカの魔法障壁がまだ展開されていることを確認すると、俺は意を決して一歩踏み出す。
「私はクルシス神殿の司祭、カナメ・モリモトと申します。よろしければ、貴女のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そう名乗りを上げると、丁寧にクルシス神の聖印を切る。オーギュスト副神殿長の度重なる指導のおかげで、考えなくても身体は勝手に動いた。
「カナメ!?」
突然名乗ったことに驚いたのだろう、クルネが心配そうに声を上げた。だが、今は目の前の女性から視線を外すわけにはいかなかった。
「その聖印は……本当にクルシス様の……?」
彼女ははっとした様子で俺を見つめる。そして、同じように聖印を切った。
「……私はクルシス神の巫女、ルーシャ・クロシアと申します。……その若さで司祭位を持っているなんて、ひょっとしてあなたは――」
彼女は何かを覗き込むようにこちらを見ると、やがて納得したように頷いた。
「やっぱり、あなたも転職師なのですね。けれど、どうして……?」
後半の言葉は、俺へ向けたものではなく、彼女自身へ向けられたものであるようだった。ルーシャと名乗った幽霊は、真剣な面持ちで何事かを思索している。
「あの……カナメ君、大丈夫ですか?」
思考の淵に沈んでいるルーシャを見ていい機会だと思ったのだろう。ミュスカが控えめに口を開いた。
「ああ、多分大丈夫だ。……どうやら先輩のようだしな」
自らクルシス神の巫女だと名乗った彼女は、その名に恥じない手慣れた様子で聖印を切っていた。あの無駄のない美しい所作は、クルシス神官の名を騙るだけの人間には真似ができないだろう。
それに、先刻の彼女の言葉。それは、ただクルシス神官というだけでなく――。
「転職師としても先輩らしいな……」
「え……?」
思わず漏れ出た言葉に、ミュスカが目を丸くする。
「転職能力を持っているなんて、俺は一言も言ってなかったからな。それに、俺だって彼女の固有職資質を視ることはできるさ」
「じゃあ、あの方は……」
ミュスカとそんな会話を交わしていると、ふとこちらに近づく姿があった。ノクトだ。彼はどこか呆れたように俺を見て、そして口を開く。
「カナメ……お前、いくら美人だからって、ついに幽霊にまで手を出すように――」
「なんでだよ!」
まさかの嫌疑をかけられて、俺は素でツッコミを入れた。
「くっ……少しでもカナメのことを見直していた僕が愚かだった……!」
「まあ、その守備範囲の広さはある意味尊敬に値しますねぇ」
「クルネ、今からでも考え直したら……?」
外野から好き勝手な言葉が聞こえてくるが、とりあえず無視しておこう。そう決め込んで沈黙を守っていると、くすっと笑い声が聞こえた。
初めはミュスカの笑い声かと思ったが、当のミュスカはきょとんとした表情でルーシャを見つめている。どうやら、声の主は彼女のほうだったらしい。
「ごめんなさい、なんだか面白くて……」
俺たちの視線に気が付いたのか、ルーシャは恥ずかしそうに口元を抑える。そして、ぽつりと爆弾発言を口にした。
「――こんな感覚は千年ぶりでしたから」
「……は?」
俺はそう答えるのが精一杯だった。――千年ぶり。彼女はそう言ったわけで、それはつまり……。
「ま、まさか、あんたは古代魔法文明時代の生き残りなのかい!?」
と、そこへ割って入ったのはエリザ博士だった。彼女は未だかつてない勢いでルーシャに詰め寄って……そして、彼女の身体をすり抜けてたたらを踏んだ。
「っと、そうだった。あんたには実体がないんだったね。……けど、あんたが生身の人間で、姿だけをここに映しているのか、それともここにいるあんたが本体で、あくまで幽霊化しているだけなのか……」
ほとんど彼女にめり込む勢いで、エリザ博士が顔を近づける。下手な人間なら恐怖感を覚えそうな状況だが、ルーシャに慌てた様子はなかった。
「……残念ながら、私を構成していた肉体はもう存在しません。そういう意味では幽霊に近いのでしょうね」
「……まさか、そっちのほうだとは思わなかったよ。嫌なことを聞いてすまないね」
エリザ博士は、彼女らしくない殊勝な態度で謝罪する。そして、決まりが悪いのか沈黙した彼女に代わって、再び俺は口を開いた。
「私からも、お伺いしてよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
言葉と共に、ルーシャがこちらへ向き直る。上手く隠してはいるが、エリザ博士の時のようなしっとりと落ち着いた様子ではなく、どこか動揺しているような雰囲気が感じられた。
もしルーシャの言っていることが本当なら、千年前に何があったのか。この遺跡はどういう立ち位置だったのか。彼女は何故こうして存在しているのか。訊きたいことは幾らでもあった。まさに、彼女は歴史の生き証人なのだから。
……だが。俺が最も訊きたいことは、そういった類の話ではない。
しばらく逡巡した後、俺は思い切って口を開いた。
「――クルシス神は、人格を持った神として存在するのですか?」
「ちょっと、カナメ!?」
「カ、カナメ君……!?」
クルシス神官としては最悪であろう質問に、クルネとミュスカが同時に声を上げた。しかもルーシャの言葉が真実なら、相手はクルシスの巫女だ。愉快な質問であるはずがない。
だが、そうだとしても。彼女はたしかに「クルシス様」と、俺にそう呼びかけたのだ。それはつまり、クルシス神とは概念のレベルに留まらない存在だということだ。
俺はこれまで、神学校時代の学友であるエディが提唱した「神とは、方向性を持ったエネルギー体である」という説を考えの基礎に置いていた。俺のような不心得者が神官位を得ても罰が当たらないのだって、そのせいだと思っていたのだ。
だが、クルシス神が人格を持った神であると言うのなら、話は色々変わってくる。
「……失礼しました。司祭位を授かりながらお恥ずかしい話ですが、私はクルシス神の御声を聞いたことがないのです。」
「それはそう……でしょうね」
言葉を付け加えたおかげか、ルーシャが気分を害した様子はなかった。彼女は沈んだ表情で、どこか遠くを見つめる。
「我が身の未熟を恥じるばかりです」
「そうでしょうね」とは、修行が足りないということだろうか。そう解釈した俺は、とにかく低姿勢に出る。
「あ、ごめんなさい……そう意味で言ったんじゃないの。ただ……」
そう言いながら、ルーシャは周囲を見回す。彼女がクルネたちを気にしていることは明らかだった。
「……みんな、すまない。少しだけ二人で話をさせてくれないか」
俺がそう告げると、みんなは様々な反応を見せた。
「そんな、危険じゃない……!」
「元からそのつもりですよ。神殿の機密事項なんて、知らないに越したことはありませんからね」
「できれば一緒に話を聞きたいけど……さすがに無理かね」
様々な声が上がるが、反対する人間は誰もいなかった。唯一クルネは交換条件を出したが、それは俺の周囲に魔法障壁を展開すること、という内容であり、俺にも異存はなかった。
そうして、みんなが少し距離を取る。みんなが俺の一挙手一投足に注目していることは間違いないが、声が聞こえることはないだろう。
それを確認したのか、ルーシャはこくりと頷いた。そして、その表情に悲しみを湛えながらも言葉を紡ぐ。
「人格神としてのクルシス様は……」
一瞬の躊躇い。だがその直後に、彼女ははっきりとした口調で宣言する。
「――もう存在しません」
「……!」
それは、あまりにも衝撃的な言葉だった。クルシス神が存在しないということについては、俺の当初の認識とそう異なるものではない。
また、この世界の多くの神官や信徒にとっても、神とは直接この世界に関わることのない高次元の存在であると、そう信じられている。
だが。
彼女は「もう存在しない」と言った。それは、つまり――。
俺は混乱する頭を必死で整理する。何をどこから確認するべきだろうか。煙を噴き出しそうな頭を軽く手で抑えていると、ルーシャが控えめに声をかけてきた。
「だから、あなたを見た時には驚きました。一瞬、クルシス様が帰っていらっしゃったんだと思って……その、ごめんなさい」
「それはいいのですが……。ご覧の通り、私はただの人間です。別に姿形が似ているわけではありませんよね?」
謝るルーシャに問いかける。すると、彼女はこくりと頷いた。
「あなたが言う意味での、物理的なお姿を拝見したことはありません」
「……あれ? ですが、私と間違えたんですよね?」
俺は間の抜けた声を上げた。それ以外に何が似ていると言うのだろうか。
「……私はクルシスの巫女です。そして、巫女とは別次元に存在する神と意思を交わすことができる者」
「別次元、ですか……?」
「あなたも転職師であるのなら、人とは異なった世界が見えると思います」
そう言われて思い浮かぶのは、固有職資質を視る時の視界だ。通常の視界に重なるように、資質の光が存在する光景を思い出す。
「それと似たようなものです。……そして、なぜだか分かりませんが、あなたをその次元で視ると、クルシス様と似た気配が感じられるのです」
「少なくとも、私は普通の人間のカテゴリーに属していると思いますが……」
なんだか話が大きくなってきたな。けど、気配だけ似ていても意味がないよなぁ。神様に似ているというのなら、せめてそれなりの戦闘能力くらいは欲しいところだ。
そんな罰当たりなことを考えていると、ルーシャは真面目な顔で頷いた。
「分かっています。あなたがクルシス様の化身であるとは思っていません。クルシス様の気配はもっと巨大で、そして純粋なものです」
「そうですか……」
一瞬なじられたのかと思ったが、彼女の表情からするとそういった意図はないようだった。
「けれど、長らくクルシス様の気配に触れていない私にとっては、あなたの気配がとても懐かしく感じられたのです」
「なるほど、それで勘違いを……」
「本当に申し訳のないことをしてしまいました……」
その言葉は俺に向けられていたものか、それともクルシス神に向けられていたものか。しばらく俯いていた彼女は、やがて思い出したように顔を上げた。
「ところで、……私からも訊いていいでしょうか?」
「ええ、私が答えられることであれば」
俺はすぐさま頷きを返した。彼女は超がつくほどの重要人物だ。軽く扱うわけにはいかない。それに、もたらされた情報が重すぎて、こっちから質問することはまだできそうになかった。
「ひょっとして、少し前にもこの街を訪れませんでしたか?」
「……仰る通りです」
少し前というのは、おそらく前回この遺跡を訪れた時のことだろう。あの時は、たしか空間転移をしたら変に引っ張られたような感覚があったが……。
「やっぱり。あの道標に引っ掛かる人間なんて、普通はあり得ないもの……」
彼女は何やら一人で納得したようだった。だが、これはちょうどいい機会だと、俺は頭を切り替える。すぐに料理できそうにない真実は一旦置いておいて、本来の目的を先に果たそう。
そう判断した俺は、駄目で元々と彼女に願い事を申し出る。
「その道標というものはよく分かりませんが……ルーシャさん、このいせ――都市には外敵用の認識阻害魔法の結界が張られていますよね? 非常に厚かましいお願いなのですが、この結界の解除をお願いできないでしょうか」
「え……?」
「その……この都市にお住まいのルーシャさんには誠に申し上げにくいのですが、私たちがこの街へ来た理由は、この古代遺跡の発掘を産業の一つにできないかということでして……」
言いながら、俺は恐る恐る彼女の顔色を窺う。なんせ、俺が言っていることは「貴女の住んでいる街で略奪の限りを尽くしますよ」ということに他ならない。そんな犯罪宣言を堂々と行うような胆力の持ち合わせはなかった。
そもそもここに人……かどうかはともかく、先住権を主張しそうな存在がいること自体が想像外だったからなぁ……。
「この街を発掘して産業に……この放棄された街に、そんな価値があるのでしょうか?」
だが、ルーシャは怪訝そうに首を傾げた。てっきり怒り出すと思っていたのだが、どうやらそれ以前の問題だったらしい。
「あの……ルーシャさんは、この街の外の状況をご存知ですか?」
「街の外には大して興味もないし、そもそも出て行くことだってできませんから……」
「出て行くことができない、ですか……?」
聞き逃せない言葉を耳にして、俺はつい質問を挟んだ。つまり、彼女は地縛霊のようなものなのだろうか。
「ええ、そうなっているの。それで、あなたが言った『街の外の状況』って……?」
ルーシャは俺の質問をさらっと流して、逆に質問を返してくる。さて、どこから説明したものかな。さっきの口ぶりでは、千年以上の時間が経っていることは知っているようだが……。
「千年前の終末戦争によって世界は荒廃し、人類の文明水準は大幅に低下しました。現在では、この都市のような遺跡は、失われた古代魔法文明の技術を今に伝える貴重なものとして、学術的な研究や開発のため積極的な発掘が行われています」
色々と端折って説明をしたところ、彼女はショックを受けた様子だった。自分がずっと暮らしていた街だもんなぁ。それを遺跡呼ばわりされるのはつらい話だろう。
「遺跡……もうここは遺跡なのね……」
彼女は言葉を噛み締めるように、ゆっくりと呟いた。かける言葉が見つからず、俺はただ彼女の様子をじっと見守る。
「この身体になってからは、時間の経過がよく分からなくなっていましたし、かなりの年月を『眠って』過ごしていたせいか、実感が湧きませんね……」
それは、俺に対する説明と言うよりは独白に近かった。だが、宙を見つめていた彼女の視線が俺へ戻ってくる。
「私が久しぶりに覚醒したのは、あなたが前回この街を訪れた時です。もっとも、その時は気付くのが遅れて接触できませんでしたけれど……」
「そうでしたか……」
「……あ、ごめんなさい。あなたに言っても仕方ありませんでしたね。……それで、この街の認識阻害結界を解くと言うことですが……」
彼女の言葉は歯切れが悪かった。さすがに、自分の街を売り渡すような真似はしたくないのだろう。その気持ちはよく分かった。
「現在、人種族の勢力図は縮小する一方です。跋扈するモンスターに襲われても、ろくな防衛戦力がありませんからね。奴らに対抗するには、古代魔法文明の魔道具を手に入れたり、その技術を学んだりして、『村人』でもモンスターを撃退できる力を得る必要があります」
まあ、実際には辺境の発展のためなんだけど、嘘はついてないはずだ。大局的な視点で考えれば、そうなっていくのは間違いないだろうし。
「モンスターに……? 上位竜以外のモンスターなんて、ほとんど脅威ではなかったと記憶していますが……」
「それほどに技術が失われているのです。せめて固有職持ちの数がもっと多ければ、ここまで苦戦することもないのでしょうが……」
それは、特に深い意味を持たせた言葉ではなく、転職を手掛けてきた俺の、ただの感想でしかない。
だが、その言葉を聞いたルーシャの顔色が変わった。
「……カナメ司祭。現在の固有職持ちは、どれくらいの割合で存在していますか?」
「割合ですか? そうですね、一万人に一人くらいだと聞いた気がしますが……」
「……そう」
彼女の顔は明らかに青ざめていた。実体を持たない身体なのに青ざめるということは、外形は自身のイメージに左右されるのだろうか。
そんな余計なことを考えていると、彼女は別の質問を口にする。
「それでは、転職師は何人いるのですか?」
「二人です。……ルーシャさんを入れると三人になりますが」
今度の質問は簡単だった。すると、彼女は目を伏せたまま質問を追加する。
「もう一人の転職師もクルシス神官なのですか?」
「いえ、教会派ですね」
「教会派……?」
彼女が不思議そうに訊き返す。……そうか、そう言えば千年前はまだ――。
「たしか、千年前はオルファス教という名称だったはずです」
「ああ、オルファス教ですか……」
神学校で真面目に講義を聴いていてよかったなぁ。俺は心の中でマーカス先生に感謝した。
「となると、やはり……」
呟くルーシャは、なぜか悲壮とも言える表情を浮かべていた。そして思考の海に沈んでいた彼女は、覚悟したように口を開く。
「分かりました。もともと、私はこの街の管理者ではありませんから、あなたたちを止める権利はありません。ただ、この先――」
彼女はそう言うと、目の前に広がる中心部を指し示した。
「このエリアにだけは入らないでください。ここには都市の心臓とも言える重要な施設が集中しています」
それは、あまり嬉しくない話だった。エリザ博士ではないが、遺跡の中心部に入れないようでは遺跡の発掘は中途半端すぎる。……まあ、この規模の都市であれば、周辺部だけでも充分すぎる成果を上げられる気はするけどね。
ただ、問題は「中心部は立ち入り禁止だよ!」と言ったところで、研究者たちが大人しく引き下がるかと言うことだ。そもそも、一番身近なエリザ博士からして非常に危ない。いや、ほぼアウトだと言っていいだろう
だが、その心配は無用だった。
「今、都市全体に対して展開している認識阻害の結界を、街の中心部だけに絞ります。その分出力も上がりますから、何かの弾みで侵入されることはないでしょう」
そう言うと、彼女はふっと姿を消した。そしてすぐに、再び姿を現す。
「設定を変更しました。切り替えには少し時間がかかりますが、じきに中心部だけが認識されなくなるでしょう」
「ありがとうございます」
早いな。あっさり願いが聞き届けられたことに驚きながらも、俺は丁寧に頭を下げた。
「ただ、気を付けてくださいね。認識阻害の結界は私が管理していますが、さっきも言った通り、都市全体の管理者ではありません。もし不用意に中心部へ侵入するようなことがあれば……」
「あれば?」
「……この街の防衛システムが作動します」
やっぱりか。予想していたとは言え、それは残念な知らせだった。
「それって……どれくらいの戦闘力を持っているんでしょうか」
そう尋ねると、ルーシャが怪しむような視線を向けてくる。
「いえ、もちろん侵入するつもりはありませんが、万が一の時の参考にと思いまして……」
そんな言い訳を聞いて、彼女は探るように俺を見つめた。そして都市の中心部を見上げながら口を開く。
「侵入した敵の脅威度によって変化する、としか知りません。認識阻害の結界はクルシス神殿が独自に作り上げたものですが、防衛システムにはまったく関わっていませんでしたから」
「そうですか……」
まあ、古代遺跡の発掘を可能にする、という目的は一応達成されたわけだし、この辺りで手を打つべきかなぁ。あんまり欲張って、ルーシャに見限られてしまうと、また結界を張られてしまうだろうし。
そう判断した俺は、この一件を頭から追い出す。ここへ来た主目的は達成されたが、それよりも重要なことがあったからだ。
「ところで……先程は途中になってしまいましたが、クルシス神のことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どんなことでしょうか?」
「私たちの伝承では、千年前に終末戦争が勃発し――」
そして、核心に触れようとしたその時だった。今までのものとは比較にならない、物々しいアラームが遺跡中に鳴り響いた。
「なんだ!?」
耳をつんざくような不快音に顔をしかめながら、俺は当たりを見回した。少し離れたところで、クルネたちが周りを警戒しているのが見える。
ルーシャを連れてクルネたちに合流すると、彼らを代表するようにアルミードが口を開いた。
「アラームのようだな。特に変わったことはないように見えるが……」
「――これは、都市の中心部に侵入しようとする不届き者が現れた時の警報です」
アルミードの声を遮るように、ルーシャがきっぱりと言い切る。その内容に俺たちは顔を見合わせた。
「しかし、ご覧の通り私たちは全員ここにいますが……」
「あ、そう言えば……」
一瞬きょとんとした後、ルーシャは不思議そうな表情を浮かべる。そうして俺たちが首を傾げている間にも、事態は進行していた。
「なんだありゃ!?」
「ちっ、今までの魔工巨人とはまるで別物だね!」
視力に優れたノクトとカーナが大声を上げる。少し遅れて、俺にもその様子が分かってきた。全長十メートルほどのウニのような形をした物体が、ゆっくり転がってきたのだ。その様子からすると、俺たちが標的であることは間違いなさそうだった。
そのウニは俺達から三十メートルほどの距離で動きを停止すると、警報音とは違う、妙に甲高い音を奏でた。すると、それが合図であったかのように、全長三メートルから五メートルほどの魔工巨人がぞろぞろとウニもどきの周りに現れる。
「仲間を呼ばれた!? しかも戦闘用の魔工巨人まで混ざっているじゃないか! あれ一体でどれだけ魔工巨人解析の研究が進むことか……!」
エリザ博士の言葉で、全員の身体に緊張が走った。戦闘用の魔工巨人の戦闘能力は尋常ではない。暴走した一体の戦闘用魔工巨人のために、幾つかの村が消滅した例もあるくらいだ。油断なんてできるはずがなかった。
「どうする!? 逃げるか?」
「逃げるにしても、一当たりしてからだ。これだけのメンバーが揃うことは滅多にない。ならば、今のうちに敵のデータを集めておいたほうがいい」
「それに、空を飛んでいる魔工巨人が危険ですね。下手に逃げたところで、追いつかれて巨大怪鳥が撃ち殺される可能性もあります」
マイセンが厳しい表情で見据えているのは、全長一メートル弱の飛行物体だ。円盤に似た形状のそれはすいすいと空を飛び回っており、俺達よりも足が速いだろうことは容易に想像できた。
「エリザ博士は下がっていてください。あれだけの数だ、近くにいては巻き込んでしまいます」
「だな。カナメと一緒に下がって見てろって。聖獣も一緒なんだし、そこそこ安全だぜ」
「ああ、分かったよ」
そうして、俺はキャロ、エリザ博士と一緒に巨大なウニもどきと魔工巨人数十体の連合軍から距離を取った。幸いなことに、援軍の魔工巨人は遺跡の中心部から供給されているようで、俺たちが背後を取られる心配はなさそうだった。
「あの巨大な魔工巨人に気を付けるんだ! あの巨体も危険だし、何か遠距離攻撃をしてくるかもしれない」
「あのデカブツは俺が注意しておく! ヤバそうな兆候が見えたら言うから、そのつもりでな!」
アルミードが警戒を促せば、ノクトが監視役を買って出る。
「目的はあの巨大な魔工巨人の破壊です! 近付いてくる魔工巨人を破壊しながら前線を押し上げてください! 場合によっては撤退もあり得ますから、突出しないように気を付けて!」
さらにマイセンが声を張り上げた数秒後。前衛組は魔工巨人の最前線と戦端を開いたのだった。




