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転職の神殿を開きました  作者: 土鍋
転職の神殿を開きました
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古代遺跡

【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】




 この世界では目にすることのない、数十メートルの高さを誇る高層建造物。巨大怪鳥ロックを降りた俺たちを出迎えたのは、かつて見た通りの光景だった。


 その非現実的とさえ言える建物が無数に立ち並ぶ様子を見て、平然としていられた人間は誰もいなかった。


「なによ、これ……」


「そんな、こんなことが本当にあるのか……?」


「おいおい、冗談だろ? 今度は遺跡が幻覚を見せてんのか?」


 彼らが上げた声は様々だが、その言葉に込められた思いは共通だった。圧倒的な存在感を持った建物群に気圧されたように、全員が呆然と立ち尽くしていた。


「まさか……あはは、本当に大当たりじゃないか……」


 その中でも、エリザ博士の反応は顕著だった。いつもの解説モードは鳴りを潜め、眼前の光景をすべて記憶に焼き付けようとでもするかのように、強い視線を遺跡に注いでいた。


 そうしてどれほどの時が経っただろうか。俺たちの様子を不思議に思ったのか、キャロが短く鳴き声を上げる。それを合図として、みんながはっと我に返った。


「信じられない光景ね……あんなに高い建物を作って、倒れてこないのかしら」


「お城とか、一番高い木とか、そういうレベルの高さじゃないわね」


 ミルティが呟けば、クルネが相槌を打つ。周囲を見渡せば、似たような会話が至るところで交わされているようだった。


「さて……エリザ博士、ここからどうしますか?」


 エリザ博士に声をかけると、彼女は超人的な速さで遺跡の様子を模写しているところだった。少し待て、というジェスチャーを受けて沈黙していると、やがて彼女はいい笑顔を見せた。


「とりあえず、最終的な目的地はアレだろうね」


 そう言って彼女が指差したのは、遺跡の中心部にそびえ立っていると見られる、一際大きな高層ビル群だ。他とは少し意匠の違う建造物もあり、強く興味を引かれることは間違いなかった。


「それじゃあ、まっすぐ中心を目指しますか? 巨大怪鳥ロックでもう少し中心部まで近付くという手もありますし」


 エリザ博士の言葉に反応して、クリストフがそう提案する。だが、博士は即座に首を横に振った。


「そいつはやめておいたほうがいいよ。下手をすると、警備システムに撃ち落とされるかもしれない。あたしたちの帰りの足がなくなっちゃ大変だ」


 そして、きらりと瞳を光らせる。


「それに、この都市の重要拠点はあそこだろうけど、この付近にある建物だって研究者なら垂涎ものだよ。できることなら一つ一つくまなく調べて回りたいくらいさね。ま、それは抜きにしても、まずはこの辺りの施設で様子を見る必要はあるだろうさ。いきなり本拠地に乗り込むよりは、この辺りで魔工巨人ゴーレムなんかの警備システムの傾向を調べておいたほうがいい」


「なるほど……」


 彼女の言葉には一理あった。なんせ謎だらけの遺跡だ。比較的セキュリティレベルの低そうな場所で、傾向と対策を掴む必要はたしかにありそうだった。


「となれば、俺っちの出番だな。先頭は任せろ」


 ノクトがそう宣言すると、無言でアルミードが彼の後ろに立つ。何かあった時の盾役になるつもりなのだろうか。彼の提案に異を唱える者はおらず、俺たちはノクトを先頭にして近くの建物に侵入する。


「……何も起きねえな。なんだか拍子抜けだぜ」


 高層ビルがひしめいているとは言え、そんな建物がすべてということはなく、平屋建てや二、三階建ての家屋もないわけではない。俺たちが最初に足を踏み入れたのは、そんな建物の一つだった。


「なんだか詰所みたいです……」


「あ、言われてみれば……」


 ミュスカの呟きにアニスが反応する。ミュスカはいつでも防護壁を展開できるように、アニスはいつでも槍を突き出せるように警戒態勢を取っているが、何も起きないことで少し緊張が解けたようだった。


 彼女が詰所と評した建物内を、ノクトがくまなく調べて回る。さらに、その後をアルミードとエリザ博士が確認して回り、残りのメンバーは余計なものに触れないように気をつけながら遺跡の様子を見て回っていた。


「これがカウンターよね? 椅子もあるし。……けど、こっちに置かれてる道具はなんだろうね」


「微かな残留魔力を感じるし、魔道具の一種じゃないかしら」


「おや、それなら高く売れそうですね」


「どうかしら。原理も使い方も分からない状態じゃ、一部の研究機関しか引き取り手がないかもしれないわよ」


「カナメ、これなんだと思う?」


「念話系の魔道具かな?」


 そんな会話を交わしながら、みんながきょろきょろと周りを確認する。目立って傷んでいる箇所はないが、それでも長年人の手が入っていないことを感じさせる、独特な雰囲気が俺たちを包んでいた。


 やがて、エリザ博士が鼻息荒く次の建物へ向かう旨を宣言すると、俺たちはまたぞろぞろとノクトの後ろについて建物から出る。


「……ぷはっ! 何事も起きなかったとは言え、緊張したぜ」


 外へ出たノクトは、そう言うと大きく伸びをした。傍目からはそう見えなかったが、彼もかなり神経を張り詰めていたのだろう。


「さ、次はどこを調べようか!? 今度はあの三階建ての建物なんかどうだい?」


 そんなノクトとは対照的に、オーラが見えそうなくらい勢いに乗っているのは、言うまでもなくエリザ博士だった。彼女はノクトの腕を取ると、子供のように行きたい方角を指し示す。


「ちょ、引っ張んなって! 焦って罠に引っ掛かったらどうすんだよ?」


 そんな会話に周囲から笑い声が上がる。そして、和やかな雰囲気のまま、俺たちはエリザ博士が選んだ次の標的へと近づいた。


「うわぁ……これ、ガラスよね? こんなに大きくて綺麗なガラスなんて、初めて見たわ」


「しかも壁の一部になっているようね。強度も期待できそうよ」


 ノクトが入口を調査している間に、クルネたちが口々に建物の感想を口にする。罠のチェックに神経を研ぎ澄ませているノクトには申し訳ないが、さっぱり危険が迫っていないせいか、どうにも観光モードになりつつあるな。


「ね、ここってどんな建物だったのかな。何かの儀式場とか?」


「うーん……商品の展示用じゃないのか?」


 クルネの突然の質問に、俺は反射的に答えを返す。実際にどうかは知らないが、店舗ディスプレイのためのスペースに見えて仕方なかったからだ。


 だが、そんな感想を持ったのは俺だけだったらしい。


「そう? カナメってば、相変わらずそういう方向に考えるのね」


「面白い発想だけれど……こんなに上質で巨大なガラスを、そんなことに使うかしら」


「カナメ君らしいですね……」


 三人がやんわりと俺の言葉を否定する。ガラスってそんなに凄いものだっけか。この遺跡にいると、せっかく馴染んだこの世界の感覚が崩れていくな。


「ねえねえ、このガラスって売れるんじゃない? 問題はどうやって取り外すかよね」


「うん、綺麗に取り外すことができればかなりの収入になるだろうね。……アニス、触るのはやめておこう」


 そんなことを考えていると、マデール兄妹の声が聞こえてきた。アニスが槍でガラス周りの壁をつつこうとするのを、クリストフが慌てて止めている。


「……あ、ノクトがチェックを終えたみたい。カナメ、行こ?」


 そうこうしているうちに、ノクトのチェックは終わったらしい。建物の中へ入っていく彼の背中を追いかけて、俺たちも入口をくぐる。


 今度の建物はかなり大きいようで、家に換算すると五、六軒分はあった。あまり障害物はないが、カウンターや造りつけらしい棚などが目に入る。


 ノクトはどこだろうと辺りを見回すと、彼はちょうど巨大なガラスを見上げているところだった。内側と外側の違いはあるが、さっきクルネたちが話題にしていたものだ。そして、ノクトとエリザ博士が、ガラスに向かって同時に踏み出す。


 その時だった。ビィーッという不快な音が辺りに鳴り響いた。


「しまった! アラームに引っ掛かった!?」


 博士の言葉をきっかけにして、俺たちは密集隊形をとった。相手の出方によっては一網打尽にされかねないが、ミルティとミュスカの障壁があれば、そう簡単にやられることはないだろう。


「やはり魔工巨人ゴーレムがいたか……! 数は三体! 増援の可能性を忘れるな!」


 アルミードはそう叫ぶと、背中に背負っていた盾を構えた。


 姿を現したのは、全長三メートルほどの魔工巨人ゴーレムだ。濃紺色の素材で作られており、瞳に当たる部分が怪しげに明滅している。特に凶悪なフォルムではないが、全長三メートルの物体に迫られてしまえば、もはや造形などどうでもいいことだ。


「エリザ博士、戦闘時の注意点は!?」


「もし増援を呼ぶ仕草を見せたら、総攻撃で潰しておくれ! 仲間を呼ばれるのが一番面倒だからね!」


「了解!」


 そんなやり取りの直後には、魔工巨人ゴーレムの一体がアルミードへ向かって手を伸ばす。その巨大な手は、捕まえられた者の一切の抵抗を許さないだろう。


「ちっ!」


 アルミードは差し出された手をかいくぐると、剣を魔工巨人ゴーレムの膝部に叩きつけた。まずは機動力を削ごうということだろうか。


 アルミードの一撃は、魔工巨人ゴーレムの足を断つことこそできなかったが、その損傷は思いの外深かったようで、明らかに巨人の動きが鈍くなる。


「右だ、アルミード!」


 その直後、ノクトの警告に従って、アルミードが右に盾を突き出した。


剛鉄スタウト!」


 重量物が激突したような轟音とともに、二体目の魔工巨人ゴーレムの拳が盾に阻まれた。すかさずグラムが手にした金属棒を叩きつけ、同時にアニスが槍を魔工巨人ゴーレムの頭部目がけて突き出す。


 グラムの衝撃強化グレートインパクトを使用した打撃と、アニスの貫通ペネトレートを伴った刺突が、動きの止まった魔工巨人ゴーレムを捉え、耳障りな破壊音とともにその破片が飛び散った。


 特に、アニスの槍は魔工巨人ゴーレムの核を貫いていたようで、表面の素材とは明らかに異なるものが穴からこぼれ落ちていた。


「カーナ! 頭部だ!」


「分かってる!」


 それを見たアルミードが、即座にカーナに指示を出す。その時には、すでにカーナは弓の弦を引き絞っていた。


加重撃ヘビーストライク!」


 凄まじい炸裂音とともに、アルミードの近くにいたもう一体の魔工巨人ゴーレムが頭部を砕かれた。いつの間にか盾を構えていたアルミードは、爆散する欠片から自分の身を守る。見事なコンビネーションだった。


 そして、もう一体はと言えば……。


「そんな、何もできなかった……」


「大丈夫、サフィーネに落ち度はないわ。私だって見ているだけだったもの」


「クルネさん……凄いです……!」


 ()()()()()()()()魔工巨人ゴーレムを見ながら、魔法職の三人が目を丸くしていた。


 なんせ、魔工巨人ゴーレムが間合いに入った次の瞬間には、クルネの剣が相手を上下左右に分断していたのだ。信じられないことに、特技スキルを使った様子もなかった。


「私じゃなくて、この剣が凄いだけよ」


 称賛を受けたクルネは、照れたように、そしてどこか誇らしげに剣を掲げてみせる。切れ味を向上させるような付与魔術エンチャントはなされていないはずだが……。まあ、素材が素材だし、基本スペックが非常識なレベルでもなんら不思議はないか。


「それでも、クーちゃんの腕があってこそよ。どんな名剣でも、使う人によってはただの鈍器にしかならないもの」


「ホントだね。護衛さんが剣匠ソードマスターだとは聞いていたけど、ここまで凄まじいとは思っていなかったよ。この魔工巨人ゴーレムは、ランクB-Cってところだろうけど、これでも戦場に投入されればかなりの脅威になるはずだよ。たしか王都のクルシス神殿であたしが見せてもらった魔工巨人ゴーレムも同じB-Cランクだったと思うけど、けっこうな被害が出たんだろ? なんせ防衛用や戦闘用ほどじゃないけど、警備用の魔工巨人ゴーレムは荒事を前提に作成されているわけだからね。他の用途のために作られた魔工巨人ゴーレムとは一線を画すると言っても差し支えないわけで――」


 珍しいことに、エリザ博士までが称賛に加わる。それだけ衝撃的な光景だったのだろう。……まあ、話が違う方向に伸びちゃってるけど。


「みんな、悪かったな。ドジ踏んじまったぜ」


「足を踏み入れるだけで反応するとは、あたしも予想外だったよ」


 ノクトがそう謝ると、博士も続けて謝罪の言葉を口にする。


「気にするな、むしろ魔工巨人ゴーレムの脅威度を測る手ごろなトラップだったさ」


 だが、アルミードが爽やかな笑顔を見せたことで、その話はあっさり終了した。この戦いで一番身体を張った彼がそう言う以上、誰にも異存はないだろう。


「アルミード、正面から魔工巨人ゴーレムの攻撃を受け止めてたでしょ? 大丈夫だった?」


「もちろんさ! 僕はみんなの盾だからね、あれくらいどうってことないよ」


 クルネの問いかけに、アルミードは胸を張って答える。


「それに、あのタイプの魔工巨人ゴーレムの弱点が頭部だということも分かったからね」


「たしかに……」


 そうなんだよな。魔工巨人ゴーレムの核は胸部に収納されていることも多いらしいが、なんせあの魔工巨人ゴーレムの全長は三メートルだ。頭部を狙うなんて並の人間にはできないだろう、ということで頭部に核があったのかもしれない。


「弱点も分かったし、魔工巨人ゴーレムのおおよその戦闘能力も把握できた。この分なら、そこまで慎重にならなくてもよさそうだな」


「別種の魔工巨人ゴーレムが出てくる可能性を考えると、あまり油断はできませんよ? エリザ博士も仰っていた通り、この魔工巨人ゴーレムは警備用です。戦闘タイプの魔工巨人ゴーレムが出た場合、こう簡単にはいかないでしょう」


「……そうだな、油断は大敵か」


 上機嫌なアルミードに、マイセンが釘を刺す。それは、いかにも年季の入ったパーティーといった様子だった。


「さて、どうせ警報に引っ掛かったんだ、徹底的に調べていくとするか」


 やがて、ノクトが気を取り直したように宣言する。その言葉にみんなが小さく笑い声を上げた。


「お、やる気だねぇ! なら、今度は二階に行ってみないかい? 運が良ければ倉庫になっているかもしれない」


 そこへエリザ博士も加わって、再び探索が始まったのだった。




 ◆◆◆




 魔工巨人ゴーレムとの初戦闘後、さらに数軒の建物に侵入した俺たちは、特にこれと言った問題もなく、着々と情報を集めていた。


「よし、一度この辺りで休憩しようか」


 アルミードが小休止を宣言すると、俺たちはあまり離れないように気を付けつつも、公園らしきスペースの、思い思いの場所に腰を下ろす。


 クルネが水を飲むのを横目に、俺はゆっくりと周囲を見渡す。かつては計画的に緑が植えられていたと思われる広場だが、すっかり枯れてしまった木や、近くの柱を取り込みながら巨大化していったであろう蔦植物などのせいか、どこか異界めいて見えた。


「今のところ順調ね。エリザ博士の様子だといろんな発見があったみたいだし、魔工巨人ゴーレムにもきちんと対処できてる。遺跡探索としては大成功の部類に入るんじゃない?」


「そうだな。ただ、このまま順調に行くとは、さすがに思えないんだが……」


「もう、縁起の悪いこと言わないでよ……」


 俺が懸念を口にすると、クルネは拗ねたように口を尖らせた。だが、すぐに気分を切り替えたのか、周りを見ながら首を傾げる。


「ねえ、この不自然に広いスペースって公園だったのかな。珍しいよね」


「そうか? 無機質な建物に囲まれていると息が詰まるし、こういった緑の空間は必須だと思うんだがなぁ……」


「――王都ならともかく、辺境に公園を作る文化はないものね。もともと森の傍にある村ばかりだし、せっかくの居住地にどうして森を持ち込むんだ、という意識が強いから」


 そう言いながら近づいてきたのはミルティだった。彼女は俺たちの近くに腰かけると、少し真剣な視線を俺に向ける。


「ところで、ずっと気になっていたのだけれど、カナメさんはこの遺跡を知っていたの?」


「ん? ……まあ、最初にこの遺跡を見つけたのは俺だからな」


 そう答えると、ミルティは周囲を見回してから、声を小さくしてもう一度尋ねる。


「そうじゃなくて……遺跡に来てからというもの、カナメさんだけみんなと反応が違っているように思えるのよ」


「反応が……違う?」


 なんのことだろう。そう首を傾げていると、クルネも同意するように強く頷いた。


「やっぱりそうよね。私も不思議に思っていたの。……なんだか、カナメはこの都市のことをよく知っているみたいだって」


「あ……」


 そこまで言われて、俺は二人が言いたいことにようやく気付いた。……たしかに、そうかもしれないな。


 なんせ、この遺跡は元の世界と似通っている部分が多い。もちろん『似ている』程度でしかないが、そのおかげで、建物の用途や置かれている道具の目的はなんとなく分かるような気がした。


 同じ身体を持つ人間が、自分たちの生活をよりよくしようと発明を繰り返した結果だ。魔法というイレギュラーな要素があるとは言え、同じような発展を遂げて、似たような造りに辿り着いてもおかしくはない。


「この遺跡が他に類を見ない衝撃的な存在だということは、専門家であるエリザ博士を見ていれば分かるわ。その博士ですら首を捻ってばかりなのに、カナメさんが建物や魔道具の用途を、当然のように次々答えるから……」


「カナメだけ、みんなと雰囲気が違うのよね。警戒しているのは一緒だけど、未知のものに対する興奮というか、そんな感じがしないの」


 ミルティの言葉を受けて、クルネも納得したように口を開く。別に隠していたつもりはないが、二人ともよく見てるな。


「それどころか、懐かしそうな顔をするから気になって……。ひょっとして、カナメさんがいた世界って、この都市が栄華を誇っていた時代なんじゃ――」


「それはないさ。……たしかに似ている部分は多いけど、別物であることは断言できる」


 そもそも、俺の世界に魔工巨人ゴーレムはいなかったしな。警備ロボットはいたかもしれないが、魔力なんて謎動力で動いている時点であり得ない。


 そう伝えると、ミルティがほっとした表情を浮かべる。もし俺がこの遺跡の時代に生きていたとしたら、もはや誰もいない廃墟を見てショックを受けていたことだろう。それを心配してくれていたのだろうか。


 だが、そんな表情も束の間、ミルティはふと何かに気付いた様子で俺を見つめた。


「この遺跡に似た世界って……カナメさんの世界ってどんなところなの?」


「……そう言えば、カナメのいた世界のこと、ちゃんと聞いたことない」


 ミルティの言葉にクルネが乗っかってくる。言われてみれば、食べ物の話以外はほとんどしたことがないなぁ。そもそも信じてもらえなさそうな上に、イメージもしにくいだろうと思っていたため黙っていたが、こうして眼前に具体例があるわけだしな。


「そうだな……この都市から魔力を取っ払った感じかなぁ」


 そんなざっくりとした説明に、ミルティが目を瞬かせた。


「それって、この遺跡の根本を否定している気がするわね」


「その代わりに、別のエネルギーやら理論やらがあるんだ。そのせいで、結果的に似たような形に落ち着いたのかもしれない」


「魔法研究者としては気になる話ね……」


 そんな会話をしていると、クルネが俺の服の裾を軽く引いた。どうしたのかとそちらを向くと、彼女が不安げな表情を浮かべていた。


「カナメはこんな凄いところで暮らしてたんだよね? ……それじゃ、辺境での生活は本当は嫌なんじゃ……」


「そんなことないって。たしかに最初は慣れなかったけど、それだけのことだ。たしかに向こうの世界のほうが便利だが……」


 そう言いながら、俺はあの日のことを思い出す。


「それもひっくるめて、俺はこの世界に残るって決めたんだからな」


「……うん」


 不安げだったクルネの表情が、ようやく柔らかくなる。そのことに安堵しながら、俺は眼前にそびえる建物群を見上げた。




 ◆◆◆




 ようやく辿り着いた遺跡の中心部は、これまでとは一線を画していた。


「……千年前の都市だろうに、全然劣化している様子がないね。中心部をまとめて『保存』の魔法結界で覆っているのかもしれない。今までだって保存状態のいい建物ばっかりだったけど、これは格別さね。こうして見ると、あたしが帝国で見てきた遺跡は小さな別荘程度のものだったんだろうね。今回の発見で古代文明の生活様式に関する定説が覆されそうだよ。これならむしろ神話や英雄譚のほうが――」


 そんなエリザ博士の解説を背景に、目の前の建物群を見上げる。これまでの建物はいかにも『遺跡』といったものであり、その傷み方や植物等の蔓延りようが年月を感じさせていた。


 だが、これはどうだ。今も人が住んでいると、そう言われても頷けるレベルの保存状態だった。もはや保存されている、という言葉さえ似つかわしくないように思える。


「……みんな、これ以上進むのは待ってくれる?」


 と、そこで声を上げたのは、エリザ博士ではなくミルティだった。予想外の発言に、みんなが不思議そうな表情を浮かべる。


「ノクトさん、そこからあと五歩も進めば、何らかのトラップが作動する可能性が高いわ」


「なんだって!?」


 驚きの声を上げたのは、ノクトではなくアルミードだった。肝心のノクトはと言えば、どこか納得したような表情を浮かべていた。


「……やっぱりか。どうも首筋がチリチリして、これ以上進む気になれなかったんだよな」


「もう少しでなんらかの結界に触れるわ。今までの傾向からすると、あまりいい予感はしないわね」


 ノクトの言葉にミルティは頷く。魔力感覚がないのに危険を察知したノクトも凄いし、あっさり結界に気付いたミルティも大したものだった。……なんせ、俺はさっぱり気付かなかったからな。言われてみれば、たしかに違和感があるな、といった程度だ。


「でも、どうするの? ここまで来て引き返すの?」


「それもなんだか悔しいね。ここまで中心に来ておきながらさ」


「それはその通りですが……ここは雇い主の判断次第でしょうね」


 サフィーネとカーナの会話にマイセンが混ざる。そして、三人の視線はクリストフへ向けられた。その視線を向けられたクリストフは、困ったようにエリザ博士を見る。


「……悩むところだね。たしかに、この先は特別なエリアだって感じがする。けど、それはセキュリティレベルが跳ね上がることと同義だろうからね。前にも言った通り、本当は大陸中の戦力を集めたいくらいさね。ただ、あんたたちの戦闘力なら、なんとかなるような気もするんだ。A-Aランクの魔工巨人ゴーレムだって、犠牲者を出さずに切り抜けられるかもしれない」


 そう言って博士はクルネに視線を送る。他のメンバーも頼もしいことに違いはないが、やはり上級職の安心感は大きいのだろう。


「それに、ルノール評議会の都合的にも、この状態で放置するわけにはいかないんじゃないのかい?」


「え?」


 突然話を振られて、クリストフがきょとんした顔を見せる。


「だって、ここで引き返しちまったら、この都市が展開している認識阻害魔法は解けないまんまだよ? そっちの神官さんがいない限り誰も遺跡に入れないじゃ、ろくに研究もできないし、遺跡を産業の一つにしようと考えてるあんたたちにとっても都合が悪いだろうに」


「それは、たしかに……」


 そのことを失念していたのか、クリストフははっとした様子で頷いた。俺としても、この遺跡で生活するのはさすがに遠慮したいところだ。


「それなら、トラップ覚悟で踏み込んでみるか? 英雄譚ならよ、こういう場合は中心部にあるキラキラしたモンをぶっ壊したらなんとかなるんじゃねえか?」


「それに失敗した人たちは、英雄譚では取り上げられませんからね。実際の成功率は怪しいものですよ?」


「ミルティ先生が感知した結界は『保存』の魔法だとか?」


「その可能性は否定できないけれど、『保存』らしき魔力は別で感じるのよね……」


 今後の方針について、みんなが様々な意見を出し合う。だが、これと言った決め手がないまま、半刻が過ぎようとしていた。


 いい案が出てこないのは俺も同じことで、ゆっくり息を吐きながら建物を見上げる。


「……あれ?」


 そして、思わず声を上げた。高層ビルの一つが光ったように思えたのだ。そこで、俺はすべての注意力をその一棟に集中する。どんな小さなことも見逃すまいという覚悟だった。


 ……だから、俺が()()()()に気付かなかったのは仕方のないことだろう。


「クルシス……様……?」


 一体、いつの間に姿を現したのか。


 俺のすぐ傍に、一人の女性が立っていた。二十歳前後だろうか。儚げな雰囲気がその整った容姿と合わさり、神秘的な印象を生み出している。

 そして、なぜだろうか。こちらを見るその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


 さらに、気になるのは彼女の服装だった。なぜなら、形こそ異なっているものの、その意匠や色づかいはクルシス神官の法服を彷彿とさせるものだったからだ。


 彼女は何者なのか。


 一体どうやって現れたのか。


 予想だにしていなかった展開に戸惑っていると、ふと彼女が動いた。こちらへ向かって飛び込んできたのだ。彼女の身体はそのまま俺と接触し……。


 ――そして、俺の身体をすり抜けた。



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