産業
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「それじゃ、ついに遺跡に足を踏み入れるのね……カナメさん、無茶はしないでね?」
ルノールの街の外れ。魔獣使いクリストフのマデール商会の敷地の傍には、とある実験施設がある。その施設の様子を眺めながら、俺は実験を主導するミルティと雑談を交わしていた。
「えーと……心配してくれるのは嬉しいんだが、俺は行かないぞ?」
「あら、そうなの?」
ミルティはそう答えながら、不思議そうに首を傾げた。
「いくら自己転職ができると言っても、しょせん十秒程度の話だしな。遺跡の探索みたいな長時間行動には向かないさ」
「それもそうね……。なんだか、こういう時はカナメさんが率先して乗り込んでいくイメージがあったものだから」
「アルミードたちだって、非戦闘員を増やしたくはないだろうしな。俺たちは結果を待つのみだ。……どちらかと言うと、その後のほうが問題だろうしな」
辺境に存在する古代文明の遺跡。この存在が公になれば、各国が注目することは間違いない。そしてそれは、ややこしい問題を抱え込むことと同義だった。
盗掘対策はもちろんだが、そもそも遺跡の所有権を主張することも一筋縄ではいかない。遺跡がルノールの街中にあるのならともかく、歩くと数日はかかる距離だ。ルノールの街の一部だと主張するのは難しいものがあった。
自治都市にとっての重要拠点であり、他国に攻め込まれた時には自治都市連合へ援軍を要請できる『衛星都市』の一つとして遺跡を登録することができれば、事実上領有したも同然なのだが、その条件を満たすには人が住んでいる必要があるため、その辺りも色々と手を打つ必要がありそうだった。
と、そんなことに思いを巡らせていた時だった。不意にバチッという音が聞こえて、俺は音源を振り返る。
「大丈夫よ、こっちまでは届かないから」
「そうか……それにしても、なかなかスリリングな牧場だな」
「そうね、せめて電撃を無効化する魔道具は欲しいわね。私は得意な属性だからいいけれど、他の人たちは大変だと思うわ」
「そうだな、ミレニア司祭に頼んでみよう」
そう言いながら俺たちが見つめているのは、六匹の花実羊だった。
セイヴェルンで素材を売りさばいた際に、花実羊の素材に軒並み高値がつけられたことに気をよくした俺は、花実羊を牧畜できないかと企んだのだ。
羊とは言え、れっきとしたシュルト大森林の魔物だし、その電撃は充分人の命を脅かす。それに、本気で畜産すると飼料なんかが圧倒的に不足しそうなこともあって、まずは少数でチャレンジしてみることになったのだ。
「カナメさん、見ていてね」
そう言うと、ミルティは花実羊たちを取り囲んでいる柵に近づいた。そして、柵の向こう側にある幾つかの魔法陣に魔力をそそぎ始める。
彼女の魔力が複数の魔法陣へと届き、魔法陣は受け取った魔力を少しずつその場に振り撒く。シュルト大森林ほど魔力が濃くないせいか、こうして魔力を補充してやらなければ、花実羊がどんどん弱ってしまうのだった。
そんな事情で、魔法職の協力が必須の畜産計画だったが、計算ではそれでも大きな黒字が出ることになりそうだった。……まあ、魔法職が多いこの街以外では無理だろうけどね。
「へえ……こんな感じなのか。魔力の消耗はそこまでじゃないって聞いたけど」
「そうね……火炎球二、三回分かしら? それで半日は保つわ」
なるほど、それなら大丈夫だな。今は実験ということでミルティが魔力を補充してくれているが、他の魔法職の人たちでも充分対応できそうだ。
「上手く行けばいいんだがな……」
産業という意味でもそうだし、個人的にも花実羊の畜産には成功してほしいところだった。なぜなら――。
「上手く行けば花実羊のお肉が食べられるものね」
あ、バレてた。
「塩を振って焼いただけでも立派なご馳走レベルだからな。花実羊の肉は色んな料理法が使えそうだし、考えるだけでも楽しみだ」
「私もいくつか試してみたいわ。こうして実験に協力していれば、役得で少しくらいはもらえるかしら?」
「よし、もっともらしい理由をでっち上げよう」
彼女の言葉を聞いて、俺は即座に暗躍することを決めた。前の祭りの時は大盤振る舞いしちゃったけど、花実羊の肉は本当に美味しかったからなぁ。
ついでに言うと、ミルティはかなり料理が上手だ。王都歴が長い上に凝り性だからだろうか。俺個人としては、辺境でも有数の料理人だと思っているくらいだ。俺も料理はするほうだが、彼女に勝てる気はしない。
「美味しく出来たら、カナメさんを招待するわね」
「ああ、楽しみにしてる」
楽しそうなミルティに頷きを返す。完全な皮算用だが、そんな希望を持つくらいは許されるだろう。
「そう言えば……ねえ、カナメさん? この前のお祭りの時も思ったけれど、カナメさんの……その……世界の料理ってどんなものなの?」
ミルティはどこか訊きにくそうに、だがはっきりと問いを口にした。
「どうって……こっちとあまり変わらないなぁ。住んでいる地域によって傾向は異なるけど」
「あら、意外ね。あの氷を砕いたデザートはとても独創的だったから、てっきり目新しい料理ばかりだと思っていたわ」
「と言っても、焼く、煮る、揚げる、蒸す、炊くあたりの基本は一緒だしなぁ。……まあ、俺のいた国はちょっと変わった調味料なんかが多かったから、そういったものは再現できそうにないが。なんせ、セイヴェルンにもなかったからなぁ」
ぱっと思い浮かぶのは醤油や味噌だが……交易都市にない以上ほぼ絶望的だし、自分で作れるとも思えない。なんせ麹のなんたるかも知らない身だからな。
そう答えると、ミルティの目が真剣なものに変わった。そして、彼女はぽつりと呟く。
「そう……それは残念ね。花実羊を使って、カナメさんの世界の調理法を再現しようと思ったのに」
ミルティの言葉は魅惑的だった。あの花実羊の肉を照り焼きにしたり、味噌で炒めたり、炊いたりしたものを是非食べてみたい。
だが、俺はそんな想像を必死で振り払った。手の届かないものを無闇に欲しがっても、ストレスがたまるだけだ。
そんな俺の様子を見ていたミルティが、申し訳なさそうに口を開く。
「……ごめんなさい。かえって困らせてしまったみたいね。この世界に残ってくれたカナメさんのために、そっち方面のお手伝いができればと思ったのだけれど……」
「ありがとう、ミルティ。その気持ちだけで充分だよ」
しゅんとした様子の彼女に、俺は心から感謝の意を伝える。俺の本当の出自を知っているのはクルネ、ミルティ、リカルドの三人だけだが、みんなが事あるごとに気を遣ってくれていることは分かっていた。
「それに、向こうでも自分の国の料理ばかり食べていたわけじゃないからな。特にシチュー系なんかは好きでよく食べていたし」
俺は努めて明るい口調でそう説明する。すると、ミルティも応じるように笑顔を浮かべた。
「それじゃ、シチュー系を中心に試作してみようかしら。ベースになるスープは……」
しばらく調理法の話で盛り上がっていた俺たちだが、ミルティはふと話題を切り替えた。
「ところで、カナメさんは大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
彼女の言葉の意図が分からず、俺は首を捻る。
「ほら、転職能力を使うと、頭がざわつくって言っていたでしょう?」
「ああ、それか。資質を超えた転職はしていないからな。それさえしていなければ、特に気になるほどじゃない」
「それならいいのだけれど……」
それでもミルティは心配そうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。そして、代わりに別の話題を振ってくる。
「そう言えば、最近クルシス神殿に新しい女の子が増えたでしょう? ジュネちゃん、だったかしら」
「ああ、そうだが……」
「この前、彼女が魔法研究所に来たのよ」
「なんだって!?」
俺は思わず大声を上げた。相変わらず、俺以外のクルシス神官とは少し距離のあるジュネだったが、まさかミルティに会いに行くとは……いや、違うか。ジュネ自身は明るく社交的な性格だ。むしろ、クルシス神官以外には懐くのかもしれない。
「なんでも、彼女の家系は不思議なものが見えるらしいわ。それで、魔術師の私にも同じものが見えるのか、知りたかったそうなの」
「不思議なもの? ……それは、魔力ということか?」
そう言えば、セイヴェルンのクルシス神殿長も似たようなことを言っていたな。
「私もそう考えたのだけれど、違ったみたい。具体的に何が見えるのかは教えてくれなかったわ。けど、彼女に見えているのが魔力ではないということは分かったわ」
「魔力じゃなくて、普通の人間には見えないもの……?」
順当に考えると霊的な類だろうか。神官の家系だということを考えれば、決しておかしな話ではないはずだ。
「こればっかりは、ジュネちゃんの信頼を得なければ解き明かせそうにないわ。だから、またジュネちゃんに会う機会を作ってもらえないかしら。研究者として気になるのよ」
「俺も気になるし、こっちからも頼むよ」
ミルティには、セイヴェルンのクルシス神殿の特殊性を説明している。その観点からも心配してくれているのだろう。
相変わらずジュネに悪意は見えないが、何を考えているかは分からないままだ。
そんな俺たちの話は、周辺の見回りを終えたクルネが戻ってくるまで続いたのだった。
◆◆◆
「毎度! セフィラさん、お願いしとった魔法衣はできとりますか?」
「こんにちは、コルネリオさん。用意していますから、どうぞこちらへ」
コルネリオの挨拶を受けて、工房の主であるセフィラさんは微笑みを浮かべた。
辺境が誇る三つの生産職の工房。その中で最も巨大なものは、縫製師のセフィラさんを主とするこの工房だ。その規模は非常に大きく、小さな工場のようにすら思えるレベルだった。
もちろん、セフィラさんが魔法衣を作るだけであれば、こんなに巨大な工房を設ける必要はない。ここでは、彼女以外にも裁縫を職とする人々が共に働いているのだった。
コルネリオのおまけとして工房を見物しに来た俺は、きょろきょろと中を見回す。
「これだけ人がいると、結構壮観だなぁ……」
「最初はセフィラさんだけの、小ぢんまりとした工房のはずやったのにな。まさか、こんなに大事になるとは思わんかったで」
その呟きを受けて、コルネリオがしみじみと呟く。当初はセフィラさんが魔法衣を作るためだけの施設を作るはずだったのだが、彼女のたしかな裁縫技術や優れたデザインのセンスに引き付けられて、共に仕事をしたいという人が集まっていたのだ。
生産工程に多く関わるほど、付与魔術も高レベルのものが付与できるとはミレニア司祭の言だが、もともと衣服の付与魔術はそう強力なものではない。どちらかと言えば魔法効果は弱めであり、日常的に使用できることや、その分手軽に手に入ることがウリだと言えた。
そのため、セフィラさんは日がな魔法衣の製作に籠もっているわけではなく、他の人たちが作る服飾品なんかのデザインも手掛けていた。クルネやミルティの話では、セフィラさんがデザインした服や小物は辺境の女性に大人気なのだという。
そんなわけで、工房に併設された直売所はいつも大盛況であり、やはりと言うか女性客の比率が高いようだった。ただ、軽い付与魔術がかけられている魔法衣も店頭に幾つか並べられており、それを目的に店を訪れる男性などの姿もちらほら見かけられた。
「……ん? あれ、ウォルフじゃないか?」
「お、ほんまやな。あいつ、何やっとるんや?」
セフィラさんに案内されるまま、工房の中を歩いていた俺たちは、その中に見知った顔を見つけて首を傾げた。
「――こっちは直売用で、そこから向こうは直取引の分です。品薄になっているらしいので、直売のやつは持って行ってください」
俺たちが見ている間にも、凄まじい速さで商品を仕分けして、てきぱきと準備を進める。その行動の速さはもはや常人の域を超えていた。……そう、超えていたのだが――。
「あいつ、盗賊の身体能力をフル活用しとるな……姿が霞んで見えるで」
「まあ、固有職の力をどう使うかは本人次第だからな……」
その驚異的な働きぶりを目にしていると、俺の脳裏に『才能の無駄遣い』という言葉が浮かぶ。だが、固有職の力を平和的に利用するという、新しい可能性を示しているとも言えるわけで、むしろ称賛するべきだという気もしてくる。
「あ! 神子様じゃないですか! それにコルネリオさんも」
「お邪魔してるよ。ウォルフも元気そうだな」
そんな俺たちに気付いて、ウォルフが元気に声をかけてくる。斥候や探索に関しては、腕利きの盗賊として一目置かれているウォルフだが、どちらかと言えば今の仕事のほうが生き生きとしているように思えた。
「それはもう! この通り大忙しですからね、元気じゃないとやっていられません」
そう言ってウォルフは笑い声を上げる。やっぱり楽しそうだなぁ。
「コルネリオさん、お待たせしました。『冷却』を付与したストールと、『筋力強化』のエプロンです」
と、そこへ大量のストールとエプロンを持ったセフィラさんが現れた。
「おお、相変わらず綺麗な作品や! さすがセフィラさんやで」
そう言いながら、コルネリオは製品を真剣に検分する。セフィラさんの魔法衣は、店頭に並ぶ数点の魔法衣を除いて、基本的にコルネリオが買い付けることになっている。
そのためか、コルネリオの検分の様子は、実に堂に入ったものだった。
魔法衣だけではなく、通常の服飾品についても評判が高いということは、辺境の発展を願う身としては嬉しい話だった。
是非とも、大陸中から商人が買い付けに来るような工房になってほしいものだ。そんなことを考えながら、俺は工房の様子を眺めていた。
◆◆◆
「新しい転職業務を始める、ですと?」
クルシス神殿で最もよく会議に使われる一室。閉殿後の神官たちを集めて、俺は新業務の提案を行っていた。
「ええ。これまでは固有職資質の有無を見ることと、資質のある人間に対する転職の二つだけを行っていましたが、新たに眠っている資質を教えるオプションをつけようと思います。
経験則ですが、眠っている固有職資質と同系統の修練を積めば、資質はどんどん成長します。そうなれば、効率的に転職することができるでしょう」
「……は?」
「あの……カナメ神殿長代理? 転職の神子がそう言うなら事実なのでしょうが、その『同系統の修練を積めば資質が育つ』というのは、この大陸全土に響き渡る大ニュースなのではありませんか?」
固まった副神殿長に代わって、エンハンス助祭が口を開く。
まあ、今まではどれだけ資質を高めても、転職させる人間がいなかったわけだからなぁ。固有職資質は完全に先天的なものだと、そう思っている人は非常に多いはずだ。
「そうかもしれませんね。ですが、秘匿しておくようなことでもありません。根拠を示すことは困難ですが、信じてくれる人にだけ利用してもらえれば充分でしょう。特に業務が煩雑になるわけでもありませんし」
それに、実績が上がれば嫌でも認めざるを得ないでしょう。そう付け加えると、助祭は納得したように頷く。
「それにもう一つ。……転職できるだけの資質を備えた人には、『転職可能証明書』のようなものを有料で発行することを考えています」
「証明書ですと? どうしてわざわざ……」
そう尋ねたオーギュスト副神殿長に向き直ると、俺は腹案を表に出した。
「転職のお布施は非常に高額です。そのため、資質があっても転職できない人々を多々見てきました。
そこで転職可能証明書の登場です。これを発行することにより、転職希望者はパトロンを見つけて、お金を出してもらうことが可能になります」
一歩間違えると詐欺や偽造の温床になりかねないが、そこはおいおい考えていこう。すると、今度はジュネが口を開いた。
「転職の指南に証明書。固有職持ちになりたい人にはとても魅力的な話でしょうけど……どうしていきなり?」
「……言ってしまえば、辺境の発展のため、かな。このルノール村が自治都市になった経緯はみんな知っていると思う。そして、五年後の発展如何によっては、自治都市連合から除名されてしまうことも」
そう言ってみんなの顔を見回す。どうやら、そのことは全員知っているようだった。
「だから、辺境の発展に寄与するために、今まで以上に人を呼び込む方策を考えた」
どれくらい効果があるかは分からないが、やって悪いことはないだろう。他国の人間が辺境を訪れれば、必ず何かしらの経済効果が発生するからなぁ。
「それって、政治的過干渉にはならないの……?」
「俺は経営努りょ――神殿業務の拡大をしているだけだからな。たまたまタイミングが重なっただけで、他意はないさ」
ジュネにそう説明しながら、俺はちらりとオーギュスト副神殿長のほうを見る。その表情からすると、どうやらギリギリでセーフだったようだ。危ない危ない。
「神殿長代理が業務を拡大することをとやかく言うつもりはありませんが……そもそも、そこまで人を呼ぶことに腐心する必要があるのですかな? 神殿長代理が先日明かした話によれば、この街の近くに古代文明の遺跡があるのでしょう? それだけでも人が集まりそうですが……」
「一つの軸に頼りっきりではなく、多角的に辺境を支える必要があると思います。そのためにも、できることはやっていくべきです」
「なるほど……遺跡がアテにならない可能性もあると?」
「ゼロではありません」
あれだけ広大な遺跡だ。収穫が何もないと言うことはないだろうが、広さの割に実入りが少ない可能性は考えられた。
そんなことを考えていた時だった。コンコン、と会議室の扉が叩かれる。クルシス神殿の神官は全員ここにいるし、フィロンとマリエラはもう帰宅している。となれば、消去法でノックの主はクルネだろう。
シュレッドが扉を開けると、そこには予想通りクルネの姿があった。
「どうしたんだ?」
「会議中にごめんね。今、クリストフさんやアルミードたちが来てるの。遺跡のことで、カナメに相談したいことがあるって。……待っててもらう?」
「そうだな……」
「――神殿長代理、遠慮することはありませんぞ。こちらの話は実質的に終わっていますからな。詳細はまた後日詰めるとしましょう」
俺が対応に悩んでいると、副神殿長がフォローを入れてくれる。俺は彼に感謝すると、笑顔で場をしめた。
「ありがとうございます。……それでは皆さん、今日の会議はここまでにします。明日もよろしくお願いします」
そう言って会釈をすると、俺はクルネと共に会議室を出たのだった。
◆◆◆
ルノール分神殿の神殿長室は、大人数の来客を迎えていた。クリストフとアニスのマデール兄妹と、アルミードたちのパーティーが六人。そして、緑色の髪を無造作に後ろで束ねた三十歳ほどの女性が一人。
この九人に俺とクルネを足すと十一人となり、いつもは広すぎる神殿長室も手狭に思えた。
「カナメ君、突然押しかけてすまない」
最初に口を開いたのはクリストフだった。
「それは構わないが……何があったんだ? 遺跡の探索メンバーが勢ぞろいなんて、うちの神殿を発掘するつもりか?」
そう軽口で応じると、クリストフが軽く笑い声を上げた。そして、ふと真面目な表情を浮かべる。
「そうじゃなくて、君に協力を頼みたいんだ。実はここ数日、君と一緒に転移した遺跡を探しているんだけど、これがさっぱり見つからなくてね」
その言葉に俺は驚く。てっきり、もう遺跡内部の探索をしているのだと思っていたな。
「そんなに分かりにくい場所だったか? いくつか目印になりそうなものもあった気がするんだが……」
「それなんだ。あの時、君と一緒に目印を必死で覚えたし、その目印はたしかに見つかった。ただ、肝心の遺跡だけが見つからないんだ」
クリストフは肩をすくめた。もしこのまま遺跡が見つからないと、辺境の発展プランを練り直す部分が出てくるな。あまり嬉しくない事態だ。
そんなことを考えていると、ソファーに座っていた人物がひょこっと手を上げた。そちらへ目をやると、緑髪の女性が俺を興味深げに眺めている。
彼女はルノール評議会が招聘した古代文明の研究者であり、さらに言うなら、かつて王都のクルシス本神殿で雇われ、魔工巨人の分析をしてくれた人物でもある。
そんな研究者であるエリザ博士は、軽く咳払いをすると口を開いた。
「神官さん、一緒に来てくれないかい? あんたがいない限り、遺跡は姿を現さないかもしれないんだ」




